第八章 第六話 東京大正博覧会

〔山王ホテルロビー〕

その日、興亜こうあ日報は二度目の怪人川柳せんりゅうを掲載。たちまち売り切れ続出となり、梨央りお四谷仲町よつやなかまちまで足を伸ばして買い求めた。

【喪神梨央】
興亜こうあ日報の記者の人が、
新聞を持って来るって――
なら買いに行かなきゃよかった。
まったく人騒がせな話です。
これで怪人騒動が起きたら、
記者の人、責任取るんですか?
今度の怪人川柳せんりゅう
前より投稿が増えています。
それに地方からも――
【新山和斗】
喪神もがみさん、新聞の件ではご迷惑を――
皇軍こうぐん機関が朝刊読めないのは、
国難こくなんを招きますね!
【喪神梨央】
新聞ならもうあります。
怪人川柳せんりゅう拝見はいけんしました。
【新山和斗】
今回のは傑作けっさくぞろいですからね!
仙台や熊本からも寄せられています。

怪人の
心に触れて
みたい秋

しみじみと秋を感じますね――
【喪神梨央】
怪人の
通る生垣いけがき
急に枯れ

これで怪人騒ぎが起きたら、
どうするんですか?
【新山和斗】
皆さんのご活躍が愈々いよいよとなります。
――違いますか?
怪人川柳せんりゅうはこの秋入社した、
新人社員の企画なんです。
帝大出の触れ込みでしてね――
蛇穴さらぎ洋右ようすけという青年ですが、
拓務たくむ文理専修科の卒業だそうです。
【喪神梨央】
そんな学科、あるんですね――
【新山和斗】
僕も初めて知りました。
拓殖たくしょく実務を高い水準で学ぶとか。
彼、川柳せんりゅうで張り切っています!
【喪神梨央】
以前、帥先そっせんヤというのがありました。
怪人川柳せんりゅうもその一つとみなされて、
特高の手入れを受けそうです。
【新山和斗】
最近では騒擾罪そうじょうざいを持ち出して、
憲兵が動くのが常ですからね。
今日はこちらの件でうかがいました――

そう言って和斗かずとは絵葉書を取り出した。東京大正博覧会を写した人工着色絵葉書だ。大正三年、上野公園一帯で開催かいさいされた。
上野公園に一夜にして博覧会場が現れ、会場見物の市民でごった返しているという。和斗かずとはそれをしらせに来たのだった。

【新山和斗】
前に浅草十二階が出現しました。
あれと同じ理屈なのではないですか?
浅草のときは当局の検閲けんえつを受け、
早版はやばんの記事から書き換えました。
くさ記事は沢山たくさんありましたから。
【喪神梨央】
今回も発表は無理だと思います。
参謀本部の検閲けんえつが入るでしょうね。
【新山和斗】
まぁ、従いますよ――
ただ記事自体は書いておきます。
いつか発表できるでしょうから。
【喪神梨央】
兄さん、今日の公務は上野ですね。
セヒラの観測、始めます。
【新山和斗】
僕はこの現象、妄築もうちくと名付けます。
ご公務、お気を付けください。

〔上野恩賜公園〕

上野の山はどことなく浮足うきあし立った空気だ。まるで春の花見の頃のようである――

【下谷区のラムネ商】
怪人川柳せんりゅうでいいのがあって、
つい浮かれちまってね!

怪人が
さっさと越へる
電車道

哀愁あいしゅうさえ感じるね、あんた!

怪人に
なったしるしに
かねが鳴り

不朽ふきゅうの名作じゃないか!
――次なんかもいいよ!

怪人を
残して冷える
町となり

文学的なたたずまいさえ感じるね!
――気分が益々ますます浮いてきた!

【谷中の客】
懐かしい見世物みせものがわんさかだよ!
ホントに懐かしい……
芝居しばい手踊ておどり、生人形、独楽こま、足芸、曲馬きょくば照葉狂言てりはきょうげん轆轤首ろくろくび大坂角力おおさかすもう、洋犬の芸、講釈こうしゃく
かっぽれ、女大力おんなだいりき
露店ろてんの洋食屋、りのシャツ屋、
アラスカ金の指環ゆびわ、電気ブラン、
木戸十銭きどじっせん浪花節なにわぶし――
たま乗り娘のあかじんだ肉襦袢にくじゅばん
倶利伽羅紋々くりからもんもんのお爺さん、江川一座のおはやしさんや一寸法師いっすんぼうし――
今はれっきとした昭和の時代、
まるであんた、大正はじめに
時が巻き戻ったみたいです!

トンビ服姿の男性が風魔を見ている。

【下谷第三十八尋常小学校訓導】
今より東京大正博覧会の
趣旨しゅしを述べるのである――
殖産しょくさん工業の進歩開発をうながすにあるは勿論もちろんなるも、第一に大正御即位式を記念し、あわせて我が帝国の改元かいげんともな万般ばんぱんの進歩発達をはかり、
いささかなりともこの大正の御代みよ
むくたてまつらんとするの赤心せきしんより
企図きとせられたものである。
――以上!

中年の男女2人連れがやって来た――

【碑文谷の蓄音機商】
いやね、博覧会案内というのが
落ちていたから拾ってみたんだが――
【蓄音機商の妻】
博覧会の見方が書いてありますわ。
【碑文谷の蓄音機商】
現今げんこん盛んに行われます石綿いしわた製品、
タングステン、ラヂユームらを見て、
鉱業に関する知識を養いましょう――
【蓄音機商の妻】
それは鉱業館の見学指南しなんですわ。
【碑文谷の蓄音機商】
教育館、学芸館、林業館、工業館、
水産館、美術館、拓殖たくしょく館、農業館、
運輸館、染織せんしょく館、外国館――
見学意欲は満々なのだけれどね、
ちっとも寄れないんだ。
近づくとすーっと消える――
【蓄音機商の妻】
知らない間に通り過ぎたんじゃ、
ありませんこと?
【碑文谷の蓄音機商】
そんなこと、あるものか!
――また明日にでも出直すとしよう。

〔東京大正博覧会〕

【内藤町の客】
大正三年に来た時は驚きましたよ。
なんせ本邦ほんぽう初公開のエスカレーター、
動く階段ですからね!
踏み台に足をせるのが怖くって!
でも今じゃ当たり前ですな!
ホホホホホ~
【着信 喪神梨央】
セヒラを観測しましたが、
低い値のままです。
あとで怪人化するかもですね――

【錦糸町の客】
独逸ドイツ館は見ものですよ!
一人気球、携帯電信、人造宇宙衛星、
脳楽のうらく装置、自白機じはくきプルトニウム発電機、
それに二体の自動人形です。
自動人形、人と見紛みまご出来栄できばえで。
サロメ号とオリムピア号ですよ。

口上屋こうじょうや
本邦ほんぽう初のサロメ号、
オートマタにございます。
もうお試しになりましたか?
【ヨカナーン役の学生】
ああ、すっかり試したよ。
僕がヨカナーン役となり、
サロメ号と台詞せりふわすんだ――
口上屋こうじょうや
猶太ユダヤ王女サロメは、ある一夕いっせき
預言者ヨカナーンの冷徹れいてつな声を聞き、その豊麗ほうれいな体にせられて、
たちまちそのとりことなり、
舞いの報酬としてその首を求め、
官能の爛酔らんすいの中で死ぬという筋書きなのであります――
サロメ号の前にて、
決まった台詞せりふを話せば、
会話が進むのであります。

不意にどこからか女性の声がした――

学生は声の元を探している。
その表情はすでに虚ろであった――

【サロメの声】
ヨカナーンや、ヨカナーン……
私はお前の体にがれている。
お前の体は草刈人くさかりびとが、
一度もかまを入れたことのない、
草原の百合ゆりのように白い。

学生はヨカナーン役となり、サロメ号のわきに掲げられた台詞せりふを話す――

【ヨカナーン役の学生】
さがれ、バビロンの娘! 
この世に悪が来たのは女人のためだ。
【サロメの声】
お前の体はいやらしい。
蝮蛇まむしっている漆喰しっくいの壁のようだ。
さそりが巣を作る漆喰しっくいの壁のようだ。
ヨカナーンや、ヨカナーン……
お前の髪の毛は葡萄ぶどうふさに似ている。
お前の髪の毛はレバノンすぎのようだ。
この世の中にはお前の髪の毛ほど
黒いものは何一つもない。
お前の髪に触らせておくれ。
【ヨカナーン役の学生】
さがれ、ソドムの娘! 
私に触るな。
【サロメの声】
ヨカナーンや、ヨカナーン……
お前のくちびるは艶めかしいひるのようだ。
二匹のひるが合わさりうごめくようだ。
私ががれるのはお前の口だ。
お前の口は象牙ぞうげとうにつけてある、
猩々緋しょうじょうひひものようだ。
象牙ぞうげの小刀で切った柘榴ざくろのようだ。
世にお前の口ほど赤いものはない。
……お前の口に接吻せっぷんさせておくれ。
【ヨカナーン役の学生】
ならぬ! バビロンの娘! 
ならぬ! ソドムの娘! 
姦淫かんいんの生んだ娘よ――

全部、正しく言えたはずなのに、
サロメ人形は血走った眼でにらんだ!
僕は全部言えたんだ、
一つもたがわずに言えたんだ!
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
探信儀たんしんぎを使ってください!!
【ヨカナーン役の学生】
僕は間違わなかった!
最初からだますつもりなんだ、
あの女は!!

