第八章 第四話 満映女優

〔山王ホテルロビー〕

その朝、京都より多加美たかみ宮司ぐうじが戻り、山王さんのうホテルで迎えることになった。東雲しののめ流再興を誓った鈴代すずよも来ている。

【喪神梨央】
多加美たかみ宮司ぐうじですが、
昨夜一一時四五分に京都を出た
夜間急行でお戻りです。
東京には今朝の九時三〇分着です。
【如月鈴代】
宮司ぐうじは鏡をお持ちになるはずです。
東雲しののめ流に神意しんいを伝える鏡です。
京都の神社に奉納されていました。
【喪神梨央】
鈴代すずよさん、その神意しんいって、
どんなものなのですか?
【如月鈴代】
私もくわしくは知らないのです――
霊異りょういす者にのみ伝わるそうです。

ホテルロビーに多加美宮司が入ってきた。
東京駅から円タクを飛ばしてきたのである。

【多加美宮司】
皆さん、おそろいですね――
【如月鈴代】
神器の鏡、授かりましたか?
【多加美宮司】
ええ、京都は宮津みやづにある、
真名井まない神社に奉納されていました。
伊勢いせこの神社の奥の院ですよ。
鏡はこちらになります。
鏡は真名井まない真鏡しんきょうと呼ばれています。

多加美たかみ宮司ぐうじ真名井まない真鏡しんきょうを取り出した。古式の鏡という以外に取り立てて特徴はない。

【喪神梨央】
宮津みやづだと山陰さんいん線から宮津みやづ線ですね。
京都を朝出るとお昼前には着きます。
【多加美宮司】
京都から宮津みやづは日帰りでした。
降りた駅は宮津みやづ線の天橋立あまのはしだて駅です。
神社まで天橋立あまのはしだてを渡って向かいます。
【喪神梨央】
そうなんですね!
天橋立あまのはしだてを通ったんですね!
日本三景の一つですね。

多加美たかみ宮司ぐうじ宮津みやづ真名井まない神社で、宮司ぐうじから鏡を預かった経緯けいいを話した。鏡の霊力は失われているとのことだった。

【多加美宮司】
この真鏡しんきょうには三篇さんぺん古文書こもんじょ
付帯ふたいしています。
そのうちの一篇いっぺんを授かりました。
真名井まない神社から電報で頂いたのです。

マナイノ カガミハ ソレノサマ 
ウルワシクテ モロカミタチノ
ミココロニモ アヱリ

【多加美宮司】
真名井まないの鏡、
それの様、うるわしくて、
諸神もろかみたちの御心みこころにも合えり――
【如月鈴代】
他の二篇にへんはどうなっているのですか?
【多加美宮司】
今、手配しています。
一篇いっぺんは京都帝大に、
もう一篇いっぺんは北の紫野むらさきのにあるそうです。
紫野むらさきのには紫水しすい会館という会館があり、
そこに収蔵されているそうです。
見つかり次第しだい、電報をもらいます。
【如月鈴代】
その古文書こもんじょ三篇さんぺんそろうと、
鏡の霊力は回復するのですか?
【多加美宮司】
真名井まない神社では、
そのようにうかがいいました。
程なく三篇さんぺんそろうでしょう。
この鏡は貸金庫に預けておきます。
第百六十三銀行銀座支店です。
エレミヤさんの銀行ですよ。
【喪神梨央】
そうだ、兄さん、
もう一方ひとかた、お客様があります。
――いらっしゃったようですよ。

〔山王ホテルロビー〕

優雅な素振りを見せながら、1人の女性がホテルロビーに入ってきた。満鉄映画社の麻美マーメイである。

【如月鈴代】
あら……
どこかでお見受けしたような――
【喪神梨央】
麻美マーメイさんですね?
――満鉄映画社の。
活動キネマ紅楼夢こうろうむの。
【麻美】
ええ、そうです――
浅草は今日が最終日で、
舞台挨拶あいさつがあるんです。
【喪神梨央】
あの……共演の女優さんは……
麻美マーメイさんは林黛玉リンタイギョク役ですよね。
もうお一方ひとかた薛宝釵セツホウサ役の女優さん――
その方、五月の舞台挨拶あいさつにも、
おいでじゃなかった――
興亜こうあ日報に書いてありました。
【麻美】
蘭暁梅ランシャオメイちゃんですね?
春から長患いで来日できていません。
悪い夢を見る、嫌な予感がすると――
【喪神梨央】
それは心配ですね。
紅楼夢こうろうむ、大人気なんですから!
今じゃ市内中まちじゅうでかかっていますよ!
【如月鈴代】
私も鑑賞いたしましたわ!
遅ればせながら、この八月に――
【麻美】
それは有難うございます。
【如月鈴代】
麻美マーメイさんは、五月に来日されて、
この夏はずっと日本においでですか?
【麻美】
ええ、母の実家に寄っておりました。
私、支那シナ生まれですが日本人です。
本名は高山たかやま麻美あさみと申します。
【喪神梨央】
そうだったんですね!
てっきり支那シナの方かと――
【麻美】
これから是枝これえだ咲世子さよこさんに会います。
――ご存知ぞんじですよね、咲世子さよこさんは?
【如月鈴代】
勿論もちろんぞんじておりますわ。
もしや、満洲まんしゅうの――
N計画のお話でしょうか?
【麻美】
咲世子さよこさんのお話は、
おそらく独逸ドイツのことではないかと。
近々、私、渡独とどくの予定があります。
独逸ドイツに会って欲しい協力者がいる、
そういうお話のようです。
【如月鈴代】
麻美あさみさん……是枝これえだ咲世子さよこさん、
山王さんのうホテルにおいでですか?
【麻美】
いえ、近くのおやしろに……
日枝ひえ神社ですか、そちらで。
もういらっしゃっているかも。
【喪神梨央】
兄さん、念のためです、
日枝ひえ神社界隈かいわい、セヒラを調べます。
【麻美】
喪神もがみ風魔ふうまさんですね……
それでは、まいりましょうか。
鈴代すずよさん、
またお会いしたいと思います。
【如月鈴代】
私もですわ。
活動キネマのお話、聞かせてくださいな。

〔日枝神社〕

【是枝咲世子】
麻美あさみさん、
幾久方いくひさかたですね!
【麻美】
咲世子さよこさんこそ、お元気そうで。
お父様もお変わりなくて?
――今も独逸ドイツに……
【是枝咲世子】
父は帰国中ですが、
もうじき独逸ドイツに戻ります。
――麻美あさみさん、少し歩きましょうか。
風魔ふうまさんもご一緒してくださいな。

日枝ひえ神社境内〕

旧交を確かめ合った咲世子さよこ麻美マーメイつのる話を交えながら2人は日枝ひえ神社へ。風魔ふうまにもぜひ聞いて欲しい話があるという。

【是枝咲世子】
それではダッハウ強制収容所のこと、
さっそく父にも申しておきます。
アイケSS上級大将のことは特に。
アイケは猶太ユダヤ人を憎悪しています。
収容所施策を強化するでしょう。
満洲での受け入れを急ぐべきです。
麻美あさみさんはナチ高官の会合かいごう
参加されるなどして、
情報を集めておいでです。
【麻美】
ナチス・ドイツはユダヤ人排斥はいせき
本格的に始めるつもりです――
独逸ドイツ欧州ヨーロッパで孤立するのは自明じめいです。
【是枝咲世子】
父の話では、英国イギリスの外務大臣が
満洲への猶太ユダヤ入植にゅうしょく事業に
おおいに関心を寄せているとか――
日本と英国イギリスの二国で満洲を管理する、
そのような提案を出すようですよ。
これは日本にとって好機こうきです――
【麻美】
せんだって国連脱退した日本が、
これ以上孤立しないために……
ということですね?
【是枝咲世子】
父はそう考えています――
他国を利用するだけだった英国イギリスを、
今度は日本が利用してやるのだと。
【麻美】
そういえばナチ親衛隊長官ヒムラーは
北満ほくまんにアーネンエルベ開設の
指示を出したとか……
【是枝咲世子】
先日、フォス大佐が満洲へ――
麻美あさみさん、例のお話ですが……
独逸ドイツに渡られるとお聞きしました。
【麻美】
独逸ドイツで会って欲しいという方ですね?
どういう方でしょうか?
【是枝咲世子】
ナチ親衛隊のローレンツ中将です。
エーリッヒ・ローレンツ――
中将はN計画の考案者なのです。
【麻美】
ローレンツ中将ですね。
褐色館ブラウネスハウスに招かれているので、
お目にかかれると思います。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
警戒してください!
セヒラ急上昇です!!
【執事型ホムンクルス】
目標ダスツィル……確認ベステーティグン……
開始シュタート! 開始シュタート! 

《バトル》

【着信 喪神梨央】
辺りのセヒラ、沈静化しました。
警戒を解いてください。
【麻美】
さすがですね、風魔ふうまさん――
月下げっか一閃いっせんごとくですね。
頼もしく思います。
近く、在日独逸ドイツ人会の渡独とどくに合わせ、
独逸ドイツへ渡る予定があります。
今日はこれから、
浅草で舞台挨拶あいさつがあります。
【是枝咲世子】
風魔ふうまさん、帝都では騒動が――
浅草まで麻美あさみさんとご同行ください。
【着信 喪神梨央】
公務電車の手配をします。
山王下さんのうした電停に待機させます。

〔浅草六区ろっく

【着信 喪神梨央】
銀座幻燈会げんとうえもよおしが、
市内数カ所で開かれた模様です。
有楽町ゆうらくちょう京橋きょうばし、新宿、浅草――
浅草は天一館てんいちかん水天館すいてんかん文明閣ぶんめいかくです。
今回は活動キネマだったようです。
大勢が怪人化する恐れがあります。
浅草にも……セヒラ観測です!!
【麻美】
浅草の三つの映画館、
いずれも閉館しています。
三館が合わさって浅草名劇座に――
狐につままれたようなことでしょうか?
用心に越したことはないですわね。

御成門おなりもんの客】
短編の活動キネマでしたわ。
日露戦争のお話よ――
三軍の旅団にいた一人の少尉さん、
東京に残した奥さんが亡くなるの。
流感インフルエンザかかったのよ。
当時遼東リャオトン半島にいた少尉が携行けいこうする、
小さな手鏡に、奥さんの顔が写る、
そういうお話よ。
死んだ奥さん、良人おっとに会いに行った。
その少尉さん、敵弾もろともせず、
無事、日本に戻られました。

赤羽橋あかばねばしの客】
少尉の女房が何で死んだか、
そこが肝心かんじんなんだよ。
女房は省線電車にかれて死んだ。
四谷見附よつやみつけの橋から身投げしてね。
あすこ、下に省線走ってるんだ。
電車の鉄輪で顔は真っ二つ!!
ひゃぁ~柘榴ざくろみたいにけた~
その顔が鏡に写ったんだよ!

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラです、接近しています!
【麻美】
喪神もがみさん、お気を付けください!

入谷いりやの客】
僕は見た!
僕は見たんだ!
手鏡に写った少尉の女房を!
あああ~
少尉の女房は、
首くくりで死んだんだ!!
目ん玉が飛び出し、舌を垂らし、
白くろうのような肌をさらして――
細い首に縄の跡が赤黒く残るんだ!!
昨日から同じところを歩いてる。
行けども行けども、下宿に着かない。
歩くほどに力がみなぎってくるよ!!

《バトル》

入谷いりやの客】
手鏡に写ったのは……
少尉の女房じゃない、そうじゃない、
去年、肺病で亡くした僕の姉だ!

