第四章 第二話 灯台下暗し

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

純喫茶の怪人が口にした銀座幻燈会げんとうえ。それが思わぬ波紋はもんを広げつつあった。
銀座幻燈会げんとうえめい打ったもよおしは、銀座八丁目のビルヂングで開かれた、幻燈げんとうを観るつどいであった――
だが、銀座幻燈会げんとうえに参加した客のうち、何人もが、会終了後の足取り知れずで、警察に捜索願そうさくねがいが出ていたのだ。

喪神もがみ梨央りお
今のところ、二十人です。
銀座幻燈会げんとうえで行方不明になった人。
帆村ほむら虹人こうじん
参加したのは何人くらいなんだ?
喪神もがみ梨央りお
わかりません――
ただ雑誌の案内だと六十名定員と。
猟奇グラフに載った案内です。
会の主催は帝国幻燈げんとう倶楽部。
住所は小石川こいしかわですが――
電話は通じませんでした。
もしかすると、これも帥先そっせんヤの仕業、
そうじゃありませんか?
いたづらに怪人化をそそのかす連中ですよ。

行方不明者については警察に届けが出るが、そうでない参加者について、情報を得るのは至難しなんの業だった。

帆村ほむら虹人こうじん
いっそラヂオで呼びかけるとか……
――ダメかな……
喪神もがみ梨央りお
参加者は山王さんのう機関へご一報を!
――そんなの無理です。
ちょっと待ってください、兄さん!
――探信儀たんしんぎがセヒラを観測!!
物凄い値です!!
溜池通ためいけどおり一ツ木通ひとつぎどおり清水谷しみずだに公園、
それに山王さんのう近辺も!
帆村ほむら虹人こうじん
どうやら幻燈会げんとうえ組のお出ましか?

山王さんのうホテル前〕

帆村ほむら虹人こうじん
おお、何だ何だ、もうこんなことに!
梨央りおの言うとおりだな、
界隈かいわいのあちこちで同時発生している。

帆村ほむら虹人こうじん
風魔ふうま、ここは二手に別れよう!
まず山王さんのうの地は死守しないとな。
風魔、お前は一ツ木通方面だ。
僕は溜池通ためいけどおりの方をあたる!

一ツ木通ひとつぎどおり

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラの増大はなおも拡大中。
赤坂各地で怪人化が発生しています。
市民への被害、それに伝染も
懸念けねんされます!
怪人を鎮定ちんていしてください。

【赤坂署の巡査】
おい、貴様ら!
しずまれ、騒ぐんじゃない!
【八丁堀の客】
俺が気に入らないんだろ?
前からそうだよな、お前の目付き。
フハハハ、俺は力を得たんだ!
【なじる男】
何の力だ? 言ってみろ!
お前はヘマばかりだ!
力なぞ聞いてあきれる!

巡査の仲裁ちゅうさいもどこ吹く風で、男たちは互いにいがみ合い、今にもつかみかからん勢いであった。

【赤坂署の巡査】
何だ、貴様!
こいつらの身内か?

あっ! これは特務中尉殿!
失礼しました!
この者達が見境みさかいなく争い立て、
治安を乱すがゆえ、
指導仲裁ちゅうさいしておるのですが……
如何いかんせん、
意味不明なことばかり口走り、
らちが明かないのです。

【八丁堀の客】
何だ? 巡査の次は軍人崩れか?
【なじる男】
お、お前……
誰に怒ってるんだ?
【八丁堀の客】
誰でもいいだろ!
俺の邪魔をする奴は皆だ。
ち、力を見せてやる!!

【八丁堀の客】
上等だ!
俺に歯向かうとはな!

《バトル》

【赤坂署の巡査】
ん? 何だ?
何が起きたんだ?
おい! 急にどうした?
【なじる男】
こいつ、いきなり倒れたぞ。
銀座に幻燈機げんとうきもよおしに出掛けて、
以来、行方ゆくえ知れずになっていたんだ。
【赤坂署の巡査】
そうか! 銀座幻燈会げんとうえの客か!
それで、何を見たんだ?
会場で何を見た? 言ってみろ!
【なじる男】
自分は……行かなかったんだ。
だから、よく知らない……
でも、何か、変だ……頭が痛い……

鬼龍きりゅう豪人たけと
なんというざまだ、
喪神もがみ中尉!
ここは貴様ら山王さんのう機関の管轄かんかつ
それでこのような騒動とは、
情けないにも程がある!
【赤坂署の巡査】
ううううう……
帝都の治安を乱すのは、お前か!!
いよいよもって成敗せいばいだ!
鬼龍きりゅう豪人たけと
喪神もがみ中尉、ここは俺に任せておけ。
お前は山王さんのうの地を守るんだ。
急げ!!

月詠つくよみ麗華れいか
風魔ふうまさま、やはり出動されて……
私の勘はえていましたわ!
豪人たけとさまの後を追っていたら――
風魔ふうまさまの街がこんなことに!
私、お力になれそうですわ!
品川しながわでは、私、ひどいことを……
でも抑えられなかったんです。
私はあれから飛躍ひやくしましてよ!
私、麗華れいかはさらなる高みへと、
自分を昇らせることにしたのです!
豪人たけとさまの召喚術、拝見して、
私の器は一杯になりました。
もう一つの器も一杯にしたいのです。
風魔さまの帰神きしん法、拝見できれば、
そして私も参加できれば、
器は一杯になるはずです!
二つの器が一杯になれば、
私は高みへと昇れるのです――
きゃぁ~
【錦糸町の客】
女というのは不思議な生き物だ!
私の理解を超えている。
だから、もっと教えてくれよ――

月詠つくよみ麗華れいか
来ないでください!
やめてください!!
【錦糸町の客】
女とは何者ぞ! ああん?
女とはぜんたい、何者、何者だぁ!

男が麗華れいかの体に触れようとした。
その刹那せつな、男の体はものすごい勢いで、
その場からはじき飛ばされてしまった。

月詠つくよみ麗華れいか
どうしましょう!
私の内側から、力が湧くのです!

《バトル》

月詠つくよみ麗華れいか
あああ、神さまが……
私の求めに応じてくださる!

月詠つくよみ麗華れいか
豪人たけとさま!
力……私の力、まだわずかですが、
出来たのです!
鬼龍きりゅう豪人たけと
巡査までが怪人化した!
この一帯、どうなっているんだ?
セヒラが異常なんだな?
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、聞こえますか?
通信障害がありました。
セヒラの値、依然いぜん高いままです!
鬼龍きりゅう豪人たけと
中尉、その娘、隊で預かる。
まだ闘いにあたわずだ。
だが、可能性は感じる――
月詠つくよみ麗華れいか
――私の力……
これは本物、なのですか?
【着信 喪神もがみ梨央りお
麗華れいかさんですか?
そこに麗華さんが……
もう一人は――
鬼龍きりゅう豪人たけと
ここは私と来るんだ!
もう十分得ただろう――
月詠つくよみ麗華れいか
私には、まだわかりません……
鬼龍きりゅう豪人たけと
喪神もがみ中尉!
ここの事態、しずめないと、
山王さんのう機関はお役御免やくごめんだろう!

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラの漏出ろうしゅつゲート からのものと
判明しました。
ですが、
対応にあたっていた新山にいやまさんと、
先ほどから通信が途絶とだえています。
至急ゲート へと向かってください!

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、警戒して下さい!
ゲート 周辺のセヒラ濃度は今、
異常な状態にまで達しています。
そんな中に身をさらすのは危険です。
あまり時間をかけられません!
迅速じんそくにお願いします。

ゲートからセヒラが漏出ろうしゅつするという。目には見えぬセヒラが、河の奔流ほんりゅうのように感じられた。

新山眞にいやままこと
フウウ、見たんですよ――
弟の和斗かずと浅草あさくさ今木いまきてるさんに、
渡そうとしたメモを!

新山眞にいやままこと
照さんの新しくした髪型、
とてもお似合いだとかなんとか、
おべっかでその気にさせようと――

《バトル》

新山眞にいやままこと
あああ、何か変なこと……
寝言でもしていた気分です。
――私はもう大丈夫ですよ。
あっ、そうです、このゲート
早く何とかしないと!

