第九章 第十三話 東京黙示録

12月25日、先帝祭で祭日であった。
ホテルでは午後の早い時間に人払いされ、従業員も宿舎に待機となった。
溜池通には軍用トラックが二台停められ、数人の立哨が警備に付く。

クリスマスパーティは中止となり、
客のないロビーに飾りがむなしく輝いていた。

そして皆が案じている
虹人こうじん行方ゆくえ――
数百年の時を越えた思念の繋属けいぞくが、虹人の中に白金江しろかねこうを形成するに至った。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
虹人さん――
この時間になっても、
波形も全然観測されません!

隊長……
虹人さんは自分の中に白金江の
姿を見ていたんでしょうか?
【帆村魯公】
何かしら感じておったに違いない。
だが受け入れはしなかった――
虹人と名前を変えたわけだしな。
【喪神梨央】
こうって言う名前、
お父様がお付けになったんですね。
【帆村魯公】
そうだ……
変わり者の親父だ。
親父は虹人が生まれて半年ほどで、
姿をくらませてしまった。

ノックの音とともに九頭が姿を見せた。

【九頭幸則】
歩一の九頭くずです。
先生、隊の方で、
小耳に挟んだことがあって――
【喪神梨央】
虹人さんの行方でも、
わかったんですか?
【九頭幸則】
いや、そうじゃないんだ。
鈴代の叔父おじ山郷やまごうの方に、
内偵の入った形跡があると――
【帆村魯公】
ほう!
さては内務省でも動いたかな――
【喪神梨央】
殿下の仰っていた有澤機関、
あそこじゃありませんか?
だとすると――
【九頭幸則】
拠点はセルパン堂、だよね?
休暇の准尉じゅんいに行かせたよ、
目立たぬように平服でね。
【喪神梨央】
セルパン堂にですか?
式部しきべさん、いなくなったんですよ。
【九頭幸則】
梨央りおちゃん、裏切られたみたいで、
怒ってる?
【喪神梨央】
あまりいい気はしません。
私たちのことも探っていたんです!
身内のように思っていたのに――
【九頭幸則】
でも敵というわけでもなさそうだ。
准尉じゅんいがこれを持って帰った――

【帆村魯公】
これは芭蕉ばしょうの句だな。
漁火いさりびかじかなみしたむせび――
【喪神梨央】
かじかって魚ですよね?
鳴いたりするんですか?
――むせぶって……
【帆村魯公】
昔、かじかかわずの区別がなくてな、
かじかは鳴き声を立てると思われていた。
漁火に驚いたりしてな。

そういや梨央、
前に鰍沢かじかざわの話、なかったか?
【喪神梨央】
ありました!
赤坂哈爾浜ハルピンのお熊アストラルです!
それと――
式部さんも鰍沢かじかざわの落語聞いたと、
そう話していました。
【九頭幸則】
この俳句は、
何か意味を含むのかなぁ……
入口の引き戸にしてあったそうだ。
【帆村魯公】
うむ……
鰍沢かじかざわちなむ場所は何処どこだ?
甲州か――
【喪神梨央】
そうです、甲州きっての急流です。
吉原女郎だったお熊は……
【九頭幸則】
どうしたの、梨央ちゃん?
【喪神梨央】
お熊は心中にしくじって、
しばらく品川溜めに置かれます――
【九頭幸則】
それじゃこのカードは、
品川にいざなってるんじゃないのか?
そうだよ、風魔!

【喪神梨央】
どうしますか?
品川に怪人の報告はありませんが。
それにそろそろ日も暮れます。
【帆村魯公】
構わん!
梨央、公務電車の手配だ。
中尉も同行してくれ!
【喪神梨央】
承知しました!
品川まで手配します!

