第八章 第三話 猟奇倶楽部潜入

〔山王ホテルロビー〕

ホテルロビーに風魔ふうまを待つ客があるという。機関本部の前に風魔ふうまはロビーに立ち寄った。はたして、背広せびろ姿の人物が待っていた。

【満蒙毛織の谷崎】
喪神もがみさんでいらっしゃいますね!
私、満蒙まんもう毛織けおり谷崎たにざきと申します。
いやぁ、ウチの繊維研究所、
さんざん手こずりましてね――
なにせ標本が極小でしたから!
あはは!
でも出来ましたよ!
六十番という細番手ほそばんで朱子織サテンです。
上等な生地をお使いですな。
そめも三度黒の職人に出して、
やっとご指定の色になりました。

ロビーにやってきた梨央りおは、谷崎たにざきから風呂敷ふろしきづつ包みを受け取った。

【喪神梨央】
谷崎たにざきさん、ご面倒をおかけしました。
【満蒙毛織の谷崎】
そう言っていただくと、
苦労した甲斐かいがあります。
――しかし、秘密のお仕事ですか?
【喪神梨央】
谷崎たにざき清次郎せいじろうさん……娘さんは、
大原おおはら商業高女を志望されていますね。
先生にはまだ相談されていません。
荻窪おぎくぼとついだ里子さとこお姉さん、
熱出して頓服とんぷく処方されたとか。
夏風邪はこじらせると大変ですよ。
また牛込うしごめの弟さんは借金絡みの――
【満蒙毛織の谷崎】
うわっ!
社の用事、忘れていました!
私はこれで失礼します!

【喪神梨央】
うふふ……
すごい慌てようですね、兄さん。
満蒙毛織まんもうけおりに頼んでいたのは、
黒頭巾くろずきんです。
兄さんが倒した怪人が落とした、
小さな切れ端から、
同じ素材のものを求めました。
先程、受け取りました。

ホテルロビーに新山眞が入ってきた。

【新山眞】
黒頭巾くろずきんの人物が落とした便箋びんせん
塩化コバルトインキで印刷してあり、
飯倉いいくら技研ぎけんに回ってきました。
電磁加熱機で慎重に加熱すると、
あぶしの要領で文字が浮かび、
猟奇倶楽部の秘密集会の案内でした。
【喪神梨央】
その集会が今日開かれます。
待機場所は品川駅前――
前に猟奇倶楽部に招待された時と、
同じ場所ですね。
倶楽部の車が迎えに来ます――
【新山眞】
待機時に頭巾ずきん着用のこと――
そうあったんです、案内に。
【喪神梨央】
兄さんがこの頭巾ずきんで変装して、
猟奇倶楽部の秘密集会に潜り込み、
内偵ないてい調査するのです。

〔山王ホテル前〕

【喪神梨央】
兄さん……
全然、兄さんだとわかりません。
【新山眞】
猟奇倶楽部の連中、
妙な渾名あだなで呼び合います。
喪神もがみさんはこれを名乗ります――

そう言って新山にいやまはメモを風魔ふうまに渡した。メモには、ガニヤンテの大司祭Λラムダ師とあった。

【喪神梨央】
品川へは公務電車ではなく、
円タクで向かってください。
参謀本部の職員が運転します。
それではよろしくお願いします。

〔品川駅前〕

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし――
無線は行いませんが、
探信たんしんは続けます。
猟奇倶楽部が探信儀たんしんぎの空白地帯だと、
正確な場所は確認できません――
でも、出来る限り探信たんしんします。

【猟奇人ΩⅥオメガシックス
猟奇人ΣⅢシグマスリー様、会員の方です――
ガニヤンテの大司祭Λラムダ師様です。
【猟奇人ΣⅢシグマスリー
おお、ガニヤンテの大司祭様!
お待ちしておりました。
こちらを。つねの目隠しにございます。