あああああ~
――僕は、もう行き場がない!!
【麻美】
人によって見え方が違う……
そんな活動キネマ、知りませんわ。

喪神もがみさん……
幻燈会げんとうえもよおしを主催するのは、
いったい、誰なんでしょうか?
セヒラにおかされておかしくなる、
そうう人ばかりじゃないようです。
――あの人……
幻燈会げんとうえのお客さんじゃないですか?

角筈つのはずの客】
文科のS三郎はいい加減だ!
少尉の手鏡に写ったのは化物だ。
真っ青な色で赤い目をし、
金のきばく怪物なのだ!
少尉の女房じゃない!
怪物だ、怪物だ、
あれはまごうことなく怪物なんだ!!

《バトル》

角筈つのはずの客】
少尉の隊は激戦の中でほぼ全滅、
生き残ったのは少尉と軍曹ぐんそうだけ――
軍曹ぐんそうが言うんだ――
敵弾、少尉の体をすり抜けたと。
何十発も撃たれて平気だったと。
軍曹ぐんそうが目を凝らすと、
少尉の体を透かして、
二〇三高地が見えたそうだ!!
【麻美】
お話の筋書きまで変わるなんて――
何かの力がおよんでいる気がします。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
その辺り、セヒラは観測しません。
浅草今木いまきにお客様です。
ご対応お願いします。

〔甘味処今木いまき

今木いまきてる
あら、麻美マーメイさん!
ようこそお越しを……
お客様がお待ちですよ。
皆さん、活動キネマ関係の方なんですって?

【聖宮成樹】
多加美たかみ宮司ぐうじから麻美マーメイさんのこと、
うかがいしたのです。
この店の常連だと――
【麻美】
ええ、浅草に来ればいつも……
浅草名劇座で舞台挨拶あいさつがあります。
でも浅草に怪人が出ていて――
【聖宮成樹】
喪神もがみさんがおしずめになったのですね!
喪神もがみさん、麻美マーメイさんに大切なこと、
お頼みしようと思うのです。
【麻美】
あら、どんなことですの?
【聖宮成樹】
独逸ドイツはミュンヘンにあるナチ党本部、
通称、褐色館ブラウネスハウスに行って欲しいのです。
【麻美】
褐色館ブラウネスハウスなら近く訪れますわ。
ブルエナーどおりにありますわね。
【聖宮成樹】
褐色館ブラウネスハウスの地下に、
リヒャルトガルテンの銘板めいばんかかげた、
小部屋があるのですが――
そこにしのんで、
持ち出して欲しい代物しろものがあります。
【麻美】
どんなものでしょうか?
【聖宮成樹】
この写真を――
ゼーラム五二五です。
銀色の筒状つつじょうの容器に入っています。

聖宮ひじりのみやが取り出した写真には、金属製の筒状容器が写っていた。側面に525の文字が見える――

【麻美】
それは何か特殊なものですね。
この帝都の……喪神もがみさんたちに、
何か関係がありますかしら?
【聖宮成樹】
ゼーラム五二五は謎の霊的物質です。
失われた霊力を回復する、
そのような働きがあると言われます。
【麻美】
――なるほど、承知しょうちしましたわ。
近く親衛隊のパーティがあるので、
いい機会だと思います。
【聖宮成樹】
計画が首尾しゅびよく運ぶよう、
私からシュタインベルク中将に、
麻美マーメイさんのことを伝えておきます。
【麻美】
ありがとうございます。
それでは殿下でんか、私は劇場の方へ。
【聖宮成樹】
麻美マーメイさん、
どうぞよろしくお願いします。
【麻美】
喪神もがみさん――
またお逢いしましょう。
夢玄器むげんき独逸ドイツにも持参しますわ。

【聖宮成樹】
喪神もがみさん――
柄谷がらたに生慧蔵いえぞうという物理学者の名前、
お聞きになったことはありますね。
柄谷がらたに博士は瑛山会えいざんかいの一員です。
三年前、セヒラが同定されたとき、
せんの必要性を訴えました。
論文をまとめ、参謀本部へ提出し、
それが元で山王さんのう機関が設立され、
喪神もがみさんたちが招聘しょうへいされました。
その柄谷がらたに博士ですが、
どうも動きが怪しいのです。
それで京都から尾行しました――
博士は東京に着くやいなや、
独逸ドイツ大使館に向かったのです。
瑛山会えいざんかい独逸ドイツ国――
爾来じらい、何の繋がりもありません。
誰と接触したのでしょうか……
少し調べてみることにします。

さて――
麻美マーメイさんがゼーラムを持ち帰れば、
多加美たかみ宮司ぐうじが授かった鏡に、
霊力が戻る希望が持てます。
ゼーラムは釣鐘つりがねにも使われています。
ただ、釣鐘つりがねから取り出しようもなく、
麻美マーメイさんにお願いした次第しだいです。

【着信 喪神梨央】
兄さん――
新山さんがお話ししたいと。
はらえの間においでになれますか?

【今木照】
どうするんですか、お二人は?
お店、看板にしちゃいますよ!
【聖宮成樹】
わかりました、すぐうかがいます。
喪神もがみさん、
今日はこれにて失敬しっけいします。

聖宮は今木に入っていった。
風魔は梨央の要請で祓えの間に向かった。

はらえの間〕

【新山眞】
今回、ようさんから連絡もらって、
飛んできたんですがね――
どうも別の時空に繋がったようです。
それが証拠に、未知の波形が――
どやら日本じゃないですね。
ようさんは香港ではないかと――
実はこれまで何度か、
香港と接続したことがあります。
それもずっと未来の香港です――
波形記録に接続の履歴が残っていた、
そういうことですが……
今、接続するのは品川図們トモンです。
接続したばかりで、
今はすこぶる不安定です。
安定するまでお待ち下さい。
ひとまず山王さんのう機関に向かいましょう。

帝都満洲が別な時空と繋がったという。それは未来の香港であると――
過去に何度か接続の事実はあったようである。

第八章 第二話 渡満

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
兄さん――
興亜こうあ日報が、
またやってしまいました。
読者から怪人川柳せんりゅうつのって、
紙面しめんで発表したんです。
ラヂオでも紹介していました――

怪人を
振り返へらせて
少し逃げ

怪人の
足へ一筋
血が流れ

怪人川柳せんりゅうを載せている興亜こうあ日報、
売店ではほとんど売り切れで、
山王さんのう機関にもまだ配達されません。

【帆村魯公】
怪人に
なった刹那せつな
考える

なかなかうまいこと言うもんだな。
想像力が豊かだな!
新川柳しんせんりゅうというやつだな。

【喪神梨央】
隊長!
またこれでおかしくなる人が出ます。
山王さんのう機関の仕事が増えます。
【帆村魯公】
仕事のあるのはいいことだ。
――さて、今日の公務はどんなだ?
【喪神梨央】
今日は警護をお願いできますか。
中条忍なかじょうしのぶさんが渡満とまんされるのです。
怪人川柳せんりゅうのこともあるので――
さんという方が、
中条なかじょうさんをエスコートされます。
さんって、兄さんご存知ぞんじですよね。
さんは京城ケイジョウまでの予定だそうです。
東京発午後三時の下関しものせき行き急行です。

そこまで言うと梨央りおは、愛用の時刻表を取り出し、ページをった。

【喪神梨央】
下関しものせきに明日の朝九時三〇分着、
一〇時半の連絡船で夜六時に釜山ふざん着、
七時二〇分の鮮鉄急行があります。
鮮鉄急行は新京シンキョウ行きのひかり号です。
京城ケイジョウには明後日の朝三時一五分着。
さんは京城ケイジョウで下車されます。
奉天ホウテンには明後日の午後四時四〇分着、
大連ダイレンには夜の一〇時半に着きます。
一旦いったん奉天ホウテンまで上る行程ですね。
私、さんに電話してきます。

喪神もがみ梨央りお麻布あざぶの張ホテルに投宿とうしゅくする景明けいめいに電話をかけに行った。
山王さんのうホテルロビーに風魔ふうまあてに来客のしらせが――

〔山王ホテルロビー〕

【廣秦範奈】
喪神もがみ風魔ふうまさんですね――
私、廣秦ひろはた範奈はんなと申します。
エレミヤ佐古田さこたさんからうかがいました。
私、志恩しおん会で執務員をしています。
志恩しおん会は猶太ユダヤ失われたロスト支族トライブ
探し求める活動を続けています。

そう言うと範奈はんなは、自分も千年以上昔に、日本へ渡ったガド一族の末裔まつえいであると語った。その廣秦ひろはた家に伝わるのが廣秦ひろはた文書である。廣秦ひろはた文書にはマナセ一族についてしるした箇所があるという。

【廣秦範奈】
やがて訪れる終末の日――
救世主が現れ、神の国が完成する。
廣秦ひろはた文書にはマナセのすえこそ、
救世主であるとあります。
【喪神梨央】
マナセ一族――
それって鈴代すずよさんじゃないですか!
前にユリアさんに、
打ち明けておいででしたよ。
自分はマナセの末裔まつえいだって。
【廣秦範奈】
如月きさらぎ……鈴代すずよさんですか?
【喪神梨央】
そうです、兄さんの同級生です。
【廣秦範奈】
確か、如月きさらぎさんは、
レイチェル・ポートマンさん、
その家系でおいでです。
ポートマン家は十八世紀末に、
米国に渡ったマナセ一族です。
古文書にあるのは、
六世紀はじめに日本に渡来した、
マナセ一族についてです。
【喪神梨央】
じゃ、他にマナセ一族の末裔まつえい
日本にいるのですね?
【廣秦範奈】
ええ、そう考えています。
父、伊佐久いさくは終末の日が近づくと
おのずと現れてくると申していました。
【喪神梨央】
終末の日、ですか……
それはいつのことでしょうか?
【廣秦範奈】
わかりません……
父は研究を重ねていましたが――
その父も行方不明になったままです。
【喪神梨央】
兄さん――
あの方ですか、さんって。

【李景明】
喪神もがみさん、
今日はご公務に時間をいていただき、
有難うございます。
私は京城ケイジョウに用があるのですが、
奉天ホウテンまで足をばすつもりです。
中条忍なかじょうしのぶさんの大連ダイレン行きを見届けます。
【廣秦範奈】
もしや中条忍なかじょうしのぶさんとは、
大連ダイレン特務機関の方ですね!
N計画を進めておいでの――
【李景明】
そのようです。
今は大崎おおさき是枝これえだ邸においでです。
是枝こえれだ咲世子さよこさんとご一緒です。
【廣秦範奈】
是枝これえだ……咲世子さよこ……
駐独ちゅうどく武官の是枝これえだ大佐の娘さんですね。
愈々いよいよN計画が動くのですね!
【李景明】
ええ、満蒙まんもう発展が期待できますね。
露西亜ロシアの南下を防ぐために、
満蒙まんもう発展は是非ぜひなる要件なのです。
【喪神梨央】
五反田ごたんだまで公務電車を手配します。
虎ノ門とらのもんから赤羽橋あかばねばし古川橋ふるかわばし経由、
五反田ごたんだに向かう経路です。
【李景明】
それでは参りましょうか。
【廣秦範奈】
エレミヤさんのこと、残念です。
彼は貴重な情報をくれました。
罠にはまったのだと思っています。

喪神もがみさん――
N計画をお守りください。
よこしまな勢力に阻害そがいされないように……

景明けいめいを乗せ公務電車は一路いちろ五反田ごたんだへ向かう。清正公せいしょうこうまえ前を分岐ぶんきした電車は、しばらく進み、不意ふいに停車した――

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
付近でセヒラ上昇中です。
おそらく怪人川柳せんりゅうの影響で、
怪人化した市民かと思われます。
念のため、巡視パトロールをお願いします。

〔下大崎〕

【醤油商】
何だかね、
頭がフーってなってる時に、
句が浮かんだんですよ――

怪人の
ひとみえる
柿の色

嫁がね……荷物全部持って、
家を出たんです……
私、すっからかんですよ!!

