鈴代の決意

けたたましい警報が鳴り響いていた。それは何かおぞましいものの到来とうらいを告げるかのようであった。

〔山王機関本部〕

喪神もがみ梨央りお
兄さん!
異常なセヒラを観測しました!!
――見たことのない値です。
帆村ほむら魯公ろこう
何だったんだ、今の警報は?
喪神もがみ梨央りお
セヒラです、異常なセヒラです。
値がとても大きくて!
変動もすごくて!
帆村ほむら魯公ろこう
わかった、わかった、梨央りお
それで、まだあるのか?
その、異常なセヒラは。
喪神もがみ梨央りお
いえ、今は観測していません。
でも――

新山眞にいやままこと
失礼します、
飯倉技研いいくらぎけん新山にいやまです。
帆村ほむら魯公ろこう
ちょうどよかった……
今しがた、セヒラの異常を観測した。
――何があったんだ?
新山眞にいやままこと
もしかすると……
博士が――
しでかしたかもです。
帆村ほむら魯公ろこう
博士?
――銀河ぎんがゼットー博士がかな?
新山眞にいやままこと
ええ、そうです。
以前、博士からわれたんです。
――ある装置をこしらえるので、
新山眞にいやままこと
霊式れいしきヘテロヂンの理論が知りたいと。
波形合成の理論と解法を求められ、
私の研究ちょうをお渡ししました。
喪神もがみ梨央りお
それって、セヒラに関係する、
そういうたぐいの装置ですか?
新山眞にいやままこと
どうも、そのようです。
何でも画期的な装置だそうです。
それが作動して異常なセヒラを――

喪神もがみ梨央りお
兄さん、その博士から、
是非とも調整室に来て欲しいと。
――何があるんでしょうか……

〔山王機関魔課調整室〕

銀河ぎんがゼットー】
いやぁ~来たかね、君!!
驚天動地きょうてんどうちの大発明が完成したのだ!
世紀の、まさに世紀の大発明っ!!
落ち着くんだ、君!
ここにらせしは~
――夢玄器むげんきなりぃぃぃ~!

不可思議な眼鏡のような物が、銀河ゼットー発明による夢玄器むげんきであった。夢玄器むげんきは何かと繋がっているようである――

銀河ぎんがゼットー】
おーほほっ!
そうだ、夢玄器むげんき!!
大完成した我が夢玄器むげんきである。
こいつはアラヤ界の思念を吸い出し、
仮想的劇的空間を作り出す装置マシーンだ。
その空間を夢玄域むげんいきと呼ぶことにする。
先程、ボクも夢玄器むげんきを着けて、
夢玄域むげんいきに入ってみたんだ――
見えたよ……いや、ボクは訪れたんだ。
我が故郷……我が父、銀河Y太郎わいたろう
ボクは尋常小学校五年生だった……
あの夏の日、蒼天そうてん下の八月一日、
我家の木戸に父とペンキを塗った……
脳天を刺す日射熱を今も感じる。
数年後、父は実験でウランに被爆した――
さてだ、君も出かけたいだろう?
早速、こいつを着けて夢玄域へむげんいき!!
よぅし、準備はいいな、勿論もちろん!!
夢玄器むげんきを着け、君が行くのは、
愛と妄想に溢れる夢玄域むげんいき!!

