黒札 第七話 山郷武揚の目論見

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
兄さん!
鈴代すずよさんがお出かけされます。
帝都の状況はかんばしくありません……
鈴代すずよさんを尾行してください。
危険な目にわないとは限りません!

溜池ためいけ通〕

如月きさらぎ鈴代すずよは、誰かに呼び出されたようだ。
急ぎ足で溜池ためいけの電停方面へと向かっている。

【帝大生】
悪い気に当てられて、
怪人になっちまう奴がいっぱいだ!
うちの寮生りょうせいにも一人いるんだ!
この間なんざ、
混凝コンクリートの壁に拳で穴を開けたんだ!
【着信 喪神もがみ梨央りお
鈴代すずよさん、溜池ためいけから市電に乗ります。
三系統でしょうか……
公務電車を回します!

赤羽橋あかばねばし

鈴代すずよの乗る市電を付けて赤羽橋あかばねばしへ。
鈴代すずよ赤羽橋あかばねばしで4系統に乗り換えるようだ。

置屋おきや女将おかみ
あらいやだ、さっきの女性ひと
すっかり素敵すてきなモガさんね!
見とれちゃったのよ……

兵卒へいそつの男】
あんたも、ク号に興味あるってか?
あーん?
知らないってか!
見逸みそれしたな!
クは怪人クヮイジンのクだよ、
怪人兵士のことだ!
軍も大いに興味を持ち始めたってよ!
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
急激きゅうげきなセヒラの上昇を観測しました!
注意してください!

【陸軍少尉】
われ大君おおきみされたる者!
おお八洲やしま大義たいぎにかけて、
貴様をち取る!

《バトル》

【陸軍少尉】
うううう……
この俺でもを指揮できる……
そのはずだったのに……
ちくしょう!
――お前は、もしや……
軍の者なのか?
【着信 喪神もがみ梨央りお
その辺りのセヒラはなくなりました。
――黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし……
清正公せいしょうこう前の近くでセヒラ観測です……
鈴代すずよさんは市電四系統です。
ちょうど清正公せいしょうこう前にいるはずです。

清正公前せいしょうこうまえ

如月きさらぎ鈴代すずよ
あっ!
風魔ふうまさん!
帝都が危険なことは承知しています。
でも……
――叔父おじに呼び出されたのです。
折り入って話したいことがあると……
――叔父おじ様……
山郷やまごう武揚ぶよう
鈴代すずよ……
それに風魔ふうま君も!
それなら、話が早いというものだ。
――いやね、小森こもりの不始末を
ここでびようと思ってね!
如月きさらぎ鈴代すずよ
小森こもり
――それじゃ……
この一連の騒動そうどうは……
山郷やまごう武揚ぶよう
なんだ、その目は?
――ああ、そうだよ、
私が小森こもりに指示を出したんだ。
如月きさらぎ鈴代すずよ
叔父おじ様!
――
山郷やまごう武揚ぶよう
鈴代すずよ、お前は知っているだろう。
私はお前のお父さんとは異母いぼ兄弟……
私は父、松丘しょうきゅうめかけに産ませた子だ――
――まぁ、長話はよしておこう。
私には、鈴代すずよ――
お前のような能力は備わっていない。
如月きさらぎ鈴代すずよ
私も……審神者さにわとしては、
まったく至らぬ存在でした……
それで……東雲しののめ流を閉じたのです。
山郷やまごう武揚ぶよう
ふん……ずいぶんと身勝手な理屈だ。
お前が東雲しののめ流を閉じなければ、
私も、もっと研鑽けんさんを積めたのだ!
東雲しののめ流から暖簾のれんを分けた帆村ほむら流が
今や陸軍に協力しているというのに、
我々はまるで浪人ろうにん風情ふぜいだ――
如月きさらぎ鈴代すずよ
叔父おじ様は……
ただ力を求めておられるだけでは――
山郷やまごう武揚ぶよう
力!
いろんな力があるものだな!
――審神者さにわには強い霊力れいりょくが必要だ。
鈴代すずよ、お前が自らの霊力れいりょくふうじ、
我々に神なる力が届かなくなった……
――やがて力は自らに宿る……
それが東雲しののめ流の教えではなかったか?
この私にも宿やどるのだと――
如月きさらぎ鈴代すずよ
――私にはもっと禍々まがまがしい力に
思えてなりません……
山郷やまごう武揚ぶよう
はははは、力は力だ。
だが、もうよい。
まじないめいたことはおしまいだ。
迷信めいしんは弱者の宗教とも言う。
そうだろう、鈴代すずよ――
科学の力によって、
未来が開けようとしているのだ。
――輝かしい未来がな!
如月きさらぎ鈴代すずよ
それは……いったいどのような……
山郷やまごう武揚ぶよう
お楽しみはとっておくものだよ。
さぁ、今際いまわの別れとなるだろうか……
鈴代すずよ、それに風魔ふうま君!
わたしは残念だよ――
おい、小森こもり
新しいを試す時だ!
準備はおこたりないか?