【九頭幸則】
行こう、風魔、
何があるかわからんが――

〔吉原遊郭〕

式部しきべの残したカードにヒントを期待して、九頭くず風魔ふうまは品川遊郭ゆうかくへ。
遊郭一帯は物々しい雰囲気だった。軍用トラックが何台も停まり、憲兵や兵が方々に展開している。

【九頭幸則】
何だ、騒然そうぜんとしているなぁ――
それにこの憲兵らはどこから……

【死骨崎憲兵中尉】
おい、貴様!
ここで何をしている!
【九頭幸則】
そっちこそ……
これは公務なのか?
【死骨崎憲兵中尉】
なんだと?
公務だとぉ?
俺達の公務なんざ、
とっくに終わってるんだ!
擅権せんけんの大罪など関係ないわ!!

そう言うなり憲兵は脱兎のごとく走り去った。

【九頭幸則】
どうやらめいあるわけじゃなく、
勝手にいきり立っているようだ。
――それにしても……

何だ、この甘い匂いは……
どこかで嗅いだことあるぞ!
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ観測しました!
すぐ近くです!

そこへ太った将校らしきが駆けて来た。右の肩章は大尉だが左には少佐のを付けている。

【地獄谷上級大佐】
無念だ、無念だ!
せっかく上級大佐まで上り詰め、
これからだと言うのに!

貴様らは悔しくないのか!
【九頭幸則】
じょ、上級大佐ですか?
――まるでナチのようです。
【地獄谷上級大佐】
うるさい!!
我が帝国陸軍はナチなどではない!
神洲大八洲しんしゅうおおやしまから世界をべる、
選ばれし神民の軍隊だ!

その最たるは東京ゼロ師団!
またの名をゼームス師団――

国立防疫研究所――
戸山砲工学校――
渋谷憲兵大隊――
全ては泡沫うたかたの夢であったか――
【九頭幸則】
わかってますよ、大尉。
すべては魔の力で仮構されたもの、
この甘い匂いとともにね!
それを泡沫うたかたとは――
随分とロマンチストですね!

【地獄谷上級大佐】
地獄谷じごくだにの名を得た夜、
私は生まれ変わったのだ!
う・ま・れ・か・わ・っ・た!
【九頭幸則】
地獄谷……
こりゃすごい名前もあったもんだ。
(風魔、気を付けろ、相当なもんだ)

【地獄谷上級大佐】
どうせちるところは同じだ、
貴様らを道連れにしてやる!!

《バトル》

【地獄谷上級大佐】
……荒川の……
帝国……モスリン……
あすこだけは――

――うっ
【九頭幸則】
帝国モスリンの他はどこだ?
まだあるんだろ、工廠こうしょうが!
――おい、答えろ!
【地獄谷上級大佐】
――

謎の将校は斃れ、そのままセヒラと化した。

【九頭幸則】
山本――
少尉だが同輩の付き合いだった……
奴は近づきすぎたんだ。
帝国モスリンに――

いや、違う!
工廠こうしょうにだ!

そして――
工廠こうしょうはまだ他にもある!
だが……場所はわからない――

そこへ芸者がしなを作りながら歩いて来た。

【品川芸者幾松】
四谷からお越しのお二人様かしら?
【九頭幸則】
四谷?
――あ、ああ、そうだ、四谷だ。
ここから来た。

九頭は咄嗟とっさにセルパン堂にあった、式部の残したとおぼしきカードを見せた。
それを見た瞬間、芸者は体を硬直させた。わずかに震えてもいる。

【品川芸者幾松】
嘘と誠の二瀬川ふたせがわ
だまされぬ気で~
だまされて~

妖艶な声で端唄はうたを愛唱すると、芸者幾松いくまつうつろな表情となった。
そして別な言葉を口ずさみ始めた――

【品川芸者幾松】
山郷やまごう、甲府にて甲斐絹かいきを扱う、
屋号は山郷絹糸けんし
最寄りは富士身延みのぶ鉄道
金手かねんて停留所――

芸者は報告書を読むような口調で、
山郷についての調べを述べた――

芸者は音もなく消えた。

【九頭幸則】
芸者は暗示をかけられた――
そんな感じだよな。
山郷側調査の内容を、
芸者に覚えさせてあるようだ。
これじゃ漏洩ろうえいは難しそうだな。

そこへもう一人、芸者が現れた。そして端唄の調子を披露した。

【品川芸者稲貞】
青いガスとう 斜めに受けて~
白い襟足えりあし 夜会巻き~

芸者は新京シンキョウに在る山郷の取引会社、柞蚕糸さくさんし問屋の満蒙絲線まんもうシーチェンについて語った。
山郷は社長の好文海ハオウェンハイに取引を持ちかけている。