黒服の男は目隠しを取り出した。猟奇倶楽部への道中は、会員であっても、知ることの出来ない秘密のようである。

【猟奇人ΣⅢ】
それではまいりますよ、大司祭様。
今日は特段のもよおしにございますゆえ。

風魔ふうまを乗せた車は、右へ左へと角を曲がり、加速や減速を繰り返しながら走った。

【猟奇人ΣⅢ】
今日は階位一位の会員の方が、
おいでになるともうかがっております。
皆、頭巾ずきん姿なのですが――
大司祭様の頭巾ずきんは新しいですね。
最近、会員になられたのでしょうか。
だとして、もうその階位ですか!
よほどの貢献こうけんがおありなんですね!
私らは準会員なのです。
永遠の準会員です――
倶楽部の場所は知りますが、
集会には参加できません――
儀式を受けると正会員になれます。
刀圭とうけい堂薬局の脳散丸のうちるがんを飲んで、
場所の記憶を飛ばすらしいです。
ノーチル、ノーチル、ですよ!

車が急ブレーキとともに停止した。

【猟奇人ΣⅢ】
猟奇人ΩⅥオメガシックス
あれを見ろ、襲撃だ!

〔四谷見附〕

そこにへ走り込んできたのは執事型ホムンクルスであった。
猟奇人ΣⅢは咄嗟に車の運転席に隠れた。

【猟奇人ΣⅢ】
猟奇人ΩⅥオメガシックス
まただ、ホムンクルス、人造人間だ!
我々を極度に警戒している!
排除してくれ!

猟奇人ΩⅥと執事型ホムンクルスは相討ちとなりともにたおれた。
辺りが鎮まったのを確かめるようにして、クルト・ヘーゲンがやってきた。

【クルト・ヘーゲン】
このトウキョウという町は、
実に緩みきっているな、フーマ!
いろんな人間が訪れては、
己が欲望を満たそうとする――
まるでソドムでありゴモラだ。
お前たちが何を求めようと、
私には関係がない。
だが、成果をかするとは残念だ。
ホムンクルスは、
我が国の宝だ、大いなる可能性だ。
それを狙うお前たちの狭量さいりょうぶり、
もう私には我慢ならない。
全個体に大型波動グローサベッレを発した。
全ては私の命で動く!!

《バトル》

【クルト・ヘーゲン】
フフフフ――
私一人を退しりぞけても無駄だ。
二個中隊を越す数の個体群が相手だ!

そう言い残し、クルト・ヘーゲンは踵を返して立ち去った。
車に乗り込んだ風魔ふうまに目隠しが渡された。車は再び走り始めた――

【猟奇人ΣⅢ】
独逸ドイツの人造人間どもは、
私たちへの警戒を強めています。
――さもありなんでしょうが……
フフフフフ~

車は猟奇倶楽部に着いたようだ。風魔ふうまは目隠しを外されやしきへと案内された。

〔猟奇倶楽部〕

洋館の中には印度インド音楽のような調べが流れ、乳香にゅうこうの香りが漂っていた。招待者たちは一様に黒頭巾くろずきん姿であった――

【大階段の審判長Λ師】
支那シナには食人の風習を今に伝える
漢字があるのですよ――
ご存知ですか?
という字は干し肉のことです。
カイは肉の塩辛のことです。
脯醢ホカイとは残酷な刑を意味します。
罪人を殺して、
その肉を干し、塩漬けにして食った、
その名残ですな、フッホッホッホ~

【神の息を浴びたるΩ師】
あら、シャクという字もありますわよ。
これは肉をキザんで薬味を混ぜたもの。
支那シナ紂王ちゅうおうは、三公を食したと、
韓非子かんぴしにありますわ。
カイシャク――
三人をそれぞれの方法で調理して、
美味しく食べたそうですわ!

