第九章 第十三話 東京黙示録

12月25日、先帝祭で祭日であった。
ホテルでは午後の早い時間に人払いされ、従業員も宿舎に待機となった。
溜池通には軍用トラックが二台停められ、数人の立哨が警備に付く。

クリスマスパーティは中止となり、
客のないロビーに飾りがむなしく輝いていた。

そして皆が案じている
虹人こうじん行方ゆくえ――
数百年の時を越えた思念の繋属けいぞくが、虹人の中に白金江しろかねこうを形成するに至った。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
虹人さん――
この時間になっても、
波形も全然観測されません!

隊長……
虹人さんは自分の中に白金江の
姿を見ていたんでしょうか?
【帆村魯公】
何かしら感じておったに違いない。
だが受け入れはしなかった――
虹人と名前を変えたわけだしな。
【喪神梨央】
こうって言う名前、
お父様がお付けになったんですね。
【帆村魯公】
そうだ……
変わり者の親父だ。
親父は虹人が生まれて半年ほどで、
姿をくらませてしまった。

ノックの音とともに九頭が姿を見せた。

【九頭幸則】
歩一の九頭くずです。
先生、隊の方で、
小耳に挟んだことがあって――
【喪神梨央】
虹人さんの行方でも、
わかったんですか?
【九頭幸則】
いや、そうじゃないんだ。
鈴代の叔父おじ山郷やまごうの方に、
内偵の入った形跡があると――
【帆村魯公】
ほう!
さては内務省でも動いたかな――
【喪神梨央】
殿下の仰っていた有澤機関、
あそこじゃありませんか?
だとすると――
【九頭幸則】
拠点はセルパン堂、だよね?
休暇の准尉じゅんいに行かせたよ、
目立たぬように平服でね。
【喪神梨央】
セルパン堂にですか?
式部しきべさん、いなくなったんですよ。
【九頭幸則】
梨央りおちゃん、裏切られたみたいで、
怒ってる?
【喪神梨央】
あまりいい気はしません。
私たちのことも探っていたんです!
身内のように思っていたのに――
【九頭幸則】
でも敵というわけでもなさそうだ。
准尉じゅんいがこれを持って帰った――

【帆村魯公】
これは芭蕉ばしょうの句だな。
漁火いさりびかじかなみしたむせび――
【喪神梨央】
かじかって魚ですよね?
鳴いたりするんですか?
――むせぶって……
【帆村魯公】
昔、かじかかわずの区別がなくてな、
かじかは鳴き声を立てると思われていた。
漁火に驚いたりしてな。

そういや梨央、
前に鰍沢かじかざわの話、なかったか?
【喪神梨央】
ありました!
赤坂哈爾浜ハルピンのお熊アストラルです!
それと――
式部さんも鰍沢かじかざわの落語聞いたと、
そう話していました。
【九頭幸則】
この俳句は、
何か意味を含むのかなぁ……
入口の引き戸にしてあったそうだ。
【帆村魯公】
うむ……
鰍沢かじかざわちなむ場所は何処どこだ?
甲州か――
【喪神梨央】
そうです、甲州きっての急流です。
吉原女郎だったお熊は……
【九頭幸則】
どうしたの、梨央ちゃん?
【喪神梨央】
お熊は心中にしくじって、
しばらく品川溜めに置かれます――
【九頭幸則】
それじゃこのカードは、
品川にいざなってるんじゃないのか?
そうだよ、風魔!

【喪神梨央】
どうしますか?
品川に怪人の報告はありませんが。
それにそろそろ日も暮れます。
【帆村魯公】
構わん!
梨央、公務電車の手配だ。
中尉も同行してくれ!
【喪神梨央】
承知しました!
品川まで手配します!

【九頭幸則】
行こう、風魔、
何があるかわからんが――

〔吉原遊郭〕

式部しきべの残したカードにヒントを期待して、九頭くず風魔ふうまは品川遊郭ゆうかくへ。
遊郭一帯は物々しい雰囲気だった。軍用トラックが何台も停まり、憲兵や兵が方々に展開している。

【九頭幸則】
何だ、騒然そうぜんとしているなぁ――
それにこの憲兵らはどこから……

【死骨崎憲兵中尉】
おい、貴様!
ここで何をしている!
【九頭幸則】
そっちこそ……
これは公務なのか?
【死骨崎憲兵中尉】
なんだと?
公務だとぉ?
俺達の公務なんざ、
とっくに終わってるんだ!
擅権せんけんの大罪など関係ないわ!!

そう言うなり憲兵は脱兎のごとく走り去った。

【九頭幸則】
どうやらめいあるわけじゃなく、
勝手にいきり立っているようだ。
――それにしても……

何だ、この甘い匂いは……
どこかで嗅いだことあるぞ!
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ観測しました!
すぐ近くです!

そこへ太った将校らしきが駆けて来た。右の肩章は大尉だが左には少佐のを付けている。

【地獄谷上級大佐】
無念だ、無念だ!
せっかく上級大佐まで上り詰め、
これからだと言うのに!

貴様らは悔しくないのか!
【九頭幸則】
じょ、上級大佐ですか?
――まるでナチのようです。
【地獄谷上級大佐】
うるさい!!
我が帝国陸軍はナチなどではない!
神洲大八洲しんしゅうおおやしまから世界をべる、
選ばれし神民の軍隊だ!

その最たるは東京ゼロ師団!
またの名をゼームス師団――

国立防疫研究所――
戸山砲工学校――
渋谷憲兵大隊――
全ては泡沫うたかたの夢であったか――
【九頭幸則】
わかってますよ、大尉。
すべては魔の力で仮構されたもの、
この甘い匂いとともにね!
それを泡沫うたかたとは――
随分とロマンチストですね!

【地獄谷上級大佐】
地獄谷じごくだにの名を得た夜、
私は生まれ変わったのだ!
う・ま・れ・か・わ・っ・た!
【九頭幸則】
地獄谷……
こりゃすごい名前もあったもんだ。
(風魔、気を付けろ、相当なもんだ)

【地獄谷上級大佐】
どうせちるところは同じだ、
貴様らを道連れにしてやる!!

《バトル》

【地獄谷上級大佐】
……荒川の……
帝国……モスリン……
あすこだけは――

――うっ
【九頭幸則】
帝国モスリンの他はどこだ?
まだあるんだろ、工廠こうしょうが!
――おい、答えろ!
【地獄谷上級大佐】
――

謎の将校は斃れ、そのままセヒラと化した。

【九頭幸則】
山本――
少尉だが同輩の付き合いだった……
奴は近づきすぎたんだ。
帝国モスリンに――

いや、違う!
工廠こうしょうにだ!

そして――
工廠こうしょうはまだ他にもある!
だが……場所はわからない――

そこへ芸者がしなを作りながら歩いて来た。

【品川芸者幾松】
四谷からお越しのお二人様かしら?
【九頭幸則】
四谷?
――あ、ああ、そうだ、四谷だ。
ここから来た。

九頭は咄嗟とっさにセルパン堂にあった、式部の残したとおぼしきカードを見せた。
それを見た瞬間、芸者は体を硬直させた。わずかに震えてもいる。

【品川芸者幾松】
嘘と誠の二瀬川ふたせがわ
だまされぬ気で~
だまされて~

妖艶な声で端唄はうたを愛唱すると、芸者幾松いくまつうつろな表情となった。
そして別な言葉を口ずさみ始めた――

【品川芸者幾松】
山郷やまごう、甲府にて甲斐絹かいきを扱う、
屋号は山郷絹糸けんし
最寄りは富士身延みのぶ鉄道
金手かねんて停留所――

芸者は報告書を読むような口調で、
山郷についての調べを述べた――

芸者は音もなく消えた。

【九頭幸則】
芸者は暗示をかけられた――
そんな感じだよな。
山郷側調査の内容を、
芸者に覚えさせてあるようだ。
これじゃ漏洩ろうえいは難しそうだな。

そこへもう一人、芸者が現れた。そして端唄の調子を披露した。

【品川芸者稲貞】
青いガスとう 斜めに受けて~
白い襟足えりあし 夜会巻き~

芸者は新京シンキョウに在る山郷の取引会社、柞蚕糸さくさんし問屋の満蒙絲線まんもうシーチェンについて語った。
山郷は社長の好文海ハオウェンハイに取引を持ちかけている。

芸者は音もなく歩き去った。

【九頭幸則】
柞蚕さくさんが不良で新京シンキョウハオ社長は困り、
山郷は甲斐絹かいきを調達したそうだ。
おかげで急場をしのげたと――

その見返りに山郷は、
太古たいこに北支に落ちた隕石いんせきをもらう。
その隕石をどうするつもりだ?

また一人、芸者がやって来た。またもや端唄の調子だ。

【品川芸者菊丸】
お前とならば どこまでも~ 
箱根山はこねやま 白糸滝しらいとたきの中までも~

芸者曰く、山郷は隕石いんせきの力で麗華れいかに深い霊異りょういをもたらし、その力を利用して支族末裔まつえいの思念を呼ぶ――
山郷はどこまでも
力に固執していたのだ。

芸者が去った。

【九頭幸則】
山郷は麗華さんに何をしたんだ?
それに……
どうやって麗華さんを呼び出した?
泣く子も黙るあの関東軍が、
麗華さんを保護していたんだろ?
容易よういには手出しできんぞ――

またもや芸者が来る。

【品川芸者市若】
雪はともえに降りしきる~ 
屏風びょうぶが恋の仲立ちに~

端唄に続けて芸者は、東雲しののめ流に伝わる香合こうごうは、互いに瑞祥ずいしょうを現すのだと語った。芸者にたくされた言葉はこれが最後であった――

芸者は遊郭の路地を歩いて行った。

【九頭幸則】
麗華さんに協力お願いすれば、
山郷の香合こうごう瑞祥ずいしょうを表して、
それで居場所がわかるはずだ。
麗華さんは鈴代がかくまっている、
そうだよね?

俺、鈴代の家に行ってくる!
瑞祥ずいしょうとやらが現れたら、
そこが山郷の居場所だ、
急ぐんだぞ、風魔!

九頭くず鈴代すずよの家に円タクを飛ばした。
二つのアルツケアンを取り込んだことで、古式東雲しののめ流の奥義おうぎ会得えとくした麗華――
まだ強い霊異りょういを現すには至らないようである。

【着信 喪神梨央】
先程、紀伊国坂きのくにざかで、
芽府めふ須斗夫すとおの身柄が確保されました。
麹町こうじまち署の巡査にです――
機関本部で山王さんのうホテルに部屋を取り、
今はそこで休んでいます。
独逸ドイツ大使館で名前を思い出し、
その後の意識がないそうです。
大使館からは一キロ少々です……
彼は歩いてきたと思われますが、
紀伊国坂きのくにざかで車から降りた、
そんな目撃もあるのです。

ホテルの屋上から、
瑞祥ずいしょうを探しますがまだ見えません。
見つかり次第しだい、連絡入れます。

東雲しののめ流の霊異りょういしずまっている。
しかし受継がれた香合こうごう瑞祥ずいしょうを現すという。
それは空に差す霊光として現れるのだ。

果たして瑞祥ずいしょうは現れた。
山王さんのうからほぼ東の方角、銀座の辺りに霊光が差したのだ。

夕の空に現れた瑞祥ずいしょうを手がかりに、銀座方面へ公務電車を走らせる。
四丁目を過ぎたところで電車は停止した。

〔銀座街路〕

銀座の電車通には異様な光景が広がっていた。大通の中央に巨大な繭玉がいくつも重なり、巨大な一つの塊を為していた。黃灰色の繭玉は、むっとするような熱気を発していた。

市電は通行止めとなり、車も止まらされていた。京橋署の巡査が総出で物見遊山の市民を押さえ込んでいた。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
幾つもの波形を観察します。
まだセヒラはありません――
波形の数、尋常ではないのです!

