第五章 第十話 浜松牡丹江セヒラの奔流

はらえの・帝都〕

御厨みくりや車夫しゃふは辞世の句をんだ。
しかし作りそこねて戻りたがっている。それを知った和宮かずのみやの思念は、自らむ句を贈ろうとするもすべを知らない。そこで和宮かずのみやの思念から句を聞き出し、再び、浜松はままつ牡丹江ボタンコウへ向かうことになった。句を届ければ、和宮かずのみやの思念は満足して、御厨みくりや車夫しゃふのアストラルを解放するだろう。それでセヒラの奔流ほんりゅうむはずである。

【着信 喪神梨央】
増上寺ぞうじょうじでは、依然いぜん
強いセヒラを観測しています。
帆村ほむら魯公ろこう
御厨みくりや車夫しゃふのアストラルがいなくなれば
セヒラの凝集ぎょうしゅうも消えるはずだ。
これ以上、帝都にセヒラが流れると、
何が起きるやも知れん。
頼んだぞ、風魔ふうま

〔浜松牡丹江ボタンコウ・北〕

帝都満洲鉄道は、さしたる妨害もなく、浜松はままつ牡丹江ボタンコウへ到着した。帝都の喧騒けんそうとは異なり、静けさを保っている。

【バール】
御厨みくりやは句が不出来ふできで、
死に切れないってことなんだニャ!
和宮かずのみやからもらった句、
早く御厨みくりやに届けるニャ!
【バールの帽子背後】
奴は何だかんだ言って、
死ぬ気なんぞこれっぽっちも、
持ちあわせておらんじゃろ。
【バールの帽子】
句がダメだからなおしたい、
そういうことだゲロ!
単なるロマンチストなんだゲロ!
【バールの帽子背後】
なぁに、弱虫なんじゃよ!
【バール】
それにしても他の隊員たち、
比類舎ひるいしゃの連中はどうなったニャ?
【バールの帽子】
二人、旅館で死んだゲロ!
そのうち死ぬ間際の思念が、
ここいらに漂い現れるゲロよ。
【バール】
思念はここじゃすぐにアストラル!
それらがまたぞろ凝集ぎょうしゅうに加わると、
いよいよ面倒なことになるニャ!
風魔ふうま
御厨みくりやアストラルのところへ急ぐニャ!
【バールの帽子】
それにしても和宮かずのみや頑固がんこだゲロ!
御厨みくりやなんか放っておけばよいものを。
【バールの帽子背後】
あれはな、事態を憂慮ゆうりょして、
御厨みくりやを捕まえておったのだよ。
そして風魔を待っておったんじゃよ!
【バールの帽子】
和宮かずのみやに捕まってるうちに、
御厨みくりやはすっかり決起けっきが失せた……
そういうことゲロな!
【バールの帽子背後】
御厨みくりやが強がるのをやめれば、
アストラルの凝集ぎょうしゅうは消えるはずじゃ。
和宮かずのみやは全部お見通しなんじゃよ!
【バール】
さ、急ぐニャ!
比類舎ひるいしゃの連中がやって来たニャ!

比類舎ひるいしゃ幹部アストラル】
革命隊長が知らせてくれたが、
すでに二名の隊員が自死したという。
きっと強力な思念が生まれただろう。
さて、私はどうしたものか……
ここ帝都ホテルは居心地がいい。
ルームサービスで葡萄酒ワインを頼んだ。
この快適さは死しては得られない――
ああ、そう考えをめぐらすうちに、
私の思念は……薄くなる気が……

比類人ひるいじん編集アストラル】
御厨みくりや車夫しゃふ先生が移られた、
谷中やなかの下宿館、花館はなのやかたと言う。
――下宿にしては不思議な名称だ。
先生が滞在される武相屋ぶそうやの部屋も、
沈丁花じんちょうげ、花にちなむ名だ。
他の部屋は大山おおやま高雄たかおなどだが……
そういえば、
沈丁花じんちょうげの花言葉は……
――不死ではなかったか!!

