第七章 第四話 新たな動き

清正公前せいしょうこうまえ

清正公せいしょうこう前を囲むようにして、新山眞にいやままことが3台の思念しねん増幅器ぞうふくきを設置した。その影響で、「結界」の中は市中から、幾多いくたの思念が集まり、怪人予備軍を招いた。怪人化の兆候ちょうこうを得て公務出動となった。

【遠い目をした女性】
渋谷橋しぶやばしから乗合に乗って、
ここまで来たんですわ――
朝からずっと声がするのですわ――
フト立ち止まる
人を殺すにふさはしい
煉瓦れんがへいの横のまひる日
昼日中ひるひなかが人殺しにふさわしいなんて、
とても近代的モダンじゃありませんこと?
【着信 喪神梨央】
セヒラ観測します……
でも波形がさだまりません。
――怪人予備軍かも知れません。

【澄んだ目をした男性】
ふとね、真理の扉が開いたんです。
ある言葉が去来きょらいしてね――
自殺しても
かなしんでれる者が無い
だから吾輩わがはいは自殺するのだ
正しく真理ですよ、真理。
自死してね、生き残った者に、
辛い思いをさせてやろとか、
そう思ううちはだめなんです。
そんな当てつけみたいに死んじゃ、
せっかく命が勿体無もったいない。
――そうでしょ?
死ぬときは少しずつ縁を切っていく、
そして最後にぽつねんと一人になり、
すーっと深呼吸して死ぬんです。
――私はだいぶ整理がつきました。
猫のリルだけが心残りでね……
まだお別れできていないんです。

【着信 喪神梨央】
セヒラ観測します――
物凄く妙な波形です。
経過を見てください。
【猫憑き】
ニャー、あんたはここで何するニャ?
おいら、猫の千次郎せんじろうニャ~
リルなんてハイカラな名前、
おいらには縁がないニャ。
この人、おっきな隙間、拵えてニャ、
今にも何かにかれそうニャ。
おいらがふさいだニャ!
今日は早めに風呂にでも行くニャ!
【着信 帆村魯公】
猫め、核心かくしんを突いておるな!
憎しみをたぎらす者より、
心に空隙くうげきを持つ者のほうが、
に深くかれてしまうようだ。
もっと猫がたくさんおれば、
いいのににゃ!

【虚ろを見やる男性】
僕はね、言葉にいざなわれてここへ来た。
本郷ほんごうからずっと歩いてね、
今ここに着いたところさ!
青空はブルーブラツク
三日月は死のうたを書く
ペン先かいな
太陽は命、月は死……
僕の感性に寸分すんぶんたがわずはまるんだ。
――美しいじゃないか、君!

【武装SSヴェルケ一等兵】
この者らは我が方で処置します。
貴方たちはお引き取りください。
これはフォス大佐殿の命令です。
アーゲーカーで詳しく調べます。
ドイツ大使館地下に、
アーゲーカー連絡室があります。

【執事型ホムンクルス】
――標的ツィール
破壊ツェストゥルンク――
開始シュタート

《バトル》

【着信 喪神梨央】
クルト・ヘーゲンの執事型、
何体も帝都にはなたれたみたいですね。
日本人の拉致らちに関しては、
外交筋に連絡を入れておきます。
山王さんのう機関ではどうにもできません。
【着信 帆村魯公】
八号帥士はちごうすいし
渋谷しぶや練兵場に向かってくれ!
歩三の召喚小隊に変事が起きている!
【着信 喪神梨央】
公務電車で目黒に向かってください。
鉄道連隊の演習列車が大崎にいます。
それで原宿まで進めます。

代々木よよぎ練兵場〕

それは異様な光景だった――
練兵場には兵が倒され横たわり、将兵と民間人が鳥合うごうしているのだ。

【第三連隊山田二等兵】
え、演習の準備をしていたところ、
突然、連中がなだれ込み……
阻止そしするもこの有様で――
【第三連隊中村二等兵】
今日は夜行演習が予定されて……
――ああ、脚の感覚が……
【着信 喪神梨央】
歩兵第三連隊第八八大隊、
第三八中隊第八小隊の、
夜行演習が予定されています――
わずかにセヒラを観測します。
十分、注意してください。

一五市にのまえごいち
喪神もがみ中尉!
――我が召喚小隊は解散なった。
新たに軍属をまじえて組織する。
名付けて暁光ぎょうこう召喚隊だ!
この隊は霊異りょういす者を集め、
帝都の怪異を鎮定ちんていするばかりか、
日本の国力を外に示すものだ。
鬼龍きりゅう隊長不明の今となっては、
私がひきいるほかないのだ。
さいわい、召喚術において、
素養そよう高き連中が揃っている。
貴様も隊に加わりたいなら、
考えなくもないぞ。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ急上昇です!
セヒラが異常値を示しています!
大変危険です、退避してください!!

〔時空の狭間〕

【バール】
バーンと飛び出すバールだニャ!
またすごいセヒラ異常だニャ!
三人が同時に戦ったりしたニャ!
そのせいだニャ!
【バールの帽子】
そりゃセヒラ異常も起きるゲロよ。
近いところで三人同時に戦うなんて、
無謀むぼうに決まってるゲロゲロ!
ん?
何だゲロ、どうしたゲロ、
じいさんが何か言いたそうだゲロ!
【バールの帽子背後】
第三連隊の召喚小隊が解散になって、
それをよく思わない連中がいるのう。
連中、アストラルになって、
帝都満洲を彷徨さまよっておるぞ。
逆恨さかうらみする奴もいるじゃろうて。
【バールの帽子】
なーんだゲロ、そんなことかゲロ!
出来損ないのアストラルなんぞ、
ぶっ飛ばしてしまうゲロね!
【バールの帽子背後】
現世でだめな奴ほど、
こっちでは強くなったりするんじゃ。
気ィ付けることじゃよ。
【バールの帽子】
噂をすればか?
――何か来るゲロ!
【バール】
あれは……
――強いニャ、強いニャ、
すっごく強いニャ!
月詠つくよみ麗華れいかの思念だニャ!
【バール】
呼んでみるニャ、呼んでみるニャ!
【バールの帽子】
何が起きても知らないゲロよ!
【バールの帽子背後】
軽い気持ちで、
思念を呼んだりするんじゃないぞ!
【バールの帽子】
知らないゲロよ!
【バール】
呼ぶニャ!
――麗華さーん、
こっちこっち、こっちだニャ!

【月詠麗華】
私はぜんぜん至っていません――
いくら戦っても、戦っても、
豪人たけとさまに教えをうまでは、
出来上がらないのです――
東雲しののめ流の奥義……
きっと私にいでくださいまし。
風魔ふうまさまのなされる帆村ほむら流も、
根は東雲しののめ流であるはず――
風魔ふうまさまと同じところに立てる、
そう思うとぞくぞくしてきます!
鈴代すずよさんがお認めになるか、
それが気がかりですわ――

品川図們しながわトモン第二街区〕

【元召喚小隊H一等兵アストラル】
陸軍省から通達つうたつがあって、
我が召喚小隊は解散になった。
歩兵として部隊に残るか、
あるいは除隊するかを選べという。
――自分、答えなど出ません!
【元召喚小隊A上等兵アストラル】
召喚小隊、解散になったんだ!
せっかくを降ろして戦う、
その術を習得したのに!
いまさら一般歩兵なんかに戻れない!
僕は除隊を選ぶ、絶対に。
そして暁光ぎょうこう召喚隊に参加するんだ!
【元召喚小隊M曹長アストラル】
鬼龍きりゅう大尉が姿を消してから、
小隊はまとまりがなくなった。
あの月詠つくよみ麗華れいかという女は、
大尉から奥義をさずかろうと狙う。
当分、大尉は姿を見せないだろう。
【元召喚小隊F中尉アストラル】
鬼龍大尉はおそらく京都の師団。
そう考え十六師団に連絡するも、
連中、だんまりを決め込む――
歩一の連中、
何か知っているはずが、
おくびにも出さない!
【元召喚小隊D大尉アストラル】
独逸ドイツのアーネンエルベも、
一枚岩ではないな――
あそこのヘーゲン召喚師、
フォス大佐と反目しているようだ。
フォス大佐の来日以来、
手下の召喚師どもが躍起やっきになって、
新参の召喚師と戦っている。
しかし……
連中の手下は人にあらずとも聞くが、
歩一の連中なら詳しいのだろうか?

品川図們しながわトモン第四街区〕

【元召喚小隊C二等兵アストラル】
S中尉は朝から焼酎しょうちゅうを、
浴びるように飲んで寝ている――
小隊の解散が気に食わないんだ。

【元召喚小隊Y二等兵アストラル】
S中尉、第三六小隊長の頃、
新兵を自殺に追い込んでいる――
難癖なんくせをつけては懲罰ちょうばつの繰り返し。
ある日、茶をこぼした懲罰ちょうばつとして、
腕立て伏せ一六三七回もさせたんだ。

【バール】
びょびょ~ん、バールだニャ!
酷い上官もいたもんだニャ!
腕立て伏せを何回だって?
噂のそいつが来るニャ!
そうとう怒りまくってるニャ!
現世では閑羅瀬しずらせみき中尉殿ニャ!

【元召喚小隊S中尉アストラル】
鬼龍きりゅう大尉は負け犬だ!
この大事な局面で雲隠れするとは、
情けないにも程がある!!
それに――
歩三の腑抜ふぬけ連隊長め!
麻布あざぶ連隊区のくそ司令め!
陸軍省の穀潰ごくつぶし将官どもめ!!
参謀本部の――
うぬぬ……気配を感じる、感じるぞ!
何者だ、貴様!
この俺をわらいに来たか!!

《バトル》

【元召喚小隊S中尉アストラル】
くそ! くそ! くそ
どいつもこいつも、
勝手なことばかりしやがって!!

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
やっと探信たんしんできました!
品川図們トモン、安定しています。
帰還してください。

〔山王ホテルロビー〕

ホテルロビーでは、多加美たかみ宮司ぐうじ鈴代すずよと話し込んでいた。月詠つくよみ麗華れいか霊異りょういを現し、鬼龍きりゅう豪人たけとからの奥義おうぎ伝授でんじゅを狙うとあって、鈴代すずよも新たなる決意をしたようである。

【如月鈴代】
風魔ふうまさん、私、決めました――
麗華さんが霊異りょういを現して、
今、とても不安定な状態です。
もし鬼龍さんから東雲の奥義おうぎを継ぎ、
新しい東雲しののめ流が興るとすれば、
今の私たちでは太刀打たちうちできません。

東雲しののめ流は鈴代の祖母の代で絶えている。古式帰神法は神々を降臨させ、眼前に現すのだという。

【多加美宮司】
鬼龍大尉は古式東雲しののめ流を極めた、
そう伺っております――
【如月鈴代】
大尉が京都の師団においでの頃です。
でもほどなくして流派を閉じました。
すぐさま大尉は独逸ドイツへ――
古式ではセヒラを用いないのです。
降ろすのもではなく神々です。
それを改めたのが帆村ほむら流なのです。
帆村流ではを指揮する、
そういう術武じゅつぶに進化させました。
もし今、古式がおこれば……
【多加美宮司】
帆村流に対抗し得る力となる――
そういうことかも知れません。
【如月鈴代】
を現前に現し、
市民を襲わせるということも……
そうなってしまっては手遅れです。
【多加美宮司】
今、正しく古式東雲しののめ流を再興すれば、
色々の懸念、払拭ふっしょくできます。
【如月鈴代】
私、東雲しののめ流を再興します。
麗華れいかさんより早く古式東雲しののめ流をおこし、
対抗できるよう、準備を整えます。

【九頭幸則】
風魔、通報があったぞ!
広尾橋ひろおばしに仮面の男が現れた――
こちらは?
【多加美宮司】
宮司ぐうじ多加美たかみです。
東雲しののめ流の神器である鏡を授かりに、
京都に向かいます。
【九頭幸則】
それじゃ、東雲しののめ流を……
【多加美宮司】
そうです、東雲しののめ流を再興します。
そのためには神器の鏡がいるのです。
鏡は京都の神社に収めてあります。
【如月鈴代】
京都の方には私から、
伝えておきます。
少し時間をください――
【多加美宮司】
わかりました。
いつでもてるようにしておきます。
【九頭幸則】
梨央りおちゃんに公務電車の手配を頼む。
風魔、広尾橋だ、向かってくれ。
【如月鈴代】
古式東雲しののめ流がおこれば、
風魔さんに継いでいただきたく、
存じます。

広尾橋ひろおばし

【着信 帆村魯公】
おかしいぞ、
今さっきしばの方で
仮面の男が目撃された。
丁度ちょうど、省線田町たまち駅の近くだ。
どうなってるんだ?

【仮面の男】
ワハハハハハ~
愉快ゆかいなことになってるな!
こいつらは前菜だ!
この女は一週間も市内を彷徨さまよった。
銀座で妙な上映会があったそうだ。
この男は国家を転覆させようと、
韮山にらやまなんとやらに従い、
あらぬ妄想を膨らます――
ここでお前と交えれば、
セヒラが繋がる――
いい按配あんばいにな!

《バトル》

【仮面の男】
ワハハハハハ~
いいぞ、その調子だ!
私は次に向かう!!

【着信 新山眞】
仮面の男の目的、わかりました!
私の作った結界を、
打ち破ろうとしているのです!
田町たまち駅前と広尾橋ひろおばしを底辺として、
市内に大きな三角形が描けます。
その頂点は――
五反田ごたんだ方面です!
結界に重なる逆三角を描き、
セヒラの流れを作るつもりです。
聞いたことがあります――
ツアイヒヌンの術と言います。
訳すと絵を描くということですが。

新山にいやまの結界に重なる逆三角形は、田町たまち駅前、広尾橋ひろおばしを結び、その頂点、大崎あたりに位置していた。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
結界に重なる逆三角形ですが、
大崎にその頂点を結びます!
五反田ごたんだまで、
公務電車で移動してください。

向かった先は大崎広小路おおさきひろこうじであった。そこには第3セヒラ探信儀たんしんぎがある。三探は独逸ドイツ駐在武官、是枝これえだ大佐邸に建つ。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
三探に強力なセヒラ反応です。
ただし――
仮面の男とは異なる波形です。

是枝邸これえだてい前〕

【月詠麗華】
風魔ふうまさま――
私……どうすればよいか……
あの仮面の男から、
誘いを受けているのです――
ともに力を極めようと。
私は純粋に戦うよろこびを求めている、
ただそれだけなのに、
そうさせてはいただけません――
私をしたう人たち、私を求める人たち、
私を退しりぞける人たち――
幾多いくたの思いが私をめぐるのです。
私……
どうすれば……
風魔さま……
【着信 喪神梨央】
今、歩一に出動要請しました。
衛生班も同行します。
到着まで現場を保全ほぜんしてください。

程なくして歩一のトラックが到着した。月詠つくよみ麗華れいかは歩一にて保護することとなり、連隊本部に運び込まれた。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい――
麗華れいかさん、無事に保護されたんですね。
【帆村魯公】
それにしてもだ、
仮面の男、愈々いよいよ放置はできんな。
麗華嬢まで引き込もうとするとは!
【喪神梨央】
仮面の男が兄さんや怪人と戦って、
セヒラの道が出来たと、
新山にいやまさんは仰っていました。
それであそこに麗華さんが来た……
あのとき、セヒラ球に似た波形、
大崎方面で確かに観測していました。
【九頭幸則】
すると、月詠つくよみさんは、
セヒラ球に乗って移動しているのか?
――まるでセヒラの申し子みたいだ。
【喪神梨央】
幸則ゆきのりさん!
今はセヒラ球の波形、
帝都のどこにも観測しませんよ!
鈴代すずよさんも古式東雲しののめ流の再興、
決心されたわけだし……
――私たちのそなえは十分です。
【九頭幸則】
ならいいんだけど――
それはそうと、フォス大佐が、
是枝これえだ邸を訪問したらしい。
あの二人はどういう関係なんだ?
【帆村魯公】
腹の探り合いだよ。
駐独武官としてナチに通ずるのは、
当然の責務だからな。

仮面の男は何を思い月詠つくよみ麗華れいかいざなうのか。古式東雲しののめ流の再興を決めた鈴代すずよの胸中は――
さまざまな思惑おもわくが夏の帝都に錯綜さくそうしていた。

第七章 第三話 ユーゲント

京都発の夜行で東京に戻った鬼龍きりゅうは、東京駅に待機した歩一の将兵らに連れられ、白山はくさんにある秘密集会所になかば幽閉された。鬼龍の術武伝承を希求する月詠つくよみ麗華れいかとの、距離を稼ぐ措置そちであった。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
麗華さんは、渋谷の青山せいざんホテルと、
清正公せいしょうこう前を行き来しているようです。
でも、その姿を見た者はいません。
歩一の兵ら百人が監視しているのに。

【新山眞】
よろしいですか?
【喪神梨央】
新山にいやまさん!
結界はうまく働いていますか?
思念増幅器で作った結界です。

【新山眞】
品川、目黒、一の橋に設置しました。
この三角形で清正公せいしょうこう前を包囲して、
なんとか収まっています。
セヒラ球が清正公せいしょうこう前に現れても、
そこで思念をることは不可能、
なにせ雑音だらけですからね!
それで肝心の鬼龍きりゅう大尉は、
第一連隊が白山はくさんかくまうのですね。
【九頭幸則】
ええ、歩一秘匿ひとくの集会所です。
住所も電話番号も明かしていません。
――勿論もちろん、俺も知らない……
【喪神梨央】
あれ?
幸則ゆきのりさん、いつの間に出たんですか?
【九頭幸則】
出た?
まるで、ぼっかぶりみたいだな――
最前からこの本部にいたよ!
【喪神梨央】
ええ?
幸則さん、いつの間に、
京都の言い方、覚えたんですか?
【九頭幸則】
――いや……
最近の流行りだよ、流行り!
そんなことより聞いてくれ、風魔よ。
歩一の御荷鉾みかぼ大尉と話したんだ。
大尉は鬼龍と昵懇じっこんの中だった――
鬼龍は機根きこんを備える者は誰か、
しきりと悩んでいたそうだ。
――機根きこんというのは……
【帆村魯公】
機根きこんとはこれまた自惚れだな!
――機根きこん……仏の教えを受ける者の、
器量や素養のことだ。
【九頭幸則】
奴が鈴代すずよに犠牲をいたのは、
その機根きこんを確かめようとした?
――そうなんですか?
【帆村魯公】
わからん!
はばかりなく手を尽くすのだろう。
それで、中尉――
先の御荷鉾みかぼ大尉だが、
――失踪しっそうしたぞ。
【九頭幸則】
ええ?
いつのことですか?
【帆村魯公】
昨日、隊舎の屋上にいたまでは、
確認されておるが――
その後、姿を消した。
【喪神梨央】
お話中、失礼します。
【九頭幸則】
どうしたんだい?
またぼっかぶりでも、出たかい?
【喪神梨央】
山王さんのうホテル前で、
ユリアさんが戦っています!
【帆村魯公】
何?
ユリア嬢が?
【喪神梨央】
はい!
セヒラも急速に高まっています!
【九頭幸則】
行こう、風魔ふうま

〔山王ホテル前〕

ホテル前ではユリアが奮闘ふんとうしていた。ちょうど右翼、左翼にメイド型を展開し、執事型を迎え撃つ格好だった。

【ユリア・クラウフマン】
フロイライン、応戦お願い!
来たわよ!
【メイド型ホムンクルス】
応戦オウセン……了解リョウカイシマシタ!
【ユリア・クラウフマン】
よくやったわ、フロイライン!

【ユリア・クラウフマン】
どうしたの?
――シュタインがまだ馴染なじまないのね……
【九頭幸則】
危ない!
右手だ、ユリアさん!!
【ユリア・クラウフマン】
フロイライン、お願い!
なんとか防いで!

【ユリア・クラウフマン】
――フロイライン……
後できちんとするわ。
フーマ――
おそらくヘーゲンよ。
すべての使いと戦うように、
執事型ホムンクルスに、
刷り込みアプドロックをしたみたいなの。
彼はすごく警戒している――
何にそんなに警戒するのかしら?
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
再びセヒラ急上昇です!

【執事型ホムンクルス】
――排除アンシュルスする……
戦闘開始カンプビゲン!!
【帆村虹人】
卑怯ひきょうだろ、二人がかりは!

【ユリア・クラウフマン】
コウジン……
あなた――
離れた相手と戦う、
合焦ツイール能力を身に着けたのね……
【帆村虹人】
ははは……
アーネンエルベは科学と魔術の巣窟そうくつ
いろいろあるわけですよ!

【クルト・ヘーゲン】
我が方から、
色々と盗んでいるようだな。
【帆村虹人】
あなたは可哀想なほどに、
自分を憎んでいる――
自分を憎み、人を憎み、
世界を憎んでいる。
憎しみがあなたの力だ、違うかな?
【クルト・ヘーゲン】
自分を憎むのは誰しも同じだろう。
その感情に気付かない振りをする、
それで善人ぶっているのだ。
【帆村虹人】
僕は気付いているさ!
僕は自分が憎い、憎くて仕方ない!
だが、その向こうに救済きゅうさいがある。
【クルト・ヘーゲン】
さとりでも開いたのか?
フフフ、まだ自分を知らないようだ。
合焦ツイールすれば力のおとろえることをな!!
【帆村虹人】
何?

うう……
不意を突かれた……
――風魔ふうま……
【クルト・ヘーゲン】
ホムラの術とはその程度か!
この町でレーベンクラフト型の、
ホムンクルスを見た。
お前たちが扱うのか?
私の許可なく――
なぜレーベンクラフト型を、
この町に放つのだ?
【ユリア・クラウフマン】
サンノウにレーベンクラフトを、
扱う権限はないわ。
【クルト・ヘーゲン】
ほう!
さてはお前が連中に入れ知恵したか?
私のあずかり知らない
レーベンクラフトなど、
ただの阻害要因そがいよういんに過ぎない!
阻害要因そがいよういんは除去しなければな。
お前も同感だろう、モガミフーマ!