脇の路地からスーッとレンザが現れた。

【吉祥院蓮三郎】
風魔ふうまさま――
あれは何でございましょうか?
私、不思議な感覚がしたのです。
それを頼りにここへ来ました。
そうしたらあのようなものが――
さしずめ、まゆというところですか?
それも幾多いくたまゆが合わさり――
一つ一つがとても大きいですよ!

レンザがはっと目を見開いた。その視線の先、巨大な繭玉の塊から白い霧のようなものが現れているのが見えた。銀座の電車通が見る見る白くなっていく。

【吉祥院蓮三郎】
何か気配がします!
風魔さま!
お気を付け遊ばし!!

レンザの姿が白い霧のようなものにかき消されてしまった。

〔白の狭間〕

そこは時空の狭間であろうか。不透明な白い空間が広がっていた。
空間が歪んだかと思うと山郷武揚が現れた。山郷はセヒラを帯びている。

【山郷武揚】
君たちはこのような機械で、
人をさぐっていたのかね?
いや、よく出来ている。
人も波形を現すとはな――

牛頭の賛同者が飯倉いいくら技研にもいてね。
機械が示してくれたんだ。
ひときわ目立つ波形が二つ――
思わぬ僥倖ぎょうこうだったよ!
一つはここにいる――
遠い過去からの繋累けいるいだ。
そしてもう一つ――
私にとっては馴染み深いものだ。

アルツケアン!
はははは、まだ残っていたとはな!
あの書生風情が大使館から持ち出し、
三宅坂みやけざかを下っていた――
さっそく迎えの車を用意したよ。
今宵こよいはやけに冷え込む。
歩くと風邪を引くからね!

一瞬、周囲が白く輝いた。

【山郷武揚】
北支の隕石いんせき月詠つくよみ麗華れいかを満たした。
人の役に立てて実に嬉しい限りだ。
達成感は空虚くうきょ感をもたらす――
私の中に小さな穴が空いてね。
それをめてみよう、そう考えた。
はからずとも私は導かれた。

アルツケアン――
私のために残っていたのだよ、
私を待ってくれていたのだ。
これをなんとかしないと、
万能の石に申し訳なくてね!
君もそう思うだろう?
私は僥倖ぎょうこうを得たのだよ!
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし!!
尋常じんじょうではないセヒラです、
最大限の警戒を!!
【山郷武揚】
おやおや、こんなところにまで!
技術はける――
しかし人生はかくも短い!

《バトル》

山郷は風魔を見ている。しかしその視線はもはや風魔を捉えてはいなかった。

【山郷武揚】
見てくれ!
第五齢の熟蚕じゅくさん相成あいなった!
じき排尿するぞ!
排尿が終わると吐糸としを始める。
愈々、営繭えいけんに取りかかるのだ!!
さぁ、私をまぶしに収めてくれないか。
上蔟じょうぞくが終わると、吐糸を始めるぞ。
私は完成の域にあるのだ――

一瞬、周囲が白く眩しく輝いた。

【山郷武揚】
何だ? どうした?
私は……これは……
又昔またむかし? 赤熟せきじゅく? 小石丸――

違うのか!!
――かいこの種類は何だ?
これは……家蚕かさんではないのか!

再びの輝き――

【山郷武揚】
まさか……
北支の柞蚕さくさん――
好文海ハオウェンハイの作った白黄斑山繭しろきまだらやままゆなのか!

はぁはぁはぁ~
全滅したのではなかったのか――
私の持ち込んだかびで。

ウアハハハハ~
そうだよ、斑僵病まだらきょうびょうで全滅だぁ~
ハオ柞蚕さくさんは全滅だぁ~

周囲が白く輝いた後、真っ暗になった。
暗闇の中で山郷がもがいている。しかしその声はは聞こえない。山郷は強烈な幻覚におそわれていたのだ。
その幻覚は現実に一端いったんあらわした。
山郷は口から大量の糸を吐いたのだった。吐糸は果てることなく続いた。

【吉祥院蓮三郎】
ひゃぁ~
大変でございます!
黄色い糸がそこいら中に!!

【着信 帆村魯公】
風魔ふうまよ、山郷やまごうはアストラル化した。
レンザが見た糸は幻覚だぞ。
【着信 喪神梨央】
兄さん、銀座通ですが、
もうじき通行止めを解除します。
近くに虹人こうじんさんらしき波形も……
先程までは日劇前で確認……
今は波形は不安定ですが、
通行戻る前に急いで下さい!

〔日劇前〕

人の姿のない日劇前に虹人がいた。
虹人は白い光をまとっている。風魔に並ぶレンザが一歩踏み出した。

【吉祥院蓮三郎】
なんとなくこの辺りではと――
私、最近、えてきております。

虹人さまに古よりの繋累けいるいが及ぶと?
――私にはまだのように見えます。
さしずめ私は及び損ねた存在――
それゆえ、よく分かるのです。
まだ及んではおりません。

虹人を包む光が一瞬だけ大きく広がった。光は虹人の内側をも照らすかのようだった。

【吉祥院蓮三郎】
何でしょうか?
【帆村虹人】
やぁ、風魔!
すっかり審神者さにわのなりが板についた。
自分でもそう思うだろ?
今通う道場は目黒だよね?
競馬場跡近くの目黒不動だね。
省線駅から東横乗合を使うんだろ?
兄貴は目黄道場も開くって――
小松川区、荒川の西岸だよ。
総武本線の平井が最寄りだって。
目黄道場が開かれたら、
僕はそっちに通うことになりそうだ。
ちょっと遠いんだけど――
赤坂山王さんのうに特務機関を作る話も――
そうなれば、風魔、
お前と一緒になれるのかな?

虹人は相変わらず白い光の中にいる。

【吉祥院蓮三郎】
これは少し過去の話のようです。
時間が巻き戻ったみたいです。

虹人を包む光が大きく揺らいだ。

【吉祥院蓮三郎】
気を付けてください、風魔さま!
【帆村虹人】
目黄不動は府立七高女の近くだ――
高女といえばだよ、風魔、
面白い話があるんだ。

オフィーリア誌にページいて、
君影きみかげたよりをもうけることになった。
読者交流が発展するな!

虹人の光が一層の輝きを増す。

【帆村虹人】
――鈴蘭すずらんの子たち、
みんな僕のことを、
シロカネコウと呼ぶ――

虹人の周囲にセヒラが集まり始めた。その勢い、濃度ともにこれまでにないほどである。

【着信 喪神梨央】
気を付けてください!
セヒラ急上昇です!

セヒラの紫色が、先程までの白い光を追い出したかのように、虹人はすっかりセヒラに呑まれている。

【帆村虹人】
風魔には聞こえているかい?
まるで自分のことのように――
この言葉が僕をめぐるんだ。

全魔域パンデモニアムはルシファーの城府、
かの輝ける星をサタンにたくらべて、
かく呼べる――

虹人の声が遠ざかり、やがて周囲から光が失せた。
真っ白な空間に一台のラヂオがある。
ノイズ混じりの声が聴こえる――

安寧あんねいですか? 安寧あんねいですか?
――皆さま、どなたも、安寧あんねいですか?

淀橋区・東洋ホテル――
山梨からの上京時、山郷武揚の定宿である。山郷は甲府市内で生糸きいと商を営んでいる。屋号は山郷絹糸けんしであった。

【山郷武揚】
ついに興亜撚糸ねんしとの商談が決まった。
これで念願ねんがんかなった――
私たちの努力がむくわれたのだ。

今夜は泊まらずに夜行で帰ろう。
朝の四時頃には甲府に着くはずだ。
そのまま社で仮眠を取ればよい。
明日、朝一番に社の皆に知らせよう。
吉報きっぽうだ、皆、喜んでくれるぞ!
眠いなど言ってはおられんな!

四谷区・塩町尋常じんじょう小学校――
鈴代すずよ九頭くず風魔ふうまたちの出身校だ。
この春、音楽訓導くんどうとして赴任ふにんした柴崎周しばさきあまね。五月の合唱会に向けて練習に余念よねんがない。
毎年、唱歌夏は来ぬが選ばれる。

【柴崎周】
はなの 匂う垣根かきね
時鳥ほととぎす 早も来鳴きて
忍音しのびねもらす 夏は来ぬ~♪

我が胸に響くは子らの歌声だ。
伸びやかなる声は初夏の空のように、
瑞々みずみずしく、くもりのないもの――
子らの歌声を聞いていると、
私の心も洗われるようだ。
さぁ、今日も練習にはげもう!

赤坂区・料亭一繁いちしげ――
四谷荒木町の万屋よろずや御用聞ごようぎきに来ていた。万屋よろずやは屋号を木曽屋きそやという。酒や乾物かんぶつも扱う大店おおだなである。
小森こもり時夫ときおは木曽屋の番頭ばんとうであった。

【小森時夫】
一繁いちしげさんで政治家の壮行会があると。
麦酒ビールが二十ダースとは大注文おおちゅうもんだな!
きっと親爺おやっさん、喜ぶぞ!
確か日本平世党の政治家だと――
春はあけぼののような穏やかな世の中は、
平世党のおかげだなぁ……

いけない、いけない、いけないぞ!
塩町の如月きさらぎさん宅に向かわないと。
如月きさらぎさんは木曽屋の大得意だしな!