比類舎ひるいしゃ革命隊Wアストラル】
結局、剃刀かみそりのどいた。
予想に反し、痛くはなかった……
むしろ体が軽くなり、浮かぶようだ。
私の体は武相屋ぶそうやの二階だ、
今頃、血の海に沈んでいるだろう。
今の私は死ぬ前の私――
しかしだ、死ぬ前で止まっている、
そういう訳じゃないようだ!
なんだ、こんなことだったのか!
思念として永遠の存在になれる!
――ただし、邪魔が入らねばの話だ。
お前は私にとり異物だ、除去する!!

《バトル》

比類舎ひるいしゃ革命隊Wアストラル】
去ってくれ、もういい!
わけがわからなくなってきた!!
こんな状態で永遠に存在するのが、
果たして幸福なのか……
もうわからない!!

比類舎ひるいしゃ革命隊Mアストラル】
茶碗ちゃわん一杯の昇汞水しょうこうすいを飲んだ!
体内に焼けた鉄を流されたようで、
苦しむ間もなく、私は飛んだ!
私は思念となった!
さぁ、どこに向かえばいいのだ?
セヒラをまとい、帝都に戻る、
それで革命が起きるのだろう?
それにしても,他の隊員はどこだ?
御厨みくりや先生はまだなのか――

比類舎ひるいしゃ主幹アストラル】
すでに隊員二人が自死して、
思念を飛ばしたという。
残るは隊員四人と御厨みくりや先生だ……
先生は、思念でしか行けぬ場所に、
多大なセヒラがあると仰る。
革命を起こすに十分な量だそうだ。

比類舎ひるいしゃ革命隊Sアストラル】
昇汞水しょうこうすいを入れた茶碗ちゃわんは、
ずっと目の前にある――
死を前にして、
私には思念の高ぶりが訪れない――
むしろ昔のことを思い出し、
その思い出にひたるようなていたらく。
――私は死ねないかも知れない……

〔浜松牡丹江ボタンコウ・西〕

比類舎ひるいしゃ革命隊Kアストラル】
自死すると思念を飛ばすと言う。
思念は中界のような場所を漂う。
それが革命の力になる――
だが自死では姉さんに会えない――
姉は日光にっこうのサナトリウムで死んだ。
私が人生において死を迎えるのは、
まだ随分と先のような気がする――
悩ましいな……
自死して革命をすか、
あの世で姉に会うか――
カルモチンにベロナールに、
ヂエアールもそろえたのだが……
あゝ、続く命のなんという長さよ!!

比類舎ひるいしゃ革命隊Hアストラル】
自死して生まれた思念は、
セヒラの運び役となり、
帝都に多大なセヒラをもたらす――
御厨みくりや先生の計画が成功すれば、
帝都は無秩序状態アナーキーに陥る!
我々が直接手をくださずとも、
国家は転覆てんぷくするだろう。
さぁ、決行の時だ!

比類舎ひるいしゃ革命隊Aアストラル】
カルモチンを飲んだが……
……まだ致死量には……
……なんだか……眠く……
なって……き……た……
眠っても思念は飛ぶはずだが……

比類舎ひるいしゃ革命隊長Gアストラル】
今、沈丁花ちんちょうげの間を見に行ったが、
御厨みくりや先生、うたた寝をしていた――
あれは死を決意した顔じゃない!
――一体、どういうことなんだ?

御厨車夫みくりやしゃふアストラル】
私は……辞世の句を損じた!
――そういうの、許せないんです。
だって、ずっと残りますよ!
【バール】
風魔ふうま和宮かずのみやから預かった句、
教えるニャよ!
言うニャ、言うニャ、今だニャ!
しまじな
君と民とのためならば
身は武蔵野むさしのつゆゆとも
御厨車夫みくりやしゃふアストラル】
ああ、思い付いた!
新しい句をだ!
しまじな 君と民とのためならば~
ああ、動けるぞ、動ける!
ようし、この句をしたために、
一旦、花館はなのやかたに戻るとする!

感嘆の声を残して、御厨みくりや車夫しゃふのアストラルは消えた――
それに続きアストラルの凝集ぎょうしゅうも、やがて消え始めた――

【バール】
消えたニャ、消えたニャ!
これで帝都へのセヒラの流れ、
収まるはずだニャ!