【煉獄の魔獣使いΒ師】
我国にも灰屋紹益はいやしょうえき逸話いつわがあります。
京都の富商であった紹益しょうえきは、
愛人だった吉野太夫よしのだゆうが死ぬと、
火葬かそうにしたその灰を、
酒にひたして食したそうです。

【栄光に満つ嬰児Σ師】
坪井つぼい正五郎しょうごろうしるした東亜とうあひかりに、
こんな一節がありますよ――
方々ほうぼうにある貝殻かいがらくずの中から
鹿やいのししの肉と同じに、
人骨のったのが出る――
これがもしほうむったのなら、
全体がある訳ですが、そうでない、
手足の骨がバラバラになっている――

【煉獄の魔獣使いΒ師】
近親者が亡くなると食ったのですね。
そういう親類を眞肉親類マツシシオエカと言います。
死者に対する愛慕痛惜あいぼつうせきの現れですね。

【勝ち誇る黄金将軍Κ師】
ガニヤンテの大司祭Λラムダ師様――
取って置きのをお聞かせしましょう。
洪牙利ハンガリーのネダスチー伯爵夫人は、
全国から十二~十八歳の少女を雇用、
その数、二十年で六百人に及びます。
少女たちは城に着くや首をられ、
すぐさま生血をしぼられます。
血は場内奥深くの浴槽よくそうに運ばれ、
伯爵夫人の体を赤く染めていた――
若い少女の体からしぼった
血風呂に毎日入ることで、
容色ようしょくが増すとの迷信ですね――

そこへ鷹揚な様子で1人の黒頭巾姿の人物が現れた。
ホールにいた黒頭巾たちは一斉にその人物の方を向いた。

【勝ち誇る黄金将軍Κ師】
従順なる隸Θしもべシータ師……
【従順なる隸Θ師】
結局、ホムンクルスの捕獲、
上手うまく行かなかったようです。
今日は一体のみとなります――
【勝ち誇る黄金将軍Κ師】
それでは食せる香腺こうせんは、
一つということになりますか?
【従順なる隸Θ師】
香腺こうせん一つでも三人くらいは、
食せると思います。
【神の息を浴びたるΩ師】
香腺こうせんのオリーブオイル焼き、
口腔こうくうに広がるアーモンドの香り……
ああ、早く試したいですわ!
【従順なる隸Θ師】
さぁ、我らがホムンクルスですよ――

黒頭巾の一団が二手に分かれ、ホールの端に一体のメイド型ホムンクルスが現れた。
メイド型の体は濃厚なセヒラによって帯電したようになっている。
彼女の顔に表情はなかった――

【従順なる隸Θ師】
我らがホムンクルス、
先程から様子がおかしいのです。
【大階段の審判長Λ師】
何やら殺気さえ感じますが――
恐れているのでしょうか?
そういう感覚を持っているとでも?
【従順なる隸Θ師】
ガニヤンテの大司祭Λラムダ師様、
ホムンクルスの準備をします。
一緒においでください――

黒頭巾の一団はメイド型ホムンクルスを囲み、ホールを後にした。
風魔も彼らの後に続いた。

洋館の薄暗い廊下を抜け、大きな扉を開けて入った部屋はまるで手術室のようなところだった。
部屋の周囲に医療器具や薬瓶を収めた棚が並び、部屋の中央に手術台がある。
メイド型ホムンクルスと風魔が向き合う格好になった。
部屋には他に従順なる隸Θ師の名を持つ黒頭巾がいるばかりであった。

【従順なる隸Θ師】
今日はカニバリズム猟奇人の集い、
そういうことになっています。
猟奇倶楽部で捕獲している、
ホムンクルスの香腺こうせんを料理して、
食べようという趣旨しゅしです。
しかし今日はあきらめましょう。
見てください、ホムンクルスですが、
妙に気が立っています――
この子は戦う気でいます。
誰彼だれかれとなく戦いをいどむ、
その状態のようです。
喪神もがみ風魔ふうまさん、
この子と戦ってください。
逃げることはできないでしょう。
【フロイライン】
目標ダスツィル……確認ベステーティグン……
攻撃アングリフ!!