《バトル》

【サロメの声】
ヨカナーンや、ヨカナーン……
お前は私の愛した、ただ一人の男だ。
お前は美しかった。
お前の体は銀の台石の上に立っている象牙ぞうげ円柱まるばしらだった。
はとと銀の百合ゆりとで一杯のそのだった。
私はお前の口に接吻せっぷんをしたのだよ。
お前のくちびるは苦い味があった。
あれは血の味だったろうか? 
いや、あれは恋の味かも知れない――

【戸越の客】
独逸ドイツ館は素晴らしいですね!
オリムピア号と目が合った時は、
胸が高鳴りました!
独逸ドイツ作家ホフマンの砂男に登場する、
あのオリムピア号そのままです。
砂男の粗筋あらすじはこうです――

大学生ナタニエルは、下宿先を訪問した、晴雨計せいうけい売りのコッポラから遠眼鏡とおめがねを買う。
それで裏窓をのぞき、1人の女性を見初みそめる。ナタニエルは女性の元を訪れ交際を申し込む。それがオリムピアである。しかしオリムピアは精巧せいこうな自動人形であった。
やがてナタニエルは気が触れてしまい、故郷に帰り婚約者と静かに過ごす。婚約者と市庁舎の屋上に上がったナタニエル、遠眼鏡で婚約者をのぞ動転どうてんして、市庁舎の屋上から墜落死ついらくしするのである。

【戸越の客】
遠眼鏡があやかしの力を秘めていた、
どうもそのようですね。

ホフマンの『砂男』の粗筋を話し終えた男が去ったとき、式部、彩女、そして江戸川乱歩の3人がやって来た。

【式部丞】
喪神もがみさん!
やはり見えていますね、大正博覧会。
――いやはや、驚きです。
【江戸川乱歩】
まるで浅草十二階の頃のようです。
その頃の浅草公園と云えば、
名物が蜘蛛くも男の見世物みせもの、娘剣舞けんぶ
玉乗り、源水げんすいの様の作り物、メーズと言う八陣はちじん隠れすぎ見世物みせもの――
当時と同じおもむきがありますな。

【式部丞】
乱歩らんぽ先生から電話いただいたのは、
他でもなく彩女あやめ君のことでした。
【江戸川乱歩】
オリムピア人形のことを聞いたと、
彩女あやめさんがやってきたのです――
それで式部しきべさんに連絡しました。
【式部丞】
彩女あやめ君、またぞろ話をこしらえました。
オリムピア号に関する話です。
そうだよね、彩女あやめ君?
【周防彩女】
彩女あやめ、文章がいてくるのです。
作家の先生のようにです。
言葉が連なってくるのですわ!
彩女あやめ、体の内側から、
ひっくり返りそうになるのですわ。
【江戸川乱歩】
文章がく……うらやましいですな!
私なんぞ、この一週間、
一行も書けておりませんぞ。
【式部丞】
彩女あやめ君、君のお話がどんなものか、
ここで披露ひろうしてくれるかな?
【周防彩女】
わかりましたわ、店長。
彩女あやめの筋書きがありますのよ、
三人で読みましょう。
乱歩先生がコッポラ、
式部店長がナタニエル、
彩女はオリムピア号ですわ。

3人は彩女版『砂男』の登場人物をそれぞれ演じ始めた。

【コッポラ】
晴雨計せいうけい売りのコッポラが、
学生ナタニエルの下宿を訪れる。
【ナタニエル】
ナタニエルはコッポラから、
小ぶりの遠眼鏡を買う。
それで裏窓を覗き、
窓に見えた若い女性に心奪われる。
【オリムピア】
その女性の名はオリムピア。
【ナタニエル】
ナタニエルはすぐさま交際を申込み、
二人は逢引あいびきを重ねる――
【オリムピア】
ヘッセン州ラウバッハの森に遊び、
町中では芝居しばい、オペラを楽しんだ。
【ナタニエル】
水浴すいよくに登山――
夏にはベルヒテスガーデンの山荘ヒュッテへ、
冬にはヴィンターベルクでスキー――
【コッポラ】
時に二人は危険な遊びにもいどんだ。
ガソリンバーナーに手をかざしたり、
長い時間、氷水に潜ったり――
四十度数のドッペルコルンを
何杯もあおったり、頭上の林檎りんご
投げナイフで落としたり――
ある日、二人はビュルガー塔に昇り、
遠くの景色を楽しんでいた――
【オリムピア】
オリムピアが提案しました。
この高い塔から飛び降りてみない?
最も危険な遊びでしょ?
【ナタニエル】
陽気になっていたナタニエルは、
オリムピアの手を取り飛び降りた――

石畳いしだたみ激突げきとつした2人――
オリムピアは首や手足がバラバラになり、方々に幾多いくたの歯車や弾条ぜんまいを散らばらせた。ナタニエルは墜落ついらくの衝撃で腹がけ、青黒いはらわたを広場に飛び散らせ、口や鼻から大量に噴血ふんけつしていた――

【周防彩女】
彩女あやめのナタニエルは、
オリムピアを自動人形と知らず、
とうから飛び降りたのです!!
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ急上昇です!

彩女の背後に濃厚なセヒラが集まり渦を巻き始めた。やがてセヒラの塊となり、あたりを包むこむ。
式部、乱歩は咄嗟とっさにその場を離れた。風魔は彩女とともにセヒラの中へ吸い込まれてしまった。

〔時空の狭間〕

【???】
何だか不思議なところだね――
君と会うのは二度目だね。
愈々いよいよ僕の出番かなと思う。
僕は千紘ちひろ――
周防すおう彩女あやめを遠ざけたから、
しばらくは僕の時間だよ。
千紘ちひろ
僕たちは響き合うのだ。
と――
でもまだ力がおよばない。
君が目覚めさせてくれるよね。
僕を目覚めさせてくれるよね。
前にもやったように。
お願いするよ!!

《バトル》

千紘ちひろ
うん……
この調子だよ。
これで少しは力がおよんだかな。

千紘の気配が消えると、風魔の周囲に町並みが姿を見せた。そこは凍てる上野黒河こくがであった。

〔上野黒河〕

【文科生Xアストラル】
新文民社しんぶんみんしゃに当局の手が入り、
我々文民社ぶんみんしゃも活動自粛じしゅく中だ。
だが手をこまねいているわけではない。
葛木かつらぎ素朴そぼく先生の回顧録かいころくを出す、
そのために資料を整理している。
素朴そぼく先生が述懐じゅっかいされたのを、
その弟子が手帖てちょうつづっていた――
それが発見されたのだ。

【法科生Qアストラル】
素朴そぼく先生は幸徳秋水こうとくしゅうすい先生のことを、
述懐じゅっかいされていた――
秋水しゅうすい先生、刑死直前のことだ。
明治四十四年一月二十二日、
素朴そぼく先生は市ヶ谷いちがや刑務所を訪れ、
秋水しゅうすい先生と面会した。
その日、秋水しゅうすい先生は茶万筋ちゃまんすじ
綿入わたい羽織ばおりを着ていた。
死刑囚に面して、
お体を大事と言うもみょうであり、
葬式そうしきの話題というのも出しづらい。
素朴そぼく先生はだんまりを決めたのだ。
すると秋水しゅうすい先生が
助け舟を出した――
僕は非墳墓ひふんぼ主義だから、
身体は海川にてて
魚腹ぎょふくやすもよし――
ニッコリ笑ってそう申されたそうだ。

【工科生Pアストラル】
爆弾の飛ぶよと見えし初夢は
千代田ちよだの松の雪折れの音
幸徳秋水こうとくしゅうすい先生の辞世じせいだ。
死刑の六年前、秋水しゅうすい先生が、
第五十二号事件で巣鴨に捕まり、
出獄後、桑 港サンフランシスコに外遊されたんだ。
それをお膳立てした人物がいる――
柴崎周しばさきあまねという駐米日本大使館勤めの一等書記官だ。
米国アメリカ数多あまたの無政府主義者とまじわり、
幸徳秋水こうとくしゅうすい先生はアナーキストに――その影にいたのが柴崎しばさき書記官だ。
柴崎しばさき書記官は完全なる英語を話し、
いつもぞろえの背広姿せびろすがただった――
素朴そぼく先生の述懐じゅっかいはそこで終わりだ。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号くろのはちごう――!
聞――ていますか?
セヒラ――が接近中です!

秋毫しゅうごう編集主幹アストラル】
私が活動をあきらめたとでも?
見くびってもらっちゃ困る。
何も危険を犯してまで、
演台えんだいに立つ必要はない。
ラヂオを使うのだ!
第一声に用いる草稿そうこうを用意した――
万国ばんこく労働者は眼を開け!
眼前がんぜんに新時代が訪れつつある。
広壮こうそう邸宅ていたくがあるのに橋の下に
しゃがむ必要はなく、
食物が数多あまたあるのに断食だんじきの必要なく、
毛皮でかざるのに凍死とうしするに及ばず。
理論においても実際においても、
万物ばんぶつ万人ばんにんのものであるのだ!
草稿そうこうる私がどこに身を潜めるか、
お前たち官憲かんけんにはわかるまい!
肉体は拘束こうそくできても、
たましいまでは拘束こうそくできないのだ!!