【バール帽子】
おい、風魔ふうまさんよ、
触らぬ神にたたりなしだゲロ!
そう思うゲロね!
【バール】
なんか出たニャ。
あれは、セヒラが知るもの
きっとその全てだニャ。
【バール帽子】
セヒラは全てを含むゲロ。
ある時代、ある場所に限らない――
全部といえば全部だゲロ。
【バール帽子背後】
おいおい、もしやそいつは……
宇宙ユニバースってのか? アンタ、
宇宙ユニバースと喧嘩でもする気かい?

【バール】
ここはどこだニャ……
赤坂にして赤坂にあらず――
【バール帽子】
ゲロゲロ、ここはおそらくだ、
誰かの記憶ではないか、ゲロゲロ。
記憶がこしらえた街だゲロ。
【バール帽子背後】
俺達が出てこられるってことは、
帝都じゃないな、そうだろ、
風魔ふうまさんよ。
もしや……
ここは、アンタの記憶かもな!
【???】
風魔……
そこにいるのね……
【バール】
ニャ、ニャんニャんだ、あの声は?
女の声だニャ……
知らない声だニャ!
【???】
風魔……
私のこと忘れたの? 淑子としこよ……
――そばに来て頂戴ちょうだい
【バール】
ニャンニャン、あの声は?
淑子としこって、誰ニャン?
いい人ニャんか?
【着信 喪神もがみ梨央りお
繋がった!
兄さん、声は淑子としこ姉さんじゃない!!
まやかしよ、気をつけて!
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
淑子としこさんはお前が中学五年生の時、
肺病で亡くなった……
事実から目をそむけるな、風魔!
【???】
私は……まだ最中さいちゅうなのよ、風魔……
――ずっと……最中なの……
迎えに来て、風魔……
【バール】
そっちは、危険だニャ!
行っちゃダメニャ!!
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
風魔よ、惑わされるな!
お前は自分の記憶に取り込まれようと
しておる! 行くんじゃない、風魔!!
【バール】
こうなったら、ありったけの
アストラルを呼ぶニャン!
目には目をだニャン!
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
風魔!
気を確かに持つんだ!
惑わされるんじゃないぞ!
【バール】
呼ぶニャン、呼ぶニャン、
アストラル、たくさん呼んで、
惑わしを吹き消すニャン!
【バール帽子】
そんなことしたら、
すこぶるゲロゲロだぞ!
どんな奴が現れるや知れん――
【バール帽子背後】
ものは試しだ、やってみるだよ。
――用意はいいな、ども!

権化ごんげのアストラル】
――痛いっと思った直後、
全身が硬直しました。
その時、私は飛んだのです――
帝大工科の研究工廠こうしょうで、
私は千ボルト、四十アンペアという、
高圧電流に感電してしまいました。
こうして漂ううちに、
いろんな人が集まってきました。
電気は人を寄せるのですね――

おれは電気総長だよ。
ただの電気ではないさ。
つまり、電気のすべての長、
長というのはかしらとよむ。
とりもなおさず
電気の大将ということだ。

皆さん、電気には可能性が一杯です。
将来は、電気で声や歌を届けたり、
電気で景色を送ることもできます。
また電気は絵や文を書くなんて芸当も
いとも簡単にやってのけるのです。
二十世紀は電気の時代なのです!

変わった名だね。君は何人なにじんかね?
フッ、まぁいい、どうせわかる。
それにしても酷い虫歯だ――
この鉗子かんしには電流が流れている。
まずは二百ボルトからだ。
失神したら起こしてあげるよ――

あああ、だめです、
邪悪な思念が混ざっています!
一度、解散しないといけません!
――貴方! 力を貸してください!!
私たちを離してください!

《バトル》

権化ごんげのアストラル】
やっと、離れました……
――私の体はどこでしょうか……
まだ見つかっていないようです。
【バール】
やったニャ!
アストラルが吸い込んだセヒラは、
方々に散ったニャ!
【バール帽子】
これでもう大丈夫だゲロ。

喪神もがみ梨央りお
兄さん!
――よかった……
――あれは確かに姉さんの声でした。
亡くなったの、私が十歳の時。
兄さんは中学五年だった――
でも……どれもみんな、
兄さんの記憶からつむぎだされたもの。
だから、まやかしじゃないのね。
でも……
あのまま行ってたら、絶対戻れない。
――だから、よかった……
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
おい、風魔ふうま! 梨央りお
何を油売ってる?
早く戻ってこい!