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

新山眞にいやままこと
喪神もがみさん、これを見てください――
ご覧になるのは、はじめてでしょう。

ゲートを安定化させて、機関本部に戻った新山にいやまは、一枚の設計図を取り出した。
そこには釣鐘つりがねのような装置が描かれている――

新山眞にいやままこと
この釣鐘状の装置が、
ゲートのセヒラを調整していたのです。
喪神もがみ梨央りお
それが、セヒラを安定させていた、
そうなんですね?
新山眞にいやままこと
はい。安定と言っても、
を扱えるだけの値が必要、
高い値で安定させていたのです。
帆村ほむら魯公ろこう
去年の秋、ホテルで大工事があった。
もしやその時に、運ばれたのか――
その釣鐘とやらは……
新山眞にいやままこと
そう思われます。
セヒラが安定し始めた頃とも
合致していますから。
ホテル地下のスケートリンク脇の、
資材置き場で図面を見つけました。
図面は裏返しに折られていたんです。
新山眞にいやままこと
図面をよく見ると、釣鐘のすそ
薄く、鉤十字ハーケンクロイツが描かれています。
独逸ドイツ製なのかも知れません。
この装置が不安定になった、
それがセヒラ湧出ゆうしゅつの原因だと、
そう考えるのが自然かと――
喪神もがみ梨央りお
他に思い当たる原因は、
ないんですよね――
帆村ほむら魯公ろこう
今、セヒラは安定しておるな。
それにしても……釣鐘か……
まったく聞き及んでおらん――
喪神もがみ梨央りお
隊長、その釣鐘は、どこでしょうか?
山王さんのう機関の地下にそんなものが、
収まる場所はなさそうですが……
帆村ほむら魯公ろこう
秋の工事では、車寄せのあたりを、
掘り返しておったな……
いつも円タクが客待ちする辺りだ。
新山眞にいやままこと
私も引き続き調べます。
この近辺にあることは確かです。
車寄せの地下かもしれません――
帆村ほむら魯公ろこう
わしらもそれとなく、
ぎまわってみるか……
だが、あまり目立つようなことは、
差し控えるのだ。
新山眞にいやままこと
了解しました。
これまで通りに振る舞います。
喪神もがみ梨央りお
ホテルの地下に謎の場所がある、
そう考えればいいのですね。

第三章 第十話 賢者ノ石

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帝都満洲に出現した上野うえの黒河コクガ
そこから帝都に流れ入るセヒラが作用して、さまざまな怪異をもたらしていた。
てつく辺境へんきょうの街、上野うえの黒河コクガ
そこにただようは、聖日信教せいじつしんきょうのラヂオ番組により、賢者ノ石を目指す思念のアストラルだった。
新山眞にいやままことにより調整を加えたはずのゲートだが、変動するセヒラの値に耐え切れないのか、不安定になり、急遽きゅうきょ風魔ふうまは本部へ帰還した。

喪神もがみ梨央りお
兄さん、大丈夫ですか?
――よく休めましたか?
上野事件の売笑婦ばいしょうふですが、
身元がわかりました。
蛎殻町かきがらちょう曖昧屋あいまいやに出入りする、
玉野たまのという売笑婦ばいしょうふだそうです。
彼女、聖日信教せいじつしんきょうの信者でした――
新山眞にいやままこと
やはり聖日せいじつでしたか……
その売笑婦ばいしょうふは信者だったんですね、
ラヂオ聞いていただけではなく。

くちばしを挟んだのは飯倉いいくら技研の新山眞にいやままことである。
ゲートの調整のため山王機関に詰めている。作業の合間を見て本部に顔を出した按配あんばいだ。

喪神もがみ梨央りお
はい。かなり熱心な信者だったと。
曖昧屋あいまいやの客にも入信にゅうしんすすめたり、
ラヂオ聞くように言っていたとか。
新山眞にいやままこと
狂信的であればあるほど、
その者は、より深く……
頭の中を、ええっと、何でしたか?
喪神もがみ梨央りお
洗脳、ですか。
でも、この間の新聞では、
聖日新教せいじつしんきょうの中に
沙汰さたがあったように伝えていました。
教祖様がいなくなったとか……
どうなんでしょうか?
兄さん、聖日新教せいじつしんきょうの本社は、
本所業平橋ほんじょなりひらばしの近くです。
巡視パトロールに出てみますか?
新山眞にいやままこと
今、聖日せいじつを仕切るのは腹心ふくしんです。
神子柴みこしばはつゑという巫女みこです。
ほら、ラヂオに出ている人ですよ。
聖日せいじつの教祖は大絹おおぎぬという女性ですが、
今や目立つのは神子柴みこしばの言動ばかり、
どうもそのようですね。
喪神もがみ梨央りお
その神子柴みこしばっていう人が、
教祖とは別の考えでもって、
何かをたくらんでいるのですね。
新山眞にいやままこと
そのようですね。
神子柴みこしばは怪人化している、
そう考えて間違いないでしょう。
喪神もがみ梨央りお
大丈夫です、ね、兄さん!
おかしな巫女みこさん怪人とは、
もう戦いましたから。ね!
そうそう、さっき幸則ゆきのりさんが……
表で姿を見かけたら、
同行持ちかけると喜びますよ!

赤坂街路あかさかがいろ

【待ち伏せしていた記者】
ちょっと待ってくれ!
そこの……
貴方ですよ、貴方!
やっとお目にかかれた!

【待ち伏せしていた記者】
帝都を騒がす怪人事件に関わる、
謎の軍人さんって、貴方ですね?
上野うえのの騒動の時も、見ていましたよ。
ピンときました。あの様子からして、
これはただの心中事件じゃないって!
以前から怪人事件を追うたびに、
しずめて回る者の存在を感じていた――
いや、組織というべきか!
あっ、大変失礼しました、中尉殿。
挨拶あいさつが遅くなりました。
新山にいやま和斗かずと
僕は興亜日報こうあにっぽう東京支局の、
新山にいやま和斗かずとです。
兄、まことがお世話になっています。
ええ、そうです、山王さんのうに行くが口癖。
兄はいつもこちらに参っているはず。
――あるんでしょ、特務機関が。
ほぅら、ドンピシャ!
ホテルに特務が置かれている、
そう目星をつけていたんだ!
それで、これから、上野うえのですか?
それとも蛎殻町かきがらちょう
曖昧屋あいまいや売笑婦ばいしょうふなんですよね。
なんでも取材取材、裏取りもします。
もっと聞かせて貰いたいんですが。
僕も同行しますよ!
九頭くず幸則ゆきのり
おっと、邪魔だな!
新山にいやま和斗かずと
な、何ですか!
びっくりさせないでください!
九頭くず幸則ゆきのり
ブン屋がちょろちょろして、
何をぎまわっているんだ?
任務の内容は秘匿ひとくだ。
新山にいやま和斗かずと
残念だなぁ~
せっかく良い取材、
出来そうだったのに!
仕方がない、今日は退きますよ。
でも僕は諦めない性質たちです。
またお目にかかりましょう!
九頭くず幸則ゆきのり
あることないこと書き立てる、
それが奴らの仕事だ。
付き合っていられない!
余計な時間を食ってしまったな!
急ごう、風魔!
向かうは聖日信教せいじつしんきょうの本社だ。

公務電車を繰り出し、業平橋なりひらばしまで行くも、聖日信教せいじつしんきょうの本社はもぬけからであった。
2人はほどなくして赤坂に戻った――
最近、聖日信教せいじつしんきょう提供のラヂオ番組が人気だ。
それを知る九頭にとっても、予想しなかった展開のようである。

九頭くず幸則ゆきのり
おかしいな~
聖日せいじつの本社に誰もいないなんて……
毎朝、ラヂオやってるよね聖日は。
賢者ノ石という番組だよ。
確か神子柴みこしばって巫女みこだ、しゃべってるの。
――みなさん、お一人お一人が
賢者ノ石でございます――
そうやって始まる番組だよ。
歩一ほいちにも熱心に聴く奴がいるんだ。

九頭くず幸則ゆきのり
それだけ派手はでにやってて、
本社に誰もいないなんてね。
まさか特高がやってきて、
一網打尽いちもうだじんにしたってのか?
いやぁ、そんな話は聞いていない。
それに……
あれ!
あの人、聖日せいじつの信者とかじゃないか?