《バトル》

秋毫しゅうごう編集主幹アストラル】
権力なき自由世界の実現に向け、
私は復活をげるだろう。
その名は麦人バクニンである――
まさに、麦人バクニン誕生の瞬間だ。
神もなく、主人もなく! 
絶対捕捉ほそく不可能な麦人バクニン誕生セリ!!

【着信 喪神梨央】
黒ノくろの――帥士すいし
辺りか――ヒラ消失です。
帰還でき――か?

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
兄さん――
式部しきべさんがいらしてます。
彩女あやめさんのことで……
【式部丞】
彩女あやめ君は神経のやまいのようです。
帝大医科の蛭川泊ひるかわとまり博士に預け、
経過を観察中です。
蛭川ひるかわ博士は神経病の大の権威です。
市谷台町いちがやだいまちの立派な邸宅ていたくで、
金糸雀カナリアと暮らしておいでです。
博士曰く、彩女あやめ君の症状は、
ジャンヌ・ダルク症ではないかと。
つまりは強度のヒステリーです。
ジャンヌじょうはヒステリーを起こして、
仏国フランスの為に戦場にのぞめと幻聴げんちょうを聞き、二重人格をていしたそうです。
慢性幻覚性偏執へんしつ病と呼ぶそうです。
【喪神梨央】
彩女あやめさん、
自分のこと千紘ちひろと呼んでいました。
それも二重人格なのですね?
【式部丞】
ええ、そのようですね。
公務記録からしかわかりませんが、
彩女あやめ君の中に千紘ちひろがいるようです。
【喪神梨央】
その瞬間でしょうか……
強いセヒラを観測しました。
【式部丞】
そのセヒラによって、
芽府めふ須斗夫すとおが何かを語ったかも……
この間、第七の予言と言って、
ヒククアケ――
そう語ったのです。
この言葉の意味を、
調べないといけません。
近く古文書こもんじょ研究の先生に会います。
【喪神梨央】
そう言えば、兄さん――
柴崎しばさき一等書記官の名前を聞きました。
帝大生アストラルが話していました。
幸徳秋水こうとくしゅうすい米国アメリカ外遊をお膳立ぜんだてした、その外交官の名前としてです。
今から三十年前のことですよ――
柴崎しばさき外交官、歳を取っていない、
そうなんじゃありませんか?

まるで蜃気楼しんきろうのように現れた博覧会会場。それに触れてか周防すおう彩女あやめに異変が起きた。そして柴崎しばさき外交官という人物の謎――
帝都はまるで生き物のように、様々なものを飲み込んではしている。真実さえもがくだかれようとしていた。

第七章 第八話 凌雲閣

〔山王機関本部〕

立秋りっしゅうを過ぎてもなお酷暑こくしょが続く帝都――真夏の昼下がりの陽炎かげろうのような怪異かいいが、せまりつつあった。

【帆村魯公】
件の淀橋よどばしの書生だが、
式部しきべ氏が張り付きで見ている――
【喪神梨央】
今はまだ第五の予言だけなんですね?
【帆村魯公】
ああ、そうみたいだ。
それにしても――
【喪神梨央】
第四まではどうしたんでしょうか?
【帆村魯公】
そうじゃよ、それだ、
第四までは失念したそうだが……
この先、第六があるのかどうか。
【喪神梨央】
でも書生さん、
渋谷憲兵隊に捕まらなくて、
よかったですね!
【帆村魯公】
ちょっと調べてみたんだが、
あそこは何だか実体がない。
渋谷道玄坂どうげんざか上の憲兵隊本部だよ。
【喪神梨央】
え? そうなんですか?
――国立防疫研究所みたいですね。
【帆村魯公】
うむ……
人によってはあそこは、
帝国薬業の倉庫だという――
構内にトラックが何台も停まり、
荷物を積み込んでいたとな。
トラックに会社名があったそうだ。
【喪神梨央】
憲兵隊の本部じゃないんですか?
幸則ゆきのりさんは確か――
【帆村魯公】
中に案内されたと言っておったな。
もう少し調査が必要だな。
【喪神梨央】
兄さん、今日の公務は上野方面です。
特にセヒラは観測されません。
【帆村魯公】
うむ……
だがな、用心に越したことはないぞ。
【喪神梨央】
承知しました。
公務電車、手配しますね!

不忍池しのばずのいけ

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
近辺、セヒラの観測はありません。

吾妻橋あずまばしの客】
無残なる異形の獣、
三つの咽喉いんこうのあるチェルベロは、
犬のごとくに、ここに沈みて――
アハハハハ~
僕はすっかり愉快になったよ!
もう一週間以上も彷徨さまようのさ!!
有楽町ゆうらくちょう荘月しょうげつ会館での銀座幻燈会げんとうえ
立派なもよおものだったね!
うち伏せる人人の上にぞゆる――

【着信 喪神梨央】
今のはダンテの神曲です――
神子柴みこしばが語ったのとは、
出処でどころが違うようです――
セヒラは観測しません。

駒形こまがたの客】
まるで活動キネマみたいでしたわ!
荘月しょうげつ会館の幻燈会げんとうえ――
大きな螺線形らせんけいの渦巻きが、
ぐるぐる回るのですわ!
不思議と目は回りません。
そしてつぶやくように声がする――
目は赤く、髪あぶらじみ、かつ黒く、
腹太く、手には爪あり。
霊たちをつかみとり、
くだき、きにせり――

蔵前くらまえの客】
蔵前くらまえの下宿には何日も帰っていない。
フフフ、そもそも帰路を忘れた――
まるで見当識けんとうしきを失いっぱなし、
そんな感じさ。それが愉快なんだ。
見慣れたはずの町すら新鮮だよ。
この間の幻燈会げんとうえ新機軸しんきじくだそうだ。
銀幕には渦巻きが映し出され、
いろんな色に変わるんだ!
憂愁ゆうしゅうの領土のみかど、その胸の
なかばより上を氷の外に出せり。
その腕に巨人らの及ぶにまさり――
脳楽丸のうらくがんを飲んでも、
こんなに爽快そうかいにはならないさ!

浅草あさくさの客】
一人の巨人ぞわれに近くあるべき。
されば知れ、かかる部分にそぐひたる
全体のいかばかり大いなるかを――

【着信 帆村魯公】
憂愁ゆうしゅうの領土のみかどというのは、
地獄に落ちたルシファーのことだ。
地獄の底でその巨大な体は、
氷漬けになっているんだ。
そのことを言っておる――

浅草あさくさの客】
ああ、いかに摩訶不思議まかふしぎと見えぞしや
われ、彼の頭に三つの顔を見し時。

《バトル》

浅草あさくさの客】
ささやけき球体の上にあるなり。
かしこにて夕なる時、ここは朝なり。

湯島天神町ゆしまてんじんちょうのご隠居いんきょ
昨日までは誰もおらんかったのに――
あの人らは浅草辺りの人らしいのう。
【猫】
ニャ~
湯島天神町ゆしまてんじんちょうのご隠居いんきょ
何日も家に帰っとらんとか言うのう。
味噌みそ屋の留吉を思い出したわい――
留吉の奴、脳楽丸のうらくがんの中毒になって、
自分の家もわからんようになった。
何度も家の前を行ったり来たり……
それなのに帰れんのじゃ。
そのうち、姿を見んようになった。
大連ダイレン連鎖街れんさがいで留吉そっくりな、
靴磨くつみがきを見たというが――
どこへ言ったやら、留吉の奴……
【猫】
ニャー、ニャー、
ニャンニャニャー
湯島天神町ゆしまてんじんちょうのご隠居いんきょ
直次郎なおじろうが腹減ったとな、
そうかそうか、家に帰ろうな。
【着信 喪神梨央】
申し訳ありません!
先程、セヒラ観測、れていました!
【着信 帆村魯公】
今はもう大丈夫だ――
にわかには信じられん事が起きた。
風魔ふうま、浅草に向かってくれ!

浅草雷門あさくさかみなりもん

【着信 帆村魯公】
浅草に着いたな!
いいか、落ち着いて聞いてくれ、
浅草に十二階が姿を見せたんだ。
震災で倒壊して、軍が爆破解体した、
あの十二階だ、凌雲閣りょううんかくだよ。
そいつが何故なぜか蘇ったんだ!

【煙草屋の主人】
いやぁね、もう吃驚びっくりですわ!
なんせ、十二階が、一晩のうちに――
震災でぶっ倒れたのに、
誰がどんな手で作ったんだか!