セヒラの奔流ほんりゅうが現した記憶の世界。そこへやまいで亡くした姉の声がした――邪心は記憶のよみがえりさえも操るというのか。

第五章 第八話 アストラルの凝集

はらえの

増上寺ぞうじょうじに眠る皇女和宮かずのみや静寛院宮せいかんいんのみや。彼女をしたう参拝客の思念が一つの人格をす。そこへ過激思想の思念が合わさった――
参拝者のいくらかは、和宮かずのみやから言葉をさずかった、そう信じ込み、過激思想に染まるおそれも――
セヒラの流入阻止が火急の要であった。

帆村ほむら魯公ろこう
妙なこともあるものだ――
参拝客の残留思念が和宮かずのみやを生んだ、
どうもそうらしいな。
墓地や霊廟れいびょうにはセヒラがある、
そのつてでいくと、そこに残留思念が
加わり、さも人のように振る舞う。
いや、むしろ一等多い残留思念が、
あの場所にセヒラを招いたか――
そうも考えられるな。
それに帝都ではアナーキスト連中が、
何やら準備を始めておるようだ。
その影響も少なからずあるはずだ。
いずれにせよだ、あそこに流れ込む、
大量のセヒラを止めねばならん。
梨央りお、次の満鉄の駅はどこだ?
喪神もがみ梨央りお
しばあたりに照応するのは……
哈爾浜ハルピンの南西、つまり牡丹江ボタンコウです。
浜松牡丹江ボタンコウです!

赤坂哈爾浜ハルピンから浜松牡丹江ボタンコウに向かうべく、帝都満洲鉄道の列車に乗るも、一向に発車する気配がない――

【満鉄車掌】
前方に何やら大きなものが……
当列車の行く手をふさいでおります。
そのものを退しりぞけないかぎり、
列車はこれより進めません。
――まるで怒りのかたまりのような、
そのような様相を示しております。

時空じくう狭間はざま

比類舎ひるいしゃ幹部アストラル】
御厨みくりや先生の右腕として、
この十年、やってきた!
今、私は満ちている!
ここ新橋しんばしの帝都ホテルにて、
愈々いよいよ、無政府元年を迎えるのだ!
それにつけても、ああ、情けない!
比類舎ひるいしゃの新参どもは根性がない!
何故だ? なぜ新宿旭町あさひまちなのだ?
あんな木賃宿きちんやどの並ぶ見窄みすぼらしい街で、
破局革命の狼煙のろしを上げるなど、
私には信じがたいことだ!
もう逃げ隠れはせん!
私は奴ら腰抜けとは違うぞ。
フフフ、お前は特高か、憲兵か?
あるいは崩れ者か!
革命の邪魔はさせん!!

《バトル》

比類舎ひるいしゃ幹部アストラル】
う……
――革命、頓挫とんざか!
いや、まだある、手はあるぞ!
【満鉄車掌】
やりました!
障害が取り除かれました。
当列車、出発進行です。

〔浜松牡丹江ボタンコウ・北〕

帝都満洲鉄道の着いた先、浜松牡丹江ボタンコウ。街は廃墟のようなたたずまいを見せ、幾多いくたのアストラルたちがおぼろに浮かんでいた――

【バール】
うンニャ!
ここは帝都満洲の新しい街ニャ!
といってもちっとも
新しい感じがしないニャ……
――むしろ廃墟だニャ!
本物の牡丹江ボタンコウは、駅がこの七月開業、
街もまっさらぴんの新しい街だニャ!
去年末に図寧トネイ線が開業、
今年、牡丹江ボタンコウまで延伸えんしんになって、
八月に図佳トカ線 が予定されてるニャン!
満洲の地に鉄路は繋がるニャ!
【バールの帽子】
鉄道敷いて、言わば
陣取りみたいなもんだゲロよ!
陣地と陣地とがぶつかると、
たちまち戦争になるんだゲロ!
【バールの帽子背後】
土地にはそもそも限りがある。
誰か一人が欲張ると、
せっかくの調和が乱れてしまうのう。
【バール】
このへんは何もないから、
速いもん勝ちニャんか!
【バールの帽子】
本当に何もないのか?
地面掘ったらお宝ザクザク、
なんてことがあるかもゲロ!
【バールの帽子背後】
フォフォフォッ!
なかなか夢のある話じゃな!
まぁ土地はあるに越したことはない!
【バール】
結局、欲張りじいさんだニャ!
さて、風魔ふうま、セヒラの流れ込み、
断ち切りに行くニャ!