《バトル》

【クルト・ヘーゲン】
フフフ……
お前の成長、目覚ましいものがある。
――だが……不思議だ……
私の中に……
まだ力は残されている――

【賞賛する声】
クルト、ヘーゲン!
ククック、ククック~
郭公かっこう時計が正午を告げます――
【クルト・ヘーゲン】
――何の話だ?
貴様、いったい誰だ?
【賞賛する声】
伏目がちの少年クルトは、
バーデン国家青年団に入隊した。
さぞかし誇らしかったであろう!
のりの効いたシャツ、それにネクタイ。
すべてお前が初めて身に着けるもの。
着古した羊毛のシャツしか知らない
伏目がちの陰気な少年が、
一気に凛々りりしくなったのだ――
【クルト・ヘーゲン】
うるさい!
私の何を知るのだ!
【賞賛する声】
私はお前の全てを知っている。
如何いかにお前が素晴らしいかも!
【クルト・ヘーゲン】
素晴らしいだと?
――何を根拠にそう言うのか?
【賞賛する声】
求めよ、さらば与えられん。
尋ねよ、さらば見出さん。
お前は小さな恋をした。
青白き少年ハンスに恋をした――
【クルト・ヘーゲン】
……
【賞賛する声】
ハンスの白くて長い脚に、
細く華奢きゃしゃな指に、腕に浮く血管に、
お前はすっかり魅了された。
ハンスの一つ一つがお前をがした。
あの夏の日のことを、
お前は忘れない――
フルトヴァンゲンにある、
ドナウ源泉近くの小川で、
お前たち二人は水浴をした――
ハンスとは別組のお前は、
その時初めてハンスの裸を見た。
すぐにお前はさとった!
ハンスの背中に縦横無尽じゅうおうむじんに走る、
赤黒い鞭打むちうちのあざを見て!
ハンスの胸にられた、
巨大な十字架の刺青いれずみを見て!
お前は全てをさとったのだ!!
ハンスは父親のなぐさみものだったと。
かつてお前がそうであったようにな!
【クルト・ヘーゲン】
黙れ!!
ハンスは強い男になった!
【賞賛する声】
そうだろう、素晴らしいことだ。
ハンスはナチ党突撃隊員となり、
数々の功績を上げたからな!
共産党員を殺害して手柄を立てた。
だがハンスが憎んでいたのは女だ。
売春婦ばかり六人を殺害した。
いつも手口は同じだった――
売春婦の腹に深々とナイフを立て、
鮮やかな十字架を描くのだ。
【クルト・ヘーゲン】
――奴は道を間違えたのだ。
去年、親衛隊にて粛清しゅくせいされた。
私はサディストではない。
女を殺すなど微塵みじんも考えない。
――私は……
【賞賛する声】
そうだなクルト。
お前は女など憎んではいない、
憎んでいるのはお前以外の全てだ!
お前の名を呼ぼう……
クルト・ククックカッコウ・ヘーゲン!

クルト・ヘーゲンはレーベンクラフト型を討ち倒す狩りヤークトの準備に入った。ユリア・クラウフマンは、メイド型のシュタインを調整するという。虹人こうじん風魔ふうまは赤坂料亭街にいた。

一ツ木通ひとつぎどおり

【帆村虹人】
どうも僕は、
大勢での戦いが苦手なようだな――
一ツ木通にセヒラがあるって、
梨央りおは言うけど――
どうなんだい?
【着信 喪神梨央】
気を付けてください!
セヒラ濃度、高まっています!

【赤坂署の巡査】
往来おうらいの邪魔をする者らがいる、
その通報あって来たわけですが――
この者らに不審尋問ふしんじんもんしたわけですが、
皆、一様に何日も帰っていないやら、
うそぶくわけです――
幻燈会げんとうえの客に一致した言動でして、
引こうか否か、検討しておりました。

半蔵門はんぞうもんの客】
有楽町ゆうらくちょう荘月会館しょうげつかいかん出てから、
もう何日もほっつき歩くのよ。
おかしいわね、ちっとも眠くないし、
お腹もかないのよ――
変でしょ、アタシ、変でしょ?

【レーベンクラフト六八三】
雷……ドナーシュトゥルム!!
ヴィント!!
半蔵門はんぞうもんの客】
はぁ~
これで……帰れますわね……
家にね……

【帆村虹人】
あいつ、お前を捕捉ほそくしたぞ!
ホムンクルスは一旦捕捉ほそくすると、
解除できないんだ――
戦うほかない、風魔!
【レーベンクラフト六八三】
――目標ダスツィル……目標ダスツィル……
――排除!アンシュルス 排除!アンシュルス

《バトル》

【レーベンクラフト六八三】
凍るフリーレン……凍るフリーレン……
トート! トート! トート
【帆村虹人】
これは……
――アーモンドの匂いがする。
ホムンクルスの香腺こうせんだ――
まるで梅の実のようだな。
今の奴が落としたのだろう。
香腺こうせんを硫酸にひたすと、
模様が現れるんだ。
それで記録を読み解くことができる。
アーネンエルベで試してみるよ。
今の奴がどんな命を受けていたか、
それが判ればいろいろはっきりする。
風魔……
距離を置き、僕は自分が見えた。
――そのように思うんだ。
そして何が大切かも判った。
これは自信というやつかもな――
僕の人生になかったものだ。

一ツ木通ひとつぎどおり

近富士ちかふじの女中】
今日は朝から大わらわね――
丸々、貸し切りなのよ。
何でもナチの偉いさんが来るとかで。
酒屋の西陣屋にしじんやなんか、
シャトーワインの注文受けて、
帝都ホテルに買いに行ったわよ。
一本、三十円もするんですって!
割ったら大変!
さぁ、錦屋にしきやでお菓子買わなくちゃ。

【ゲルハルト・フォス】
君がそうかね……
我がヘーゲン一等召喚師を、
きたえてくれているというのは?
実に心強いことだ、
モガミフーマ!
――楽にしたまえ。
今日はアカサカのレストランで、
晩餐会ばんさんかいがあるという――
ところで君たちは
既に聞き及んでいるだろうか?
我が方に新しい組織が誕生した。
新型ホムンクルスの開発、
セフィラの工業化などを手がける。
例によってやや長い名称だがね――
アーリア人とドイツの超越した歴史・文化がヨーロッパを実存化する――
頭文字はAGKDEA、
最初の三文字でアーゲーカーと呼ぶ。
ミュンヘンにあるナチ党本部、
褐色館ブラウネスハウスの地下を本拠とする――
この国、日本とも、
益々ますます密な繋がりを持てることを、
大いに期待するばかりだ。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
銀座で怪人同士が戦っていると――
山王下さんのうしたに公務電車を回します。
急行してください。

〔銀座四丁目〕

【着信 喪神梨央】
セヒラ、更に上昇です。
これは執事型です、狩りの状態です!

【執事型ホムンクルス】
狩りヤークト――
標的ツィール……
捕捉エルファスン――

《バトル》

祇園丸ぎおんまる
後ろから来るとはね。
でも大丈夫だよ、
僕が倒した――
君にはお礼をしなくちゃいけない。
僕たちの仲間を殺した医者、
君がたおしてくれたからね。
可哀想な西京極丸にしきょうごくまる――
あの子はシュゼンジの冷たい池に
ゴミのように捨てられた。
西京極丸にしきょうごくまるに酷いことをした奴に、
何とかして報復したい――
でも僕たちにはできないんだ。
僕たちは憎しみという感情を、
ほとんど持たないからさ!
代わりに君がやってくれた。
犯人のヘルマンは本性しで、
監獄かんごくの壁をひたすらなぐるという。
自分の手足の肉をみちぎるので、
すべての歯を抜かれたんだ――
さて、そろそろ行かなくちゃ。
次に会うときは、
君と一戦まじえることになるかも。
その時はよろしくね!

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい!
兄さんを助けた少年、
新型のホムンクルスでした。
【ユリア・クラウフマン】
ミュンヘンのアーゲーカーで開発され、
早速日本に連れてこられたのです。
【喪神梨央】
それって……
フォス大佐と一緒にですか?
【ユリア・クラウフマン】
何体かはレーベンクラフト型と共に、
先遣隊せんけんたいとして来日していたようです。
そのうち一体が殺害された――
【喪神梨央】
殺されたのは……西京極丸にしきょうごくまる……
変わった名前なんですね。
【ユリア・クラウフマン】
キョウトの地名だそうです。
あの子たちは十二石で動きます。
今のところ最も優秀です。
ユーゲント、それが型名です。
レーベンクラフト型は、
フォス大佐の護衛で来ました。
【喪神梨央】
それじゃ……
ユーゲントは何の目的で日本へ?
【ユリア・クラウフマン】
アーゲーカーが性能を試したいのでは……
あそこ、父の助手だった人が、
今は所長に収まっているのです――
ユルゲン・フェラー――
それが助手だった人です……
【喪神梨央】
ユリアさん、何か心配事でも?
【ユリア・クラウフマン】
……
いえ……
少し考えさせてください――

ナチSS親衛隊大佐が来日した。
町は歓迎かんげいムードであったが、隠しようのない不安が随所ずいしょ滲出しんしゅつしていた――

第七章 第二話 カグツチ

ユリアとアーネンエルベに向かった。ホムンクルスについて詳しく話したい、ユリアがそう申し出たのである。

〔アーネンエルベ極東分局〕

【ユリア・クラウフマン】
イズの少年、断定はできませんが、
ホムンクルスの可能性はあります。
ホムンクルスは体の組成が、
一体ごとに異なるのです――
共通するものもあります。
皆、シュタインを内蔵しています。
シュタインはホムンクルスの
判断力をつかさどっているのです――
このメイド型は四石です。
シュタイン自体は改良版を使っています。
こちらの執事型は八石です。
この型にはクルト・ヘーゲンが、
指示を出しています。
シュタインの他に香腺こうせんという器官があり、
さまざまな指示を記録します。
その記録を刷り込みアプドロックと呼ぶのは、
もうご存知ですよね。
刷り込みアプドロックによってこの子たちは、
命令どおりに動きます。
でも、少年の形のホムンクルスは、
まだ見たことがありません。
十二石のホムンクルスを作る、
そういう話は聞いていますが……
【着信 帆村魯公】
どうだ、話は聞けたか?
沈静化しておったカグツチ騒動、
また再燃しておるようだ。
青山に大勢がもうでておる――
皆、カグツチから生まれた、
月詠つくよみ麗華れいか嬢が目当てだという。
セヒラもちらほらある――
ちょっと見てきてくれんか?
【着信 喪神梨央】
鈴代すずよさんが向かいました。
青山通、明治めいじ神宮前じんぐうまえ電停で、
落ち合ってください!
【ユリア・クラウフマン】
コウジンも巡視パトロール中ですが、
今日はボクトウ地区です。
アオヤマとは逆ですね。
私は研究室へ行きます――
【武装SS隊員】
ハイル――
【ユリア・クラウフマン】
ここではいいのよ。

〔青山街路〕

風魔ふうまの向かった青山通りは、渋谷方面に向かう人がそぞろ歩く。普段寂しい通りが人であふれていた――

【着信 喪神梨央】
今のところセヒラは観測しません。
ただ予兆はあります、
注意してください。
【赤坂署の巡査】
何の人出かと署ではいぶかっています。
青山通は別名陸軍通りくぐんどおり……
何か行軍でもあるのですか?
【如月鈴代】
この人たちが……
まさか、麗華れいかさんの元へ?
――そうなんでしょうか?
【九頭幸則】
おい、風魔ふうま
公務電車くらい出せよ!
中尉殿御一行は市電で――
梨央りおちゃんも水臭いな!
鈴代すずよもそう思うだろ?
【如月鈴代】
遅くなってごめんなさい、風魔ふうまさん。
市電、赤坂見附みつけから乗ったのですが、
青山一丁目で終点なんです――
【九頭幸則】
通りに人が多くて危ないからって、
電気局から指令が飛んだらしい。
公務電車なら平気だったのにな!

【薄荷売りの少年】
おいしい薄荷はっか水だよ~
一口スッキリ薄荷はっか水だよ~

【新聞売り】
号外だよ~
号外号外~
カグツチ再臨~
月詠つくよみ様ご降臨~

【九頭幸則】
月詠つくよみ様って……
つまり麗華れいかさんのことだな!
【如月鈴代】
麗華れいかさん、青山せいざんホテルね。
部屋を取ったって聞きました。
ホテルはこの先ですわ。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、注意してください。
セヒラ観測しました――
もっとも基本的な波形ですが。
【九頭幸則】
基本的って何だよ?
緩い怪人ってことなのか?

【逓信局の職員】
お前たちか!
――ええ、そうなんだろ?
【九頭幸則】
落ち着け!
何があったんだ?
【逓信局の職員】
娘を返せ!
糸子いとこを返せ!
【如月鈴代】
娘さん、どうかなさったの?
【逓信局の職員】
あんな妙な新宗教にそそのかされて、
四日も家を空けたままだ!
お前たちが元凶だろ!
【九頭幸則】
娘さんは青山ホテルに行ったのか?
【逓信局の職員】
ホ、ホテルだと?
ますます、許さん!!

《バトル》

【逓信局の職員】
糸子~糸子~
どこにいるんだぁ……
【如月鈴代】
麗華れいかさんが……
彼女が会派をひきいているのですか?
【九頭幸則】
いや、回りが騒ぐだけだ。
鈴代すずよ風魔ふうま、青山ホテルへ急ぐぞ!

青山せいざんホテル〕

【九頭幸則】
すごい人出だな――
【如月鈴代】
麗華れいかさん、いるのかしら……

【本郷の学生】
僕はね、いつにない可能性を感じる。
何しろカグツチときたもんだ、
近代モダンカグツチは何をもたらすのか――
本郷ほんごうからね、足代あしだいはずんで、
今日で三日も通い詰めだ。

【小石川の婦人】
良人おっとの母の妹の姉の息子の嫁……
つまり私ですけれど――
思うところあり、参っております。
近頃、頭の中で声がしますの――
菊子の女学校時代のおねえさまの妹、
つまり私を呼ぶのです。
参りなさい、参りなさいと……
ですから、参っております。

【着信 喪神梨央】
わずかにセヒラを観測します――
ですが、脅威にはなっていません。
【如月鈴代】
麗華れいかさんが霊異りょういを現すと、
周りに影響を及ぼすのかも……
風魔ふうまさん、幸則ゆきのりさん、
私、ここで麗華れいかさんを待ちます。
【九頭幸則】
そういや歩三でも、
麗華れいかさんを持ち上げる動きがある、
そんな話を聞いた――
そろそろ歩三の召喚小隊、
演習の始まる時間だ。
風魔ふうまのぞきに行ってみよう!
じゃ、鈴代すずよ
麗華れいかさんによろしく!
【如月鈴代】
手に負えないことがあったら、
山王さんのうの本部に連絡を入れます。
お二人とも、お気を付けて。

鬼龍きりゅうが率いた歩三召喚小隊。その中に月詠つくよみ麗華れいかあがめる一派があり、予断よだんを許さない状況だという。風魔ふうま九頭くずは、演習が行われている、歩三本部へと向かった。

〔第三連隊本部〕

【九頭幸則】
見たところ、問題なさそうだな――
【常田松柏】
何やら良からぬうわさがあるが――
歩三はいたって平静だ。
歩一の方はどうかね?
【九頭幸則】
問題確認されておりません!
怪異に屈することなく、
励精れいせいこれつとむるにあります!
【常田松柏】
よかろう――

その時であった。
一陣の冷たい風が吹いたかと思うと、連隊本部の前庭に影が射した――

【叫ぶ声】
あっ! あれは――
【裏返った声】
カグツチ様だぁぁ~
【感嘆する声】
おおお! 月詠つくよみ様だ!!
【むせぶ声】
はぁぁぁ~
ついにご降臨こうりんあそばされたぁ~
【九頭幸則】
おい、風魔ふうま
――セヒラ球だ……
いや、カグツチか――違う!

【九頭幸則】
風魔ふうま
連中、怪人化したんじゃないか?
【常田松柏】
鵜野森うのもり少尉!
しずまれ!
――少尉! 聞こえんのか!!
【召喚小隊鵜野森うのもり少尉】
私を呼ぶのです――
早く参れ、早く参れと……
小隊の兵ら、皆、月詠つくよみ様をあがめ、
互いに引き合ったのです――
私は愈々いよいよ成るのです――
月詠つくよみ世界粛清しゅくせい親衛隊長に!
弱小極東小国など殲滅せんめつせんとす!
【常田松柏】
少尉! 少尉!!

《バトル》

鵜野森うのもり月詠つくよみ世界粛清しゅくせい親衛隊長】
列強国に並び立とうとする貴様らは、
やがて灼熱しゃくねつの炎に焼かれるだろう――
末代まで禍根かこんを残すのだ!!
貴様らの行く末は、
黒いきりに閉ざされている――
その闇はどこまでも深い!
【九頭幸則】
大佐――
ご無事でいらっしゃいますか?
【常田松柏】
ううう……
――今のは、何だ?
【九頭幸則】
怪人同士の戦いが繰り広げられ、
大佐もそれに巻き込まれたのです。
【着信 喪神梨央】
観測したところ、
大佐も一瞬だけ怪人に……
怪人になった模様です。
セヒラ球ですが、
白金しろかね方面へ向かいました!
【九頭幸則】
一瞬だけ、大佐も怪人に……
――そんなことがあるのか……
大佐、隊の衛生兵を呼びます。
動かないでください。
【常田松柏】
た、大尉は……まだか?
鬼龍きりゅう大尉だ……
京都をつとのしらせが……
【着信 喪神梨央】
鬼龍きりゅう大尉が上京するのですか?
幸則ゆきのりさん、事実確認をお願いします。
日程を調べてください!!
【九頭幸則】
了解した!
風魔ふうま、俺はここに残る。
お前はセヒラ球を追ってくれ!

清正公せいしょうこう前〕

第三連隊本部上空に現れたセヒラ球。そのせいか、隊の将兵らは怪人化した。セヒラ球は白金しろかねに向かったという。

【新山眞】
この場所はカグツチの聖地として、
あがめる市民も出始めています。
勿論もちろん、カグツチなどではなく、
邪悪マルボーナなセヒラの塊です――

【歓喜する声】
おいでです! おいでになりました!
月詠つくよみ様! あああ、感激ですわ!!

【驚嘆する声】
おお、何ということだ!
まさに、ここはまさしく聖地だ!

【祈る声】
お願いします、お願いします、
どうかお聞き入れくださいませ~

【新山眞】
あの中では帝都中の思念が流通し、
中にいる月詠つくよみ麗華れいかなる者は、
全てを見通せています――

【新山眞】
このまま思念を集め続ければ、
月詠つくよみ麗華れいかなる人物は――
まさしく全知全能チオスチオカイチオポーボの存在へと――
そこで急遽きゅうきょこしらえました――
思念増幅アンプリファード器です。
こいつで思念を増幅アンプリファードすれば、
セヒラ球の中ではうるさく響き合い、
何が何だかわからなくなる――
【着信 喪神梨央】
新山にいやまさん!
思念を増幅して聞き取れないように
するのですね!
【新山眞】
その通りです、聞き取れません!
さぁ、思念増幅アンプリファード器の、
スイッチを入れますよ!

そう言うや、新山にいやまは、手にした通信機のような装置の、スイッチを入れた。

【月詠麗華の声】
ここは母胎なのです――
そう教わりましたわ。
――誰にかというと……
それはわかりません。
私の中に響いてくるのです――
神さまのお声かも知れません。
この帝都にはいろんな考えが、
あるのですわね――
興味深く拝聴はいちょうしました。
大変、いきどおる方がおいでですわ。
新文民社で穏健派を標榜ひょうぼうする方――
憲兵に捕まって大変なことに!
でも私が探しているのは、
もっと別のことなのです――
それがちっとも聞けやしません。
豪人たけとさまは京都においでなのですね。
私、豪人たけとさまから継がねばと思い、
いているのですが……

京都は遠すぎるのですわ!
母胎にはもっと栄養が必要――
どうもそのようですわ。
先程は混乱してしまいましたわ。
いっそ、人をそのまま吸い取ると、
そうなるようですわ!

【着信 喪神梨央】
鬼龍きりゅう大尉が京都をつと――
詳細は調査中です。
麗華れいかさんはまだ知らないようです。
【新山眞】
鬼龍きりゅう大尉は……狙われていますか……
月詠つくよみ麗華れいかに……
――ここは手を打たねば!

うわぁぁぁ~

〔時空の狭間〕

【新山眞】
こう何度も飛ばされると、
慣れっこになりますね――
いや、なりません!
おや、イオか来ますよ……
アストラルです!

【満鉄列車長の使いアストラル】
見ませんでしたか?
【新山眞】
見るって、イオをですか?
【満鉄列車長の使いアストラル】
列車長が困っています。
重たいのがいて列車運行できないと。
【新山眞】
重いペーザ
それはぺ……ペ……言葉が出ない……
――重量のことですか?
【満鉄列車長の使いアストラル】
気分的に、重いのです。
――それは憤慨ふんがいする者ですよ。

【穏健派Fアストラル】
どうやら私はめられたようです。
あの興亜こうあ貿易の社員です、
私が尾行した相手です。
彼は内務省の建物に入ったのです。
彼は私が疑っていることを、
はなから知っていたようです。
それで私が尾行するようにした――
ある日、新文民社の集会があり、
彼も参加していました。
彼は手帳を机上に置いたまま、
ほんの五分ほど中座ちゅうざしたのです。
手帳には私の名前がありました。
その手帳がわなだったのです。
私が盗み見するよう仕向けたのです。
【新山眞】
その人物はスパイだったんですね?
――それで、あなたは今、
どこにいるのですか?
【穏健派Fアストラル】
私は今、一ツ橋の憲兵司令部の地下、
談話室という汚れた部屋にいます。
壁の茶色い染みは血液ですね――
先程、今日、三本目の注射を打たれ、
私の意識は遠のいていきます――
反して思念はかように明瞭めいりょうなのです!
あなたもあの男と同じ臭いがします。
――組織の人間の臭いです!
【新山眞】
喪神もがみさん、注意してください!
話し合える様子はないです。
【穏健派Fアストラル】
ああ……遠のいていく……
部屋がぐるぐる回り始めた……

《バトル》

【穏健派Fアストラル】
目の前にいきなり光が射して……
田舎のおっかぁが見えた!
ああ、おっかぁ~おっかぁ~
おっかぁの顔が……
ゆがんで……色まで変わって……
――歯がボロボロ抜け落ちる!!
【新山眞】
何とか障害はのぞけたようです。
――ところで、彼をめた人物、
調べる価値はありそうですね。

【満鉄列車長】
ありがとうございました!
重いのがなくなり、運行開始です。
当列車、青山新京シンキョウ品川しながわ図們トモンを結ぶ、
青品線最終となります。
【新山眞】
私たちは品川しながわ図們トモンに向かうのですね?
向こうにはどんなアストラルが、
いるのですか?
【満鉄列車長】
よくはわかりませんが、
新しく接続した場所では、
新しいアストラルを見かけます。
では、当列車、
品川しながわ図們トモンに向けて出発します。

時空の狭間を出発した帝都満洲あじあ号は、一路、品川しながわ図們トモンを目指した。果たしてそこは荒涼こうりょうとした場所だった――

品川しながわ図們トモン第一街区〕

【新山眞】
何とも荒涼こうりょうとした場所ですね。
アストラルもいますよ。
――連中、新しいのでしょうか?
【着信 喪神梨央】
品川しながわ図們トモンに思念増幅器を、
設置しますか?
安全な場所を探しましょうか?
【新山眞】
いえいえ!
ここでそんなことしたら大変です。
今、装置は切っています。
喪神もがみさん、アストラルは正直です。
歩三のアストラルがいれば、
鬼龍きりゅう大尉の予定を尋ねてみます。
大尉はいつ東京に着くのか――
歩三に乗り込んだところで、
絶対に口外しないでしょうから。
品川しながわ図們トモンに来られたのは幸いです。
歩三のアストラルさえ捕まえれば、
月詠つくよみ麗華れいかさきんじられます!

【新文民社構成員Tアストラル】
青山の拠点に憲兵が踏み込んだ?
ふん、そうなることはわかっていた!
韮山にらやま儀礼ぎらいは当局から金をもらい、
内部情報を渡していたに違いない!
【新山眞】
韮山にらやま氏が音頭おんどを取って、
帝大の文民社から分離したんですね?
【新文民社構成員Tアストラル】
穏健な活動を目指してね。
でも、そこに当局が付け込んだ。
内側から瓦解がかいさせる魂胆こんたんなんだ!
こうなったら仲間をつのって、
新たな会派を作るしかない!
【新文民社構成員Eアストラル】
新文民社が分裂しないよう、
結束を呼びかける構成員もいる。
興亜こうあ貿易の影森かげもり愁一しゅういちさんだ。
影森かげもりさんは新文民社の名簿を作り、
皆に結束を呼びかけるようだ。
文民社の名簿も同時に作ると言う。
【新山眞】
名簿なんか作ると、
かえって危ないのではないですか?
【新文民社構成員Eアストラル】
そ、そうなのか?
――考えても見なかった!
本名と住所を教えてしまった!