小森こもり時夫ときお
無沙汰ぶさただな、喪神もがみ風魔ふうま
お前には楽しませてもらったよ!
まだ自分の力を信じるか?
――科学が生んだ人籟じんらいを相手に、
せいぜい威勢いせいを張るが良い!

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
なんだか不思議です……
セヒラが乱れていきます――
小森こもり時夫ときお
うははははは~
人籟じんらいはセヒラを取り込んで、
おのれの中で融合ゆうごうする!
お前らの技術は通用しない!

《バトル》

小森こもり時夫ときお
まだ序の口というやつだな。
人籟じんらいの材料は尽きない!
またお手合わせ願うとするぜ!
如月きさらぎ鈴代すずよ
風魔ふうまさん……
叔父おじは何かをつかんだ……
そうなのかも知れません。
人籟じんらい牛頭会ごずかいの肝いりだった、
そういうことなんでしょうか?
私も出来る限り調べてみます。
叔父おじのこと――
私も責任を感じています。
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし――
先ほどは……
――うまく伝えられませんでした。
怪人がを指揮しているのに、
セヒラをちゃんと観測できなくて……
人籟じんらいは波形が乱れやすい――
これを教訓としておきます。
それと……
探信の仕方ですが、
私の方でいろいろ研究してみます。

小森こもりの挑発は山郷やまごうの計略であった。
国立防疫ぼうえき研究所で生み出される人籟じんらい
山郷やまごうらはそれをも利用し始めた――

第三章 第六話 防疫研暴走

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

人に憑依ひょういするやいなやその魂をらい、人を内側から支配する
人籟じんらい

どうやら防疫ぼうえき研究所が一枚んでいるらしい。帆村ほむら魯公ろこうは参謀本部にて調査を続けるも、防疫ぼうえき研究所の所轄しょかついまだ明らかにならない。国立の機関とされながら、多くの謎を含む。

喪神もがみ梨央りお
兄さん!
防疫ぼうえき研究所の様子を見に出かけた、
虹人こうじんさんから連絡です。
金ノ七号帥士きんのしちごうすいし
無線を黒ノ八号帥士くろのはちごうすいしに代わります。
【着信 帆村ほむら虹人こうじん
こっちでちょっと面倒が起きた。
僕一人じゃ手に負えないんだ――
人籟じんらい――
いや、その一歩手前の連中が、
反乱行動に出たんだ!
喪神もがみ梨央りお
反乱行動?
【着信 帆村ほむら虹人こうじん
奴ら、に魂をわれる
予備軍だ、そいつらが暴れている。
防疫ぼうえき研の職員が次々に襲われて、
もう阿鼻叫喚あびきょうかん様相ようそうなんだよ。
急ぎ、来てくれないか!
防疫ぼうえき研の加藤潔かとうきよし所長も心配だ。
所長室にもったきりなんだ――
状況は以上だよ。
奴ら、防疫ぼうえき研から表に出たかも……
白金しろかね界隈かいわいを観測するんだ。

喪神もがみ梨央りお
承知しました!
白金しろかね界隈のセヒラ、観測始めます。
公務電車、赤羽橋あかばねばし古川橋ふるかわばしから、
魚籃坂下ぎょらんざかした清正公せいしょうこう前から、
白金台町しろかねだいまちへ向かう経路です。