【羊羹屋の丁稚】
十二階のことは、おいら、
じかには知らないんだ!
けどね、魚屋の松兄から仕入れた!
十二階にはエレベーターがあった。
東京百花美人鏡という美人比べも!
――どっちも日本初なんだってさ!
上の階には万国の品が売っていて、
虎が露西亜ロシア美人に変わる重ね器とか、
珍しい品でいっぱいだったそうだよ。

〔仲見世〕

仲見世なかみせの通行人たちは、立ち止まり、浅草十二階の方を見やっていた。12年前、1923年の関東大震災で、浅草十二階こと凌雲閣りょううんかくは8階以上が倒壊した。それが再び姿を見せたのだった――

【乱歩の愛読者】
乱歩らんぽ先生は、
書いていらっしゃいますわ――
あなたは、十二階へ御昇おのぼりなすった
ことがおありですか。
アア、おありなさらない。
それは残念ですね。
あれは一体どこの魔法使が
建てましたものか、
実に途方とほうもない、
変てこれんな代物しろものでございましたよ。
階の中には、
戦争画が飾られていたのです――
乱歩先生の御本で知りました。
まるで狼みたいな、
おっそろしい顔をして、えながら、
突貫とっかんしている日本兵や、
剣つき鉄砲に脇腹わきばらをえぐられ、
ふき出す血のりを両手で押さえて、
顔や唇を紫色にしてもがいている
支那しな兵や、
ちょんぎられた弁髪べんぱつの頭が、
風船玉の様に空高く飛上っている所や
何ともえない毒々しい、血みどろの
油絵が、窓からの薄暗い光線で
テラテラと光っているのですよ。

【渋谷憲兵大隊神湊こうのみなと中尉】
貴様らの行動、全て監視していた。
さぁ、新宿の書生を寄越せ!
【渋谷憲兵大隊出灰いずりは中尉】
書生覚醒かくせいなれば、
その力、貴様らには到底とうてい扱えん!
【渋谷憲兵大隊神湊こうのみなと中尉】
お前たちが書生を連れ回すのは、
わかっているんだ!
見ろ、あの凌雲閣りょううんかくを!
【渋谷憲兵大隊出灰いずりは中尉】
書生あるところ、異変ありだ。
ここにいないなら案内を願うまでだ。
【渋谷憲兵大隊神湊こうのみなと中尉】
これ以上、帝都に混乱をもたらすな!

一五市にのまえごいち
怪人あるところに戦いあり!
元、第三連隊召喚小隊少尉、
今は暁光ぎょうこう召喚隊隊長一五市にのまえごいちだ!
【元新文民社社員草千里くさせんり
新文民社はあえなく内部崩壊した!
社員たちは皆捕まった、
お前たち憲兵にな!
一五市にのまえごいち
戦いに純な魂の燃焼を覚える!
召喚小隊の精神、暁光ぎょうこう召喚隊にも、
しかと受け継ぐ!!
【着信 鬼龍豪人】
少尉! 聞け!
一五市にのまえごいち少尉、私だ、鬼龍きりゅうだ!
今、貴様達が戦えば、
その場所にセヒラの異常をきたす!
その界隈かいわいは尋常ではない、
今は退くんだ、これは命令だ、少尉!
一五市にのまえごいち
ウワォォォォ~

【渋谷憲兵大隊神湊こうのみなと中尉】
戦いを目的とする者は、
必ず敗れる――
そうではないか、喪神もがみ中尉!!

《バトル》

【渋谷憲兵大隊神湊こうのみなと中尉】
帝都市民の根性を叩き直さねばな!
渋谷の我が憲兵大隊本部をして、
東横電車の建物だという者がある。
フハハハハ~
綱島温泉祭りのポスターが、
何枚も貼ってあったとな!!
どいつもこいつも、
愚か者揃いだっ!!

【着信 喪神梨央】
大尉には電話越しに、
しゃべってもらったんです。
辺りのセヒラ、解消しました。
十二階を確認してください。
浅草公園の方です――

〔浅草十二階〕

浅草十二階を見やる浅草公園。十二階出現の噂を聞きつけ、人々が集まっていた――
人々は、江戸川乱歩の『押絵おしえと旅する男』の、登場人物になりきっている。一帯のセヒラが影響しているようだった。

【押絵と旅する男】
あの頃、私も兄も部屋住まいで、
日本橋通三丁目に暮らしました。
今から三十年ほど前のことです。
一時いっとき、兄は毎日のように、
家を空けるようになりました。
兄を案じた母に頼まれて、
私は出かける兄の後をつけたのです。
兄は浅草十二階に昇っていきました。
欄干らんかんだけの頂上は見晴らしがよく、
兄はそこで遠眼鏡を使うのです。
兄が言うには、遠眼鏡で見染みそめた、
美しい娘があるとのことです。
もう一度、その娘を探したい――
その一心で、毎日、
十二階の頂上で遠眼鏡を使う、
そういうことでした。
兄は恋煩こいわずらいだったのです――
兄が遠眼鏡で見染めた少女は、
観音様境内けいだいのぞ絡繰屋からくりやの中の、
押絵おしえの少女、八百屋のおしちでした。
大火で避難した駒形吉祥寺こまがたきっしょうじの書院で、むつまじく寄り添うおしち小姓こしょう吉三郎きちざぶろう、その場面を表した押絵おしえです。

【兄】
たとえこの娘がこしらものであっても、
私はあきらめがつかない。
たった一度でいいから、
押絵おしえの男となって、
この娘さんと話し合いたい――

【押絵と旅する男】
暮れなずむ観音様境内けいだいで、
兄は遠眼鏡を私に差し出し、
頼むのです――

【兄】
お前、お頼みだから、
遠眼鏡をさかさにして、
私を見てくれないか?
【押絵と旅する男】
何故です?
【兄】
まあいいから、そうしておれな。

【押絵と旅する男】
私は言われる通りにしました。
遠眼鏡をさかさに持って、
兄をのぞいたのです。
二三げん、向こうに立つ兄の姿は、
レンズの中で一尺くらいになり、
すぐに闇に消えてしまいました。
どこを探しても兄の姿はありません。
もしやと思い――
そうです、兄は押絵おしえの中に入り、
しなだれかかるおしちを抱きとめ、
満足そうな顔をしていたのです。
あれから三十余年――
娘はこしらえ物で年はとりませんが、
兄はしわだらけの老人になりました。
この三十年、富山に暮らしますが、
兄に帝都を見せてやろうと、
押絵おしえを持って上京したのです――

【兄】
久方の帝都は秋雨しゅううけぶる!
宮城の玉砂利たまじゃりは皆れていた。
しちは一度も押絵おしえを出たことがなく、
帝都のこの表の空気に触れれば、
きっとおしちの時間も進むはずだ――
私は意を決して押絵おしえから出て、
さらにおしちを表に引きずり出した!
しちは驚いた顔をしたものの、
抵抗することなく引き出された。
お前も私と同じように老いるのだ!

《バトル》

【渋谷憲兵大隊藍住あいずみ少尉】
表に出たおしちは急に燃え出した!
慌てた私は火を消そうと、
しちれた玉砂利たまじゃりの上に投げた。
緋鹿子ひがのこの振り袖は、
じっとり水を含んで黒ずむも、
火の勢いは収まらない。
それどころか、
愈々いよいよ勢いを増してお七を焼き尽くす。
私はおしちの時を進めてしまったのだ。
はからずも! はからずも!
寺の吉三郎に会いたいばかりに、
しちは家に付け火をし、
鈴ヶ森すずがもり刑場で火刑になった。
紅蓮ぐれんの炎に焼かれるおしち――
その眼は怖いほどっていた!!

【江戸川乱歩】
いやはや、帝都の人たちは、
創作意欲が盛んですな!
それにしても――
あの十二階、はたして実物ですか?
私には蜃気楼しんきろうのように思えます。
それも人工の蜃気楼しんきろうですよ。
何でも大気のレンズを電気でゆがめ、
人工の蜃気楼しんきろうこしらえる、
そのような装置があるようです。
蜃気楼しんきろうは人を狂わせる、
そう言うので用心おこたるべからずです。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい、兄さん。
またしても乱歩らんぽ先生の愛読者が、
物語をこしらえたんですね!
【帆村魯公】
押絵おしえと旅する男、
結末が書き換えられておったな!
【喪神梨央】
八百屋のおしちは、また火事になれば、
寺に避難して吉三郎に会える、
そう考えたんですね。
【帆村魯公】
ああ……これは実話だそうだ。
しちが火刑になったのは天和三年、
今から二百五十年ほど前だな。
井原いはら西鶴さいかくが好色五人女で取り上げ、
歌舞伎かぶき浄瑠璃じょうるりで人気になった。
実話ではおしちは、火を付けすぐに、
見櫓みやぐらを叩いたとされているがな。
【喪神梨央】
それじゃ火は消し止められて――
それでも火刑になったんですね。
【帆村魯公】
世のあわれ 春ふく風に 名を残し 
おくれ桜の けふ散りし身は
――おしちの辞世の句だな。
【喪神梨央】
今度のこと、
乱歩先生の言うように、
蜃気楼しんきろうが人に影響したのですか?
【帆村魯公】
浅草十二階の辺り、
新山にいやま君が計測しておる。
まだ値が足りないらしいが――
【喪神梨央】
浅草十二階ですが、
建物に近付くと消えるというから、
やはり本物じゃないんですね!

帝都にその威容いようを蘇らせた浅草十二階。これも帝都に渦巻くセヒラの産物であろうか?
浅草公園にははやひぐらしの声が鳴り響いていた。

第六章 第十話 乱歩作『妄楼』後編 

〔銀座四丁目〕

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
銀座辺りでセヒラ観測します。
ただ、場所が特定できません――
鈴代すずよさんのお話もお伝えします!
月野つきの探偵は、有楽ホテルに向かい、
ドア係のことを尋ねます――

【月野沙漠】
ドア係の出張、実に抜かった!
実にどのような出張なのか!
実に聴取ちょうしゅせねば、実に!
有楽ホテルに着くやいなや、
先日の愛想のいいクローク係が来て、
実に用向きを尋ねた――

【着信 喪神梨央】
月野つきの探偵は単刀直入に、
ドア係に出張などないはず、
本当のことを言うようにとせまります。

【有楽ホテルクローク係】
そんなことはございません!
あのドア係、実に勉強熱心でして!
将来、コンシェルジェを目指します。
コンシェルジェはホテルの顔、
仏蘭西フランスでは金の鍵ル・クレドールという表彰ひょうしょうまで、
ございますのです!
今はドア係として研鑽けんさんを積む日々、
この三週間、津軽つがるにて合宿です。
ホテルも特別に目をかけていまして。

【着信 喪神梨央】
津軽つがるで研修かといぶかしく思いながら、
月野つきの探偵は狐につままれたようになり、
ホテルを後にするのです――
月野つきの探偵の鼻腔びくうには、
酸化した油のような匂いが貼り付き、
クローク係の体臭かと思いました。

【京橋署の巡査】
小官も妄楼もうろう、四度も読みました――
あんな事件に関われたらなどと思い、
本日も勤めております!