比類舎ひるいしゃ革命隊Mアストラル】
今、武相屋ぶそうや旅館の御岳おんたけの間にいる。
他の隊員はどうだろうか――
ついに決行の時が来た!
今、昇汞水しょうこうすい茶碗ちゃわんそそいだ。
こいつを一息に飲むことで、
思念を極大化できる――
すべては革命のためだ。
我が生命を新しい国体に捧げる!
――腐敗した世界ともお別れだ。

比類人ひるいじん編集アストラル】
御厨みくりや先生は下谷したや谷中やなかに越された。
今年、八度目だな、引っ越しは。
そして今日が革命実行の時――
いや、私は実力行使はしない、
新宿にいる六名の革命隊が決行する。
今日、帝都に何かが起きるぞ!!

比類舎ひるいしゃ革命隊Sアストラル】
死というのは昇華しょうかである。
死の直前に命は強い力を出すからだ。
その力を集めて、革命を起こす――
こう考えると戦場で死ぬなど、
犬死いぬじに以外の何者でもないと思える。
御厨みくりや先生の教えは素晴らしい!
この見窄みすぼらしいこの三畳さんじょうの宿から、
国家を転覆てんぷくさせるなんて、
ああ、胸が高鳴るではないか!
昇汞水しょうこうすい茶碗ちゃわんを前に座るだけで、
命の勢いの増すのがわかる。
その頂点を外すまい!

【寺の小僧アストラル】
おそらくどこかに身を潜めている……
稀代きだいのアナーキスト、御厨みくりや車夫しゃふ
身を潜め、思念を送っている。
和宮かずのみやしたう参拝者の思念は、
アナーキストどもの思念を、
引き寄せたに違いない――

まずはあつまった思念のかたまりを、
なんとか解体せねばならない。
御厨みくりや探しは、その後だ!

比類舎ひるいしゃ革命隊Wアストラル】
帝大の奴ら、今頃、眼を白黒させて、
泡吹いているだろう!
僕は出し抜いてやったんだ!
――破局革命、本日決行!
赤門出版会に貼紙はりがみをしてきたんだ!
僕が比類舎ひるいしゃ鞍替くらがえするとは、
奴らも想像だにしなかったろう。
どうせ奴らは財閥会社に就職する、
アナーキズムなんて茶番なんだよ!
父様、母様、僕は革命にじゅんじます。
峰子の輿入こしいれには立派な衣装を、
あつらえてやってください――
峰子は妹ながら立派な女だ。
新生なった国体で活躍するだろう。
さぁ、そろそろ決行の時だ――

比類舎ひるいしゃ革命隊Kアストラル】
死んで思念を残す――
最初、意味がわからなかった。
――それは霊魂のことですか?
御厨みくりや先生に何度も食い下がったよ。
先生は帝都の下層には思念の流通する
世界が広がっているとおっしゃる……
人は生まれた時と死ぬときに、
その思念を極大化するという。
いよいよ、革命特攻の時だ。
死して我が思念により、
世紀の革命をすのだ!!

〔浜松牡丹江ボタンコウ・西〕

増上寺ぞうじょうじの大門に相応する場所に、はたしてアストラルが凝集ぎょうしゅうしていた。まるで巨大な壁のようである。

比類舎ひるいしゃ主幹アストラル】
ん? この気配は……
またアンタか!
――もう戦うつもりはない。
我々は新宿旭町あさひまち武相ぶそう屋旅館につどう。
ここが破局革命の拠点なのだよ。
六名の革命隊員ははらを決めたはずだ!
隊員たちはこれより昇華しょうかする!
強い思念でセヒラの流れを作るのだ。
そうだよ、セヒラだ――
私たちが何も知らないとでも?
人をして怪人化させる霊的な力を、
革命に使おうと言うのだよ!