浄階じょうかい信者】
何が賢者ノ石だぁぁぁ~
あんなの出任でまかせだ!
インチキだぁぁ~
九頭くず幸則ゆきのり
あんたは、もしかして聖日せいじつの者か?
どうして誰もいない?
浄階じょうかい信者】
みんな神子柴みこしばの言いなりだぁぁ~
――死を迎える黒化ニグレドが始まりです、
腐った臭いを放つのです、だとぉ?
――黒化ニグレドを経て、白化アルベドの段階へ進み、
浄化が行われるのです――
くそっ! この私を追い出しよって!!
九頭くず幸則ゆきのり
どうした――
なんか、おかしいぞ、こいつ!
浄階じょうかい信者】
何が賢者ノ石だ!
何が錬金術れんきんじゅつだ!
私を見ろ!! すべてを、超えた!!

《バトル》

浄階じょうかい信者】
教祖の大絹おおぎぬ真砂湖まさこは、
姿をくらませたまま……
神子柴みこしばを……どうか、抑えて……
九頭くず幸則ゆきのり
なんだか今の様子だと、
神子柴みこしばが教団乗っ取った、
そんな感じだよな。
何だ、地震か?
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、上野にセヒラ反応!
その値、急上昇しています!
場所は……
不忍池しのばずのいけです!
九頭くず幸則ゆきのり
不忍池しのばずのいけだってよ、風魔!
急ごう!
いよいよお出ましじゃないのか!

不忍池しのばずのいけ

神子柴みこしばはつゑ】
いよいよ、その時が来たのです。
金神こんじんを現すのです――
黒化ニグレドする方々の思念を一処ひとところに集め、
私は翠化、黄化、ウィリディタス キトリニタスそして赤化ルベドを経て、
金を……金神こんじんを生み出すのです。
金神こんじんと合一し、私は、
永遠の存在となるのです。
そのあかつきには、皆さんを招きましょう。
終末を超えてよみがえり、永遠とわの楽園に。
皆さんも永遠とわの存在となるのです――

神子柴みこしばはつゑ】
終末はせまっています。
貴方もお力をお貸しください。
貴方には素晴らしい霊力があります。
眼を見張みはるほどの力です――
――素晴らしい、その力……
私は感じています――
さぁ、早く!
終末はそこまで来ていますよ。
貴方! もう時間がないのです!
早く、お力を!!

《バトル》

神子柴みこしばはつゑ】
素晴らしいお力です!
そうです、これです――
最後の扉が開きます!
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
帝都満洲に強大なセヒラ発生!
場所は……またもや上野うえの黒河コクガです。
急ぎ帰還し、
帝都満洲に向かってください。
帝都にも甚大じんだいな影響を、
及ぼしかねません!

神子柴みこしば霊異りょういを発現したためか、帝都満洲に強大なセヒラが観測された。
その影響はすでに帝都におよび始めていた。

第三章 第九話 上野黒河の凍土

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

心中が続く昨今さっこんではあるが、上野うえのの件は、裏に新宗教の存在があった。
戸山とやまの病院に現れたアストラル。
それは自死した信者の死ぬ間際の思念だった。それが語った金神こんじんとは何を表すのか――
山王さんのう機関では探信たんしんきわめ、上野うえのに照応する地に帝都満洲の街があると、そう確信するに至ったのだ。

喪神もがみ梨央りお
依然いぜん上野うえの界隈かいわいのセヒラ、
高い値を観測しています。
しかし怪人情報は、
一件も寄せられていません。
高い値のセヒラの原因、
やはり帝都満洲にあるようです――
帆村ほむら魯公ろこう
このままでは、上野うえので怪人騒動、
勃発ぼっぱつする恐れもあるな。
早く手を打ちたいのだ。
喪神もがみ梨央りお
ゼットー博士が言ってた金神こんじん
その出処でどころはどこなんでしょうか?
帆村ほむら魯公ろこう
帝都か帝都満洲か……
まずは帝都満洲を調べてみよう。
上野うえののセヒラの件もあるからな!
新宗教の方は、特高も動くそうだ。
内乱予備罪も視野に入れてのことだ。
帆村ほむら虹人こうじん
これは宗教弾圧の再来ですか?
帆村ほむら魯公ろこう
度合いによりけりだな。
宗教の名を借りた教唆きょうさ集団であれば、
これは取り締まりの対象になる。
帆村ほむら虹人こうじん
狂信者逮捕が新聞ネタになり、
また帝都のどこかで模倣者もほうしゃが現れ……
――いたちごっこですね。
喪神もがみ梨央りお
それに山王さんのう機関が巻き込まれると、
大変です。てんてこ舞いです。
やはり元を断たないと――
私、新山にいやまさんにゲートの様子、
聞いてきますね。
帆村ほむら虹人こうじん
それにしても、金神こんじんとはな。
迷信は愚者ぐしゃの宗教とも言うが、
相当な強敵に違いないぞ。
僕は上野うえの界隈かいわい
怪人出現の万が一に備えるよ。
帆村ほむら魯公ろこう
虹人こうじんの奴、うまく役割分担を――
帝都に怪人がくと、
帝都満洲に影響が及ぶ恐れもある。
帝都の治安維持、
ひとまず虹人にまかせ、
風魔ふうま、お前は帝都満洲だ。
新山にいやままこと
ゲートのセヒラ、今は安定しています。
長く安定できるよう、
ゲートに少し手を加えました。
上野うえのの位置、帝都満洲に照合すると、
どの街になるのでしょうか……
分かりますか?
喪神もがみ梨央りお
さっきから満鉄路線図を見るんですが
――たぶん、黒河コクガです……
だから、兄さんが行くのは上野うえの黒河コクガ
帆村ほむら魯公ろこう
上野うえの黒河コクガか……
黒河コクガ……満洲だと露西亜ロシアの国境の街。
アムール川の河畔かはんに広がる街だぞ。

〔上野黒河コクガ・南〕

赤坂哈爾浜ハルピンから北東へ。
帝都満洲鉄道は喪神もがみ風魔ふうまを乗せ上野うえの黒河コクガへと疾走しっそうした――

【バール】
やっと来たか、風魔。
待ちくたびれたニャ。
ここ黒河コクガは旧称を璦琿アイグンといってニャ、
満洲語で恐ろしいの意味ニャ!
実際、黒河コクガは今、
恐ろしい事態におちいってるニャよ!
あちこちこおってカチコチニャ!
【バール帽子】
何やら怪しい一派の思念が、
ここでアストラルとなってるゲロ!
怪しすぎるゲロ、ゲロゲロだゲロ!
【バール帽子背後】
寺の坊主の階級名と、
キリスト教の殉教者じゅんきょうしゃ名を名乗る、
おかしな連中じゃよ!
【バール】
これは帝都で流行はやりの、
新宗教ってやつなのかニャ?
気色悪いニャ!

【聖権正階ごんせいかいダダイ】
教示をもらったんだ。
黒化ニグレドのためにはさつすれと。
それで賢者ノ石になれるんだと。
不要なものをさつすれ!
みずからをさつすれ!
やがてよみがえりが訪れ、賢者ノ石になる。
だから俺はそうしたよ。
なぜ、よみがえらないんだ?
もう終末なんじゃないのか?
おかしいだろ!
俺たちを殉教者じゅんきょうしゃにして、だましたか?
ああ、お前もグルなんだな!

《バトル》

【聖権正階ごんせいかいダダイ】
権正階ごんせいかいなんてくらい、欲しくもない!
――俺の命を……返せ……
【着信 喪神もがみ梨央りお
……八号帥士はちごうすいし……
き……ますか?
無線、回復しました!