【新文民社構成員Dアストラル】
新文民社を離れて、
カグツチさまの霊異りょういに頼る、
そういう動きもあるようです。
【新山眞】
アナーキズムの精神は、
どうなるのですか?
【新文民社構成員Dアストラル】
カグツチ様から新たなる力を得て、
それを国家転覆てんぷくに利用する、
そういう考えのようです――
私もこれから白金しろかねへ……
カグツチ様にお願いしに行きます。
【新山眞】
アナーキスト連中も、
霊異りょうい魅了みりょうされていますね。
歩三のアストラルを探しましょう。

品川しながわ図們トモン第三街区〕

【新山眞】
おそらく歩三のアストラルでしょう。
尋ねてみます――
こちら、第三連隊召喚小隊ですか?
――みなさん、おそろいで……
【召喚小隊S一等兵アストラル】
ええ、自分、小隊一等兵、
そこに同軍曹、あちらに同大尉です。
【新山眞】
それではお尋ねしますが、
貴隊の鬼龍きりゅう大尉は、
いつお戻りになりますか?
【召喚小隊S一等兵アストラル】
K隊長……ですか?
――今更戻っても……
【新山眞】
小隊はどうなりましたか?
【召喚小隊S一等兵アストラル】
今、自分は隊舎の二階から、
中庭を見下ろしておりますが……
もう隊は持ちません!
皆、あのカグツチ様とやらに――
あれこそ求めていた力だと、
部隊を抜ける者もいます。
陸軍刑法第七十五条、逃亡罪――
ゆえナク職役ヲ離レル者ハ処断しょだんス!
――火急かきゅう処断しょだんすべし!!

【新山眞】
お尋ねします軍曹、
隊長の鬼龍大尉は戻られましたか?
【召喚小隊T軍曹アストラル】
隊長が戻られたから、どうなる?
召喚小隊などとしきりと喧伝けんでんするが、
その実、三割ほどは怪人が混ざる。
【新山眞】
ええ!
本当ですか――
かねがねうわさはありましたが……
【召喚小隊T軍曹アストラル】
古株のUはまったき怪人だった――
先日、とうとう魂をわれた。
まともな召喚師などおらんのだ!
【召喚小隊M大尉アストラル】
隊舎の屋上からカグツチが見える。
あれは清正公せいしょうこう前のあたりか――

【新山眞】
大尉、鬼龍隊長は、戻られますか?
【召喚小隊M大尉アストラル】
おお、K大尉か!
この一週間、京都の山端やまばなホテルだ。
――だが今日は泊まらん。
【新山眞】
え?
それでは、今日、東京に……
【召喚小隊M大尉アストラル】
そう聞いている。
夜一二時前の夜行だそうだ。
K大尉、奴は悩んでいる――
審神者さにわとしての自分、
召喚師としての自分……
二人の自分が互いを排除する……
修練を積むほどにみぞが深まる、
どちらかを手放すべきなのではと――
【新山眞】
それは……術を封印する……
いや、むしろ奥義を伝授する、
そういうことでしょうか?
【召喚小隊M大尉アストラル】
くわしくは知らないが、
そのようなことだ――
問題は誰に伝えるかだ。
奴の悩みはそこにあるのだ。
機根きこんもって術を継ぐ者があるのか……
【新山眞】
喪神もがみさん、鬼龍きりゅう大尉の上京、
今晩の夜行とのことです。
明日朝には東京に着きます。
増幅器、あと二台あります。
三台の増幅器を使い、
清正公せいしょうこう前を囲む結界を張ります。
さぁ、急ぎましょう!
帝都に戻るのです!

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい!
兄さん、帝都満州の様子ですが、
少し変わってきたみたいです。
人の名前を語るアストラルが、
出始めているようですね。
新山にいやまさんが気付かれました――
その新山にいやまさん、あの機械を抱えて、
大急ぎで出ていきましたよ。
品川駅前、目黒駅前、一の橋電停と、
セヒラ球の浮かぶ清正公せいしょうこう前を囲む、
三角形に機械を設置するそうです。

新山は3台の思念増幅器を用いて、清正公せいしょうこう前を囲む結界を張るという。

【喪神梨央】
それで思念増幅の結界を作って、
雑音だらけで思念を確かめられない、
そういう仕組みだそうです――
東海道線の時間ですが……
京都今夜一一時四五分の夜間急行、
東京着が明日朝九時三〇分です。
朝、八時、東京駅構内に、
歩一の二個小隊が待機し、
鬼龍きりゅう大尉を確保するとのことです。
白山はくさんの方に歩一の集会所があります。
そこは電話も通じていなくて、
勿論もちろん、住所は非公開です。
鬼龍きりゅう大尉の身柄、
しばらくそこに留め置くようです。

月詠つくよみ麗華れいかの現す霊異りょうい如何程いかほどのものか、市民の多くはそれを知らない。しかし宙に浮くセヒラ球がすべてを語る。その霊異りょういにあやかりたい組が続出している。アナーキストの一派、それに第三連隊、召喚小隊も月詠つくよみ麗華れいかあがめ立て始めた――

第七章 第一話 少年の死

〔山王ホテルロビー〕

この8月、ペルセウス流星群が見頃となる。最もいちじるしいのは11日から14日にかけてだ。そして幸運の惑星、木星が天秤てんびん座へ――
木星が天秤てんびん座に入ると、人々の動きが活発になると言われている。帝都にはどのような影響が現れるであろうか。

【喪神梨央】
遅いですね……
新山にいやまさんの弟さん、和斗かずとさん――
もう約束の時間、過ぎたのに。
伊豆いず一碧いっぺき湖で、
少年の死体が上がったんです――
それが怪人じゃないかって……
――和斗かずとさんは疑っています。
怪人について話を聞きたいそうです。
一碧いっぺき湖って伊豆いずですよ。
淑子としこ姉さんが入院していた、
サナトリウムの近くです――

【新山和斗】
遅くなって、済みません!
いろいろ調べることがあって――
【喪神梨央】
新山にいやま和斗かずとさん――
話が聞きたいって……
【新山和斗】
ええ、ちょっとした裏取りです。
【喪神梨央】
私が尋ねていいですか?
一碧いっぺき湖の死体が怪人だなんて、
どうしてそう思うんですか?
【新山和斗】
いやね、まだ決めたわけじゃない。
でも、すごくにおうんですよ、
普通の事件じゃないってね!
【喪神梨央】
一碧いっぺき湖で死んだ人、少年なんですね。
【新山和斗】
ええ、少年です――
十歳から十六歳くらいの少年、
死後二週間ほど経つそうです。
胸が真一文字にかれていて、
それが死因だろうと言われています。
――でも不可解ふかかいな点が……
【喪神梨央】
どんなことなんですか?
【新山和斗】
血が全部抜かれているんです。
それに……
内臓のつくりが人のそれではなく、
見たこともない臓器もあったと――
そういうことなんです。
【喪神梨央】
えええ!
それで、怪人だと?

【帆村魯公】
何だか騒がしいが、
どうしましたかな?
【新山和斗】
人は怪人になると、
体のつくりが変わってしまうのか、
そういう話を聞きたくて――
【帆村魯公】
残念ながら、
ここはその方面の専門外ですな。
【新山和斗】
でも怪人におくわしいのでは?
――日々、向き合っておいでだ。
【帆村魯公】
向き合ってなどおりません、
鎮定ちんていするのみですぞ。
誠実なる者の胸中きょうちゅうおだやか、
怪人なる者の胸中きょうちゅうは……
――して知るべしですな!
【新山和斗】
なるほど……
取材はまだやめませんよ、
何しろ引っかかる事件ですからね!

【帆村魯公】
風魔ふうま、公務の時間だ。
――巡視パトロールに出てくれ。
【喪神梨央】
今日はまだ通報もありません。
どの辺りにしましょうか、巡視パトロール
【帆村魯公】
追ってすぐに連絡を入れる、
梨央りお、公務電車の手配だ。
【喪神梨央】
あっ、はい!
承知しょうちしました!

魯公ろこうからの指示で、一碧いっぺき湖で見つかった、少年の遺体が運ばれた戸山とやま陸軍軍医学校へ。近辺にセヒラの反応もあるという――

〔陸軍軍医学校〕

【着信 帆村魯公】
ブンヤの奴、あながち見当外れではない。
少年の遺体、所見しょけんでは謎だらけだ。
五臓ごぞう六腑ろっぷ、てんでデタラメで、
とても人とは思えない、
そういうことみたいだ――
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ、上昇しています。

【猟奇的な医者Λラムダ
あの標本を奪おうとする、
そういう不穏ふおんな動きがあるようです。
軍がここを警護するのですか?
何にせよ、あれは最高の標本です。
願ってもない収穫です!
――誰にも渡してはならない!

【猟奇的な医者Ωオメガ
私はね、あの少年は、
怪人として生まれ変わった、
そう見ているのですよ!
不可思議ふかしぎな内臓もそうだし、
ぜんたい、脳がどうなっているのか、
早く解剖かいぼうしてみたいです。

【猟奇的な看護婦Θシータ
死んだ子は人造人間だと思います――
海野十三じゅうざという作家の一篇いっぺんを、
この間読んだばかりです。
人造人間失踪しっそう事件といいます――
砧村きぬたむらの科学実験所が襲われて、
飛田とびた博士と人造人間が消えるんです。
その人造人間は怪力の持ち主で、
木に登ったりはりにぶら下がったり、
メートルへいに飛びついたりするんです。
人造人間が飛田博士を殺して、
逃走したに違いない――
警察はそう推測します。
結局、人造人間は軍が兵器にすべく、
兵器しょうに運び入れていたのですが。
襲撃は世人せじんの目をあざむ偽装ぎそうだった――そういうお話ですのよ。
あの子もきっと、
どこかで作られたんですわよ!
人造人間に違いないです!!

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ、引き続き上昇中です!

【猟奇的な医者Φファイ
聞いてください!
僕はね、感嘆したのですよ!
あんなに美しく脱血するとは!
まさに言葉を失うとはこのことです。
ライニンガー瀉血しゃけつ法に違いない――
ライニンガー医師は四人の少年から、
合わせて十二リットルもの血液を抜いた、
それも生かしたままやった……
少年たちの肌は、
白蝋はくろうのようになったそうです!
僕も試したいのです!
その権利はあるはずです!

《バトル》

【猟奇的な医者Φファイ
メスの刃が
とぎばなしを読むやうに
ハラワタの色を
うつして行くも
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
辺りのセヒラは消えました。
お話があります――
山王さんのう機関本部に戻ってください。

〔山王機関本部〕

【帆村魯公】
実はな、風魔ふうまよ、
この半年の間に二人の少年が、
相次あいついで不審死をげておる――
音羽おとわ西尋常小学校四年、内藤ないとう佐吉さきち
二人目は厨橋くりやばし尋常小学校、
五年の幹田みきた貞三郎ていざぶろうだ。
二人とも胸をかれていた。
死体は水中に投棄されている――
その手口が似ているのだ。
だが血は抜かれておらん……
警察では関連付けて、
捜査そうさを始めるとのことだ。
【喪神梨央】
隊長、兄さん……
そのことで新山にいやまさんがおいでです。
【帆村魯公】
またブンヤか!
【新山眞】
いえ、です。
【帆村魯公】
おう、新山にいやま君。
――それで……
エスペラント語は相変わらずか。
【新山眞】
ええ……不思議スチボーラスな気分です――
私はセヒラ球に飲み込まれた時、
実に様々なものに触れました。
【喪神梨央】
麗華れいかさんも言っていましたね――
すべてが見通せたって。
【新山眞】
ある一人の医者クラチーストの思念に触れました。
それはおぞましい体験でした――

医者は強い思念を飛ばしていたという。少年の薄く白い胸をメスでき、まだ暖かい中に指を入れるというものだ。

【新山眞】
見たわけではありませんが、
その医者クラチーストは触れた感触からすると、
おそらく外国人フレムドゥーロです――
【帆村魯公】
それで……
その思念はセヒラ球の中でしか、
確認できないのだな?
【新山眞】
ええ、普通はそうですが――
その同じ思念が現れたのです。
歪振器わいしんき反応レアクチーオしました。
それでお邪魔したのです。
【帆村魯公】
そうか!
なんとかという機械は、確か……
【喪神梨央】
高輪たかなわ延吉エンキツです。
以前、そこに置きました。
【帆村魯公】
よし、風魔ふうま
物は試しだ、向かってくれ。
高輪たかなわ延吉エンキツだ!

〔高輪延吉〕

【久作読者アストラル】
すれ違つた白い女が
ふり返つて笑ふ口から
血しした
いつまでもこうしていたいのに、
余計な邪魔が入った!
奴らだよ、
何をここに来てまで騒ぐのだ!
猟奇歌に浸っていたいのに……
昨日までと思うた患者が
まだ生きて
今朝の大雪みつめて居るも
【穏健派Tアストラル】
我ら、新文民社、
ここにきて危機にひんしている!
韮山にらやま儀礼ぎらい先生が危ない!
――まさに襲撃を受けようと……
なんとかしないといけない!
【穏健派Wアストラル】
青臭い帝大生連中とはたもとを分かち、
こころざし大きく旗揚げしたのだが、
嗚呼ああ、もうだめだ!
新文民社の活動拠点、
青山の自潤会じじゅんかいアパートは、
憲兵らに包囲ほういされている!
【穏健派Kアストラル】
頼まれて欲しいんだ――
自潤会じじゅんかいアパートを囲む憲兵に、
怪人が含まれている。
そいつを倒してくれないか。
【穏健派Tアストラル】
何者かが怪人をけしかけて、
韮山にらやま先生を襲おうとしている!
【穏健派Wアストラル】
帝大の連中が、
我々を潰そうとしているのか?
とにかく手を貸してくれ!
【穏健派Kアストラル】
憲兵怪人を排除してくれれば、
ここを通しても良い。
これは交換条件だ――
【着信 新山眞】
セヒラ歪振器わいしんきは、
継続ダウリーゴして思念波形を伝えます。
アストラルはそれを知って、
条件コンディーチョイを出してきたのだと思います。
まずは青山に向かってください。

新文民社のアストラルが条件を出してきた。まさに自潤会じじゅんかいアパートを襲撃せんとする、憲兵怪人を倒せば先へ通すということだった。

自潤会渋谷じじゅんかいしぶやアパート〕

佐々木ささき憲兵少尉】
公務、ご苦労様です!
韮山にらやま儀礼ぎらい自潤会じじゅんかいアパートの、
事務所にいると思われます。
奥田おくだ憲兵少尉】
本日の出動は聞いていませんでした。
差し当たり、不審な動きがないか、
監視しているところです。
米村よねむら憲兵少尉】
これまで、月に二度、
車中より監視三十分という目標、
今日になって逮捕たいほせよとは……
ややせないのであります!

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ急上昇しました!
注意してください!
神呪かんのう憲兵大尉】
諸君!
監視、ご苦労であった!
これより韮山にらやま儀礼ぎらい逮捕たいほに移る。
諸君は退避してよろしい。
特務中尉!
貴様も退避せよ!
むむ……
さては韮山にらやまくみしたか!
ならば仕方なし、排除する!
私はめいに従うまでだ!!

《バトル》

神呪かんのう憲兵大尉】
何故だ?
――命令は……どうなっている?
【着信 帆村魯公】
新文民社の連中も、
これで通してくれるだろう――
【着信 新山眞】
聞いてください――
犠牲になった小学生ですが、
二人とも胸腺トロンポステーロを抜かれていました。
胸腺は成長ホルモンを分泌する、
子供にとっては不可欠な器官です。
遺体の胸がかれていたのは、
胸腺を抜くためのようです――

〔高輪延吉〕

【穏健派Fアストラル】
新文民社には学生ではなく、
勤め人が多くつどいます。
その中の一人に興亜こうあ貿易という、
貿易会社の社員がいます。
彼の会社は麹町こうじまちにあります。
彼は他に見ないほど没個性ぼつこせいなのです。
私はそれが居心地悪いほど気になり、
一度、退勤を待って尾行したのです。
半蔵門はんぞうもんから十一番に乗って桜田門さくらだもんへ、
その後、彼は内務省のビルへと、
入っていきました。
内務省とどんな関係があるのか、
いぶかしく思いながらも、
私はその場を去ろうとしました。
その直後、四人の男が私を取り囲み、
私は車に引き込まれたのです――
車中で目隠しをされ、
腕に注射を打たれました――
爾来じらい、こうして漂っているのです。
また来てください……
いろいろ調べておきます。
【着信 帆村魯公】
犠牲になった子供が通った小学校に、
保健医として勤務した医者がいる。
独逸ドイツ人のオットー・ヘルマン医師だ。
現在、ヘルマン医師は、
四谷塩町よつやしおまち尋常小学校に勤務する――
何と、お前たちの母校だぞ!

【着信 新山眞】
セヒラ歪振器わいしんきによって、
明瞭めいりょうになってくる波形オンフォルモがあります。
――それがヘルマンの波形オンフォルモです!
今、物凄く明瞭めいりょうになっています。
近くにアストラルはいませんか?
【着信 帆村魯公】
風魔ふうまよ、ヘルマンの思念を、
なんとしても揮発きはつさせるんだ!
吹き飛ばしてしまえ!
そうすることで、
ヘルマンは自分を保てなくなる。
自分の意志で行動できなくなるのだ!

【ヘルマン医師のアストラル】
私は自分が早老症プロジェリアではないかと、
ひたすら疑い、案じていた。
ひ弱な二十代の頃だ――
検査を繰り返すも疑念は晴れない――
そんなある日、私は導かれたのだ。
それは失血死した少年の死体だった。
埋葬まいそうするのが惜しいくらいの死体だ。
私はメスを取り、少年の胸をき、
まだ温かな胸腺を取り出した……
それをワインで煮て食べたよ。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
物凄いセヒラです、
最大の警戒をしてください!
【ヘルマン医師のアストラル】
この国に来て私は僥倖ぎょうこうに恵まれた。
快活で素晴らしい少年たちよ――
だが、一人目の少年は仕損しそんじた――
恐怖に目を開いたまま死んだのだ。
その子の胸腺は、
青く萎縮いしゅくして苦い味がした。
舌触りも悪かった――
しかし二人目は大成功だった。
私たちはポートワインに酔い、
あの子は安らかに眠ったのだ――
少年たちの命のエッセンスが、
私に生きる使命を与えてくれる。
遺憾いかんながら、
君たち大人の胸腺には興味がない、
そう、興味がないんだよ!!

《バトル》

【ヘルマン医師のアストラル】
この間の少年には……
――胸腺がなかった!
どうしてだ?
――体を開くと、そこは異様な様子、
それに……
あの匂い……
アーモンドの匂いがした!
私は……混乱の極みにいる!
――だめだ、自分をたもてない……
これ以上、無理だ!!
【着信 新山眞】
思念はきれいになくなったようです。
――消し飛びました!

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい!
ヘルマン医師の身柄、
四谷よつや署の特高課が確保しました。
【新山眞】
ヘルマンは自分のコールポを――
コールポをひたすら痛めつけ始め、
全身血まみれサンガサラートンだそうです。
拘束具でなんとか抑えているとか。
【喪神梨央】
まだ邪悪さを残すんですか――
怪人化しないか心配です。
【新山眞】
特高に捕まっている限り、
大丈夫ボーネだと思います。
【喪神梨央】
私たちの母校ですよ……
ヘルマン、そこにいたんです、
考えるとゾッとします!
【新山眞】
これはフラートから仕込んだ話ですが……
ヘルマンの足取りから、
ある場所が浮上しました――
【喪神梨央】
どこなんですか?
【新山眞】
銀座にあるという美少年ベーラユネーツォ倶楽部です。
【喪神梨央】
美少年……倶楽部……
【新山眞】
ヘルマンはその倶楽部でも、
少年クナーボを物色していたようです。
それにしても――
【喪神梨央】
一碧いっぺき湖の少年、そこの倶楽部の?
――そうなんですね!
【新山眞】
そうです。
他にもたくさんいます、倶楽部には。
――皆、同じビザーゴだそうです。
【喪神梨央】
それで……なんですね……
隊長は参謀本部に詰めています。
今回の件で何か情報がないかと。
兄さん、
もしかすると、ホムンクルスじゃ……
ユリアさんに聞いてみましょう!

第六章 第十三話 ゆりかご

突如とつじょ白金しろかねの上空に現れた光球――
人々からカグツチと呼ばれるようになり、またたく間にうわさは帝都中に広がった。新聞が書きたて、ラヂオが中継をし、清正公せいしょうこう前には物見遊山ものみゆさんの市民が、連日、押し寄せるようになった。

【ため息混じりの女の声】
ああ、カグツチさま……
私の願いを聞いてくださいまし!
【祈るような男の声】
勝負に出るんです、カグツチさま!
満洲で一旗ひとはたげるんです、
私の背中を押してくだされ!!
【甲高い子供の声】
なんか、昨日と違うよね!
大きくなってないか……
辛坊しんぼう、お前、どう思うんだよ!
【感極まった女の声】
あああ……カ・グ・ツ・チさま……
あなたさまを見ていると、
私は、私は……ああああっ!
【冷静な男性の声】
ふんふん……なんてことはない。
あれは水蒸気に光が屈折してだね、
その結果だね――
【いきり立つ男の声】
おいあんた!
カグツチ様に向かって、
何が水蒸気だ! この馬鹿野郎!!
【憤慨した男の声】
おい!
何をする!
ぶつかって謝罪もなしか、貴様!
【叫ぶ女の声】
何をなさるの?
ちょっと、やめてください!!