国立防疫研究所こくりつぼうえきけんきゅうじょ

帆村ほむら虹人こうじん
風魔、来たか。
人籟じんらいの材料は、
何も囚人しゅうじんばかりじゃないようだな。
神経病みなんかもいるようだ――
怪人になって力を得る、
そう思い込まされてきにされ、
すぐさま魂を食われるようだ。
その仕組みがどんなだか、
まだよくわかっていない。
が魂を食い尽くさないよう、
どうにかして制御されているんだ。
それで見た目は人の形をしている。
その中身はほとんだと考えてよい。

【本郷の止宿人】
お前たちも波斯ペルシア人なのか?
僕を狙っているんだな!
あずかり知らぬ一人の波斯ペルシア人が、
僕の中にんでいるんだ!
帆村ほむら虹人こうじん
おい、お出ましだ!
元々、こいつは神経病みだな。
風魔ふうま、こいつを頼む!
【本郷の止宿人】
僕の中の波斯ペルシア人は、いよいよ、
僕を追い出しにかかっている!
そんなこと、許さない!

明け方、薄闇の部屋で異国の言葉が。
それは波斯ペルシア語に違いない。
僕は寝ている振りをしていた――
その日、神経の先生に相談したんだ。
脳楽丸のうらくがんを処方してもらったよ。
夜、ここの職員が迎えに来たんだ――

さぁ、僕は引っ込む!
波斯ペルシア人をなんとかしてくれ!

《バトル》

【本郷の止宿人】
波斯ペルシア人をやっつけろと言ったろ!
――何故、僕を……
ううううう……

小日向こひなた派出婦はしゅつふ
坊っちゃん、というのは弟さんです、
普段から兄弟仲悪くって……
あの日、遅く帰った兄さんを――
素手です、玄関先で、
坊っちゃん、兄さんのお腹を、
素手でカーっといたんです!!

《バトル》

小日向こひなた派出婦はしゅつふ
玄関に散ったものを掃除しながら、
フヘヘヘヘ、口に入れてみました。
そしたら自分が……消えたんです。
帆村ほむら虹人こうじん
この辺はしずまったようだな――
所長室に行こう!

国立防疫研究所こくりつぼうえきけんきゅうじょ所長室しょちょうしつ

加藤潔かとうきよし軍医】
もう鎮まりましたかな?
――私が軍医の加藤かとう、ここの所長、
防疫ぼうえき研究の責任者です。
帆村ほむら虹人こうじん
うかがいますが、なんですか?
伝染病の予防研究ではないのでは。
加藤潔かとうきよし軍医】
伝染病もやっています、もちろん。
それ以外も……
帆村ほむら虹人こうじん
それ以外っていうのが、
主ではないですか?
人籟じんらいの研究と製造が――
加藤潔かとうきよし軍医】
あははは、それは秘匿ひとくなんです。
相手が特務機関の将校であっても。
――お答え出来かねます。

帆村ほむら虹人こうじん
いいでしょう、軍医。
まずはここの安全を守らねば。
あなた達の手によって、
きにされた者が暴れている。
加藤かとう軍医、あなたに対しても、
さだめし恨みをつのらせている
ことでしょうね。
加藤潔かとうきよし軍医】
ここの者は皆、新しく、
生きる希望を見出したのですよ!
帆村ほむら虹人こうじん
――気配がする!
表に誰かいる!
加藤潔かとうきよし軍医】
どうしましたか?
帆村ほむら虹人こうじん
生きる希望を見出した者が、
礼でも言いに来たんじゃないですか?
加藤潔かとうきよし軍医】
怪人の鎮定ちんていは、
君たちの役割です。
なんとかしてください!
しわがれた声】
加藤かとう所長!
あなたのたましいが必要なようです――
たましいを……ください!
加藤潔かとうきよし軍医】
あの声は……
人籟じんらい号となった被験者……
まだ生きていたのか?
帆村ほむら虹人こうじん
ほんのわずか、魂を残す、
随分ずいぶんと器用な技術をお持ちですね。
我々も立場がある、
あなたの命は守ってみせます。
おそらくこいつが最後だろう!
向かうぞ、風魔ふうま!!