《バトル》

【フロイライン】
終了エンデ――
――終了エンデ――終了エンデ――

【従順なる隸Θ師】
――戦いは終わりました――

今回のもよおし、喪神もがみさんに
おいでいただくための計画でした。
君たちが如何いかなるを見るのか、それに近づくのが私の夢です。
――でも一向にかないません……
私はこの子を帰します。
喪神もがみさんもお戻りください。
品川駅までお送りします――

廊下に出たところで猟奇人ΣⅢが待ち構えていた。
風魔を車へ案内するという。

車は右左折を繰り返しながら進む――

【猟奇人ΣⅢ】
特別のつどい、いかがでしたか?
あっ、いえ、詮索せんさくはしません。
先程、車寄せにおいでなのが、
おそらく階位一位の方ですね。
西洋派出婦メ  イ  ドの格好をした女性と、
先の車で行かれました。
どうして一位と分かるって――
頭巾ずきん生地きじで分かるんです。
あの方のは百二十番手の極細番手ごくぼそばんて
世界でも希少な極上の朱子織サテンです。

車外の喧騒けんそうが消えた。大通りから外れたようである。不意に車は停車した。

〔銀座二丁目〕

【猟奇人ΣⅢ】
ここは銀座二丁目です。
表通りが通行止めでして――
数寄屋橋すきやばし界隈かいわいも通行できません。
申し訳ありません、
お送りできるのはここまでです。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
現在位置、確認できています。
近くでセヒラを観測しました!
帥士すいしの方向に向かっています。
警戒してください!!

路地の脇から不意に黒頭巾が現れ風魔に近寄る――

【熱砂の旅団長Σ師】
あのホムンクルスとは、
私が戦う手筈てはずであった――
戦いに負け、たおれた彼女の香腺こうせんは、
果たして如何いかなる味わいであるか。
悲しみの味わいか、いきどおりの味わいか、
香腺こうせんを口に含み、深く味わう――
舌で香腺こうせん上顎うわあごに押し付けてつぶす――
歯を使うのは彼女に失礼だろう。
それが益荒男ますらおたしなみというものだ。
そのひそやかなる楽しみを、
貴様が台無しにした!

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
探信儀たんしんぎを使ってください!!
【熱砂の旅団長Σ師】
貴様!
無線誘導があるのか!

《バトル》

【熱砂の旅団長Σ師】
き……貴様は……
山王さんのう……機関か……
神与しんよの剣ひらめけば
妖魔ようまさんじてかげうつ
東亜とうあまもり関東軍!!
【着信 喪神梨央】
銀座界隈かいわい、交通整理中です。
フォス大佐離日りにちさいしての、
パレードが行われます。
怪人がまぎれると国際問題になると、
参謀本部より巡視パトロール依頼がありました。
銀座通りへお願いします。

〔銀座四丁目〕

銀座の電車通は交通整理がされ、今まさにフォス大佐の車列が通過中であった。沿道えんどうには等間隔で兵が立哨りっしょうについている。

【京橋署の巡査】
ナチスの偉いさんですかね……
帰国されるんでしょ。
車列、意外にこぢんまりですね。
春の時とは雲泥うんでいの差ですな。
デンホフSS上級大将歓迎パレード、
歩兵連隊の車列四キロに及び、
複葉機ふくようき八機、飛行船まで駆り出して、
沿道えんどうには二十万人が押し寄せました。
紙吹雪が乱舞らんぶして、
掃除に三週間かかったそうですよ。

【着信 喪神梨央】
車列は品川駅までだそうです。
横浜港に欧亜おうあ汽船の漢堡ハンブルク丸がいます。
フォス大佐が乗船予定です。
横浜までは省線電車ですね。
品川四時一〇分発の沼津ぬまづ行、
普通車一両を貸し切るようです。
その電車に特別車はありません。
公務終了して帰還してください。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
兄さん、猟奇倶楽部の場所ですが、
やはり探信儀たんしんぎの空白域です。
一探、二探、四探、六探、
これら探信儀たんしんぎに囲まれたどこかです。
北は市ヶ谷士官学校、南は古川橋ふるかわばし
東は半蔵門はんぞうもん、西に信濃町しなのまち……
その中の何処どこかにあるはずです――
車は品川から銀座、日本橋を経由し、
本郷ほんごう春日町かすがちょう水道橋すいどうばしと、
六探内を動いて、四谷見附よつやみつけへ。
そこは山王さんのう探信儀たんしんぎを使えました。
四谷見附よつやみつけから程なくして車は停まり、
その付近に猟奇倶楽部があると――
おそらく信濃町界隈しなのまちかいわいですね。