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
興亜日報こうあにっぽうに、
今日のカグツチ様という記事が……
――あっという間に広まりましたね。
【帆村魯公】
うむ。白金しろかねあたりだけで、
収まってくれればと思うたが――
ブンヤの連中め!
【喪神梨央】
新聞だけじゃないです、
ラヂオでも散々やってました。

【ユリア・クラウフマン】
お早うございます――
【喪神梨央】
お早うございます、ユリアさん!
ユリアさん、白金しろかねのカグツチですが、
独逸ドイツでも同じようなこと、
あったりしますか?
【ユリア・クラウフマン】
球体ク―ゲル――
そのような事例、報告はありません。
【帆村魯公】
市民はカグツチなどと言っておるが、
あれはまぎれもなくセヒラだまだ。
【ユリア・クラウフマン】
ラジオでも言っていました、
そのカグツチとは何ですか?
【帆村魯公】
日本の神話に出てくる神だ。
火之迦具土神ひのかぐつちのかみまたは火産霊ほむすびと言う、
火の神だな――
【喪神梨央】
イザナギ、イザナミの間に産まれ、
産んだイザナミは火傷やけどをして、
死んでしまいます――
カグツチはイザナギに殺されますが、
その血や死体から多くの神さまが
産まれているのです。
【ユリア・クラウフマン】
火をあがめる文化って、
西洋ではゾロアスター教ザラスシュトラから
伝わっています。
【帆村魯公】
希臘ギリシア神話ではプロメテウス――
だが、白金のは火の神などではない、
あれはセヒラだ、間違いない。
【喪神梨央】
麗華れいかさん、まだあの中に、
いらっしゃるのでしょうか?
【ユリア・クラウフマン】
私、思うのですが……
あれは異界ではないですか?
帝都では球体として縮まっている――
球体は同じ体積なら立方体等と比べ、
最も表面積が小さくなります。
触れ合う面積が小さくて済むのです。
【帆村魯公】
なるほど!
本来、存在し得ない場所にあるなら、
球体というのは合理的な形状だ。
【喪神梨央】
隊長、あのセヒラ球ですが、
時々、仮面の男のに似た
波形を観察します。
【ユリア・クラウフマン】
あれはレイカを飲み込んだものと、
同じものだと思います。
それが帝都を移動しているのです。
【喪神梨央】
異界が帝都に現れたのですね。
波形以外に、じかに調べる方法とか、
ないんですか?
【帆村魯公】
軍の気象部にだな、観測気球を使い、
セヒラ球を調べられないか、
さっき打診だしんしてみたんだよ。
【喪神梨央】
あっ、そうなんですね!
それで、どうでしたか?
【帆村魯公】
気象部では怪異の観測などせんと、
あっさり断られたよ。
【ユリア・クラウフマン】
実は……
フロイラインがすごく興味を示し、
あの場所に向かおうとするのです。
フロイラインはレイカのこと、
覚えていたのです。
【喪神梨央】
兄さん!
麗華れいかさんが見つかりました!
歩一の哨戒兵しょうかいへいが発見しました。
今、歩一から連絡が。
【帆村魯公】
なんと!
場所はどこなんだ?
【喪神梨央】
セヒラ球の近くです、魚籃坂ぎょらんざかです。
近辺、セヒラも上昇しています。
すぐ公務電車の手配します!
【ユリア・クラウフマン】
私、フロイラインを見てきます。
大丈夫そうなら支援に差し向けます。

月詠つくよみ麗華れいかが見つかった――
そのしらせを受けて風魔ふうま魚籃坂ぎょらんざかへ向かった。いつになく多くの市民が街路にいた。

魚籃坂ぎょらんざか

【着信 喪神梨央】
カグツチ……じゃなくて、
セヒラ球に影響されている人が、
たくさんあるようです――
怪人化する手前……
そんな人たちの周辺に、
セヒラが濃くなっているみたいです。
【高輪署の巡査】
今日はやけに人が多いんで、
こうして巡視パトロ―ルしているわけです。
皆、大人しく家にいればいいものを、
あんな、カグツチだなどと……
かくいう私もね、
出世祈願したわけですな!
ひぃぃぃぃ~
【芸術家肌の男】
一人の女がね、夢に出てきたんだ。
手を伸ばせば私に届くわ、
その女はそう言った――
僕の油絵のモデルだった人なんだよ、
苗字みょうじは水之江さん、名は節子さん。
節子さん、絵の具を飲んで死んだ。
――カドミウム中毒らしい。
薔薇ばら裸婦らふの絵を描いていたんだ。
半ば完成したその絵は、
彼女の死後、すっかり色がせた!
節子さんは死に、絵の色が消え、
そして彼女が僕の夢に出た!
僕は、いざなわれているんだ!
節子さん!!
今、そっちに行くよ!!
【菓子問屋の娘】
狐狗狸こっくりしゃべれなくなった妹、
日中はずっと押し黙っているのに、
寝言だけはくのよ――
それもね、赤坂哈爾浜ハルピンだの、
市ヶ谷いちがや斉斉哈爾チチハルだの、
なんかもう、気味悪くって。
カグツチ様に頼むと、
妹なんかいなくなる――
だからこの人形、奉納ほうのうするのよ!

【帆村魯公】
何だか春先の怪人騒動を想い出すな。
それぞれの事情で、
怒りや憎しみをたぎらせ、
ある者は想いを強める――
【着信 喪神梨央】
そうですね――
怪人初心者って感じです。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
強いセヒラを観測しました!
これまでとは違います!

【月詠麗華】
…… 
【着信 喪神梨央】
帥士すいし、どうしました?
強いセヒラです!
怪人ですか?
――もしかして……

《バトル》

【月詠麗華】
…… ……
【着信 喪神梨央】
今の人、麗華れいかさんじゃないです――
ドッペルゲンガ―かもしれません。
あの時と似た波形でした。
【ラヂヲ商の倅】
真空管をね、じっと見ていると、
自分がそれになったような気がする。
真空管だよ――
僕の中で、ぼ―っと光るんだ。
――命の炎ってやつかな。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
先程の波形、赤坂に出ました。
みすじどおりです、急行してください!

〔みすじ通〕

公務電車を山王下さんのうした電停で降り、急ぎ向かったみすじどおり――
そこには異様な光景が広がっていた。

【召喚小隊神鳥谷ひととや軍曹】
歩三、召喚小隊……であります……
第三八分隊……全滅……
であります……
敵は……審神者さにわと思われます……
――全部で六体を確認……
小隊長は……
――鬼龍きりゅう小隊長は……
所在しょざい、不明であります……

うわぁ!
来るな! こっちに来るな!

【月詠麗華】
…… 

《バトル》

【月詠麗華】
…… ……
【着信 喪神梨央】
やはり、ドッペルゲンガーです。
セルパン堂の前で採集した、
あのときと同じ波形です――
兄さんと私の、
ドッペルゲンガーが現れた時と――
【着信 ユリア・クラウフマン】
フーマ!
フロイラインが、
シミズダニに向かいました。
何かあるのかも知れません!
確認お願いできますか?

〔清水谷公園〕

【薬商の男】
支那シナ阿片丁畿アヘンチンキを輸出する、
そんな仕事をしています。
今朝方、富山とやまから戻りました。
一旦、家に帰ったんですがね、
――家でさいが首をっていたんです。
ふほほほほ、おかしいでしょ?
鴨居かもいに浴衣の帯を結んで、
ぶら~ん、ぶら~ん――
アレは莫迦ばかですね、まったく。
日支人にっしじん融和ゆうわもくして働く私を、
アレは侮辱ぶじょくしたんだ!
全くもっゆるせない!
首をくくってどうなるもんじゃない!!

【フロイライン】
…… ……

【着信 ユリア・クラウフマン】
フロイライン……
聞こえていますか?
――あなたは……フロイライン?
【メイド型ホムンクルス】
……

《バトル》

【メイド型ホムンクルス】
…… ……
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
付近のセヒラ、しずまりました。
お客さんがお見えです。
ホテルロビーに来てください。

〔山王ホテルロビ―〕

【ユリア・クラウフマン】
フーマ……
先程のはフロイランではありません。
ドッペルゲンガーです――
フロイラインはホテル前にいました。
シミズダニには行っていません!
【帆村魯公】
ユリア女史のフロイラインと、
麗華れいかさんは同時に飛ばされた。
そして同じように、
ドッペルゲンガーをもたらした――
【ユリア・クラウフマン】
フロイラインは帝都に戻りました。
でもレイカは戻らない……
まだ、あの球体の中にいるのですね。
【帆村魯公】
こんなに長くセヒラ球の中にいて、
果たして大丈夫なのだろうか……

そうだ、風魔ふうま
京都から聖宮親王ひじりのみやしんのう
お見えだ――
殿下、ご紹介します。
こちらがユリア・クラウフマンさん、
そしてこちらが我が喪神もがみ風魔ふうまです。
聖宮ひじりのみや成樹なるき
はじめまして、
成樹なるきです。
【ユリア・クラウフマン】
はじめまして、
ユリア・クラウフマンです。
聖宮ひじりのみや成樹なるき
あなたは、アーネンエルベの――
確かローレンツ博士の娘さんですね。
錬金術に医科学を取り入れた方です。
【ユリア・クラウフマン】
よくご存知でいらっしゃいますね。
私はホムンクルスの研究をします。
聖宮ひじりのみや成樹なるき
そうでしたか!
研究ははかどりますか?
【ユリア・クラウフマン】
日本に来て随分と進みました。
日本の資源は素晴らしいですね。
実は今、
調子の悪いホムンクルスがいます。
聖宮ひじりのみや成樹なるき
それは心配です。
どうかお戻りになってください。
また研究の話でもお聞かせください。
【ユリア・クラウフマン】
有難うございます。
それでは殿  下ザイネ ホーハイト――
私はこれにて失礼いたします。
聖宮ひじりのみや成樹なるき
あなたが喪神もがみ風魔ふうまさんですね。
うわさはかねがね聞いております――

聖宮ひじりのみやは京都の瑛山会えいざんかいに加わっていること、山王さんのう機関の設立に一枚んでいること、そして京都でも波形分析をしていると語った。
魯公ろこう瑛山会えいざんかいの存在は知っていたが、聖宮ひじりのみやと会うのは初めてであった。帝都の怪異とその対策について話した。
そして、白金しろかねの上空に現れたセヒラ球、その中でとらわれている麗華れいかのこと、帝都に現れたドッペルゲンガーについて、現在、つまびらかになっていることを話した。聖宮ひじりのみや魯公ろこうの話を深く聞き入っているようだ。

〔山王機関本部〕

聖宮ひじりみや成樹なるき
ここでなら話せますね――
皆さんにお知らせしておきます。
第三連隊の鬼龍きりゅう大尉ですが、
京都の師団で身柄みがらを保護しています。
【帆村魯公】
そうでしたか!
京都の師団とは、確か……
【喪神梨央】
第十六師団です。
大尉が独逸ドイツに渡る前の所属師団です。
殿下……
少しお尋ねしてよろしいですか?
聖宮ひじりみや成樹なるき
何でしょうか?
【喪神梨央】
鬼龍きりゅう大尉を京都で保護するのは、
麗華れいかさんから遠ざけるためですね?
聖宮ひじりみや成樹なるき
明察めいさつですね、その通りです。
麗華れいかさんの覚醒かくせいすさまじく、
我々もずっと監視していました。
古式東雲しののめ流と呼ぶにふさわしい、
大変立派なものです。
しかし、まだ完全ではない――
彼女は東雲しののめ奥義おうぎを求めています。
それを鬼龍きりゅう大尉に求めるのです。
【喪神梨央】
でも、鬼龍きりゅう大尉は、
独逸ドイツで召喚師になったんですよ。
東雲しののめ流を捨てて――
聖宮ひじりみや成樹なるき
彼を見くびってはいけない――
大尉は東雲しののめ奥義おうぎを極めていました。
渡独とどく以前に審神者さにわの域にありました。
【帆村魯公】
なんと! 
あの鬼龍きりゅうが……東雲しののめ奥義おうぎを……
ちっとも見抜けなんだ!
聖宮ひじりみや成樹なるき
独逸ドイツのトゥーレのやかたでは、
髑髏どくろ聖槍ロンギヌスを用いた秘法伝授イニシエーションにて、
生まれ変わりを体験します。
しかし東雲しののめ審神者さにわとしての資質が、
大尉がマイスターになるのを阻害そがいし、
大尉はそれで悩んでいます――
【喪神梨央】
兄さんがセヒラ球の中で聞いた、
麗華れいかさん思念の言葉……
――豪人さまは、
大切な二つのものをおそなえです――
聖宮ひじりみや成樹なるき
私もその同じ記録を確認しました。
麗華れいかさんは気付いていたのです。
大尉からなら奥義おうぎを授かれると――
それで参謀に掛け合い、
急遽きゅうきょ、京都から師団を派遣して、
鬼龍きりゅう大尉を保護したわけです。
【帆村魯公】
今、麗華れいか嬢が審神者さにわとなるのは、
やはりまずいわけですかな?
聖宮ひじりみや成樹なるき
彼女に影響を与える者がいる、
そう考えたほうが安全です。
今は慎重を期す時なのです。

【新山眞】
みなさんチーウィ
わたしは もどりましたレヴェニス
【帆村魯公】
に、新山にいやま君!
ぜんたい無事だったのか?
【喪神梨央】
新山さん、今、何と仰ったんですか?
【新山眞】
戻りましたと――
そう言ったつもりですが。
聖宮ひじりみや成樹なるき
最初のチーウィ――
皆さんという意味ですね。
これはエスペラント語です。
【喪神梨央】
新山さん、
エスペラント語、できるんですか?
【新山眞】
ミ ネニアム レーニス 
ラ エスペラーント――
聖宮ひじりみや成樹なるき
エスペラント語を習ったことはない、
そうなんですね?
――ではどうして喋れるんですか?
【新山眞】
ミ ネ シティーアス――
わかりません……
おそらくはセヒラ異常のせいかと……
聖宮ひじりみや成樹なるき
なるほど――
似た事例は聞いたことがありますね。
ともかくご無事で何よりです。
【新山眞】
ダーンコン……
あっ、いえ、ありがとうございます。
こちらに来たのは、
月詠つくよみ麗華れいかさん、愈々いよいよ、現れました。
――それをしらせに。
【喪神梨央】
ええ?
どこなんですか、場所は?
【新山眞】
青山せいざんホテルです。
市電青山車庫近くです。
聖宮ひじりみや成樹なるき
青山せいざんホテル、梨本宮邸なしもとのみやていの近くですね。
喪神もがみさん、参りましょう!

青山せいざんホテル〕

聖宮ひじりみや成樹なるき
ユリアさん、
どうしてここへ?
【ユリア・クラウフマン】
フロイラインが教えてくれたのです。
古い香腺こうせんを取り出して溶かしました。
硫酸りゅうさん香腺こうせんを溶かすと模様が現れ、
それを読み解くのです――
聖宮ひじりみや成樹なるき
それで、
月詠麗華つくよみれいかさんは……
【ユリア・クラウフマン】
きっとここに……
ここはレイカのえにしの場所です。
レイカは生まれたばかりです――
あの球体は、
異界のゆりかごヴィーグなのです――

【ユリア・クラウフマン】
レイカ……
あなたは、もう――
聖宮ひじりみや成樹なるき
月詠つくよみ……麗華れいかさん……
招かれる者は多いが、
選ばれる者は少ない――
あなたは選ばれたのですか?
【月詠麗華】
幾度いくども戦いの夢を見ました――
天から地から、幾柱いくはしらもの神さまが、
私をめがけておいでになります……
戦いの中で私は自分を失い――
ばらばらになったのです。
気が付くとあの異界の中に……
異界ではすべてが見通せます。
いろんな考えが飛び交っていて、
時には声すら聞こえてきます――
ちっともさびしくなんて、
ありませんでしたわ!
私、風魔ふうまさまや梨央りおさんが
分身を現したことがうらやましくて、
ふとそのことを思いました――
【ユリア・クラウフマン】
レイカが思ったから、
ドッペルゲンガーが現れたの?
【月詠麗華】
みるみる明瞭めいりょうになって、
なんだか私、嬉しくなりました!
異界の中では思うことが実現する、
何でも望みがかなうのです――

風魔ふうまさま……
私、風魔ふうまさまのようになりたい、
そう願い続けていますの――
きっと、なれますわよね?
お約束くださいな!

月詠つくよみ麗華れいか青山せいざんホテルへ入っていった。ユリアと聖宮ひじりのみやがそれを見送った。

【ユリア・クラウフマン】
分身を……望んだ……
フロイラインも……
分身を望んだのかしら――
聖宮ひじりみや成樹なるき
喪神もがみさん――
麗華れいかさんのこと、経過を見ましょう。
波形の観察は続けます。
参謀本部のつかんだ情報では、
ナチのフォス大佐が、
アーネンエルベに着任するとか。
いろいろと動きが出てきそうです。

その後、ほどなくして白金しろかねのセヒラ球は消え、市中のカグツチ騒動は一段落した。月詠つくよみ麗華れいか青山せいざんホテルに部屋を取った。

第六章 第十二話 セヒラ特異点

〔山王機関本部〕

上野に現れた死ぬ死ぬ団――
その後、市内に模倣者もほうしゃも現れはしたが、脅威きょういをもたらすに至ってはいない。

【喪神梨央】
兄さん、ユリアさんのフロイライン、
石が新しくなったんですって!
【ユリア・クラウフマン】
シュタインの数は四石のままですが、
状況判断の面で性能が上がりました。
【喪神梨央】
それじゃ、自分で怪人見つけて、
鎮定ちんていに向かったりするんですか?
【ユリア・クラウフマン】
それは出来ませんが……
セフィラの流れを感知して、
意味を見つけるようになりました――
【帆村魯公】
意味を持つセヒラは、つまり思念だ。
帝都に流れる思念はセヒラの力を得、
人に強い影響を与えるようになった。
【喪神梨央】
前はそんなことなかったんですよね?
【帆村魯公】
ああ、そうだな……
帝都で事変が頻発ひんぱつするようになって、
思念もセヒラを抱くようになった――
【ユリア・クラウフマン】
フロイライン、言葉を捕まえます――
すれちがつた今の女が
眼の前で血まみれになる
白昼の幻想
【喪神梨央】
あっ!
それって、市ヶ谷見附いちがやみつけでも聞いた……
猟奇歌りょうきうたですよ!
【帆村魯公】
作家、夢野久作ゆめのきゅうさくんだ口語こうご短歌だ。
猟奇の雑誌に連載されている。
【ユリア・クラウフマン】
方々ほうぼうにその歌を思う人がいて、
歌だけがまるでラヂオ電波のように、
帝都を飛び交っているのです。
フロイラインは、
それを捕まえるのです。
――ずっと聞かされて、疲れました。
【帆村魯公】
性能の上がった副作用みたいなもの、
そのうち慣れるぞ、ユリアさん。

【九頭幸則】
歩一の九頭くず中尉です。
あっ、ユリアさんもおいでで!
今日はひときわ見目うるわしゅうて――
【喪神梨央】
死んだ将校
徽章きしょうがされ
どろんと遠くを見やる
【九頭幸則】
り、梨央りおちゃん……
――何だか、ご機嫌ななめ?
【喪神梨央】
そんなことないです。
そういう歌が流行はやっているらしいです。
【九頭幸則】
ふーん……
何だかドキッとしたよ。
【ユリア・クラウフマン】
クズさん、ハチブンの情報、
新しくなりましたか?
【九頭幸則】
そうそう、それで来たんです。
高輪たかなわで通りに大きな人形置いて、
通行の邪魔しているって――
怪人の是非ぜひを調べるべしと。
【喪神梨央】
大きな人形って、あれですよ、
上野公園の着包きぐるみの事変です。
あの社長という人……
【九頭幸則】
キ・グ・ル・ミ……
何だい、それは?
【喪神梨央】
兄さん、不明者が出ないうちに、
なんとかしなきゃ!
警察に通報します、兄さんは巡視パトロールを。
【ユリア・クラウフマン】
フロイラインも出動させます。
フーマ、お願いします!
【喪神梨央】
とらもん方面、事故発生中です。
六本木ろっぽんぎ霞町かすみちょう経由、天現寺橋てんげんじばしまで、公務電車を進めます。
【ユリア・クラウフマン】
フロイラインも同乗させてください。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ観測しました。
魚籃坂ぎょらんざかです。

〔魚籃坂〕

【芝高輪署の巡査】
参謀本部から直々じきじきに連絡があり、
やって来たらこの有様!
これ、どうするんですか?
いちじるしく往来おうらいさまたげとなっています。
軍の方でなんとかならんのですか?

【村田洋行の運転手】
脇を抜けようとするんですが、
何かがあって進めないんです。
――困りましたなぁ……
品川駅にお客さんを迎えるんです。
【芝高輪署の巡査】
でしたら、魚籃坂下ぎょらんざかしたから、
清正公前せいしょうこうまえ経由で高輪たかなわから品川駅、
その道でお行きなさい。
【村田洋行の運転手】
いささか遠回りにはなりますね。
【芝高輪署の巡査】
なぁに、三分十八秒しか
変わりませんよ、三分十八秒!
ここにいてもらちきません。

【高輪台町の扇子屋】
私、見たんですがね、これ、
伊皿子いさらごの方から降りてきたんです。
新手のちんどん屋かと――
でも、この往来おうらいの真中で
止まってしまったんです。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
その人を近づけちゃダメです!!

【着信 喪神梨央】
強烈きょうれつなセヒラです、
注意してください!!
【比類舎革命隊Mのアストラル】
今さっき、武相屋ぶそうや旅館、御岳おんたけで、
昇汞水しょうこうすいを一気に飲んだ!
じきに全身くまなく毒が回るだろう――
まさにこの瞬間、思念は最高潮!
益々ますます意識は先鋭化せんえいかする!
だが――
私は何処どこに向かえばよいのだ?
御厨みくりや先生は、なぜおいでにならない?
我々の計画はどうなった?
――もしや頓挫とんざしたのか?
【比類舎革命隊Aのアストラル】
みすぼらしい旅館の小部屋で、
僕は意識が遠のいていった――
気がつくと僕は病院のベッドだった。
――僕は、死にきれなかった……
いや、命が助かったんだ!
その瞬間、僕には希望の光が見えた!
生きるんだ、生きてこそなんだ――
新しい目的を見つけよう!
その時、一人の看護婦が来て、
僕の鼻に脱脂綿だっしめんをかぶせた――
びんに入った液体を脱脂綿だっしめんに垂らし……
何滴か垂らされるうちに、
またもや僕の意識は遠のいた――
それから……
暗闇をただよい、ここにいる――
――僕は、死んだのか?
一度、助かったのに!
――殺されたのか?
【メイド型ホムンクルス】
ある女の写真の眼玉にペン先の
赤いインキを
注射して見る

《バトル》

【比類舎革命隊Aのアストラル】
あの看護婦はおかしな目をしていた。
目が……目が……
金色に輝いていたんだ!
【万年学生】
良いアルバイトくちがある、
そう言われてやって来たのに……
これじゃ、話が違う――
【着信 喪神梨央】
セヒラは解消されました。
――一度戻ってください、
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
【着信 新山眞】
セヒラの特異点、
どうやら帝都満洲にありそうです。
山王さんのう機関本部でお待ちしています。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい、兄さん。
ユリアさんのフロイライン、
ちゃんと戦えましたね!
【新山眞】
たいした技術です。
我々も負けておれません。
喪神もがみさんにひとつお願いがあります。
この新開発の装置を、
帝都満洲に設置してください。
セヒラ歪振器わいしんきと命名しました。
【帆村魯公】
ほう、また随分と難解なんかいな命名ですな。
セヒラ歪振器わいしんき……読んで字のごとしか。
で、そいつを帝都満洲に?
【新山眞】
そうです!
セヒラのゆがみを打ち消すことで、
特異点のがわかります。
【喪神梨央】
麗華れいかさんの居場所も、わかりますか?
【新山眞】
手がかりはつかめるでしょう。
【帆村魯公】
ふむ、心得ました。
風魔ふうまや、九頭くず中尉に同行願おう。
さっそく京都の方に協力を仰ぐ――

魯公ろこうは電話をかけるため場を離れた――

【新山眞】
京都には高名な物理学者がおいでで、
その方の青写真ありきと伺いました。
何もかもが、計画の内です。
【喪神梨央】
あの釣鐘つりがねを運び入れたのも、
きっとそうなんですね。
――私達も青写真の内でしょうか?
【九頭幸則】
溜池通ためいけどおりのオウルグリルにいたんだ。
オムライスを食っている最中さなか
伝令が大慌おおあわてでやって来てね。
【喪神梨央】
それでいつになく
早かったわけですね。

〔祓えの間〕

【帆村魯公】
観測器はちゃんと預かったかな?
――何でしたかな、名前は?
【新山眞】
セヒラ歪振器わいしんきです。
【帆村魯公】
そうでした!
今回は帝都の高輪たかなわに照応する場所、
帝都満洲の高輪たかなわ延吉エンキツに向かう。
今のところ、わずかながら
セヒラを観測するのは高輪たかなわだけだ。
帝都満洲にも何か沙汰さたがあるはず。
【新山眞】
怪人も種類が増えてきています。
電話で人生相談しただけで、
怪人になる者もある始末――
悪意をたぎらす者ばかりではない。
そういう状況を解明できそうです。
【帆村魯公】
風魔ふうま九頭くず中尉、十分に
注意してかかってくれ。
【九頭幸則】
承知しました!
さぁ、行くぞ、風魔ふうま
あじあ号が俺たちを待っている!