国立防疫研究所こくりつぼうえきけんきゅうじょ

【被験者号】
私は加藤かとう所長の忠実な部下でした。
でも忠実過ぎたようです――
所長のところへ……お願いします!
帆村ほむら虹人こうじん
いや、それは無理だ!
【被験者号】
残念です……
私は多くを知ったのです、
所長はそれが気にいらないのです!
帆村ほむら虹人こうじん
鎮定ちんてい開始だ、風魔ふうま

《バトル》

【被験者号】
私はもうわずかしか残っていません。
所長もおそらく同じ目に……
いや、もっと違う形になるでしょう。

加藤潔かとうきよし軍医】
なかなかのお手並みですね。
市中に出た人籟じんらいも、
その鎮定ちんてい、時間の問題ですね。
帆村ほむら虹人こうじん
今のは所長の部下だったと。
自らそう言いましたよ。
あなたは部下をも犠牲に――
加藤潔かとうきよし軍医】
私が決めたわけではない!
ゼームス師団からの指示だ、
それに従ったまでだ!
帆村ほむら虹人こうじん
ゼームス師団?
何ですか、それは?
聞き慣れないですね……
加藤潔かとうきよし軍医】
東京ゼロ師団の通称ですよ、
品川のゼームス坂にあります。
指示はいつもそこから出されます。
帆村ほむら虹人こうじん
東京ゼロ師団?
所長、あなたは妄想にかれている、
そうじゃありませんか?
加藤潔かとうきよし軍医】
東京ゼロ師団こそ、我々、
国立防疫ぼうえき研究所の所轄しょかつです。
給付きゅうふされる研究費は際限さいげんなく、
目的さえ合えば、
いかなる手段を講じてもよし!
私はここにきて、
ようやく評価を得ました。
勲章くんしょうを授与されるほどだそうです!
帆村ほむら虹人こうじん
――風魔ふうま、戻ろう!
ここにいても仕方ない、
調査は別口べつくちで進めるしかない。

第三章 第五話 高輪延吉の魔獣

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

人に憑依ひょういするやいなや、その魂を吸って誕生するのが人籟じんらいである。
この件、報告は参謀本部にまで上がり関係者多くの知るところとなった。

喪神もがみ梨央りお
隊長から電話がありました。
ずっと、参謀本部に缶詰かんづめだそうです。
京都から人が来るとかで、特急つばめ号の到着時間を知りたいと……
新山にいやまさんもですよ――
探信室たんしんしつもりっきりです。
――余程よほどのことですよね……
新山眞にいやままこと
これは、喪神もがみさん!
やっとつかめましたよ。
人籟じんらいの波形の軌跡から、
帝都満洲に繋がりました。
ちょうど帝都の高輪たかなわあたりです。
喪神もがみ梨央りお
高輪たかなわ、ですね――
それでは、また新しい何かが、
もたらされるのでしょうか?
新山眞にいやままこと
もしかすると、人籟じんらいが、
帝都満洲に彷徨さまよい込んだのかも……
喪神さんの調査が必要ですね。
喪神もがみ梨央りお
帝都の高輪たかなわ……青山新京シンキョウの南東です。満鉄の路線図からすると……
延吉エンキツです! 高輪たかなわ延吉エンキツ高輪たかなわ延吉エンキツ
新山眞にいやままこと
巡視パトロールに出られるなら、もう大丈夫、
ゲートは安定していますよ。
喪神もがみ梨央りお
帝都満洲のこと、
解明が進んできましたが、
くれぐれもお気を付けて。

赤坂哈爾浜ハルピンから先、帝都満洲鉄道は南西方向へと延伸していた。
その先には高輪たかなわ延吉エンキツがある――

【満鉄車掌】
当列車、帝都満洲鉄道あじあ号、
発車しようにもできません。
また邪魔が入っています――
どうやら帝都から逃げてきた思念が、
一塊ひとかたまりになっているようなんです。
――新興宗教から逃げたそうです。
それは聖日信教せいじつしんきょうという宗教で、
そういえば沙汰さたがあり教祖が逃げた、
そんな話も伝わります。
新しい指導者が、信者に死ぬことを、
強要しているとかなんです。
それで自失じしつした信者の思念が、
ここにやってきているようです。
そのかたまりが、邪魔をするのです――

