第五章 第九話 和宮の句

浜松はままつ牡丹江ボタンコウにはアストラルが凝集ぎょうしゅうしていた。そのせいで、セヒラが帝都へと流れ出ていた。それが増上寺ぞうじょうじに怪異をもたらしていた。アストラルの凝集ぎょうしゅうの原因である、アナーキストの領袖りょうしゅう御厨みくりや車夫しゃふ――
そのアストラルは場を離れたがっていた。
しかし御厨みくりや車夫しゃふのアストラルを、とらえて離さない思念があるという。それはおそらく和宮かずのみやしたう思念である。

芝増上寺大門前しばぞうじょうじだいもんまえ

【着信 喪神もがみ梨央りお
兄さん、
御厨みくりや車夫しゃふのアストラルですが、
もしや宗旨替しゅうしがえでもしたんですか?
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
何かやり残した仕事があると言う。
だが、奴を離さない思念とは――
それは和宮かずのみやしたう思念なのか?
【着信 喪神もがみ梨央りお
皇女和宮かずのみやしたう人は多いです。
その思念は相当な力のはず――
和宮かずのみやの思念を解き放てば、
御厨みくりや車夫しゃふも離れられるかも……
そうすると――
アストラルの凝集ぎょうしゅうも消えるはず。
兄さん、和宮かずのみやの思念と話せますか?
――増上寺ぞうじょうじ石灯籠いしどうろうです。

【相手にされない若旦那わかだんな
先代が亡くなって家業継いだけど、
大番頭おおばんとうも番頭も、丁稚でっちまで、
ちっとも言うことを聞かない――
ああ、むしゃくしゃする!
そんな時は和宮かずのみや様をもうでます。
何事も辛抱しんぼうが大事ですからね!

村八分むらはちぶの芸者】
あねさんたち、アタシのこと、
とことん無視するんです。
アタシの生まれがいいからって――
先だっての恐慌で没落したのに。
くやしい時は、和宮かずのみや様にご相談です。
気持ちがうんと晴れやかになります。

【品川の男性】
うちのさいがですよ、
ご先祖の墓参りに来たときのこと、
そのとき、見たんだそうで――
灯籠とうろうに火の玉が浮かぶのを。
そんな、この近代生活モダンライフの帝都に、
火の玉なんかあるもんですか!
そう言ってやりました。
さいはね、小日向こひなた切支丹坂きりしたんざかでも、
火の玉見たことがあるそうです。

【寺の庭師】
妙な噂が広がるといけないんでね、
和宮かずのみや霊廟れいびょうには近付けないように、
さくを張ったんです。
ちゃんと千代紙ちよがみふうをしてね。
いやぁ、あっしの趣味なんで、
京都の千代紙集めがね!
でもね、何者かがふうを破いた、
何者かが和宮かずのみや霊廟れいびょうの前に……
そんなこと、誰がするんでしょうか?

芝増上寺境内しばぞうじょうじけいだい

【寺の小僧】
参拝者の思念が集まり、
和宮かずのみやの思念として振舞っている、
そのことは疑いようがありません。
問題はそこに合わさっている、
もう一つの思念なのです。
和宮かずのみやの思念は何を語るか、
とても気になるのですが、
もう一つに打ち消されてしまい――
今は石灯籠いしどうろうに現れています。
あれは和宮かずのみやでしょうか、
それとももう一つの方でしょうか?

【寺男】
あのおかしな光、
今日もまた出てるんだ。
ふとね、光で思い出してね、
前の新聞、引っ張りだしたんだ。
そしたらあったよ、記事が!
市ヶ谷いちがやの病院で、
おかしな光が出たっていう記事。
そん時、現場にあんたがいたんだ。

【寺男】
陸軍特務から派遣された隊員、
それってあんたのことじゃないか?
あんた、和宮かずのみや灯籠とうろうに、
何か仕掛けたんだろ?
あんたが張本人じゃないのか?