【着信 喪神梨央】
探偵月野つきのは、銀座のカフェーへ。
蒸発した千代子ちよこの女給仲間から、
ある重大な事実を知らされます――
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ急上昇です!
場所も判明、日劇にちげき前です!!

〔日劇前〕

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
かなり強いセヒラです、
十分警戒けいかいしてください!!

【銀座のデパートガール】
びっくりしましたわ!
あれが怪人というものですか?
いきなり車を持ち上げて――
放り投げたんですわ!!

――探偵さんは、銀座の女給Hから、
恐ろしいことを聞くのですわ――
千代子ちよこさんの女給仲間Rは、
支那シナの黒社会と繋がっていて、
人身売買に手を染めているのですわ!

千代子ちよこ失踪の被疑者:
  支那シナの黒社会の構成員

【銀座のデパートガール】
千代子ちよこさん、露西亜ロシアに売られた、
そんなうわさがあるのですわ――
さっきの怪人……
女の人でしたわ――
――もしや……もしやですわ!
【着信 喪神梨央】
強いセヒラ、
隣の街区に移動したようです。
慎重に進んでください!

〔鍛冶橋〕

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
強力なセヒラです!
怪人は銀座の女給Rと思われます。
――いや、なりきった愛読者です!
【銀座の女給R】
聞き捨てならないねぇ!
蒸発した女給の責任、
アタシにあるんだって?
冗談じゃないよ!
あの女、千代子ちよこ極悪ごくあくさね!
殺したいのがあるから、
手を貸してくれないかって、
アタシに持ち掛けてきたのさ!
アタシが支那シナ黒幇フェイパンにコネあるの、
あの女は知ってるんだよ!
なのにアタシが疑われるなんて!!
みんな、潰してくれる!!

《バトル》

【銀座の女給R】
黒幇フェイパンには連絡入れたさ。
でもね、暗殺者は来られなかった。
別の黒組織に殺られちまってね!
あの女が殺したいのが誰なのか、
そこまでは知らないさ。
さしずめ自分で殺って、
雲隠れでもしたんじゃないの――
ああ、なんだか取れたわね、
スッキリとね!

【麹町の女学生】
――私、取り乱しましたか……
お恥ずかしいところを、
お見せしてしまいました――
銀座の王城おうじょうデパートで、
姉と待ち合わせがございますの。
――それでは失礼致します。
【着信 喪神梨央】
今の人、すごく安定した波形でした。
これまで何度も怪人化している、
そんな様子でしたよ――

【月野沙漠】
実に! 実に!
千代子ちよこは殺害を依頼した――
それは実現したのか? はたして……
誰を殺そうとしたのか……
――実に、ここに来て怪しいのは、
唯一蒸発していないなおだ、実に!
美禰子みねこはドア係に付け狙われていた。
そのドア係は何日も姿を見せない。
ドア係、被疑者ではなく被害者なのでは……

【着信 喪神梨央】
月野つきの探偵たんていはもう一度望洋館ぼうようかんへ。
丁度、なおが出かけるところでした。

【月野沙漠】
その日のなおの行動、
実に特筆すべきであった!
先ず赤坂オウルグリル、銀座せいまん
日本橋天園てんそのめぐり浅草へ。
実に洋食、うなぎ天婦羅てんぷらのハシゴ!
僕は望洋館ぼうようかんなおを待つことにした。
暗くなってからなおは帰宅した。
実に行きと服が違っていたのだ!
僕の考えは確信に変わった!
まったくもって、実に!
最初から六人などいないのだ、
いるのは一人、他は別の人格、実に!
六人分の食事をしたのだ、実に!

【着信 喪神梨央】
月野つきの探偵の張り込む望洋館ぼうようかんに、
なおは帰ってきました。
探偵は二〇一号室へ向かいました。
しかし人がいたのは階下でした。
探偵は、三階まで昇ってまた下り、
一〇一号室を訪ねたのです。
そこは美禰子みねこの部屋でした。

黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
銀座二丁目付近でセヒラ反応です。
まだそれほど強くありませんが――

〔銀座二丁目〕

【月野沙漠】
一〇一号室から出てきたのは、
今日、なおとして振る舞っていた
美禰子みねこであった、実に! 実に!
美禰子みねこを付け狙うドア係、
この不在が怪しい、実に怪しい。
津軽つがるに出張というのも実に謎だ!
ドア係の失踪しっそうには美禰子みねこからむ。
美禰子みねこは付け狙いにっていた。
――実に動機は十分だ!

【着信 喪神梨央】
月野つきの探偵は美禰子みねこに対し、
真相を語るように言いました。
警察には既に連絡済みであると――

【美禰子】
よくわかったわね!
そうさ、他の五人も皆アタシだよ!
最初に生まれたのはなおさ、
可愛い女学生だね。
なおに、もう一回、会いたいかい?
【月野沙漠】
うわぁ!

【着信 喪神梨央】
月野つきの探偵は逃げ道をふさぐべく、
昇り階段側にいたのです。
美禰子みねこは逆走して玄関から表へ――
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
隣の街区です、急いでください!

【美禰子】
フフフフ~
アタシを付け狙うドア係は、
今頃、東京湾で魚の餌食えじきさ!
黒幇フェイパンに殺らせたのさ!
――そうだよ、ちゃんと日本に来た!
いい仕事をしたってもんよ!!

《バトル》

【美禰子】
アタシが大元おおもとだっていう、
れっきとした証拠でもあるのかい?
ドア係は出張中なんだろ?
【月野沙漠】
実にね、僕が証明しよう!
【美禰子】
おやまぁ、立派なもんだね!
何を証明しようって言うんだい?
【月野沙漠】
美禰子みねこさん!
有楽ホテルのクローク係は、
実は貴女だ!!
【美禰子】
馬鹿言うんじゃないさ!
アタシはあんな安ホテル、
行ったこともないさ!
【月野沙漠】
椿油つばきあぶらだよ、美禰子みねこさん――
あの望洋館ぼうようかん、斜めに付けた窓、
戸車とぐるまの動きを良くするために、
潤滑油じゅんかつゆ代わりに椿油つばきあぶらが使われていた。
六人を自分の中に住まわせる貴女は、
実に六つの部屋で暮らしていた――
すべての部屋に椿油つばきあぶらの香りがする!
毎日、椿油つばきあぶら揮発きはつの中にいて、
いつしか貴女には椿油つばきあぶらの香りが、
実に染み付いてしまったのだよ。
初めて会ったなおさんも、
有楽ホテルのクローク係も、実に同じ椿油つばきあぶらの香りを放っていた――
眼の前にいる貴方もね!!
実に椿油つばきあぶらの見本市だ!
【美禰子】
随分ずいぶんと鼻の利く探偵さんだね!
この匂い、すっかり慣れちまってね!
【月野沙漠】
貴女は千代子ちよこの人格で女給を通じ、
黒幇フェイパンの暗殺者を日本に呼んだ。
そしてドア係を殺させたんだ。
情婦として会社社長との逢瀬おうせの場、
ドア係に見られたんだろう。
さては脅迫でもされていたのか?
【直】
私の部屋、二〇一号室で、
美禰子みねこさんの部屋のぐ上です。

【着信 喪神梨央】
美禰子みねこさんの家は椿油つばきあぶら仲卸商なかおろししょうです。家では多重人格の娘を思い、あの望洋館ぼうようかんを建てたそうです。
麹町こうじまち署に連行された美禰子みねこさん、
多重人格の検査と治療のため、
入院することになります。
黒幇フェイパンの男ですが、大連ダイレン連鎖街れんさがいで、
死体となって発見されました。
犯人はわかっていません――
妄楼もうろうのお話、これでおしまいです――

でも……
兄さん……どういうわけか……
池袋方面にセヒラがあります――
公務電車では遠回りになります。
省線電車を使ってください!
そこからの最寄り駅は有楽町ゆうらくちょうです。

〔池袋駅前〕

有楽町ゆうらくちょうから省線を使って池袋いけぶくろへ。駅前には先程の銀座ぎんざと同じように、人々がたむろしていた――

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
妄楼もうろうですが、読者が続きを創作して、
語り合っているようです。
それがどんな内容なのか、
鈴代すずよさんもご存じないとか――
注意して巡視パトロ―ルしてください。

【月野沙漠】
有楽ホテルのドア係を殺害した、
支那シナ黒社会黒幇フェイパンの暗殺者!
実に彼は大連ダイレンで殺された!
実に口封くちふうじの匂いがする!
犯人は誰か、実に興味が尽きない。
僕はこれまた目星が付いている。
実に犯人は莫大小メリヤス工場こうばの社長だ。
しずの同窓生Tの父親である、実に!

