第三章 第十一話 金神の出現

はらえの・帝都〕

神子柴みこしばの洗脳により、よみがえりをもくして、自死じしする者が相次あいつぎ、その者らの思念が、神子柴みこしばに更なる力を与えた。力を得た神子柴みこしば錬金術れんきんじゅつ理論ロジックを用いて、金神こんじんを生み出そうとしていた。
帝都満洲にそれが現れたのだろうか?

〔上野黒河コクガ・南〕

上野うえの黒河コクガでは、酷寒こっかん様相ようそうを見せていた。すべてがてつき、色を失いつつあった。

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
上野うえの黒河コクガの様子はどうですか?
上野うえの黒河コクガ方面ですが、
セヒラの値、大きく変動しています。
用心してください。
上野うえの黒河コクガのどこかで、
セヒラが凝固ぎょうこしているようです。
周りのセヒラを吸っています!

【聖直階ちょっかいフィリポ】
――あなたを、感じます……
ここが終末の場なのですか?
私はどうしましょう……
どうにもなりそうにもありません……

【聖権正階ごんせいかいアンデレ】
諸君!
いよいよもってよみがえりの時だ。
――ん、あんた、誰だ?
こんなところに、よくいられるな!
それとも、一足ひとあし先によみがえったのか?

【聖明階めいかいペトロ】
き、貴様は!
歩一ほいち寄生きせいする山王さんのう機関の者だな!
わかるぞ、こんなになってもな!
俺達のよみがりを邪魔しに来たのか?
――フフフフ……
俺は歩兵少尉から聖明階めいかいになった!
殉教者じゅんきょうしゃペトロの名も頂いた!
あと少しでよみがえりだ、
お前にはいなくなってもらうぞ!!

《バトル》

【聖明階めいかいペトロ】
……体が消え、ついに念まで……
消えてしまうのか……

【聖直階ちょっかいマタイ】
さっき法科の山下がいたな。
いや、いたのは山下の念だが……
あいつ、人生よろづ相談に出かけて、
そのまま行方不明になったんだ……
あいつが行ったのは新宿しんじゅくの相談所さ。
それなのに――
なんで、こんなところにいるんだ?

【聖浄階じょうかいヨハネ】
黒化ニグレドするだけではダメだ。
神子柴みこしば様の真意をめばわかること。
なるべくその先の段階へ進むこと、
そうして私は黄化キトリニタスを終えたのだ。
いよいよ金の生まれるとき――
金神こんじんのご降臨こうりんのとき――
合一ごういつできるかどうか、わからない。
だが試す価値はある――
阻止そしすることなど、誰にもできない!

《バトル》

【聖浄階じょうかいヨハネ】
いよいよ赤化ルベドを迎えるこの私を、
たおしたつもりでいるのか?
私が金神こんじんとなるかも知れぬのに!

〔上野黒河コクガ・南西〕

不忍池しのばずのいけおぼしき池はこおりついている。
宙に浮く金色の輝く光と、それに向き合う神子柴みこしばがいた――

神子柴みこしばはつゑ】
金神こんじんは現れました――
まさに錬金れんきんすべにより、
また多くに思念を集めて――
しかし私は合一ごういつできませんでした。
金神こんじんから退しりぞけられたのです。
わらってください、みじめなざまを。
早すぎたのでしょうか――
あるいは遅すぎたのでしょうか――
金神こんじん合一ごういつではなく、
私の念を求めているのです。
――私は……吸われてしまいます……
もう、持ちそうにありません……
なぜ、このようなことに……
私の念が……あああ……吸われる……

そこに在るもの――
錬金れんきんのすべをくし、現れし存在――
幾多いくたの思念をつむぎ、生まれし存在――
金神こんじん――
すべてを破壊する兇神まがつかみ――
だが、神と呼ぶにはあまりにも拙劣せつれつであり、いまだ無数の邪心のたぎ根塊こんかいでしかない。
あらゆる念がり固まり、形をした。
恐怖、憎しみ、あるいは死への憧憬しょうけい――
強い念も弱い念も一つに合わさり、今、霊異りょういを現さんとしていた――

《バトル》

金神こんじん
脱血缶だっけつかん一杯に……親兄弟をさつし……
……聖明階めいかいになった……
あああ……吸われる……

金神こんじんは消えた――
思念を吸い寄せる引力はなくなった。

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
帝都満洲でセヒラの凝固ぎょうこは、
きれいになくなりました。
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
梨央りおが言うには、帝都からも、
セヒラが吸われていたそうだ。
――もう終わったんだな?
【着信 喪神もがみ梨央りお
はい……
でも怪人現象はむしろ増えています。
どうしてでしょうか?
【着信 帆村ほむら虹人こうじん
僕が思うに……
人間の心のうちにある怒りや憎しみ、
そういった感情まで引っ張られて、
表に出たんじゃないか?
平生へいぜいは抑えていた感情だ、
それが表に出た――
【着信 喪神もがみ梨央りお
では、怪人ではないのですね、
今、寄せられている報告は。
【着信 帆村ほむら虹人こうじん
ああ、ただ兇暴きょうぼうになっているだけだ。
でも、放っておくとセヒラに触れ、
怪人化するおそれがある。
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
本部へ帰還してください。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
兄さん、お疲れ様でした。
虹人こうじんさんも!
帆村ほむら魯公ろこう
皆、よくやってくれたな。
九頭くず幸則ゆきのり
聖日せいじつの本社には、
とうとう特高が入ったらしい。
周防すおう彩女あやめ
彩女あやめ、やはりと思ってしまいます。
強く強く感じていましたから!
新山眞にいやままこと
大元おおもとけても、
まだ信者はいるでしょうね。
銀河ぎんがゼットー】
ところでだよ、金神こんじんの標本なり、
何か持ち帰ったかね!
帆村ほむら虹人こうじん
あれは思念のかたまり、まるで自分の重さでつぶれていくようなもの――
そうではないですか?
帆村ほむら魯公ろこう
しかし神子柴みこしば、あれは一体何者だ?
怪人などではないな、あれは。
思念が人格化したような存在か――
周防すおう彩女あやめ
思念が人格化……
だから彩女も強く感じられたのかも
知れませんわ!
帆村ほむら魯公ろこう
かも知れないな……
新山眞にいやままこと
一定量を超す思念が集まると、
凝固ぎょうこしたり、何か別な動きを見せる、
そういうことがわかりました。
帆村ほむら魯公ろこう
アストラルの様子をさぐると、
思念のことも見えるような気がする。
今日のところはゆっくりしてくれ。
みんな、これで解散だ!

第三章 第九話 上野黒河の凍土

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

心中が続く昨今さっこんではあるが、上野うえのの件は、裏に新宗教の存在があった。
戸山とやまの病院に現れたアストラル。
それは自死した信者の死ぬ間際の思念だった。それが語った金神こんじんとは何を表すのか――
山王さんのう機関では探信たんしんきわめ、上野うえのに照応する地に帝都満洲の街があると、そう確信するに至ったのだ。

喪神もがみ梨央りお
依然いぜん上野うえの界隈かいわいのセヒラ、
高い値を観測しています。
しかし怪人情報は、
一件も寄せられていません。
高い値のセヒラの原因、
やはり帝都満洲にあるようです――
帆村ほむら魯公ろこう
このままでは、上野うえので怪人騒動、
勃発ぼっぱつする恐れもあるな。
早く手を打ちたいのだ。
喪神もがみ梨央りお
ゼットー博士が言ってた金神こんじん
その出処でどころはどこなんでしょうか?
帆村ほむら魯公ろこう
帝都か帝都満洲か……
まずは帝都満洲を調べてみよう。
上野うえののセヒラの件もあるからな!
新宗教の方は、特高も動くそうだ。
内乱予備罪も視野に入れてのことだ。
帆村ほむら虹人こうじん
これは宗教弾圧の再来ですか?
帆村ほむら魯公ろこう
度合いによりけりだな。
宗教の名を借りた教唆きょうさ集団であれば、
これは取り締まりの対象になる。
帆村ほむら虹人こうじん
狂信者逮捕が新聞ネタになり、
また帝都のどこかで模倣者もほうしゃが現れ……
――いたちごっこですね。
喪神もがみ梨央りお
それに山王さんのう機関が巻き込まれると、
大変です。てんてこ舞いです。
やはり元を断たないと――
私、新山にいやまさんにゲートの様子、
聞いてきますね。
帆村ほむら虹人こうじん
それにしても、金神こんじんとはな。
迷信は愚者ぐしゃの宗教とも言うが、
相当な強敵に違いないぞ。
僕は上野うえの界隈かいわい
怪人出現の万が一に備えるよ。
帆村ほむら魯公ろこう
虹人こうじんの奴、うまく役割分担を――
帝都に怪人がくと、
帝都満洲に影響が及ぶ恐れもある。
帝都の治安維持、
ひとまず虹人にまかせ、
風魔ふうま、お前は帝都満洲だ。
新山にいやままこと
ゲートのセヒラ、今は安定しています。
長く安定できるよう、
ゲートに少し手を加えました。
上野うえのの位置、帝都満洲に照合すると、
どの街になるのでしょうか……
分かりますか?
喪神もがみ梨央りお
さっきから満鉄路線図を見るんですが
――たぶん、黒河コクガです……
だから、兄さんが行くのは上野うえの黒河コクガ
帆村ほむら魯公ろこう
上野うえの黒河コクガか……
黒河コクガ……満洲だと露西亜ロシアの国境の街。
アムール川の河畔かはんに広がる街だぞ。

〔上野黒河コクガ・南〕

赤坂哈爾浜ハルピンから北東へ。
帝都満洲鉄道は喪神もがみ風魔ふうまを乗せ上野うえの黒河コクガへと疾走しっそうした――

【バール】
やっと来たか、風魔。
待ちくたびれたにゃ。
ここ黒河コクガは旧称を璦琿アイグンといってにゃ、
満洲語で恐ろしいの意味にゃ!
実際、黒河コクガは今、
恐ろしい事態におちいってるにゃよ!
あちこちこおってカチコチにゃ!
【バール帽子】
何やら怪しい一派の思念が、
ここでアストラルとなってるゲロ!
怪しすぎるゲロ、ゲロゲロだゲロ!
【バール帽子背後】
寺の坊主の階級名と、
キリスト教の殉教者じゅんきょうしゃ名を名乗る、
おかしな連中じゃよ!
【バール】
これは帝都で流行はやりの、
新宗教ってやつなのかにゃ?
気色悪いにゃ!