《バトル》

【寺男】
さては小僧と一緒にたくらんでるな……
――そうに違いない、違いない、
あああ、俺は、何で気付かなかった!
【寺の小僧】
私はなんでもありませんよ――
どうやら今日は和宮かずのみやが出ている、
いや、参拝者の思念でしょうが……
邪魔がないのかもしれません。
さて、向かいましょうか。

増上寺霊廟ぞうじょうじれいびょう

【寺の小僧】
わかっていてもですよ――
和宮かずのみやの思念、本物のようにも、
思えてくるんです。
古今ここん東西とうざいの思念ということでは、
本物の和宮かずのみやであっても、
不思議はないのですが……
【カラス】
カァ~カァ~
――何、見テイル?
カラストテ、シャベルトキハ、
シャベルノデア~ル。
デテコイ、トクジロウ!

【バール】
ビョーンと出てくるバールだニャ!
この辺は、ことほかだニャ!
セヒラが濃い濃いニャ!
それがためか、和宮かずのみやの思念、
元気だニャ!
話しかけてみるニャ!

皇女こうじょ和宮かずのみやの思念】
こんにちは!
今日は何だか気分がいいわ!
沢山の人とお話しなくちゃ!
もしかして……
貴方があの人を遠ざけてくれたの?
――御厨みくりや車夫しゃふって言う人。
おかしな名前ね!
あの人、突然、ここにやってきて、
お参りの人に変な言葉を投げるのよ。
【寺の小僧】
――なるほど……
確かに和宮かずのみやですね。
今は不在ってわけですか、御厨みくりやは。
【バール】
帝都満洲で御厨みくりやアストラルは、
動けないと言ってたニャ!
きっとそれで手一杯なんだニャ!
和宮かずのみやに事情を聞いてみるかニャ!
今のうちニャよ。
【寺の小僧】
御厨みくりやがいないから、
和宮かずのみやが出られるわけですね。
その理屈、とくと理解しました。
【???】
――私を、呼ぶのか?
いいか、私を退しりぞけるのだ!
それで私は開放されるはずだ!

《バトル》

【???】
だめだ!
私はいまだ解放されない!
急ぎ、戻らねばならぬのに――
【バール】
御厨みくりや、また引っ込んだニャ!
今のうちに和宮かずのみやに話を聞くニャ!
皇女こうじょ和宮かずのみやの思念】
あの人、御厨みくりやっていう人、
句をんだのにちっとも良くないと、
なげいておいででしたわ。
私のんだ句を届けてくださる?
そうすれば、あの人は満足よ。
どう、いい考えでしょ!
私ね、人を喜ばせたいの。
困っている人を放っておけない――
さぁ、句をむわよ!
しまじな
君と民とのためならば
身は武蔵野むさしのつゆゆとも

その句は和宮かずのみやが江戸に下るに際して、孝明こうめい天皇にいとまを申し出た際にんだとされる。

【バール】
聞いたニャ、聞いたニャ、
今の句を御厨みくりやに届けるニャ!
それで奴は解放されるニャ!
【???】
ううう、戻らねば!
私は戻らねばならない。
辞世じせいの句を完成させねば!
【怪異の炎】
――帝都を解体せよ!
――国家を解体せよ!
【バール】
これじゃ堂々巡どうどうめぐりニャン!
早く、帝都満洲に行くニャン!