〔上野黒河コクガ・東〕

【聖正階せいかいトマス】
賢者ノ石というラヂオ番組を
初めて聴いたのは一週間前だ。
僕はすぐにとりこになったんだ。
僕達はみんな賢者ノ石になれる……
錬金術れんきんじゅつ理論ロジックだから、確かだよ。
賢者ノ石になるためには、
まず黒化ニグレドしなければいけない。
余計なものを捨てる、つまりさつする。
やがて自分が余計な存在とわかる。
【聖明階めいかいペテロ】
そうさ、自分こそ余計な存在だ。
だからな、自分をさつしたのさ!
これで次へ進めるんだろ?
でもなんか、時間がかかってる。
終末が来るとよみがえるって……
そう信じているのに!
まだ終末は訪れちゃいない、
きっとそうだよな?
終末が来れば、よみがえるはずだよな!
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
錬金術れんきんじゅつなぞらえて、よみがえりをそそのかす、
そういうことなんだな?
【着信 新山眞にいやままこと
賢者ノ石というラヂオ番組です。
毎朝八時から放送しています。
その番組で呼びかけているようです。
暗殺や心中が相次あいつぐご時世じせいです。
終末思想はあっという間に広まる――
それを利用し、教唆きょうさしているのです。
自殺の瞬間に生まれる思念は、
強い力を持つとされます。
どこかで思念を集めているようです。
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
その思念とやらのおかげで、
帝都満洲も広がるのだな……
風魔ふうま、あ、いや、黒ノ八号帥士くろのはちごうすしし
もう少し、巡視パトロールを続けてくれ。

直階ちょっかい信者のアストラル】
もう三時間、こうしてる。
脱血缶だっけつかん一杯に血が溜まったよ。
寒い……とてつもなく寒い……
脱血だっけつすると、こんなに寒いのか……
ん? 誰かいるのか、この部屋に?
何だ、お前は……
そうだよ、俺は自分をさつするんだ。
血を抜いて死ぬところだ。
それとも、俺を呼びに来たのか?
じゃ、そっち行ってやる!!

《バトル》

権正階ごんせいかい信者のアストラル】
あいつらの言うこと聞いたら、
くそっ! 
ろくな事にならねぇ……
錬金術れんきんじゅつなんてインチキだ、
僕も最初はそう思っていた。
でも、毎朝ラヂオ聴くうちに、
次第しだいに信じ始めたんだよ――
終末によみがえらなければならないって。
――正しい黒化ニグレドのためには、
余計な考えはさつしましょう――
だから僕はさつしたよ。
親兄弟のこともさつした。
学校の恩師おんしさつした。
――最後にあなた自身をさつして、
黒化ニグレドの段階は終了です――
だとさ! だから、今こうして……
ベルナールじょうをたくさん飲んだ――
なのに死ねない!
何故なぜだ! お前が邪魔するからか!

《バトル》

権正階ごんせいかい信者のアストラル】
あれ? どこだここは?
本郷ほんごうの下宿じゃないのか?
――それに、すごく、寒い……
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
聞こえますか?
状況が変わりました!
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
今すぐ、帰還するんだ!
ゲートが不安定になっている、
長居すると戻れなくなるぞ!
【着信 喪神もがみ梨央りお
上野うえの黒河コクガ次第しだいに薄くなっています、
波形がすべて……
今にも消えそうです!
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
まだなんとか間に合うぞ、
今のうちだ、戻ってこい、風魔ふうま
【着信 喪神もがみ梨央りお
……
波形が……みだれて……
はや……して……
……もど……く……さい……

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
間に合いましたね、兄さん!
今、新山にいやまさんがゲートを調べています。
帆村ほむら魯公ろこう
僧侶のくらいを名乗るアストラル、
キリスト者の名を付ける者もいて、
妙な信仰が広まっておるな!
皆、生きていた時の思念か、
今も生きておる者の思念だ……
一様いちように洗脳が深いな!
喪神もがみ梨央りお
新宗教では、
信者に自殺をそそのかすのですか?
帆村ほむら魯公ろこう
自分をさっする――
言葉尻からそう受け止められるな。
ラヂオで喧伝けんでんしていたと言うぞ。
喪神もがみ梨央りお
そのようです。
ラヂオ聴いて自殺したくなった――
よみがえるために死が必要だと思い込む……
そうだとすると、次から次へ、
同じ番組聴く人に自殺者が出ます。
その度に、アストラルが生まれ……
帆村ほむら魯公ろこう
――おぼろな命としてよみがえる――
アストラルがセヒラを媒介ばいかいし、
帝都に思念を還流かんりゅうさせるおそれも……
そう懸念けねんしておるのだろう。
セヒラの大循環だいじゅんかん生じしょうれば、
もう打つ手は無くなる。
喪神もがみ梨央りお
そう思います……
帆村ほむら魯公ろこう
帝都の陋巷ろうこうに身を沈める者には、
いたずらに死を夢想するような、
元来、そういった弊風へいふうがあるものだ。

第二章 第四話 妖怪大戦

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
兄さん、知ってます?
最近、猟奇グラフという雑誌、
すごく流行ってるんです。
西洋の猟奇事件を取り上げたり、
心中事件を掘り下げたり、
怪人のことも載ってます。
この雑誌読んで、怪人に憧れる人、
出てきたりしないか心配です。

そこへ足取りも軽く、九頭くず幸則ゆきのりが姿を現した。

九頭くず幸則ゆきのり
よう、風魔ふうま、久しぶりだな。
喪神もがみ梨央りお
ああ、もう!
びっくりした!
――幸則さんだったのね!
九頭くず幸則ゆきのり
だったのねはないよなぁ~
喪神もがみ梨央りお
もしかして、おひまなんですか?
それとも地上じゃおひとりで
お寂しいんですの?
九頭くず幸則ゆきのり
どうしたんだい、今日は。
剣突けんつくらわすようなこと言って……
喪神もがみ梨央りお
そんなつもりじゃ――
今、猟奇グラフの話、
してたんです!
九頭くず幸則ゆきのり
そこへ俺が来たもんだから、
縮み上がったってわけ?
喪神もがみ梨央りお
そんなんじゃないです!
九頭くず幸則ゆきのり
何も気まぐれで来たわけじゃない。
帆村ほむら先生に呼ばれたんだよ。
帆村ほむら魯公ろこう
ただいま――今戻ったぞ。
おお、ユキ坊も到着したか。
これはちょうどよかった。
九頭くず幸則ゆきのり
帆村先生、だから
ユキ坊は勘弁してくださいよ。
帆村ほむら魯公ろこう
まあ、いいじゃないか。
昔から家族同然の付き合いだ。
それより来て貰ったのは他でもない。
中野なかの新井薬師あらいやくし様の辺りで
妖怪が出たという噂がある。
猟奇グラフという雑誌だ、
それに載っていた記事だよ。
九頭中尉に風魔に同行願おうと思う。
喪神もがみ梨央りお
ええ、猟奇グラフですか?
今、その話をしていたのです。
それで、怪異の場所は中野なかのですか?
帆村ほむら魯公ろこう
戸山とやま二探にたんだ。
だが中野なかのまでは探信たんしんできん、
そう言いたいのだろ?
喪神もがみ梨央りお
はい。設置型の探信儀たんしんぎとはいえ、
通常の探信たんしん範囲は五キロ……
中野なかのまでは探信たんしんできません。
帆村ほむら魯公ろこう
承知の上だよ、梨央りお
実は二探の出力を上げたのだ。
飯倉いいくら技研に頼み込んでな!
今なら中野なかの辺りも探信たんしんできる。
――ただいつ止まるやも知れん。
事情は飲み込めたかな、ユキ坊。
九頭くず幸則ゆきのり
――なるほど。
私は風魔の護衛兼通信兵ですか。
まぁ、お安い御用です。
喪神もがみ梨央りお
お二人は公務電車で省線新宿しょうせんしんじゅく駅まで。
新宿に鉄道連隊の演習列車を
回しますので乗り換えてください。

新井薬師あらいやくし

新井薬師あらいやくしは、省線中野しょうせんなかの駅から北へ20分ほどのどかな風景をながめながら歩いたところにある。
新たに井戸を掘り当てたことによりこの地は新井あらいと名付けられた。

九頭くず幸則ゆきのり
もう日没も間近というのに
けっこうにぎわってるなあ。
こんな郊外こうがいでたいしたもんだ。
なんか小腹が空かないか?
でも、団子くらいしかなさそうだな。
駅前で売ってたシベリア
買っときゃあよかったぜ。
な、風魔ふうま
【着信 喪神もがみ梨央りお
物見遊山ものみゆさんじゃないのです。
任務を終えてからにしてください。
セヒラ反応を感知しました。
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
警戒して進んでください。
九頭くず幸則ゆきのり
おお梨央りおちゃん!
ちゃんと探信たんしんできているみたいだね。
【着信 喪神もがみ梨央りお
呑気のんきなことを言う場合ではないです。
セヒラ反応があるということは
近くに怪人がいるということです!