【マネキンガール】
私もね、怪人川柳せんりゅう、認めたの。
姉が句を送って入選したのよ、
あの阿呆あほうの姉でも入選するならと――

怪人は
だ真ッ白く
笑ひこけ

どうですか?
この句をくとね、
ある考えが浮かんでくるの――
最近、売り場主任に取り入っている、
久子ひさこさんに意地悪しちゃえってね!
――だからそうしたの……

【満鉄信号手】
私ネ、一句思いついたんですヨ!

車投げ
ケロリしたりの
怪人や

どうです、なかなかのもんでしょ?
――ああああああ、
他にも浮かぶ言葉あるネ!

雨のしとしと降るパン
ガラスカラスマトから冷やかした
満鉄マテツ金釦キポタン馬鹿野郎パカヤロー

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし!!
急激にセヒラ上昇です。
注意してください!

【マネキンガール】
ある日、デパートの更衣室こういしつに、
薬のアンプルがあったのよ。
それをねお茶碗ちゃわんに入れたの!
茶碗ちゃわんにお茶をそそいで、
久子ひさこさん、お飲みくださいってね!
あの女に差し出したのよ!
あなたがお茶をれてくれるなんて、
どういう風の吹き回しかしらなんて、
あの女、憎まれ口叩くのよ!
でも、素直に飲んだ――
三分もしないうちに白目向いて、
口から血の混じった泡吹くの!!
残念ね、上等の御為おためごかしなのに!!
蝦反えびぞりになって事切こときれたのよ!
アハハハハハハ~

《バトル》

【マネキンガール】
怪人の
刃物のような
目の光――

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
辺りのセヒラ、なくなりました。
警護を続けてください。
今の件、一応警察に通報しますね。
――真偽しんぎの程は不明ですが。

ほどなく公務電車は五反田ごたんだ駅前に着いた。歩いて5分ほどの大崎広小路おおさきひろこうじ是枝これえだ邸がある。

〔是枝邸前〕

【李景明】
ここが是枝これえだ大佐の家ですね。

是枝邸前に立つ李景明と風魔。邸の庭には探信儀が立っている。
そこへ是枝咲世子と中条忍がやってきた。

【是枝咲世子】
どうぞよろしくお願いします――
【中条忍】
景明けいめいさんですね、
私、中条忍なかじょうしのぶです。
京城ケイジョウまで行かれるとうかがいました。
【李景明】
ええ、でも奉天ホウテンまでご一緒しますよ。
大連ダイレン行きの列車にお乗りになるまで
見届けさせてください。
【中条忍】
ありがとうございます。
とても心強いです。
【李景明】
中条なかじょうさん、奉天ホウテンに着いたら、
一旦いったん、駅から出てもらえますか?
【中条忍】
え、どうしてですの?
そのまま折り返しで大連ダイレンに向かう、
そうじゃありませんこと?
【李景明】
奉天ホウテンからも警護を付けます。
満鉄調査部の職員を向かわせます。
そのほうが安心でしょう。
大連ダイレンまでずっと警護付きです。
【是枝咲世子】
それは安心ですね。
さん、有難うございます。
【李景明】
奉天ホウテン駅前から伸びる浪速通なにわどおりに、
満毛まんもう百貨店があります。
満蒙毛織まんもうけおりが経営する百貨店です。
満毛という屋号が壁面にあります。
その玄関に満鉄職員を待たせます。
背の高い日本人青年です。
【中条忍】
わかりました。
いろいろと有難うございます。
必ずN計画を実現させます。
日本の将来のためにも――
【是枝咲世子】
皆さん、円タクがまいりました。
喪神もがみさん、父も独逸ドイツに戻ります。
新しい独逸ドイツの事情も手に入ります。
またお目にかかりましょう。
それではお気を付けください。

3人は是枝これえだ咲世子さよこが呼んだ円タクに乗り、東京駅へと向かった。

〔東京駅〕

【李景明】
喪神もがみさん、有難うございました。
駅まで無事に着けました。
これでまずは一安心ですね。
帝都は少しのことで怪人化する、
そういう人が増えているようです。
ご公務、お気を付けください。
【中条忍】
大連ダイレンに戻り、
N計画の実現に向けてつとめます。
またお知らせできるかと――
【李景明】
それではそろそろ――
ここに長くいると目立ちます。
満蒙まんもうにおいて国家自衛の地歩ちほを築き、経済産業的自給自足じきゅうじそくの資源を得て、一朝有事いっちょうゆうじの際に応じ、もって大東亜共栄だいとうあきょうえいの意義をまっとうする、私の理念はそこにきるのです。
さぁ、まいりましょう――

【着信 帆村魯公】
黒ノ八号くろのはちごう
急ぎ、帝大に向かってくれ。
公務電車を回す。
和田倉門わだくらもんから乗車するんだ。

魯公ろこうによるとゴエティアの偽典ぎてんが見つかり、今日夕方にでも帝大に着くという。牛頭ごず機構がそれを狙う動きを見せたとのこと。

〔帝大キャンパス〕

【着信 帆村魯公】
満洲のあるすじから参謀に連絡があり、
偽典ぎてんがじき帝大に着くそうだ。
【着信 帆村魯公】
一般の電報でもたらされたと言うぞ。
眉唾まゆつばな気もするが、念のためだ、
帝大を巡視パトロールしてくれ。

【占領科生R】
どうしました?
――もしや皇軍こうぐんの方ですか?
一時のアナーキスト騒動、
すっかり沈静化したようですね。
でも本当は違うのです、
奴ら地下に潜っただけなんです。
僕たちには、
まだまだやるべきことが――
そう思うでしょう、あなたも!

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
帝大キャンパス内でセヒラ上昇!
複数箇所を確認しました!

【蹂躙科生Q】
貴官きかん巡察じゅんさつなのですか?
我々は心にとげを持つような、
アグレッシブな学生を求めます。
上層部から言われているんです、
そういう学生はいい材料になると。
そうです、人籟じんらいの材料ですよ!

【精神破壊科生V】
先日、捕獲ほかくした学生は大成功でした。
くるぶしまで水にかる小部屋があります。
部屋の中央には一脚の椅子いす――
その椅子いすに学生を座らせ、
頭上から水を一滴ずつ落とします。
同じ間隔かんかくたもちながら――
ポターン、ポターンとね。
フフフ、その学生は立派に覚醒かくせいして、
に魂をわれましたよ!!
強く強く歯を食いしばって、
奥歯の割れる音がしました!
アハハ、お前もそうなるがいい!!

《バトル》

【精神破壊科生V】
水の……小部屋……
今度はお前を……入れてやろう……

【着信 喪神梨央】
帝大内のセヒラ、
収束したようです――

〔蔦博士研究室〕

【蔦博士】
これはこれは、喪神もがみ君――
来ると思っておったよ!
先程、たしかには届いた。
本郷ほんごう局の郵便夫が届けに来たぞな。
その本じゃがな……
いやぁ、あれは何であるか?
ぜんたい、不明じゃ!
少なくとも、君らの役に立つ、
ゴエティア偽典ぎてんではないぞ!
希臘ギリシャ語で何やらつづったページ、その後に阿爾卑斯アルプスの観光写真の写し、それからまた希臘ギリシャ語のページが続く――
希臘ギリシャ語を読むと、バンガロス将軍の
クーデターがどうのこうのと――
これは十年前の話じゃな。
つまりは希臘ギリシャの古新聞じゃな、
その記事をただ写してある本じゃ。
アレクサンドロス・デュカキス、
それが写本者の名前じゃ。
間違いなくインチキ本じゃよ!!
【着信 喪神梨央】
帝大内でセヒラ観測です!
研究室の近くです、
注意してください。

【搾取科生X】
古書が偽物だったとはな!
偽典ぎてんの偽物とは洒落しゃれが効いている。
そう思うだろ、山王さんのうの猿めが!
僕はね、牛頭ごずに加わって開花した。
ついに句の才能も花咲いたんだ。
聞かせてやろうか、最新作を――

怪人の
すそから風が
通り抜け

嗚呼ああ、目に浮かぶようだ――
心を彷徨さまよわせる怪人のかなしみが、
ありありと伝わってくるよ!
このかなしみを、
山王さんのうの猿にもわからせてやろう!!

《バトル》

【搾取科生X】
怪人の
素足の下の
霜柱しもばしら――

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
帝大のセヒラ、完全に沈静化、
本部に帰還してください。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい、兄さん!
しのぶさんたち、無事に汽車に乗り、
下関しものせきに向かわれました。
鉄道省にも監視員をお願いし、
確認してもらったのです。
【帆村魯公】
ゴエティアの書については、
ガセだったようだな。
牛頭ごずの急進派を帝大に集める、
そういう効果はあったようだ。
【喪神梨央】
たぶん、範奈はんなさんです――
範奈はんなさんの陽動じゃないですか?
しのぶさんたちが汽車でつまで、
牛頭ごずをおびき寄せたのでしょう。
【帆村魯公】
最近、牛頭ごずの動きはうかがえないが、
下っ端連中はウロウロしておる――
念には念をということじゃな。
【喪神梨央】
希臘ギリシャ語のインチキな本、
誰が作ったんでしょうね――

大連ダイレン特務機関を手伝う中条忍なかじょうしのぶは、景明けいめいのエスコートを得て満洲へ向かった。愈々いよいよN計画の動き始める時が来たのだ。

第七章 第十三話 蠢動

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
あっ、兄さん――
兄さんが帝都満洲に行く度に、
時間が少しずつ遅れているとすると、
兄さんの一日が、
私たちの何日にもなってしまう……
新山にいやまさんが危惧きぐされていました。
そうなると、
私たち、どんどん歳を取る、
そうじゃありません?
【帆村魯公】
おう、風魔ふうま
ホテルに佐古田さこた氏がおいでだ。
三崎みさきの銀行で頭取やってる人だ。
【喪神梨央】
山郷やまごう……さんの……
右腕だった人ですね。
エレミヤ佐古田さこた――
【帆村魯公】
山郷やまごうにさん付けは不要だ、梨央りお
佐古田さこた氏は山郷やまごうの計略を阻害そがいし、
N計画の保全に一役買っている。
【喪神梨央】
牛頭ごず機構、最近、動きがありません。
むしろ不気味なんですが――
【帆村魯公】
山郷やまごうが満洲から指示を送っている、
そう考えるのが常だな。
佐古田さこた氏に会ってきてくれ。
氏はホテルロビーだ。

〔山王ホテルロビー〕

【エレミヤ佐古田】
喪神もがみさん!
ちょうどよかったです。
今、是枝これえだ咲世子さよこさんを待ちます。
近く、中条忍なかじょうしのぶさん、
大連ダイレンへ戻ることになると、
そう連絡ありました。
満蒙の大地に猶太ユダヤ人の入植、
愈々いよいよその大計画が動き出すのですね。
【是枝咲世子】
喪神さん――
皆さんは、お変わりありませんか?
佐古田さこたさん、
話しておきたいこととは、
どのようなことですか?
【エレミヤ佐古田】
牛頭ごず機構の山郷やまごうですが、
彼は猶太ユダヤの失われた支族しぞく末裔まつえいを、
懸命になって探しています――
今、私の仕込んだ情報を頼りに、
山郷やまごうは満洲の新京シンキョウにいます――
【是枝咲世子】
N計画で入植する猶太ユダヤ人の中に、
失われた支族しぞく末裔まつえいが含まれている、
彼はそう目論もくろんだのですか?
【エレミヤ佐古田】
山郷やまごうの目的はN計画の乗っ取りです。
計画の基礎は新京しんきょうにあると、
そう仕向けたのです。
さらに仰るようなことも、
匂わせておきました。
【是枝咲世子】
それじゃ霊異りょういを現す末裔まつえいが、
新京しんきょうで彼の手中に落ちることも?
【エレミヤ佐古田】
十の支族しぞくは世界中に散らばりました。
だから、末裔まつえいが満洲に行く可能性、
まったくゼロではありません。
【是枝咲世子】
でも、違うのですか?
【エレミヤ佐古田】
すでにこの日本にマナセ一族の末裔まつえい
いることがわかっています。
山郷やまごうの親戚です――
【着信 喪神梨央】
鈴代すずよさんのことですね。
以前、ユリアさんに、
打ち明けていましたね。