【聖権正階ごんせいかいダダイ】
教示をもらったんだ。
黒化ニグレドのためにはさつすれと。
それで賢者ノ石になれるんだと。
不要なものをさつすれ!
みずからをさつすれ!
やがてよみがえりが訪れ、賢者ノ石になる。
だから俺はそうしたよ。
なぜ、よみがえらないんだ?
もう終末なんじゃないのか?
おかしいだろ!
俺たちを殉教者じゅんきょうしゃにして、だましたか?
ああ、お前もグルなんだな!

《バトル》

【聖権正階ごんせいかいダダイ】
権正階ごんせいかいなんてくらい、欲しくもない!
――俺の命を……返せ……
【着信 喪神もがみ梨央りお
……八号帥士はちごうすいし……
き……ますか?
無線、回復しました!

〔上野黒河コクガ・東〕

【聖正階せいかいトマス】
賢者ノ石というラヂオ番組を
初めて聴いたのは一週間前だ。
僕はすぐにとりこになったんだ。
僕達はみんな賢者ノ石になれる……
錬金術れんきんじゅつ理論ロジックだから、確かだよ。
賢者ノ石になるためには、
まず黒化ニグレドしなければいけない。
余計なものを捨てる、つまりさつする。
やがて自分が余計な存在とわかる。
【聖明階めいかいペテロ】
そうさ、自分こそ余計な存在だ。
だからな、自分をさつしたのさ!
これで次へ進めるんだろ?
でもなんか、時間がかかってる。
終末が来るとよみがえるって……
そう信じているのに!
まだ終末は訪れちゃいない、
きっとそうだよな?
終末が来れば、よみがえるはずだよな!
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
錬金術れんきんじゅつなぞらえて、よみがえりをそそのかす、
そういうことなんだな?
【着信 新山眞にいやままこと
賢者ノ石というラヂオ番組です。
毎朝八時から放送しています。
その番組で呼びかけているようです。
暗殺や心中が相次あいつぐご時世じせいです。
終末思想はあっという間に広まる――
それを利用し、教唆きょうさしているのです。
自殺の瞬間に生まれる思念は、
強い力を持つとされます。
どこかで思念を集めているようです。
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
その思念とやらのおかげで、
帝都満洲も広がるのだな……
風魔ふうま、あ、いや、黒ノ八号帥士くろのはちごうすしし
もう少し、巡視パトロールを続けてくれ。

直階ちょっかい信者のアストラル】
もう三時間、こうしてる。
脱血缶だっけつかん一杯に血が溜まったよ。
寒い……とてつもなく寒い……
脱血だっけつすると、こんなに寒いのか……
ん? 誰かいるのか、この部屋に?
何だ、お前は……
そうだよ、俺は自分をさつするんだ。
血を抜いて死ぬところだ。
それとも、俺を呼びに来たのか?
じゃ、そっち行ってやる!!

《バトル》

権正階ごんせいかい信者のアストラル】
あいつらの言うこと聞いたら、
くそっ! 
ろくな事にならねぇ……
錬金術れんきんじゅつなんてインチキだ、
僕も最初はそう思っていた。
でも、毎朝ラヂオ聴くうちに、
次第しだいに信じ始めたんだよ――
終末によみがえらなければならないって。
――正しい黒化ニグレドのためには、
余計な考えはさつしましょう――
だから僕はさつしたよ。
親兄弟のこともさつした。
学校の恩師おんしさつした。
――最後にあなた自身をさつして、
黒化ニグレドの段階は終了です――
だとさ! だから、今こうして……
ベルナールじょうをたくさん飲んだ――
なのに死ねない!
何故なぜだ! お前が邪魔するからか!

《バトル》

権正階ごんせいかい信者のアストラル】
あれ? どこだここは?
本郷ほんごうの下宿じゃないのか?
――それに、すごく、寒い……
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
聞こえますか?
状況が変わりました!
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
今すぐ、帰還するんだ!
ゲートが不安定になっている、
長居すると戻れなくなるぞ!
【着信 喪神もがみ梨央りお
上野うえの黒河コクガ次第しだいに薄くなっています、
波形がすべて……
今にも消えそうです!
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
まだなんとか間に合うぞ、
今のうちだ、戻ってこい、風魔ふうま
【着信 喪神もがみ梨央りお
……
波形が……みだれて……
はや……して……
……もど……く……さい……

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
間に合いましたね、兄さん!
今、新山にいやまさんがゲートを調べています。
帆村ほむら魯公ろこう
僧侶のくらいを名乗るアストラル、
キリスト者の名を付ける者もいて、
妙な信仰が広まっておるな!
皆、生きていた時の思念か、
今も生きておる者の思念だ……
一様いちように洗脳が深いな!
喪神もがみ梨央りお
新宗教では、
信者に自殺をそそのかすのですか?
帆村ほむら魯公ろこう
自分をさっする――
言葉尻からそう受け止められるな。
ラヂオで喧伝けんでんしていたと言うぞ。
喪神もがみ梨央りお
そのようです。
ラヂオ聴いて自殺したくなった――
よみがえるために死が必要だと思い込む……
そうだとすると、次から次へ、
同じ番組聴く人に自殺者が出ます。
その度に、アストラルが生まれ……
帆村ほむら魯公ろこう
――おぼろな命としてよみがえる――
アストラルがセヒラを媒介ばいかいし、
帝都に思念を還流かんりゅうさせるおそれも……
そう懸念けねんしておるのだろう。
セヒラの大循環だいじゅんかん生じしょうれば、
もう打つ手は無くなる。
喪神もがみ梨央りお
そう思います……
帆村ほむら魯公ろこう
帝都の陋巷ろうこうに身を沈める者には、
いたずらに死を夢想するような、
元来、そういった弊風へいふうがあるものだ。

黒札 第六話 情報ノ漏洩シタル時

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうまよ、式部丞しきべじょうだが、ああ見えて
なかなかに世界情勢に明るい。
N計画のこと、申し伝えた――
我々としても対応を検討したい。
四谷のセルパン堂へ同行願いたい。
――今は帝都も静かだ。

〔セルパンどう

帆村ほむら魯公ろこう
式部しきべのー……
おるかい?
式部しきべじょう
これはこれは……
帆村ほむらの先生!
ぜんたい、どうされました?
帆村ほむら魯公ろこう
うむ……先だっての話だよ、
例の満洲へのユダヤ人移住計画――
独逸ドイツ迫害はくがいされつつあるからな!
式部しきべじょう
N計画、というやつですね。
いやはや、実に途方とほうもない計画です。
帆村ほむら魯公ろこう
われら山王機関として、
どのような協力ができるのか、
考えておったところだよ!
式部しきべじょう
――悩ましいですね、実に。
丁寧ていねいに、しかし急いで進めるべき
性質たちの計画でしょうね。
帆村ほむら魯公ろこう
N計画が大成功をおさむれば、
満洲の地に巨大な利権が生まれる。
世界中から金が集まるだろう……
式部しきべじょう
まぁ、そうでしょうな――
資源豊富な満洲に、人、物、金が
きれいに揃うわけですから。
帆村ほむら魯公ろこう
失敗すれば……
式部しきべじょう
満蒙まんもう基盤きばん脆弱ぜいじゃくさを増すことに……
ソビエットの南下を食い止めるために
満蒙まんもうの繁栄は火急かきゅうようですね。
――違いますか?
帆村ほむら魯公ろこう
明察めいさつだ!
その通りだよ!
――満蒙まんもうこそは日本の生命線……
式部しきべじょう
ソビエットと対峙たいじする独逸ドイツにも
満蒙まんもう盤石ばんじゃくぶりは頼もしいでしょう。
――外交の手札カードが増えますね。
帆村ほむら魯公ろこう
欧州ヨーロッパ独逸ドイツも、支那シナも日本も――
その要衝ようしょう満蒙まんもうにあり、だな!
式部しきべじょう
フフフ……
まずはN計画の秘匿ひとく
しっかりと守ることでしょう!
【着信 喪神もがみ梨央りお
レーネさんを品川まで護送中ですが、
憲兵けんぺい怪人の数が多くて、
虹人こうじんさんが苦戦しています!
兄さんも参戦してください!
私も品川駅に向います。
帆村ほむら魯公ろこう
そうそう、藤沢ふじさわレーネなんだが、
もうじき横浜を出る錦洲丸きんしゅうまる
新京しんきょうへ帰ることになっておる――
それで虹人こうじんに護衛を頼んだのだが……
式部しきべじょう
憲兵怪人とは!
これまた何とも!
これはまったく、新手あらてですね!
それに……
何か、組織の臭いがする――
帆村ほむら魯公ろこう
レーネじょうを守らねばな! 風魔ふうま
急ぎ、品川駅に向かってくれ!