山王機関本部さんのうきかんほんぶ
帆村ほむら魯公ろこう
ふむ……アストラルが、
多大なるセヒラを溜め、
それを思念の強い場所へ流すとは……
ある小説にこんな記述がある――
この息苦しい濛気もうきの中に、昔から
今まで至る場所で至る瞬間にされた
何かに一念に凝った人の姿が
数限りなく跡をとどめ、それが渦巻き
相寄り集まって、ぼうとした幽気とな
り、ほのかな陰惨な命に蘇って、
ぼんやりと立ち現われ、
ふらふらと彷徨ほうこうし始める――
喪神もがみ梨央りお
陰惨な命……
それがアストラルなのですね!
帆村ほむら魯公ろこう
そのアストラルが徒党ととうを組んで、
帝都へセヒラの奔流ほんりゅうをもたらした。
――うーむ、せないなぁ……
やはり生きた人間の、
余程よほどに強力な思念が作用して、
そのような事態を招いたのか……
喪神もがみ梨央りお
死ぬ間際には思念が強くなる、
ちまたではそう噂されています。
帆村ほむら魯公ろこう
しかし、浜松はままつ牡丹江ボタンコウの様子だと、
御厨みくりや車夫しゃふは死ぬつもりはない、
そうも受け取れたがな。
奴は辞世の句を作りそこねて、
急いで帰りたがっている。
和宮かずのみやはそれを知って――
自分のんだ句を届けようとして、
でもその術がなかったわけだ。
そういうことだな?
喪神もがみ梨央りお
兄さんが句を届けるのです。
そうすれば和宮かずのみや様は、
御厨みくりやを解放するはずです。
帆村ほむら魯公ろこう
よし、風魔ふうまよ、
もう一度、帝都満洲だ、
浜松はままつ牡丹江ボタンコウおもむくのだ。

第五章 第八話 アストラルの凝集

はらえの

増上寺ぞうじょうじに眠る皇女和宮かずのみや静寛院宮せいかんいんのみや。彼女をしたう参拝客の思念が一つの人格をす。そこへ過激思想の思念が合わさった――
参拝者のいくらかは、和宮かずのみやから言葉をさずかった、そう信じ込み、過激思想に染まるおそれも――
セヒラの流入阻止が火急の要であった。

帆村ほむら魯公ろこう
妙なこともあるものだ――
参拝客の残留思念が和宮かずのみやを生んだ、
どうもそうらしいな。
墓地や霊廟れいびょうにはセヒラがある、
そのつてでいくと、そこに残留思念が
加わり、さも人のように振る舞う。
いや、むしろ一等多い残留思念が、
あの場所にセヒラを招いたか――
そうも考えられるな。
それに帝都ではアナーキスト連中が、
何やら準備を始めておるようだ。
その影響も少なからずあるはずだ。
いずれにせよだ、あそこに流れ込む、
大量のセヒラを止めねばならん。
梨央りお、次の満鉄の駅はどこだ?
喪神もがみ梨央りお
しばあたりに照応するのは……
哈爾浜ハルピンの南西、つまり牡丹江ボタンコウです。
浜松牡丹江ボタンコウです!

赤坂哈爾浜ハルピンから浜松牡丹江ボタンコウに向かうべく、帝都満洲鉄道の列車に乗るも、一向に発車する気配がない――

【満鉄車掌】
前方に何やら大きなものが……
当列車の行く手をふさいでおります。
そのものを退しりぞけないかぎり、
列車はこれより進めません。
――まるで怒りのかたまりのような、
そのような様相を示しております。

時空じくう狭間はざま

比類舎ひるいしゃ幹部アストラル】
御厨みくりや先生の右腕として、
この十年、やってきた!
今、私は満ちている!
ここ新橋しんばしの帝都ホテルにて、
愈々いよいよ、無政府元年を迎えるのだ!
それにつけても、ああ、情けない!
比類舎ひるいしゃの新参どもは根性がない!
何故だ? なぜ新宿旭町あさひまちなのだ?
あんな木賃宿きちんやどの並ぶ見窄みすぼらしい街で、
破局革命の狼煙のろしを上げるなど、
私には信じがたいことだ!
もう逃げ隠れはせん!
私は奴ら腰抜けとは違うぞ。
フフフ、お前は特高か、憲兵か?
あるいは崩れ者か!
革命の邪魔はさせん!!