【是枝咲世子】
――如月きさらぎ鈴代すずよさんですね?
父からうかがっていました。
虹人こうじんさんからも……
【エレミヤ佐古田】
支族しぞくに伝わるとされる霊異りょういなす力、
それは女性にのみ受け継がれます。
マナセ一族については、
鈴代さんのお祖母ばぁさんの代で、
途絶とだえているのです。
【是枝咲世子】
それでは……
まだ他に、支族しぞく末裔まつえいがいると?
この日本に……そうなんですね?
【エレミヤ佐古田】
ええ、お伝えしたかったのは、
そのことです。
手がかりはさほどありませんが――
京橋区に志恩しおん会という会があり、
山郷やまごうとは別経路で末裔まつえいを探します。
【是枝咲世子】
お続けになって――
【エレミヤ佐古田】
如月鈴代さんとは別の家系の、
マナセ一族が日本にいるのです。

エレミヤは、6世紀中頃に、朝鮮半島より渡来したマナセ一族が、日本で系譜けいふを継いでいることを話した。マナセ一族に関しては志恩しおん会が調査している。もう一つのマナセの系譜けいふについては、山郷やまごうはまったく認知していないとのことだった。

【是枝咲世子】
見つかっていないマナセ一族のすえ――その現す霊異りょういというのは、
一体、どんな力なのでしょうか?
【エレミヤ佐古田】
ちし明星みょうじょう堕天使だてんしルシファーを、
召喚できるほどの能力です。
かなう相手はいないでしょう――
私、これから志恩しおん会に向かいます。
何でも哈爾浜ハルピンから荷物が着いたと。
哈爾浜ハルピン軍政署からだそうです。
山郷やまごうに関することかも知れません。
それでは、咲世子さよこさん、
喪神さん、これで失礼します。

〔山王ホテルロビー〕

景明ケイメイ
やはりおいででしたか――
今、ホテル玄関で、
エレミヤさんに会いました。
第百六十三銀行の副頭取ですね。あの方は上海軍閥シャンハイぐんばつと繋がっています。
いえ、私は彼とは面識めんしきがありません。
新聞で何度か拝見した程度です。
初めまして、景明けいめいと申します。
外地ではリー景明チンミンです――
【是枝咲世子】
リー……チンミン……
父が申していた方ですね。
確か満鉄の――調査部の――
景明ケイメイ
もしや、あなたは是枝これえだ大佐の?
――そうでしたか、お父上は日本に?
【是枝咲世子】
ええ、おります。
もうじき、独逸ドイツへ戻ります。
景明ケイメイ
ナチのフォス大佐のお宅訪問は、
もう済みましたか?
【是枝咲世子】
よくご存知ですね。
フォス大佐はおいでになりました。
父とは昵懇じっこんの間柄です――
さん……満鉄ではナチの動向、
どこまで掴んでおいでですか?
景明ケイメイ
独逸ドイツは両面攻撃を企図しています。
西へ英仏、東へ露西亜ロシア――
欧州は世界戦争の余儀よぎなしです。
【是枝咲世子】
やはりそうなのですね。
父の取り越し苦労ではなかった……
景明ケイメイ
ナチは羅馬ローマ帝国、神聖羅馬ローマに次ぐ、
第三帝国建設を妄想しています。
その中に露西亜ロシアも含まれるのだと。
そんなナチも一枚岩ではなく、
方々にひび割れを認めます。
来日中のフォス大佐もそうです。
【是枝咲世子】
そのフォス大佐ですが、北満に、
妙に執着されているようですが……
何があるのですか、北満に?
景明ケイメイ
北満ではなく、もっと西です。
新疆シンキョウ省の省都烏魯木斉ウルムチの付近に、
桃源郷とうげんきょうが発見されたのです。
【是枝咲世子】
興亜こうあ日報にあった記事ですわ!
でも大佐が宅においでのとき、
まだ記事は出ていませんでしたわ。
景明ケイメイ
記事によって大佐の情熱に、
火が着いたのではないでしょうか。
【是枝咲世子】
かねてより大佐は北満を含む、
欧亜ユーラシア大陸全域を第四帝国にする、
そう語っておいででした――
景明ケイメイ
烏魯木斉ウルムチ桃源郷とうげんきょうがあれば、
そこを中心として発展するでしょう。
さだめし立派な帝国が出来るでしょう。
【是枝咲世子】
――さん……
桃源郷とうげんきょうなんて、本当なのですか?
私、にわかには信じられません。
景明ケイメイ
新聞の言うことです、真実でしょう。
そう思うことです――
【是枝咲世子】
さん……作り話ですね?
フォス大佐を試す……
そうじゃありませんこと?
景明ケイメイ
ナチ将校をだますなんてできません。
――咲世子さよこさん、中条なかじょうさんは、
まだお宅においでですか?
【是枝咲世子】
ええ、いらっしゃいます。
もう大連ダイレンに戻られるそうですが――
さんは、外地へのご予定は?
景明ケイメイ
私は鮮鉄の京城ケイジョウに用があります。
釜山プサンから朝鮮に入る予定です。
【是枝咲世子】
では、ぜひ、しのぶさんを、
エスコートお願いします。
京城ケイジョウまでで構いませんので。
彼女、以前、怪人にされかけて、
それで用心深くなっています。
お願いします――
景明ケイメイ
わかりました。
今日はお会いできて幸いです。
後日、是枝これえだ家に電報打ちます。
喪神さん、ありがとうございました。
また連絡を取り合いましょう。
【是枝咲世子】
喪神さん……
こうさん……いえ、虹人こうじんさん、
恙無つつがなくお過ごしですか?
虹人さんは複雑で繊細、
それでいてはがねの強さをお持ちです。
虹人さん、おっしゃっていました――
小説を書く時の僕は僕じゃなくなる。
実際の虹人さんを知っていれば、
その言葉、わかる気もします。
秋宮あきみや、休載して久しいですが、
以前の連載分、お見せしますね。
それでは、喪神さん、
またよろしくしてください。

咲世子さよこを見送ってすぐ、梨央りおから着信があり、清水谷しみずだに公園でセヒラを観測したという。ホムンクルスの波形も現れたようだ。

〔清水谷公園〕

【着信 喪神梨央】
そういえば……
今日、清水谷しみずだに公園で猟奇人の会が
開かれるとか……そんな話です。
兄さんにはそんな猟奇趣味、
ないですよね?
――あったら、困ります!
猟奇りょうきグラフ社社員】
おっと、まさか特高じゃ……
えへへ、違いますよね?
ニィさんはそんなんじゃない。
そんな目で見ないでくださいよ。
もうね、お開きです、集まりは。
猟奇人の面々は吉原よしわらの方へ……
もうここにはほとんどいないはず――
さ、私もおいとまします。
【猟奇学生】
フフフ、ボクにはね、わかるんだ。
ほら、あすこ、あの男……
絶対に猟奇的だね。
見た目は普通だけどさ、
家にはきっとろう人形の許婚フィアンセがいる、
そうに違いないよ。
蝋の許婚フィアンセはね、
マーガレットって名前なんだよ。
呼ぶときゃメグってね!
【レーベンクラフト八二二】
邪悪ベーゼ! 邪悪ベーゼ! 民族フォルク! 
【着信 喪神梨央】
ホムンクルスの波形、確認。
――でもセヒラは弱いままです。
交戦の意図は……ありそうです!!

《バトル》

【レーベンクラフト八二二】
十字架クロイツ……十字架クロイツ……
凍るフリーレン――
【着信 喪神梨央もがみりお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
豊川稲荷いなり方面でセヒラ観測です。
またホムンクルスのようです。

豊川とよかわ稲荷いなり前〕

【猟奇好きのサラリーマン】
いやね、どうも様子のおかしな人が
この通りにいるんです――
我々、猟奇人をはるかに超すような
そういうおかしな人が。
【猟奇好きの若旦那】
私ゃね、切支丹坂きりしたんざかでね、
雨の夜にぼんぼりを見たんだ。
宙に浮かぶぼんぼりだよ――
爾来じらいね、怪異のとりこになったんだよ。
さっき通りかかったのもね、
きっと怪異の一つだよ。

【レーベンクラフト六八〇】
――破壊!ツェアシュテールング……
――破壊!ツェアシュテールング……
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ急上昇です!
――波形は怪人です!!
【レーベンクラフト六八〇】
ドゥンケル
トート! トート
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ、依然いぜん高いままです!

たっとばれし使徒Ωオメガ師】
妙な独逸ドイツ語を話すのは、
どうやら人造怪人のようですね。
連中、我々を恐れています――
何の恐れることがあるでしょう?
――私たちは求道者なのですよ。
道をふさぐもの、たとえ公務でも、
この私が退けますからね!!

《バトル》

たっとばれし使徒Ωオメガ師】
あなた方は……可愛そうです――
残念な人生ですね――
色のない人生ですね!

黒頭巾の人物が何かを落とした。風魔は拾い上げる――
それは1枚の便箋びんせんだった。猟奇倶楽部クラブの紋章が箔押はくおしされている。しかし便箋びんせんは白紙だった。

【着信 喪神梨央】
一旦、帰還してください。

一旦帰還という歯切れの悪いのは、まだセヒラを観測するからだという。セヒラは鍛冶橋かじばし界隈かいわいに観測するとのこと、黒頭巾の男が落とした便箋びんせんを預け、風魔は公務電車で鍛冶橋かじばしへと向かった。

鍛冶橋かじばし

【着信 喪神梨央】
鍛冶橋かじばし界隈かいわい、セヒラ上昇中です。
志恩しおん会のある日支にっしビルヂング近辺……
志恩しおん会には、
エレミヤ佐古田さこたさんが向かわれ――
今もおいでじゃないでしょうか?

【オフィスガール】
異人いじんさんみたいな顔の人でしたわ。
なかなかの男前さんですわ……
ふふふ、ついよこ恋慕れんぼしちゃいそう!

【呉服屋の店員】
今さっきの人……三崎みさきの方の……
――確か銀行の偉いさんですよ。
第百六十三銀行だったはずですな……

【経理係の男】
今すれ違った人だけど
新聞で記事読みましたよ……
第百六十銀行の頭取とうどりさんですよ!

【エレミヤ佐古田】
騒動を起こしている怪人は
おそらく囚人しゅうじんどもです。単純悪です。
――日支にっしビルを取り囲んでいます!
あああ、来ました! 奴らです!
私は……ああ、私が!!
わ、わ、わ……あああああぁ~
【えれみやさこた】
あわわわわ~
はぁはぁはぁ……
コロス、I KILL YOU!

ALL WORK ANDしごとばかりで
NO PLAYあそばない
MAKESだから JAREMIAHエレミヤ
AN EVIL BOYわるいこになった
ALL WORK ANDしごとばかりで
NO PLAYあそばない
MAKESだから JAREMIAHエレミヤ
AN EVIL BOYわるいこになった

《バトル》

【???】
……私を……どうか私を……
出してください……
この暗い部屋セルから……プリーズです!

ADIOS――
……サヨナラ……
FUMA SAN!