【寺男のアストラル】
あの小僧……
どうも普通じゃないな。
奴はいつからここにいる?
ここにつかえて長いが、
あんな小僧は見たことがない――
奴は見てくれは小僧なんだが、
その実、違うのではないか?
――何よりやけに訳知わけしりだ!

比類舎ひるいしゃ革命隊員Aアストラル】
カルモチンをびん半分飲んだ……
ああ、意識が……遠のく……
反面、思念はまされる!!
――けれども……
ほんとうにこれで良かったのか?
肉体を捨てて思念を残す選択が……

比類舎ひるいしゃ革命隊員Hアストラル】
悪しき心を狙う力、それがセヒラだ。
それくらい、我々も知っている。
そのセヒラを革命に使うのだ!
御厨みくりや先生の着眼点は素晴らしい!
私もここに死して、強い思念を送り、
セヒラの流れに加わろうと思う!

比類舎ひるいしゃ革命隊長Gアストラル】
ここ新宿旭町あさひまち武相屋ぶそうや旅館は、
アナーキズムの聖地となるだろう。
明日には六名の革命隊員の遺骸なきがらが……
御厨みくりや車夫しゃふ先生は何でもご存知ぞんじだ!
思念とセヒラをもちいて、
国家こっか転覆てんぷくを実現するとは!
この決死革命を決行することで、
帝都にセヒラの奔流ほんりゅうがもたらされ、
薄皮のような秩序は消滅する!
それにしても……
武相屋ぶそうや沈丁花ちんちょうげの間においでの、
御厨みくりや車夫しゃふ先生はどんなご様子だ?
先生は最後に自死すると――
迷いがしょうじてはいけない!
お前だ、お前の存在が迷いを生むぞ!

《バトル》

比類舎ひるいしゃ革命隊長Gアストラル】
車夫しゃふ先生!
この者が、先生の邪魔立てを……
私にはふせげませんでした!

革命隊のおさ退しりぞけても、なお、アストラルは凝集ぎょうしゅうを続けている。その中に御厨みくりや車夫しゃふのアストラルがいるようだ。

御厨車夫みくりやしゃふアストラル】
あなたは……特高ではありませんね。
私は一旦戻らねばなりません!
けれど、ここを動けないのです!
私を解放してください!
すればここを開きます――
やり残した仕事があるのです!!

そう言うや御厨みくりや車夫しゃふのアストラルは、
凝集ぎょうしゅうするアストラルの中にもれてしまった。

【バール】
思うにだニャ、風魔ふうま
御厨みくりや車夫しゃふは死ぬのをやめたい、
そうなんじゃニャいかニャ!
おそらくだニャ、
和宮かずのみや思慕しぼする大きな思念が、
御厨みくりやの思念を放さないんだニャ!
一度、帝都に戻り、
向こうの様子をさぐることニャ!

第一章 第十三話 帝都満洲青山

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

市ヶ谷いちがや斉斉哈爾チチハルの巨大アストラルを封じ、帝都の状態はやや安定したようである。

帆村ほむら魯公ろこう
市ヶ谷いちがや斉斉哈爾チチハルのアストラルは、
まるでセヒラのかたまりのようであった。
あれは、スタヴローギンだよ。
ドストエフスキーの悪霊、
その主人公だ。無神論者の悪人だ。
喪神もがみ梨央りお
私、読んだ事ないんですが……
小説の登場人物なんかが、
アストラルになるんですか?
帆村ほむら魯公ろこう
いや、読者、それも実に多くの読者、
その思念が折り重なって生まれた。
そう考えるほかないな。
それで、梨央りお
青山あおやまあたりのセヒラが増加中だな。
もう一度、降りてみるか、風魔ふうま
喪神もがみ梨央りお
ここに満鉄の路線図があります。
赤坂あかさかから青山あおやま方面……
満鉄に合わせてみると……新京シンキョウです。
帆村ほむら魯公ろこう
そうか、ならば、
次の行き先は、青山新京あおやまシンキョウだ。
路線が伸びるというのか……
どういうカラクリなのか、
解明せねばな!
風魔ふうま、準備はいいか。
今回も頼んだぞ。
喪神もがみ梨央りお
兄さん、油断禁物ですよ。
何が待ち構えるか、わかりません。
帆村ほむら魯公ろこう
うむ、梨央りおの言うとおりだ。
無理だけはするな、風魔ふうまよ。
依然いぜん未知の世界なのだ。