【農家の娘】
薬師やくしさんのお水は
眼病にも効くんでね。
じいちゃんが目に出来もんこさえたんでこれで洗ってやるのよ。

【僧侶】
こちらは真言宗豊山ぶざん派、
寺号は新井山、
梅照院薬王寺ばいしょういんやくおうじと申します。
開祖かいそ空海くうかい上人手づから
彫り上げたという伝説の秘仏ひぶつ
薬師如来やくしにょらい如意輪にょいりん観音像がご本尊。
徳川二代将軍秀忠ひでただが娘の眼病を
祈願に応え快癒かいゆせしえにしにより、
目の薬師やくし様とあがめられているのです。

【和服婦人】
薬師やくしさんのお水でご飯も炊くし、
御味御付おみおつけも作るし、お茶も頂くの。
だからいつまでも肌が若いねって。
オホホホホホ……

【母親】
お化けだの、妖怪だの、まあくん、
もう見えるなんて言わせませんよ!
薬師如来やくしにょらいさまにお願いするのよ!
【まあくん】
お化けなんかじゃないよ、
悪魔が見えるんだ!
うそじゃないよ、ホントだって!
九頭くず幸則ゆきのり
あの子、様子が変だぞ、
悪魔がどうしたって――
【着信 喪神もがみ梨央りお
不安定なセヒラ反応を確認!
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、要警戒です!

【母親】
薬師如来やくしにょらいさまの竜水は、
とっても効くのよ、まあくん!
【まあくん】
ひぃひぃひぃ~
嫌だよう、竜水なんか、嫌だ!!
【母親】
聞き分けなさい、まあくん!
さぁ、早く、お水を頂くのよ。
その目をきれいにするの!!
【まあくん】
うぎうぎうぎ~
九頭くず幸則ゆきのり
おい、見ろよ、風魔ふうま
あいつ、怪人なんじゃないのか?
【母親】
さぁ、飲むのよ!
そしてその目も洗うのよ!
ぐずぐずしないで、まあくん!!
【着信 喪神もがみ梨央りお
セヒラ反応、
急激に強くなっています!

【母親】
あら、いい子ねぇ~
それで、気分はどうなの?
ちょっとは良くなったかしら?
【まあくん】
わかんないけど……
なんか、すっきりしたよ――
【母親】
そう、良かったわねぇ~まあくん!
だったらもうお化けだの何だのって、
金輪際こんりんざい、騒がないで頂戴ちょうだいね!

九頭くず幸則ゆきのり
おおお!
怪人かと思ったけど、
そうはならなかった!
【着信 喪神もがみ梨央りお
セヒラ反応、低下しました。
でも、まだ反応があります。
安全な状態ではありません。
九頭くず幸則ゆきのり
不思議な場面に出食わしたな……
あいつ、怪人になると思ったけど――
これも竜水のおかげなのか?
新山眞にいやままこと
もしや、セヒラを抑える気も、
めぐっているのでしょうか?
九頭くず幸則ゆきのり
あなたは……
新山眞にいやままこと
陸軍飯倉いいくら技研の新山にいやまです。
セヒラ探信儀たんしんぎの開発で、
陸軍にはお世話になっています。
新山眞にいやままこと
山王さんのう機関の依頼で戸山とやま二探にたん
出力を上げたわけですが……
様子はどんなものですか?
九頭くず幸則ゆきのり
しっかり探信たんしんできています。
――セヒラ反応があるようです。
新山眞にいやままこと
セヒラと言うのはすなわち悪ではない、
私はそう考えています。
セヒラ技術、さらに開発すれば、
良い方向に向けることも可能です。
九頭くず幸則ゆきのり
セヒラって悪い気の流れですよ、
それをどうやって良い方向に、
持っていくのですか?
新山眞にいやままこと
セヒラは人の悪意を増長します。
その原理から、悪意を除去する、
そういうこともできるでしょう。
錯乱さくらん憂鬱ゆううつ症など神経の病も、
セヒラを利用して治療できる、
そんな時代が来るでしょう。
九頭くず幸則ゆきのり
なるほど――
目には目をの理屈ですね。
新山眞にいやままこと
私も携行けいこうセヒラ探信儀たんしんぎを持ちます。
この辺りをちょっと調べて見ますよ。
九頭くず幸則ゆきのり
セヒラの反応、あると言います。
警戒するに越したことはないですよ。

【檀家の男】
帝都じゃ怪人だ何だって、
やかましいね!
でもここでは問題ない!
薬師やくし様のおかげで、ここには、
清い霊気が流れておる!
ただ……
哲学堂てつがくどうのほうに噂があるけれどね。

哲学堂てつがくどうおか

日本を代表する哲学者井上円了いのうええんりょうによって建立された哲学堂てつがくどうこと四聖堂しせいどう
そこには、哲学の四大聖人、ソクラテス、釈迦シャカ孔子コウシ、カントがまつられている。
辺りはとっぷりと日も暮れてきた。
門の左右からは2体の立像りゅうぞう、幽霊像と天狗像がこちらをにらむ。
苑内えんないには挙動のおかしな者が大勢いた。
ある者は大きな身振りを繰り返し、ある者は体を折って何かをつぶやいていた――

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
哲学堂界隈かいわいでセヒラ増大しています。
様子を確認してください。
九頭くず幸則ゆきのり
様子と言ってもね……
これは変としか言いようがないな。
ここの連中、
どうしちまったんだ、一体?
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
近くに複数の怪人を確認!
落ち着いて鎮定ちんていにあたってください。

【怪しい動きの男】
投げてやる、投げてやる、
くー、投げてやるんだ!!
車を投げる、俺もできたぞ!
昨日も投げた、今日も投げた、
毎日だ!! 毎日新鮮!!
九頭くず幸則ゆきのり
そもそも哲学堂てつがくどう自体が
あやかしの気をほしいままにする場所だからなぁ~
セヒラによって、
怪しさ炸裂さくれつだよな!

【怪しい動きの男】
ちゅばー!
どっかーん!
うへへ、爆発だ!
俺の力は百万馬力ひゃくまんばりき!!

《バトル》

【怪しい動きの男】
はぁ~
眠い眠い……
また街を彷徨さまようのか、俺は!
九頭くず幸則ゆきのり
怪人には車投げるのが、
流行はやっているのか?

【犬き】
ウー……
ワン! ワンワンワン!
九頭くず幸則ゆきのり
何だよ、こいつは……
もしや、犬きなのか?

【犬き】
忠犬ハチ公をしのぶ人たちの思念が、
私を目覚めさせたのです――
どこに行こうかと考えていたら、
この人が見えました。
この人には隙間すきまがありますね!

《バトル》

【犬き】
隙間すきまが……閉じようとしています……
また、別な人を……探します。
ちなみに私は名無しです――

【中野の客】
誘われて、銀座幻燈会げんとうえに行きました。
誘ってくれた靖子やすこちゃん、
以来、行方不明なんです。
私も、幻燈会げんとうえの帰り、
省線有楽町しょうせんゆうらくちょうの駅がわからなくなり、
見当識けんとうしきを無くしました――
気付いたら三原橋みはらばしの電停に……
それで家に帰れました。
靖子やすこちゃん、どうしたのでしょうか。

【着信 帆村ほむら魯公ろこう
どうだ、風魔ふうま
この人は怪人じゃないようだ。
幻燈会げんとうえっていうのも怪しいな!