【満鉄列車長】
今回より皆様にご奉仕ほうしさせて頂く、
満鉄列車長にございます――
【九頭幸則】
列車長というからには、
一番偉いのかな?
【満鉄列車長】
左様さようにございます。
私は南満洲鉄道あじあ号に、
実際に乗務じょうむしておりました。
ある日、新京しんきょう宿舎しゅくしゃで、
自分はまだ職務をまっとうしていないと、
自責じせきの念をやしておりました。
そのまま眠りにつきまして――
【九頭幸則】
目が覚めるとここにいた、
その口なんだな?
【満鉄列車長】
左様です。
――これより帝都満洲鉄道あじあ号、
高輪たかなわ延吉エンキツに向かいます!!

〔高輪延吉〕

【九頭幸則】
またアストラルが、
ちょろちょろしているな……
早く歪振器わいしんきとやらを置いて、
帝都に戻ろうぜ!
【久作アストラル】
アハハハ、夢野ゆめの久作きゅうさく猟奇歌りょうきうた
そらんじているうちにここに来た。
風の音が高まれば
また思ひ出す
溝にてゝ来た短刀と髪毛
どうだ、僕のお気に入りの一篇いっぺんだ。
髪の毛はきっと女のだな。
【九頭幸則】
まぁ、そうだろうな。
で、貴様は死んだのか?
【久作アストラル】
死んだだと?
プハハハ、傑作けっさくだな、こりゃ。
僕は死んじゃいないさ、ピンピンだ。
今、道連れにする奴を選択セレクト中だよ。
本郷ほんごうの薄暗い下宿部屋でね。
【九頭幸則】
ん? なんか近づいてきたぞ!
【歴史アストラル】
歴史とは鉄と血の集大成だ!
【九頭幸則】
何の話だ?
【歴史アストラル】
私はジェーン・グレイ断頭式だんとうしきの絵で、
自分のまことを知るに至った――
フランス人ドラローシュの描いた絵だ。
英吉利イギリス女王ジェーンは即位して
わずか九日で断頭台だんとうだいつゆと消えた。
おのの刃が滑らぬよううなじの髪をげ目隠しをされ、断頭台だんとうだいに首を乗せる、まさにその刹那せつなを描いた絵だ!
この直後、ジェーンは首なしの
死体となって横たわるんだ。
おびただしい鮮血をらして――
あゝ、ジェーンの首をとした、
あの分厚い鈍いおので私の首を――
いや、その前に貴様で試そうか!

《バトル》

【歴史アストラル】
私は、もう六十八年もここを彷徨さまよう。
――いつ、抜けられるんだ?
【九頭幸則】
歴史の中に死を求めているのか……
レディ・ジェーンの断頭だんとうは、
確か十六世紀半ばだったよな。
【爆死アストラル】
私は幸徳秋水こうとくしゅうすい先生の愛弟子まなでしだ。
先生が変節へんせつされたのは巣鴨すがも監獄かんごく
収監しゅうかんされていた時だよ。
三つぞろえの立派な紳士が、
先生の監獄かんごく仲間に本を差し入れた。
【九頭幸則】
三つ揃えの背広?
――どこかで記録を読んだぞ……
それでどんな本なんだ?
【爆死アストラル】
クロポトキンの相互扶助論――
そういう題の本だよ。
露西亜ロシア語だけどね。
先生はその仲間からこの本を借り、
アナーキストに傾倒を強めたんだ。
出獄しゅつごく後、丸の内に大食堂を建築し、
同志の演説集会にて、
編集室を設け一大日刊にっかん新聞を発行、
さらに米国べいこくに遊学、
後に欧州おうしゅうに転じ、
現地の同志と交流を持つ――
そのような計画をお持ちだった。
現にその年の十一月に桑 港サンフランシスコに行き、
大いに交流されたのだ!
【九頭幸則】
それで、貴様はどうしたんだ?
【爆死アストラル】
私は信州しんしゅうの爆弾魔から、
一発の爆裂弾を預かっていたのだ。
下宿でいじっていると――
爆発はしなかった――
ただ勢い良く燃え盛り、
私の褞袍どてらにも火が付いたんだ!!
【九頭幸則】
何か年季ねんきの入った連中だな。
大逆たいぎゃく事件は三十年近く前だろう。
誰もいないな。
今のうちだ、装置を設置しよう。
俺が行く。

よし、設置完了だ。
もど――
ん、何か来るぞ、風魔ふうま
【心中アストラル】
ムーランルージュ新宿の踊り子と
新進気鋭しんしんきえいの作家が心中を企図きとした。
結果、踊り子だけが死んだ――
二人は四谷区のアパートで
ガスを吸ったんだ――
俺はね、死に切れなかった作家の
無念に通じたんだよ。
それはもう、途方も無い虚無きょむだった。
枯れ草一本もない虚無きょむだよ。
あの壮絶そうぜつなる虚無きょむに比べれば、
死は極彩色ごくさいしきの、まさに百花繚乱ひゃっかりょうらんだ!
お前にもわかって欲しいんだ!!

《バトル》

【心中アストラル】
やはり心中は坂田山さかたやま
昇汞水しょうこうすいを飲むのが常道だな!
あゝ、俺はいろいろしくじった!
【九頭幸則】
大丈夫か、風魔ふうま
坂田山さかたやまって、例のやつだろ?
後追いで三十組ほどが死んでるって。
さぁ、今度こそだ、戻ろう。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
兄さん、幸則ゆきのりさんはお戻りになって、
気分がすぐれないからと、
休暇きゅうかを申し出られたみたいです。
【帆村魯公】
さて、風魔ふうまよ、
新山にいやま君のなんとか装置、
首尾しゅびよく置けたのだな?
【喪神梨央】
ちゃんと動いているようです。
新山にいやまさんが解析中で――

【新山眞】
失礼します!
解析結果が出ました!
【帆村魯公】
おう、
それで、どんな按配あんばいで?
【喪神梨央】
セヒラの特異点、
帝都満洲ではなかったんですね?
【新山眞】
先程の場所の近くです。
――清正公前せいしょうこうまえ……
市電清正公前せいしょうこうまえ電停の近くです。
今回、私も同行します。
喪神もがみさん、行きましょう!
【喪神梨央】
公務電車、清正公前せいしょうこうまえまでの
経路を確保します!

結局、公務電車は清正公前せいしょうこうまえまではたどり着けなかった。どういうわけか停止してしまったのだ。魚籃坂下ぎょらんざかしたの電停を過ぎたところで、公務電車は停止している。風魔ふうま新山にいやま清正公前せいしょうこうまえまで歩いた。
それは異様な光景であった。
市電も車も静止しており人影はなく、そばの民家の壁に巨大な光球があった――

【新山眞】
喪神もがみさん!
あれを見てください!
【着信 喪神梨央】
強力なセヒラを観測しました!
場所は清正公前せいしょうこうまえです!
【新山眞】
あれが……
まさに……セヒラの特異点……
【着信 喪神梨央】
セヒラ、急増しています!
波形も異常な形……
至急しきゅう退避たいひしてください!!

【新山眞】
うわぁぁぁぁぁ~

〔胎内〕

【鬼龍豪人】
麗華れいかさん、
あなたは何を求める――
戦うことが、それほど貴女を、
魅了みりょうするのか?
――そうなのか……
私にとって戦いは手段である――
自分を高めることこそが目的だ。
それは、本当なのか……
――私は……私は……
――力を欲してはいないのか?
――自分をいつわってはならない!
京都から伯林ベルリンに向かった私は、
自分を見失ってはいなかったか?
あのとき……
――自分を……

【如月鈴代】
麗華れいかさん……
少しいいかしら?
あなた、鬼龍きりゅうさんのホテルに、
行ったことあるの?
青山車庫近くの青山せいざんホテルよ。
ホテルの支配人が、
あなたのことを見たそうよ――
ねぇ、麗華れいかさん――
あなた、鬼龍きりゅうさんに
何かを求めているの?
あなたが召喚の術を、
そなえつつあるのはわかるわ。
あなたが霊異りょういすことに、
反対なんかしない――
でも、鬼龍きりゅうさんは、
東雲しののめ審神者さにわから独逸ドイツ式召喚師へ、
大きく転向てんこうされたのよ。
あなたの中に芽生めばえつつあるのは、
東雲しののめの流儀に近いの。
それもかなりの古式――
今の鬼龍きりゅうさんは、
あなたの求めているもの、
もうお持ちじゃないのよ……

【月詠麗華】
神さまが私に向かっておいでです――
けれど、私はまだ至りません――
手を伸ばして、つからねば、
ならないものがあるのです。
豪人たけとさまは、
大切な二つのものをお備えです――
召喚師としての秘技と、
東雲しののめ審神者さにわとしての奥義おうぎです。
そのいずれかを――
きっと、きっと……

行方不明ゆくえふめいになっていた月詠つくよみ麗華れいか――
その彼女が誕生を暗示するかのような、巨大な光球に包まれていた。光球は高輪たかなわの上空に浮遊している。人々はこの霊異りょういおそれをなし、魅せられ、口々にカグツチが現れたとうわさしあった。

第六章 第五話 妄執の夏・後編

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
あっ、兄さん、
今日、ユリアさんは鈴代すずよさんの家に、
行ってらっしゃいます。
麗華れいかさん、もしかすると、
時空じくう狭間はざまとかじゃなく、
帝都の何処どこかにおいでなのかもと、
ホムンクルスの記録を調べて、
わかっていることを、
鈴代すずよさんにお知らせするそうです。
何故なぜ幸則ゆきのりさんも同行中です。
【帆村魯公】
梨央りおは行かなくてもよいのか?
【喪神梨央】
私は本部で探信たんしんの任務が――
【帆村魯公】
他に行くべき先が、あるかもだな。
【喪神梨央】
え? どういうことですか隊長?
【帆村魯公】
先程、八分課ハチブンに通報があった。
料亭の町に市電が現れたとな。
【喪神梨央】
市電、ですか?
――料亭の町って、もしかして……
【帆村魯公】
そうだよ、赤坂、一ツ木通ひとつぎどおりだ。
あすこは電車道でんしゃみちではないな。
【喪神梨央】
勿論もちろん、違います。狭い路地です。
市電というのは、また強夢ごうむですか?
【帆村魯公】
その公算こうさんが大きいな。
強夢ごうむの波形、まだ同定が難しい。
――梨央りおも同行してくれないか。
事象に向き合い、波形を記録する、
近くのほうがあたいは確かだ。
【喪神梨央】
承知しょうちしました!
――兄さん、向かいましょう!

一ツ木通ひとつぎどおり

【喪神梨央】
見てください、兄さん!
――あれは、市電一〇〇〇系です。
【赤坂署の巡査】
お待ちしていました!
いやぁ、これは何の悪戯いたずらでしょうか。
早速さっそく、市の電気局に聞いたのですが、
この車両は電気局のではないと。

【喪神梨央】
ええ?
これ、市の電車ではないんですか?
【赤坂署の巡査】
どうもそのようです。
後はそっちで対処してほしいと――
そっちと言われてもですね、
ほとほと困っておった次第しだいで。
――軍の方でなんとかお願いします。
一ツ木通ひとつぎどおりこまねえさん】
あらぁ、伊達だて旦那衆だんなしゅうでも、
おいでなんかしら?
アタシたちの店は見附みつけの近く、
いつもお座敷ざしき上がるのに、
時には端から端まで歩くのよ――
いっそここに市電走らせれば、
なんてよく言うのよ……
財閥ざいばつおささんなら、
市電の一つや二つ、造作ぞうさないわよね。
丹後町たんごちょうの子ども】
なんかこの電車、
イワシのにおいがするやぁ~
道修町どしょうまちの薬問屋】
ちょうど、神経の学会やけどな、
ウチ、スッポンサーさせてもろうて、
上京しとりまんねん!
先生が読まはる雑誌にな、
ありましてん、おんなじのが!
汽車や電車が好きでしゃーない、
好きすぎておかしなる病気ですわ。
何やらフィリアいますねん……
何やったかな……
――そや、サイダロドロモフィリア!
【着信 帆村魯公】
黒ノ……
おい、聞け、セヒラがあるぞ。
探信儀たんしんぎを使え。
【喪神梨央】
兄さん、やはり強夢ごうむです。
携行式けいこうしき探信儀たんしんぎをお願いします!

【市電になった男】
嗚呼ああ、気恥ずかしいじゃないか!
こんな白昼に、僕が体をさらすなど……
【喪神梨央】
どうして一〇〇〇系に、
なっていたんですか?
【市電になった男】
一〇〇〇系だって?
三〇〇〇系だって?
かないでくれ! 知らないんだ!
僕は車両にはくわしくない。
これ以上はずかしめないでくれないか!
僕は市電の路線が好きだ、それも、
ことほか、十五系統が好きなんだ。
神保町じんぼうちょうから九段下、そして大曲おおまがりへ、
江戸川橋えどがわばしから早稲田わせだ面影橋おもかげばしへ、
ずんずん進む路線だよ。
毎日、地図を開き指でなぞるんだ。
そうこうするうち、僕は自分が市電
そのものであるように感じられた。
大好きな十五系統を走る僕。
僕の果敢はかない妄想は、
なおとめどもなく増長して、
妄想の中では帝都を縦横無尽じゅうおうむじん
ける市電であって、
やがて僕は帝都をめぐる血管となる!
でも……どうしてなんだ?
そんな僕がこんな場所で、
体一つでいるなんて!
まったく不思議じゃないか!
返せ! 僕の市電を、返せ!
僕の体を返すんだ!!

《バトル》

【市電になった男】
飯田橋いいだばし大曲おおまがり東五軒町ひがしごけんちょう
石切橋いしきりばし江戸川橋えどがわばし鶴巻町つるまきちょう関口町せきぐちちょう
それから……
僕の電停はもうない!!
【着信 新山眞】
周囲のセヒラは解消しました。
一度、戻ってください。
はらえのにお願いします。
【喪神梨央】
新山にいやまさん、どうしたんでしょうか?
兄さん、戻りましょう!
波形はちゃんと記録できました。

〔祓えの間〕

【新山眞】
実は、強夢ごうむ化現象に似た波形、
帝都満洲に観察されました。
帝都満洲の高輪延吉たかなわエンキツ方面です。
【喪神梨央】
そこに強夢ごうむ化の原因が、
あるんですか?
【新山眞】
断定はできませんが……
ちゃんと誘導できるよう、
準備をします。
【喪神梨央】
さっき、記録した波形も、
役に立ちそうですね。
兄さん、向かうは高輪たかなわ延吉エンキツです。
私は通信室に戻ります――
同行、楽しかったです!

風魔ふうまゲ―トを抜け、赤坂あかさか哈爾浜ハルピンから、高輪たかなわ延吉エンキツを目指した。

【満鉄車掌】
当列車、お客様のご希望に沿って、
運行しております。
今回の目的地は、
高輪たかなわ延吉エンキツ高輪たかなわ延吉エンキツにございます。

〔高輪延吉エンキツ

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
強夢ごうむ化に似た波形があります。
警戒してください!
【研究員Hアストラル】
最近、加藤所長、いよいよ変だ。
防疫研ぼうえきけんの皆にかたよった性愛をすすめる。
自分が猛烈な人形愛好者ペディオフィリアだからと、
研究員まで道連れにしなくても、
いいじゃないか――
僕なんか、困惑している。
困惑しながらも、そうだなぁ、
いて言うなら群衆性愛オクロフィリアかな。
雑踏ざっとうの中にまみれていると、
妙に興奮してくる――
人混みの中で僕は尽き果てるんだ。
【研究員Fアストラル】
鏡を見ていると興奮しますね。
これ、胸像投影性愛カトプトロノフィリアだとか……
加藤所長のおかげで、
僕は新しい自分を知りましたよ。
【婦人靴強夢のアストラル】
シルクの長靴下に包まれた女の足先が、
俺の中にすーっと差し入れられる……
あゝ、俺の身体の内側に張り付くは、
すべらかなる女の足だ……
長靴下はな、シルクの七五番手だぞ!
【着信 喪神梨央】
観測しました!
強夢ごうむ化のセヒラ波形です!
【婦人靴強夢のアストラル】
何だ、今の声は?
女の声がしたぞ!
ああ、やめてくれ!
俺は女は苦手だ、俺は靴だ、
靴として女と触れたいんだ!!
【電話器強夢のアストラル】
新しく出た三号自動式よりな、
こっちのがいいんだ、二号自動式な!
正しくは二号自動式卓上電話器だ。
大きな送話口はささやごえすら逃さない。
取り回し抜群ばつぐんの受話器からは、
相手の声が明瞭めいりょうに聞こえ、
あたかも目の前でしゃべるかのごとし!
回転盤ダイアルをジーコ、ジーコと回す、
あの胸の高鳴りたるや、至福しふくの時ぞ!
あんたは、どうして冷静でいられる?
さては、僕の夢を壊しに来たな!
いつかこういう時が来ると思ったよ!

《バトル》

【電話器強夢のアストラル】
受話器を外してから
回転盤かいてんばん指止ゆびどめまで回しておはなしなさい
――注意書きのなんたる優しさよ!
【着信 喪神梨央】
今の人、帝都の何処どこかで、
強夢ごうむになっているようです……
廓清かくせいされて人に戻ったでしょうか?
帥士すいしの近辺ですが、
まだ強夢ごうむ化のセヒラ波形があります。
警戒して進んでください。

〔高輪延吉エンキツ

【人間椅子強夢ごうむのアストラル】
常から、引け目を感じながら、
陋巷ろうこうすみに暮らす他、能のない、
そんな私が、住む世界を変える――
ひそかに椅子いすの中へ入り、
窮屈きゅうくつさえ辛抱しんぼうすれば、
表の世界ではそばへ寄ることすら無理、
口をきくなどもってのほか麗人れいじんと、
なんと椅子いすの革一枚をへだて、
接することができるのです!
椅子いすの中の恋です。
それがどんなに陶酔とうすい的なものか、
想像にかたくありません――
でも、革一枚をへだてずに、
じかに触れたならば、如何いかがでしょうか?
ええ? 如何いかがでしょうか?
そう考えた瞬間、私は、
体のしんが空へ駆け上がるような、
かつてない快感につつまれました。
私は気を失ってしまい、
次に目覚めると、
椅子いすになっていたのです。
しかしながら、私は、
自分の下宿で椅子いすとなりました。
ここに麗人れいじんのいるはずもない――
こうして思念を彷徨さまよわすうちに、
いろいろ知りました――
さぁ、私を戻してください!

《バトル》

【人間椅子強夢ごうむのアストラル】
これで……戻れるでしょうか……
……椅子いすのまま固まったら……
ど……う……しよう……
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
その辺り、セヒラが下がりました。
帰還いただいて大丈夫です!

〔山王機関本部〕

【如月鈴代】
無沙汰ぶさたしています、風魔ふうまさん。
――今、お戻りなんですね。
【喪神梨央】
鈴代すずよさん、麗華れいかさんのこと、
何かわかりましたか?
居場所とか……
【如月鈴代】
ユリアさんがおっしゃるには、
おそらく市中のどこかだろうと……
それを聞いて少し安心しました。
【喪神梨央】
ですよね……
兄さんが飛ばされた時空じくう狭間はざまじゃ、
何をしていいやら――
【如月鈴代】
うふふふ……
【喪神梨央】
あっ、そうそう、
乱歩らんぽ先生の人間椅子にんげんいすに影響されて、
椅子いすになった人、いたんです。
【如月鈴代】
先程、帆村ほむら先生からうかがいました。
そんなことも、あるんですね。
【喪神梨央】
椅子いすに入ったんじゃなくて、
椅子いすになったんです。
【如月鈴代】
その方、
人の姿に戻ったんでしょうか?
【喪神梨央】
新山にいやまさんに聞いたんですが、
完全に物になってしまう場合も、
あるようですよ。
【如月鈴代】
人間椅子にんげんいす蜘蛛男くもおとこ芋虫いもむし人間豹にんげんひょう……乱歩らんぽ先生の作品は刺激的ですわ!
【喪神梨央】
そのうち乱歩らんぽ先生の作品も、
危険図書とかになりますか?
【如月鈴代】
人って想像するのが好きなんですよ。
楽しいことと危険なことは、
紙一重かみひとえ、そうじゃありませんこと?

第六章 第一話 敏腕記者

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

風魔ふうまが持ち帰った指輪は4本。
ユリアから預かった分と合わせて5本の指輪はいずれも飯倉いいくら技研で研究されていた――

帆村ほむら魯公ろこう
平生へいぜいは善人、いざという間際まぎわ
急に悪人に変わるから恐ろしい――
指輪はそういう人間のさがあらわすな!
喪神もがみ梨央りお
隊長、新山にいやまさんがお見えです。
新山眞にいやままこと
皆さん、おそろいですね。
帆村ほむら魯公ろこう
ほう、ほうほう! 
もう指輪の研究が
終わったんですかな?
新山眞にいやままこと
いえいえ、まだ終わっておりません。
帆村ほむら魯公ろこう
ならば、何のご御用で?
新山眞にいやままこと
いや実は、弟がですね、
厄介事やっかいごとに巻き込まれまして。
帆村ほむら魯公ろこう
弟さんは、確か……
新山眞にいやままこと
ええ、興亜日報こうあにっぽうの記者です。
日比谷ひびやの東京支局の勤めです。
帆村ほむら魯公ろこう
その記者さんが、ぜんたいどんな
厄介事やっかいごとに巻き込まれたかな?
新山眞にいやままこと
弟は、和斗かずとといいますが、
帝都の怪人騒動を取材していました。
この山王さんのう機関のことも――
薄々は勘付かんづいていたようです。
目下もっか、和斗の興味は牛頭ごず機構と、
連中が着目する人籟魔じんらいまきなのです。
帆村ほむら魯公ろこう
それはまた厄介やっかいなところに
首を突っ込んだもんだ!
厄介やっかいの総本山であるな!
新山眞にいやままこと
和斗かずとですが、現在、戸山とやまの施設に
監禁されているとセヒラ通機で
連絡してきたのです。
喪神もがみ梨央りお
セヒラ通心機つうしんき、完成したんですか?
帆村ほむら魯公ろこう
こら、梨央りお
今はその話ではないぞ。
――で、新山にいやまさん、
弟さんは戸山とやまのどちらですか?
あの辺り、いろいろあるのでね……
新山眞にいやままこと
地図を貸してください。
およその見当は付きますので。
帆村ほむら魯公ろこう
了解した。
時間もない、
早速、向かってくれ、風魔ふうま
参謀本部からの視察しさつがある、
そういう話にしておく――
喪神もがみ梨央りお
その作り話、
牛頭ごず機能は信用しますか?
帆村ほむら魯公ろこう
目端めはしく連中は出払っているはずだ。
比類舎ひるいしゃの集団自決を教唆きょうさしたと、頭目の御厨みくりや車夫しゃふが逮捕されたろう……
喪神もがみ梨央りお
新宿旭町あさひまち木賃宿きちんやどから
逃げたんですよね。
帆村ほむら魯公ろこう
逃げたというか、
まぁ自決を躊躇ためらった、
奴は下宿に帰ったところを捕まった。
それで潜伏していた比類舎ひるいしゃの連中が、
芋蔓式いもづるしきに挙げられている。
牛頭ごずにすりゃ格好の材料だ――
新山眞にいやままこと
なるほど――
アナーキストであれば、
かせて、
人籟魔じんらいまきを作りやすいわけですね!
帆村ほむら魯公ろこう
警察にさきんじて、
連中の潜伏先を当たっているはずだ。
砲工ほうこう学校の視察、今のうちだぞ!
喪神もがみ梨央りお
公務電車、飯田橋いいだばしから若松町わかまつちょうに向かう経路を抑えました。
それと……虹人こうじんさんから連絡が――
帆村ほむら魯公ろこう
おう、丁度ちょうどよい、
虹人こうじんを差し向ける。
向こうで合流してくれ!