〔赤坂哈爾浜ハルピン・南東〕

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
無事に降りて行けましたか?
まずは、赤坂哈爾浜ハルピン駅へと
向かってください。
西側、青山あおやま方面への探索が、
今回の任務です。

【バール】
喪神もがみ風魔ふうま
異界もだいぶ慣れたようだニャ。
もしかして、この先西の方に
もっともっと進みたいのかニャ?
【バールの帽子】
この世界を歩いて遠くに行くなんて
ゲロゲロだぜゲロ~!
【バールの帽子背後】
まずは赤坂哈爾浜ハルピン駅の車掌に
鉄道の状況を尋ねてみるのじゃな。

〔赤坂哈爾浜ハルピン・南〕

【金満家アストラル】
もうかれこれ六年か……
あの大恐慌で全財産を失い、
私は自失した――
現世では、何をしているかって?
お人好しの慈善事業家だろうか。
けどね、私の芯はこっちにあるんだ!

【高等遊民アストラル】
いよいよだ、大いなる還流かんりゅうの時。
アラヤ湧穴ゆうけつが現れたんだ。
計り知れぬ力の奔流ほんりゅうだ!
僕はあふれ出る力を浴びて、
もっと輝くんだ!
君のようなきたない人間は失せろ!!

《バトル》

【高等遊民アストラル】
フフフ……
アラヤ湧穴ゆうけつはいくつもあるはずだ。
輝く僕が待っている!!

〔赤坂哈爾浜ハルピン・東〕

【白系ロシア人アストラル】
モスクワから満洲里マンチュリまで、
二週間もかかったな。
なにせ貨物列車だ――
ロマノフの金塊、四百トン――
といっても小分けした金貨だけどね。

【プロレタリアートアストラルK】
僕はここにただよって長いです――
大学で露西亜ロシア文学を研究して、
社会主義に目覚めました。
でも僕の実体は銀行の融資係ゆうしがかり
資本家の手先として、
借金地獄の扉を開くのです!

【満鉄車掌】
おお、あなたでしたか。
少し、困ったことになりました。
社会主義を標榜ひょうぼうする連中が、
ここに多くの思念を招きました。
プロレタリアートの連中ですよ!
連中のせいで、得体えたいのしれない
バケモノまで居着いてしまいました。

【満鉄機関士】
次なるは西へと進んだ先……
青山新京あおやまシンキョウが待ってるのに。

〔赤坂哈爾浜ハルピン・北〕

【満鉄車掌】
忌々いまいましいプロレタリアートめ!
ここに余計な社会思想イデオロギーを、
持ち込まないでもらいたいですね。
僕たちは搾取さくしゅなんてされていません。
ここでは自由なんです――
連中は現世で思うに任せないのか、
ここ帝都満洲ていとまんしゅうで勢いづこうとします。
その影響が方々ほうぼうに及びそうです――
自分たちの運動に、
この世界を利用しないで欲しいです。
ほんとうに、そう思います。

【満鉄機関士】
奴ら、力づくの構えだ。
あんた、どうする?
俺は争いごとは苦手だ、
ただ汽車を走らせたいだけなんだ。
やつら、こうして働くことすら、
罪悪だと言い張っている。
俺は使われてる労働者じゃない、
自分で好きでやってることなのに!

【プロレタリアートアストラルF】
資本家の強欲ごうよくぶりは
破廉恥ハレンチきわまりない!
奴らをのさばらせてはならない!
資本家が豊かになると国が栄える、
それは詭弁きべんに他ならない!
弱者を増やすだけだ! 許せない!!

《バトル》

【満鉄車掌】
やっつけた?
そうなんですね!
それはスパシーバ!
スパシーバ ザ フショー
というやつです!

【満鉄機関士】
あいつをやっつけてくれたのか。
これでまた汽車を
走らせることができる。

〔赤坂哈爾浜ハルピン駅〕

【満鉄車掌】
ひとまずこの界隈かいわいは大丈夫です。
――しかし、どうしてあそこまで、
執着するのでしょうか?
まぁ、私たちも好きでやってて、
これも一種の執着なんですがね。
【満鉄機関士】
さ、出発だ!
だんだん、本当に汽車を走らせて
いるような気になってきたよ!