芸者は音もなく歩き去った。

【九頭幸則】
柞蚕さくさんが不良で新京シンキョウハオ社長は困り、
山郷は甲斐絹かいきを調達したそうだ。
おかげで急場をしのげたと――

その見返りに山郷は、
太古たいこに北支に落ちた隕石いんせきをもらう。
その隕石をどうするつもりだ?

また一人、芸者がやって来た。またもや端唄の調子だ。

【品川芸者菊丸】
お前とならば どこまでも~ 
箱根山はこねやま 白糸滝しらいとたきの中までも~

芸者曰く、山郷は隕石いんせきの力で麗華れいかに深い霊異りょういをもたらし、その力を利用して支族末裔まつえいの思念を呼ぶ――
山郷はどこまでも
力に固執していたのだ。

芸者が去った。

【九頭幸則】
山郷は麗華さんに何をしたんだ?
それに……
どうやって麗華さんを呼び出した?
泣く子も黙るあの関東軍が、
麗華さんを保護していたんだろ?
容易よういには手出しできんぞ――

またもや芸者が来る。

【品川芸者市若】
雪はともえに降りしきる~ 
屏風びょうぶが恋の仲立ちに~

端唄に続けて芸者は、東雲しののめ流に伝わる香合こうごうは、互いに瑞祥ずいしょうを現すのだと語った。芸者にたくされた言葉はこれが最後であった――

芸者は遊郭の路地を歩いて行った。

【九頭幸則】
麗華さんに協力お願いすれば、
山郷の香合こうごう瑞祥ずいしょうを表して、
それで居場所がわかるはずだ。
麗華さんは鈴代がかくまっている、
そうだよね?

俺、鈴代の家に行ってくる!
瑞祥ずいしょうとやらが現れたら、
そこが山郷の居場所だ、
急ぐんだぞ、風魔!

九頭くず鈴代すずよの家に円タクを飛ばした。
二つのアルツケアンを取り込んだことで、古式東雲しののめ流の奥義おうぎ会得えとくした麗華――
まだ強い霊異りょういを現すには至らないようである。

【着信 喪神梨央】
先程、紀伊国坂きのくにざかで、
芽府めふ須斗夫すとおの身柄が確保されました。
麹町こうじまち署の巡査にです――
機関本部で山王さんのうホテルに部屋を取り、
今はそこで休んでいます。
独逸ドイツ大使館で名前を思い出し、
その後の意識がないそうです。
大使館からは一キロ少々です……
彼は歩いてきたと思われますが、
紀伊国坂きのくにざかで車から降りた、
そんな目撃もあるのです。

ホテルの屋上から、
瑞祥ずいしょうを探しますがまだ見えません。
見つかり次第しだい、連絡入れます。

東雲しののめ流の霊異りょういしずまっている。
しかし受継がれた香合こうごう瑞祥ずいしょうを現すという。
それは空に差す霊光として現れるのだ。

果たして瑞祥ずいしょうは現れた。
山王さんのうからほぼ東の方角、銀座の辺りに霊光が差したのだ。

夕の空に現れた瑞祥ずいしょうを手がかりに、銀座方面へ公務電車を走らせる。
四丁目を過ぎたところで電車は停止した。

〔銀座街路〕

銀座の電車通には異様な光景が広がっていた。大通の中央に巨大な繭玉がいくつも重なり、巨大な一つの塊を為していた。黃灰色の繭玉は、むっとするような熱気を発していた。

市電は通行止めとなり、車も止まらされていた。京橋署の巡査が総出で物見遊山の市民を押さえ込んでいた。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
幾つもの波形を観察します。
まだセヒラはありません――
波形の数、尋常ではないのです!