それはまたもや割れたアンプルだった。中条忍なかじょうしのぶを怪人化させたアンプルと同じである。出処でどころ哈爾浜ハルピン軍政署ということだが――

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし――
すべて終わりました、
本部へ帰還してください。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい、兄さん――
【帆村魯公】
あのセヒラアンプルの出処でどころ
なんとか突き止めたいものだ。
哈爾浜ハルピン軍政署というが――
【喪神梨央】
軍政署って、今もあるんですか?
【帆村魯公】
それはあり得ないな。
明治末に民政に置き換わっている。
何者かが勝手に名乗っておるようだ。
それで、梨央りお――
佐古田さこた氏はどうなったんじゃ?
【喪神梨央】
おそらく……アストラルになった、
そう考えられます。
帝都満洲においでかと。
ずっと波形が残っていますから。
【帆村魯公】
セヒラアンプルの調査は、
飯倉いいくら技研に頼もう。
どこまでわかるか、だがな――
【喪神梨央】
兄さんが拾った便箋びんせん
黒頭巾の男が落としたやつ――
途中報告があります。
【帆村魯公】
何か出たか?
【喪神梨央】
塩化コバルトインキで印刷されていました。文字はあぶしになっています。
今、慎重に作業中です。
【帆村魯公】
わかった。
わしは諸々を参謀本部に相談する。
――ちょっと出るぞ。

参謀本部は哈爾浜ハルピン軍政署についての調査、関東軍への依頼を躊躇ちゅうちょした。情報の漏洩ろうえい危惧きぐしたのである。

第七章 第十話 釣鐘

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
兄さん、式部しきべさんがもうじき、
機関本部にいらっしゃいます。
第六の予言って、
どんな内容なんでしょうね。
淀橋よどばしの書生さん、
強いセヒラの影響で半覚半睡はんかくはんすいになり、
予言を語ったのですね、きっと。

【式部丞】
遅くなりました。
【喪神梨央】
式部しきべさん!
書生さんの予言、どんな内容ですか?
【式部丞】
ちゃんと語りました。
ちょっとぼんやりしていますが――
無垢むくな力が導くという内容です。

無垢むくなる力が
真の導きを為すであろう
――芽府めふ須斗夫すとおが語った第6の予言である。

【喪神梨央】
無垢むくな力って何でしょうね?
けがれのないということでしょうか?
【式部丞】
よこしまな考えを持たない、
あるいは誇示こじするようなことのない、
そういう力じゃないでしょうか。
【喪神梨央】
式部さん、書生さんの語るの、
目の前で聞いたんですか?
【式部丞】
芽府めふ君の寝る部屋にマイクがあって、
離れた所で録音するのです。
それを再生して聞きました。
【喪神梨央】
そうでした!
憲兵本部には最新式のマイクがある、
新山にいやまさんが言っていました。
ダイナミックマイクロフオン――
振動板を持たず、音波の強弱で、
直接発電する仕組みです。
振動板がないので、
湿気に強くてどこでも使えるって。
【式部丞】
くわしいですね!
米国アメリカでトーキー映画の撮影で、
使われるようになったと聞きました。
くだん芽府めふ君ですが、
今はまた深い眠りに就いています。
セヒラの方はどんな按配あんばいですか?
もう弱くなりましたか?
【喪神梨央】
ええ、弱くなっています。
赤坂一帯で観測しますが。
怪人の兆候ちょうこうも少しだけ……
【式部丞】
やはりそうですか……
ここに来る時、ホテル前に、
そのような人を見ました。
背広姿と学生、
二人は兄弟のようでした。
激しく口論していましたよ。
【喪神梨央】
歩三の召喚小隊……じゃなかった、
暁光ぎょうこう召喚隊でも対応できそうですが。
一応、巡視パトロールお願いします、兄さん。

〔山王ホテル前〕

【麹町の銀行員】
財布の五円、どこ行ったんだろう?
あの晩、酔っていたからなぁ……
でも、五円も使うわけがない!
【麹町の学生】
兄様あにさま、それはおかしいですよ、
きっと計算違いしています!
【麹町の銀行員】
そんなわけない!
銀行屋のこの僕が計算違いなんて、
金輪際こんりんざいするわけない!
【麹町の学生】
何です、その目は。僕を疑いますか?
…………あんまりです!
兄様あにさまこそ銀行の金に手を付けて――
【麹町の銀行員】
黙れ!! お前はいちいち生意気だ!
何でも俺の足を引っ張りやがって!
こ、こ、殺してやる!
【着信 喪神梨央】
急激にセヒラが高まっています!
注意してください!
【麹町の銀行員】
銀行の金なんぞ、しょせん
誰のものでもないだろうが!
お前まで邪魔じゃまするのか、ちくしょう!

《バトル》

【麹町の銀行員】
ふん! それしきか!
絶対にバレないようにしてやる!
【麹町の学生】
何でもかんでも僕のせいだ! 
子供の頃から、ずっとそうだ!
はぁはぁはぁ……
妹の絹代きぬよを池に突き落としたのは
兄さんなんだ……それなのに……
くそ! くそ! くそ!! もっと力を付けて
今度こそは兄さんを殺す!!
絶対にな!

【着信 喪神梨央】
隊長がお呼びです。
ホテルロビーにお願いします。

〔山王ホテルロビー〕

【帆村魯公】
じき、聖宮ひじりのみや殿下がおいでになる。
風魔ふうま咲世子さよこさんは知っているな――
【是枝咲世子】
私、殿下から是非ぜひにと言われ、
やって来ました。
【帆村魯公】
是枝これえだ大佐は独逸ドイツ国在勤帝国大使館の
駐在武官だ――
いろいろ情報をお持ちだ。

【聖宮成樹】
是枝これえだ咲世子さよこさん、
足労そくろう頂き、感謝します。
それに山王さんのう機関のお二人も。
【帆村魯公】
殿下、京都の方はいかがでしたか?
例の乙亥きのとい文書もんじょについて――
【聖宮成樹】
京都に情報はさほどありません。
あるのは歴史です。
参謀局の資料が残っていました。
明治八年にしたためられた、
地震観測要項という冊子があります。
仏蘭西ふらんすの気象学者がまとめました。
【帆村魯公】
例のシャルボー氏ですな。
乙亥きのといの年、波動を観測したという。
【聖宮成樹】
麹町こうじまち三宅坂みやけざかに、
参謀本部陸地測量部が置かれ、
その第八課が観測を引き継ぎました。
年を追うごとに波動は小さくなり、
四十年後の一九一五年、
大正四年には消えたようです。
【帆村魯公】
その八年後に関東大震災だ――
波動は地震とは無関係なようですな。
【聖宮成樹】
私もそう思います。
波動が消えた翌年、
大正五年、観測は中止になりました。
帝大の学者が考案した、
新型の地震計による観測は
続けられたのですが――
【帆村魯公】
ふむふむ……
その地震計ではセヒラは測れない、
そうなんですな!
【聖宮成樹】
シャルボー氏は乙亥きのといの年にこそ、
大きな波動が現れると言いました。
破滅的な力だとも伝わります。
シャルボー氏のそうした建言けんげんは、
忘れ去られていたようです。
乙亥きのとい文書の元だとも考えられます。
【帆村魯公】
それがゴエティアにはさまっていた――
なんとも奇遇きぐうとしか言いようがない。

魯公ろこうはシャルボーのメモ発見のいきさつを、手短に話した。そして淀橋よどばしで保護された、芽府めふ須斗夫すとおのことも語った。

【聖宮成樹】
なるほど、なるほど――
事態はある方向に
向かいつつあるようですね。
なおのこと、
お目にかけたいものがあります。
咲世子さよこさんにも是非ぜひ
【是枝咲世子】
それは父に関係することですか?
【聖宮成樹】
そうとも言えます。
さぁ、エレベーターへ。

聖宮ひじりのみやはエレベーターの階数ボタンの最下、真鍮しんちゅうふたを開き、みずのととあるボタンを押した。その時、かごの電気が消えた――

【帆村魯公】
このホテルには地下三階に、
スケートリンクがあります。
そのさらに下へ行くんですな?
【聖宮成樹】
山王機関よりもさらに深く、
地下六十八階に相当します。

そこは不思議な場所であった。高い天井の空間に釣鐘つりがね状の物がしつらえられているのだ。

〔釣鐘の間〕

【帆村魯公】
ここは一体……
目の前にある釣鐘つりがねみたいなのは、
あれは何ですか?
【聖宮成樹】
まさに釣鐘つりがねそのものです。
ナチが開発した量子兵器です。
デーグロケと呼ばれるものです。
咲世子さよこさん、昨年お父上が一時、
音信不通になられましたね。
釣鐘つりがねの移送の時期だったのです。
【是枝咲世子】
アルプスの方に行っていたと、
それだけ伺っていました。
この釣鐘つりがねはアルプスから?
【聖宮成樹】
アルプスにある光 の 庭リヒャルトガルテン――
その名の研究所で開発されました。
【帆村魯公】
この釣鐘つりがねは、一体、
何に使うのですかな?
【聖宮成樹】
釣鐘つりがねは高電圧で稼働かどうさせると
非常に強い量子場を形成します――
それがセヒラに影響します。
【帆村魯公】
つまり何ですかな、
セヒラを安定させるとか、
そういうことですか?
【聖宮成樹】
その通りです。
釣鐘つりがね稼働かどうによってセヒラが安定し、
利用が促進そくしんするのです。
【帆村魯公】
去年のホテル大工事、
この釣鐘つりがねのためだったのですな。
その頃から召喚の精度も上がった――
【是枝咲世子】
殿下、釣鐘つりがねの日本への移送いそうは、
ナチ上層部の決定なのでしょうか?
【聖宮成樹】
いえ、そうではありません――
ナチも一枚岩ではないのです。
親衛隊中将のシュタインベルク伯爵はくしゃく
反ヒトラー派であり、ナチ、独逸ドイツ
行く末を案じておられます。
やがてナチは倒され、釣鐘つりがねの技術、
英仏、挙句には露西亜ロシアに渡る――
そうなる前に日本へ運ぶことに。
【是枝咲世子】
父はその移送いそう計画に関わった、
そうなんですね?
【聖宮成樹】
陸海の垣根かきねを超えてご尽力じんりょくされ、
極秘裏ごくひり搬送はんそうまっとうできたのです。
【帆村魯公】
しかしまぁ、こいつをどうやって、
運んだのですか?
【聖宮成樹】
号第五潜水艦せんすいかんの飛行機格納筒を
改造して釣鐘つりがねを収めました。
【帆村魯公】
それは技術ですな!
それで、京都の方で管理されるのは、
この釣鐘つりがねなんですな?
【聖宮成樹】
釣鐘つりがねには四ヶ所の発電所から、
電気を送っています。
それを遠隔えんかくで管理するのです。
独逸ドイツにもセヒラを観測します。
ただ、濃度、純度――
要は質がよろしくないと。
日本のほうがはるかにすぐれている、
ユンカー博士はそう告げています。
【帆村魯公】
アーネンエルベも設立になり、
セヒラを狙う動きもあります。
【是枝咲世子】
先日、フォス大佐が父に会いに――
大佐は何か壮大な計画を持つと、
父が申しておりました。
【聖宮成樹】
あの人物は曲者くせものですね――
いや、ロマンチストと呼んでもいい。
そういう人物が事を起こすのですが。
【着信 喪神梨央】
新山にいやまさんがはらえのに来て欲しい、
そう仰っていますが――
向かえそうですか?
【聖宮成樹】
お願いします、喪神もがみさん。
瑛山会えいざんかいでは引き続き釣鐘つりがねを管理し、
その秘匿ひとくを守ります。
咲世子さよこさん、N計画の方も、
しっかりやってください。
【是枝咲世子】
ありがとうございます。
大連ダイレン特務の中条忍なかじょうしのぶさんとも協力して、
進めていきます。