《バトル》

比類舎ひるいしゃ幹部アストラル】
う……
――革命、頓挫とんざか!
いや、まだある、手はあるぞ!
【満鉄車掌】
やりました!
障害が取り除かれました。
当列車、出発進行です。

〔浜松牡丹江ボタンコウ・北〕

帝都満洲鉄道の着いた先、浜松牡丹江ボタンコウ。街は廃墟のようなたたずまいを見せ、幾多いくたのアストラルたちがおぼろに浮かんでいた――

【バール】
うンニャ!
ここは帝都満洲の新しい街ニャ!
といってもちっとも
新しい感じがしないニャ……
――むしろ廃墟だニャ!
本物の牡丹江ボタンコウは、駅がこの七月開業、
街もまっさらぴんの新しい街だニャ!
去年末に図寧トネイ線が開業、
今年、牡丹江ボタンコウまで延伸えんしんになって、
八月に図佳トカ線 が予定されてるニャン!
満洲の地に鉄路は繋がるニャ!
【バールの帽子】
鉄道敷いて、言わば
陣取りみたいなもんだゲロよ!
陣地と陣地とがぶつかると、
たちまち戦争になるんだゲロ!
【バールの帽子背後】
土地にはそもそも限りがある。
誰か一人が欲張ると、
せっかくの調和が乱れてしまうのう。
【バール】
このへんは何もないから、
速いもん勝ちニャんか!
【バールの帽子】
本当に何もないのか?
地面掘ったらお宝ザクザク、
なんてことがあるかもゲロ!
【バールの帽子背後】
フォフォフォッ!
なかなか夢のある話じゃな!
まぁ土地はあるに越したことはない!
【バール】
結局、欲張りじいさんだニャ!
さて、風魔ふうま、セヒラの流れ込み、
断ち切りに行くニャ!

比類舎ひるいしゃ革命隊Mアストラル】
今、武相屋ぶそうや旅館の御岳おんたけの間にいる。
他の隊員はどうだろうか――
ついに決行の時が来た!
今、昇汞水しょうこうすい茶碗ちゃわんそそいだ。
こいつを一息に飲むことで、
思念を極大化できる――
すべては革命のためだ。
我が生命を新しい国体に捧げる!
――腐敗した世界ともお別れだ。

比類人ひるいじん編集アストラル】
御厨みくりや先生は下谷したや谷中やなかに越された。
今年、八度目だな、引っ越しは。
そして今日が革命実行の時――
いや、私は実力行使はしない、
新宿にいる六名の革命隊が決行する。
今日、帝都に何かが起きるぞ!!

比類舎ひるいしゃ革命隊Sアストラル】
死というのは昇華しょうかである。
死の直前に命は強い力を出すからだ。
その力を集めて、革命を起こす――
こう考えると戦場で死ぬなど、
犬死いぬじに以外の何者でもないと思える。
御厨みくりや先生の教えは素晴らしい!
この見窄みすぼらしいこの三畳さんじょうの宿から、
国家を転覆てんぷくさせるなんて、
ああ、胸が高鳴るではないか!
昇汞水しょうこうすい茶碗ちゃわんを前に座るだけで、
命の勢いの増すのがわかる。
その頂点を外すまい!

【寺の小僧アストラル】
おそらくどこかに身を潜めている……
稀代きだいのアナーキスト、御厨みくりや車夫しゃふ
身を潜め、思念を送っている。
和宮かずのみやしたう参拝者の思念は、
アナーキストどもの思念を、
引き寄せたに違いない――

まずはあつまった思念のかたまりを、
なんとか解体せねばならない。
御厨みくりや探しは、その後だ!