時空じくう狭間はざま

そこには力がみなぎっていた。
しかし、どこに向かうのでもない力だ。
ただその場で渦巻うずまき、来るものをこばんでいた。

【着信 新山眞にいやままこと
そこは……どこですか?
……無線が通じにくいよ……
……です……

ゲートの状態こそ安定していたが、帝都満洲、中でも時空の狭間はざまは、無線通信に障害を生じているようだった――

【元信者Fアストラル】
いつの間に聖日信教せいじつしんきょうは、自殺をそそのかすのが教えとなったのか……
私には付いていけません。
雑貨商のSは熱心な信者で、
毎晩のように誘いに来るのです。
もう嫌だと怒鳴ったらここへ……
【元信者の根塊こんかいアストラル】
あなたは信者ではないですね!
賢明けんめいです、私たちは逃げました。
――でも、これ以上進めません。
この先には何かがいる……
私たちはここを防ぐ!
ここを退くわけにはいかないんだ!!

《バトル》

【元信者の根塊アストラル】
私たちを元に戻さないでくれ……
ああ、だめだ、奴らのもとには、
戻りたくない!!
【満鉄車掌】
消えた……
でもこの先に何があるのでしょうか。
ひとまず出発します!

〔高輪延吉エンキツ・南東〕

高輪たかなわ延吉エンキツ――
帝都満洲鉄道は新たな駅に到着した。
無線機の調子が悪いのか、本部からの司令は届かなかった。
帝都満洲の様子は本部に伝わっているようだ。

【バール】
邪魔者が消えてよかったな!
ここは高輪たかなわ延吉エンキツという街だニャ。
逃げ込んだ信者がまだいるニャ!
みんなおびえているニャよ!
この先にいる奴……毛色けいろが違うニャ。
さっき魔獣という声がしたけどニャ、
人でもなく、アストラルでもない、
ニャんかそんな奴だニャ!
【バールの帽子】
お前の世界から来た魔獣とやらに、
片っ端からわれてるゲロ!
アストラルがわれてるゲロよ!
【バールの帽子背後】
あれは人間に見えるが、
中身は別モンじゃ。
に魂をい尽くされておる。
【バール】
あと少しで人籟じんらいになる、
その一歩手前の状態だニャ。
とっとと取り除くニャ!

【元信者Aアストラル】
せっかく逃げてきたのに――
こいつに食べられてしまいそうです。
こいつは、魔獣です!
私に行く場所はないのか!
のっぴきならない状況です!

【元信者Kアストラル】
死ぬ瞬間、命が極大化きょくだいかする……
意味不明です、聖日せいじつの教えは!
深酔いして目覚めたらここにいた……
ここは恐ろしいところです。
そこに立つのは人間じゃない!
思念でもない! 化物バケモノです!

【元信者Eアストラル】
どこに逃げても、逃げきれない!
あああ、そいつは聖日せいじつからの使いか?
――俺を、食おうとしている……
わかるんだ、感じるんだ!
あんた、生身なまみの人間だな!
なんとかしてくれ、
そいつを追い払ってくれ!

【元被験者イ】
あなたも身体をお持ちだ……
私と同類ですか?
私は休暇で帰っていました――
銀座ぎんざ雑踏ざっとうを歩いている夜、
突然、車で拉致らちされたのです。
着いた先が防疫ぼうえき研究所でした。
連中は私の性癖に注目しました。
夜な夜な、女の姿で往来おうらいを歩き、
活動キネマを見たりする癖です。

【元被験者イ】
ある日、古着屋で小紋こもんをあしらった
女物のあわせを見て、あのしっとりした
重い冷たい布に肉体を包みたい、
その衝動にあらがえず、小紋縮緬ちりめんあわせ友禅ゆうぜんの長襦袢じゅばん縮緬ちりめん羽織はおりまで求め、部屋でそれらをまといました――
血管の中を女の血が流れるようで、
表に出ると、見慣れた街がまったく
新鮮に見えたものです――

私のこの暗い妄想がこんなにも
力を持つなんて、すごいことです!
――連中はよくしてくれていますよ。
私の性癖は益々ますます拡大しています。
もう自分だけでは収まりません!
あなたの遺骸いがい長襦袢ながじゅばんを着せますよ!!