京都市伏見区・墨染すみぞめ――
輜重しちょう兵営第十六大隊の隊附中尉、鬼龍きりゅう豪人たけと
士官室の窓辺に置いた机に月光が差す。その灯りを得て、鬼龍は手紙をしたためている。西陣にしじん商家の娘、小原時子に宛てである――

【鬼龍豪人】
もうじき中秋の名月ですね。
今年は九月十二日だそうです――
来週の木曜日になります。昨年、君と嵐山で拝観はいかんした秋月しゅうげつは、今も私の心を照らしています。いささかのかげりを含ませた物憂ものうげな光――
なげけとて 月やは物を思はする 
かこち顔なる わが涙かな――
西行法師の歌を君に贈ります。豪人

日本橋区・興亜百貨店――
バンカツこと坂東勝一郎の読書会が開かれる。バンカツとは帆村ほむら虹人こうじんのペンネームだ。冒険少年年末号に六十八ページにわたり、書き下ろしの冒険小説が掲載けいさいされるのだ。

【帆村虹人】
南海の蒼風そうふうは構想二年の大作だ。
海賊に育てられた少年が成長し、
海の軍閥ぐんばつを率いる話だ。
波高い満剌加マラッカの海を舞台に、
海賊や賊軍相手に戦いを繰り広げ、
やがて海の支配者になっていく――

話は今日の読書会で初めて披露ひろうする。
先月号にその案内が載ったが、
わずか三日で予約は埋まったそうだ。

麻布あざぶ区・麻布あざぶ市兵衛いちべえ町――
聖宮ひじりのみや邸に植木職人新山眞にいやままことの姿があった。
東京電気通信工業を休職中の新山は、陸軍登戸のぼりと研究所の依頼いらいでく号兵器開発のかたわら、植木屋松巧まつこうの職人として働いていた――

〔聖宮邸庭〕

白い霧に覆われた宮邸の庭。垣根の低木を選定していた庭師が立ち上がりこちらに来た。庭に姿を見せた風魔に気が付いたのだ。

【新山眞】
おうちの方でいらっしゃいますか?
――私、植木屋です。
いやぁ、今日は五月晴れですな!
梅雨なのに五月とはこれ如何いかに?
ははは、旧暦ですよ、旧暦。
旧暦では梅雨は五月だったのです。
梅雨の合間の晴れを五月晴れ――
今日みたいな日和ひよりのことですね。

今日の剪定せんていはほぼ終わりました。
久しぶりに社に顔でも出しますか。
はは、こう見えても技術屋なんです。

突然、辺りが紫色に変わった。セヒラに満たされようとしているのだ。
そこへバールが現れた。バールは風魔をまっすぐ見て言う。

【バール】
ここに長居は無用だニャ!
すごく危険だニャ!
【バールの帽子】
ゲロゲロ、ここには何もない、
喜びも悲しみも、愛も憎しみも、
何も何もないゲロよ!
【バールの帽子背後】
無限に広がる虚無きょむの世界じゃよ。
皆、本心を押し殺して暮らし、
そのうち本心さえなくなった世界だ。
【バールの帽子】
誰もがうわつらだけで生きているゲロ、
早くこんなところからずらかるゲロ!
【バール】
ん?
誰か来るニャ!
風魔、気を付けるニャ!

邸の方から聖宮がやって来た。

【聖宮成樹】
何か騒がしいですが――
どうかされましたか?

その時である、白い霧が一気に晴れて明るい庭となった。

【新山眞】
喪神さん!
――ここは……
私は……何をしているでしょうか?
――この庭で……

【聖宮成樹】
――
――喪神……さん?

一瞬、世界は白い霧に包まれかけた。しかしすぐに晴れる。

【聖宮成樹】
喪神さん!
ご公務でいらっしゃいますか?

周りの光景が滲んで消えた。
薄暗闇の中に風魔は立っている。
不意に声がした。

【???】
風魔――
私よ、淑子としこよ。
今、あなたを近くに感じるわ。

風魔――
あなたに会いたいわ……

風魔は声の方へと歩き出した。
そこへバールが現れた。

【バール】
風魔、耳を貸すんじゃないニャ!
さぁ、事変の世界に戻るニャ!

風魔は闇に呑まれてしまった。

1935年12月26日未明――
愈々いよいよ、新しい天地が現れようとしていた。それは柴崎が求めて止まなかった混沌カオスの世界であった。

あらゆるものが不整合に融合し、歪み、軋んだ音を立てている世界であった。
それこそが悪魔の望む世界なのである――

しかしそこにもう一つの力学が作用して、二つの世界は弾かれようとしていた。
その中央に姿を見せるのが虚無の世界であった。綾部研究員が言及した世界だ。

【着信 喪神梨央】
兄さん!
同じ場所に三つの波形があります!
――兄さんが立っている場所です!
これだと兄さんが三人いる、
そういうことになってしまいます!
ドッペルゲンガーではありません!

【着信 新山眞】
三本の世界軸が接近している、
どうもそのようです。
混沌世界、虚無世界、そして現世――

一本に合わさるのでしょうか?
それとも――

再び周囲から光が失われた。
3つの世界の狭間に吸われたかのように。

そこに虹人がいた。
風魔を見据えるその目は歓喜に輝いている。

【シロカネコウ】
長い間、眠っていたワ!
十年、いや二十年……
その前からすると、もっとヨ!

お前が私を待っている人なの?
そうぢゃないのか知ら?
違うならどうして此処ここに居るの?
待っていたんでしょ?
さっきまでの人は、
すっかり居なくなっちゃったワ。
だからぐに繋がるのヨ!

あら、嬉しかないの?
嬉しいはずヨ、屹度きっと
ほら、私ヨ、見て、見て、見て!!

《バトル》

【シロカネコウ】
やっとね!
やっとよ……
随分と長かったワ!

星の夜に大君ルシファーは昇りゆく
その暗の統御とうぎょあぐむんで 
雲の半ばにおおはれた廻球かいきゅうの上に

魔は揺らぎゆく

虹人の体から色が失われた。
そして不自然な姿勢でのけぞっている。その胸の辺りか真っ白に輝く気体が立ち上る。
光でもない、煙でもないそれは、やがて人の形となった。

今年、五度目の日蝕にっしょくが南極地方で発生した。

帝都にもたらされた予言は現実のものとなった。
第五の予言
世界は光と闇の天秤てんびんによって計られるであろう

第六の予言
無垢むくなる力が真の導きを為すであろう

第七の予言
日蝕ひくく明け新しき天地あめつちひらかれり

第八の予言
全地の主なる大王あらわれり

第九の予言
すべては新王のたなごころに收まるであろう

第四までの預言はついぞ語られなかった。

帝都事変を経て世界は3つに分かたれた。
事変、虚無きょむ、そして現世という世界――

予言はそのことをまさしく言い当てていた。
いつしか予言は東京黙示録と呼ばれ始めた。
それを知るごくわずかな者たちの間で。

特異点は大震災のあった1923年だった。
その時から世界軸はわずかにずれ始めていた。

ずれが愈々いよいよ極大化したのだ――

混沌世界と現世、この二つが接近し、離反したことで虚無世界が現れた。
三本の世界軸はしかし合わさることはなかった。ただそれにより、歴史は大きく巻き戻ることになる――


1904年3月17日、硫黄島いおうじま
16時30分44秒、ここに金環日蝕が始まった。その光を受け、すべての始まりとなるひとつの結晶が生まれた。

小さなケアン――

やがて光と闇の交錯する地に漆黒の穴が開いた。五分ほど続いた金環蝕の終わる時、ケアンは音もなくその穴へ吸い込まれて消えた。

二十世紀初頭の特異点から新たな歴史が始まった。そして世界軸は三本に分かたれたままである。

1904年、この歴史上の特異点から真の20世紀は始まった。再生の特異点として、後にルネサンスと呼ばれる。
やがて合わさる時まで、世界軸は三本に分かれたままである――

現世軸にも帝都はあった――

〔赤坂街路〕

赤坂街路――
電停から市電が発車するや、子どもたちが車道を駆け渡る。
市内で一斉に桜が色づき、まさに春爛漫らんまんの時季を迎えようとしていた。

時は1935年4月――
セヒラもゲートも存在しない世界――

【九頭幸則】
なんとかに潜り込めた――
近歩一きんぽいちなんて無理な相談だよな。
ま、でも習うより慣れろというからな!

尋常の同級でただ一人の軍人だ――
風魔ふうま審神者さにわ免許皆伝めんきょかいでんだと言うし。
みちは違うが、ある意味競争だな!

【如月鈴代】
山郷やまごう叔父おじ様と力を合わせて、
東雲しののめ流を護らないと――

降りた神を見極める神眼しんがん
そう簡単にはそなわることなど、
あり得ませんが!

【喪神梨央】
丹那たんなトンネルは一昨年おととしに貫通、
鉄道ダイヤが組まれたのは去年です。
去年末、省線のダイヤ大改正が――

前に淑子としこ姉さんを見舞った時は、
ダイヤ改正前でしたね。
東海道線三島駅から、
駿豆すんず鉄道で修善寺しゅぜんじに行きました。

――兄さん、姉さんがお呼びですよ。

〔溜池通〕

【喪神淑子】
待ちましてよ、風魔――

フフフ、
今日はもう稽古けいこはおしまいでしょ?
ならよかったわ、
オウルグリルでオムライスでも――

あらいいのよ、私がご馳走するわ。

〔是枝邸〕

1935年12月26日、夜――

大崎おおさき是枝これえだ邸は夜の静寂しじまに包まれていた。瑛山会えいざんかいは是枝邸の離れに本部を置いていた。
その庭先に探信儀たんしんぎはなかった。

【案じる声】
今年、ついに怪人騒動も何も
起こりませんでしたわ。
そして今日この日を迎えても――
【静かな声】
五度目の日蝕にっしょくの日が終わるまでは、
予断を許さないものでした。
この一年、いや二年、三年――
混乱極める世界が近付き、
さらにもう一つ、生まれたのです。
何もない世界が――
【案じる声】
何もない世界――
そういうのが御座いますの?
【静かな声】
所謂いわゆる虚無きょむ世界です。
私は虚無きょむ世界を垣間見た気がする――
麻布あざぶうちで……

【案じる声】
殿下、おうかがいしますが、
この写真が何か関係しますかしら?
確か興亜日報の記者が写したもの――

【静かな声】
ええ、この写真は浅草の雷門です。
ですが震災を経なかった雷門ですね。
それがあの帝都に存在したのです――
【案じる声】
大提灯おおちょうちんが下がっていますね――
震災の後は、小さな提灯が――
そのように覚えていますわ。

震災のなかった世界――
それがあの帝都にあったのですね?
それが虚無の世界――
【静かな声】
少しは顔を覗かせていたのでしょう。
ただ――
の世界は、
それ以上に混沌世界の影響を受け、
を戦わせる事態を招いた――
【案じる声】
のこの世界には――
影響は及んでいないのですか?
その、混沌からも虚無からも……
【静かな声】
少なくとも今のうちは。
次、世界軸の変動が起きるのがいつか
誰にもわかりません。

【案じる声】
殿下――
柄谷がらたに博士は達者でおいでですが、
別な世界ではやはり……
殿下の仰るようなことになっていた、
そうなのですね?
【静かな声】
それぞれの世界で、
皆、さだめのもとにあるのです。
生き死には関係なく――

私たちは帝都が、いや日本が、
歴史的に真っ当な道を進むために、
監視する必要がありそうです。
それが瑛山会えいざんかいの使命だと考えます。

今後、何が起きようとも――

6年後の1941年12月――
世界軸の日本は
太平洋戦争に突入する。

第六章 第八話 愛好者たちの宴

〔山王機関本部〕

【帆村魯公】
去年、新聞をにぎわした佐野勉さのつとむ事件、
覚えているか?
動乱罪に問われたが、未遂でもあり、
五年の有期ゆうき徒刑とけいが確定した。
佐野さの市ヶ谷いちがや刑務所でおつとちゅうだ。