〔祓えの間〕

【新山眞】
喪神もがみさん、セヒラの噴出ふんしゅつは、
今は収まっていますが、
またぶり返します。
大波のように間を置いて、
やってくるのです。
依然いぜん、セヒラ特異点があるからです。
ホテル前に現れたアストラルの言う
わだかまりですが、場所がわかりました。
戸山とやま海拉爾ハイラルです。
新しい拠点ですね。
――行けば何かがあるはずです。

赤坂哈爾浜ハルピンから帝都満洲鉄道に乗り、列車は市ヶ谷斉斉哈爾チチハル駅を通過した。

【満鉄列車長】
お知らせします。先程、定刻ていこく通り
市ヶ谷斉斉哈爾チチハル駅を通過しました。
あと、およそ十分で戸山とやま海拉爾ハイラル――
戸山とやま海拉爾ハイラルは希望の沃野よくや
しかし何かが居座ります。
遠い古い記憶です――

戸山海拉爾とやまハイラル・中央〕

そこはこれまでの帝都満洲とは異なり、希望の沃野よくやの呼び名にふさわしい場所だ。

黒手組ツルナルカБアストラル】
フェルディナント皇太子の車列、
車の数は四台だった。
狙撃銃を構えるエムは狙い定まらず――
黒手組ツルナルカДアストラル】
結局、一発も撃てなかったのだ。
大セルビア、統一か死か!
同志Чチェはフェルディナント皇太子の
車めがけてダイナマイトを投げ込む。
しかし導火線が燃え続け遅爆だった。
黒手組ツルナルカШシャアストラル】
皇太子の付き人の乗る後続車が、
爆発に巻き込まれたのだ。
大セルビア、統一か死か!
フェルディナント皇太子は、
怪我けがした付き人を見舞うべく、
市庁舎を出ると予定を変更した。
皇太子の車はラテン橋のところで、
道を誤り、バックで戻った――
大セルビア、統一か死か!

黒手組ツルナルカЧチェアストラル】
同志Пは素晴らしい!
遂にフェルディナントをはいしたのだ!
セルビア人の宿敵をな!
奴は、同志П咄嗟とっさの判断で、
見事に目的を果たした、
素晴らしい――
だが、俺はどうだ?
投げた爆弾は遅爆になり、
その後、青酸を飲むも自殺に失敗!
俺はその時で止まっている!
俺はセルビアの英雄にすらなれない!
そんなことがあっていいのか!!

《バトル》

黒手組ツルナルカЧチェアストラル】
俺は……俺は……
どうなるのだ?
大セルビア、統一か死か!
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
近くにセヒラの塊を観測します。
警戒してください!

黒手組ツルナルカФエフアストラル】
同志Пはラテン橋近くのレストラン、
リベ・イ・メサでサンドウィッチを
食べようとしていた――
その時だ、皇太子を乗せた車が、
店の前をゆっくりバックしていく。
同志П躊躇ためらうことなく撃った!
皇太子と皇太子妃が倒れた。
大セルビア、統一か死か!

黒手組ツルナルカЖツェアストラル】
同志Пの銃にはダムダム弾が
装填されていた――
ハーグ陸戦条約で禁止された弾だ。
ダムダム弾は人体に入ると、
中で大きく破裂して致命傷ちめいしょうを与える。
大セルビア、統一か死か!

黒手組ツルナルカЮアストラル】
同志Пにダムダム弾を渡したのは、
ダミアン・イリッチという男だ。
その弾は柔らかな水銀でできていた。
同志Пはイリッチに会うのは初めてで、
いぶかしく思ったが水銀弾を渡され、
皇太子暗殺の意欲が湧いたという。
イリッチは歳の頃三十代半ば、
三つ揃えのスーツを着こなし、
ベネチアンマスクを着けていた――
同志Пはそのように語っていた。
大セルビア、統一か死か!

黒手組ツルナルカПアストラル】
暗殺の後、俺はとらえられた。
青酸は効かなかったのだ。
収監しゅうかんされた俺は結核を悪化させた――
結核菌が右腕のずいに入り腕を切断、
その瞬間に俺は飛んだ。
以来、ここを彷徨さまよう――
暗殺以降、オーストリアはセルビアに
宣戦布告して戦争が始まる。
俺の希望は統一だ、戦争ではない!
まるで世界大戦争の原因となった、
そのような言われようは許しがたい!
大セルビア、統一か死か!!

《バトル》

黒手組ツルナルカПアストラル】
――教えてくれ……
あのラテン橋、名前が変わったと……
どう呼ばれているんだ?
俺が皇太子を撃った、
そのそばかっていた橋だ!
――なんと呼ぶ……
【着信 喪神梨央】
セヒラの特異点は解消したようです。
本部へ帰還してください。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
記録を確認中ですが……
ちょっと混乱します。
【帆村魯公】
無理もない。
なにせサラエボ事件の話だ。
サラエボ人青年団の思念だろう。
【喪神梨央】
最初の爆弾で付き人が怪我けがして、
見舞うため予定変更したんですね、
皇太子夫妻は。
それで道を間違えたところに、
暗殺犯が居合わせた――
ガヴリロ・プリンツィプです。
【帆村魯公】
黒手組ツルナルカПアストラルがその本人だな。
他は黒手組ツルナルカの仲間に違いない。
――気になることが……
暗殺犯に水銀弾を渡したのは、
三つ揃えの背広の男と言っていたな。
どこかで聞いたことがある。
【喪神梨央】
アナーキストの葛木かつらぎ素朴そぼくのときです、
彼にクロポトキンの本を渡した人物、
三つ揃えの背広姿の紳士でした。
一九〇五年のことです。
サラエボ事件は一九一四年――
同一人物でしょうか?
【帆村魯公】
当時三十五歳くらいとして、
今年、六十五……
そんな老人が何かに関わるのか?
葛木かつらぎ素朴そぼく幸徳秋水こうとくしゅうすいに本を貸し、
秋水しゅうすいはアナーキストになる――
そして大逆たいぎゃく事件を企てる。
【喪神梨央】
サラエボ事件は、
世界大戦争の引き金になった――
【帆村魯公】
どちらも、
混乱や破滅への道筋を描く――
背広男が同一人物であるなら、
同じような動機の存在が伺えるな。
【喪神梨央】
プリンツィプの思念が言ったこと……
ラテン橋は事件後に名前が変わって、
プリンツィプ橋になりました。
彼はセルビア人の間では、
英雄視されています。

帝都満洲ではサラエボ事件に関わる思念が、いくつも集い、セヒラのよどみを生んでいた。大波のようによどみから発する強いセヒラ――
強いセヒラは、同時に芽府めふ須斗夫すとおに作用して、彼を半覚半睡はんかくはんすい状態とし予言を語らせる。そして地下深くに鎮座ちんざするナチの秘密兵器。さまざまな事柄をからませながら、帝都は静かに晩夏ばんかを迎えていた。

第六章 第七話 時の砂

〔山王機関本部〕

その夜、機関本部にはア―ネンエルベに出向しゅっこう中の虹人こうじんの姿があった。

【帆村虹人】
風魔ふうま、久しぶりだな!
防疫研ぼうえきけんで一騒動だって?
一個小隊がまるまる消えたとか……
これもセヒラ異常なのか?
【喪神梨央】
麗華れいかさんが飛ばされたときと同じ、
少なくとも波形は同じでした――
【帆村虹人】
梨央りお、今日、おかしな波形は、
観察しなかったか?
【喪神梨央】
今日は何も観測していません。
まだ通報もありません。
【帆村虹人】
そうか……
【喪神梨央】
どうかしたんですか?
【帆村虹人】
いや、何でもない――
銀座あたりに兆候ちょうこうがないかと……
ふとそう思った次第しだいさ!
アーネンエルベには探信たんしん技術がない、
そのあたりはこっちが進んでるな!

風魔ふうま、ちょっとロビ―で話そうか。

〔山王ホテルロビ―〕

【帆村虹人】
風魔ふうま……
実は今夜、君影会きみかげかいという、
寄り合いがあるんだ。
鈴蘭女学園すずらんじょがくえんの有志による読書会だ。
招待を受ければ、
学外の人間も参加できる。
会は銀座で開かれる――
僕が参加するのは今夜で二回目だ。
今夜は作家として呼ばれている。
会の最後に顔を出す程度だけど――
【鈴蘭女学生久子】
虹人こうじん先生、お待ちになりましたか?
【帆村虹人】
いや、今来たばかりだ。
紹介するよ、こちら喪神もがみ中尉、
こちら、鈴蘭女学園のにしき久子ひさこさん。
【鈴蘭女学生久子】
初めまして、鈴蘭すずらんにしきです。
作家の白金しろかねこう先生は、
私たちの間では虹人こうじん先生ですの。
【帆村虹人】
久子ひさこさん、君影会きみかげかいは、もう始まった?
【鈴蘭女学生久子】
ええ、予定より二十分も早く!
それで私、円タク使って、
急いでこちらに参りましたの!
【帆村虹人】
それは散財したね!
――だとすると、君影会きみかげかい
そろそろ第一部が終わる頃だな……
【鈴蘭女学生久子】
虹人こうじん先生、やはり咲世子さよこさんは、
今夜は欠席されているようです。
――八重子やえこさんはいらっしゃいます。
【帆村虹人】
聞いてくれ。会の参加者に、
挙動きょどうのおかしなのがいると、
そんな話が伝わっている――
その参加者、下鴨しもがも八重子やえこさんだが、
是枝これえだ咲世子さよこさんにご執心なんだよ。
二人とも鈴蘭の同窓生だ。
咲世子さよこさんは、五反田ごたんだ大崎おおさきの、
是枝これえだ大佐の娘さんだよ。
風魔ふうまも会ったことあるだろ?
咲世子さよこさんとは雑誌オフィリアの
投書欄とうしょらんで知り合ったんだ。
互いに文通相手を求めていたから――
ねぇ、久子ひさこさん、
八重子やえこさんがおかしくなったのは、
前回の君影会きみかげかいの後なんだって?
前回、どんなお題だったんだい?
【鈴蘭女学生久子】
はい、小川おがわ未明みめい先生の、
人魚と蝋燭ろうそく、眠い町の二つです。
【帆村虹人】
読書会の最中は、
何も問題なかったんだろ?
【鈴蘭女学生久子】
ええ、いつも通りでした。
ただ――
八重子やえこさんは……
八重子やえこさん、はかま姿で来られたんです。
卒業されて、確か五年……
もう在校生ではないのです!
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、どちらですか?
銀座方面、セヒラ確認です。
本日、二度目となりますが、
巡視パトロ―ルお願いします。
【帆村虹人】
銀座にセヒラ!
もしや君影会きみかげかいの会場か!
僕たちは君影会に行く。
風魔ふうま、お前は銀座に向かってくれ。
――今は同行はできないんだ。