比類舎ひるいしゃ革命隊Wアストラル】
帝大の奴ら、今頃、眼を白黒させて、
泡吹いているだろう!
僕は出し抜いてやったんだ!
――破局革命、本日決行!
赤門出版会に貼紙はりがみをしてきたんだ!
僕が比類舎ひるいしゃ鞍替くらがえするとは、
奴らも想像だにしなかったろう。
どうせ奴らは財閥会社に就職する、
アナーキズムなんて茶番なんだよ!
父様、母様、僕は革命にじゅんじます。
峰子の輿入こしいれには立派な衣装を、
あつらえてやってください――
峰子は妹ながら立派な女だ。
新生なった国体で活躍するだろう。
さぁ、そろそろ決行の時だ――

比類舎ひるいしゃ革命隊Kアストラル】
死んで思念を残す――
最初、意味がわからなかった。
――それは霊魂のことですか?
御厨みくりや先生に何度も食い下がったよ。
先生は帝都の下層には思念の流通する
世界が広がっているとおっしゃる……
人は生まれた時と死ぬときに、
その思念を極大化するという。
いよいよ、革命特攻の時だ。
死して我が思念により、
世紀の革命をすのだ!!

〔浜松牡丹江ボタンコウ・西〕

増上寺ぞうじょうじの大門に相応する場所に、はたしてアストラルが凝集ぎょうしゅうしていた。まるで巨大な壁のようである。

比類舎ひるいしゃ主幹アストラル】
ん? この気配は……
またアンタか!
――もう戦うつもりはない。
我々は新宿旭町あさひまち武相ぶそう屋旅館につどう。
ここが破局革命の拠点なのだよ。
六名の革命隊員ははらを決めたはずだ!
隊員たちはこれより昇華しょうかする!
強い思念でセヒラの流れを作るのだ。
そうだよ、セヒラだ――
私たちが何も知らないとでも?
人をして怪人化させる霊的な力を、
革命に使おうと言うのだよ!

【寺男のアストラル】
あの小僧……
どうも普通じゃないな。
奴はいつからここにいる?
ここにつかえて長いが、
あんな小僧は見たことがない――
奴は見てくれは小僧なんだが、
その実、違うのではないか?
――何よりやけに訳知わけしりだ!

比類舎ひるいしゃ革命隊員Aアストラル】
カルモチンをびん半分飲んだ……
ああ、意識が……遠のく……
反面、思念はまされる!!
――けれども……
ほんとうにこれで良かったのか?
肉体を捨てて思念を残す選択が……

比類舎ひるいしゃ革命隊員Hアストラル】
悪しき心を狙う力、それがセヒラだ。
それくらい、我々も知っている。
そのセヒラを革命に使うのだ!
御厨みくりや先生の着眼点は素晴らしい!
私もここに死して、強い思念を送り、
セヒラの流れに加わろうと思う!

比類舎ひるいしゃ革命隊長Gアストラル】
ここ新宿旭町あさひまち武相屋ぶそうや旅館は、
アナーキズムの聖地となるだろう。
明日には六名の革命隊員の遺骸なきがらが……
御厨みくりや車夫しゃふ先生は何でもご存知ぞんじだ!
思念とセヒラをもちいて、
国家こっか転覆てんぷくを実現するとは!
この決死革命を決行することで、
帝都にセヒラの奔流ほんりゅうがもたらされ、
薄皮のような秩序は消滅する!
それにしても……
武相屋ぶそうや沈丁花ちんちょうげの間においでの、
御厨みくりや車夫しゃふ先生はどんなご様子だ?
先生は最後に自死すると――
迷いがしょうじてはいけない!
お前だ、お前の存在が迷いを生むぞ!

《バトル》

比類舎ひるいしゃ革命隊長Gアストラル】
車夫しゃふ先生!
この者が、先生の邪魔立てを……
私にはふせげませんでした!

革命隊のおさ退しりぞけても、なお、アストラルは凝集ぎょうしゅうを続けている。その中に御厨みくりや車夫しゃふのアストラルがいるようだ。

御厨車夫みくりやしゃふアストラル】
あなたは……特高ではありませんね。
私は一旦戻らねばなりません!
けれど、ここを動けないのです!
私を解放してください!
すればここを開きます――
やり残した仕事があるのです!!