品川駅前しながわえきまえ

横浜へ向かう藤沢ふじさわレーネを護衛するも憲兵怪人にはばまれた帆村ほむら虹人こうじん
まだ怪人の気配が漂っている――

【着信 喪神もがみ梨央りお
兄さん、私も来るようにと、
虹人こうじんさんに頼まれて――
私はすぐ近くにいます。

【アナーキスト志望】
ここだけの話だけどな……
――ヒソヒソヒソヒソ……
憲兵けんぺい
おい! 貴様!
謀略ぼうりゃくする者は許さん!

憲兵けんぺい
うううううううう、
巫山ふざんの雲は乱れ飛ぶ!

《バトル》

憲兵けんぺい
はぁはぁはぁ……
小森こもり魔大佐殿またいさどの
――無念でありますっ!

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
まだ怪人の気配が消えません……
その辺りでセヒラを観察しています!

【電話交換手】
ねぇ、お兄さん!
あたいの許婚いいなづけ、男前でしょ?
憲兵けんぺい
さぁ――ここは警戒区域だ、
急ぎ、去れ!

【電話交換手】
だそうよ、にぃさん!
ぼやぼやしてると引っ張られるよ!
この人、泣く子も黙る
哈爾浜ハルピン憲兵隊付きなのよ!
ふん、強がるのもいい加減におしぃ!

《バトル》

【電話交換手】
フフフフフフ~
こんなもんじゃ終わらないわよ!
さ、行くよ! あんた!

喪神もがみ梨央りお
もう大丈夫ですね。
憲兵怪人は普通の怪人とは違う、
虹人こうじんさんはそう言っていました。
言われてみれば、
これまでにはない波形がいくつも、
観測されています。

帆村ほむら虹人こうじん
風魔ふうま! 間に合ったのか!
いろいろと邪魔臭じゃまくさい連中だったな!
やつら、出所でどころが違う気がしないか?
それで梨央りおにも来てもらったんだ。
正しい観測をするためにね。

ところで、僕たちは似た者同士、
そんな気がしないか?
生きる目標を希求ききゅうしている――

さて、梨央りおちゃん、本部に戻ろう。
後の巡視パトロールは、風魔ふうま、お前に頼む。
喪神もがみ梨央りお
はい……
では兄さん、また後ほど。

藤沢ふじさわレーネ】
危ないところを……
ありがとうございました。
ナサニエル・カッツという
ユダヤ人実業家がいます――
彼から錦洲丸きんしゅうまるの乗船券を手配したと、そう電報があって、それで私は……まさに横浜へ向かうところでした。
もしや、それがれたとでも……
ひとまず私は満洲へ帰ります。
お願いしたこと、心強く思います。
風魔ふうまさん……
【着信 帆村ほむら虹人こうじん
おい、風魔ふうま! 梨央りおはぐれた!
今、品川から戻る途中だ。
怪人の波動だって梨央りおが言うから、
手分けするうちに逸れたんだ。
心配だ。風魔ふうま、お前は増上寺ぞうじょうじ界隈を
探してくれないか?
――無事だといいんだが。

芝増上寺大門前しばぞうじょうじだいもんまえ

【着信 帆村ほむら虹人こうじん
風魔ふうま――黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
赤羽橋あかばねばしの方だが、梨央りおの姿はない。
そっちはどんな感じだ?

小森こもり時夫ときお
ふはははは!
手下ども相手によくやったな!
憲兵の奴らは恨みつらみを
たぎらせるからな!
勧誘は簡単だった!
だがな、もっと上等の
手に入れることになった!
誰もが扱えるをな!!
【着信 喪神もがみ梨央りお
兄さん! もう大丈夫です!
金ノ七号……
虹人こうじんさんとはぐれてしまって……
増上寺のセヒラは何かの間違いです。
一瞬だけ、値が高くなって――
飯倉いいくら一丁目から市電三番に乗ります!
ところで兄さん、知っていますか?
虹人こうじんさんは小説をお書きなんです。
帝都の事変を題材にするのだとか――
虹人こうじんさんのペンネームは、
確か……
白金しろかねこうと言います。
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうま
梨央りおは無事のようだな!
それでは、
すぐ山王機関へ戻れ!
満洲からお客人きゃくじんだ!

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
おおお、戻ったな、風魔ふうま
こちらが満洲の実業家、
ナサニエル・カッツさんだ。
【ナサニエル・カッツ】
喪神もがみ風魔ふうまさんですね。
もうN計画についてはご存知ですな?
帆村ほむら魯公ろこう
概要ならうかがっております。
壮大そうだいな計画ですな、まったく!
【ナサニエル・カッツ】
私はN計画が首尾しゅびよく進むよう、
資金を提供するつもりです。
資金だけではなく――
必要とあらば情報もです。
いやぁ、私など小さな人間ですが、
それなりにコネクションもあります。
帆村ほむら魯公ろこう
ほう……
それは頼もしい限りですな!
で、計画はいつ頃、本格的に?
【ナサニエル・カッツ】
まだそれは申し上げられません。
レーネ女史じょしともよく話し合わないと。
帆村ほむら魯公ろこう
そのレーネじょうなんだが、
錦洲丸きんしゅうまるの乗船券を用意したのは
カッツさんですね?
【ナサニエル・カッツ】
ええ――今日の便を逃すと、
三ヶ月ほど先になります。
たまたま乗船券チケットを手配できました。
さて、私は他を回らなければ
ならないのです。
まずはお見知り置きのほどを――
帆村ほむら魯公ろこう
ナサニエル・カッツという人物、
どう思う、風魔ふうま
――信用できるか?
うむ……
漏洩ろうえいの容易な電報で、レーネじょう帰国の
話を伝えるなど……
わざと情報をらして、
こちらの出方を探っておるのかも……
試されておる気もするな!
レーネ嬢も横浜に向かい、
梨央りおも無事だった。
本特務はこれにて終了だ。

N計画は、満洲での利権をはらみながら、そろりと動き出そうとしていた。
帝都にもまた、その利権をねらう者があるのか?

第三章 第七話 蝶々夫人

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

調べるほどに謎が深まる国立防疫ぼうえき研究所。
新たにゼームス師団、東京ゼロ師団など、妄念もうねんから生まれたような材料が出た――

帆村ほむら魯公ろこう
参謀本部で散々調べたが、
防疫ぼうえき研の実態、つかみきれん。
山王さんのう機関設立に関係する要人を、
京都から招くなどしたものの、
らちかなんだ――
喪神もがみ梨央りお
隊長、特急つばめ号でいらしたのは、
その方なんですね?
帆村ほむら魯公ろこう
柄谷がらたに生慧蔵いえぞうという物理学者と、
聖宮成樹ひじりのみやなるき親王、このお二方だ。
聖宮ひじりのみや親王は宮内庁くないちょう陰陽寮おんみょうりょうの方だ。
学者先生がに関する論文を書き、
聖宮ひじりのみや親王が参謀本部に進言された――
今の参謀長も同じ皇族だしな。
喪神もがみ梨央りお
そのことは薄々知っていました。
そんな方でも解決できない……
そうなんですか?
帆村ほむら魯公ろこう
いろいろとな、入り組んでおる。
それに参謀長のご存じないこと、
陸軍省が知るよしなしと――
両者の関係がギクシャクしかねない、
そんな状況にもいたってしまい、
一旦いったん退くことにしたんだよ。
喪神もがみ梨央りお
あっ、そうそう、隊長!
虹人こうじんさんですが、浜離宮はまりきゅう隣の、
海軍軍医学校に向かわれました。
何でも集団でおかしなことになった、
そう通報があったそうです。
わずかにセヒラも観測します――
帆村ほむら魯公ろこう
おお、海軍軍医学校か!
あそこには四探よんたんがあるな。
ならば感度もいいはずだ――
風魔ふうま、気分を変えて、海際うみぎわだ。
虹人の様子、見てきてくれないか。

海軍軍医学校かいぐんぐんいがっこう中庭なかにわ

帆村ほむら虹人こうじん
ここの学生、そろいもそろって、
様子が変なんだ。
芝居がかった台詞を吐いて――
最初は何かのものの練習かと……
でも、話しかけても答えない、
まるでかれたみたいなんだ!
台詞セリフを聞いていると、
どうも蝶々夫人ちょうちょうふじんのようなんだよ。
プッチーニのオペラだよ――
米海軍士官のピンカートンが、
長崎で若い芸者をめとる――
その芸者が蝶々ちょうちょうだよ。
彼は帰国してしまい、日本には、蝶々ちょうちょうと生まれたばかりの子供が残る。蝶々ちょうちょう健気けなげに夫の帰りを待ち続ける。
でもピンカートンは米国アメリカで結婚する。
三年後、彼は妻をともなって再び来日、
その時初めて蝶々ちょうちょうは真実を知る――
まぁそんな筋書きだよ。
蝶々ちょうちょうなんて源氏名げんじなは妙だけど、
そこは愛嬌あいきょうだ――
学生の中にピンカートン中尉や、
米国領事シャープスを名乗る
奴らがいて、何だか混乱する!
風魔ふうま、ちょっと様子を
見てきてくれないか?
――僕は疲れたんだ――

海軍軍医学校かいぐんぐんいがっこう廊下ろうか

廊下ろうかでは学生達がたむろしていた。
一見すると何もおかしなところはないが、場に不似合ふにあいなほど空気が張り詰めている。

【米海軍少尉A】
ピンカートン中尉は憔悴しょうすいされて、
もう目も当てられません……
奥さんと一緒に日本に来られて、
着いた夜から、奥さんのケイトさん、
その姿が見えないんです。
この二週間、ずっとケイトさんを
お探しなんです、中尉は――
奥さん、どこ行ったんでしょうか?