〔銀座四丁目〕

【京橋署の巡査】
過日、銀座幻燈会げんとうえの客が、
大勢、繰り出しましてね――
何でも有楽町ゆうらくちょう荘月会館しょうげつかいかんで、
開かれたと言うじゃないですか!
あそこ、千人は入りますよ!
連中が騒ぎを起こすのは、
過去の事例からもう少し先でしょうが
人手不足で頭が痛いんです。
【鈴蘭女学生美代子】
八重子やえこおねえさま、やぶからぼう
どうされたんでしょうか?
かずさん、お心当たりあって?
【鈴蘭女学生和子】
前の君影会きみかげかいの帰りに、
有楽町ゆうらくちょうの待合室で、小説の眠い町に
そっくりな体験をしたんですって!
【鈴蘭女学生美代子】
皆が眠りこける古い町の話でした――
町を訪れた主人公の少年は、
その町で一人の老人に会う。
【鈴蘭女学生和子】
老人はなげくのですわ――
新しい人間がやって来て、
私の領土をみんな奪ってしまった。
【鈴蘭女学生美代子】
いまの人間はすこしの休息やすみもなく、
疲れということも感じなかったら、
【鈴蘭女学生和子】
またたくまにこの地球の上は
砂漠となってしまうのだ。
【鈴蘭女学生美代子】
――老人は疲労の砂を取り出すの。
それは人を疲れさせる砂。
少年は砂をくよう頼まれます。
【鈴蘭女学生和子】
疲労の砂で人間を疲れさせれば、
町はこれ以上、開発されない――
そんなお話ですわ。
【鈴蘭女学生美代子】
――それで八重子やえこおねえさまったら、
どんな体験をなさったの?
小説に似た体験って。
【鈴蘭女学生和子】
待合室で居眠りして目が覚めると、
時間が戻っていたというの。
三度も繰り返したんですって!
【鈴蘭女学生美代子】
それでなの……
時よ戻れぇ~時の砂だぁ~って、
頓狂とんきょうな声を上げるのね!
八重子やえこさんが巾着きんちゃくに持つ砂、
あれはどういうのかしら?
【鈴蘭女学生和子】
三度目の居眠りから覚めたとき、
一人の紳士しんしが時の砂をくれたって、
砂で時が戻るとか言うのよ。

【日台製糖の課長】
おい!
さっきのはかま、あんたらの仲間か!
【鈴蘭女学生美代子】
何ですの、急に!
かずさん、お気を付けて!
【鈴蘭女学生和子】
美代みよさんもよ!
【日台製糖の課長】
私は聞いているんだ!
――私に何かを振り掛けた……
ああ、あの日がやってくる!
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ、急上昇です。
注意してください!

【日台製糖の課長】
ああ、来る来る! あの日だ!
また繰り返すのか、あの屈辱を――
――あんな奴に……くそっ!!

《バトル》

【日台製糖の課長】
お早うございます、部長。
今日は三月十八日、月曜です。
私はこれより本社の運輸係長の元へ。
――戻りは……
遅くなるかも知れません……
謝罪報告、今夜中に上げておきます!
【着信 喪神梨央】
今の人、謝りに行くんですね。
しかも本社にいる目下めしたの係長に――
それを繰り返しているようです。
八重子やえこという同窓生がいている、
時の砂、何だか怪しいです。
付近を調べてください。

〔銀座四丁目〕

【鈴蘭女学生久子】
喪神もがみさん!
大変です、虹人こうじん先生が――
虹人こうじん先生が時の砂を掛けられ、
妙なことになりました!
虹人こうじんさんが君影会きみかげかいの会場に入るや、
八重子やえこさん、一目散いちもくさんに走り来て、
先生に砂を掛けたのです!
時よ戻れ、時よ戻れって叫び、
手にした巾着きんちゃくから砂を先生に……
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ確認!
先ほどと同じ波形です。

【帆村虹人】
風魔ふうま
ここで、何してる?
僕は……
だめだ!
――ああ、またあの朝が来るのか!
風魔ふうま、今日は何日だ……
いや、今は、何月……違う!!
何年なんだ、何年何月なんだ?

冬の朝、僕は道場の風呂場にいた。
更衣室こういしつに小さな鏡があった――
鏡の前で僕は左胸に小刀を――
切り落とすなんて考えはないさ、
しるしを刻みたかっただけさ、いましめのね!
僕のあずかり知らぬところで、成長を続ける体にいましめのしるしきざむ――
そうでもしないと自分を保てない、
刀に力を込めたその時、
不意ふいに物陰から梨央りおが現れた――
彼女が更衣室にいたなんて!
彼女は全てを一瞬で理解したよ。
――そして梨央りおは僕に触れた……
僕たちはしばらく向き合っていた。
そして互いの体を抱きすくめた。
一糸いっしまとわぬ姿で――

決して忘れたい過去じゃない。
むしろ僕の原点だ――
けれど……
今夜、同じ朝を二度も体験した。
そして……
――また体験しようとしている!
何度もるものじゃない、
そうだろ! これは原点だ!
――そういうのは、一度きりで……

《バトル》

【帆村虹人】
風魔ふうま……済まない……
――僕は……
自分の原点さえ疑っていたのか?
僕は今、混迷の中にいる!
――自分がわからなくなっている!
風魔ふうま
あとは頼んだぞ!

【着信 喪神梨央】
虹人こうじんさん……
兄さん――
兄さんに話していないことが、
あるんです……
だけど、今は、八重子やえこさんです、
彼女を追ってください!
下大崎しもおおさき是枝邸これえだていに向かいました!

是枝宅前これえだたくまえ

【鈴蘭女学生八重子】
どうしてですの、
咲世子さよこおねえさま!
【是枝咲世子】
八重やえちゃん、
私たち、卒業したのよ。
いつまでも女学生じゃないのよ。
【鈴蘭女学生八重子】
私のおねえさまが、
あの新進作家の虹人こうじん先生に――
それを見るのが辛いのです!
【是枝咲世子】
あら、八重やえちゃん、
それは思い過ごしというものよ。
【鈴蘭女学生八重子】
違います!
おねえさまは好きな人の前で、
またたきが増えるのです。
私はそれを見逃しませんでした!
小川おがわ未明みめいの読書会の夜です!
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
高いセヒラの値です!
【是枝咲世子】
喪神もがみ……中尉……
――どうしてここへ?
【鈴蘭女学生八重子】
お前!
私の後をつけて来たな!
時よ戻れ、時よ戻れぇ~
【是枝咲世子】
八重やえちゃん、すのよ!
この方は虹人こうじんさんの――

麻美マ―メイ
喪神もがみさん……
なんとか食い止められました。
あなたがあの日に戻るのを――
戻っていけないのではありません、
せっかく修練しゅうれんを積んだのに、
それが駄目になるおそれもあって――
八重子やえこさんは、おねえさまとしたった
咲世子さよこさんが、新参の虹人こうじんさんに
好意を寄せるのが辛いみたいです。
咲世子さよこさんは軍人の娘だけあって、
何でも自分で決めるタイプですね。
一度決めたら、変えないところも――
だからこそ、八重子やえこさん、
時間を戻したいのでしょうね。
でもそれでは秩序を乱します――

是枝宅前これえだたくまえ

【鈴蘭女学生八重子】
覚悟はいいか、喪神もがみ風魔ふうま
お前は弱き少年同様だ!

《バトル》

【鈴蘭女学生八重子】
はぁ、はぁ、はぁ……
――私の……負けだ……
もう時間は戻らない……
戻った分だけ先に進む、
時の砂を寄越よこした紳士しんしはそう言った。
私は……
何十年と年老いてしまうだろう。
あああ、いやだ、老いたくない!!
……嫌だぁぁぁ~

【是枝咲世子】
八重やえちゃん、結婚に失敗して、
以来、私のところに、
よく顔を出すようになりました。
私たちは仲良しでしたが、
もう女学生時代には戻れない――
八重やえちゃんもやがて気付くでしょう。

喪神もがみさん、私は父を手伝うのです。
ナチ独逸ドイツ猶太ユダヤ迫害はくがいを計画し、
いよいよ予断を許しません。
大連ダイレン特務機関の中条忍なかじょうしのぶさんとは、
頻繁ひんぱんに連絡を取り合って、
N計画を支援していきます。
満洲への猶太ユダヤ人入植が成功すれば、
世界から資金や人材が集まり、
満蒙まんもうの地は盤石ばんじゃくとなります。
でもN計画は乗っ取りの危機にあり、
喪神もがみさんたちの協力が必要です。
またご連絡差し上げると思います。
――虹人こうじんさんにも、
よろしくお伝え下さい。
今晩はお話が聞けなくて、
残念でした――

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい、兄さん――
虹人こうじんさんのこと、
話していなくて申し訳ありません。
どう切り出していいか、
迷ううちに時間が過ぎてしまい、
話す機会を失ったのです。
【帆村魯公】
わしは何も知らなんだ。
変な言葉遣いは今流かとばかり……
虹人こうじんの奴……
【喪神梨央】
隊長はそれでいいんです。
虹人こうじんさん、本当はこうって言うんです。
そうですよね?
【帆村魯公】
ああ、そうだ、元はこうだ。
改名するというので相談に乗った。
改名と言っても、
こうに人を付け足しただけ、
それで虹人こうじんになったんだ。
奴が尋常じんじょう五年のときのことだ。
難しい問題だが、
おりを見て話をしてみよう――
【喪神梨央】
私たちが知っている虹人こうじんさんは、
この先もずっと変わりません――
そうですよね、兄さん!

【九頭幸則】
夜分、遅く失礼します。
歩一の九頭くずです。
【喪神梨央】
あら、まだ寝ないんですか、
幸則ゆきのりさん。
【九頭幸則】
何だよ、今度は子供扱いか?
さっき聞いたんだけどさ、
銀座の怪人、召喚小隊が鎮定ちんていしたぞ。
風魔ふうま、何か情報なかったのか?
【喪神梨央】
そうなんですね!
まだ残っていたんですか、怪人。
山王さんのう機関も出動したんですよ。
【九頭幸則】
そうか! そりゃ失礼!
何でも時間の粉を振りかけられて、
怪人になったんだってね。
【喪神梨央】
時の砂です。
記憶を呼び覚ます効力があって、
人によっては怪人化するんです。
【九頭幸則】
その出処でどころは、どこなんだい?
【喪神梨央】
鈴蘭出身の女性が手に入れました。
元上級生との関係を断ちたくなく、
時の砂を使おうとしたのです。
【九頭幸則】
上級生との関係ねぇ……
そういうの、あるのかい、普通?
【喪神梨央】
らしいですよ。エスと言います。
シスターのエス、女学生同士が、
擬似ぎじ恋愛におちいるみたいなことです。
【九頭幸則】
おちいるって……
梨央りおちゃんは関心なさそうだね。
【喪神梨央】
ええ、まぁ……
私には縁のない世界ですから。
八重子やえこさんに時の砂を渡したの、
いったい誰なんでしょうか……
これは調査が必要ですね。