脇の路地からスーッとレンザが現れた。

【吉祥院蓮三郎】
風魔ふうまさま――
あれは何でございましょうか?
私、不思議な感覚がしたのです。
それを頼りにここへ来ました。
そうしたらあのようなものが――
さしずめ、まゆというところですか?
それも幾多いくたまゆが合わさり――
一つ一つがとても大きいですよ!

レンザがはっと目を見開いた。その視線の先、巨大な繭玉の塊から白い霧のようなものが現れているのが見えた。銀座の電車通が見る見る白くなっていく。

【吉祥院蓮三郎】
何か気配がします!
風魔さま!
お気を付け遊ばし!!

レンザの姿が白い霧のようなものにかき消されてしまった。

〔白の狭間〕

そこは時空の狭間であろうか。不透明な白い空間が広がっていた。
空間が歪んだかと思うと山郷武揚が現れた。山郷はセヒラを帯びている。

【山郷武揚】
君たちはこのような機械で、
人をさぐっていたのかね?
いや、よく出来ている。
人も波形を現すとはな――

牛頭の賛同者が飯倉いいくら技研にもいてね。
機械が示してくれたんだ。
ひときわ目立つ波形が二つ――
思わぬ僥倖ぎょうこうだったよ!
一つはここにいる――
遠い過去からの繋累けいるいだ。
そしてもう一つ――
私にとっては馴染み深いものだ。

アルツケアン!
はははは、まだ残っていたとはな!
あの書生風情が大使館から持ち出し、
三宅坂みやけざかを下っていた――
さっそく迎えの車を用意したよ。
今宵こよいはやけに冷え込む。
歩くと風邪を引くからね!

一瞬、周囲が白く輝いた。

【山郷武揚】
北支の隕石いんせき月詠つくよみ麗華れいかを満たした。
人の役に立てて実に嬉しい限りだ。
達成感は空虚くうきょ感をもたらす――
私の中に小さな穴が空いてね。
それをめてみよう、そう考えた。
はからずとも私は導かれた。

アルツケアン――
私のために残っていたのだよ、
私を待ってくれていたのだ。
これをなんとかしないと、
万能の石に申し訳なくてね!
君もそう思うだろう?
私は僥倖ぎょうこうを得たのだよ!
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし!!
尋常じんじょうではないセヒラです、
最大限の警戒を!!
【山郷武揚】
おやおや、こんなところにまで!
技術はける――
しかし人生はかくも短い!

《バトル》

山郷は風魔を見ている。しかしその視線はもはや風魔を捉えてはいなかった。

【山郷武揚】
見てくれ!
第五齢の熟蚕じゅくさん相成あいなった!
じき排尿するぞ!
排尿が終わると吐糸としを始める。
愈々、営繭えいけんに取りかかるのだ!!
さぁ、私をまぶしに収めてくれないか。
上蔟じょうぞくが終わると、吐糸を始めるぞ。
私は完成の域にあるのだ――

一瞬、周囲が白く眩しく輝いた。

【山郷武揚】
何だ? どうした?
私は……これは……
又昔またむかし? 赤熟せきじゅく? 小石丸――

違うのか!!
――かいこの種類は何だ?
これは……家蚕かさんではないのか!

再びの輝き――

【山郷武揚】
まさか……
北支の柞蚕さくさん――
好文海ハオウェンハイの作った白黄斑山繭しろきまだらやままゆなのか!