【池袋署の巡査】
読者たちは、話を終えたくない、
その一心いっしんで続きを作っているとか。
往来おうらいの邪魔は駄目ですよ、実に!

美禰子みねこは3人の人格と被疑者を、巧みに利用してアリバイ工作を図ったのだ。
  三千代みちよ:相場師、
  御米およね:酒屋、
  しず莫大小メリヤス工場こうば社長――

【美禰子】
そうさね!
アタシ一人じゃないよ、
皆の力を借りたさね!

ドア係を殺った黒幇フェイパンだけど、
女給の千代子ちよこに頼んで、
連絡付けてもらったのさ!
あの子は支那シナの黒社会に通じる、
女給Rと同じカフェーで働くからね!
話はトントン拍子で進んださ!
三千代みちよつどっていた相場師には、
常宿のホテルからクロークの制服、
ちょろまかすように頼んだよ。
相場師の仕手しての事実、
三千代みちよはがっちりつかんでいたからね!
なんぼでも言う事聞くのさ!

【御米】
さっしのとおりです――
平河町ひらかわちょうの酒屋を部屋に上げました。
それは三度です……
乗り気はしませんでしたが、
美禰子みねこさんに頼まれて……
それは嫌とは言えないんです。
酒屋には葡萄酒ぶどうしゅを飲ませました。
それは普段飲まないお酒です。
葡萄酒ぶどうしゅには砒素ひそを入れて……
酒屋は具合が悪くなり、病院へ。
入院した酒屋に頼んだのです。
それは……
麻酔薬を盗み出すようにと――
そのように頼んだのです。
私たちの関係を奥さんに告げる、
そうおどすと、酒屋は言うことを聞き、
クロロフォルムを盗み出しました。

【静】
御米およねからもらった麻酔薬を、
Tのお父さんに渡したの。
莫大小メリヤス工場こうばの社長よ――
あの人、私の言うこと、
何でも聞くのよ――
私の脹脛ふくらはぎことほかお気に入りよ。
赤ン坊言葉話しながら、
脹脛ふくらはぎほおずりするのよ!
大連ダイレンにいる黒幇フェイパンのこと、教えたわ。
連鎖街れんさがい村田洋行むらたようこうの二階が隠れ家よ。
あの人、支那シナ人の苦力クーリーを雇って、
黒幇フェイパンの男を殺らせたの――
最初、自分でると言ってたくせに。
でも目的はかなえられたわ。
――すべて丸く収まったのよ!
丸く、丸くね!

【月野沙漠】
五人の女たちの連携れんけい
実に見事である!
実に! 実に!
しかし……
真相が明らかになったとしても、
実に僕の胸の内は晴れない――
なおはこの犯罪にからんでいないのか?
――実にそこが疑問である。
あああ、実に、実に!

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
乱歩らんぽ先生の幻影城げんえいじょうで、
彩女あやめさんが――
彩女あやめさんの様子が変だと、
先生から連絡が入ったのです。
幻影城げんえいじょうに急行してください!

周防すおう彩女あやめ幻影城げんえいじょうで変調をきたした。しらせを伝えた梨央りおも事情が飲み込めていない。彩女あやめは何の目的で幻影城げんえいじょうを訪れたのか――

〔幻影城〕

【江戸川乱歩】
お早いですね、喪神もがみさん!
いやね、彩女あやめさんがやってきて、
続きを教えてほしいと……
それで、即興そっきょうで話を作りました。
人格の基本をなおにする結末です。
ドア係に悩むのはなおだった――
その話をすると彩女あやめさん、
急にガタガタと震え始めて……
人が変わったみたいになりました。
――彩女あやめさん、もう大丈夫ですよ。
【周防彩女】
ご心配をおかけしました――
彩女あやめ奈落ならくに落ちそうになり、
必死にしがみつくのです。
彩女あやめの足元にぽっかり穴が空き、
両の足が宙ぶらりんとなり、
その下は真っ暗なのでした――
【江戸川乱歩】
彩女あやめさん、お話がショックでしたか?
【周防彩女】
驚きましたわ――
だって……
だって、だって!
逮捕された美禰子みねこには、
五人の人格があった――
【江戸川乱歩】
けれど、本当は、
なおが基本の人格であった――
即興そっきょうのお話ではそういう前提です。

【周防彩女】
なおさんは有楽ホテルのドア係に、
いやらしい目で見られたり、
家の近くまで来られたり――
それでドア係の殺害を、
思い付くのですわ。
――美禰子みねこの人格を使って……
【江戸川乱歩】
なお美禰子みねこに指示を出し、
黒幇フェイパンにドア係を殺させる。
美禰子みねこ大元おおもとだと思わせて、
実はなおの計略だったという、
少しアレンジしたお話です。

どうしましたか、彩女あやめさん?
【周防彩女】
私、下の部屋をのぞいていたんです。
一〇一号室、美禰子みねこさんの部屋よ。
【江戸川乱歩】
彩女あやめさん、大丈夫ですか?
あなた……もしや、なおなのですか?
【直】
たたみをずらすと、床板に節穴が。
小さな節穴ですが、のぞくには十分。
のぞして発見したのです――

【江戸川乱歩】
あ!
彩女あやめさん!
表に!
喪神もがみさん、追いましょう!

【直】
美禰子みねこさんは、半紙に私の名を書き、
それにしゅでバツをしていました。
そんな半紙が部屋に何十枚も!
――美禰子みねこさん、
私を消そうとたくらんでいたようです。
ならば美禰子みねこさんが、
身動き取れないようにすればいい、
そう思い立ったのです。
フフフフ~
あのドア係が格好の材料でした。
親切にしてもらったことがあります。
私が大荷物持って往生おうじょうしている時、
手を差し伸べてくれました。
あの人は、とてもいい人です。
でも、材料は他になかったの!
仕方ないじゃない!

【???】
いい人かどうかなんて、
関係ないよ、君はどう思う?
僕にとって必要なことをしたまでさ。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
強力なセヒラ反応です!
見たことのない波形です――

【直】
何かの本で読みました――
善人ほど犠牲ぎせいになるって。
その通りだと思いました。

【???】
きっと君だって同じことをする。
さぁ、僕をそっとしておいてくれる?
【周防彩女】
――彩女あやめ、何かおかしいのですわ!
体がむずむずするのですわ!
どうしましょう――

《バトル》

【周防彩女】
喪神もがみさん……
彩女あやめ、失礼なことしましたか?
きっとしましたわ!
どうしましょう、彩女あやめ
二度と喪神もがみさんに顔向けできません!
【江戸川乱歩】
彩女あやめさん、さぞかしお疲れでしょう。
奥で少しお休みなさい。
シナモン入りの紅茶でも、
ご用意しますよ。

喪神もがみさん……
彩女あやめさんはどこか不安定な、
そういうところがあります――
以前のゴエティア騒動の時にも、
それは感じたのですが……
妄楼もうろうのお話、そんな彩女あやめさんに、
ヒントを貰うようにして書きました。
彩女あやめさんが執筆のきっかけでした――
美禰子みねこなおを消そうとたくらむ話、
これは彩女あやめさんの創作ですね。
――でも興味深い内容です……
いやはや、今回は小説を超えて、
いろいろ騒動が起きました――
今、この帝都自体が、
不安定な状態になっているように、
思えてなりません。
少ししたら、
彩女あやめさんを送り届けます――

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラは観測しません。
本部へ帰還してください。

一篇いっぺんの小説が呼び起こした騒動は、やがて収束しゅうそくを見るにいたったが、実は地下にもぐって継続していた。
熱狂的な愛読者によって、登場人物は増え、最終的には24人の人格を生むに至る。その舞台は、12階建ての妄塔もうとうとなった。

第六章 第九話 乱歩作『妄楼』前編 

先月末、冒険青年8月号に発表された、江戸川えどがわ乱歩らんぽの描き下ろし小説『妄楼もうろう』――すぐ単行本化され、爆発的ヒットとなった。
元来、乱歩らんぽ作品好きの鈴代すずよ、当然、発売日に初版本を買った組である。普段、ひかえめな鈴代すずよであったが、乱歩らんぽの新作を語る時にはほお紅潮こうちょうさせる。事程左様ことほどさように好きなのである――

〔山王ホテルルビ―〕

【如月鈴代】
梨央りおちゃんにもお話したし、
魯公ろこう先生にもお話しました――
妄楼もうろう、すっかりそらんじましたわ!
風魔ふうまさんにはまだお話していません。
――お話の舞台は九段くだんにある、
望洋館ぼうようかんという下宿ですのよ。
女ばかり六人が暮らします。
その下宿で事件が起きます。
五人の女性が忽然こつぜんと蒸発するのです。
通報者の女性が一人だけ残ります――
【喪神梨央】
あっ、鈴代すずよさん、こんにちは!
【如月鈴代】
あら、梨央りおちゃん。
今、風魔ふうまさんにお聞かせしようと、
始めたばかりなのよ!
【喪神梨央】
鈴代すずよさん、乱歩らんぽ先生のお話でしょ?
そのことなんですが……
【如月鈴代】
ああ、そうでしたわね、
ご公務に出られるのでしたわね!
【喪神梨央】
兄さん、前に蝶々夫人ちょうちょうふじんの事変、
ありましたよね……
同じような人が市中に出たようです。
皆、妄楼もうろうの登場人物になりきって、
そのことしか話さないとか――
ちょっと様子を見てきてください。
セヒラは観測していませんが……
【如月鈴代】
それなら、私もご一緒しようかしら。
【喪神梨央】
そうですね!
お話、よくご存知ぞんじだし――
でもご用心くださいね!