【米海軍大尉B】
ピンカートン中尉の細君さいくんケイトは、
二週間前の寄港きこう以来、行方知れずだ。
異国の地で~♪
遠い空の下~♪
細君さいくんはどこへ行ったのか?
彼女は日本が初めてと聞く。
――さぞかし心細かろう!
おお、我が君よ~♪
今宵こよい何処どこに~♪
青い月よ答えておくれ~♪

【米海軍軍曹C】
リンカーン号の寄港した夜、
自分、見たんです――
ケイトさんが一人の日本人女性と……
おそらくあれが蝶々夫人ちょうちょうふじん~♪
三年の間、港を見続け~♪
リンカーン号のはたを探した~♪
蝶々夫人ちょうちょうふじん、ひどく思い詰めたようで、
ケイト夫人を従えて、
暗い河口かこうの方へ向かいました――

【米海軍大尉B】
遠い異国の細い道~♪
星影ほしかげ頼りに歩きましょう~♪

《バトル》

【米海軍大尉B】
ピンカートン中尉は、
心配で心配で消え入りそうだ。
三日だけ公務を休ませてやろう!

海軍軍医学校かいぐんぐんいがっこう講堂こうどう

【シャープレス領事】
私は蝶々ちょうちょう夫人のことも心配だ。
彼女の心中しんちゅう察するに余りある――
ピンカートンが蝶々ちょうちょうと結婚するという
その相談を受けた時、
私は彼に熟考じゅっこうを求めたのだ――
彼女は心底れていたのだよ。
領事館に挨拶あいさつに来た彼女を見て、
すぐにそう確信したのだ――
ちょうはねをむしるのは~♪
とても残酷な仕打ち~♪
たとえ愛が横たわろうとも~♪
ピンカートンはいずれ帰国する身。
罪な事をしてはいけない、
私はそうさとしたんだよ――
蝶々ちょうちょう夫人はこの三年間、
ずっと待ち、えたに違いない。
日本人女性らしい忍耐力にんたいりょくでね!

【シャープレス領事】
愛すればこその沈黙~♪
それは海よりも深く~♪
そらよりも広く~♪
それなのに、ピンカートンは
米人妻を連れて戻った!
奴の心はなまりで出来ているのか!

《バトル》

学生たちの芝居は浜でも行われているようだ。

浜松はままつまつ海岸かいがん

【ピンカートン中尉】
嗚呼ああ、我が妻ケイトよ~♪
その姿、見せておくれ~♪
仲介人ちゅうかいにんゴロー】
私が蝶々ちょうちょうを~♪
仲介ちゅうかいしたばかりに~♪
悲しみを増やしてしまった~♪
【女中スズキ】
蝶々ちょうちょう夫人の女中である私から、
申し上げるのは、やや困ったこと。
先日、夫人は子供を……
【ピンカートン中尉】
あああ、我が愛しの蝶々ちょうちょうよ~♪
二人の宝、あの子はどこに~♪
仲介人ちゅうかいにんゴロー】
ピンカートンさん!
蝶々ちょうちょうです、あなたに会いに……

蝶々夫人マダムバタフライ
ちょうはねをむしったのは貴方です。
だから私も同じことを――
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ、観測しました!
蝶々夫人マダムバタフライ
あのを麻袋に詰め、
墓場にめました。
生きたままです――
【着信 喪神もがみ梨央りお
セヒラの値、
急上昇しています!
警戒してください!!
蝶々夫人マダムバタフライ
泣き声はじきみ~♪
命の炎が静かに消え~♪
墓の勝利が訪れた~♪
【着信 喪神もがみ梨央りお
すごいです! こんなセヒラ波形、
見たことありません!
蝶々夫人マダムバタフライ
ケイトさんは妊娠にんしんしていました。
どうか殺さないでと何度も何度も……
父の形見の刀、よく斬れますこと!
黒い水面みなもに血のあぶら~♪
命乞いのちごいもむなしく~♪
はらに刺した刀が月光つきひかりを受け~♪

《バトル》

辺りは静寂せいじゃくに包まれた。
その静けさは、何者かが息を潜めている、そんな静けさでもあった。

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
もうセヒラは観測されません。
本部へ帰還してください……

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
兄さん……
顛末てんまつは全部記録できました。
帆村ほむら虹人こうじん
今、話していたところだ、
蝶々ちょうちょう夫人とシナリオが違うって。
帆村ほむら魯公ろこう
蝶々ちょうちょう夫人は米海軍士官の妻を、
あやめたりはしない。
子供をめたりもしない――
喪神もがみ梨央りお
オペラでは、蝶々ちょうちょう夫人、
はかなんで自殺するんですよね?
帆村ほむら虹人こうじん
それも不自然な感じだけどね。
でも今度のは邪悪さに満ちている。
何者かが結末を書き換えたんだ――
帆村ほむら魯公ろこう
軍医学校の生らは、
それを演じさせられていたのか?
誰かが書き換えたシナリオを?
それはよほどのことだな……
しかも大勢の生らに一時いちどき
影響を与えたわけだ……
あの場所に何があったんだ……
梨央りお四探よんたんはどうだった?
海軍軍医学校の敷地内だろ?
喪神もがみ梨央りお
それが、四探よんたんの様子が変なんです、
セヒラを集めた形跡があります。
帆村ほむら魯公ろこう
何だと!?
それじゃ探信儀たんしんぎの不調によって、
軍医学校に怪異が生じたというのか?
喪神もがみ梨央りお
おそらくは……
今はもう直っていますが。
帆村ほむら魯公ろこう
探信儀たんしんぎがおかしくなると、
セヒラを集めたりするんだな?
喪神もがみ梨央りお
今回はそのようです。
もちろん、初めての事象です。
セヒラの波形も特異な形でした。
同じ形が出れば、同じことが……
今後、留意りゅういして観測します。
帆村ほむら魯公ろこう
うむ、そうしてくれ。
まだまだセヒラの管理、
充分とは言えないな――
喪神もがみ梨央りお
セヒラが強くなっただけではない、
そうじゃないですか?
が脚本を書いたのですよ。
帆村ほむら魯公ろこう
おお、そうであった!!
これは思念の仕業にしては、
規模が大きすぎるな――
よほどの邪心が働いたようだ。
この件、調査対象としておこう。
喪神もがみ梨央りお
承知しょうちしました。
記録はまとめて提出できるように、
整理してじておきます。
帆村ほむら魯公ろこう
そうしてくれ……
虹人こうじんが疲れるのもわかる気がする。
風魔ふうまよ、ゆっくりしてくれ――

第三章 第六話 防疫研暴走

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

人に憑依ひょういするやいなやその魂をらい、人を内側から支配する
人籟じんらい

どうやら防疫ぼうえき研究所が一枚んでいるらしい。帆村ほむら魯公ろこうは参謀本部にて調査を続けるも、防疫ぼうえき研究所の所轄しょかついまだ明らかにならない。国立の機関とされながら、多くの謎を含む。

喪神もがみ梨央りお
兄さん!
防疫ぼうえき研究所の様子を見に出かけた、
虹人こうじんさんから連絡です。
金ノ七号帥士きんのななごうすいし
無線を黒ノ八号帥士くろのはちごうすいしに代わります。
【着信 帆村ほむら虹人こうじん
こっちでちょっと面倒が起きた。
僕一人じゃ手に負えないんだ――
人籟じんらい――
いや、その一歩手前の連中が、
反乱行動に出たんだ!
喪神もがみ梨央りお
反乱行動?
【着信 帆村ほむら虹人こうじん
奴ら、に魂をわれる
予備軍だ、そいつらが暴れている。
防疫ぼうえき研の職員が次々に襲われて、
もう阿鼻叫喚あびきょうかん様相ようそうなんだよ。
急ぎ、来てくれないか!
防疫ぼうえき研の加藤潔かとうきよし所長も心配だ。
所長室にもったきりなんだ――
状況は以上だよ。
奴ら、防疫ぼうえき研から表に出たかも……
白金しろかね界隈かいわいを観測するんだ。

喪神もがみ梨央りお
承知しました!
白金しろかね界隈のセヒラ、観測始めます。
公務電車、赤羽橋あかばねばし古川橋ふるかわばしから、
魚籃坂下ぎょらんざかした清正公せいしょうこう前から、
白金台町しろかねだいまちへ向かう経路です。

国立防疫研究所こくりつぼうえきけんきゅうじょ

帆村ほむら虹人こうじん
風魔、来たか。
人籟じんらいの材料は、
何も囚人しゅうじんばかりじゃないようだな。
神経病みなんかもいるようだ――
怪人になって力を得る、
そう思い込まされてきにされ、
すぐさま魂を食われるようだ。
その仕組みがどんなだか、
まだよくわかっていない。
が魂を食い尽くさないよう、
どうにかして制御されているんだ。
それで見た目は人の形をしている。
その中身はほとんだと考えてよい。

【本郷の止宿人】
お前たちも波斯ペルシア人なのか?
僕を狙っているんだな!
あずかり知らぬ一人の波斯ペルシア人が、
僕の中にんでいるんだ!
帆村ほむら虹人こうじん
おい、お出ましだ!
元々、こいつは神経病みだな。
風魔ふうま、こいつを頼む!
【本郷の止宿人】
僕の中の波斯ペルシア人は、いよいよ、
僕を追い出しにかかっている!
そんなこと、許さない!

明け方、薄闇の部屋で異国の言葉が。
それは波斯ペルシア語に違いない。
僕は寝ている振りをしていた――
その日、神経の先生に相談したんだ。
脳楽丸のうらくがんを処方してもらったよ。
夜、ここの職員が迎えに来たんだ――

さぁ、僕は引っ込む!
波斯ペルシア人をなんとかしてくれ!