その佐野、死刑にしょせられるという。
――参謀本部から聞いたのだが、
どうもちん……

【式部丞】
帆村ほむら先生、それに喪神もがみさん、
遅くなりました――
【帆村魯公】
ということで、情勢じょうせいに明るい
式部しきべ氏に来てもらったわけだ。
足労そくろうであった、式部しきべ氏。
【式部丞】
司法省に大学の先輩がいましてね。
さっそく佐野さのの件、尋ねてみました。
【帆村魯公】
死刑のこと、どうですかな?
【式部丞】
佐野勉さのつとむについてですが、
司法省でも死刑は既定とのこと、
判決も出ていると――
【帆村魯公】
それは変だな、断然変だ。
判決は確か五年の刑だったはず。
わしの記憶に間違いはないぞ。
【式部丞】
私もそううかがっています。
でも司法省では死刑が確定とのこと。
これはるがないようです。
そもそも、この逮捕劇たいほげき自体、
おかしなところだらけです。
佐野勉さのつとむ亜洲あしゅう鉱山の技術者です。
詩の同好者による礫之会つぶてのかいを結成、
銀座の喫茶店で会合を三回開き、
それが国家動乱を企図きとする
秘密結社の集会だとして、
特高警察に逮捕たいほされたのです。
【帆村魯公】
新聞では詩の同好会を偽装していた、
そのように書き立てられておって、
そんなもんかと思いましたがな。
【式部丞】
そんなことはないでしょう。
司法省の先輩によると、
佐野の下宿から行李こうり一杯に詰まった、
原稿用紙が見つかったそうです。
【帆村魯公】
それが全部詩だったのですな……
いずれにせよ、徒刑とけい五年が死刑とは、
そこのところがとんでもなく臭う――
本日、佐野さのの刑は市ヶ谷いちがや刑務所で
執行されるようだ。
――風魔ふうまや、ちょっと偵察ていさつを頼む。
【式部丞】
何か、力がおよんでいるようです。
――喪神もがみさん、気を付けてください。

〔市ヶ谷刑務所前〕

投刀塚たなつか看守】
はっ、中尉殿!
本日は、死刑執行日であります!
一段と気を引き締めて、
任務に当たります。
――気分が高揚こうようします!

魚貫おにき看守】
久方ぶりの死刑執行であります!
自分は嬉しくって……あ、いや、
大いに緊張しております!
投刀塚たなつか看守】
オニよ、お前は本当に好きだよな!
そういう俺もだ、しかばねの冷たい感触、
想像するだけでぞくぞくするな!
魚貫おにき看守】
これぞ猟奇りょうき人の本懐ほんかいぞ。
ぐふふふふ、早く執行されないか、
もう待ちきれん!
投刀塚たなつか看守】
中尉殿は刑にお立会いですね!
どうぞ、お進みください。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ異常を観測しました!
場所は刑務所内!
立ち入りは不可能です!
――新山にいやまさんに変わります。
【着信 新山眞】
どうやら帝都満洲に原因が、
ありそうです――
はらえのでお待ちしています。

〔祓えの間〕

【新山眞】
市ヶ谷いちがや刑務所、
危ないところでした――
あのまま立ち入ると大変なことに。
今はセヒラは観測しません。
あの異常値、帝都満洲に、
原因がありそうです。
増上寺ぞうじょうじ怪異かいいのときのように、
セヒラの流れ込みがあるのかも……
調べてみてください。

【満鉄車掌】
お客様、市ヶ谷いちがや斉斉哈爾チチハルに、
御用がお有りですね?
あすこに強いものがあります。
それがせいで、その先、
海拉爾ハイラル満洲里マンチュリには運行できません。
当列車、ただいまより、
市ヶ谷いちがや斉斉哈爾チチハルに向かいます。

【満鉄車掌】
市ヶ谷いちがや斉斉哈爾チチハル
市ヶ谷いちがや斉斉哈爾チチハルです、
お忘れ物なきようお願いします。

〔市ヶ谷斉斉哈爾チチハル

【牛頭機構構成員Sアストラル】
比類舎ひるいしゃは、すっかり空振りだった。
情報を得て向かった日本橋、
関東ホテルには誰もいなかった!
我々は偽情報をつかまされ、
その間に警察は、
アナーキスト連中の身柄を確保した。
比類舎ひるいしゃの連中が、
人籟魔じんらいまの材料にされること、
警察も警戒していたわけだ。
【牛頭機構構成員Mアストラル】
警察内部にも牛頭ごず機構のメンバー、
入り込んでいるはずなのに……
最近、情報の質が落ちたようです。
【牛頭機構構成員Tアストラル】
おい、あんたに用があるって……
あんた、知ってるんだろ?
――小森さんだよ、話があるそうだ。

【小森時夫のアストラル】
久しぶりだな、喪神もがみ風魔ふうま
死ぬ前の俺がここを彷徨さまよう……
不思議な感じだぜ!
あんたがここに来る頃には、
おれは死んでる、とっくにな。
――俺が裏切ろうとしたからだ!

鈴代すずよ魔鏡まきょうを封じて霊力が絶えた。
それを知った俺は小躍こおどりしたな!
東雲しののめ復活のいい機会だ――
俺の親戚しんせきに鏡職人がいる――
ひゃひゃひゃ、奴に頼めば、
魔鏡なんざすぐできる。
そのことが山郷やまごうさんにバレた――
俺が抜け駆けすると思ったらしい。
まぁ、そのつもりだったけどな!

ちょいと意趣返いしゅがえしをしてやろうとな、
目立つように強めにセヒラ送った。
案の定、あんたが来たってわけだ。
ここにいると俺みたいなのに、
セヒラが集まってくるんだ。
牛頭ごずはそれを利用して、
刑務所をセヒラだらけにして、
あんたをものにすべくたくらんでいる。
俺と戦って、セヒラを散らせ!
そうしたら、あんたは刑務所で
死なずに済むって寸法よ。
準備はいいか、中尉さんよ!

《バトル》

【小森時夫のアストラル】
いい塩梅あんばいだ、いい塩梅あんばいだ~
これで刑務所にセヒラは届かない!
牛頭ごずの奴ら、ざまぁ見ろだ!!
【着信 新山眞】
セヒラ異常の原因、
取り除かれたようです!

帝都満洲を抜けた風魔ふうまは、再び、市ヶ谷いちがや刑務所へと向かった。セヒラ異常は観測されていなかった。

〔市ヶ谷刑務所・入口〕

教良木きょうらぎ看守】
中尉殿!
以前、哲学堂で拝見しました!
百間ひゃっけん先生が猟奇グラフに寄稿して、
なんかややこしいことになった時……
猟奇人はそういうの目敏めざといんです。
渡鹿とろく看守】
おや、奇遇ですね、中尉殿。
猟奇倶楽部くらぶでお会いしましたね。
もっとも中尉はお忙しそうでしたが。
私はね、今日という日を、
待ち望んでいたんです。
何しろ死刑執行エクスキュ―トの日ですからね!
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし! セヒラ上昇です。
――死体愛好者というのがあります。
ネクロフィリアと呼ぶそうですが、
猟奇倶楽部くらぶの会員に、
そういう一派があると聞きました。

放出はなてん看守】
昨日の晩に大阪から来たんやけどな、
あの佐野さの、いつのまにやら死刑囚、
けったいなこともあるもんやな。
判決では徒刑とけい五年のはずやのにな、
なんや外部から圧力でも
かかったんとちゃうか?
それにしても、アレやな、
市ヶ谷いちがやの看守は気色きしょく悪いのが多いな。
中尉殿もそうおもたはるやろ。

四方寄よもぎ看守】
司法省のお役人がおいでなんですよ。
なにせ国家謀略ぼうりゃく罪の死刑囚ですから、
最期を確認しなくちゃね。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
国家謀略ぼうりゃく罪などという罪状は
存在しません!
四方寄よもぎ看守】
刑務所内に死刑阻止そしの動きがある、
司法省のお役人はそうおっしゃる。
もしや、貴様がそうなのか?

この不満分子め!
私が執行人となってやる!!

《バトル》

四方寄よもぎ看守】
やはり……貴様だったか……
司法省の皇后崎こうがさき刑務局長がお待ちだ。
刑場へ、向かえ……
【着信 喪神梨央】
死体を偏愛へんあいする連中のせいで、
にわかにセヒラが強くなっています。
ただ――
今、新たに観測している波形は、
通常の怪人のものです。
それもかなり強い反応です。

〔刑場〕

皇后崎こうがさき刑務局長】
今回の件は特別だ。
佐野勉さのつとむの罪は重い。
柴崎しばさき刑務次官が自ら司法大臣へ、
執行決定書を提出された。
大臣として判を押さざるを得ない。
佐野さの維神舎いしんしゃの連中と赤坂の高畑たかはた邸へ
行き、蔵相ぞうしょうの寝込みを襲った。
六発撃たれた蔵相は即死だった――
佐野勉さのつとむの刑は、国民の総意だよ。
――違うかな?
【着信 帆村魯公】
何かおかしいぞ!
高畑蔵相たかはたぞうしょうはご健在だ。
それに刑務次官という役職はない!
維新舎いしんしゃなどという結社も存在しない、
そんなもの、聞いたこともないぞ!
惑わされるな!
皇后崎こうがさき刑務局長】
フフフフフ……
愚者ぐしゃは木を見て森を見ずか――
佐野さのは君をおびき寄せるための
おとりだったんだよ、喪神もがみ風魔ふうま
それをつゆも疑わずにやって来るとは!
山王さんのう機関もなかなかに無垢イノセントだ。
おっと、忘れるところだった、
佐野さのの処刑は済んだよ、とどこおくね。
さて、君には私の感嘆かんたんぶりが、
伝わるだろうか?
素晴らしきはアラヤ界だよ。
アラヤ界の造形力というのは、
我々の想像を軽く凌駕りょうがする。
とりわけ憎しみと恐怖は、
たくましさにおいて他を寄せ付けない。
良く育つ種子であるのだ!
さて、我々には特別の種子がある。
今、ここへ、力を繋ごう――

何故だ……
小森はどうした……
何故セヒラを送らない?
とことん役に立たない奴だ――
仕方ない、支援無しで君と向き合う。
君の苦悩からも、
一つや二つは、
良き種子がこぼれ出ることだろう!