《バトル》

【元被験者イ】
女の皮膚ひふが味わうと同等の触感……
その頽廃たいはいした感覚は古い葡萄酒ぶどうしゅ
よいのように魂をそそる――
ぐっ……魂……
私の魂が……夜気に揮発きはつする……
うぐっ……

古着屋に
女の着物が並んでゐる
売つた女の心が並んでゐる

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
兄さん、ご無事でしたね!
高輪たかなわ延吉エンキツでの様子、
ちゃんと記録されていますよ。
銀河ぎんがゼットー】
あの人物、に突き動かされ、
アストラルをっていたようだな!
危うく君もわれるところだった!
喪神もがみ梨央りお
博士! 兄さんは命からがら、
戻ってきたのですよ!
銀河ぎんがゼットー】
おーほほ、そうであった!
しかし防疫ぼうえき研、あなどれんな!
もろきものをえさにするなど!
そうして生まれる人籟じんらい
これはどうやら、凡人ぼんじんでも扱える、
そういう特性があるようだ。
そうなると審神者さにわも召喚師も不要。
修行なくしてを扱えるかもだ。
――先行きが大いに危惧きぐされるな!
喪神もがみ梨央りお
に魂を吸わせるなんて、
まるで人体実験です。
――残酷過ぎます!
虹人こうじんさん、兄さんの戻るのを待たず
防疫ぼうえき研究所の様子を見に……
防疫ぼうえき研究所って国立こくりつですよね。
参謀本部でも混乱しているとか。
もう少し調査が必要なようです。

第三章 第四話 目黒権之助坂の怪物

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

風もなく穏やかな日であった。
このような日であっても、セヒラは人を狙う。邪心も、悪意も、ときには苦しみでさえも――

帆村ほむら魯公ろこう
乱歩らんぽ先生のゴエティア、
無事で何よりだったな。
の質と量の向上、
これからに備えて火急の事案だ。
まだ偽典ぎてんはあるはずだ――
喪神もがみ梨央りお
隊長、兄さん、報告が来ました。
第八分課からですが――
ちょっと変なんです。
いつもの怪人じゃなくで、
怪物を見たと……
市民からの通報だそうです。
帆村ほむら魯公ろこう
怪物を見ただと?
何だ、そりゃ?
まさかが出たとかじゃないだろ?
喪神もがみ梨央りお
通報したのは普通の市民ですから……
場所は目黒めぐろの方ですが、
セヒラは確かに観測しています。
帆村ほむら魯公ろこう
よし、念のためだ、風魔ふうま
目黒めぐろに向かってくれ!
喪神もがみ梨央りお
公務電車は赤羽橋あかばねばしまで下って、
五番の路線で省線目黒しょうせんめぐろです。
大崎おおさきの三探で探信たんしんを続けます。

〔目黒権之助坂ごんのすけざか

目黒権之助坂めぐろごんのすけざか
省線目黒しょうせんめぐろ駅から目黒川めぐろがわかる目黒新橋めぐろしんばしまでおよそ400メートルの坂である。

【怯える女性】
参謀本部に電話したのは私です。
――誰かが、あれは怪人じゃない、
怪物だって叫んでいましたから。
何でも怪人が成長すると、
怪物になるって……
それは本当なんですか?

【隠居老人】
まったくだらしがない!
政治が腐敗しておるから、
怪人騒動などを招くのじゃ!
軍部もたるんでおる!
怪人などぶっ飛ばすくらいの、
益荒男ますらおはおらんのか!