〔赤坂街路〕

【如月鈴代】
ここにたたずんでいる人たち、
もしかして、そうなのかしら……
妄楼もうろうの登場人物になりきって、
そのことしか話さないって――

【月野沙漠】
麹町こうじまち署のM刑事に是非ぜひにと頼まれて、
九段くだんへとおもむいた、実にね!
実に蒸発の翌週のことだ。
【如月鈴代】
月野つきの沙漠さばくというのが、
妄楼もうろうに登場する私立探偵の名前です。
――おかしな名前ですよね?
【月野沙漠】
望洋館ぼうようかん靖国やすくに神社の裏に建つ、
実にかいな三階建の下宿館だ。
実に実に、建物は二重螺旋らせん構造で、
まるで会津あいづ栄螺堂さざえどう、実に!
窓もななめに付くというこだわりぶり!
昇り階段と下り階段が別々。
階段は一方通行という、実にね。
一〇一号室脇から昇り階段、
三階まで昇って今度は下り階段。
出口脇が一〇二号室――実に!
【如月鈴代】
望洋館ぼうようかんの階段の仕組み、
止宿人ししゅくにん同士がすれ違わない設計つくりです
望洋館ぼうようかん両国りょうごくにある椿油つばきあぶら仲卸商なかおろししょうが、
なかば道楽どうらくで建てたものと、
うわさされています。
【月野沙漠】
麹町こうじまち署に通報したのは、
実に二〇一号室のなおという女学生。
学校では仏文を専攻するという。
直の他に、美禰子みねこ御米およね三千代みちよ
しず千代子ちよこの五人、都合つごう六人が、
望洋館ぼうようかんの各部屋に住む、実にね!

望洋館ぼうようかん止宿人ししゅくにんと部屋番号は次の通り――
101:美禰子みねこ、201:なお
301:三千代みちよ、102:しず
202:千代子ちよこ、302:御米およね

【月野沙漠】
なおから聞いたところでは、
最初にいなくなったのは、
実に一〇一号室の美禰子みねこだという――

【直】
私の部屋、二〇一号室で、
美禰子みねこさんの部屋のぐ上です。
帰るとき、一〇一号室の前を通り、
螺旋らせん階段をぐるっと一周昇って、
二階の自分の部屋に入ります。
【如月鈴代】
三日ばかり美禰子みねこさんの部屋に
人の気配がなくてなおは気付くのです。
その時はあと二人も蒸発していた――
【直】
御米およねさんと三千代みちよさんがいなくなり、
これは変だなと思いました。

【赤坂署の巡査】
結局、しず千代子ちよこまでいなくなり、
なおはようやく麹町こうじまち署に通報を――

ってね、あのね、往来おうらいの邪魔です。
人が辻辻つじつじに立つと通報があり、
やって来たらこの有様。
ぜんたい何かの病質ですか、これは?
【如月鈴代】
風魔ふうまさん、少し歩きましょうか。
他に話が聞けるかもしれません。
最初に蒸発した美禰子みねこさん、
ある会社社長の二号さんでした。
でもその方、病気でお亡くなりに――

【如月鈴代】
あそこの人も……
【月野沙漠】
実に美禰子みねこを付け狙う人物がいた!
それは有楽ホテルのドア係だ、実に!
社長との逢瀬おうせの現場を抑えられ――

美禰子みねこ失踪の被疑者:
  有楽ホテルのドア係

【月野沙漠】
ああ、実に怪しい、実に!
だが、有楽ホテルを訪問するも、
愛想のいいクローク係が応対に出て、
ドア係はしばらく出張中だという。
実に残念至極しごく、被疑者は不在、
話は聞けなかった、実に!
二番目の蒸発者、御米およねであるが、
被疑者は実に平河町ひらかわちょうの酒屋――
普段から性癖せいへき好ましくないという。

御米およね失踪の被疑者:
  平河町ひらかわちょうの酒屋

【月野沙漠】
酒屋、実に電車通にて御米およねに、
ちょっかいを出したという話だ。
なるほど実に怪しい――
実に僕は聴取ちょうしゅに向かったね!
これこそ被疑者だと確信した、実に!
いよいよだ!
【平河町の酒屋】
アッシはね、他意はござんせん!
麹町こうじまち画廊がろうに配達に行ったときにね、
目に留まったお嬢さんですよ。
それがね、たまたま九段くだんのお得意先、
配達の帰りにお嬢さん見たもんでね、
ちょいと声掛けした次第で。
それが何か、あるんすかね!
ええ、アッシが疑われること、
あるんすかねぇ!!

《バトル》

【平河町の酒屋】
アッシはね、そもそも、
この三週間、ずっと入院中でね、
昨日退院したばかりなんすよ!
【如月鈴代】
今の人、御米およねさんの蒸発には、
関係なさそうです。
乱歩らんぽ先生のお話でもそうでした。
溜池ためいけの先まで行ってみましょうか。

【月野沙漠】
実に御米およねはしっかり者との評判。
男にこな掛けられても動じない、実に!
彼女は麹町こうじまち画廊がろうで働いている。
次に僕は、三千代みちよの上司に会った。
実にね、株屋のサラリーマン、
三千代みちよ庶務しょむ課ながら目利めききという。
三番目の蒸発者である三千代みちよは、
実に結構な額を、株にて利殖りしょくする――
【如月鈴代】
三千代みちよさんは株の銘柄めいがらくわしく、
よく高騰こうとう銘柄めいがら的中てきちゅうさせるのです。
斯界しかいでは名の知れた人です。
【三千代の上司】
三千代みちよ君はね、庶務しょむ課に置くのが
はなは勿体無もったいないですよ――
この二月、日台製糖にったいせいとうに買いを入れて、
千円ほどそそんでいましたよ。
日台にったいの株価はこの半年で倍に。
三千代みちよ君の目利めききに皆驚いています。
でも、それがわざわいしてか、
たちの悪い相場師そうばしに狙われて……
警察にも保護を申し出るのですが――

三千代みちよ失踪の被疑者:
  麹町こうじまち相場師そうばし

【麹町の相場師】
私のこと、悪く言う人、多いですよ。
でもね、あの三千代みちよって女ほどじゃ
ありませんよ!
あの女の口車に乗って買った、
ベツレヘム製鉄、一気に下落です。
彼女は私の持ち株で空売り大臣!
私は出汁だしにされたようなもの、
全く、殺したいほど憎い!
【如月鈴代】
風魔ふうまさん、気を付けてください!
――強い瘴気しょうきを感じます!

《バトル》

【麹町の相場師】
先週から私は逗子ずしにおりました。
三千代みちよとも一切の連絡を
っていました――
【如月鈴代】
相場師の人、事件の週は、
逗子ずしホテルに長逗留ながとうりゅうしていたのです。
始終しじゅう、愛人と一緒でした――
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
青山方面でセヒラ観測です!
溜池ためいけから公務電車を使ってください。
鈴代すずよさんはどうされますか?
【如月鈴代】
次は書道家のしずさんの同窓生に、
話を聞くことになります。
しずさんの同窓生は二人います――
【着信 喪神梨央】
それでは鈴代すずよさん、
引き続き同行お願いします。

〔青山街路〕

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
近くにセヒラ観測します。
鈴代すずよさんの安全確保をお願いします。
【如月鈴代】
しずさんの同窓生ですが、
片方が悪意をたぎらせます。
――怪人になるかも知れません。
【月野砂漠】
四番目の蒸発者、しずは書家だという。
実に古風な女性だ、実にね。
しずは実に鈴蘭女学園出身だ。
その同窓の一人、Kから聞いた話、
実に興味深かった、実に! 実に!
【静の同窓生K】
しずさんね、お友達のTさんの家に、
お呼ばれしたことがあって――
その時、Tさんのお父様が、
客間に一人でいたしずさんを……
――かどわかしたんですって!

しず失踪の被疑者:
  同窓生Tの父親

【静の同窓生K】
以来、しずさん、ノイローゼになって、
食べては戻すを繰り返すように……
【静の同窓生T】
あることないこと、
よく言うわねぇ、Kさん!
【静の同窓生K】
あら、Tさん!
私、しずさんからじかうかがってよ!
【静の同窓生T】
あの子、ノイロ―ゼですってね!
ウフフ、元々神経おかしいのよ、
そうじゃなくって?
【静の同窓生K】
そりゃ、アンタのあの親父に、
いやらしい目でまわされた日にゃ、
おかしくもなるってものよ!
【静の同窓生T】
そう仕向けたのはあの子よ!
長靴下脱いだのよ、父の前で。
みだらな生の脚をあらわにした変態アブよ!
【静の同窓生K】
変態アブはどっちかしらね?
親戚の女学生を三週間も、
納屋なやに閉じ込めた変態アブ親父でしょ!
アンタが食べ物運んだんだって!
親子で変態アブね、まったく!
【着信 喪神梨央】
セヒラ急上昇です!
注意してください!
【静の同窓生T】
アハハハハ~
アンタはどう思うのさ?
ええ、真実はひとつじゃないさ!!