ノックの音がして機関本部にユリア・クラウフマンが姿を見せた。

【ユリア・クラウフマン】
フーマ!
フロイラインが戻りました。
あの子、無事だったんです――
【喪神梨央】
よかったですね、ユリアさん!
それじゃ香腺こうせん調べれば、
猟奇倶楽部がわかりますね!
【ユリア・クラウフマン】
フロイラインの香腺こうせんの内容、
きれいに消されていました。
事情に明るいのですね――
【喪神梨央】
事情に明るいというのは、
つまりホムンクルスをさらった人が、
という意味ですか?
【ユリア・クラウフマン】
ええ、そうです――
アーネンエルベの情報が、
れているのかも知れません。
【喪神梨央】
他に行方不明の
ホムンクルスはいませんか?
【ユリア・クラウフマン】
今のところは……
ヘーゲンが大型波動グローサベッレを放ち、
不要な交戦が増えると思います。
行方不明が出る恐れもありますね。
フォス大佐がマンシュウへ渡り、
ヘーゲンは増長しつつあります。
ユンカー博士は、
大型波動グローサベッレには猛反対もうはんたいしています。
ヘーゲンは聞く耳を持ちません――
【喪神梨央】
アーネンエルベが分裂とかしたら、
虹人こうじんさん、大丈夫でしょうか?

猟奇倶楽部への潜入は、むしろ相手の策にはまったようなものだった。そこにはへの執着がわだかまっていた――

第四章 第八話 猟奇倶楽部の謎

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
あっ、兄さん……
兄さんあてに手紙です。
それが、差出人不明なんです――
すごく上等の封筒で、
封蝋ふうろうもついています……
――ふぅ~
帆村ほむら魯公ろこう
どうした、梨央りお
調子が悪いのか?
喪神もがみ梨央りお
ええ、ちょっと……
頭が重いんです、風邪でしょうか?
兄さん、封筒です。