そう言うや御厨みくりや車夫しゃふのアストラルは、
凝集ぎょうしゅうするアストラルの中にもれてしまった。

【バール】
思うにだニャ、風魔ふうま
御厨みくりや車夫しゃふは死ぬのをやめたい、
そうなんじゃニャいかニャ!
おそらくだニャ、
和宮かずのみや思慕しぼする大きな思念が、
御厨みくりやの思念を放さないんだニャ!
一度、帝都に戻り、
向こうの様子をさぐることニャ!

第五章 第七話 増上寺の怪異

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
昨日、第八分課に通報があってな。
しば増上寺ぞうじょうしに怪異があると――
前に好事家こうずか宮武みやたけ國風こくふうが興味をいだいた
古書を預かりに訪問しただろう。
あの増上寺ぞうじょうじだよ。
この怪異とやらは、
まだ新聞ネタにはなっておらんが、
噂を聞きつけ人が集まっておる――
喪神もがみ梨央りお
隊長、兄さん、そういえば、
四探にわずかにセヒラ反応が――
ちょうど増上寺ぞうじょうじのあたりです……
帆村ほむら魯公ろこう
増上寺ぞうじょうじといえば徳川の菩提寺ぼだいじ
代々将軍の霊廟れいびょうがある――
参拝客もよく知っておることだろう。
それだけに思念の残留も多い。
何かがいずる可能性もあるだろう。
参道の客に話を聞くんだ。
梨央りお、公務電車の準備はいいか?
喪神もがみ梨央りお
はい、今の時間は三番の軌道で、
赤羽橋あかばねばし増上寺ぞうじょうじの最寄りです。
少し、歩きますが……
帆村ほむら魯公ろこう
まぁよい、いきなり大門に
公務電車を乗り付けるより、
目立たなくて済むからな!

芝増上寺大門前しばぞうじょうじだいもんまえ

公務電車は、山王さんのう下から溜池ためいけとらもんを経由、左手に愛宕山あたごやまを見ながら赤羽橋あかばねばしへ着いた。風魔ふうましば公園を抜けて増上寺ぞうじょうじへ。参道には怪異の噂を聞きつけてか、普段より人出が多かった――

婿入むこいりの酒造会社社長】
私はね、婿むこ入りの身なんでね、
よめの一族には頭が上がらんですわ。
だからね、月に一遍いっぺんはこうしてね、
和宮かずのみや様の墓所にお参りを――
皇女和宮かずのみや様、静寛院宮せいかんいんのみや様ですよ。
徳川とくがわ家茂いえもち降嫁こうかした皇女様です。
天皇家から将軍家へとついで、
慣れない御殿ごてん暮らしに戸惑いながら、
正室としてつとめを果たされた。
二十歳そこそこで立派なもんです。
そんな皇女様にあやかろうとね、
お参りするんですよ。
和宮かずのみや様の墓塔の前に立つとね、
なんだか力がもらえそうで。

しゅうとめと打解けない旧家の嫁】
私の身の上、和宮かずのみや様に重ね合わせ、
なんとか辛抱しんぼうする毎日です。
嫁入よめいりした家に馴染なじめない……
旧家だから大変よと母は申しました。
でも誠意を込めてやっていればと、
自らに言い聞かせるのですが……
徳川家にお下りになった和宮かずのみや様、
きっと同じ思いでいらしたんだわ!
今日もお参りをいたしました。

高輪たかなわの老婦人】
今、お墓参りのとき、噂を耳に……
――ええ、なんでもおかしな光が……
高輪たかなわの若奥様】
斜向はすむかいの辛坊も言ってました!
石灯籠いしどうろうが昼でも光るんだって!
高輪たかなわの老婦人】
まぁ、辛坊って、あの金物屋の?
あの子は法螺吹ほらふきで有名よ。
さぁ、帰って水羊羹みずようかんでも頂きましょ!