図らずも垣間見かいまみえた虹人の出自しゅつじ。彼はアーネンエルベの水が合わないのか、このところ不調が続いていた――

第二章 第三話 是枝大佐

山王さんのうホテルまえ

この日、魯公ろこう虹人こうじん風魔ふうまは、独逸ドイツから帰国した要人を出迎えていた。

帆村ほむら虹人こうじん
是枝これえだ大佐殿、独逸ドイツの動静、
いかがですか?
ナチ党の一党独裁ということですが。
僕も例の赤い本、余の闘争マインカンプ
読みはしましたが……
是枝これえだ大佐】
よもや虹人こうじん君、
ヒットラーかぶれではあるまいの?
帆村ほむら虹人こうじん
勘弁かんべんして下さい。ヒトラーは、
独逸ドイツ人でさえ、とっつきにくい、
認めたくない人物とのことです。
そんな人物だからこそです、
独逸ドイツ人は彼を支持するのです。
えぐい渋いも味のうち――
ベルサイユ条約で身動き取れない、
そんな独逸ドイツの現状を嘆き、
猶太ユダヤ人の排斥はいせきを叫ぶことで、
大衆層の支持を取り付ける――
あおればあおるほど、大衆は熱狂する、
その波は抑えられないでしょう。
是枝これえだ大佐】
伯林ベルリンいま汲々きゅうきゅうとしておる。
それに驚くべき物価高だ。
一頃ひところなど、給料が日に三度も
支給される始末だ。
朝昼晩でパンの値段が変わるのだ――
去年、ヒットラーは独逸ドイツ国家の
全権を掌握しょうあくし、総統の地位にいた。
もう誰も刃向はむかえない――
日本こちらはどうかの?
帆村ほむら魯公ろこう
血盟団けつめいだん事件、続く五・一五事件で、
社会に不穏な振動が広がりつつあり、
予断を許さない状況です。
街は一見すると震災復興を遂げ、
近代生活モダンライフ謳歌おうかしているようですが、
何かの拍子ひょうしに音のなくなる時が……
是枝これえだ大佐】
ほう……
一皮けばやみがあるとでも?
何か、暗示的であるな。
欧州では独逸ドイツの出方次第では、
また戦争になるやも知れん。
帆村ほむら魯公ろこう
我がくにとて対岸の火事では、
済みますまい。
満州国まんしゅうこく建国なるも、支那シナの方では、
抗日運動が高まりを見せ、また列強は支那シナほしいままにしています。
是枝これえだ大佐】
支那シナで戦争が起きると、
我が国の戦力が分散される。
その前に――
帆村ほむら虹人こうじん
支那シナとの戦争、起きそうなんですか?
是枝これえだ大佐】
支那シナで戦争が起きると、
露西亜ロシア人が黙ってはいまい。
支那シナを舞台に日ソの戦争になる――
ソビエトの脅威は、独逸ドイツとて同じ。
独逸ドイツとの間に何らかの協定なりを
結ぶ必要がありそうだな。
ところで、帝都の騒動は、
どんな状況かね?
帆村ほむら魯公ろこう
このところ、怪人の出現が、
にわかに活発化しておりまして――
山王さんのう機関も人手不足におちいるかと、
そのことは参謀本部にも具申ぐしんし、
方策を検討いただいております――
大佐、紹介します、喪神もがみ風魔ふうまです。
風魔よ、大佐は外交郵袋ゆうたいで、
魔導書を何冊も送ってくださった。
是枝これえだ大佐】
おお、君が喪神君かね。
独逸ドイツ駐在武官の是枝これえだじゃよ。
噂は耳にしておるよ。
帆村ほむら魯公ろこう
虹人こうじんは風魔と共に大佐をお送りし、
その後に帝大へまわってくれ。
帆村ほむら虹人こうじん
承知しました!
是枝これえだ大佐】
面倒かけて済まないのう。
本はもう着いているはずだ。
わしゃ、書には門外漢もんがいかんじゃ。
君ら、しっかり頼まれてくれんか。
帆村ほむら虹人こうじん
お任せください、大佐殿。

品川駅前しながわえきまえ

是枝これえだ大佐】
ところで湯川ゆかわ博士の中間子論、
発表になったが、日本ではどうじゃ?
帆村ほむら虹人こうじん
陽子や中性子を繋ぐのが中間子です。
その存在、湯川ゆかわ博士によって、
始めてつまびらかになりました。
参謀本部では、中間子の理論から、
新兵器の開発を期待する声も――
そんなこと、可能なのでしょうか?
是枝これえだ大佐】
うむ、ナチの連中も、
湯川ゆかわ論文を分析して研究しよるが……
歳をとると新しいことにうとくなるわ。
そうじゃ、どこかその辺で、
新聞でも買ってきてくれんかのう。
六年も独逸ドイツにおったで、
日本の今をよう知らん。
まるで今浦島だわ――

帆村ほむら虹人こうじん
駐独武官というからには、
ナチの幹部とも付合いがあるだろう。
大佐を監視対象に加えよう――
僕は是枝これえだ大佐の様子を見る、
風魔ふうま、新聞を頼む。

【本郷の止宿人】
この間、銀座ぎんざ幻燈会げんとうえが開かれたって。
寮生が楽しみにしていたよ――
あいつ、活動キネマとか好きだったから。
でも幻燈会げんとうえの夜から、あいつ、
寮に戻らないんだ。
どこ行ったんだい、一体?

【生真面目な巡査】
そこにまっている車はお前のか?
さっさとどかせ。
あ、失礼、
皇軍の御用でありましたか。

【謎の女給】
…………
ヨイ、オテンキ、デスネ……
…………
ハナシ、モウ、アリマセン……

【小石川の客】
せばいいのに博打ばくちにはまって、
身上しんしょう崩しかねないよ!
――自分の人生、何なんだ!

【新聞の売り子】
新聞だよー
今日は号外じゃないけど、
怪人の話も載ってるよ!
何でも銀座ぎんざ幻燈会げんとうえっていう、
幻燈げんとうを映す会に行って怪人化する、
そんな話だったよ。

それは興亜日報こうあにっぽう帝都版であった――

【新聞の売り子】
幻燈会げんとうえに行って、何を見るんだろ?
――おいら、とっても気になるよ!

【小石川の客】
銀座幻燈会げんとうえに出かけて、
自分がわかった気がする――
ムクムクと力がいてくるんだ!!
帆村ほむら虹人こうじん
こいつ、怪人なんだな!
風魔ふうま、お前をとらえているぞ、
すぐに鎮定ちんていしてくれ!!

《バトル》

【小石川の客】
やっと自分が見えたのに……
もう、見えなくなった――
残念だ……
帆村ほむら虹人こうじん
是枝これえだ大佐、お待たせしました。
是枝これえだ大佐】
おお、すまんな。
では家に向かってくれ。
大崎広小路おおさきひろこうじだ、わかるな。

是枝宅前これえだたくまえ

【是枝の娘】
あら、お父様、お早かったのですね。
もしや、第二伯林ベルリン丸ですか?
是枝これえだ大佐】
ああそうだ、一便早い船が取れた。
荷物はどうだ、届いておるか?
【是枝の娘】
昨日、届きましたわ。
飯倉いいくら逓信ていしん省の人が直々に――
郵袋ゆうたい五つでよろしいですか?
荷物はウラジミールさんが、
お父様の書斎に上げました。
是枝これえだ大佐】
よろしい。
さっそく大学の先生が
お目通しなさる。

【是枝の娘】
――お父様、
そちらのお二方も独逸ドイツから?
是枝これえだ大佐】
帆村ほむらの弟、虹人こうじん君と、
山王さんのう機関の喪神もがみ中尉だ。
是枝これえだ咲世子さよこ
是枝これえだの娘の咲世子さよこでございます。
お見知りおきを。
帆村ほむら虹人こうじん
はじめまして、咲世子さよこさん。
是枝これえだ大佐には
お世話になっております。
是枝これえだ咲世子さよこ
あら? 虹人こうじんさんとは
以前お会いしたことがありましてよ。
お忘れかしら?
帆村ほむら虹人こうじん
これは失敬しっけい
人の顔をあまりおぼえぬたちなのです。
【謎の外国人】
咲世子さよこさん、お客さんですか?
帆村ほむら虹人こうじん
ほう、外国の方ですな!
【謎の外国人】
ある日本人はロシア人と呼び、
また別の日本人は
ソビエット人と呼びます。
是枝これえだ大佐】
彼はウラジミール・グロトフ、
白系露西亜ロシア人でな、赤系に追われた
亡命貴族。うちで十年預かっておる。
帆村ほむら虹人こうじん
亡命貴族……ですか。
【ウラジミール・グロトフ】
大佐、正しくは十四年です。
お世話になって、今年で十四年です。
今では哈爾浜ハルピン商学院で、
講師をつとめるなどしています。
日本では、ここが実家代わりです。
帆村ほむら虹人こうじん
お見知り置きを、グロトフさん。
――風魔ふうま、本の方、頼むぞ。
見繕みつくろって帝大の先生に依頼するんだ。

品川駅前しながわえきまえ

【ホムンクルス】
…………
【着信 喪神もがみ梨央りお
反応増大!
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、気をつけてください!

【ホムンクルス】
……ソノ本ヲ、オ渡シクダサイ。
…………
……貴方ノ行動、
我々ノ計略ニソムキマス
独日関係ニ亀裂キレツヲモタラシマス

《バトル》

【ホムンクルス】
我々ハアキラメナイ!

《バトル》

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、こちら本部。
反応消失しました!
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
預かった本を帝大のつた博士の元へ。
博士の鑑定が必要なんだ。
帝大方面、セヒラは見られないぞ。

蔦博士研究室つたはかせけんきゅうしつ

風魔ふうまはすでに通い慣れたとも言える本郷の帝大キャンパスを訪れ、西亜細亜アジア研究室の扉を叩いた。

つた博士】
おおっ、君は……そう、
喪神もがみ君ではないか!
また何か面白そうな書を
持って来たようじゃな?
どれどれ……
ふ~む。
いずれも大した稀覯本きこうぼんじゃが、求めて
いたゴエティアではないようじゃ。
奥付おくづけに日本語で書き込みがある――
これは長らく日本にあった本じゃ。
他にはないのかね?
帆村ほむら虹人こうじん
風魔、古書は僕が持参したよ、
悪かったな、お前をおとりみたいにして。
品川しながわにいたのはホムンクルスだった、
こちらの動きを捕捉していたんだ。
帝大にるいが及ぶのを防げた――
博士、こちらが是枝これえだ大佐が
独逸ドイツより持ち帰った古書です。

そう言って帆村ほむら虹人こうじんは、おもむろに1冊の古書をつた博士に渡した。

つた博士】
おお! これは……
これこそ求めるゴエティアであろう。
帆村ほむら虹人こうじん
ナチの肝煎きもいり、アーネンエルベも、
ゴエティアの偽典ぎてん探しに血眼ちまなこです。
風魔、帝大の警備も必要だな。
学内に妙な動きもあるからな。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
お帰りなさい! 兄さん、
虹人こうじんさん。
帆村ほむら虹人こうじん
つた博士にゴエティアらしき古書、
無事届けられましたよ。
帆村ほむら魯公ろこう
博士の鑑定が楽しみだ。
帆村ほむら虹人こうじん
帝大の警備が必要かと。
アーネンエルベもあるし、
帝大内の動きも気になります。
帆村ほむら魯公ろこう
それは早めに手を打つべきだろう。
ユリア女史じょしと話は付けられそうか?
帆村ほむら虹人こうじん
一筋縄ひとすじなわではいかないでしょうね。
独逸ドイツから帰国された是枝これえだ大佐も、
ホムンクルスに監視されていました。
帆村ほむら魯公ろこう
うむ、アーネンエルベは、
なかなかの調査力のようだな。
帆村ほむら虹人こうじん
戦闘力もなかなかです。
我々にとり、面白みのある相手です。
喪神もがみ梨央りお
実は……とは違う
微弱なセヒラの増加を、
このところよく検出するんです。
かなりの数のホムンクルスが、
この帝都に入り込んでいるのかも……
帆村ほむら魯公ろこう
連中の目的、ゴエティアだけか、
他にも何かあるのか――
探りを入れる必要がありそうだ。
帆村ほむら虹人こうじん
兄上、そういった役目は
風魔ふうまのほうが、
僕よりもずっと適任ですよ。
喪神もがみ梨央りお
そんなことを言って、
体良く兄さんにアーネンエルベを
押し付けようとしてません?
帆村ほむら虹人こうじん
ハッハッハ、それもアリかな?
でも、ユリア・クラウフマンは
風魔にご執心のようだし……
それに僕としては、
風魔にはそれ相応の期待に
応えてもらいたいのさ。
それに、帝都のあちらこちらで、
いたずらに怪人になりたがるやからも現れ、
山王さんのう機関の出番、益々ますます増えそうだ。
博士の警護、僕が受け持ちますよ。
――では、失礼します。
喪神もがみ梨央りお
虹人こうじんさんって少し、
兄には容赦ない気がします……
帆村ほむら魯公ろこう
まあ、そう言うな梨央りお
――あやつも
風魔に一目置いているからこそ、
あのような態度に出てしまうのだよ。

第七章 第十話 釣鐘

第六章 第七話 時の砂