《バトル》

【本郷の止宿人】
波斯ペルシア人をやっつけろと言ったろ!
――何故、僕を……
ううううう……

小日向こひなた派出婦はしゅつふ
坊っちゃん、というのは弟さんです、
普段から兄弟仲悪くって……
あの日、遅く帰った兄さんを――
素手です、玄関先で、
坊っちゃん、兄さんのお腹を、
素手でカーっといたんです!!

《バトル》

小日向こひなた派出婦はしゅつふ
玄関に散ったものを掃除しながら、
フヘヘヘヘ、口に入れてみました。
そしたら自分が……消えたんです。
帆村ほむら虹人こうじん
この辺はしずまったようだな――
所長室に行こう!

国立防疫研究所こくりつぼうえきけんきゅうじょ所長室しょちょうしつ

加藤潔かとうきよし軍医】
もう鎮まりましたかな?
――私が軍医の加藤かとう、ここの所長、
防疫ぼうえき研究の責任者です。
帆村ほむら虹人こうじん
うかがいますが、なんですか?
伝染病の予防研究ではないのでは。
加藤潔かとうきよし軍医】
伝染病もやっています、もちろん。
それ以外も……
帆村ほむら虹人こうじん
それ以外っていうのが、
主ではないですか?
人籟じんらいの研究と製造が――
加藤潔かとうきよし軍医】
あははは、それは秘匿ひとくなんです。
相手が特務機関の将校であっても。
――お答え出来かねます。

帆村ほむら虹人こうじん
いいでしょう、軍医。
まずはここの安全を守らねば。
あなた達の手によって、
きにされた者が暴れている。
加藤かとう軍医、あなたに対しても、
さだめし恨みをつのらせている
ことでしょうね。
加藤潔かとうきよし軍医】
ここの者は皆、新しく、
生きる希望を見出したのですよ!
帆村ほむら虹人こうじん
――気配がする!
表に誰かいる!
加藤潔かとうきよし軍医】
どうしましたか?
帆村ほむら虹人こうじん
生きる希望を見出した者が、
礼でも言いに来たんじゃないですか?
加藤潔かとうきよし軍医】
怪人の鎮定ちんていは、
君たちの役割です。
なんとかしてください!
しわがれた声】
加藤かとう所長!
あなたのたましいが必要なようです――
たましいを……ください!
加藤潔かとうきよし軍医】
あの声は……
人籟じんらい号となった被験者……
まだ生きていたのか?
帆村ほむら虹人こうじん
ほんのわずか、魂を残す、
随分ずいぶんと器用な技術をお持ちですね。
我々も立場がある、
あなたの命は守ってみせます。
おそらくこいつが最後だろう!
向かうぞ、風魔ふうま!!

国立防疫研究所こくりつぼうえきけんきゅうじょ

【被験者号】
私は加藤かとう所長の忠実な部下でした。
でも忠実過ぎたようです――
所長のところへ……お願いします!
帆村ほむら虹人こうじん
いや、それは無理だ!
【被験者号】
残念です……
私は多くを知ったのです、
所長はそれが気にいらないのです!
帆村ほむら虹人こうじん
鎮定ちんてい開始だ、風魔ふうま

《バトル》

【被験者号】
私はもうわずかしか残っていません。
所長もおそらく同じ目に……
いや、もっと違う形になるでしょう。

加藤潔かとうきよし軍医】
なかなかのお手並みですね。
市中に出た人籟じんらいも、
その鎮定ちんてい、時間の問題ですね。
帆村ほむら虹人こうじん
今のは所長の部下だったと。
自らそう言いましたよ。
あなたは部下をも犠牲に――
加藤潔かとうきよし軍医】
私が決めたわけではない!
ゼームス師団からの指示だ、
それに従ったまでだ!
帆村ほむら虹人こうじん
ゼームス師団?
何ですか、それは?
聞き慣れないですね……
加藤潔かとうきよし軍医】
東京ゼロ師団の通称ですよ、
品川のゼームス坂にあります。
指示はいつもそこから出されます。
帆村ほむら虹人こうじん
東京ゼロ師団?
所長、あなたは妄想にかれている、
そうじゃありませんか?
加藤潔かとうきよし軍医】
東京ゼロ師団こそ、我々、
国立防疫ぼうえき研究所の所轄しょかつです。
給付きゅうふされる研究費は際限さいげんなく、
目的さえ合えば、
いかなる手段を講じてもよし!
私はここにきて、
ようやく評価を得ました。
勲章くんしょうを授与されるほどだそうです!
帆村ほむら虹人こうじん
――風魔ふうま、戻ろう!
ここにいても仕方ない、
調査は別口べつくちで進めるしかない。

第二章 第七話 増上寺の秘本

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
宮武みやたけ國風こくふうという明治の好事家こうずかがいる。
蟲粉むしこの研究でつとに有名だな。
先日、國風こくふうの残した手紙を読んだ。
鍛冶橋かじばしの古本屋で見つけたんだよ。
増上寺ぞうじょうじ稀覯本きこうぼんについての一篇だ。
喪神もがみ梨央りお
増上寺ぞうじょうじですか?
しばにある……
そこに珍しい本があるんですか?
帆村ほむら魯公ろこう
國風こくふうこだわった蟲粉むしこは、
の原材料とも考えられておる。
まだ、解明、道半ばであるがな――
なるほど。國風こくふうが興味を持った本、
それが増上寺ぞうじょうじにあると言うのですね。
國風こくふうはカルマノヴィチ写本に、
後半生を捧げた――
蟲粉むしこの命名も國風こくふうの仕事だな。
喪神もがみ梨央りお
その写本に書かれている虫って、
実際にいるんですか?
帆村ほむら魯公ろこう
いや、どうにも怪しいんだ。
学者によると写本の虫というのは、
どれも未発見だそうだ。
喪神もがみ梨央りお
それじゃ、妄想ですか?
写本の元になった本は、
どんな人が記したんですか?
帆村ほむら魯公ろこう
ユルギス・カルマノヴィチだ。
リトアニアのキリスト教学者で、
古都トゥラカイの城で啓示けいじを受けた。
喪神もがみ梨央りお
虫についての啓示けいじなんですか?
帆村ほむら魯公ろこう
原書名は、神の虫大全という。
神の恩寵おんちょうを受けた虫の総覧そうらんだよ。
帆村ほむら虹人こうじん
ああ、思い出したよ。
彼は六十八日間、一睡いっすいもしないで、
虫の名前を書きしるしたんだ。
帆村ほむら魯公ろこう
國風こくふうの手になるカルマノヴィチ写本、
セルパン堂に依頼してある。
帆村ほむら虹人こうじん
例によって欧州に渡ったんですね。
日本の文物ぶんぶつはみんな欧州に行く――
せめて増上寺ぞうじょうじの本は守りたい。
國風こくふうが興味を示した本とあらば、
これはもしかするともしかする。
僕は俄然がぜん興味がいたよ!
帆村ほむら魯公ろこう
講釈こうしゃくはこれくらいにしておこう。
ではさっそく増上寺ぞうじょうじだ、
よろしく頼むぞ。
帆村ほむら虹人こうじん
それと、アーネンエルベの動向、
このところ気になる。
尾行には用心するんだ。

芝増上寺大門しばぞうじょうじだいもん

しば増上寺ぞうじょうじ。松並木の広い参道の先に有名な大門が建つ。
並木に止まるカラスが風魔ふうまを見下ろしていた。

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、セヒラ観測しました。
通常の波形とは違って、
ゆらぎがあります――
これまであまりなかった傾向です。
警戒して進んでください。

鬼龍きりゅう豪人たけと
喪神もがみ風魔ふうま
貴様、公務で来たのか?
増上寺ぞうじょうじの警護は、
我等の隊にたくされている。
特務の人間に用はないはずだ――
ここは思念のまりも多く、
怪人化する事象が多く報告される。
ここは我が隊の公務に任せてくれ。

【参拝の女性】
今日はやけにカラスが多くて、
なんだか気味が悪いわ。
いつもはこんな事ないのに……
ほら、あそこ。
何羽も集まっているのよ。
何かあったのかしらね……
今日はなんだか様子が変だし、
早めに帰るとするわ。

【参拝の老人】
ここは徳川の菩提寺ぼだいじじゃな。
中でも徳川家に降嫁こうかした、
皇女こうじょ和宮かずのみや様のお墓は人が絶えん。
去年、新聞の興亜日報こうあにっぽうが、
和宮かずのみや様の特集組んでから、
全国から参拝に来よるなぁ。

【参拝の男性】
何だかね、むしゃくしゃしてね、君!
相談所に行くとね、すっかり治った。
それで増上寺ぞうじょうじにでも行くかとね……
そんな気になったんだ、君!
ここには僕を勇気づけるものが、
きっとあるに違いないさ!!
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
一帯のセヒラ反応
急激に増加してます!

《バトル》

【参拝の男性】
あんたも職場で四面楚歌しめんそかなのかい?
和宮かずのみや様はそんな中でもくじけず、
正室せいしつつとめを果たされたんだな!

その時大きな影が頭上を過った!