〔夢玄域〕

皇紀2592年、昭和7年3月――
如月きさらぎ鈴代すずよはある決意を胸に、
帆村ほむら魯公ろこうもとを訪れていた。

如月きさらぎ鈴代すずよ
先日のことです……
銀座を歩いていて、一人の学生さんと
すれ違ったのです――
すれ違いざま、その人は振り返り、
ものすごい形相で
私をにらみつけました――
その人は気付いていたのです……
私の霊異りょういすことに――
あるいは想像したのかも知れません。
私のを呼ぶさまを――
帆村ほむら魯公ろこう
その学生は、おそらくを呼ぶ者。
流派にない者でもを呼ぶ例が、
どうやら増えてきておる――
如月きさらぎ鈴代すずよ
にらまれた私は何もできませんでした。
ただ、その場に立ちすくみ、
身を硬くするばかりでした。
――その時、悟ったのです。
もう私には霊異りょういは現れないと。
東雲流を守るほどの霊異りょういは――
先生、東雲しののめの流派を閉じようと……
これ以上、こだわっていても、
良い方向に向かうとは思えません。
帆村ほむら魯公ろこう
うむ……
鈴代さん、お前さんがそう思うのなら
そのようにすれば良い。
東雲流帰神法しののめりゅうきしんほう、わしが受け継ぐ。
お前さんが流派に戻りたければ、
いつでも戻れば良い。
如月きさらぎ鈴代すずよ
心強いお申し出、感謝します――
帆村ほむら魯公ろこう
ちょうど軍の方からも話があって、
帰神きしん法の流派をまとめてくれと。
そう頼まれておったところだ。
軍は軍で調査をしておったという。
わしら審神者さにわ帥士すいしと呼ばれておる。
ひきいる士官ということだな――
ただ流派を閉じるにしても、
一朝一夕いっちょういっせきには運ばないぞ。
しばらくは協力してもらうことになるな。
如月きさらぎ鈴代すずよ
勿論もちろん、協力は惜しみません。
帆村流帰神法ほむらりゅうきしんほうとしてお整えください。
帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうまの奴もめきめきと、
上達しておるからな!
如月きさらぎ鈴代すずよ
そうですわね。
とても頼もしく存じます。

年初に帝大のつた博士がセヒラを同定。並び発表されたに関する論文により、陸軍参謀本部では特務機関の設置を決めた。
喪神もがみ風魔ふうま、20歳――
陸軍士官学校予科の卒業を目前にしていた。卒業後は、本科進学に先立ち伍長ごちょうに任官する。

夢玄域むげんいき近代的モダンなビルヂングが現れた。それは東京新宿にある東洋ホテルだった。
一室人8えんの高級ホテルである。

麻美マーメイ
ここは新宿の東洋ホテルですね。
界隈かいわいきっての高級ホテルです。
外国人も多く利用しています。
実はこのホテル、鈴代さんの叔父おじ
山郷やまごう武揚ぶよう常宿じょうやどなのです。
山郷やまごう武揚ぶようは山梨から上京する毎に、
この東洋ホテルに投宿とうしゅくします。
彼は鈴代さんが流派を閉じることを、
良くは思っていません。
今、彼の思念が強く働いています――
ゆかりのある人の思念が、
縁のある場所を出現させるのです。
怪人もその場所に由来しています。
ホテルならホテルの従業員、
あるいは宿泊客もいるはずです。
残留思念から怪人が生まれるのです。
それでは慎重に取り組んでください。
期限が来ると思念はすべて
消えてしまいます――

《バトル》

山郷やまごう武揚ぶよう
あろうことか、鈴代すずよによって、
我が東雲しののめ流が閉じられようと――
そのような擅断せんだん、私はゆるさない!
研鑽けんさんを積めば、
いくらでも霊異りょういは得られるのだ。
おい、小森こもり
お前は荒木町あらきちょうの酒屋として、
如月きさらぎ家に用聞きをしているな?
小森こもり時夫ときお
――はい……
山郷やまごう武揚ぶよう
お前にも力を授けよう。
その代わり、如月きさらぎ家のこと、
細大漏らさず伝えるのだ。
小森こもり時夫ときお
承知しました。
おおせの通りに。

〔山王機関魔課調整室〕

銀河ぎんがゼットー】
むむむむむ――
君はすこぶる安定しておったな!!
――反してボクはダメだった……
夏空が真っ黒になり、父が消え、
世界の像がいちじるしーく乱れてしまい、
気付くとここに戻っていた――

君の場合は大丈夫なようだな!
君の働きに恐れをなしたか、
夢玄域むげんいきが観測できなくなった!
そうだよ、夢玄域むげんいきが消滅したんだ!
次に夢玄域むげんいきが現れたら、
赤札あかふだ特務を申請しておくぞ。
ひとまずゆっくりしてくれ!

〔山王機関本部〕

喪神もがみ梨央りお
博士の発明、何かすごいですね。
あの異常なセヒラは夢玄器むげんき
せいだったんですね!
帆村ほむら魯公ろこう
アラヤ界から思念を集めて
ひとつの空間が仮想に再現された……
不思議な事もあるもんだ。
ゼットー博士は、同様の仕組みで、
も作られているのではと、
考えているようだな。
喪神もがみ梨央りお
じゃ、夢玄器むげんきのようなもの、
他にまだあるんですね?
帆村ほむら魯公ろこう
帥士すいしの前にを現すのだ、
夢玄器むげんきとはまた異なる原理だろうな。

銀河ゼットーがひらいた仮想の世界、夢玄域むげんいき。そこでは人々の思念が形を成していた。まるで心のうちを見かすかのようである。