〔戸山砲工ほうこう学校中庭〕

戸山とやま砲工ほうこう学校は若松町わかまつちょう電停から、1.5キロほどのところにあった。牛込区うしごめくの西の区境にほど近い。

【帆村虹人】
風魔ふうま
どこに行こうか、迷っているのか?
僕は場所を教えてもらったよ。
さっき、兄上が無線で教えてくれた。
――お前、本部から来たんだよな。
僕は浅草あさくさからだ――
兄上の提案でね、
今日は市内を一巡ひとめぐりしていたのさ。
お前も公務電車だろ? 僕もさ!
あれ、二両あるんだな、
そんなこと初めて知ったよ!

瀧本たきもと砲工科生】
お二方は、参謀本部からの……
そうですよね?
――当校、全てが順調であります!
砲の学習と設計に、
日々、精進しております!!
【帆村虹人】
今日はやけに人が少ないようだが……
瀧本たきもと砲工科生】
上級生ならびに教官殿は、
皆、出払っております!

【帆村虹人】
さっき梨央りおから聞いたよ。
アナーキスト連中を、
人籟魔じんらいまきの候補にする計画だって。
それで出払ってるんだろ?
ここが牛頭ごずの関係なら……
警察の情報も筒抜つつぬけなんだな!

須沢すざわ砲工科生】
視察、ご苦労様であります!!
自分、九五式迫撃砲はくげきほうの改良を、
任されております!
該砲がいほうは、可変砲かへんほうにあります!
口径こうけい、三段階にて可変するもので、
大國屋おおくにや機械社で開発されました!
【帆村虹人】
ええ、そうなのか?

大國屋だいこくやといえば、あの変人の、
ナナオセンジロウの工廠こうしょうだ。
あの人、奉天ホウテン錠前屋じょうまえやだったらしい。
英吉利イギリスのチャブ錠というのを真似まねて、
すごい錠前作ったそうだよ――

ところで、君、
ここに新聞記者がいるって聞いたが、
見かけなかったか?
須沢すざわ砲工科生】
――
あっ、いえ、ちっともです!
天にちかって全然であります!!

【帆村虹人】
ちょっといいか――

虹人こうじん清掃夫せいそうふからそれとなく新山にいやま和斗かずとのことを聞き出した。彼はそれらしき人物を見かけたという――

【帆村虹人】
風魔ふうま、ブンヤはどうやらいるようだ。
中へ入ろう、今のうちだ。

〔戸山砲工ほうこう学校玄関ホ―ル〕

【帆村虹人】
……おい、風魔ふうま――
(普通の砲工ほうこう学校じゃないな……)

検見川けみがわ砲工科生】
視察、ご苦労様です!
自分たちの上級教官様というのは、
神埼かんざき軍医少佐であります!!
神埼かんざき軍医少佐には、
弟さんがいらっしゃいます。
弟さんも軍医様で、
陸軍軍医学校で神埼かんざき班班長を、
なさっておいでです。
【帆村虹人】
神埼かんざき班……
確か、戸山とやま衛戍えいじゅ病院のかいの特務、
その記録にあったな――
やっぱり……
(ここは怪しいぞ)

手島てじま砲工科生】
ようこそ、おいでなさいました!
戸山とやま砲工ほうこう学校へ!
【帆村虹人】
ここでは、何を学んでいるんだ?
手島てじま砲工科生
砲の新技術であります!
【帆村虹人】
参謀に視察報告を上げねばならん、
技術のこと、くわしく教えてくれ。
手島てじま砲工科生】
可変かへん口径こうけいの砲、遠隔にて操作する砲、
自ら標的を探信たんしんする砲、
新物質にて霊異りょういす砲であります!
【帆村虹人】
霊異りょういす?
(こいつら審神者さにわを知っているのか)

【模範囚ト】
視察の方ですね?
【帆村虹人】
――そうだが……
【模範囚ト】
ああ、よかった!
間に合いましたね!
【帆村虹人】
ん?
何に間に合ったんだ?
【模範囚ト】
観察ですよ! これから始まる。
人に極度の苦しみを与えて、
魂の抜ける間際を観察するのです。
【帆村虹人】
お前、何の話をしている?
――もしや、新山にいやま和斗かずとのことか!
【模範囚ト】
ほう! よく知っているな!
――お前達が偽物にせものなのはお見通しだ。
そういうのはらしめないとな!
【模範囚ト】
ウハハハハ!
油断したな、貴様らの帆村ほむら流とは、
その程度のものか!

《バトル》

【模範囚ト】
フフフ……
我々の計略は奥深いのだ……
【帆村虹人】
ぬかった……
ちょっと油断したんだ……
僕は……お前と一緒だと……

瀧本たきもと砲工科生】
――
今より、一瞬、停電します。
それにより……
【帆村虹人】
停電するって、どういう意味だ?
瀧本たきもと砲工科生】
停電によって地下室の扉が開きます。
記者さんはそこにいます。
――停電時間は一瞬です!
これは千載一遇せんざいいちぐうの機会なのです。
さぁ、教官らが戻る前に、早く!

【帆村虹人】
電気が消えたぞ!
風魔ふうま、地下室だ!
あそこの階段じゃないか。

〔戸山砲工ほうこう地下室〕

【帆村虹人】
おい、風魔ふうま
そこにいるの、ブンヤじゃないか?
【新山和斗】
――
気を付けたほうがいいですよ。
【帆村虹人】
貴方を助けに来ました。
――動けますか?
【新山和斗】
危ない!!
【模範囚ナ】
今日はあれですか?
――葬式ですかね?
【帆村虹人】
貴様、何を言っている!
【模範囚ナ】
帆村ほむら帰神きしん法、本日、終われり。
牛頭ごず機構の前では、赤子も同然。
そうではないですか?
【帆村虹人】
帆村ほむら流、貴様らの邪流じゃりゅうに、
負けるものではない!
【模範囚ナ】
それはさぞかし軒昂けんこうなことで!
では参りましょうか!!

《バトル》

【模範囚ナ】
なるほど!
我々ももっと研鑽けんさん積む必要が……
……ありそう……です……
【新山和斗】
わかったでしょう!
ここは牛頭ごず機構の影響下にある。
僕がぎつけたんです――
【帆村虹人】
随分と危ない橋を渡りましたね。
さぁ、戻りましょう。
お兄さんが心配されておいでです。
【新山和斗】
僕の調査、役に立ちますよね!

〔戸山砲工ほうこう学校中庭〕

【山郷武揚】
残念ながら、今は主だった連中、
皆、出払っていてね――
【新山和斗】
あなたは……
もしや、牛頭ごず機構の頭目とうもく
その人ですね!
【山郷武揚】
私はただの民間人だよ。
ここもただの砲工ほうこう学校だ――
そうではなかったかな?
【新山和斗】
あなた達はここで人籟魔じんらいまの、
研究開発を行っている。
人の魂を食うだ!
【山郷武揚】
君にはなるものが見えるのか?
私には見えんが……
皆、参謀本部のでっち上げだ。
連隊に怪人部隊をもうける、
そんな話もあるようだな。
余計なことに巻き込まれないことだ。
【新山和斗】
防疫研ぼうえきけんと組むのは何故なぜですか?
あるいは市ヶ谷いちがや刑務所、
あそことはどういう関係ですか?
【山郷武揚】
私はね、受刑者の更生こうせいに、
尽力じんりょくしているのだよ。
さぁ、急がなくては!

【山郷武揚】
おお、ちょうどよかった。
戻りが早かったな、少佐。
彼らの相手をしてやってくれ!
神埼かんざき軍医少佐】
もう用事は済んだのですか、
お二方は?
【帆村虹人】
あんた、もしかして軍医か?
神埼かんざき軍医少佐】
しつけが出来ていませんねぇ、
軍属風情ふぜいがその口の聞きようですか!
――山王さんのう機関には教育が必要ですね。
【新山和斗】
これは驚きだ、
砲工ほうこう学校に医者がいるとはね!
いったい、何の研究をするのですか?
神埼かんざき軍医少佐】
君かね、ちょろちょろまわる、
三流記者というのは?
材料になったと報告を受けたが――
【帆村虹人】
材料とは何ですか?
人籟魔じんらいまの材料ですか?
――ここではその研究を……

神埼かんざき軍医少佐】
おやおや!
山王さんのう審神者さにわにも効きましたか!
この新型閃光弾せんこうだん

さて、弟から報告は来ていますよ。
君とお手合わせ願えるとは、
光栄の極みですな!

《バトル》

神埼かんざき軍医少佐】
素晴らしい! 実に見事だ!
私に新たなる目標が出来た。
――感謝……する……よ……
【帆村虹人】
――風魔ふうま……済まない……
さっきの油断が……尾を引いている!
――公務電車を、呼んでくれ……

〔山王ホテルロビ―〕

3人は公務電車で赤坂あかさかまで戻った。電車は山王下さんのうした電停に留置された。

新山にいやま和斗かずと
さっきはいきなりでした。
目眩めくらましでも使ったんですかね。
僕はどうやら、真相に近づき過ぎ、
連中の警戒心を高めてしまった。
でもね、あきらめる気なんてないですよ!
ところで、あなた、
手に持つそれ、当社の原稿用紙です。
作家に渡すものです――
帆村ほむら虹人こうじん
ああ、これは兄が無線で、
砲工ほうこう学校の場所を知らせてくれ、
持っていた紙に書いたのですが……
新山にいやま和斗かずと
その用紙、貴方がお持ちだった、
そういうことなんですか?
帆村ほむら虹人こうじん
……実を言うと
僕は貴紙の投稿者です。
ペンネ―ム、白金江しろかねこうと言います。
時に投稿小説を書きます。
新山にいやま和斗かずと
ああ、あの白金江しろかねこうさんですか!
たしか、秋宮あきみやという小説ですね。
諏訪すわの旧家を舞台にした三姉妹の――
新山眞にいやままこと
なるほど、投稿作家が
こんなところにいたとは驚きです。
新山にいやま和斗かずと
ああ、兄貴!
セヒラ通心機つうしんき、ちゃんと使えたよ。
それにしても危なかった――
新山眞にいやままこと
ちぃとばかり、深入りが過ぎた、
およそ、そんなところだろう。
今はいろいろ不安定な時期だ……
新山にいやま和斗かずと
比類舎ひるいしゃ御厨みくりや車夫しゃふが逮捕され、
残された連中が不満をたぎらす、
これは想像にかたくない――
新山にいやま和斗かずと
牛頭ごず機構にすればそういう人間は、
人籟魔じんらいまの材料にうってつけだ。
こぞって捕獲に乗り出すはず――
帆村ほむら虹人こうじん
あの砲工ほうこう学校が牛頭ごず機構の本拠だと、
知っていたのですか?
新山にいやま和斗かずと
勿論もちろん! 市ヶ谷いちがや刑務所、砲工ほうこう学校、
どちらにも牛頭ごず機構の構成員はいる。
防疫ぼうえき研究所にもいるといううわさです。
新山眞にいやままこと
いろいろ首を突っ込みすぎるなよ。
今回は運が良かったといえる。
この次はどうなるかわからんぞ。
新山にいやま和斗かずと
まぁ、程々にやりますよ。
新山にいやま和斗かずと
じゃあ、皆さん、僕は失敬しっけいします。
助けていただき、感謝しています。
兄貴、また浅草あさくさ今木いまきに顔出しなって!

新山にいやま和斗かずとは悪びれる風でもなく、軽い足取りでホテルを後にした。その目はすでに遠くを見つめているようだ。

新山眞にいやままこと
ああいう奴なんだ、
勘弁してやってください。

それで、みなさん――
預かった指輪なんですが、
特有の波形がわかりました。
指輪がかもすセヒラの波形です。
それを求めれば、他の指輪の
おそらくわかります。
喪神もがみ梨央りお
その波形の特徴をつかんでおけば、
指輪で怪人になる人を防げますね!
新山眞にいやままこと
ええ、理屈の上ではそうです。
喪神もがみ梨央りお
承知しました!
これから、留意して探信たんしんします。
新山眞にいやままこと
私が心配なのは月詠つくよみ麗華れいかさんです。
あの人は悪戯いたずらに召喚をしている――そう思えてならないのです。
喪神もがみ梨央りお
麗華れいかさん、行方不明なんですよ!
悪く言わないでください!
新山眞にいやままこと
いえ、決してそんなつもりは……
ただ――
……いずれ問題になりそうです。
喪神もがみ梨央りお
麗華れいかさん、鈴代すずよさんの側にいて、
術を会得えとくしたんでしょうか……
――そしたら、私も……

第五章 第二話 狩り・後編

月詠つくよみ麗華れいかがホムンクルスと戦っている。梨央からのほうを受け、一行は日本橋へ向かう。はたして如何いかなる戦いなのであろうか――

【九頭幸則】
麗華さん、大丈夫かなぁ?
――ぜんたい、どこにいるんだい?

〔興亜百貨店前〕

【ユリア・クラウフマン】
フロイライン、
何か感知しますか?
【メイド型ホムンクルス】
……探信たんしん開始……
【ユリア・クラウフマン】
――フロイライン……
どうしたのでしょうか?
――いつもと挙動が違います。
【九頭幸則】
彼女――
執事型を感知しているんですか?
【本郷の学生】
今、執事って言いましたか?
ねぇ、兵隊さん。
【九頭幸則】
ああ、言ったが――
君、もしや見たのかい?
黒い背広姿の男だぞ。
【本郷の学生】
見るも何も、
すごい勢いで走って行きましたよ!
【九頭幸則】
どっち方向へ行ったんだ?
【本郷の学生】
来たのは銀座方面からです。
僕を突き飛ばしそうになって、
――そこの角を曲がって行きました。
でもね、逃げていたように見えます。
【九頭幸則】
逃げていた?
黒い背広の……執事がか? 
【本郷の学生】
そうです、
確かに逃げていました、
着物姿の若い女性から。
【九頭幸則】
まさか……
麗華さんが、追いかけていた?
そんなことがあるのか?
【メイド型ホムンクルス】
確認ベステーティグン……
捕捉エルファスン
【ユリア・クラウフマン】
フロイライン!
確認できたのね、どこなの?

【執事型ホムンクルス】
……標的ツィール……
捕捉エルファスン……
攻撃、開始スル!
【ユリア・クラウフマン】
フロイライン、応戦お願い!
【メイド型ホムンクルス】
……
【ユリア・クラウフマン】
フロイライン!
――どうかしたの?
【九頭幸則】
様子が変です、壊れでもしましたか?
【ユリア・クラウフマン】
フーマ!
フロイラインが動きません。
ホムンクルスと戦ってください!

《バトル》

【執事型ホムンクルス】
エースト……
ツヴァイト――
【着信 喪神梨央】
ユリアさん!
記録がありました、さっきの独逸ドイツ語。
アインス、フィーアです。
最初がアインス、次がフィーアです。
【ユリア・クラウフマン】
一と四ですね。
一体目が一と四、二体目が一と二。
二つの数字の組み合わせです。
【九頭幸則】
何のまじないなんだ、いったい?
数字のお遊びか?
【着信 喪神梨央】
興亜百貨店こうあひゃっかてん周辺、
セヒラはすっかり消えました。
少し待機をお願いします――

【月詠麗華】
私、一体は倒したのです!
【九頭幸則】
麗華れいかさん!
大丈夫なんですか?
――ホムと戦っただなんて……
【月詠麗華】
そうですの!
最初、山王さんのうでした――
梨央りおさんに止められたんですの。
【九頭幸則】
ええ、梨央ちゃんが?
伝通院でんつういんから戻った時だな、きっと。
【月詠麗華】
お出かけだったみたいです。
私、その時は戦いませんでした。
――でも……
【九頭幸則】
追いかけてきたんですか、
日本橋まで?
【月詠麗華】
同じ黒い服の人が二人、
三宅坂みやけざかの方から降りてきて、
やってきた市電に乗ったんです。
【ユリア・クラウフマン】
ヘーゲンの放ったホムンクルスです。
【九頭幸則】
ホムも市電に乗るんですね!
――麗華さん、それで日本橋へ?
ここで戦ったんですか?
【月詠麗華】
私は戦うということと無縁でした。
まさか自分が、こんなにできるなんて
嘘みたいです!
私、戦うとはもっとがむしゃらな
ものかと思っておりました。
むしろまされるのですね――
【九頭幸則】
なるほど……麗華さんは戦うことが、
お好きなんですね?
――そうお見受けしますが。
【月詠麗華】
いけませんかしら?
兵隊さんが鉄砲や大砲で戦う、
私は神様を降ろして戦うのです。
でも、私は我流にすぎない、
そう考えると躊躇ちゅうちょしてしまいます。
このまま続けていいのかと――
【ユリア・クラウフマン】
東京のセフィラ、とても強いです。
レイカさんのように感受性が鋭いと、
召喚できたりするのですね!
我が国でも部屋カンマーと呼ばれる場所で
セフィラを管理しています――
我が国のセフィラは不安定なのです。
部屋カンマー付きの研究者もいますが……
成果を出せていません。
【九頭幸則】
帝都のセヒラを観測したのが
ユンカー博士ですね?
【ユリア・クラウフマン】
はい、博士はすぐさまセフィラと同定
したのです。ナチ党本部へ至急電を。
――ヒムラー長官にててです。
ヒムラー長官の動きは迅速じんそくでした。
アーネンエルベ構想を実現に移す、
絶好ぜっこうのチャンスだと考えたのです。
博士の報告を知り、ここでなら
私の研究も前進すると考え、
東京行きを志願しがんしたのです。
私、皆さんと、
いろいろ情報を交換したいのです。
ホムンクルスが人間の兵士に
取って代わる日がきっと来ます。
これはアーリア人の叡智えいちなのです――
【月詠麗華】
独逸ドイツの人のお話によく出てくる、
アーリア人って何ですの?
【ユリア・クラウフマン】
優生ゆうせい民族のひとつとされています。
太古たいこの昔は、超能力のような異能いのう
備えたと信じられています。
【着信 喪神梨央】
その力を取り戻すために、
兄さんに近づいたりするんですか?
【ユリア・クラウフマン】
フーマの黒いひとみ
とても素敵じゃありませんか?
【着信 喪神梨央】
それじゃ答になっていません!
あっ!
セヒラ急上昇です!
これは……退避してください!!
【九頭幸則】
梨央ちゃん、ただならぬ様子だな!
麗華さん、ユリアさん、風魔ふうま
ここを退くぞ!!

【月詠麗華】
まだいたのですね!
私がやっつけます!!
【九頭幸則】
麗華さん、したほうがいい!!
なぁ、梨央ちゃん、確認できるか?
【着信 喪神梨央】
セヒラの波形が異常です――
これまで見たことのない形!
急速に値も高くなっています!
【ユリア・クラウフマン】
ここを離れましょう、フーマ!
クズさんも、急いで!
フロイラインも、早く!!

〔時空の狭間〕

【クルト・ヘーゲンアストラル】
この忌々いまいましい小国に、
何故このようにセフィラが湧くのか!
古臭ふるくさい迷信や呪術に頼っていても、
充分に召喚し、戦えている――
このセフィラをなんとか、
本国にまで届けられないか――

怪人を倒した瞬間に、
セフィラが放たれる。
それをホムンクルスに吸着さす。
ホムンクルスの香腺こうせんを改良して、
セフィラ吸着能力を持たせる――
フハハハ、いい考えだ!
まずは倒れた怪人から放たれる、
セフィラの量を測定する。
計画に一点のかげりがあるとすれば、
ユリア、あの女こそが阻害そがい要因だ、
日本側にっている。
――お前達呪術師どもにな!!

《バトル》

【クルト・ヘーゲンアストラル】
お前がそこにいるのはわかっている。
遠くにいても、わかるのだ――
【バール】
なんかえらいことになってるニャ!
ヘーゲンの思念にセヒラが宿って、
アストラルになったニャ!
しかし並外れた強い思念だったニャ!
できれば避けたい人物だニャ!

【日本橋佳木斯】
行旅人こうりょにんアストラルH】
北陸ほくりくの町に住むのは初めてです。
富山から二時間――
ここは因須磨洲いんすますという町です。
省線因荒線いんこうせんの終点です。
駅前には一軒の旅館と食堂、
それに三本の電信柱が立つのみです。
私、漂い流れて、この町へ来ました。
もう八年になります――
汽車は一日に四本ですよ。
因須磨洲いんすます駅、午後四時に最終が出て、
後は次の日までありません。
朝も夕も、汽車に乗る人はなく、
来る人もほとんどいません。
三ヶ月に一人は行旅人が来ますが。
ここ因須磨洲いんすますの名物、
それは斑鱶まだらぶかずしです。
――いやぁ、みつきになりますよ。
私もね、最初は無理でした。
とても人の食うものじゃない、
そう思いましたね。
なにしろ臭いがすごいんです、
おけふたを開けた途端とたん、パァーッとね。
斑鱶まだらふかは釣り上げた時から臭いますね。
因須磨洲いんすますは一丁目から四丁目まで、
でも三丁目はないんです――
みさきの方にあった三丁目は、
昔の大地震で海に沈みました。
今でも能楽堂のうがくどうが見えますよ、海底に。
【着信 新山眞】
喪神もがみさんですね?
飯倉いいくら技研の新山です、
私も帝都満洲におります。
セヒラの濃い場所には進めないので、
大変申し訳ないのですが、
こちらに来ていただけませんか?

〔日本橋佳木斯〕

【新山眞】
以前、ゲートが不安定になり、
濃厚セヒラが赤坂に流れ出ました。
その時と似た状況です――
私はゲートそばにいて、突然ここへ。
ここは日本橋佳木斯チャムスですね。
喪神さん、
日本橋で何があったのですか?
このセヒラの異常な乱れ、
何かの介入を予想させますよ――
無線で梨央りおさんが話してた、
月詠つくよみ麗華れいかさんですか、
その人に原因があるのでは?
以前、セヒラ異常が起きた時も、
月詠さんがおいででした。
まるでセヒラを増幅ぞうふくするようだ――
もう落ち着いたようですね。
戻りましょう――

〔興亜百貨店前〕

【九頭幸則】
風魔ふうま
どこ行ってたんだ、
急にいなくなって!
麗華れいかさんもホムンクルスも、
いなくなったんだ――
メイドのホムンクルスもだ。
【ユリア・クラウフマン】
おそらくセフィラが急速に強まり、
その影響でどこかに飛ばされた――
ドイツでも同じ事故がありました。
何人もが違う場所へ飛ばされました。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
気を付けてください、
セヒラ上昇です!
【ユリア・クラウフマン】
あっ!