はぁはぁはぁ~
全滅したのではなかったのか――
私の持ち込んだかびで。

ウアハハハハ~
そうだよ、斑僵病まだらきょうびょうで全滅だぁ~
ハオ柞蚕さくさんは全滅だぁ~

周囲が白く輝いた後、真っ暗になった。
暗闇の中で山郷がもがいている。しかしその声はは聞こえない。山郷は強烈な幻覚におそわれていたのだ。
その幻覚は現実に一端いったんあらわした。
山郷は口から大量の糸を吐いたのだった。吐糸は果てることなく続いた。

【吉祥院蓮三郎】
ひゃぁ~
大変でございます!
黄色い糸がそこいら中に!!

【着信 帆村魯公】
風魔ふうまよ、山郷やまごうはアストラル化した。
レンザが見た糸は幻覚だぞ。
【着信 喪神梨央】
兄さん、銀座通ですが、
もうじき通行止めを解除します。
近くに虹人こうじんさんらしき波形も……
先程までは日劇前で確認……
今は波形は不安定ですが、
通行戻る前に急いで下さい!

〔日劇前〕

人の姿のない日劇前に虹人がいた。
虹人は白い光をまとっている。風魔に並ぶレンザが一歩踏み出した。

【吉祥院蓮三郎】
なんとなくこの辺りではと――
私、最近、えてきております。

虹人さまに古よりの繋累けいるいが及ぶと?
――私にはまだのように見えます。
さしずめ私は及び損ねた存在――
それゆえ、よく分かるのです。
まだ及んではおりません。

虹人を包む光が一瞬だけ大きく広がった。光は虹人の内側をも照らすかのようだった。

【吉祥院蓮三郎】
何でしょうか?
【帆村虹人】
やぁ、風魔!
すっかり審神者さにわのなりが板についた。
自分でもそう思うだろ?
今通う道場は目黒だよね?
競馬場跡近くの目黒不動だね。
省線駅から東横乗合を使うんだろ?
兄貴は目黄道場も開くって――
小松川区、荒川の西岸だよ。
総武本線の平井が最寄りだって。
目黄道場が開かれたら、
僕はそっちに通うことになりそうだ。
ちょっと遠いんだけど――
赤坂山王さんのうに特務機関を作る話も――
そうなれば、風魔、
お前と一緒になれるのかな?

虹人は相変わらず白い光の中にいる。

【吉祥院蓮三郎】
これは少し過去の話のようです。
時間が巻き戻ったみたいです。

虹人を包む光が大きく揺らいだ。

【吉祥院蓮三郎】
気を付けてください、風魔さま!
【帆村虹人】
目黄不動は府立七高女の近くだ――
高女といえばだよ、風魔、
面白い話があるんだ。

オフィーリア誌にページいて、
君影きみかげたよりをもうけることになった。
読者交流が発展するな!

虹人の光が一層の輝きを増す。

【帆村虹人】
――鈴蘭すずらんの子たち、
みんな僕のことを、
シロカネコウと呼ぶ――

虹人の周囲にセヒラが集まり始めた。その勢い、濃度ともにこれまでにないほどである。

【着信 喪神梨央】
気を付けてください!
セヒラ急上昇です!

セヒラの紫色が、先程までの白い光を追い出したかのように、虹人はすっかりセヒラに呑まれている。

【帆村虹人】
風魔には聞こえているかい?
まるで自分のことのように――
この言葉が僕をめぐるんだ。

全魔域パンデモニアムはルシファーの城府、
かの輝ける星をサタンにたくらべて、
かく呼べる――

虹人の声が遠ざかり、やがて周囲から光が失せた。
真っ白な空間に一台のラヂオがある。
ノイズ混じりの声が聴こえる――

安寧あんねいですか? 安寧あんねいですか?
――皆さま、どなたも、安寧あんねいですか?

淀橋区・東洋ホテル――
山梨からの上京時、山郷武揚の定宿である。山郷は甲府市内で生糸きいと商を営んでいる。屋号は山郷絹糸けんしであった。

【山郷武揚】
ついに興亜撚糸ねんしとの商談が決まった。
これで念願ねんがんかなった――
私たちの努力がむくわれたのだ。

今夜は泊まらずに夜行で帰ろう。
朝の四時頃には甲府に着くはずだ。
そのまま社で仮眠を取ればよい。
明日、朝一番に社の皆に知らせよう。
吉報きっぽうだ、皆、喜んでくれるぞ!
眠いなど言ってはおられんな!