【カラス】
カァ……

カラスは地上に落とす不吉な影とともに、飛び去って行った。

増上寺そうじょうじ80代法主、青柳あおやぎ智叢ちそうから、寺に伝わる秘本を預かった。参謀本部からの通達がこうそうしたようだ。

芝増上寺境内しばぞうじょうじけいだい

帝大に向かうべく、増上寺ぞうじょうじの境内へ。
そこで風魔ふうまを迎えたのは、以前、セルパン堂で会った外国人であった。

【セルパン堂で会った外国人】
お会いするのは二度目ですかな?
――喪神もがみさん……

【ルドルフ・ユンカー】
――自己紹介、させてください。
私、ルドルフ・ユンカーです。
アーネンエルベ極東分局の所長です。
局長と言わないのですね……
日本語、随分慣れましたけれど、
依然いぜん、大変難しいです。
さて喪神もがみさん、あなたが持つ書物、
我々に貸してもらいましょう。
私は成果を求められています――
ヒムラー長官は焦っています。
神智しんちの領域にて力を及ぼすこと、
それが我々の目的です。
済みませんが、ここは力を用いて、
あなたのその書物を手に入れます。
それが最善の方法だと考えます!!

《バトル》

【ルドルフ・ユンカー】
――なるほど……
あなたの強さは力ではない、
そうなのですね……
まして怒りや憎しみでもない――
それらは微塵みじんもないとわかりました。
むしろ……楽しんでいる?
いやはや、不思議です……
ユリアが興味を持つはずですね……
またお会いしましょう、喪神もがみさん。
【着信 喪神もがみ梨央りお
周囲のセヒラ、低下しました。
何だか、一気に消えた感じです。
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
よし、風魔ふうまよ、
その本を持って、帝大のつた博士の
研究室へ急いでくれ。
帝大の警護には、
虹人こうじんを向かわせている。
今のうちに博士に本を届けるんだ。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帝大キャンパスは静まり返っていた。
特高警察が監視を強化したためだ。
秘本は無事に博士に届けられた――

帆村ほむら魯公ろこう
せんな……
アーネンエルベのユンカー博士が、
何故、増上寺ぞうじょうじにいたのだ?
喪神もがみ梨央りお
やっぱり尾行されていた……
ってことですよね?
帆村ほむら魯公ろこう
そう考えるしか無いのだが……
ホムンクルスの尾行は無かった。
そうだな、虹人こうじん
帆村ほむら虹人こうじん
ええ、僕が風魔ふうまの後について
しっかり尾行を見張ってました。
途中ホムンクルスを発見し
僕が倒した後は、
一切尾行はなかったですね。
帆村ほむら魯公ろこう
ではどうやって風魔の動きを
探ったのか……
我々の知らぬ魔術か何かか?
帆村ほむら虹人こうじん
魔術か……さぐる……
ああ、そうだ!
使い魔ファミリアじゃないかな?
喪神もがみ梨央りお
何ですか? ファミリアって……
帆村ほむら魯公ろこう
使い魔だ……風魔ふうまも知っておろう?
本邦ほんぽうならば、陰陽師おんみょうじ使役しえきした
式神というやつだ。
帆村ほむら虹人こうじん
式神は小動物を使うことが多いが
鬼神を用いることもある。
使い魔は、だいたい小動物だな。
喪神もがみ梨央りお
あ、もしかして……
カラスじゃないですか?
帆村ほむら虹人こうじん
カラス……そういや多かったな。
喪神もがみ梨央りお
通信でカラスの声を
良く拾っていました。
ね? 兄さん気になってたでしょ?
帆村ほむら魯公ろこう
なるほど、そうか、カラスか……
自由に飛び、空からの監視も出来る。
こいつは厄介やっかいだぞ。
帆村ほむら虹人こうじん
カラスなら往来おうらいだけじゃなく、
家の中まで見通せそうだ――
庭の木に止まったりしてね。
喪神もがみ梨央りお
えええ? お風呂とか絶対に
窓閉めて入らなくちゃ!
開けとくと風が気持ち良いのに……
帆村ほむら虹人こうじん
えらい心配症なんだな、梨央りおは!
喪神もがみ梨央りお
当たり前です!
いくら近代人といっても、
恥じらいは大切です!
帆村ほむら魯公ろこう
ワハハハハ、違いない!
助兵衛すけべえなカラスには
気をつけるんだぞ、梨央りお

第二章 第三話 是枝大佐

山王さんのうホテルまえ

この日、魯公ろこう虹人こうじん風魔ふうまは、独逸ドイツから帰国した要人を出迎えていた。

帆村ほむら虹人こうじん
是枝これえだ大佐殿、独逸ドイツの動静、
いかがですか?
ナチ党の一党独裁ということですが。
僕も例の赤い本、余の闘争マインカンプ
読みはしましたが……
是枝これえだ大佐】
よもや虹人こうじん君、
ヒットラーかぶれではあるまいの?
帆村ほむら虹人こうじん
勘弁かんべんして下さい。ヒトラーは、
独逸ドイツ人でさえ、とっつきにくい、
認めたくない人物とのことです。
そんな人物だからこそです、
独逸ドイツ人は彼を支持するのです。
えぐい渋いも味のうち――
ベルサイユ条約で身動き取れない、
そんな独逸ドイツの現状を嘆き、
猶太ユダヤ人の排斥はいせきを叫ぶことで、
大衆層の支持を取り付ける――
あおればあおるほど、大衆は熱狂する、
その波は抑えられないでしょう。
是枝これえだ大佐】
伯林ベルリンいま汲々きゅうきゅうとしておる。
それに驚くべき物価高だ。
一頃ひところなど、給料が日に三度も
支給される始末だ。
朝昼晩でパンの値段が変わるのだ――
去年、ヒットラーは独逸ドイツ国家の
全権を掌握しょうあくし、総統の地位にいた。
もう誰も刃向はむかえない――
日本こちらはどうかの?
帆村ほむら魯公ろこう
血盟団けつめいだん事件、続く五・一五事件で、
社会に不穏な振動が広がりつつあり、
予断を許さない状況です。
街は一見すると震災復興を遂げ、
近代生活モダンライフ謳歌おうかしているようですが、
何かの拍子ひょうしに音のなくなる時が……
是枝これえだ大佐】
ほう……
一皮けばやみがあるとでも?
何か、暗示的であるな。
欧州では独逸ドイツの出方次第では、
また戦争になるやも知れん。
帆村ほむら魯公ろこう
我がくにとて対岸の火事では、
済みますまい。
満州国まんしゅうこく建国なるも、支那シナの方では、
抗日運動が高まりを見せ、また列強は支那シナほしいままにしています。
是枝これえだ大佐】
支那シナで戦争が起きると、
我が国の戦力が分散される。
その前に――
帆村ほむら虹人こうじん
支那シナとの戦争、起きそうなんですか?
是枝これえだ大佐】
支那シナで戦争が起きると、
露西亜ロシア人が黙ってはいまい。
支那シナを舞台に日ソの戦争になる――
ソビエトの脅威は、独逸ドイツとて同じ。
独逸ドイツとの間に何らかの協定なりを
結ぶ必要がありそうだな。
ところで、帝都の騒動は、
どんな状況かね?
帆村ほむら魯公ろこう
このところ、怪人の出現が、
にわかに活発化しておりまして――
山王さんのう機関も人手不足におちいるかと、
そのことは参謀本部にも具申ぐしんし、
方策を検討いただいております――
大佐、紹介します、喪神もがみ風魔ふうまです。
風魔よ、大佐は外交郵袋ゆうたいで、
魔導書を何冊も送ってくださった。
是枝これえだ大佐】
おお、君が喪神君かね。
独逸ドイツ駐在武官の是枝これえだじゃよ。
噂は耳にしておるよ。
帆村ほむら魯公ろこう
虹人こうじんは風魔と共に大佐をお送りし、
その後に帝大へまわってくれ。
帆村ほむら虹人こうじん
承知しました!
是枝これえだ大佐】
面倒かけて済まないのう。
本はもう着いているはずだ。
わしゃ、書には門外漢もんがいかんじゃ。
君ら、しっかり頼まれてくれんか。
帆村ほむら虹人こうじん
お任せください、大佐殿。

品川駅前しながわえきまえ

是枝これえだ大佐】
ところで湯川ゆかわ博士の中間子論、
発表になったが、日本ではどうじゃ?
帆村ほむら虹人こうじん
陽子や中性子を繋ぐのが中間子です。
その存在、湯川ゆかわ博士によって、
始めてつまびらかになりました。
参謀本部では、中間子の理論から、
新兵器の開発を期待する声も――
そんなこと、可能なのでしょうか?
是枝これえだ大佐】
うむ、ナチの連中も、
湯川ゆかわ論文を分析して研究しよるが……
歳をとると新しいことにうとくなるわ。
そうじゃ、どこかその辺で、
新聞でも買ってきてくれんかのう。
六年も独逸ドイツにおったで、
日本の今をよう知らん。
まるで今浦島だわ――

帆村ほむら虹人こうじん
駐独武官というからには、
ナチの幹部とも付合いがあるだろう。
大佐を監視対象に加えよう――
僕は是枝これえだ大佐の様子を見る、
風魔ふうま、新聞を頼む。

【本郷の止宿人】
この間、銀座ぎんざ幻燈会げんとうえが開かれたって。
寮生が楽しみにしていたよ――
あいつ、活動キネマとか好きだったから。
でも幻燈会げんとうえの夜から、あいつ、
寮に戻らないんだ。
どこ行ったんだい、一体?

【生真面目な巡査】
そこにまっている車はお前のか?
さっさとどかせ。
あ、失礼、
皇軍の御用でありましたか。

【謎の女給】
…………
ヨイ、オテンキ、デスネ……
…………
ハナシ、モウ、アリマセン……

【小石川の客】
せばいいのに博打ばくちにはまって、
身上しんしょう崩しかねないよ!
――自分の人生、何なんだ!