【クルト・ヘーゲン】
ユリア、ここで何をしている。
何故、この連中と一緒なんだ?
【ユリア・クラウフマン】
あなたこそ、どうして狩りなんか!
そんなこと許されるはずないわ!
【クルト・ヘーゲン】
私はこの忌々いまいましい小国の、
セフィラを手に入れようと、
努力しているだけじゃないか!
【ユリア・クラウフマン】
この国のセフィラは、
この国の人達の資源です。
うやまってしかるべきです。
【クルト・ヘーゲン】
私が? 日本人を?
いや、実につつしみ深い人達だよ、
私達とすれ違うたびにお辞儀じぎをしてね!
セフィラは日本人にはあつかえまい。
彼らは迷信めいしんの中に身をしずめている。
迷信めいしんは弱者の宗教なんだよ――
【ユリア・クラウフマン】
日本人は精神的な民族です。
深くれいと向き合い、神を知り、
自らの居場所を見出すのです――
【クルト・ヘーゲン】
神霊しんれいに教わらなくても、
私達は自分を見つけている。
ここは、私達にゆだねればどうかね?
この国の連中は無理することはない。
【ユリア・クラウフマン】
クルト、私たちだって、
うまく行っているとはかぎらないわ。
エッセン、ブレーメン、ハーゲン、
カッセル、リヒャルトガルテン……
いずれも――
【クルト・ヘーゲン】
だまるんだ! もういい!
お前達と話しても、らちが明かない、
来い!
さぁ、日本の審神者さにわとやら、
楽しませてもらおう、フーマよ!

《バトル》

【クルト・ヘーゲン】
ユリアが気にかけるはずだ、フーマ、
お前は力以上の力を備えている。
誰かもう一人いるみたいにな!
【ユリア・クラウフマン】
みなさん、申し訳ありません!
この失態しったい、必ずあがなってみせます!
【九頭幸則】
しかし、何だ、あのえらそうは!
アーリア人は優生ゆうせい民族だと?
これじゃ我国わがくにはやりにくいわけだ!
【ユリア・クラウフマン】
……
……

第四章 第十話 自潤会アパートの怪人

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

震災からの復興により明治時代のよそおいを新たにしつつある帝都・大東京市だいとうきょうし
西洋式にリビングやダイニングをそなえた、アパートメントはその代表格である。そこにある近代生活モダンライフは東京市民のあこがれである。そんな近代生活の象徴でさえ、怪人騒動とは無関係でいられなかった。

九頭くず幸則ゆきのり
麻布あざぶ連隊司令区に用があってな、
その後、渋谷に向かって、
歩いていたんだ――
喪神もがみ梨央りお
そしたら、怪人に襲われた、
そうなんでしょ、中尉?
――それでお怪我けがは……
九頭くず幸則ゆきのり
ああ、いきなりな!
はたして怪人なんだか……
小難しいこと、叫んでたよ。
アナーキストのようでもあった。
でも怪人だよな、きっと。
自潤会じじゅんかいアパートメントの近くだ。
喪神もがみ梨央りお
自潤会じじゅんかいアパートなんですか?
あそこって、芸術家や作家とか、
先進の生活する人ばっかりでしょ?
九頭くず幸則ゆきのり
先進ねぇ……
それも過ぎると、落ち着かないよ。
新山眞にいやままこと
先取せんしゅの精神を発揮せよ!
それが帝国陸軍なのでは?
先進のもお得意でしょう。

のっそりと姿を見せたのは、新山眞にいやままことである。飯倉いいくら技研の軍属にしてセヒラ研究の一人者。ほぼ山王さんのう機関に入りびたっていると言ってよい。

九頭くず幸則ゆきのり
そういう新山にいやまさんは、
もうすっかり山王さんのうの一員ですね。
新山眞にいやままこと
うほん、えーっとですね……
――中尉が襲われた付近ですが、
奇妙な波形を観測します。
喪神もがみ梨央りお
奇妙な波形ですか――
モダンアパートメントに現る怪人、
はたして如何いかなる存在であるか!?
九頭くず幸則ゆきのり
自潤会じじゅんかいにはプロレタリアートや、
アナーキストの連中も巣食うらしい。
それじゃ怪人の巣窟そうくつなのか?
新山眞にいやままこと
何だか気になりますね――
どうでしょうか、
私も、同行しましょうか。
今、出ている波形、
少し気になるのです。
もう少しくわしく調べるためにも、
きちんとした値を取っておきたくて。
九頭くず幸則ゆきのり
だったら、俺も一緒にいく!
怪人のいた場所、案内するよ――
イテテテテ~
喪神もがみ梨央りお
幸則さんはじっとしていてください。
かえって足手纏あしでまといになりますよ!
九頭くず幸則ゆきのり
クゥゥ~
俺は怪人にやられっぱなしだな!

青山街路あおやまがいろ

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
新山にいやまさんの……
には……充分……ちゅ……
……てくださ………
も……し……ま……すか?
新山眞にいやままこと
通信状況が良くありません。
もしや、おかしな波形と、
関係しているかも知れませんね。
携行式けいこうしき探信儀たんしんぎは問題ないようです。
本部の誘導はありませんが、
なんとか切り抜けましょう!

【穏健派M】
我が文民社ぶんみんしゃの活動も第三期です。
帝大の連中とはたもとを分かち、
今、新文民社しんぶんみんしゃ旗揚はたあげです!
葛木かつらぎ素朴そぼく先生の遺志いしを正しく
継承するのは我々の方です。
帝大の連中はまだ青いんです。

【急進派S】
新文民社しんぶんみんしゃはこの近所だろ!
韮山にらやま儀礼ぎらいなる人物が勝手に新派を!
だんじて許せない!
帝大生もまだゆるいのだ!
アナーキストはもっと激しく、
国家と戦うべきなだ!

【急進派H】
秋毫ノ異しゅうごうのいの最新号読んだけどさ、
話せば分かる派を作るだって?
それが新文民社しんぶんみんしゃだって?
話してもダメだからアナーキズム、
それがあるんでしょ?
兄はね、赤門あかもん出版会の長老なの――
新山眞にいやままこと
喪神もがみさん、私の探信儀たんしんぎ
反応しています――
この人、もしかすると……
【急進派H】
帝大法科の八年生!
ねぇ、何年大学行ってるの!
家のことみんなアタシがやるのよ!!

【急進派H】
――アタシが言いたいのはね、
生ぬるいことはダメってことよ!
あんたたちもわかってんの?
新山眞にいやままこと
ふむふむ……まだそれほど、
深い憑依ひょういは見られないようです。
廓清かくせいは容易かと。
【急進派H】
話せば分かる派だなんて、
ふざけないでよ!
話したって分かりゃしない!!

《バトル》

【急進派H】
何をムシャクシャしていたのかしら?
それがわからないと――
すごくムシャクシャするわね!!
新山眞にいやままこと
流石ですね、
いくら憑依ひょういが浅いとはいえ、
綺麗に廓清かくせいなりましたね!
自潤会じじゅんかいアパートもすぐ近くです。
例の波形、はっきりしてきましたよ。

自潤会渋谷じじゅんかいしぶやアパート〕

自潤会じじゅんかい――
震災復興の旗印はたじるしとして内務省により設立された財団法人だ。
鶯谷うぐいすだに江戸川えどがわ三ノ輪みのわ柳島やなぎしま――
自潤会じじゅんかい千軒長屋せんげんながややトンネル長屋の風景を、モダンアパートによって塗り替えていった。このモダンアパートの前にも怪人は現れ、まさに第三連隊第99小隊の召喚師が、鎮定ちんていに当たろうとしていた。

【急進派F】
話せば分かる穏健派。
そんなものはいらない!
真のアナーキストはもっと鋭い!
鋭角のトンガリ、新進気鋭しんしんきえいの先、
俺はそういう気概きがいが好きなんだ!
一五市にのまえごいち
去れ! 目障めざわりだ!
貴様は家で行水ぎょうすいでもしてろ!!
新山眞にいやままこと
第三連隊、第九九小隊――
召喚師部隊の将校か?
一五市にのまえごいち
貴様は、喪神もがみ風魔ふうまか!
この界隈かいわいの治安維持、
我が第三連隊にまかされている。
新山眞にいやままこと
このおよんで縄張り争いですか?
してください、セヒラの異常、
継続して検知しているのですよ!
早く対処しなければ、
大勢の怪人化を招く恐れもあります。
少尉、ご理解ください!
一五市にのまえごいち
ふん、軍属ではないか、お前は?
飯倉いいくらで機械いじりでもすればよい。
新山眞にいやままこと
少尉!
依然いぜん、異常事態なのです――
……この波形……近いぞ!!
一五市にのまえごいち
一体、どういうことだ?

【仮面の男】
フフフ……
一五市にのまえごいち
新手あらてか?
まさか貴様ら歩一ほいちの……
新山眞にいやままこと
喪神さん、かなり危険です――
撤退てったいしましょう!
【仮面の男】
ウハハハハハハ!
この街に憎しみの花を咲かせよう!
一五市にのまえごいち
う、うわあああああ!
【仮面の男】
色とりどりの花だ!
百花繚乱ひゃっかりょうらんの憎悪だ!!
新山眞にいやままこと
仮面の……
この人物は、一体……
【仮面の男】
たおれた者よ、
再び憎しみの力を得て、
立ち上がるのだ!!

【仮面の男】
ハッハッハッハッハ~
新山眞にいやままこと
さらなるセヒラを検知!
倒れた怪人が復活します!!

新山にいやまが叫ぶやいなや、一五市にのまえごいちの倒した怪人が、まるで戦いなどなかったかのように、相次あいついで起き上がった!

【急進派M】
文民社ぶんみんしゃたもとを分かち、
新文民社しんぶんみんしゃを立ち上げた韮山にらやま儀礼ぎらいは、
あるすじから金をもらっているんだ――
おそらくは内務省のとある機関だ。
アナーキズム運動を金でつぶす、
それが奴らの手口なんだ。
韮山にらやま儀礼ぎらいは裏切り者だ!
私がこの手で始末する。
――その前に、お前だな!
新山眞にいやままこと
喪神さん、この怪人は、
強い怒りに支配されています。
憑依ひょういも深い、気を付けてください!
【急進派M】
これより、
不満分子を粛清しゅくせいする!!

《バトル》

【急進派M】
くそっ!
まだやるべきことは山積さんせきしている!!

【急進派W】
分民社ぶんみんしゃ運動の創始者、
葛木かつらぎ素朴そぼく先生はな、
病死なんかじゃないんだ――
先生は憲兵隊になぶり殺しになった!
そうだよ、何日にも渡る拷問ごうもんでな。
私は先生の苦悩を味わったんだ。
時を越え、場所を超え、
素朴そぼく先生の苦悩が私に届いた!
お前らは先生の宿敵しゅくてき!!

《バトル》

【急進派W】
あああ、先生……
私の苦悩など、まだ小さい!
新山眞にいやままこと
あの仮面の男が、
倒れた怪人に再び力を与え――
いや、より強くさえしました!
仮面の男、何者でしょうか?
先程から観測していた奇妙な波形、
あの仮面の男が発しているようです。
仮面の男の去った今、
もう同じ波形は観測しません――
私にはまるで、あの仮面の男、
セヒラそのものにさえ思えます。
まるで歩くセヒラ……
ああ、いえ、すみません、
一人でいろいろ言い立ててしまって。
ちょっと興奮しています!
早速、戻って値を調べます。
いくつか思いつきもあって、
忘れないうちにですね――
これは!
一体、どういうことですか?
一五市にのまえごいち
喪神もがみ風魔ふうま
この失態しったい、どう釈明しゃくめいする気だ?
さぁ、公務電車とやらを、
歩三ほさん本部まで回してもらおう。
我が隊より伍長ごちょう二名が同乗する。
新山眞にいやままこと
何をするおつもりですかな?
こんな勝手が許されるとでも――
これは場合によっては、
擅権せんけんの罪ではないですかな?
上官の命令なく争うのは大罪です。
軍法会議を覚悟されたほうがよい。

第三連隊だいさんれんたい前庭まえにわ

一五市にのまえごいち
喪神もがみ風魔ふうま
貴様があの仮面の男を呼んだのか?
新山眞にいやままこと
私たちは、ただセヒラの波形を
調べるために、あの場所で――
一五市にのまえごいち
セヒラなど我々も計っている。
あのような不可解な事態の、
説明を求めているのだ!
鬼龍きりゅう豪人たけと
少尉!
これはどういうことだ?
貴様、何をしている!?
一五市にのまえごいち
隊長!
山王さんのう機関の連中が、
我々の管轄かんかつを断りもなく――
うぐっ!!
鬼龍きりゅう豪人たけと
貴様!
命令無く勝手に行動を起こすなど、
これは擅権せんけんの大罪だ!
――失礼した。
部下が敵愾心てきがいしんつのらせたばかりに、
誤ったことを――
事態、胸三寸むねさんずんに収めてくれないか。
――それとも公式な謝罪が必要か?
新山眞にいやままこと
随分と殊勝しゅしょうですね、鬼龍きりゅうさん。
如月きさらぎ鈴代すずよさんを拉致らちして、
錬金術を真似まね禍々まがまがしい、
新宗教の儀式を執り行った人だ!
鬼龍きりゅう豪人たけと
あなたは……
確か飯倉いいくら技研の……
セヒラに携わる技手ぎて――
新山眞にいやままこと
飯倉いいくら技研の新山にいやまです。
鬼龍きりゅう豪人たけと
覚えておこう、新山にいやま氏。
それにしても――
私は軍属にまで指図を受けるのか?
新山眞にいやままこと
大尉に指図など――
そのようなつもりはありません。
鬼龍きりゅう豪人たけと
私の謝罪は済んだはずだ。
さらに求めないなら、
もうお引き取り願おうか。
新山眞にいやままこと
喪神さん、参りましょう。
ここに長居は無用です。
それに私はちょっと疲れました――

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
玄理げんり派め、これは明らかに越権えっけんだ。
少尉の擅権せんけん罪も揺るぎないな!
喪神もがみ梨央りお
無事に解放してもらって、
大事にならずに済みましたね。
九頭くず幸則ゆきのり
新山にいやまさんはどうしたんだ?
喪神もがみ梨央りお
なんかお疲れのようでした。
今は記録室においでかと――
帆村ほむら魯公ろこう
仮面の男か……
いやはや、その動機、はかれないな。
何のために姿を見せたのか……
九頭くず幸則ゆきのり
そいつも帥先そっせんヤの一人なんじゃ?
あっちこっちでそそのかしてまわって、
混乱を広げているやからではないですか?
帆村ほむら虹人こうじん
新山にいやま技師が波形を解析すると、
仮面の男のことも、
少しはわかるんじゃないかな?
帆村ほむら魯公ろこう
仮面の男の調査、
虹人こうじん、やってみるか?
帆村ほむら虹人こうじん
いいですよ、やってみましょう。
喪神もがみ梨央りお
日本橋にほんばし興亜百貨店こうあひゃっかてんに行くはずが、
新山さんのお手伝いしなきゃ……
九頭くず幸則ゆきのり
まぁ、今度、噂のお子様洋食ランチでも、
馳走ちそうしてあげるよ!
喪神もがみ梨央りお
それは楽しみであります、
歩兵第一連隊不明小隊、
九頭くず幸則ゆきのり中尉殿!

第四章 第七話 日本橋佳木斯異変アリ

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

悪意をたぎらすまでもなく、本音を吐露とろすれば、そのまま怪人化する現象も顕著けんちょになってきた。その原因は帝都満洲にあるとわかった。
陸軍飯倉いいくら技研の新山にいやま技師は、特有のセヒラ波を調整する装置を開発した。霊式れいしきヘテロヂン変調器へんちょうきというものだった。

喪神もがみ梨央りお
兄さん!
観測でわかりました!
日本橋にほんばしに対照する場所……
帆村ほむら魯公ろこう
梨央りおはずっと鉄道時間表を……
よく見飽きないものだな!
それは去年の時刻改定版だな。
喪神もがみ梨央りお
はい、勿論もちろん、飽きません! 
兄さんが次に行くのは佳木斯チャムスです。
哈爾浜ハルピンから北東方面、図佳とか線の駅です。
帆村ほむら魯公ろこう
図佳とか線か……計画路線と聞いたが、
梨央りおの時間表には載ってるのか?
新山眞にいやままこと
それもセヒラのせいかと。
人々の思うものが現れるのです。
たとえ鉄道時間表の上にでも――
さて、装置が出来ましたよ。
霊式れいしきヘテロヂン変調器へんちょうきです。
こちらをお持ちください――
帆村ほむら魯公ろこう
そいつを日本橋にほんばし佳木斯チャムスに設置する。
それで、安易な怪人化は防げる、
そう考えてよろしいですな。
帆村ほむら虹人こうじん
風魔ふうま、今回は僕も行くよ。
喪神もがみ梨央りお
虹人さん、腕の怪我けがは大丈夫ですか?
帆村ほむら魯公ろこう
まだ痛むのか?
それとも――
帆村ほむら虹人こうじん
兄上、ご心配には及びません。
審神者さにわとして、問題ありません。
帆村ほむら魯公ろこう
まぁそう言うなら――
今回は難題かもしれない。
二人いれば安心だろう。
帆村ほむら虹人こうじん
兄上、任せて下さい。
さ、行こうか、風魔!
新山眞にいやままこと
いいですか、装置を置くのは、
なるべく建物のそばでお願いします。
では、ゲートへ参りましょうか。

ゲートを抜けて2人は帝都満洲へ着いた。
帝都満洲にあるはらえの間である――

ゲート

帆村ほむら虹人こうじん
ああ、もう、この感覚……
一旦、体がバラバラにされて、
また合わさるような――
【着信 喪神もがみ梨央りお
転送は完了しました。
お二人の無事、確認しています。
帆村ほむら虹人こうじん
まぁ、無事といえば無事だよ。
頭から足が生えているわけじゃなし。
【着信 喪神もがみ梨央りお
――何ですか、それ?
日本橋にほんばし佳木斯チャムス方面にアストラル反応、
急ぎ、向かってください!

風魔ふうま虹人こうじんの2人は、赤坂哈爾浜ハルピンから、帝都満洲鉄道で日本橋にほんばし佳木斯チャムスを目指した。列車の外では轟々ごうごうと風が鳴っていた――

帆村ほむら虹人こうじん
僕達が乗っているには、展望車だな。
もっともこの列車には展望車しか、
接続されていないみたいだ――
展望と言っても、表は真っ暗だ。
何も見えやしない――
しかし何だな……
ここでお前と差し向かいというのも、
何だか気詰まりだな――
雑誌でもあればな。冒険少年とかな。
何だ、どうした?
僕は意外にロマンチストなんだ。
求めるものがいろいろあってな!
兄……隊長は現実主義者リアリストを気取る。
でもな、あれは親の反動なんだよ。
親父は超絶変人だったからな!
僕が生まれた時に、既に僕の人生を、
全部計画していたそうだよ。
今の僕も親父の計画通りなんだ――

突然、列車が停まった。

帆村ほむら虹人こうじん
何だ、おい!
表に何かいるぞ!
あいつがせいで、列車が停まった!

時空じくう狭間はざま

【猟奇人Mのアストラル】
雑誌猟奇グラフに案内を載せた――
――およ尋常じんじょうならざる容貌ようぼうの人をつのる、するとすぐに応募があったんだ。
帆村ほむら虹人こうじん
おい、邪魔だ。
僕達はここを調べなきゃならない。
【猟奇人Mのアストラル】
応募者は沼田なる人物。
首から下にびっしりうろこが生えていた。
恒例こうれい猟奇会は大盛り上がりだ!
帆村ほむら虹人こうじん
おい! 聞いているのか!
邪魔なんだよ!!

《バトル》

【猟奇人Mのアストラル】
でもね、会衆の目前で沼田は、
手にした包丁でうろこぎ始めたんだ!
あたり一面にうろこが飛び散るんだよ!
帆村ほむら虹人こうじん
えて話に同調しなかったが、
うろこの男はどうなったんだ?
――寒いな。
風魔ふうま、列車に戻るぞ。

帝都満洲鉄道は、再び進み始めた。ときおり風景の中に、輝く光点のようなものが混ざる。光点は次第にその数を増してくる――

帆村ほむら虹人こうじん
本当に奇妙な風景だな。
僕達の見る風景はまことのものなのか?
それともすべてが幻覚だったら――
なぁ、風魔……
お前が鈴代すずよと戦ったときのことだ、
どんな気持ちだったんだ?
敵と思ってたおそう――
そう思ったのか?
あるいは加減があったのか――
いや、答えにくいならいいいんだ。
忘れてくれ――
あれ? どうした?
また何かいるのか?

再び列車が停車した。

帆村ほむら虹人こうじん
今度は何だ?
まさかうろこの野郎のお出ましか?

時空じくう狭間はざま

【猟奇人Fのアストラル】
沼田うろこは、
物凄い臭いがするんだ――
帝都ホテルの会場は阿鼻叫喚あびきょうかんさ!
帆村ほむら虹人こうじん
またか!
風魔、頼む!
僕は装置を護る。

《バトル》

【猟奇人Fのアストラル】
帝都ホテルは宴会場の掃除に、
一週間かけたそうだよ。
帆村ほむら虹人こうじん
そうか、新橋の帝都ホテルだろ。
宴会場が利用できないって、
新聞に案内が載ってたな。

帝都満洲鉄道は、その後は妨害にうことなく順調に進み、日本橋にほんばし佳木斯チャムスに到着した。

〔日本橋佳木斯チャムス

いよいよ空は不思議な様相ようそうを見せる。光は空からではなく、どこか別のところからあたりを照らしているように見えた。帝都満洲の他の場所とは異なり、幾分、陰鬱いんうつさは薄らいでいるようだった。

帆村ほむら虹人こうじん
ここは……
想像していたのとは違うな……
空気の中に脈動する力を感じる。
巨大な怪物の体内にいるようだ。
この力が帝都に及んでいるのか?
――その元はどこにあるんだ?
アストラルがいるよな。
あいつらから話を聞いてみるか。

【猟奇人Tのアストラル】
でもね、ただじゃ済まないのが、
猟奇人たる者だよ。
沼田うろこ、皆拾い始めた。
油紙買ってくる者もいてね――
帆村ほむら虹人こうじん
油紙?
うろこを包むのか?
【猟奇人Tのアストラル】
そうさ!
皆がうろこを持って帰ったんだ!
ひゃははは、これぞ猟奇人の矜持きょうじさ。
中にはうろこを煮出して、
漢方かんぽうの要領で飲んだ奴もいる!
帆村ほむら虹人こうじん
争うような素振りはないな。
それにしても、猟奇倶楽部くらぶって、
一度査察ささつの必要があるな。

【帝都ホテルのホール係】
猟奇倶楽部くらぶには二度と貸出かしだしならん!
そうお達しが出ましたよ。
でもね、私もうろこ、持ち帰ったんです。
会が引けた後ね、落ちていたの三枚。
うろこ布巾ふきんに包んで納戸なんどに置きました。
――するとどうでしょう……
帆村ほむら虹人こうじん
ん? どうなったんだ?
【帝都ホテルのホール係】
せがれの背中にうろこが生え出したんです。
左の背中です、今やもうてのひらくらいの
大きさにまで広がりました!
帆村ほむら虹人こうじん
怪異が伝染するって聞いたけど、
これもそのうちなのか?
よし、風魔ふうま――
この辺りなら平気そうだ。
装置を設置するぞ。
この装置で怪異の伝染が消えるのか。
まぁ結果を待つしかないな。
無線で本部に連絡しておくか――
【着信 ………】
ザー……ビュルビュルビュル……
帆村ほむら虹人こうじん
あれ、無線が使えないぞ、
これは装置のせいなのか?
それともここのセヒラが強くて……
どっちにしろ危険だな。
無線無しで探索するのは危険過ぎる、
風魔、ここは引き上げよう。
おい、風魔――
なんか音しないか?