《バトル》

【静の同窓生T】
父は確かに変態アブさ!
でも、しず変態アブ、みんな変態アブ
アンタも立派な変態アブさまね!!
【如月鈴代】
鈴蘭同窓生Tさんのお父上は、
莫大小メリヤス工場こうばの社長さんです。
蒸発事件の週、新京シンキョウにおいででした。
――さっきの二人のやり合い、
妄楼もうろうのお話にはありませんでした。
まったく同じじゃないんですね?

【如月鈴代】
月野つきの探偵は、五番目の蒸発者、
千代子ちよこを調べる前に、
これまでの聴取ちょうしゅを振り返ります。
そして彼は強い違和感を
覚えるのですわ――
【月野沙漠】
五番目の蒸発者は、
銀座で女給をする千代子ちよこだ、実に!
しかし、僕はこの事件に、
強い違和感を覚える、実にね!
いや、実に違和感だ――
望洋館ぼうようかんは出入りする止宿人ししゅくにん同士が、
鉢合はちあわせしない構造になっている。
ことごと干渉かんしょうを避ける作りだ、実に!
そこで五人の乙女が蒸発する。
希薄な関係の五人がそろって消える、
実にこのバランスが悪い、実に!
【如月鈴代】
月野つきの探偵は、建物に、
何かトリックがあるのではと考えます。
隠し通路でもあるのではと――
【月野沙漠】
仮に隠し通路があったとして、
実に、止宿人ししゅくにん何処いずこへ?
そして、実に、違和感の元、
もう一つある、実に。
被疑者四人ともにアリバイがある!

被疑者のアリバイ:
  ドア係(出張)、
  酒屋(入院)、
  相場師そうばし(旅行)、
  同窓の父(新京)

【月野沙漠】
千代子ちよこの調べはまだだが……
実に、どんな人物が被疑者であるか。
実に、予定を立てよう――
【如月鈴代】
手帳を月野つきの探偵は、
あることに思い至ります。
有楽ホテルのドア係の出張です。
【月野沙漠】
実に! 実に!
僕としたことが、見落としていた!
ドア係だ、出張中というが、
ドア係にいったいどんな出張だ!
怪しい、実に怪しい!
あああ、ドアドアドアだ、有楽だ!!
【如月鈴代】
月野つきの探偵はやってきた市電に乗り、
有楽ホテルへ向かいます。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
銀座方面で強いセヒラを観測!
公務電車、三番の経路を通します。
同行者の方は、
山王下さんのうしたで下車お願いします!
【如月鈴代】
少しはお役に立てましたか?
この先、お話は真相に近づきます。
気を付けてくださいね、風魔ふうまさん。

2人を乗せた公務電車は、赤坂見附あかさかみつけを経由して山王下さんのうしたへ。鈴代すずよを降ろし、そのまま銀座ぎんざへ向かった。

第三章 第三話 独逸大使館での攻防

江戸川えどがわ乱歩らんぽはアーネンエルベに拉致らちされた、その懸念けねん式部しきべ風魔ふうま独逸ドイツ大使館へと向かわせた。山王さんのう機関黙認の行動である。
公務電車は青山あおやま通を進んでいる――
その前を1台の車が走る。

式部丞しきべじょう
風魔さん!
前の車、あれじゃないですか?
大使館の公用車ですよ!
ほら!
公用車の後部座席!
あれは乱歩らんぽ先生に違いない!

青山街路あおやまがいろ

【着信 喪神もがみ梨央りお
強いセヒラ反応!
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、気をつけてください!

式部丞しきべじょう
さては、私たちは、
待ち伏せにったみたいですね。

《バトル》

式部丞しきべじょう
この市電、古い型なのに、
すこぶる速いですね!
公用車を追いましょう!

独逸ドイツ大使館〕

式部しきべ風魔ふうま独逸ドイツ大使館に向かった。
そこには独逸ドイツ大使館公用車脇に立つ江戸川えどがわ乱歩らんぽその人がいた。

周防すおう彩女あやめ
式部店長!
彩女あやめは……
――ごめんなさい!
【金髪碧眼へきがんの男】
おっと、大事な人質ひとじちだ。
それも自分から飛び込んで来た!
武装SSの衛兵を尻目しりめにしてな。

江戸川えどがわ乱歩らんぽ
いやはや、どうしたものやら……

式部丞しきべじょう
貴殿はアーネンエルベの召喚師
クルト・ヘーゲンさんですね?

【クルト・ヘーゲン】
貴様、何故私を知っている?
一体、何者だ?
式部丞しきべじょう
四谷よつやはセルパン堂の店主、
式部丞しきべじょうです。不景気な古本屋ですが、
およぶところもありましてね。
さぁ、ヘーゲンさん、
彩女君を放してもらいませんか?
その子、周防すおう彩女あやめをです。
【クルト・ヘーゲン】
ゴエティアの書を渡してもらおう。
書斎しょさいから持って逃げるところ、
身柄を確保したからな!
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
私としたことが……
気が動転してしまいました――
本は、ここに……
式部丞しきべじょう
乱歩先生!
ここは交渉すべきです。
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
本は車の中だ、座席の上だ。
持ち去るがいい――
【クルト・ヘーゲン】
流行作家とやらは飲み込みが早い。
そこのお前は、山王さんのう機関の者か――
審神者さにわ喪神もがみ風魔ふうまだな!
周防すおう彩女あやめ
乱歩らんぽ先生、いけませんわ!
彩女、彩女が早まったばかりに……
日本女性として美しくいさぎよく――
【クルト・ヘーゲン】
うるさい! 騒ぐな!
この極東フェノーストの島国に、何がある!!
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
周防、彩女さん、と言いましたね。
さぁ、落ち着くんですよ、
今はそれが一番です。
周防すおう彩女あやめ
乱歩先生……
彩女のせいで大切な御本を――
ああ、御本を!
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
本のことはもう忘れるんです。
本のことはね――
【クルト・ヘーゲン】
下がれ! 下がるんだ!
この忌々いまいましい国の忌々いまいましい連中めが!
私が去るまでここにいることだ。
ここはドイツ国大使館だ――
何故、武装SSの駐在武官がいない?

クルト・ヘーゲンは公用車に乗り大使公邸へと走り去った。

江戸川えどがわ乱歩らんぽ
周防彩女さん、もう大丈夫ですよ。
式部丞しきべじょう
彩女君……
よくぞここがわかったね!
周防すおう彩女あやめ
結局、彩女は何もできていません。
咄嗟とっさのことで……
あああ、申し訳ありません!!
彩女はもう……もう……
死んでおびを!
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
そんなこと言ってはいけません、
死ぬなどと……そんなこと……
周防すおう彩女あやめ
彩女が死んでも、
何もなりませんか?
何にもならないのですか?
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
――死ぬことで何かがせる、
そのようなことはありませんよ。
死ねば無くなる、違いますかな?
さて、ここに長居は無用ですよ、
さっさと引き上げましょう。
式部丞しきべじょう
もしや……
もしやですね、なるほど。

幻影城げんえいじょう

周防すおう彩女あやめ
彩女あやめ、もう死ぬ元気もありません。
――消えてしまいそうですわ……
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
彩女さん、しっかりなさいな。
本は無事ですよ。
奪われてなどいませんよ。
周防すおう彩女あやめ
え? それは本当ですの?
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
本当も本当、大いに本当。
ほうら、これを……

そう言うと乱歩は、立派な革装丁の古書を差し出した。

周防すおう彩女あやめ
御本ですわ!
――奪われなかったんですね!!
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
彩女さんがいなかったら、
私はあのまま連行されていました。
確実に本は奪われていたでしょう。
式部丞しきべじょう
確かに!
彩女君がいたから、車は停まった、
結果、本は守られた――
先生も堪能たんのうされたことでしょうから、
これから帝大に本格的な解読を、
お願いしようと思います。
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
しっかりやってください。
そいつはまったく、
奇書中の奇書でありますからな!
式部丞しきべじょう
さっきも聞いたけど、彩女君、
どうして独逸ドイツ大使館なんかに
行ったんだい?
周防すおう彩女あやめ
彩女、声が聞こえたんです。
それに導かれて、夢中で……
いつの間にかあそこにいました。
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
声が、ですか?
ほう、それは面白い、
いや実に面白い!!
式部丞しきべじょう
彩女君には、常人にはないものが、
あるようですね、いや本当に――
周防すおう彩女あやめ
よくわかりませんが、
彩女、お役に立てて
嬉しくなってきました!
式部丞しきべじょう
喪神もがみさん、せっかくなので、
私はここに少し残ります。
拝見はいけんしたいものもありますので。
周防すおう彩女あやめ
店長はここにみ着くんじゃ、
ありませんこと?

鉄道連隊の演習列車で新宿しんじゅくへ戻り、公務電車で彩女をセルパン堂へ送り届け、山王さんのう機関へ帰還することになった――

江戸川乱歩えどがわらんぽ

 伝奇的な作風が人気を博す流行作家。洋書、古書の双方に造詣が深く、ゴエティア偽典が帝都に集まることを察していた鋭さも併せ持つ。その勘が囁くのか、セルパン堂の店員、周防彩女さんに「何か」を感じているようで、その動静を注視する様子が窺える。
 また、存外理知的な考え方をする御仁で、浅草十二階や東京大正博覧会が帝都に現れた際も冷静に事象を分析していた。