【寺の庭師】
旦那が調べられるんですかい?
怪しい光ってのはね、
和宮かずのみやの墓塔前にあった石灯籠いしどうろうです。
今、植木の入れ替えでね、
霊廟れいびょうの門前に移してあるんです。
その石灯籠いしどうろうがね、
何やら光るとか光らないとか、
いろいろ忙しいわけで!

芝増上寺境内しばぞうじょうじけいだい

【寺の小僧】
確かに怪異は現れています。
静寛院宮せいかんいんのみやの墓塔前にあった灯籠とうろうです。
そこに怪しい光が宿やどるのです。
二年前、興亜こうあ日報の特集があって、
和宮かずのみや内親王の生涯しょうがいを取り上げました。
将軍家に下った皇女様ですよ――
周りに理解者のいない中で、
将軍の正室として気丈きじょうに振る舞い、
大義を果たした女性としてね。
落ちて行く 身を知りながら紅葉もみじばの
人なつかしく こがれこそすれ
――降嫁こうかの際にまれた一句です。
記事以来、墓参者が増えたのです。
全国から人間関係で悩む人が、
和宮かずのみやにあやかろうと訪れるのです。

【寺男】
静寛院宮せいかんいんのみや、つまり和宮かずのみやの墓塔だけ、
家茂いえもち公の隣に建つんです。
代々将軍の正室、側室は、
皆、合祀ごうしされているというのに。
元皇族、それだけではないような――
そんなお墓なので、お参りの方も、
思いは一入ひとしおではないかと――
けどね……
あんまり思いが強いっていうと、
怪人になっちまうって、
新聞で勉強しました!

義文律師ぎもんりっし
拙僧せっそう、ここにお勤めして十年、
このような怪異は初めてです。
怪光の現れた石灯籠いしどうろうは、
静寛院せいかんいんの墓塔前にあったものです。
植木の入れ替えで動かして……
それがいけなかったのでしょうか?

良生律師りょうじょうりっし
思うところあって、朝の速い時間、
静寛院せいかんいん灯籠とうろう前に立つんです。
――するとですね……
ふーっと何やら現れて、
胸の中に、こう、入ってくる……
瞬間、体が軽くなるんです。
まるで体の重さを感じなくなり、
ふと見ると、足が地面から浮いて、
風でも吹こうものなら、スーッとね、
右へ左へと流されてしまいそうに……
その時です、頭の中に声がする。
最初、皆目かいもくです、わかりません。
そのうち、声の主は静寛院せいかんいん、いや、
まだ降嫁こうか前の和宮かずのみや様とわかる――
なぜだか、わかるんです……
まだ京都においでで、
有栖川ありすがわ熾仁たるひと親王が許婚者いいなずけだった頃の、
第八皇女、和宮内親王かずのみやないしんのうです。
和宮かずのみや様は京都叡山えいざんの桜の上る様を
こよみの代わりに見立てられたり、
山端やまばなの新緑をでられたりします。
それが最近、様子が変なのです。
まるで不協和音のようにして、
和宮かずのみや様らしくない言葉が――
日々うるさくなっていく言葉は――
破局革命! 実行の時!
アナーキズムの新展開!
お前達があらぬことをするので、
和宮かずのみや様を差し置き、かようなことに!
――そうでは、ないのか!

良生律師りょうじょうりっし
アハハハハ!
御厨みくりや車夫しゃふ先生のご決断!
今ぞ、訪れぬ!!
腐敗しきった国体を解体し、
我が比類舎ひるいしゃを中核として、
新大国家を樹立するのだ!