四谷区・塩町尋常じんじょう小学校――
鈴代すずよ九頭くず風魔ふうまたちの出身校だ。
この春、音楽訓導くんどうとして赴任ふにんした柴崎周しばさきあまね。五月の合唱会に向けて練習に余念よねんがない。
毎年、唱歌夏は来ぬが選ばれる。

【柴崎周】
はなの 匂う垣根かきね
時鳥ほととぎす 早も来鳴きて
忍音しのびねもらす 夏は来ぬ~♪

我が胸に響くは子らの歌声だ。
伸びやかなる声は初夏の空のように、
瑞々みずみずしく、くもりのないもの――
子らの歌声を聞いていると、
私の心も洗われるようだ。
さぁ、今日も練習にはげもう!

赤坂区・料亭一繁いちしげ――
四谷荒木町の万屋よろずや御用聞ごようぎきに来ていた。万屋よろずやは屋号を木曽屋きそやという。酒や乾物かんぶつも扱う大店おおだなである。
小森こもり時夫ときおは木曽屋の番頭ばんとうであった。

【小森時夫】
一繁いちしげさんで政治家の壮行会があると。
麦酒ビールが二十ダースとは大注文おおちゅうもんだな!
きっと親爺おやっさん、喜ぶぞ!
確か日本平世党の政治家だと――
春はあけぼののような穏やかな世の中は、
平世党のおかげだなぁ……

いけない、いけない、いけないぞ!
塩町の如月きさらぎさん宅に向かわないと。
如月きさらぎさんは木曽屋の大得意だしな!

京都市伏見区・墨染すみぞめ――
輜重しちょう兵営第十六大隊の隊附中尉、鬼龍きりゅう豪人たけと
士官室の窓辺に置いた机に月光が差す。その灯りを得て、鬼龍は手紙をしたためている。西陣にしじん商家の娘、小原時子に宛てである――

【鬼龍豪人】
もうじき中秋の名月ですね。
今年は九月十二日だそうです――
来週の木曜日になります。昨年、君と嵐山で拝観はいかんした秋月しゅうげつは、今も私の心を照らしています。いささかのかげりを含ませた物憂ものうげな光――
なげけとて 月やは物を思はする 
かこち顔なる わが涙かな――
西行法師の歌を君に贈ります。豪人

日本橋区・興亜百貨店――
バンカツこと坂東勝一郎の読書会が開かれる。バンカツとは帆村ほむら虹人こうじんのペンネームだ。冒険少年年末号に六十八ページにわたり、書き下ろしの冒険小説が掲載けいさいされるのだ。

【帆村虹人】
南海の蒼風そうふうは構想二年の大作だ。
海賊に育てられた少年が成長し、
海の軍閥ぐんばつを率いる話だ。
波高い満剌加マラッカの海を舞台に、
海賊や賊軍相手に戦いを繰り広げ、
やがて海の支配者になっていく――

話は今日の読書会で初めて披露ひろうする。
先月号にその案内が載ったが、
わずか三日で予約は埋まったそうだ。

麻布あざぶ区・麻布あざぶ市兵衛いちべえ町――
聖宮ひじりのみや邸に植木職人新山眞にいやままことの姿があった。
東京電気通信工業を休職中の新山は、陸軍登戸のぼりと研究所の依頼いらいでく号兵器開発のかたわら、植木屋松巧まつこうの職人として働いていた――

〔聖宮邸庭〕

白い霧に覆われた宮邸の庭。垣根の低木を選定していた庭師が立ち上がりこちらに来た。庭に姿を見せた風魔に気が付いたのだ。

【新山眞】
おうちの方でいらっしゃいますか?
――私、植木屋です。
いやぁ、今日は五月晴れですな!
梅雨なのに五月とはこれ如何いかに?
ははは、旧暦ですよ、旧暦。
旧暦では梅雨は五月だったのです。
梅雨の合間の晴れを五月晴れ――
今日みたいな日和ひよりのことですね。