【新聞の売り子】
新聞だよー
今日は号外じゃないけど、
怪人の話も載ってるよ!
何でも銀座ぎんざ幻燈会げんとうえっていう、
幻燈げんとうを映す会に行って怪人化する、
そんな話だったよ。

それは興亜日報こうあにっぽう帝都版であった――

【新聞の売り子】
幻燈会げんとうえに行って、何を見るんだろ?
――おいら、とっても気になるよ!

【小石川の客】
銀座幻燈会げんとうえに出かけて、
自分がわかった気がする――
ムクムクと力がいてくるんだ!!
帆村ほむら虹人こうじん
こいつ、怪人なんだな!
風魔ふうま、お前をとらえているぞ、
すぐに鎮定ちんていしてくれ!!

《バトル》

【小石川の客】
やっと自分が見えたのに……
もう、見えなくなった――
残念だ……
帆村ほむら虹人こうじん
是枝これえだ大佐、お待たせしました。
是枝これえだ大佐】
おお、すまんな。
では家に向かってくれ。
大崎広小路おおさきひろこうじだ、わかるな。

是枝宅前これえだたくまえ

【是枝の娘】
あら、お父様、お早かったのですね。
もしや、第二伯林ベルリン丸ですか?
是枝これえだ大佐】
ああそうだ、一便早い船が取れた。
荷物はどうだ、届いておるか?
【是枝の娘】
昨日、届きましたわ。
飯倉いいくら逓信ていしん省の人が直々に――
郵袋ゆうたい五つでよろしいですか?
荷物はウラジミールさんが、
お父様の書斎に上げました。
是枝これえだ大佐】
よろしい。
さっそく大学の先生が
お目通しなさる。

【是枝の娘】
――お父様、
そちらのお二方も独逸ドイツから?
是枝これえだ大佐】
帆村ほむらの弟、虹人こうじん君と、
山王さんのう機関の喪神もがみ中尉だ。
是枝これえだ咲世子さよこ
是枝これえだの娘の咲世子さよこでございます。
お見知りおきを。
帆村ほむら虹人こうじん
はじめまして、咲世子さよこさん。
是枝これえだ大佐には
お世話になっております。
是枝これえだ咲世子さよこ
あら? 虹人こうじんさんとは
以前お会いしたことがありましてよ。
お忘れかしら?
帆村ほむら虹人こうじん
これは失敬しっけい
人の顔をあまりおぼえぬたちなのです。
【謎の外国人】
咲世子さよこさん、お客さんですか?
帆村ほむら虹人こうじん
ほう、外国の方ですな!
【謎の外国人】
ある日本人はロシア人と呼び、
また別の日本人は
ソビエット人と呼びます。
是枝これえだ大佐】
彼はウラジミール・グロトフ、
白系露西亜ロシア人でな、赤系に追われた
亡命貴族。うちで十年預かっておる。
帆村ほむら虹人こうじん
亡命貴族……ですか。
【ウラジミール・グロトフ】
大佐、正しくは十四年です。
お世話になって、今年で十四年です。
今では哈爾浜ハルピン商学院で、
講師をつとめるなどしています。
日本では、ここが実家代わりです。
帆村ほむら虹人こうじん
お見知り置きを、グロトフさん。
――風魔ふうま、本の方、頼むぞ。
見繕みつくろって帝大の先生に依頼するんだ。

品川駅前しながわえきまえ

【ホムンクルス】
…………
【着信 喪神もがみ梨央りお
反応増大!
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、気をつけてください!

【ホムンクルス】
……ソノ本ヲ、オ渡シクダサイ。
…………
……貴方ノ行動、
我々ノ計略ニソムキマス
独日関係ニ亀裂キレツヲモタラシマス

《バトル》

【ホムンクルス】
我々ハアキラメナイ!

《バトル》

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、こちら本部。
反応消失しました!
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
預かった本を帝大のつた博士の元へ。
博士の鑑定が必要なんだ。
帝大方面、セヒラは見られないぞ。

蔦博士研究室つたはかせけんきゅうしつ

風魔ふうまはすでに通い慣れたとも言える本郷の帝大キャンパスを訪れ、西亜細亜アジア研究室の扉を叩いた。

つた博士】
おおっ、君は……そう、
喪神もがみ君ではないか!
また何か面白そうな書を
持って来たようじゃな?
どれどれ……
ふ~む。
何れも大した稀覯本きこうぼんじゃが、求めて
いたゴエティアではないようじゃ。
奥付おくづけに日本語で書き込みがある――
これは長らく日本にあった本じゃ。
他にはないのかね?
帆村ほむら虹人こうじん
風魔、古書は僕が持参したよ、
悪かったな、お前をおとりみたいにして。
品川しながわにいたのはホムンクルスだった、
こちらの動きを補足していたんだ。
帝大にるいが及ぶのを防げた――
博士、こちらが是枝これえだ大佐が
独逸ドイツより持ち帰った古書です。

そう言って帆村ほむら虹人こうじんは、おもむろに一冊の古書をつた博士に渡した。

つた博士】
おお! これは……
これこそ求めるゴエティアであろう。
帆村ほむら虹人こうじん
ナチの肝煎きもいり、アーネンエルベも、
ゴエティアの偽典ぎてん探しに血眼ちまなこです。
風魔、帝大の警備も必要だな。
学内に妙な動きもあるからな。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
お帰りなさい! 兄さん、
虹人こうじんさん。
帆村ほむら虹人こうじん
つた博士にゴエティアらしき古書、
無事届けられましたよ。
帆村ほむら魯公ろこう
博士の鑑定が楽しみだ。
帆村ほむら虹人こうじん
帝大の警備が必要かと。
アーネンエルベもあるし、
帝大内の動きも気になります。
帆村ほむら魯公ろこう
それは早めに手を打つべきだろう。
ユリア女史じょしと話は付けられそうか?
帆村ほむら虹人こうじん
一筋縄ひとすじなわではいかないでしょうね。
独逸ドイツから帰国された是枝これえだ大佐も、
ホムンクルスに監視されていました。
帆村ほむら魯公ろこう
うむ、アーネンエルベは、
なかなかの調査力のようだな。
帆村ほむら虹人こうじん
戦闘力もなかなかです。
我々にとり、面白みのある相手です。
喪神もがみ梨央りお
実は……とは違う
微弱なセヒラの増加を、
このところよく検出するんです。
かなりの数のホムンクルスが、
この帝都に入り込んでいるのかも……
帆村ほむら魯公ろこう
連中の目的、ゴエティアだけか、
他にも何かあるのか――
探りを入れる必要がありそうだ。
帆村ほむら虹人こうじん
兄上、そういった役目は
風魔ふうまのほうが、
僕よりもずっと適任ですよ。
喪神もがみ梨央りお
そんなことを言って、
体良く兄さんにアーネンエルベを
押し付けようとしてません?
帆村ほむら虹人こうじん
ハッハッハ、それもアリかな?
でも、ユリア・クラウフマンは
風魔にご執心のようだし……
それに僕としては、
風魔にはそれ相応の期待に
応えてもらいたいのさ。
それに、帝都のあちらこちらで、
いたずらに怪人になりたがるやからも現れ、
山王さんのう機関の出番、益々ますます増えそうだ。
博士の警護、僕が受け持ちますよ。
――では、失礼します。
喪神もがみ梨央りお
虹人こうじんさんって少し、
兄には容赦ない気がします……
帆村ほむら魯公ろこう
まあ、そう言うな梨央りお
――あやつも
風魔に一目置いているからこそ、
あのような態度に出てしまうのだよ。

第二章 第一話 浜の松風

山王機関本部さんのうきかんほんぶ
帆村ほむら魯公ろこう
なんということだ!
全くけしからん!!

帝都も春爛漫らんまんツツジの花も
咲き誇る頃である。
山王さんのう機関本部――
帆村ほむら魯公ろこうの声が響く。
憤懣ふんまんかた無いといった様子である。

喪神もがみ梨央りお
た、隊長……
いったい、どうかされたんですか?
帆村ほむら魯公ろこう
どうしたも、こうしたも……
やれやれ………
第三連隊の常田松柏つねだしょうはく大佐が、
参謀本部に上申したらしい――
あろうことか玄理げんり派の署名も記して。
喪神もがみ梨央りお
玄理げんり派として、上申したんですか?
――それで、何を?
帆村ほむら魯公ろこう
連隊将兵の教育を目的として、
極秘資料の開示を求めておるそうだ。
戦計画実施綱領という論文だ。
喪神もがみ梨央りお
その論文……
セヒラが発見された年に
書かれたものですね――
帆村ほむら魯公ろこう
帝大のつた博士がセヒラを同定して、
それを待っていたかのように
参謀本部に提出されたんだ――
その論文が元で、戦も見据え、
山王さんのう機関が設立された。
当面は怪人鎮定ちんていが任務だが――
論文は柄谷がらたに生慧蔵いえぞうという京大の学者がまとめたものだが……
はたしてが見えておるのか――

山王さんのう機関の職員が一通の電報を持ってきた。
風魔ふうま宛の電報である――

喪神もがみ梨央りお
兄さんに電報だそうです。
帆村ほむら魯公ろこう
風魔に?
どこからだ?
差出人は?
喪神もがみ梨央りお
それが、不明です、
――記されていないんです。
帆村ほむら魯公ろこう
ふむ、梨央りお……
読んで見ろ。

喪神もがみ梨央りお
えーっと……
ハマカゼニ ミヤノシラユリ
ユレテマツ――
これは俳句でしょうか?
【落ち着いた声】
浜風に 宮の白百合しらゆり 揺れて待つ
――いきな句だな!
帆村ほむら魯公ろこう
虹人こうじん
戻っていたのか!