《バトル》

【???】
……
ここは……どこですか?
刑務所……でしょうか?
皇后崎こうがさき職員】
私は経理課の皇后崎こうがさきです。
司法省経理課です。
市ヶ谷いちがや刑務所で不正な会計があり、
その調査でおもむいたのですが、
なぜ、こんなところにいるのか……
私はまだ仕事がありますので、
これにて失礼します。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
市ヶ谷いちがや刑務所からセヒラ消滅です。
帰還してください。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい、兄さん。
――死刑、執行されたんですね……
【帆村魯公】
罪状もでっち上げなら、
刑務次官……なんじゃ、そりゃ!
【喪神梨央】
次官は柴崎しばさきとか言いませんでした?
外交官と同じ名字です――
それも気になりますね。
【帆村魯公】
ふむ、風魔ふうまをおびき寄せるために、
徒刑とけい囚を死刑囚に仕立てたのだ。
それも司法省全体で――
【喪神梨央】
司法省の人達は、みんな、
そのことを信じたんでしょうか?
【帆村魯公】
そのように仕向けたんだな。
――何者かがな。
組織は魔法をかけられたみたいに、
その者の意に沿うようになる。
事実を歪曲わいきょくして思い通りに操る……
うむ、に恐ろしい力だ。

ひとりの徒刑とけい囚の死は、大きな力のおよぶ、その象徴のようであった。山王さんのう機関は重苦しい空気に包まれていた。

黒札 第八話 小森の最期

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
今さっき入った電報で、
高輪たかなわの方に騒乱そうらんがあるそうです――
黒札特務、発令です!
兄さん……
人籟じんらいうわさに飛び付く者もいます。
みなが力を欲しがっているようです!
騒乱の場所も、国立防疫ぼうえき研究所の
まさにお膝元ですよ。
慎重に探信を続けます。

白金三光町しろかねさんこうちょう

人籟じんらいが現れて以来、帝都では騒乱が勃発  ぼっぱつ
安易に指揮できる人籟じんらいを求めて、誰もが血眼ちまなこになっていた――

【人夫】
働けど、働けど……
我が暮らし、楽にならず!
――ってな!
お、お前!
ました顔して、何だ、ちくしょう!

【番頭】
お嬢様いとはんお嬢様いとはん……
ワテはお嬢様いとはんのこと、恋しおす、
なんぼでもおもてます……
そやのに、そやのに……
――何じゃ、おんどれは!
ワテに何かあるんけー!!
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
その辺り、力を求める者が
多く集まっているようです!
辛い修行無くして指揮できる……
それが人籟じんらいと言われています。
多くの市民が傾倒けいとうしつつあります――

【村田班技手ぎて
――私ですか?
私は国立防疫ぼうえき研究所の技手ぎてです……
しがない非正規の職員ですよ――
あそこは非正規ばかりですね。
中でも出色しゅっしょく山種やまたね源一郎げんいちろうさんです……
何しろ研究熱心なんです!
山種やまたねさんは、罪人ざいにんの合成を
懸命けんめいに研究するんです。
――ねぇ、すごいと思いませんか?

【川田班技手ぎて
罪人ざいにんの邪心を得ると、
強い悪を志向すると言われます――
それに――
そういうは……
お前みたいに古臭いまじないではなく
敵意の一欠片ひとかけら
いとも簡単に操れるのさ!

【川田班技手ぎて
お前も、人籟じんらいかれたのかい?
素敵だよね、人籟じんらい
古臭い修行しゅぎょうとか要らないものね!

《バトル》

【川田班技手ぎて
あらら~
アタシとしたことが、どうしたの?
ちょっとき人になっちゃった~
【着信 喪神もがみ梨央りお
国立防疫ぼうえき研究所にいる、山種源一郎やまたねげんいちろう
という技手ぎて人籟じんらいの考案者です。
罪人をきにして、
その魂をに吸収させている――
どうもそんな話のようです。

国立防疫研究所こくりつぼうえきけんきゅうじょ

国立防疫ぼうえき研究所――
梨央の調べによると、国立を名乗るが、国のどの機関にも属さないことが判明した。

【浅見班班員】
僕はひどく困惑こんわくしている!
というのも、あの技手ぎて――
山種源一郎やまたねげんいちろうさんのことだ。
あの人は……
いくらなんでも、おかしいよ!
なんせ、罪人の魂をに喰わせる。
そんなこと思いつく人は他にない。

【浦島班班員】
――あれ?
君は部外者ですか?
ここは部外者は立ち入れませんよ!
――それとも……
ははーん……
君は加藤かとう軍医ぐんいのお仲間ですか!
先生は市松いちまつ人形にご執心しゅうしんだ!
あの先生は市松いちまつ人形の蒐集家しゅうしゅうかです。
まったく、おかしな先生!
――あんな先生の元で働きたくなんぞ
断じてありません!!

《バトル》

【浦島班班員】
ひぃひぃひぃ……
息ができない……苦しい……
私は……私は……
ルサンチマンのかたまりなんだ!

帆村ほむら虹人こうじん
風魔ふうま
ここで大きな動きがあったと――
梨央から聞いたよ。
ここは国立でも何でもないらしい。
――実に怪しい限りだな。
帆村ほむら魯公ろこう
おう! 虹人こうじん
どうした、なにかぎつけたのか?
帆村ほむら虹人こうじん
新山技師が新手あらての波形を
見つけたって言うんだ。
原因は不明とのことだけど……
帆村ほむら魯公ろこう
新手の……波形、だと?
それはこの防疫ぼうえき研究所でか?
帆村ほむら虹人こうじん
そうだよ、一足先に巡視パトロールしてきた。
――そこで何を見たと思う?
帆村ほむら魯公ろこう
虹人こうじん! 勿体もったい付けるな。
早く言ってみろ!
帆村ほむら虹人こうじん
小森の死体だ。
――それも無残な殺され方だ。
帆村ほむら魯公ろこう
何? 小森が死んだだと?
東雲しののめ流の再興を目しておったのに。
帆村ほむら虹人こうじん
あの死に様は……
無念のうちに殺された――
小森のゆがんだ顔がそう語っている。
帆村ほむら魯公ろこう
うむ……
ぜんたい何者が……
あの小森を手にけたのだ――
帆村ほむら虹人こうじん
小森は何かを知っていた……
山郷やまごうらに都合の悪いことを――
あるいは……
ここ防疫研究所に関わっていた?
――憶測が憶測を呼ぶ展開だな。
帆村ほむら魯公ろこう
一派いっぱのうちに沙汰さたがあったか……
人を殺すほどの沙汰さたが――
風魔ふうま
下手人げしゅにんは近くにおるぞ!
【着信 喪神もがみ梨央りお
白ノ六号帥士しろのろくごうすいし! 
近くでセヒラが上昇しています……
あっ、金ノ七号帥士きんのしちごうすいしも一緒ですね。
それに……黒ノ八号帥士くろのはちごうすいしも!
警戒してください!
セヒラ、急上昇しています!!
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
大変危険な状況です!!

【元憲兵】
とうとう隊を追い出されちまった!
あの藤沢ふじさわって女の逮捕にしくじって、
ばらを切らされた格好かっこうよ!
――ここいらじゃ訓練積まなくても
指揮できるいてるそうだな!
だがな、俺は違う!
きたえ方がな、違うんだ!
麹町こうじまち憲兵分隊所属の憲兵中尉だ!

《バトル》

【元憲兵】
ちっ!
貴様も、なかなかやるじゃねぇか!
貴様の側に付いてやってもいいんだ。
誰が相手でも、り込んでやる!
ははははは~
また次の機会とするか!
【着信 喪神もがみ梨央りお
もうセヒラは観測されません!
新山さんに人籟じんらいの波形について、
教えてもらいました。
今後は混乱しないと思います。
でも、人籟じんらいあやつる者には、
強い悪意を秘める人間が多くいます。
そういう人にセヒラは集まります。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
憲兵の怪人が、
逆恨さかうらみして小森をあやめたのか?
帆村ほむら虹人こうじん
それも一理あるが……
そもそも、大元おおもと山郷やまごうのはずだ。
憲兵怪人も山郷やまごう一派と思われる――
帆村ほむら魯公ろこう
小森が率いてきた牛頭会の、
今後の動向が気になるな。
帆村ほむら虹人こうじん
山郷やまごうは別な組織を擁立しようと――
そう企んでいそうな気がする。
小森が邪魔になったんじゃないか。
帆村ほむら魯公ろこう
それにしても……
いやはや……
に罪人の魂を喰わせるとはな。
罪人の魂を食っただと、
怪人になっても魂を喰われる
心配はないということか……
そのものも、が意図して
この世に放っている――
そんな気がしてならん。

怪人になっても魂を喰われるおそれがない――
そんな噂がまことしやかにささやかれ、力を求める者の関心を寄せ始めていた。

鈴代の決意

けたたましい警報が鳴り響いていた。それは何かおぞましいものの到来とうらいを告げるかのようであった。

〔山王機関本部〕

喪神もがみ梨央りお
兄さん!
異常なセヒラを観測しました!!
――見たことのない値です。
帆村ほむら魯公ろこう
何だったんだ、今の警報は?
喪神もがみ梨央りお
セヒラです、異常なセヒラです。
値がとても大きくて!
変動もすごくて!
帆村ほむら魯公ろこう
わかった、わかった、梨央りお
それで、まだあるのか?
その、異常なセヒラは。
喪神もがみ梨央りお
いえ、今は観測していません。
でも――

新山眞にいやままこと
失礼します、
飯倉技研いいくらぎけん新山にいやまです。
帆村ほむら魯公ろこう
ちょうどよかった……
今しがた、セヒラの異常を観測した。
――何があったんだ?
新山眞にいやままこと
もしかすると……
博士が――
しでかしたかもです。
帆村ほむら魯公ろこう
博士?
――銀河ぎんがゼットー博士がかな?
新山眞にいやままこと
ええ、そうです。
以前、博士からわれたんです。
――ある装置をこしらえるので、
新山眞にいやままこと
霊式れいしきヘテロヂンの理論が知りたいと。
波形合成の理論と解法を求められ、
私の研究ちょうをお渡ししました。
喪神もがみ梨央りお
それって、セヒラに関係する、
そういうたぐいの装置ですか?
新山眞にいやままこと
どうも、そのようです。
何でも画期的な装置だそうです。
それが作動して異常なセヒラを――

喪神もがみ梨央りお
兄さん、その博士から、
是非とも調整室に来て欲しいと。
――何があるんでしょうか……

〔山王機関魔課調整室〕

銀河ぎんがゼットー】
いやぁ~来たかね、君!!
驚天動地きょうてんどうちの大発明が完成したのだ!
世紀の、まさに世紀の大発明っ!!
落ち着くんだ、君!
ここにらせしは~
――夢玄器むげんきなりぃぃぃ~!

不可思議な眼鏡のような物が、銀河ゼットー発明による夢玄器むげんきであった。夢玄器むげんきは何かと繋がっているようである――

銀河ぎんがゼットー】
おーほほっ!
そうだ、夢玄器むげんき!!
大完成した我が夢玄器むげんきである。
こいつはアラヤ界の思念を吸い出し、
仮想的劇的空間を作り出す装置マシーンだ。
その空間を夢玄域むげんいきと呼ぶことにする。
先程、ボクも夢玄器むげんきを着けて、
夢玄域むげんいきに入ってみたんだ――
見えたよ……いや、ボクは訪れたんだ。
我が故郷……我が父、銀河Y太郎わいたろう
ボクは尋常小学校五年生だった……
あの夏の日、蒼天そうてん下の八月一日、
我家の木戸に父とペンキを塗った……
脳天を刺す日射熱を今も感じる。
数年後、父は実験でウランに被爆した――
さてだ、君も出かけたいだろう?
早速、こいつを着けて夢玄域へむげんいき!!
よぅし、準備はいいな、勿論もちろん!!
夢玄器むげんきを着け、君が行くのは、
愛と妄想に溢れる夢玄域むげんいき!!