【猫き】
ニャァ~
猫じゃ、猫じゃ~
……
アンタ、久しぶりだニャ!
オイラだよ、猫の徳次郎とくじろうだニャ。

【猫き】
この人にもおっきな隙間すきま、あるニャ!
またアンタにふさがれるのかニャ!

《バトル》

【猫き】
あんじょうだニャ!
隙間すきまが……閉じる、閉じる……
また別の人を探すニャよ。

内田百間うちだひゃっけん
豊島とよしま与志雄よしおと言う作家に、
都会の幽気ゆうきなる短編がある――
ここはまさに幽気ゆうき満ちているなぁ~
九頭くず幸則ゆきのり
えーっと……
どなたですか?
――見たことあるような……
内田百間うちだひゃっけん
私は内田百間うちだひゃっけんといいます。
そちらの方には、以前、若松町わかまつちょうで。
――しかし、ここはすごいですね!
九頭くず幸則ゆきのり
何だ、風魔ふうまと知り合いですか。
それで、なんで、ここ哲学堂が、
怪しいことになっているのですか?
内田百間うちだひゃっけん
まさか、ここがこんなにも、
瘴気しょうきの強い場所だとは、
想像だにせなんだのです――
いやはや、私としたことが……
こんな事態を招くとは!
九頭くず幸則ゆきのり
何かしたんですか?
――そうなんですね!
内田百間うちだひゃっけん
ちょっとした出来心でした。
合羽坂かっぱざか陋屋ろうおくに暮らす、
しがない文筆屋ぶんぴつやの出来心です――
九頭くず幸則ゆきのり
ということは、
百間ひゃっけん先生、あなたが元凶ですか?
内田百間うちだひゃっけん
私ね、猟奇グラフという雑誌に、
帝都の妖怪たんを寄稿したのです。
面白おかしく、興味を引くようにね。
九頭くず幸則ゆきのり
さっき本部で話題になってた、
あの雑誌か!
内田百間うちだひゃっけん
するとどうだ!
井上円了いのうええんりょう先生のこの園に、
げんあらわれた!!
九頭くず幸則ゆきのり
ああ、まぁ、そうだな……
妖気というかあやかしかれた、
そんな連中だったな。
内田百間うちだひゃっけん
だが、妖怪は妖怪、
一片でも妖しさがあれば妖怪です。
私は妖怪どもに言って、
ここを去らせます。
さぁ、け、元の場所に帰れ~
け~ 帰れ~

九頭くず幸則ゆきのり
……
ん? 去ったのか?
内田百間うちだひゃっけん
どうも、そのようです。
【着信 喪神もがみ梨央りお
セヒラの値、急速に低下しました。
内田百間うちだひゃっけん
私はここに残り、
この人達に気付きを与える。
――いやぁ、お騒がせしました。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
またもや、内田百間うちだひゃっけん
なかなか隅に置けない文士だわ!
九頭くず幸則ゆきのり
妖怪騒動の張本人、
結局は怪人化をそそのかしただけ――
そうではないですか?
喪神もがみ梨央りお
記事を読んだ人が興味本位に、
哲学堂に集まり、そこで怪人化した、
そういうことですね?
九頭くず幸則ゆきのり
憎しみや怒りだけじゃない。
ちょっとした好奇心や、
心のりよう次第しだいで怪人化する――
喪神もがみ梨央りお
場所が哲学堂というのも、
意味があるように思います。
あそこ、普通じゃないです――
帆村ほむら魯公ろこう
そうだな。哲学堂は特別な場所。
元々、多くの思念の残留があるはず。
それらも勘定に入れないとな。
喪神もがみ梨央りお
それより幸則ゆきのりさん、
シベリア、私の分、ありますよね?
九頭くず幸則ゆきのり
あ、しまった……
喪神もがみ梨央りお
ずるい、自分たちだけ買い食いして!
帆村ほむら魯公ろこう
いやいや、
今日は遅くまでみなご苦労だった。
これから赤坂あかさかで晩飯をおごろう。
喪神もがみ梨央りお
やったー
じゃあ、私は……
天婦羅てんぷら! すき焼き!
九頭くず幸則ゆきのり
さっすが、先生!!
士官食堂の蘭亭らんていの仕出し弁当に、
いい加減飽きたところです!

第一章 第十二話 帝都満洲鉄道

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

山王さんのう機関本部に戻った風魔ふうまの報告に帆村ほむら魯公ろこう怪訝けげんな表情を浮かべた。

帆村ほむら魯公ろこう
柴崎周しばさきあまね――
確か独逸ドイツ駐在の外交官、
一等書記ではなかったか。
九頭くず幸則ゆきのり
ご存知でしたか。
何とも捉えどころのない……
それに異界だの満洲まんしゅうだのと――
帆村ほむら魯公ろこうは事情を知らない九頭くずに、
帝都満洲ていとまんしゅうの出現について話した。
魯公ろこうとてまだ全てを知るわけではなかった。
帆村ほむら魯公ろこう
梨央りおや、市ヶ谷いちがやではずっと
セヒラを観測し続けたんだよな?
喪神もがみ梨央りお
はい……
怪人かいじんしずめた後も、すごく微弱な、
セヒラが観測されていました。
帆村ほむら魯公ろこう
柴崎しばさきか……
一体、その人物は何を知ると――
ふむ、情報は集めておこう。
満洲まんしゅうが現れた――
わけ知りに言う柴崎しばさきの言葉、気になる。
風魔ふうま、もう一度行ってくれるか?
九頭くず幸則ゆきのり
帆村ほむら先生、それなら俺も同行します。
その、帝都満洲ていとまんしゅうとやらに!
帆村ほむら魯公ろこう
それは無理だ。
審神者さにわ以外のゲート通過は
まだ試行錯誤中だ。
九頭くず幸則ゆきのり
じゃあ、
自分がその実験台になります。
帆村ほむら魯公ろこう
失敗すると、お前さんの体が残り、
念やら何やらが向こうにただよう――
そんな事態を招きかねんぞ。
九頭くず幸則ゆきのり
う……
いや、それでも――
帆村ほむら魯公ろこう
まあまあ焦るな幸則ゆきのり
ちゃーんと方法は検討中だ。
今回は諦めておけ。
九頭くず幸則ゆきのり
そうですか……承知、しました。
帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうま、準備をしろ。
帝都満洲ていとまんしゅうへ出動だ。

はらえの

帆村ほむら魯公ろこう
準備は良いかね、新山にいやま君?
新山眞にいやままこと
いつでも大丈夫です。
帆村ほむら魯公ろこう
今回の探索は帝都満洲ていとまんしゅう
市ヶ谷いちがやに相当する場所まで行き、
セヒラ増大の原因を調べることだ。
では、健闘を祈る!
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし

〔赤坂哈爾浜ハルピン・南東〕

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
市ヶ谷いちがやは北西方面です。
警戒しながら進んでください。

【バール】
ニャア、喪神もがみ風魔ふうま
また来たんだニャア。
今度は市ヶ谷いちがや斉斉哈爾チチハル
行きたいみたいだニャ。
斉斉哈爾チチハル
市ヶ谷いちがや照応しょうおうする
帝都満洲ていとまんしゅうの地名だニャ。
そこには帝都満洲ていとまんしゅう鉄道を使わないと
行けないニャ。
この異界は帝都の街が、
満洲まんしゅうの街に
重ね合わされているニャ。
満洲まんしゅうはとっても広いニャ。
だから帝都満洲ていとまんしゅう鉄道を使わニャいと
移動できないニャ~
まずは駅に通じてるどこかを
探すことニャ。
【バールの帽子】
ゲロゲロ、そんなテキトーな指示で、
目的地に辿り着けるか、ゲロ?
【バール】
大丈夫ニャ。
物事はなるようになるニャ。
【バールの帽子背後】
風魔ふうまよ、アストラルに話しかけろ。
こいつらは帝都から落ちてきた思念、
何を知るかは保証だにせんがな!
【バール】
思念は生きている人間のもあれば、
死んだ奴の古い思念も残ってるニャ。
何百年前とかのもあるかもニャ!