〔青山新京シンキョウ・南〕

【着信 喪神もがみ梨央りお
青山新京あおやまシンキョウの到達、確認しました。
目的は達成しました。
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、帰還してください。

【バール】
面倒くさいアストラルを倒したぞ。
良くやったニャ。
でも、そのくらいでないと
この先へは到底とうてい向かえないニャ。
ここは新しい街、青山あおやま新京シンキョウだニャ。
帝都の青山あおやまに照応する街ニャ。
そこに満洲まんしゅうがやって来たニャ!
青山あおやま新京シンキョウが合わさってるニャ!
ということは墓地もあるニャん?
ちょっとだけ行ってみるといいニャ。
だけど、離れて見るだけニャ。
近くで覗いちゃ危ニャいの。

〔青山新京シンキョウ・北東〕

そこには不気味な大穴が口を開けていた。大穴の周囲に、アストラルたちが浮遊する。

【アナーキストアストラルY】
出現したアラヤ湧穴ゆうけつはまだ一つ。
おそらくほかにもあるはず。
全てが出現すれば、カオス到来とうらいだ。

【アナーキストアストラルA】
秩序なんて薄い玻璃はりの容れ物だ。
少しの熱湯で砕けてしまう――
ああ、その予感がしてならない!

【アナーキストアストラルH】
近くに感じるよ……
御厨車夫みくりやしゃふという人物の思念だ。
無政府主義アナーキズムの組織、比類舎ひるいしゃの代表だ。
御厨みくりやはこの帝都満洲ていとまんしゅうを利用して、
国家転覆てんぷくを計画しているようだ。
もっとも僕は部外者なんだけどね!
【バール】
うニャ~! あの穴を覗きこむニャ。
あれはアラヤ界へとつながる
奈落ならくの大穴ニャ。
あの大穴をしてアラヤ湧穴ゆうけつ
呼んでいるようだニャ!
あそこからセヒラがくんだニャ!
さあ、帝都満洲ていとまんしゅう鉄道はまだまだ
満足に進むことが出来ないんだニャ!
おまけに霧も深くなってきて、
行く手をはばんでいるニャ。
濃い霧はこの世界では、
悪いことの予感だニャ!

御厨車夫みくりやしゃふアストラル】
あなたは……警察ですか?
違いますよね、ならば同志ですか?
――私こそが革命をすのです。
プロレタリアートの連中は、
手段を知らなさすぎます――
私は求めてここに導かれました。
ここはアラヤ界からき出す
セヒラの泉です! 美しい力です。
この力は国家転覆てんぷくにうってつけです。
強いセヒラによって、
帝都は混乱のきわみをむかえるでしょう。
あなたも死して力となってください!!

《バトル》

御厨車夫みくりやしゃふアストラル】
この場に私がとどまれないのは、
なんというか残念至極しごくです。
でも、また新たな計略を立てますよ!
【着信 喪神もがみ梨央りお
大型アストラルの存在が消えました。
依然いぜん、セヒラの揺らぎがあります。
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
これ以上の滞在は危険です。
速やかに帰還してください!

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
ご苦労だったぞ、風魔ふうま
なんだか面倒くさい連中だったな。
比類舎ひるいしゃとはな……
アナーキズムを推す出版社だ。
発起人ほっきにん御厨みくりや車夫しゃふという元華族だ。
喪神もがみ梨央りお
御厨みくりや……車夫しゃふ……
車夫なんですか?
それが名前ですか?
帆村ほむら魯公ろこう
ああ、車夫のように地に足を付けて
生きるということらしいぞ。
彼はこの五年ほど潜伏しておる――
その思念が現れたわけだ。
思念は帝都満洲ていとまんしゅうでセヒラで強まり、
また帝都に戻るのかも知れんな。
それで帝都で更に強くなった思念が、
何かの思いを実現させる――
あり得ることだな。
それに、アラヤ湧穴ゆうけつというのも、
すこぶる悩ましい事象だな。
喪神もがみ梨央りお
こういうの、予断は許さない、
そう言うんですよね。
観測、継続します!!

第五章 第十話 浜松牡丹江セヒラの奔流

第五章 第八話 アストラルの凝集