〔夢玄域〕

皇紀2592年、昭和7年3月――
如月きさらぎ鈴代すずよはある決意を胸に、
帆村ほむら魯公ろこうもとを訪れていた。

如月きさらぎ鈴代すずよ
先日のことです……
銀座を歩いていて、一人の学生さんと
すれ違ったのです――
すれ違いざま、その人は振り返り、
ものすごい形相で
私をにらみつけました――
その人は気付いていたのです……
私の霊異りょういすことに――
あるいは想像したのかも知れません。
私のを呼ぶさまを――
帆村ほむら魯公ろこう
その学生は、おそらくを呼ぶ者。
流派にない者でもを呼ぶ例が、
どうやら増えてきておる――
如月きさらぎ鈴代すずよ
にらまれた私は何もできませんでした。
ただ、その場に立ちすくみ、
身を硬くするばかりでした。
――その時、悟ったのです。
もう私には霊異りょういは現れないと。
東雲流を守るほどの霊異りょういは――
先生、東雲しののめの流派を閉じようと……
これ以上、こだわっていても、
良い方向に向かうとは思えません。
帆村ほむら魯公ろこう
うむ……
鈴代さん、お前さんがそう思うのなら
そのようにすれば良い。
東雲流帰神法しののめりゅうきしんほう、わしが受け継ぐ。
お前さんが流派に戻りたければ、
いつでも戻れば良い。
如月きさらぎ鈴代すずよ
心強いお申し出、感謝します――
帆村ほむら魯公ろこう
ちょうど軍の方からも話があって、
帰神きしん法の流派をまとめてくれと。
そう頼まれておったところだ。
軍は軍で調査をしておったという。
わしら審神者さにわ帥士すいしと呼ばれておる。
ひきいる士官ということだな――
ただ流派を閉じるにしても、
一朝一夕いっちょういっせきには運ばないぞ。
しばらくは協力してもらうことになるな。
如月きさらぎ鈴代すずよ
勿論もちろん、協力は惜しみません。
帆村流帰神法ほむらりゅうきしんほうとしてお整えください。
帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうまの奴もめきめきと、
上達しておるからな!
如月きさらぎ鈴代すずよ
そうですわね。
とても頼もしく存じます。

年初に帝大のつた博士がセヒラを同定。並び発表されたに関する論文により、陸軍参謀本部では特務機関の設置を決めた。
喪神もがみ風魔ふうま、20歳――
陸軍士官学校予科の卒業を目前にしていた。卒業後は、本科進学に先立ち伍長ごちょうに任官する。

夢玄域むげんいき近代的モダンなビルヂングが現れた。それは東京新宿にある東洋ホテルだった。
一室人8えんの高級ホテルである。

麻美マーメイ
ここは新宿の東洋ホテルですね。
界隈かいわいきっての高級ホテルです。
外国人も多く利用しています。
実はこのホテル、鈴代さんの叔父おじ
山郷やまごう武揚ぶよう常宿じょうやどなのです。
山郷やまごう武揚ぶようは山梨から上京する毎に、
この東洋ホテルに投宿とうしゅくします。
彼は鈴代さんが流派を閉じることを、
良くは思っていません。
今、彼の思念が強く働いています――
ゆかりのある人の思念が、
縁のある場所を出現させるのです。
怪人もその場所に由来しています。
ホテルならホテルの従業員、
あるいは宿泊客もいるはずです。
残留思念から怪人が生まれるのです。
それでは慎重に取り組んでください。
期限が来ると思念はすべて
消えてしまいます――

《バトル》

山郷やまごう武揚ぶよう
あろうことか、鈴代すずよによって、
我が東雲しののめ流が閉じられようと――
そのような擅断せんだん、私はゆるさない!
研鑽けんさんを積めば、
いくらでも霊異りょういは得られるのだ。
おい、小森こもり
お前は荒木町あらきちょうの酒屋として、
如月きさらぎ家に用聞きをしているな?
小森こもり時夫ときお
――はい……
山郷やまごう武揚ぶよう
お前にも力を授けよう。
その代わり、如月きさらぎ家のこと、
細大漏らさず伝えるのだ。
小森こもり時夫ときお
承知しました。
おおせの通りに。

〔山王機関魔課調整室〕

銀河ぎんがゼットー】
むむむむむ――
君はすこぶる安定しておったな!!
――反してボクはダメだった……
夏空が真っ黒になり、父が消え、
世界の像がいちじるしーく乱れてしまい、
気付くとここに戻っていた――

君の場合は大丈夫なようだな!
君の働きに恐れをなしたか、
夢玄域むげんいきが観測できなくなった!
そうだよ、夢玄域むげんいきが消滅したんだ!
次に夢玄域むげんいきが現れたら、
赤札あかふだ特務を申請しておくぞ。
ひとまずゆっくりしてくれ!

〔山王機関本部〕

喪神もがみ梨央りお
博士の発明、何かすごいですね。
あの異常なセヒラは夢玄器むげんき
せいだったんですね!
帆村ほむら魯公ろこう
アラヤ界から思念を集めて
ひとつの空間が仮想に再現された……
不思議な事もあるもんだ。
ゼットー博士は、同様の仕組みで、
も作られているのではと、
考えているようだな。
喪神もがみ梨央りお
じゃ、夢玄器むげんきのようなもの、
他にまだあるんですね?
帆村ほむら魯公ろこう
帥士すいしの前にを現すのだ、
夢玄器むげんきとはまた異なる原理だろうな。

銀河ゼットーがひらいた仮想の世界、夢玄域むげんいき。そこでは人々の思念が形を成していた。まるで心のうちを見かすかのようである。

黒札 第七話 山郷武揚の目論見

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
兄さん!
鈴代すずよさんがお出かけされます。
帝都の状況はかんばしくありません……
鈴代すずよさんを尾行してください。
危険な目にわないとは限りません!

溜池ためいけ通〕

如月きさらぎ鈴代すずよは、誰かに呼び出されたようだ。
急ぎ足で溜池ためいけの電停方面へと向かっている。

【帝大生】
悪い気に当てられて、
怪人になっちまう奴がいっぱいだ!
うちの寮生りょうせいにも一人いるんだ!
この間なんざ、
混凝コンクリートの壁に拳で穴を開けたんだ!
【着信 喪神もがみ梨央りお
鈴代すずよさん、溜池ためいけから市電に乗ります。
三系統でしょうか……
公務電車を回します!

赤羽橋あかばねばし

鈴代すずよの乗る市電を付けて赤羽橋あかばねばしへ。
鈴代すずよ赤羽橋あかばねばしで四系統に乗り換えるようだ。

置屋おきや女将おかみ
あらいやだ、さっきの女性ひと
すっかり素敵すてきなモガさんね!
見とれちゃったのよ……

兵卒へいそつの男】
あんたも、ク号に興味あるってか?
あーん?
知らないってか!
見逸みそれしたな!
クは怪人クヮイジンのクだよ、
怪人兵士のことだ!
軍も大いに興味を持ち始めたってよ!
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
急激きゅうげきなセヒラの上昇を観測しました!
注意してください!

【陸軍少尉】
われ大君おおきみされたる者!
おお八洲やしま大義たいぎにかけて、
貴様をち取る!

《バトル》

【陸軍少尉】
うううう……
この俺でもを指揮できる……
そのはずだったのに……
ちくしょう!
――お前は、もしや……
軍の者なのか?
【着信 喪神もがみ梨央りお
その辺りのセヒラはなくなりました。
――黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし……
清正公せいしょうこう前の近くでセヒラ観測です……
鈴代すずよさんは市電四系統です。
ちょうど清正公せいしょうこう前にいるはずです。

清正公前せいしょうこうまえ

如月きさらぎ鈴代すずよ
あっ!
風魔ふうまさん!
帝都が危険なことは承知しています。
でも……
――叔父おじに呼び出されたのです。
折り入って話したいことがあると……
――叔父おじ様……
山郷やまごう武揚ぶよう
鈴代すずよ……
それに風魔ふうま君も!
それなら、話が早いというものだ。
――いやね、小森こもりの不始末を
ここでびようと思ってね!
如月きさらぎ鈴代すずよ
小森こもり
――それじゃ……
この一連の騒動そうどうは……
山郷やまごう武揚ぶよう
なんだ、その目は?
――ああ、そうだよ、
私が小森こもりに指示を出したんだ。
如月きさらぎ鈴代すずよ
叔父おじ様!
――
山郷やまごう武揚ぶよう
鈴代すずよ、お前は知っているだろう。
私はお前のお父さんとは異母いぼ兄弟……
私は父、松丘しょうきゅうめかけに産ませた子だ――
――まぁ、長話はよしておこう。
私には、鈴代すずよ――
お前のような能力は備わっていない。
如月きさらぎ鈴代すずよ
私も……審神者さにわとしては、
まったく至らぬ存在でした……
それで……東雲しののめ流を閉じたのです。
山郷やまごう武揚ぶよう
ふん……ずいぶんと身勝手な理屈だ。
お前が東雲しののめ流を閉じなければ、
私も、もっと研鑽けんさんを積めたのだ!
東雲しののめ流から暖簾のれんを分けた帆村ほむら流が
今や陸軍に協力しているというのに、
我々はまるで浪人ろうにん風情ふぜいだ――
如月きさらぎ鈴代すずよ
叔父おじ様は……
ただ力を求めておられるだけでは――
山郷やまごう武揚ぶよう
力!
いろんな力があるものだな!
――審神者さにわには強い霊力れいりょくが必要だ。
鈴代すずよ、お前が自らの霊力れいりょくふうじ、
我々に神なる力が届かなくなった……
――やがて力は自らに宿る……
それが東雲しののめ流の教えではなかったか?
この私にも宿やどるのだと――
如月きさらぎ鈴代すずよ
――私にはもっと禍々まがまがしい力に
思えてなりません……
山郷やまごう武揚ぶよう
はははは、力は力だ。
だが、もうよい。
まじないめいたことはおしまいだ。
迷信めいしんは弱者の宗教とも言う。
そうだろう、鈴代すずよ――
科学の力によって、
未来が開けようとしているのだ。
――輝かしい未来がな!
如月きさらぎ鈴代すずよ
それは……いったいどのような……
山郷やまごう武揚ぶよう
お楽しみはとっておくものだよ。
さぁ、今際いまわの別れとなるだろうか……
鈴代すずよ、それに風魔ふうま君!
わたしは残念だよ――
おい、小森こもり
新しいを試す時だ!
準備はおこたりないか?

小森こもり時夫ときお
無沙汰ぶさただな、喪神もがみ風魔ふうま
お前には楽しませてもらったよ!
まだ自分の力を信じるか?
――科学が生んだ人籟じんらいを相手に、
せいぜい威勢いせいを張るが良い!

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
なんだか不思議です……
セヒラが乱れていきます――
小森こもり時夫ときお
うははははは~
人籟じんらいはセヒラを取り込んで、
おのれの中で融合ゆうごうする!
お前らの技術は通用しない!