帆村ほむら虹人こうじん
その風貌ふうぼうからは想像し難いが、
魯公ろこうの歳の離れた異母弟にあたる。
虹人こうじんもまた山王さんのう機関の帥士すいしである。
軍属ながら帥士すいしとしては
風魔の先輩格だ。
その符号は、金ノ七号帥士きんのしちごうすいしという。

帆村ほむら魯公ろこう
いつ京都から?
連絡くらい入れたらどうなんだ。

帆村ほむら虹人こうじん
京都午後十一時四十五分発の夜行で、
東京に着いて、興亜こうあ百貨店に寄り、
今戻ったところです。
ところでその歌は、
何かのお誘いなのか?
喪神もがみ梨央りお
お誘い、ですか?
特務機関員にそんなことするのって、
誰なんでしょうか?
機関本部には参謀本部か、
第一連隊からしか連絡が来ません。
直接、電報が来るなんて――
帆村ほむら虹人こうじん
しかも……差出人不明だ。
これは公務発動でいいんじゃないか?
喪神もがみ梨央りお
えっ? この電報だけで公務?
そうなんですか?
帆村ほむら虹人こうじん
その俳句みたいなの、
いろいろ含みがあるよ。
それが問題なんだよ――
まず、浜風にというやつさ。
これは場所だね、海の近く――
浜の名のある場所じゃないか?
喪神もがみ梨央りお
浜の名前……
東京ですよね、横浜とかじゃなく。
――浜……どこでしょうか……
浜……
もしかして……浜松町はままつちょうでしょうか?
――あっ、浜離宮はまりきゅう
帆村ほむら虹人こうじん
そうか! でかしたぞ、梨央!
浜風は浜離宮はまりきゅうだ、宮の白百合しらゆりの宮、
まさに皇室、浜離宮はまりきゅうは皇室の管轄かんかつだ。
それじゃ、白百合しらゆりをどう読むか?
百合ゆりの季語は夏だしなぁ……
きっと別な意味があるはず――
白百合しらゆりが揺れて待つわけだから、
待つ人自身を現すのかもね。
――色白で百合ゆりのような人……
帆村ほむら魯公ろこう
それが電報の主という可能性もある。
けど、引っかけかも知れんから、
早合点はやがてんすんだな。
帆村ほむら虹人こうじん
白百合しらゆりから想像できるのは、
まぁ、普通は女だよ!
喪神もがみ梨央りお
え? 女の人?
誰か心当たりでもあるんですか?
――兄さん……
帆村ほむら虹人こうじん
どうした、梨央?
浮かない顔して……
喪神もがみ梨央りお
電報の主は女の人で、
浜離宮はまりきゅうで兄さんを待っている、
そういうことなんですね?
帆村ほむら虹人こうじん
多分、そういうことだろう。
揺れて待つというのは、
おそらく心情を現している――
喪神もがみ梨央りお
心情? 心の様子ですか?
そんなことまで織り込んで、
機関本部に電報を寄越すんですか?
帆村ほむら虹人こうじん
なぜかはわからんさ――
これ以上、詮索せんさくは無理だろう。
いっそ、誘いに乗ればどうだい?
帆村ほむら魯公ろこう
しかし、何かの罠やも知れん。
帆村ほむら虹人こうじん
それなら尚更なおさらですよ、兄上。
平気です、少し離れた場所から、
風魔の様子を監視していればいい。
喪神もがみ梨央りお
でも、あそこは皇室の離宮です。
用もなく立ち入ることは……
帆村ほむら虹人こうじん
今日は参謀本部が各界の要人を
案内するということみたいだ。
参謀長の橘宮慶和たちばなのみやよしかず親王がね。
帆村ほむら魯公ろこう
なるほど!
なら、なおさらだ、浜離宮はまりきゅうだ。
電報の主は招待客かも知れんな。
帆村ほむら虹人こうじん
僕もとある人から、さそいを受けて
いたんだが、ここの公務があるから
断ろうと思っていたのさ。
京都の報告書が後回しでいいなら、
僕が先に行って手はずを
整えておこう。
帆村ほむら魯公ろこう
うむ、仕方がない、
しっかり頼むぞ、虹人こうじん
喪神もがみ梨央りお
兄さん、浜離宮はまりきゅう京橋きょうばしの、
海軍医学校にある四探よんたんで観測します。

浜離宮入口はまりきゅういりぐち

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
今のところセヒラはありません。
もしこれがわなで、
異変を感知したら、すぐ知らせます。

【着信 帆村ほむら虹人こうじん
そのまま奥へ進むといい。
お前のことがちゃんと
監視できる場所にいる。問題ない。

【高輪の婦人】
今日、陸軍参謀がお招きですってね。
先ほど英国イギリス領事をお見かけしました。
普段静かな離宮も、
今日に限ってはにぎやかなこと。
ここだけは帝都の騒動とも、
無縁のご様子ですね。
【着信 喪神もがみ梨央りお
兄さん、
来賓らいひんとはあまり話さないほうが……
疑われて騒ぎになると面倒です。

仏蘭西フランス大使館三等書記】
この庭園は、我が国の庭園とは、
また異なったおもむきがあります。
池を囲む景観が美しいですね。
【美しい碧い瞳の女性】
日本人は自然を取り入れるのが、
とても上手なのです。

……あなたは……
――フーマ……
仏蘭西フランス大使館三等書記】
おや、お知り合いですか。
【美しい碧い瞳の女性】
ええ、がお招きしました。
私はこれで……
失礼します。
【着信 帆村ほむら虹人こうじん
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
そのまま計画を進行してくれ。

【美しい碧い瞳の女性】
――またおい出来ましたね。
謎かけのような電報、
申し訳ありませんでした。
あまり自由にならないものですから。
改めて自己紹介します――
私はユリア・クラウフマン、
アーネンエルベの研究者です。
【ユリア・クラウフマン】
せっかくです、この美しい庭園、
少し、歩きませんか?

【ユリア・クラウフマン】
私は錬金術師アルケミストとして、
ホムンクルスの研究、
続けてきました。
研究は一定の成果を収めました。
魂を持たないホムンクルスは、
それゆえに最強の兵士になるのです。
アーネンエルベは、
優生アーリア人の根拠を探る、
それを目的に設立されました。
この国のセフィラを自在に操り、
を手に入れることができれば、
神霊しんれいの世界をも支配できる――
そうした考えが支配的です。
私の研究も日本に来て進展しました。
ただ……
アーネンエルベの召喚師、
クルト・ヘーゲンの野心には、
底知れぬものがあるようです――
彼はこの国の人々を憎んでいる――
いや、世界中を憎んでいるのです。
その憎しみ、途方も無く深い……

アーネンエルベのホムンクルスです。
今、こっちへ来ます――
我らがお嬢さんフロイラインです。
この娘はフーマと戦うように、
刷り込みアプドロックがされています。
戦いを終えると揮発きはつします。

【不思議な少女】
モガミフーマ……標的……確認……
戦闘ヲ始メル!

《バトル》

【着信 帆村ほむら虹人こうじん
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラに乱れがあるが、怪人なのか?
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
何だ、新手か?
金ノ七号帥士きんのしちごうすいし、加勢できるか?
【着信 帆村ほむら虹人こうじん
いや、ちょっと手遅れです、
間に合いません!!

【不思議な少女】
戦イ……終了スル……
【ユリア・クラウフマン】
ホムンクルスには善悪がありません。
り込まれた通りに行動するのみ。
――どうか、失礼をお許し下さい。
フーマの戦い方、技を極める流儀。
憎しみや恨み、何ひとつ感じず、
またうかがえもしませんでした――
やはり私の思った通りです。
――ぜひ、これをお持ちください。
私の研究ノートです。
研究、いま道半みちなかばですが、
ホムンクルスの研究です、
お互いに発見があるはずです――
おそらく日本でも似た研究は、
すでにされているはず。
私の研究、まだ終りが見えません。
フーマ、日本と一緒に研究すれば、
相互にメリットが有るでしょう。
なかなか、素敵なこと――
そうではありませんか?
ただ、これがクルトに知れると、
やっかいです。
慎重に慎重を重ねるよう心がけます。
また、お会いできるでしょう。
今日は、ありがとうございました――
フーマ……

山王機関本部さんのうきかんほんぶ
喪神もがみ梨央りお
お帰りなさい、兄さ……
あっ!
銀河ぎんがゼットー】
やつらがホムンクルスの生成に
成功したというのが本当なら
これは大変なことになるぞ!!
連中に渡せる情報……
解読の済んだ偽典ぎてんの内容は
な~んにも問題がないっ!!
帆村ほむら魯公ろこう
帝都満洲ていとまんしゅうのことも、小出しにして、
渡してやれば良い。
連中から引き出せるもの、まだある。
銀河ぎんがゼットー】
このノートの解析こそが、
火急のよう、大火急のようである!!
帆村ほむら虹人こうじん
やれやれ、研究者というのは、
眼の色が変わった時は凄まじいな。
それにしても、アーネンエルベか……
なかなかに面白い。

帆村虹人ほむらこうじん


生年:1909.11.6 26歳

 帆村魯公隊長の年の離れた兄弟である。魯公隊長とはあまり似ていない、優美かつ中性的な容貌をしている。軍属の身分にあり、帥士「金ノ七号帥士」として山王機関で活動する。
 一方、投稿小説作家でもあり、その関係から鈴蘭女学園の女学生たちと関わりがあるようだ。喪神特務中尉に対する態度は、親しげなようでもあり、突き放したようでもあり…判断のつけにくい部分である。



対 虹人

第六章 第七話 時の砂

第五章 第三話 仮面の男

第三章 第十二話 品川宿三つ巴