梨央から渡された封筒は、立派なものだった。封蝋ふうろうを破るとはく押しのある便箋びんせんが見えた。

九頭くず幸則ゆきのり
見せてくれ。
何だって? 猟奇倶楽部くらぶにご招待?
喪神もがみ梨央りお
いきなり何ですか?
どこからいたんですか?
九頭くず幸則ゆきのり
くって、俺は虫か何かか?
――猟奇倶楽部くらぶって、アレだよな……
喪神もがみ梨央りお
猟奇グラフを発行する会社です。
でも倶楽部くらぶは編集部とは別だと、
そんな話を聞きました。
九頭くず幸則ゆきのり
ええ? そうなんだ?
梨央ちゃん、耳さといね!
どっからそんなネタ仕入れるの?
それにしても猟奇倶楽部くらぶって、
何だか秘密めかしてるよね!
喪神もがみ梨央りお
どうしてここがわかったのか……
日本橋佳木斯チャムスに猟奇人の
アストラルが大勢いました――
九頭くず幸則ゆきのり
それが何か関係あるの?
喪神もがみ梨央りお
アストラルを介して、
兄さんたちの思念が漏れたのかも。
それで猟奇倶楽部くらぶがここを知った――
九頭くず幸則ゆきのり
ええっ? そんなことあるの?
でも、そうか……
思念は考えたりすることだし――
九頭くず幸則ゆきのり
不意に漂い出すなんてことも……
ひぇ~、何だかおっかないなぁ……
ねぇ、梨央ちゃん!
喪神もがみ梨央りお
新聞では猟奇倶楽部くらぶも、
帥先そっせんヤの一つと考えているようです。
この間、そんな記事がありました――
九頭くず幸則ゆきのり
まぁ読者連中は昭和の猟奇人を
気取っているんだろ?
高等遊民のはしくれだよな――
雑誌もそうだけど、
案内を利用している連中こそ、
帥先そっせんヤなんじゃないのか?
喪神もがみ梨央りお
結構、まともなこと言いますね、
幸則ゆきのりさん!
――ふぅ~
九頭くず幸則ゆきのり
あれ? 梨央ちゃん、どうした?
何か具合悪そうだけど――
ちょっと休んでいれば?
喪神もがみ梨央りお
そうですね……
でも……猟奇倶楽部くらぶ、どうします?
九頭くず幸則ゆきのり
風魔、どうする?
向こうがこっちを知ってるって、
何か気になるよな。
喪神もがみ梨央りお
今のところ、市内の探信儀たんしんぎには、
強いセヒラ反応はありません。
九頭くず幸則ゆきのり
梨央ちゃんは休養した方がいいい。
無線は頼れないぞ、風魔。
でもまぁ、行ったほうがいいな。
お前を名指しで来たんだろ、招待状。
相手の意図を掌握しょうあくした方がいい。
きっと何かあるはずだ。
帆村ほむら魯公ろこう
ユキ坊の言い分にも一理いちりある。
風魔、ここは誘われてみるか?
喪神もがみ梨央りお
兄さん、気を付けてください。
無線できませんが、
危険がせまったら警報が鳴ります。
九頭くず幸則ゆきのり
警報って、ここで鳴るのか?
最悪の事態は避けられるってことか。
市ヶ谷見附で同伴者を待てだと?
同伴者って、誰なんだ?
――風魔、油断するなよ!

市ヶ谷見附いちがやみつけ

手紙に指定されていた市ヶ谷見附いちがやみつけまで、公務電車で向かった。同伴者もこの場所に来るとのことだった。

月詠つくよみ麗華れいか
時間どおりですわね、風魔ふうまさま!
招待状にありましたわ、
風魔さまと一緒に来るようにと。
――ちょっとドキドキしています。
でも、不思議ですわ。
風魔さまと私にだけ
招待状が届くなんて――
さて、お迎え、そろそろですわ。
【黒服の男】
お待たせしました。
月詠つくよみ麗華れいか様、喪神もがみ風魔ふうま様。
猟奇倶楽部くらぶまでご案内します。
月詠つくよみ麗華れいか
よろしくお願いします。
【黒服の男】
此処ここより先では、
お名前をお呼びする事は致しません。
お嬢様、ご主人様とお呼びします。
【猟奇人Ωオメガ
申し遅れました、私はΩオメガです。
倶楽部くらぶでは希臘ギリシャの名を付けます。
さぁ、こちらを、どうぞ――
月詠つくよみ麗華れいか
それは、目隠しですか?
【猟奇人Ωオメガ
はい。ご不便をお掛けしてしまい、
誠に申し訳ございませんが、
倶楽部くらぶは所在地も非公開となり……
倶楽部くらぶに着くまでは、
そちらをおめしになって頂けますか?
月詠つくよみ麗華れいか
その車がそうですね?
窓掛けがあるのに、
目隠しするのですか?
【猟奇人Ωオメガ
はい。念の為、
そのようにさせて頂いております。
月詠つくよみ麗華れいか
いたかたありませんわね――
では、おっしゃるようにいたします。
風魔さまも、目隠しですわよ。
【猟奇人Ωオメガ
有難うございます。
それではご案内させて頂きます。

車は滑るように走った。
まるで魔法の絨毯じゅうたんのような乗り心地だった。
だが目的地へ真っ直ぐ向かうことはせず、同じ場所を何度も走っているようであった。
角を曲がり、速度を上げたその時――
車は急ブレーキをかけて停止した。車の前に1人の男が倒れていた。男をねる寸前で車は停まったようだ。