《バトル》

良生律師りょうじょうりっし
やはり……お前らか……
あらぬ言葉を……呼び寄せるのは!
御厨みくりや車夫しゃふとは、何者か?
……雑音を……消してくれ……
それにつけても……和宮かずのみや様は……
近代的モダンなお方でいらっしゃる!
……もっと、おしたいしたい!
【寺の小僧】
皇女和宮かずのみやは、おそらく参拝者の思念、
幾多いくたの思いが一塊ひとかたまりになったものかと。
それゆえに近代的なのでしょう。
しかし、せないのはもう片方です、
あれは何なのでしょうか?
どうぞ、じかにお確かめください。
怪異の灯籠とうろうへ、ご案内します。

増上寺霊廟ぞうじょうじれいびょう

【寺の小僧】
見えていますね……
参拝者の思念が集まり、和宮かずのみやとなり、
さらに、何か別の念がおよんでいます。
念が念を呼ぶような、
そんな現象が起きているようです。
――実に不可思議ふかしぎですね……

【カラス】
カア!
カァカァカうつせみの……カァカァカァカァからおりごろも
カァカァカなにかせん――

【黒猫】
ウニャニャニャあやもきぬも
ニャニャニャニャニャきみありて
ニャンこそ
【バール】
やっとたどり着いた!
風魔ふうま、我輩だ、バールだニャ!
この辺り、ものすごいセヒラだニャ!
まるで帝都満洲みたいだニャ!
我輩がこんな風に風魔としゃべれるのは、
きっとそのせいだニャ!
一体、どこからいてくるニャ?
このセヒラの流入を止めないと、
帝都はおかしなことになるニャ!
我輩らには天国だけどニャ、
人間には辛いことだニャ!
まずはあの光だか炎だか、
あいつをなんとかするニャ!

【怪異の炎】
……こ……ん……に……ち……は!
――今は、うまく話せないの……
先程、良生律師りょうじょうりっしの仰るように……
何者かが、私を邪魔するのです……

【怪異の炎】
それは日増しに強まっています……
私を通して、あらぬ言葉を、
参拝者に投げかけるのです――
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ、急上昇しています!
【怪異の炎】
参拝者のうち、ある者は驚き、
またある者はその言葉を受け入れ……
受け入れた者は様子が変わります!
ああ、またです……
今日、もう十八回目です、
助けて……ください……
……
――いよいよだ、破局革命の時!
――比類舎ひるいしゃの総力を結集だ!
――まずは帝都を滅ぼす!
――我々は畏怖いふすべき力を備えた!

《バトル》

【怪異の炎】
――帝都を解体せよ!
――国家を解体せよ!
――腐敗の温床おんしょうを取り除け!
……助けて……ください……
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
帝都満洲から強力なセヒラが、
その場所に届いておるようだ!
波形が!
見たこともない波形が現れました!
――物凄い流れです!

【寺の小僧】
消えたと思ったあの炎、
また蘇りました――
【バール】
風魔ふうま
我輩はよく考えたニャ!
――つまりあのアストラルは……
繰り返し何度も現れるニャ!
というのも残留思念とは違い、
生きた思念として意志を持つニャ!
帝都の何処どこかにいる人間が、
強い意志とセヒラと絡めて、
ああして帝都に湧出ゆうしゅつさせているニャ!
その大元、おそらく帝都満洲ニャ!
誰かの意志が帝都満洲を経由して、
また帝都に現れているニャ!

【怪異の炎】
……
――いよいよだ、破局革命の時!
――比類舎ひるいしゃの総力を結集だ!
――まずは帝都を滅ぼす!
――我々は畏怖いふすべき力を備えた!

《バトル》

【怪異の炎】
――帝都を解体せよ!
――国家を解体せよ!

【寺の小僧】
同じことの繰り返しですね。
あの声の出処でどころは……
――私には見当も付きません!
【怪異の炎】
……助けて……ください……
【バール】
風魔ふうま、ここは切り上げるニャ!
元をつことニャ!
帝都満洲におもむき、
セヒラの流入を断ち切るニャ!
それしか救うすべはないニャ!