【メカノフィリアアストラル】
真新しい発動機モートルを手に入れたんだ。
嬉しくて嬉しくて、一晩中、
そいつをでいたよ――
気が付くと、ここにいた――
いや、目覚めれば大丈夫なはず。
発動機モートルを側に感じるからな!
それで、お前は何が好きなんだ?
俺みたいな機械好きは少数派だ。
だが、ここには仲間がいる――
満鉄の機関士だ。
そいつ、ちゃっかり職を見つけて、
こっちで暮らすみたいだ。

〔赤坂哈爾浜ハルピン・南〕

【ピアニストアストラル】
思うんですけど、
満洲まんしゅう帰りの演奏家、
演奏のスケールが大きくなって、
腕前が上がったように感じます。
私も真似まねてみようと……
必死ひっしに思い描いていたら、
ここに来てしまいました。

【ペシミストアストラル】
絶望だ……絶望しかない!
最早もはや、死だけが救いだ――
そう思い、両国橋りょうごくばしの上に立った。
自失じしつして気付くと下宿館の前に……
部屋でふて寝をしたら、
ここに来ていたんだ――

【満鉄車掌】
うちは省線常磐しょうせんじょうばん線のすぐ近く。
夜中に汽笛が聞こえて、貨物列車が
延々と抜けていくんです。
僕はその最後尾にある車掌車に、
乗る仕事がしたくて、
毎晩、思い描いていたんです。

〔赤坂哈爾浜ハルピン・東〕

【プロレタリアートアストラルM】
草稿を書いている最中、気を失った。
次に気付くとここにいた――
私はただようだけの存在なのか?
希望、それは飼い馴らした欲望だ。
野生の欲望は去勢きょせいされしずまるのだ。
――ここまで書いて、私は、飛んだ!
ここははたして夢の中なのか?
あんたは夢の住人なのか?
――目覚めたくもあり、たくもなし。

【満鉄機関士】
あいつ、俺のこと、友達だなんて……
俺は機関車が好きなんじゃない、
機関士になりたいだけなんだ。
汽車の音を口で真似しながら帰る夜、
横丁を曲がった途端、気を失った――
気付いたらここにいたんだ。
もっとも、はちゃんと
生きているよ。抜け殻みたいに、
ぼんやりしながらね!

〔赤坂哈爾浜ハルピン駅〕

【満鉄車掌】
ここでも決して順調ではないです。
汽車の運行を邪魔じゃまする奴がいます。

――どいてくれ、邪魔じゃまなんだ!
僕には列車運行の責任がある!
車掌しゃしょうとして当然の責務、
さぁ、どいてくれ!

【満鉄車掌】
――あなたは、生身の人間ですね。
だったら、なんとかなりませんか?
邪魔者じゃまものをどかしてください。

【プロレタリアートアストラルS】
我々は、全国労働者の
ルサンチマンに共振きょうしんする!
むむ……お前は……
この感じ、さては特高だな!
ここでは私のほうがまさ!!

《バトル》

【プロレタリアートアストラルS】
資本家の手先め!
お前達もやがて我々の側に付く、
その日は……ち、か、い――

【満鉄車掌】
邪魔者がいなくなったんですね。
これで列車を動かせる……
ところで、機関士は……
どこへ行きましたか?
機関士がいないと、
列車は動かせない!

〔赤坂哈爾浜ハルピン・西〕

【満鉄機関士】
……
本当にどかしてくれたんだな?
いやぁ、大したもんだ。
この先、満鉄路線は、
斉斉哈爾チチハルに伸びている。
そうだよ、市ヶ谷いちがや斉斉哈爾チチハルだ!

〔赤坂哈爾浜ハルピン駅〕

【満鉄車掌】
どうしました?
早くしないと、
また邪魔が入るかも知れません。
帝都満洲ていとまんしゅう鉄道、あじあ号、
出発進行です!

【満鉄機関士】
そうだな、出発進行!
向かうは、市ヶ谷いちがや斉斉哈爾チチハル

〔市ヶ谷斉斉哈爾チチハル・北〕

【バール】
ここが市ヶ谷いちがや斉斉哈爾チチハルだニャ。
哈爾浜ハルピンと同じく、現実の斉斉哈爾チチハル
亡命露西亜ロシア人が多く住んでいるニャ。
同時に露西亜ロシア人の南下を防ぐ、
拠点でもあるニャ。
斉斉哈爾チチハルの先は、
海拉爾ハイラル満洲里マンチュリニャ。
そこから先は西伯利亞シベリアニャ!
これが本当に満鉄が転写したものなら
鉄路はまだまだ伸びるニャ。
開拓し甲斐があるニャ!

【憂国烈士アストラル】
日本人か?
ここに来て随分になるが……
我が神国の栄光、いまだ及ばずだ!

【ボルシェビキアストラル】
鉄さえ溶かすボルシェビキ運動、
なぜここには及ばないのだ?
ありの一穴さえ許さない、
るぎなき共産主義よ、
この無意味な世界に型を成すのだ!

〔市ヶ谷斉斉哈爾チチハル

【バール】
感じるかニャ?
猛烈な霊気、セヒラがアラヤ界から
上がってきているニャ。

五感、意識、末那識まなしきのさらに下層に
位置する第8の識域、――阿頼耶識あらやしき
考えたり語ったり行ったり……
人の為す事がすべて蓄えられている
唯識論ゆいしきろん的な領域である。

【バール】
あのでっかいアストラルが、
阿頼耶識あらやしき、うんニャ、アラヤ界から、
セヒラを地上に送ってるニャ!
喪神もがみ風魔ふうまはあれを倒すニャ?
放っといてくれるってコトは
ニャいのかニャ?
セヒラが満たされれば
きっと吾輩も現世うつしよ
実体化できるニャ。
それって楽しくニャいかニャ?
ダメかニャあ……やっぱり……
そうなると現世は大混乱だしニャ~
しょうがニャいか……
喪神もがみ風魔ふうまに付き合ってやるニャ。

目の前にいる大きなアストラルからは強いセヒラの流れが立ち上り、どこまでも上へ上へと伸びている。

根塊こんかいのアストラル】
私の中には憎しみしか無いんです。
許しをうにしても、そのことが
また私の憎しみを増長してしまう。
人が寄せるなぐさみの情は、
私には、憐憫れんびん、いやさげすみに思え、
また憎しみをたぎらせる――
マトリョーシャを苦しめ、
挙句には自死に追いやり、
今、彼女の幻覚が私を苦しめる。
救いを求めて街に出ると、
そこには私を嘲笑あざわらう者共が構え、
私を一人にはしてくれない。
同じような人間はいくらでもいる。
なのに彼らはこの苦しみを知らず、
暖かなペチカの前にいる――
許しはどうすれば得られるのか、
私には皆目わからない。
――さて、君もまた連中の同類だろ!!

《バトル》

根塊こんかいのアストラル】
許しはどこで得られるのだ?
――同じことの繰り返しだ、
それが私を更に苦しめる……

【バール】
今のがセヒラというセヒラを集め、
それを帝都に送っていたニャ。
まるでセヒラのかたまりに、
思念が宿ったみたいな、
そんな面倒な奴だニャ……
【バールの帽子】
ゲロゲロ、まるで引力を持つセヒラ、
面倒なやつだったゲロ。
ゲーロゲロゲロ~
今はセヒラがあちこちに散じて、
気持ちいいゲロよ~
【バールの帽子背後】
わしらはセヒラがないと、
とてもやってられんが、
ものには限度があるのじゃな。
【バール】
それじゃあ、喪神もがみ風魔ふうま……
今後ともよろしくだニャ。

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、聞こえますか?
市ヶ谷いちがやセヒラ急激に低下!
作戦成功、帰還してください!