市ヶ谷街路いちがやがいろ

月詠つくよみ麗華れいか
この人は……
大丈夫なんですね!
気を付けないといけません――
【猟奇人Ωオメガ
申し訳ございません。
あちらの男性が急に飛び出して。
危うくねるところでした。
【暗い表情の男】
あなた達が捕獲した怪人を、
すみやかに返してもらいましょうか。
私は防疫研ぼうえきけん、総務課の林です。

《バトル》

【防疫研総務課の林】
怪人を手に入れて、何をする?
お前達には……扱えない……
無理……だ……
【猟奇人Ωオメガ
一体、何の話をしていることやら――
さぁ、お車にお戻りください。
月詠つくよみ麗華れいか
防疫研の怪人とは何ですの?
猟奇倶楽部くらぶに怪人がいるのですか?
【猟奇人Ωオメガ
いえ、あの者の戯言ざれごとにございます。
さ、参りましょう。
またこちらをおめしになって――
倶楽部くらぶの決まりにございます。
月詠つくよみ麗華れいか
仕方ありませんわ。
運転にはどうか、
お気を付け下さいませね。

車は小一時間ほど走った。
坂を登り角を曲がった先で車は停止した。門扉もんぴの開く音がして、車は再び走り始め、やがて車寄せのような場所で停まった。

【猟奇人Ωオメガの声】
それでは屋敷の中へご案内します。
私にお手をお預けになり、
ゆっくりお進みください――
お足元、お気を付けて――
段差にございます……

広いホールには乳香をいたかのような、神秘的な芳香ほうこうが漂っていた――

【猟奇人Ωオメガの声】
もうよろしゅうございますよ。
目隠しをお外しになり――
随分、ご不自由をおかけしました。
さて、ここからはご自身について、
ご身分、お名前、お住いのこと等、
一切ご法度はっとにございますよ。
月詠つくよみ麗華れいか
あら、どうしてですの?
それも決まりですの?
【猟奇人Ωオメガ
はい、当倶楽部くらぶでは現実から離れ、
一猟奇人としておすごしいただきます。
身分の貴賎きせんもございません。
月詠つくよみ麗華れいか
私たちにも希臘ギリシャの名前を付けますの?
【猟奇人Ωオメガ
ゲストの方はお付けしません。
後ほど、お声がけ致します。
それまでホールでおくつろぎください。

猟奇倶楽部りょうきクラブ・ホール〕

倶楽部くらぶホールでは着飾った紳士しんし淑女しゅくじょが、思い思いに立ち話をしていた。皆、胸のところに希臘ギリシャ語の刺繍ししゅうを付けていた。

月詠つくよみ麗華れいか
ここ、とても良い香りがしますわ。
私……うっとりしてしまいます。

【猟奇人Θシータ
……

【猟奇人Λラムダ
あら、ゲストの方ですね。
お名前が……ありませんもの。
今日は帝都の流行の最先端を、
堪能たんのうできるものですって!
月詠つくよみ麗華れいか
え? これから何かあるのですか?
【猟奇人Λラムダ
ウフフフフ……
ここアーカム館では、
いつも何かが起こるのよ!

【猟奇人Σシグマ
私はね、自分の中に、
こんなにも可能性が眠るとは、
最近までついぞ知らなかったんだ!
猟奇グラフを読むようになるまで、
そういう連中のこと、敬遠していた。
普通、そうですよね――
私は目覚めたんですよ。
少年のようにはしゃぎたい気持ちで、
毎日を楽しくやってます!

【猟奇人Δデルタ
ここアーカム館では、
不定期にエベントが開かれるのよ。
今日のは特別ですって――
いったいどんなのかしらねぇ。
あそこにいるメイドさん、
あの人も猟奇人なのかしらねぇ?