《バトル》

小森こもり時夫ときお
まだ序の口というやつだな。
人籟じんらいの材料は尽きない!
またお手合わせ願うとするぜ!
如月きさらぎ鈴代すずよ
風魔ふうまさん……
叔父おじは何かをつかんだ……
そうなのかも知れません。
人籟じんらい牛頭会ごずかいの肝いりだった、
そういうことなんでしょうか?
私も出来る限り調べてみます。
叔父おじのこと――
私も責任を感じています。
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし――
先ほどは……
――うまく伝えられませんでした。
怪人がを指揮しているのに、
セヒラをちゃんと観測できなくて……
人籟じんらいは波形が乱れやすい――
これを教訓としておきます。
それと……
探信の仕方ですが、
私の方でいろいろ研究してみます。

小森こもりの挑発は山郷やまごうの計略であった。
国立防疫ぼうえき研究所で生み出される人籟じんらい
山郷やまごうらはそれをも利用し始めた――

黒札 第六話 情報ノ漏洩シタル時

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうまよ、式部丞しきべじょうだが、ああ見えて
なかなかに世界情勢に明るい。
N計画のこと、申し伝えた――
我々としても対応を検討したい。
四谷のセルパン堂へ同行願いたい。
――今は帝都も静かだ。

〔セルパンどう

帆村ほむら魯公ろこう
式部しきべのー……
おるかい?
式部しきべじょう
これはこれは……
帆村ほむらの先生!
ぜんたい、どうされました?
帆村ほむら魯公ろこう
うむ……先だっての話だよ、
例の満洲へのユダヤ人移住計画――
独逸ドイツ迫害はくがいされつつあるからな!
式部しきべじょう
N計画、というやつですね。
いやはや、実に途方とほうもない計画です。
帆村ほむら魯公ろこう
われら山王機関として、
どのような協力ができるのか、
考えておったところだよ!
式部しきべじょう
――悩ましいですね、実に。
丁寧ていねいに、しかし急いで進めるべき
性質たちの計画でしょうね。
帆村ほむら魯公ろこう
N計画が大成功をおさむれば、
満洲の地に巨大な利権が生まれる。
世界中から金が集まるだろう……
式部しきべじょう
まぁ、そうでしょうな――
資源豊富な満洲に、人、物、金が
きれいに揃うわけですから。
帆村ほむら魯公ろこう
失敗すれば……
式部しきべじょう
満蒙まんもう基盤きばん脆弱ぜいじゃくさを増すことに……
ソビエットの南下を食い止めるために
満蒙まんもうの繁栄は火急かきゅうようですね。
――違いますか?
帆村ほむら魯公ろこう
明察めいさつだ!
その通りだよ!
――満蒙まんもうこそは日本の生命線……
式部しきべじょう
ソビエットと対峙たいじする独逸ドイツにも
満蒙まんもう盤石ばんじゃくぶりは頼もしいでしょう。
――外交の手札カードが増えますね。
帆村ほむら魯公ろこう
欧州ヨーロッパ独逸ドイツも、支那シナも日本も――
その要衝ようしょう満蒙まんもうにあり、だな!
式部しきべじょう
フフフ……
まずはN計画の秘匿ひとく
しっかりと守ることでしょう!
【着信 喪神もがみ梨央りお
レーネさんを品川まで護送中ですが、
憲兵けんぺい怪人の数が多くて、
虹人こうじんさんが苦戦しています!
兄さんも参戦してください!
私も品川駅に向います。
帆村ほむら魯公ろこう
そうそう、藤沢ふじさわレーネなんだが、
もうじき横浜を出る錦洲丸きんしゅうまる
新京しんきょうへ帰ることになっておる――
それで虹人こうじんに護衛を頼んだのだが……
式部しきべじょう
憲兵怪人とは!
これまた何とも!
これはまったく、新手あらてですね!
それに……
何か、組織の臭いがする――
帆村ほむら魯公ろこう
レーネじょうを守らねばな! 風魔ふうま
急ぎ、品川駅に向かってくれ!

品川駅前しながわえきまえ

横浜へ向かう藤沢ふじさわレーネを護衛するも憲兵怪人にはばまれた帆村ほむら虹人こうじん
まだ怪人の気配が漂っている――

【着信 喪神もがみ梨央りお
兄さん、私も来るようにと、
虹人こうじんさんに頼まれて――
私はすぐ近くにいます。

【アナーキスト志望】
ここだけの話だけどな……
――ヒソヒソヒソヒソ……
憲兵けんぺい
おい! 貴様!
謀略ぼうりゃくする者は許さん!

憲兵けんぺい
うううううううう、
巫山ふざんの雲は乱れ飛ぶ!

《バトル》

憲兵けんぺい
はぁはぁはぁ……
小森こもり魔大佐殿またいさどの
――無念でありますっ!

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
まだ怪人の気配が消えません……
その辺りでセヒラを観察しています!

【電話交換手】
ねぇ、お兄さん!
あたいの許婚いいなづけ、男前でしょ?
憲兵けんぺい
さぁ――ここは警戒区域だ、
急ぎ、去れ!

【電話交換手】
だそうよ、にぃさん!
ぼやぼやしてると引っ張られるよ!
この人、泣く子も黙る
哈爾浜ハルピン憲兵隊付きなのよ!
ふん、強がるのもいい加減におしぃ!

《バトル》

【電話交換手】
フフフフフフ~
こんなもんじゃ終わらないわよ!
さ、行くよ! あんた!

喪神もがみ梨央りお
もう大丈夫ですね。
憲兵怪人は普通の怪人とは違う、
虹人こうじんさんはそう言っていました。
言われてみれば、
これまでにはない波形がいくつも、
観測されています。

帆村ほむら虹人こうじん
風魔ふうま! 間に合ったのか!
いろいろと邪魔臭じゃまくさい連中だったな!
やつら、出所でどころが違う気がしないか?
それで梨央りおにも来てもらったんだ。
正しい観測をするためにね。

ところで、僕たちは似た者同士、
そんな気がしないか?
生きる目標を希求ききゅうしている――

さて、梨央りおちゃん、本部に戻ろう。
後の巡視パトロールは、風魔ふうま、お前に頼む。
喪神もがみ梨央りお
はい……
では兄さん、また後ほど。

藤沢ふじさわレーネ】
危ないところを……
ありがとうございました。
ナサニエル・カッツという
ユダヤ人実業家がいます――
彼から錦洲丸きんしゅうまるの乗船券を手配したと、そう電報があって、それで私は……まさに横浜へ向かうところでした。
もしや、それがれたとでも……
ひとまず私は満洲へ帰ります。
お願いしたこと、心強く思います。
風魔ふうまさん……
【着信 帆村ほむら虹人こうじん
おい、風魔ふうま! 梨央りおはぐれた!
今、品川から戻る途中だ。
怪人の波動だって梨央りおが言うから、
手分けするうちに逸れたんだ。
心配だ。風魔ふうま、お前は増上寺ぞうじょうじ界隈を
探してくれないか?
――無事だといいんだが。

芝増上寺大門前しばぞうじょうじだいもんまえ

【着信 帆村ほむら虹人こうじん
風魔ふうま――黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
赤羽橋あかばねばしの方だが、梨央りおの姿はない。
そっちはどんな感じだ?

小森こもり時夫ときお
ふはははは!
手下ども相手によくやったな!
憲兵の奴らは恨みつらみを
たぎらせるからな!
勧誘は簡単だった!
だがな、もっと上等の
手に入れることになった!
誰もが扱えるをな!!
【着信 喪神もがみ梨央りお
兄さん! もう大丈夫です!
金ノ七号……
虹人こうじんさんとはぐれてしまって……
増上寺のセヒラは何かの間違いです。
一瞬だけ、値が高くなって――
飯倉いいくら一丁目から市電三番に乗ります!
ところで兄さん、知っていますか?
虹人こうじんさんは小説をお書きなんです。
帝都の事変を題材にするのだとか――
虹人こうじんさんのペンネームは、
確か……
白金しろかねこうと言います。
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうま
梨央りおは無事のようだな!
それでは、
すぐ山王機関へ戻れ!
満洲からお客人きゃくじんだ!

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
おおお、戻ったな、風魔ふうま
こちらが満洲の実業家、
ナサニエル・カッツさんだ。
【ナサニエル・カッツ】
喪神もがみ風魔ふうまさんですね。
もうN計画についてはご存知ですな?
帆村ほむら魯公ろこう
概要ならうかがっております。
壮大そうだいな計画ですな、まったく!
【ナサニエル・カッツ】
私はN計画が首尾しゅびよく進むよう、
資金を提供するつもりです。
資金だけではなく――
必要とあらば情報もです。
いやぁ、私など小さな人間ですが、
それなりにコネクションもあります。
帆村ほむら魯公ろこう
ほう……
それは頼もしい限りですな!
で、計画はいつ頃、本格的に?
【ナサニエル・カッツ】
まだそれは申し上げられません。
レーネ女史じょしともよく話し合わないと。
帆村ほむら魯公ろこう
そのレーネじょうなんだが、
錦洲丸きんしゅうまるの乗船券を用意したのは
カッツさんですね?
【ナサニエル・カッツ】
ええ――今日の便を逃すと、
三ヶ月ほど先になります。
たまたま乗船券チケットを手配できました。
さて、私は他を回らなければ
ならないのです。
まずはお見知り置きのほどを――
帆村ほむら魯公ろこう
ナサニエル・カッツという人物、
どう思う、風魔ふうま
――信用できるか?
うむ……
漏洩ろうえいの容易な電報で、レーネじょう帰国の
話を伝えるなど……
わざと情報をらして、
こちらの出方を探っておるのかも……
試されておる気もするな!
レーネ嬢も横浜に向かい、
梨央りおも無事だった。
本特務はこれにて終了だ。

N計画は、満洲での利権をはらみながら、そろりと動き出そうとしていた。
帝都にもまた、その利権をねらう者があるのか?

黒札 第三話 牛頭会の誕生

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうまよ……
ちょっと話があってな。
じつは、池袋のとある作家先生が
ゴエティアのことをぎつけたんだ。
先生はこんなことをおっしゃる……
何冊かの偽典が帝都に集まる――
いやはや、大した慧眼けいがんじゃ。
西洋の悪魔共がこの帝都を目指す、
そんな光景が見えるようだな!
ゴエティアの偽典は、
我ら審神者さにわにとっても大事な書ぞ!
その作家先生にゴエティアの書、
是非お目通し願いたくてな。
書を帝大から池袋の先生宅へ運ぶ。
移送中、何者かに襲われんとも……
第一連隊の精鋭が護衛に付くが、
お前さんも隊に合流してくれ!
喪神もがみ梨央りお
兄さん!
敵勢力は東雲しののめ流残党、小森こもり一派……
となれば、
これは黒札特務となります!
第一連隊第三小隊の車列トラック
通常訓練に偽装しています!
上野広小路うえのひろこうじに向かってください!