今日の剪定せんていはほぼ終わりました。
久しぶりに社に顔でも出しますか。
はは、こう見えても技術屋なんです。

突然、辺りが紫色に変わった。セヒラに満たされようとしているのだ。
そこへバールが現れた。バールは風魔をまっすぐ見て言う。

【バール】
ここに長居は無用だニャ!
すごく危険だニャ!
【バールの帽子】
ゲロゲロ、ここには何もない、
喜びも悲しみも、愛も憎しみも、
何も何もないゲロよ!
【バールの帽子背後】
無限に広がる虚無きょむの世界じゃよ。
皆、本心を押し殺して暮らし、
そのうち本心さえなくなった世界だ。
【バールの帽子】
誰もがうわつらだけで生きているゲロ、
早くこんなところからずらかるゲロ!
【バール】
ん?
誰か来るニャ!
風魔、気を付けるニャ!

邸の方から聖宮がやって来た。

【聖宮成樹】
何か騒がしいですが――
どうかされましたか?

その時である、白い霧が一気に晴れて明るい庭となった。

【新山眞】
喪神さん!
――ここは……
私は……何をしているでしょうか?
――この庭で……

【聖宮成樹】
――
――喪神……さん?

一瞬、世界は白い霧に包まれかけた。しかしすぐに晴れる。

【聖宮成樹】
喪神さん!
ご公務でいらっしゃいますか?

周りの光景が滲んで消えた。
薄暗闇の中に風魔は立っている。
不意に声がした。

【???】
風魔――
私よ、淑子としこよ。
今、あなたを近くに感じるわ。

風魔――
あなたに会いたいわ……

風魔は声の方へと歩き出した。
そこへバールが現れた。

【バール】
風魔、耳を貸すんじゃないニャ!
さぁ、事変の世界に戻るニャ!

風魔は闇に呑まれてしまった。

1935年12月26日未明――
愈々いよいよ、新しい天地が現れようとしていた。それは柴崎が求めて止まなかった混沌カオスの世界であった。

あらゆるものが不整合に融合し、歪み、軋んだ音を立てている世界であった。
それこそが悪魔の望む世界なのである――

しかしそこにもう一つの力学が作用して、二つの世界は弾かれようとしていた。
その中央に姿を見せるのが虚無の世界であった。綾部研究員が言及した世界だ。

【着信 喪神梨央】
兄さん!
同じ場所に三つの波形があります!
――兄さんが立っている場所です!
これだと兄さんが三人いる、
そういうことになってしまいます!
ドッペルゲンガーではありません!

【着信 新山眞】
三本の世界軸が接近している、
どうもそのようです。
混沌世界、虚無世界、そして現世――

一本に合わさるのでしょうか?
それとも――

再び周囲から光が失われた。
3つの世界の狭間に吸われたかのように。

そこに虹人がいた。
風魔を見据えるその目は歓喜に輝いている。

【シロカネコウ】
長い間、眠っていたワ!
十年、いや二十年……
その前からすると、もっとヨ!

お前が私を待っている人なの?
そうぢゃないのか知ら?
違うならどうして此処ここに居るの?
待っていたんでしょ?
さっきまでの人は、
すっかり居なくなっちゃったワ。
だからぐに繋がるのヨ!

あら、嬉しかないの?
嬉しいはずヨ、屹度きっと
ほら、私ヨ、見て、見て、見て!!

《バトル》

【シロカネコウ】
やっとね!
やっとよ……
随分と長かったワ!