さらわれたホムンクルス】
車ニ、乗セラレ、気ガ付クト、
ココニイタ……
何故ナゼダ? 何故ナゼコウナル?
【猟奇人Ωオメガ
くつろぎいただけましたか?
実は当倶楽部くらぶの会長がご挨拶をと。
会長のところへご案内いたします。
月詠つくよみ麗華れいか
私はどうしましょうか?
【猟奇人Ωオメガ
申し訳ございません。
お嬢様はこちらでお待ち下さい。

【先ほどの女性の声】
ご来館の皆様、お待たせしました。
ここにいる人造メイドが、
恐ろしき怪人と勝負します――
【猟奇人Ωオメガ
それでは、こちらへ――

【猟奇人Ωオメガ
会長はを見たいと仰ります。
審神者さにわ、召喚師、ホムンクルス、
それに怪人はを扱う――
それらの者以外はが見えない。
それをなんとか見られないか――
実は当館に一人の怪人がいます。
防疫ぼうえき研究所から脱走した被験者です。
何故かそれをけられました――
倶楽部くらぶ会員には憲兵もおります。
そこは抜かりなく手を回して
逃げた被験者を捕獲したのです。
これよりホールにて、
ホムンクルス対怪人の戦いが、
まさに実演されるのです。
賓客ひんきゃくの中にはが見える者が、
一人くらいはいるかも知れない――
会長はそれを期待されているのです。
猟奇人は普通の人間にはない感覚を、
そなえるかも知れませんから。
実は会長は猟奇人ではないのです――
それでは参りましょうか――

お、お前!
何故ここにいる?
戦う相手はホールだ!
【被験者チ】
うるせぇ!
相手は俺が決めるんだ!

全身に怒りをたぎらせる男は、猟奇人Ωオメガを物凄い力で突き飛ばした。

【被験者チ】
へへへへ、
俺はな、自由を得たんだ!

《バトル》

【被験者チ】
ヘヘヘ――
やっと……自由に……なれる……
【聞き憶えのある声】
喪神もがみ風魔ふうま
まさか、貴様もこの会合に?
鬼龍きりゅう豪人たけと
ふん……
審神者さにわと召喚師とが招待受けた、
そういうことなんだな。
怪人を戦わせて、客の中に、
の見える者がいるか調べる……
主宰者しゅさいしゃ魂胆こんたんはそんなところだろう。
要は客そのものが実験材料、
その中に俺達も含まれているのか――
あまりいい気分じゃないな……
探られているようだ。
月詠つくよみ麗華れいか
豪人たけとさま!
豪人たけとさまもおいでになって
いたのですね!
鬼龍きりゅう豪人たけと
麗華れいか! お前も呼ばれたのか?
――連中、一体何を知っている?
月詠つくよみ麗華れいか
豪人たけとさまにも招待状が?
鬼龍きりゅう豪人たけと
もう充分だ、風魔。
麗華、ここに長居は無用だ、
あの男に車を用意させる。
このやかたからは勝手に出られない。
どこもかぎがかかっていてね。
風魔、お前も帰るむね伝えるんだ。
この件、一度、事情を調査する。
その時は貴様も協力するんだ。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

来た時と同じように、風魔ふうまは目隠しをされ、黒服の男の運転する車で市ヶ谷見附まで戻った。市ヶ谷見附から公務電車で本部へ帰還した。

九頭くず幸則ゆきのり
何だ、早かったじゃないか!
それで、どんなだ、猟奇倶楽部くらぶ
おかしな連中の巣窟そうくつか?
ああ、梨央りおちゃんは風邪みたいだ。
家に送って今戻ったところだよ。
千本屋せんぼんやに行って水菓子でも調達する。
熱にはアレが一番だろ?
帆村ほむら魯公ろこう
先ほど、歩三ほさん玄理げんり派の常田つねだ大佐から
電話があってな――
報告書を上げるので、
お前にも目を通して欲しいと。
いつになく殊勝しゅしょうな様子だったな。
もう今日は切り上げて、
梨央の面倒でも見てやれ。

猟奇倶楽部ノ宴 -後編-

猟奇倶楽部ノ宴 -前編-