地響きを伴った大きな音がした――

帆村ほむら虹人こうじん
何だよ、おい!
心なしかセヒラが強くなったようだ。

〔日本橋佳木斯チャムス・南〕

これまでとは異なる巨大なアストラルが、ふわふわと宙に浮いていた。それはただならぬ気配をかもしていた――

帆村ほむら虹人こうじん
感じるぞ――
セヒラが、波動になって押し寄せる。
【???】
私は呼ばれたように思うのです――
【沼田
本当はね、顔にもうろこがあるんです。
ああ、私、沼田です――
顔はね厚塗りで隠すんですよ。
体のうろこ、すっかり生え変わってね。
一度ぐと、前より分厚くなる。
てらてら光って立派なもんです!!
帆村ほむら虹人こうじん
あんたの思念がここに及んで、
帝都にまで影響しているんだな!
これは打ち倒すしか無いぞ、風魔ふうま
【沼田
私の身の上の怪はね、
いろんな人にも起こるんです。
まるで多くを導いているようですよ!!

《バトル》

帆村ほむら虹人こうじん
多くを導くだと?
まるで教祖様気取りだな。
しかしあいつ、帝都の何処どこかに……
そうだよな、ここにあるのは思念だ。
今も帝都の何処どこかで暮らしてるんだ。
さしずめ、うろこ怪人か……
そんなのが現れたら、
沼田が近くにいる証になるな。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
虹人こうじんさん、大丈夫でしたか?
兄さんも――
帆村ほむら魯公ろこう
おう、ご苦労だったな。
今回はけっこう大変だったろう……
帆村ほむら虹人こうじん
装置はこうそうしていますか?
新山眞にいやままこと
おそらくは……
少なくとも波形は変わりました。
問題となる波形が消えたのです。
もうあのような……
ひょんなことで怪人化する事案、
起きないと思いますが。
今後、似たような事案、
皆無かいむだとは言い切れませんが。
帆村ほむら魯公ろこう
日本橋にほんばしの騒乱は一段落したようだ。
元をつ作戦はひとまず成功ですな。
新山眞にいやままこと
最後の巨大アストラルが倒れ、
それで波形が消えたとも言えます。
あの霊式れいしきヘテロヂン変調器へんちょうき
まだまだ試作の段階ですので、
もっと性能を上げていきます。
帝都満洲は帝都から降りた思念と、
アラヤ界からのセヒラが出会う場所。
それがまた帝都へと戻ってくる――
そういう構造ははっきりしました。
これをふさぎ切るのは困難です。
うまい活用法があるはず――
帆村ほむら虹人こうじん
参謀本部もセヒラの活用を考えて、
山王さんのう機関を作ったわけだよな。
を指揮するのも、
セヒラを扱うことと同じだ。
そうでしょう、新山にいやまさん。
新山眞にいやままこと
帥士すいしを通じセヒラに向き合い、
私は波形を見てセヒラを知る――
そういう住み分けです。
喪神もがみ梨央りお
私は……
波形の方でしょうか?
帆村ほむら虹人こうじん
梨央りお帆村ほむら流、試してみれば?
なんたって風魔ふうまの妹なんだから。
喪神もがみ梨央りお
でも……
私、あまり霊異りょういを現せる、
気がしません。
帆村ほむら虹人こうじん
人は変わっていくんだよ、きっと――

第四章 第六話 日本橋狂舞騒動

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

第三連隊玄理げんり派の鬼龍きりゅう豪人たけとが、如月きさらぎ鈴代すずよに犠牲をいる形で、力を集めようとした――
鈴代は無事に保護されたものの、山王さんのう機関には重苦しい空気が立ち込めていた。
鬼龍を好敵手こうてきしゅと呼べなくなった空気である。

九頭くず幸則ゆきのり
鬼龍の奴、部隊作りが運んでいない、
それで焦っているに違いない。
喪神もがみ梨央りお
鈴代さんは自宅で静養中です。
昨日はお元気そうでしたよ。
九頭くず幸則ゆきのり
そうか!
後でお見舞いにでも行くとするか。
しかしなぁ……
何だかに落ちないよな。
鈴代と鬼龍の間には、
俺達の知らない確執かくしつがあるみたいだ。
――まぁ、あって当然か。
鈴代が流派を閉じるだの何だのって、
その時は、鬼龍は京都だろ?
京都の第十六師団付きの少尉だ――
喪神もがみ梨央りお
鬼龍……あの人、半年に一度ほど、
如月家を尋ねて来ていました。
でもなんだかすごく横柄おうへいで……
帆村ほむら虹人こうじん
おい! 機関員の諸君、
何を呑気のんきにやってるんだ?
喪神もがみ梨央りお
隊長! それに虹人こうじんさんも。
帆村ほむら魯公ろこう
心配ごとはいろいろあろうが、
悩んでいるいとまはないぞ。
九頭くず幸則ゆきのり
ということは、また事変ですか?
今度はどこで?
帆村ほむら虹人こうじん
銀座、日本橋にほんばしにかけての一帯だ。
突然、踊り狂う者が現れ、
街に混乱をきたしていると――
九頭くず幸則ゆきのり
踊り?
そりゃまた酔狂な!
帆村ほむら虹人こうじん
警察、憲兵、特高とぐるぐる周り、
結局、山王さんのう機関の出番となった。
怪人かどうかはわからないんだが――
帆村ほむら魯公ろこう
銀座、日本橋にほんばし界隈かいわい
セヒラの値はどんなんだ?
梨央りお、ちゃんと観測しているか?
喪神もがみ梨央りお
あっ、はい!
隊長、すぐ観測します!
帆村ほむら魯公ろこう
おそらくセヒラにやられた、
そう考えて間違いないだろう。
その者らが怪人化すると厄介やっかいだ。
九頭くず幸則ゆきのり
帆村ほむら先生、それなら俺も一緒に!
帆村ほむら魯公ろこう
いや、中尉、君は鈴代女史じょしの警護に
あたってくれ。家は知っているな。
連中、諦めが悪いかも知れん。
帆村ほむら虹人こうじん
僕たちは接近しないほうがいい。
回復を早めるには、審神者さにわや流派、
そういうのから距離を置くことだ。
喪神もがみ梨央りお
隊長! 銀座、日本橋にほんばしのセヒラ、
多くを怪人化させるほどではなく、
やや高めといったところです。
帆村ほむら虹人こうじん
なるほど。これは勘だけど――
銀座幻燈会げんとうえの客なんじゃないか?
まだ残党がいて、街に繰り出した……
喪神もがみ梨央りお
釣鐘に誘われて山王さんのうに集まったのも、
銀座幻燈会げんとうえの怪人でした。
不明者は二十人くらいいました。
九頭くず幸則ゆきのり
なんだ、おい!
そんな怪人がいたのか!
一体、会場で何を見せられたんだ?
喪神もがみ梨央りお
帝国幻燈ていこくげんとう倶楽部くらぶの主催……
おそらくこれも帥先そっせんヤの仕業かと。
中尉もお気をつけ下さいね。
九頭くず幸則ゆきのり
大丈夫だよ、先取せんしゅの精神発揮せよ!
幻燈げんとうなんて興味ないさ、活動キネマだよ。
じゃ、鈴代んちに行ってくるよ!
帆村ほむら魯公ろこう
中尉、頼んだぞ。
風魔ふうま、まずは銀座だ、向かってくれ。

銀座四丁目ぎんざよんちょうめ

【京橋署の巡査】
もしや、山王さんのう機関の方ですね。
最初、署に連絡があり、それが
憲兵司令部に行き、また署へ――
京橋きょうばし署の特高課で検討して、
結局、警邏けいらの方に降りてきました。
第一連隊に連絡済みとのことで――
通行人の中に踊り出すものが現れ、
みるみるるいは友を呼ぶとなり……
今は大体しずまっています。
連中を見ていると、ふと、
自分も踊ろうかという誘惑に……
その誘惑に……
ああ、自分、勝てないのであります!

そう言うや巡査は、大通りの彼方かなたを見やり、何かに心奪われたようになった。

【浜松町の客】
はぁはぁはぁ……
くたびれました、もうしたいです。
体が勝手に動いてなりません。
身体中の筋肉が意思とは関係なく、
反応するのです――
医者である私だから言えます。
これは病気なんかじゃない、
もっと強い何かが作用していると。
そもそもは銀座幻燈会げんとうえでした――
会場を出た瞬間、私は自分の家が
何処どこなのかわからなくなり……

茗荷谷みょうがだにの客】
――銀座の舞台が君を待つ!
はぁはぁはぁ……
アタシ、すっかり気分になっちゃって
でも……幻燈会げんとうえで何を観たのか、
まるで思い出せないの。
それに何日も寝てないのよ!
あんなに寝坊さんだったアタシが、
こんなにも元気で、おまけに楽しい!
それは私が可愛いからかしら~♪

【代々木の客】
――君こそ銀幕スタアだ!
その案内が代々木よよぎの駅前にあったの。
銀幕って活動キネマのことでしょ?
省線しょうせん乗って、有楽町ゆうらくちょうで降りて――
銀座幻燈会げんとうえの会場は人がいっぱい。
猟奇グラフ持ってる人もいたわ。
帝大の学生さんもいたわね……
みんな目を輝かせていた。
私だって! 負けちゃいません!
必ずや、銀幕に……
あああ、頭が……痛いぃ~

茗荷谷みょうがだにの客】
楽しいの! 楽しいの!
銀座の舞台に立てたことで、
人生薔薇ばら色ね!
さぁ、もっとダンスよ、
ダンス、ダンス――
これがレビューね!

【代々木の客】
歌って、踊れる、スタアなの!
何日だって、踊り続けられる!
次は歌の時間ね!

【浜松町の客】
あああああ~
気付くと神田かんだにいました、そして、
あの夜から幾日いくにちも街を彷徨さまよって……
次に気付くと谷中やなかの墓地に、
次は小石川こいしかわ造兵廠ぞうへいしょうの前でした――
そして今日、ここに初演デビューするのです!
私はエンターテーナーになるのだ!
わははは、医者なんて駄目だ、
医者に心は治せないっ!!

《バトル》

【浜松町の客】
医者には心は治せない……
私は自分の仕事を疑い続けている。
その思いが私を押しつぶすんだぁぁ~

銀座の大通りに繰り出した人々は、思い思いのことを話すも、一様に茫然ぼうぜんとし、心ここに在らずのていだった。

日劇前にちげきまえ

柴崎周しばさきあまね
これは奇遇きぐうですね、喪神もがみ風魔ふうま君。
私のことはご承知おきですね……
独逸ドイツ国在勤帝国大使館の
柴崎周しばさきあまねです。
皆はなぜ踊るのでしょうか?
ヘロデ王の前で踊り、その報酬として
ヨカナーンの生首を欲した娘――
そんな逸話を思いこさせてくれます。
私はオーブリー・ビアズレーの
あの版画をことほか愛してやまない。
踊り子の報酬――
銀盆に載ったヨカナーンの生首から、
赤い血がしたたり落ちている。
その赤が版画の漆黒によって
見事に表されているのですよ!
――あの黒ほど美しい色はない。
さて、皆は何の報酬を求めて
いるのでしょうか?
あるいは――
セフィラのせいで踊らざるをえない?
それはそれでユニークですね。
――おや!
そこの女史じょしはどうかされたかな?
様子が変ではありませんか?
――これ以上長居は無用ですね。
私は失敬しっけいさせてもらいますよ。

【三番町の客】
貴方、そこで何してるの?
ぼんやり突っ立ってちゃダメよ、
ダンスショウの開幕なのよ!

【三番町の客】
ほら、大勢のお客さんが……
わらってるわ! ねぇどうして?
貴方が木偶でくぼうだからね、きっと!!

《バトル》

【三番町の客】
頭が……痛いわ……
でも脳楽丸のうらくがんがあるから、平気ね。
でしょ……違うかしら……あああっ!

興亜百貨店前こうあひゃっかてんまえ

【怯える少女】
みんなどうしちゃったの?
急に踊ったり歌ったりして……
昨日、日比谷ひびや公園にお出かけした時、
やっぱり踊ってる人がいたわ。
でも楽しそうじゃなかったわ!

【本郷の客】
たった一晩で踊れるようになった。
君、これは奇跡だよ――
タップダンスだよ、すっかりできる!

【本郷の客】
もう法科になんか戻らない。
華麗なステップで皆を楽しませるさ!
さぁ、ダンスの時間だ!
勿論もちろん、君も一緒に踊るよな!

《バトル》

【本郷の客】
おかしいぞ、急に疲れが……
はぁはぁはぁ、疲れが来た!
ああ、僕はもう駄目だ~

帆村ほむら虹人こうじん
無事だったか、風魔ふうま
何か街中が大変なことになってる――
キリがないよ。
銀座幻燈会げんとうえの客だけじゃないな。
伝染したみたいだな――

虹人こうじんは以前の公務で受けた傷が痛むのか、腕を抑えるしぐさを見せて顔をしかめた。

帆村ほむら虹人こうじん
なぁに、大したことはないさ。
ちょっとしたかすり傷ってね。
一旦、本部に引き上げるぞ。
対策、らなきゃ!

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
兄さん、お帰りなさい。
あっ、虹人こうじんさんも!
新山にいやまさんがセヒラの波形を調べて、
それでわかったんです。
帝都満洲に同じ波形がありました!
帆村ほむら虹人こうじん
やはりな……
憎む相手を手に掛けたとか、
そういう感じじゃないんだよな。
喪神もがみ梨央りお
銀座幻燈会げんとうえに行って、
踊れるようになった、
そういう学生さんもいましたよ。
新山眞にいやままこと
思うにですよ、
心の奥に仕舞い込んだものが、
ひょんなことから表に出るんです。
帆村ほむら虹人こうじん
なるほど! 
本心があらわになる、そんなことか……
自我がき出しになるとか――
喪神もがみ梨央りお
虹人さん、お怪我けがは大丈夫ですか?
兄のこと案じ、
日本橋にほんばしに駆けつけてくださって――
元を断たないかぎり、解決できない、そうですよね、新山さん!
いくら帝都で怪人を倒しても――
新山眞にいやままこと
容易たやすく怪人化する人が増えるばかり。
今、ちょっと新装置をこしらえます。
少し時間をください。

鈴代の決意

けたたましい警報が鳴り響いていた。それは何かおぞましいものの到来とうらいを告げるかのようであった。

〔山王機関本部〕

喪神もがみ梨央りお
兄さん!
異常なセヒラを観測しました!!
――見たことのない値です。
帆村ほむら魯公ろこう
何だったんだ、今の警報は?
喪神もがみ梨央りお
セヒラです、異常なセヒラです。
値がとても大きくて!
変動もすごくて!
帆村ほむら魯公ろこう
わかった、わかった、梨央りお
それで、まだあるのか?
その、異常なセヒラは。
喪神もがみ梨央りお
いえ、今は観測していません。
でも――

新山眞にいやままこと
失礼します、
飯倉技研いいくらぎけん新山にいやまです。
帆村ほむら魯公ろこう
ちょうどよかった……
今しがた、セヒラの異常を観測した。
――何があったんだ?
新山眞にいやままこと
もしかすると……
博士が――
しでかしたかもです。
帆村ほむら魯公ろこう
博士?
――銀河ぎんがゼットー博士がかな?
新山眞にいやままこと
ええ、そうです。
以前、博士からわれたんです。
――ある装置をこしらえるので、
新山眞にいやままこと
霊式れいしきヘテロヂンの理論が知りたいと。
波形合成の理論と解法を求められ、
私の研究ちょうをお渡ししました。
喪神もがみ梨央りお
それって、セヒラに関係する、
そういうたぐいの装置ですか?
新山眞にいやままこと
どうも、そのようです。
何でも画期的な装置だそうです。
それが作動して異常なセヒラを――

喪神もがみ梨央りお
兄さん、その博士から、
是非とも調整室に来て欲しいと。
――何があるんでしょうか……

〔山王機関魔課調整室〕

銀河ぎんがゼットー】
いやぁ~来たかね、君!!
驚天動地きょうてんどうちの大発明が完成したのだ!
世紀の、まさに世紀の大発明っ!!
落ち着くんだ、君!
ここにらせしは~
――夢玄器むげんきなりぃぃぃ~!

不可思議な眼鏡のような物が、銀河ゼットー発明による夢玄器むげんきであった。夢玄器むげんきは何かと繋がっているようである――

銀河ぎんがゼットー】
おーほほっ!
そうだ、夢玄器むげんき!!
大完成した我が夢玄器むげんきである。
こいつはアラヤ界の思念を吸い出し、
仮想的劇的空間を作り出す装置マシーンだ。
その空間を夢玄域むげんいきと呼ぶことにする。
先程、ボクも夢玄器むげんきを着けて、
夢玄域むげんいきに入ってみたんだ――
見えたよ……いや、ボクは訪れたんだ。
我が故郷……我が父、銀河Y太郎わいたろう
ボクは尋常小学校五年生だった……
あの夏の日、蒼天そうてん下の八月一日、
我家の木戸に父とペンキを塗った……
脳天を刺す日射熱を今も感じる。
数年後、父は実験でウランに被爆した――
さてだ、君も出かけたいだろう?
早速、こいつを着けて夢玄域へむげんいき!!
よぅし、準備はいいな、勿論もちろん!!
夢玄器むげんきを着け、君が行くのは、
愛と妄想に溢れる夢玄域むげんいき!!

〔夢玄域〕

皇紀2592年、昭和7年3月――
如月きさらぎ鈴代すずよはある決意を胸に、
帆村ほむら魯公ろこうもとを訪れていた。

如月きさらぎ鈴代すずよ
先日のことです……
銀座を歩いていて、一人の学生さんと
すれ違ったのです――
すれ違いざま、その人は振り返り、
ものすごい形相で
私をにらみつけました――
その人は気付いていたのです……
私の霊異りょういすことに――
あるいは想像したのかも知れません。
私のを呼ぶさまを――
帆村ほむら魯公ろこう
その学生は、おそらくを呼ぶ者。
流派にない者でもを呼ぶ例が、
どうやら増えてきておる――
如月きさらぎ鈴代すずよ
にらまれた私は何もできませんでした。
ただ、その場に立ちすくみ、
身を硬くするばかりでした。
――その時、悟ったのです。
もう私には霊異りょういは現れないと。
東雲流を守るほどの霊異りょういは――
先生、東雲しののめの流派を閉じようと……
これ以上、こだわっていても、
良い方向に向かうとは思えません。
帆村ほむら魯公ろこう
うむ……
鈴代さん、お前さんがそう思うのなら
そのようにすれば良い。
東雲流帰神法しののめりゅうきしんほう、わしが受け継ぐ。
お前さんが流派に戻りたければ、
いつでも戻れば良い。
如月きさらぎ鈴代すずよ
心強いお申し出、感謝します――
帆村ほむら魯公ろこう
ちょうど軍の方からも話があって、
帰神きしん法の流派をまとめてくれと。
そう頼まれておったところだ。
軍は軍で調査をしておったという。
わしら審神者さにわ帥士すいしと呼ばれておる。
ひきいる士官ということだな――
ただ流派を閉じるにしても、
一朝一夕いっちょういっせきには運ばないぞ。
しばらくは協力してもらうことになるな。
如月きさらぎ鈴代すずよ
勿論もちろん、協力は惜しみません。
帆村流帰神法ほむらりゅうきしんほうとしてお整えください。
帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうまの奴もめきめきと、
上達しておるからな!
如月きさらぎ鈴代すずよ
そうですわね。
とても頼もしく存じます。

年初に帝大のつた博士がセヒラを同定。並び発表されたに関する論文により、陸軍参謀本部では特務機関の設置を決めた。
喪神もがみ風魔ふうま、20歳――
陸軍士官学校予科の卒業を目前にしていた。卒業後は、本科進学に先立ち伍長ごちょうに任官する。

夢玄域むげんいき近代的モダンなビルヂングが現れた。それは東京新宿にある東洋ホテルだった。
一室人8えんの高級ホテルである。

麻美マーメイ
ここは新宿の東洋ホテルですね。
界隈かいわいきっての高級ホテルです。
外国人も多く利用しています。
実はこのホテル、鈴代さんの叔父おじ
山郷やまごう武揚ぶよう常宿じょうやどなのです。
山郷やまごう武揚ぶようは山梨から上京する毎に、
この東洋ホテルに投宿とうしゅくします。
彼は鈴代さんが流派を閉じることを、
良くは思っていません。
今、彼の思念が強く働いています――
ゆかりのある人の思念が、
縁のある場所を出現させるのです。
怪人もその場所に由来しています。
ホテルならホテルの従業員、
あるいは宿泊客もいるはずです。
残留思念から怪人が生まれるのです。
それでは慎重に取り組んでください。
期限が来ると思念はすべて
消えてしまいます――

《バトル》

山郷やまごう武揚ぶよう
あろうことか、鈴代すずよによって、
我が東雲しののめ流が閉じられようと――
そのような擅断せんだん、私はゆるさない!
研鑽けんさんを積めば、
いくらでも霊異りょういは得られるのだ。
おい、小森こもり
お前は荒木町あらきちょうの酒屋として、
如月きさらぎ家に用聞きをしているな?
小森こもり時夫ときお
――はい……
山郷やまごう武揚ぶよう
お前にも力を授けよう。
その代わり、如月きさらぎ家のこと、
細大漏らさず伝えるのだ。
小森こもり時夫ときお
承知しました。
おおせの通りに。

〔山王機関魔課調整室〕

銀河ぎんがゼットー】
むむむむむ――
君はすこぶる安定しておったな!!
――反してボクはダメだった……
夏空が真っ黒になり、父が消え、
世界の像がいちじるしーく乱れてしまい、
気付くとここに戻っていた――

君の場合は大丈夫なようだな!
君の働きに恐れをなしたか、
夢玄域むげんいきが観測できなくなった!
そうだよ、夢玄域むげんいきが消滅したんだ!
次に夢玄域むげんいきが現れたら、
赤札あかふだ特務を申請しておくぞ。
ひとまずゆっくりしてくれ!

〔山王機関本部〕

喪神もがみ梨央りお
博士の発明、何かすごいですね。
あの異常なセヒラは夢玄器むげんき
せいだったんですね!
帆村ほむら魯公ろこう
アラヤ界から思念を集めて
ひとつの空間が仮想に再現された……
不思議な事もあるもんだ。
ゼットー博士は、同様の仕組みで、
も作られているのではと、
考えているようだな。
喪神もがみ梨央りお
じゃ、夢玄器むげんきのようなもの、
他にまだあるんですね?
帆村ほむら魯公ろこう
帥士すいしの前にを現すのだ、
夢玄器むげんきとはまた異なる原理だろうな。

銀河ゼットーがひらいた仮想の世界、夢玄域むげんいき。そこでは人々の思念が形を成していた。まるで心のうちを見かすかのようである。