上野広小路うえのひろこうじ

満洲まんしゅう回教徒かいきょうとからもたらされた
ゴエティアの偽典。
それをねらう者があるという――
第一連隊の警護に加えて、万が一に備えることになり、山王さんのう機関の出動となった。

如月きさらぎ鈴代すずよ
風魔ふうまさん!
びっくりなさらないで!
池袋いけぶくろの先生って……
もしかして乱歩らんぽ先生ですか?
――梨央りおちゃんが教えてくれました。
江戸川えどがわ乱歩らんぽ先生……
私、乱歩先生のご本、大好きなの!
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
聞こえますか?
上野近辺でセヒラ上昇確認!
それに……
連隊の車列トラックが停止したままです!
如月きさらぎ鈴代すずよ
風魔ふうまさん……
これをお持ちください……
――東雲しののめ流の霊符です!
東雲しののめ審神者さにわの力を、
一時的に弱くできます。
連中が降ろすにも
霊符れいふの力が及ぶはずです!
あっ!
誰か人が……
私は公務電車の中にいます!

【小料理屋の女将おかみ
さっきから軍人さんが
こっちを気にしてるのよ。
――なんだか嫌な感じよね!
建具師たてぐし
軍人さんがなんか騒いどるわい!
わしには関係ないけどな!

【小料理屋の女将おかみ
きまって新月の夜に
アタシがおかしくなる……
兄はそう決め込んでたのよ!
だからさぁ~
新月の夜に食ってやったよ!
むしゃむしゃとね!
あはははははは~

《バトル》

【小料理屋の女将おかみ
なんだか……
アタシってば、頭痛が治ったみたい!
ちょいと、どいてよ!

建具師たてぐし
わしはなぁ……
こいつらにおのれたましい
しゃぶらせてるんだ!
くせになる味なんだってよ!

《バトル》

建具師たてぐし
最近、とみにせてきちまった……
風呂でも浴びっか!
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
その辺りのセヒラが弱まりました!
でも……
まだ少し残っています!
引き続き、警戒してください!

【???】
危ないっ!
こっちだ!

まだが残っていたんだ……
ところで……
君が……
喪神もがみ風魔ふうま君だね?
私は山郷やまごう……山郷やまごう武揚ぶようだ。
如月きさらぎ鈴代すずよ叔父おじに当たる……

山郷やまごう武揚ぶよう
もっとも、私は山郷やまごう家に婿入むこいりして、
姓は山郷やまごうと変わったけどね。
鈴代すずよのお父さんとは異母いぼ兄弟なんだ。

如月きさらぎ鈴代すずよ
叔父おじ様!
どうして、ここへ?
山郷やまごう武揚ぶよう
おおお、鈴代すずよもいたのか!
それなら二人に聞いて
欲しいんだが……
如月きさらぎ鈴代すずよ
どんな話ですの?
山郷やまごう武揚ぶよう
私は大いにうれいているのだよ。
この帝都まち享楽きょうらくに浸る様をね。
皆が自分の道を見失い、
求めるものさえわからず
彷徨さまよっているようだ――
正しき道を見つけねばならない。
そうではないかな、鈴代すずよ
如月きさらぎ鈴代すずよ
帝都では騒動が続いています。
市民はむしろ恐れているのでは?
山郷やまごう武揚ぶよう
恐れ! 誰が畏怖いふなどするものか!
鈴代すずよ、君は自分の進むべき道を
ちゃんと見通しているかね?
如月きさらぎ鈴代すずよ
私……それができそうもないから、
東雲しののめ流を閉じたんです。
霊力を……封じたのです。
山郷やまごう武揚ぶよう
我々は、世界を正しき道へと導く、
その役目を仰せつかっているんだよ。
私は歴史に学び、その役目を知った。
鈴代すずよ、君も私のように学ばなくては。
――私にはね、前進しようとする
力がみなぎっているのだよ。
今、一歩を踏み出すときなのだよ。

如月きさらぎ鈴代すずよ
父と叔父おじはお母さんが別々なの……
叔父おじはおめかけさんとの間に生まれた……
だから、父と叔父おじはほとんど口を
聞かなかった……
――そう聞いています。
それなのに……
父が受け継いだ東雲しののめ流に、
なぜあれほどこだわるのかしら……
【着信 喪神もがみ梨央りお
大変です!
連隊の車列トラック
怪人に襲撃されています!

【目付きの悪い男】
ちょっと道を聞きたいんだけどな……
兄さん、地獄の一丁目って、
このへんかい?
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
危険です!
セヒラ急上昇です!

【目付きの悪い男】
おやおや、そんな怖い顔しちゃって!
お兄さん、もしかして地獄の住人?
そりゃよかった!
でもほんとの地獄はこうなんだよ!

《バトル》

【目付きの悪い男】
こりゃ、小森こもりさんも、
手を焼くはずだわな!
小森こもり時夫ときお
ふふふ、どんな塩梅あんばいだ?
うちの手下どもも、よくやるだろ?
力を欲しがってる奴は――
帝都にゃ五万ゴマンといるんだ!
それらを組織すりゃ、
一大勢力の出来上がりだ!
そうだ、勢力だ!
牛頭会ごずかい、そう名付けさせてもらうぜ!
どんどん人を集めて、
お前らを飲み込んでやる!
力のすべては牛頭会ごずかいがいただく!
【着信 喪神もがみ梨央りお
第一連隊の車列トラックは無事池袋に到着!
幻影城げんえいじょうという場所だそうです。
上野広小路にいたのは
囮の車列トラックでした……
山王さんのう機関の動きが探られている
そのおそれがあります……
――今後、警戒を強めます。
以上です!

よこしまな力を求める者達によりいよいよ牛頭会ごずかいが結成された。
帝都は混迷こんめいを極めようとしている。

黒札 第一話 東雲流再興への妄執

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
兄さん、
赤坂界隈かいわいでセヒラを観測しています。
強くなったり弱くなったり……
何だか不安定な様子ですね。
こんなの、初めてです!
念のため巡視パトロールをお願いできますか。
本部で観測は続けます。
場所は……
溜池通ためいけどおり、赤坂見附電停近くです。
――十分に気をつけてください。

溜池通ためいけどおり

溜池通ためいけどおり電停付近。
何系統もの市電が行き交う要衝ようしょうである。

丁稚でっち
お兄さん! オイラ、見たんだよ!
怪人だよ! 怪人が出たんだ!
どっかそのへんだよ……

問屋とんやの使用人】
なんだぁ……おい!
今日はやけにまぶしいな!
天道様てんとさまがいくつも見えるぅ~

【着信 喪神もがみ梨央りお
ぃ……
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
近くでセヒラ濃度が上昇しています!
セヒラ探信儀たんしんぎを使ってください。
怪人の居場所いばしょを発見できます!

問屋とんやの使用人】
きゃはははははは!
俺はなぁ、力を得たんだ!
力だ力だ力だ、きゃはははは!

《バトル》

問屋とんやの使用人】
ううう……
どうしたんだ……俺は……
もう夜か……辺りがやけに暗いぞ!
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし……
その辺のセヒラ濃度は下がりました。
ところで――
鈴代すずよさんに会いませんでしたか?
赤坂に出かけたんです!
清水谷公園しみずだにこうえんで、
古い知り合いに会うとか……
気になります、向かってください!

清水谷公園しみずだにこうえん

ここは清水谷公園しみずだにこうえん
如月きさらぎ鈴代すずよが誰かに呼び出されたという。
平素へいそは人影もまばらな静かな公園だ。

【着信 喪神もがみ梨央りお
清水谷公園でもセヒラ濃度が――
けど……おかしいなぁ……
セヒラ濃度が分散しています。
これって……
近くに複数の怪人がいる――
その恐れがあります!
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、注意してください!

【呉服屋の若旦那わかだんな
おやおや……
今日はお日柄ひがらもよござんすね!
お兄さんもお散歩ざんすか?
それではひとつ野辺のべのお散歩にでも
まいりましょうか!
四月は残酷ざんこくな季節と言いましょか……
心地よい冬籠ふゆごもりから目覚めると
つらい現実があるのみですな!

《バトル》

【着信 喪神もがみ梨央りお
ぃ……
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、ごめんなさい……
――セヒラ探信する前に
怪人に襲われることもあるんですね!
清水谷公園ですが……
まだセヒラ濃度が高いままです!
近くに……誰か人がいませんか?

はかま姿の女】
あら! さっきのレディって……
あなたの許嫁いいなずけさんかしら?
素敵ね! あんなレディとデート?
なんてうらやましいこと!
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
今、誰かが近くにいますか?
濃厚なセヒラを感知しています!
セヒラ探信儀を起動してください!

はかま姿の女】
ふふふふ……
アタシの正体知ったわね!
じゃあ、アタシに力を見せてごらん
どんな犬にも出番はある……
そんな言葉、あんたはご存知かしら!

《バトル》

はかま姿の女】
あんた、なかなかやるじゃない!
でも、アタシは、すぐに復活できる!
あんたを……近づけないようにって
そう言われたから手を貸しただけ!
また近いうちにお手並み拝見はいけんね!

【???】
ずいぶんと力を付けたようだな、
喪神もがみ風魔ふうま
さすが帆村ほむら流だな!

小森こもり時夫ときお
この小森こもり時夫ときお東雲しののめ流の
修練を積んだんだ。
――俺は諦めないぜ!
ちょいと怪人をいたぶってやった。
銀河ぎんがゼットーの所から逃げた
回収を手伝ったのはこの俺だ!
――力は、あるんだ。
如月きさらぎ鈴代すずよ、あの女さえ認めれば
東雲しののめ流はすぐ復活できるんだ!
あの女が勝手に流派を閉じやがった!
そんなこと、俺が許さねぇ!
まずはお前を始末してからだ!
帆村ほむら流がどれほどのものか、
とくと拝見しようじゃねぇか!

【着信 喪神もがみ梨央りお
いきなり強いを繰り出してくることも
考えられます!
相手の出方をよく見てください!

《バトル》

小森こもり時夫ときお
ちょっと早まったようだな!
ふふふふふふ……
まだ計画は始まったばかりだ!
次は手抜てぬかりなく準備して出直すぜ!

如月きさらぎ鈴代すずよ
風魔ふうまさん! よかった……
突然、小森こもりに呼び出されて――
私……ごめんなさい……
小森こもりはうちの御用聞ごようききだったの……
でもまさか……
東雲しののめ流の使い手だったとは……
小森こもりは私から何かを引き出そうと
そう企んだのでしょう。
私が霊異りょういを現すように仕向ける……
そうすれば東雲しののめ流が再興するとでも。
私にはもう無理なのです――

審神者さにわにおけるもうひとつの流派、
東雲しののめ流は鈴代すずよの強い意志により
現在は閉じられている。
帆村ほむら流ただひとつが審神者さにわの流派として陸軍第一連隊に請われ山王さんのう機関が設立された。
それをこころよく思わない連中が、
存在することは確かである。

小森時夫こもりときお

 以前如月家に出入りしていた御用聞き。東雲流帰神法を扱える、と吹聴するがその実は定かではない。東雲流を再興させるため、鈴代のことを付け狙っているようだ。
 また、力を求めて怪人と化す者らを組織し、牛頭会を結成した。その裏には小森以外の何者かの教唆も透けて見えるが、確たることは解っていない。