第一章 第十話 帝都満洲

はらえの

帆村ほむら魯公ろこう
さて、風魔ふうまよ。
いよいよ異界におもむく時ぞ。
最初の試練はゲートをくぐることだ。
現世と異界とを結ぶ場所の存在は、
以前から知られておった。
それをゲートとしてほうずるのだよ――
帝都の異変、そのいんなすは異界だ。
異界から湧出ゆうしゅつするセヒラが、
帝都の瘴気しょうきとして怪人かいじんを生む。
実は、これまで多くがゲートを抜けた。
そして誰一人として戻らんかった。
人がゲートを抜けた途端、
セヒラが不安定になり、
ゲートが閉じてしまったのだ――
参謀本部がゲートの研究を進め、
少しは制御できるようになった。
まだ完全とはいかないがな……
そういうことじゃな、新山にいやまの。
新山眞にいやままこと
はい。元々このあたり、
異常にセヒラが濃い特異点でした。
ゲートによってその制御が可能に――

軍ではセヒラの研究進めるべしとなり、新山にいやまら優れた無線技師が集められた。
その拠点が麻布あざぶにある飯倉いいくら技術研究所である。

新山眞にいやままこと
セヒラを波形に変えることで、
電気的に扱えるようになりました。
霊式れいしきヘテロヂンという技術です。
市内に設置したセヒラ探信儀たんしんぎも、
山王さんのう機関の携行式けいこうしきセヒラ探信儀たんしんぎも、
同じ技術を用います。
帆村ほむら魯公ろこう
技術は確かなようだ。
よし、風魔ふうま、まずはゲートをくぐる、
そいつを試すぞ。
喪神もがみ梨央りお
すぐに戻れるよう、ゲート周囲の
探索にとどめてください。
新山眞にいやままこと
喪神もがみさん、ご安心ください。
ゲートの状態はすこぶる安定しています。
帆村ほむら魯公ろこう
準備は良いかね、新山にいやま君。
異界との無線通信も試す。
新山眞にいやままこと
喪神もがみさん、それではゲートの方へ。
くぐりの要領ですが、
一度、くぐるだけで向こうへ行けます。
帆村ほむら魯公ろこう
よろしい。
では、風魔ふうま、もう一度言うぞ。
任務は行って帰ってくるだけだ。
無理はするな。
喪神もがみ梨央りお
兄さん……どうかご無事で。

喪神もがみ風魔ふうまゲートの前に立つと、
霊式れいしきヘテロヂン変調器へんちょうき
うなりを上げた――
やがてゲートの中心に光のうずが現れ、みるみるあたりを包み込んでいく――
あらゆる物質がばらばらに分解され、再び元の姿に整えられる。
それはまるで誕生のようであった――

風魔ふうまゲートの前にいた。
しかしそこははらえの間ではなかった。
赤坂あかさかですらないようだった――

〔???〕

あたりに人の気配はなかった。
赤坂あかさかはらえの間にあったのと同じ扉がある。
表に通じているようであった。

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、聞こえますか?
――帥士すいしのこと、ちゃんと
確認できていますよ。
皆はまだゲート前に残っています。
私だけ通信室に戻りました。
隊長はまもなくここに来るでしょう。
慎重に周囲を
探索してください。

表には異様な光景が広がっていた。
近代建築の並ぶ街並みは帝都のようだが、炎に焼かれる煉獄れんごく様相ようそうていしていた。

〔赤坂哈爾浜ハルピン・南〕

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
周囲を確認してください。
こちらでも監視かんししています。
セヒラの上昇があれば
連絡します。
【バール】
よっとせっと!
――喪神もがみ風魔ふうま、その人だニャ!
我輩はのバールだニャ!
ここにはセヒラがたくさんあるニャ。
なので我輩わがはいも出て来られるニャよ!
現世の赤坂あかさかした街なんかニャァ~
似てるようで似てないニャ、
似てないようで似てるニャ!
この世界は満洲まんしゅう由来ゆらいすると
されてるニャ。ここは赤坂あかさかの下、
なお満洲まんしゅう哈爾浜ハルピンにあたるニャ!
だから――
ここは赤坂あかさか哈爾浜ハルピンニャ!
実にいい名だニャ。
風魔ふうまも気に入るニャ。
我輩わがはいも濃厚セヒラのおかげで、
べらぼうに居心地いごこちがいいニャ!
【バールの帽子】
ゲロゲロ、冗談じゃないゲロ。
こんなクッサイ場所、
オレ様ゲロ吐いちゃうよ。
【バール】
お前は黙ってるニャ。
【バールの帽子背後】
そうじゃ、黙っとれ。
頭の後ろがムズムズしてかなわん。
【バール】
びっくりしたニャか?
我輩わがはいは三つの部分でできている。
それらが合わさって一つだニャ!
まぁ、家族みたいなもんだニャ。
人間もまったくのひとりだと、
不安だし、不安定だし、
何をしでかすやも知れんニャよ!
風魔ふうまひとりじゃニャいんだニャ!
――ちょいと説教臭くなったニャ。
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
今、誰と話していましたか?
もしかして、ですか?
――が姿を見せたのですか?

【着信 帆村ほむら魯公ろこう
が出たのか?
――なんと、異界では可能なのか……
うむむむ……
想定をはるかに超えた場所だな。
――あまり長居、するんじゃないぞ!

【心中アストラル】
浜田山はまだやまの心中にあやかって、
品川しながわ富士ふじで心中したんだ――
二人で昇汞水しょうこうすい飲んでね。
その刹那せつな、肉体から思念が飛んだ。
ここにいるのは生きている僕なのさ!
正しくは死ぬ直前の僕ってことさ!
ところで、一緒に相方は……
ぜんたい、どこ行ったんだい?
――まぁいいや、忘れよう!
ここは希望の地なんだ!
方々ほうぼうから思念が集まってくる。
なんたって、帝都満洲ていとまんしゅうだからね!
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、今度はアストラルと
会話していたのだな?
――アストラル……
無数の人間の息吹いぶきが、心の願望が、
肉体の匂いが、あつまって
おぼろな命によみがえったものであろう。
アストラルはセヒラを集めておる。
がいるかも知れんぞ、
気を付けるんだ――

【満洲浪人アストラル】
最後にいたのは虹口ホンコウ外れの阿片窟アヘンくつだ。
次に気付いたら、ここにいた……
俺を連れて帰ってくれ! 頼むよ!!

《バトル》

【満洲浪人アストラル】
ここで人間……
肉体のあるやつを見たのは、
お前で五人目だ……

【風来坊アストラル】
あの日、俺は仕事もなく、霊岸島れいがんじま
ジメジメした長屋で寝ていた――
昼前だ、ドーンと突き上げ食らって、
身体が天井までぶっ飛んだ。
それっきり、記憶が無い――
頼む、思い出させてくれ!!

《バトル》

【風来坊アストラル】
駄目だ、繋がらない……
あの震災の朝以来、
俺は途切れたままだ――
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、充分だ。
もう戻ってくるのだ。

はらえの

喪神もがみ梨央りお
お帰りなさい!
兄さん!
良かった、ホントに無事で……
帆村ほむら魯公ろこう
本当にアストラルに会ったのだな?
わしが求めてやまないアストラル……
――はぁ……
おぼろな命はあやうくも美しい――
だがそうとばかりも言っておられん。
今後、深刻な事態も予想せねばな。
喪神もがみ梨央りお
――隊長……大丈夫ですか?
兄さん、今日はお疲れ様でした!

新山眞にいやままこと

 飯倉技術研究所の軍属無線技師。セヒラから波形を検出して、電気的に扱えるようになる「霊的ヘテロヂン」という技術の第一人者。山王地下にある「門」の調整なども新山氏が手掛けているようだ。
 セヒラの有効利用も考えていることからすると、柔軟な考えを持っているものと思われる。趣味は植木の手入れで職人跣とのことだ。実弟に新聞記者の新山和斗がいる。




第六章 第十二話 時空の歪み

第二章 第四話 妖怪大戦

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