【倒れている青年】
……ううう……腰が……抜けた……
今の奴は怪物に違いない……
怪人なら知ってる、前に銀座ぎんざで見た、
怪人は目付きがおかしい、
動きも変だ、けど、今の奴みたいに
異様な雰囲気はないんだ――
猟奇グラフに読者の投稿があって、
怪人、けるに怪物とすって……
そういうのがあったから……
だから、今の奴、怪物だよ、
僕はひらめいたんだ……
ううう……力が……入らない……

【本郷の青年】
フヘヘヘヘヘ~
僕は、完成したのか?
――なぁ、そうなのか……
あれは先週のことだ――
本郷ほんごうの下宿にあの男が来た、
そして言ったんだ――
死のうとする気持ちはわかるが、
もう君は死ねなくなった、とね。
――僕には意味がわからなかった。
すると男は笑いながら続けたんだ。
試しに飲んでみれば、と。
カルモチンのびんを指差してね!
僕がカルモチンじょうを買ったのを、
あいつは知っていたんだ!
まだふうを開けていないこともね!
男が下宿をるやいなや、
僕は飲んだよ! 一瓶全部をだ!
男の言葉に迷いが消えたんだ!
カルモチン飲んで十分後に、
ふーっと目の前が暗くなったよ。
死ねたと思ったね!

目黒川めぐろがわ川原かわら

【本郷の青年】
さっきから僕をけるのは、
アンタだな? 
下宿に来た男の仲間だろ!
【陰気な男性】
君はカルモチンを飲んで、苦しんだ。
そのことで恨んだりするかね?
【本郷の青年】
恨み? 三日苦しんだ恨みか?
そんなのはない!
生まれ変わった気分だ!
【陰気な男性】
激しい苦しみにのたうちまわり、
君はとっとと魂を手放した。
そうじゃないかね?
その瞬間、君はわずかな自分を残し、
あとの全てをに明け渡したのだ。
君のほとんどはが支配している!
【本郷の青年】
そう思うかい?
ほとんどを、支配する?
違うね、全部をだ!!
【陰気な男性】
うっ……
君の全部を……が……
支配するのか?
何故、そんなことになった?
君は、何をしたんだ?
【本郷の青年】
教えてやろう!
僕はカルモチンを飲んだ、
だがな、一びんじゃない、二びんなんだ!

《バトル》

【着信 帆村ほむら魯公ろこう
そいつは薄皮一枚残して、
に支配されておるようだ。
普通のきとは違うぞ!
見たこともない波形が出ている、
注意してかかるんだ!

【本郷の青年】
どうした……
これまでと違う感じだ……
何故だ! 僕が……消えるのか?

山王機関本部さんのうきかんほんぶ
喪神もがみ梨央りお
目黒めぐろの件、隊長が報告書を……
中身がほとんどだなんて、
これまでにない例です。
この件で、新山にいやまさんもゼットー博士も
物凄く張り切っていらっしゃいます。
同じ波形が記録に残っていたとか。
目黒めぐろの怪物、あ、いや、怪人のと
同じ波形だそうですよ。
今、場所を特定中とか――
帆村ほむら魯公ろこう
かれるや否や、
に魂をわれると、
人由来のが生まれるようだ。
苦しみや憎しみが激しく、
またかれてからの時間が短いほど、
人由来のは生まれやすい――
人に由来する、うむ、つまりは人籟じんらい
この手の人籟じんらいと名付ける。
人由来だけに扱いが容易だ――
何者かが人籟じんらいを作ろうと、
計画を進めているようだ。
少しの間、留守にする。後を頼むぞ。
喪神もがみ梨央りお
は、はい!
隊長がここを離れるなんて、
一体、何をお考えのことやら。
かれてすぐに魂を奪われる、
それで人籟じんらいができるんですね。
さっきの怪人は、身も心もを
奪われていたんですね――
見た目は人だったんでしょう?
そうか、人の薄皮一枚へだてて、
その下は全部だったんですね!
確かに怪物です。
なんだか怪人が、
普通に思えてきちゃいました……
事態は悪くなる一方ですね――

帆村ほむら魯公ろこうが出て行った山王さんのう機関本部に重い空気が垂れ込めた。