星の夜に大君ルシファーは昇りゆく
その暗の統御とうぎょあぐむんで 
雲の半ばにおおはれた廻球かいきゅうの上に

魔は揺らぎゆく

虹人の体から色が失われた。
そして不自然な姿勢でのけぞっている。その胸の辺りか真っ白に輝く気体が立ち上る。
光でもない、煙でもないそれは、やがて人の形となった。

今年、五度目の日蝕にっしょくが南極地方で発生した。

帝都にもたらされた予言は現実のものとなった。
第五の予言
世界は光と闇の天秤てんびんによって計られるであろう

第六の予言
無垢むくなる力が真の導きを為すであろう

第七の予言
日蝕ひくく明け新しき天地あめつちひらかれり

第八の予言
全地の主なる大王あらわれり

第九の予言
すべては新王のたなごころに收まるであろう

第四までの預言はついぞ語られなかった。

帝都事変を経て世界は3つに分かたれた。
事変、虚無きょむ、そして現世という世界――

予言はそのことをまさしく言い当てていた。
いつしか予言は東京黙示録と呼ばれ始めた。
それを知るごくわずかな者たちの間で。

特異点は大震災のあった1923年だった。
その時から世界軸はわずかにずれ始めていた。

ずれが愈々いよいよ極大化したのだ――

混沌世界と現世、この二つが接近し、離反したことで虚無世界が現れた。
三本の世界軸はしかし合わさることはなかった。ただそれにより、歴史は大きく巻き戻ることになる――


1904年3月17日、硫黄島いおうじま
16時30分44秒、ここに金環日蝕が始まった。その光を受け、すべての始まりとなるひとつの結晶が生まれた。

小さなケアン――

やがて光と闇の交錯する地に漆黒の穴が開いた。五分ほど続いた金環蝕の終わる時、ケアンは音もなくその穴へ吸い込まれて消えた。

二十世紀初頭の特異点から新たな歴史が始まった。そして世界軸は三本に分かたれたままである。

1904年、この歴史上の特異点から真の20世紀は始まった。再生の特異点として、後にルネサンスと呼ばれる。
やがて合わさる時まで、世界軸は三本に分かれたままである――

現世軸にも帝都はあった――

〔赤坂街路〕

赤坂街路――
電停から市電が発車するや、子どもたちが車道を駆け渡る。
市内で一斉に桜が色づき、まさに春爛漫らんまんの時季を迎えようとしていた。

時は1935年4月――
セヒラもゲートも存在しない世界――

【九頭幸則】
なんとかに潜り込めた――
近歩一きんぽいちなんて無理な相談だよな。
ま、でも習うより慣れろというからな!

尋常の同級でただ一人の軍人だ――
風魔ふうま審神者さにわ免許皆伝めんきょかいでんだと言うし。
みちは違うが、ある意味競争だな!

【如月鈴代】
山郷やまごう叔父おじ様と力を合わせて、
東雲しののめ流を護らないと――

降りた神を見極める神眼しんがん
そう簡単にはそなわることなど、
あり得ませんが!

【喪神梨央】
丹那たんなトンネルは一昨年おととしに貫通、
鉄道ダイヤが組まれたのは去年です。
去年末、省線のダイヤ大改正が――

前に淑子としこ姉さんを見舞った時は、
ダイヤ改正前でしたね。
東海道線三島駅から、
駿豆すんず鉄道で修善寺しゅぜんじに行きました。

――兄さん、姉さんがお呼びですよ。

〔溜池通〕

【喪神淑子】
待ちましてよ、風魔――

フフフ、
今日はもう稽古けいこはおしまいでしょ?
ならよかったわ、
オウルグリルでオムライスでも――

あらいいのよ、私がご馳走するわ。

〔是枝邸〕

1935年12月26日、夜――

大崎おおさき是枝これえだ邸は夜の静寂しじまに包まれていた。瑛山会えいざんかいは是枝邸の離れに本部を置いていた。
その庭先に探信儀たんしんぎはなかった。

【案じる声】
今年、ついに怪人騒動も何も
起こりませんでしたわ。
そして今日この日を迎えても――
【静かな声】
五度目の日蝕にっしょくの日が終わるまでは、
予断を許さないものでした。
この一年、いや二年、三年――
混乱極める世界が近付き、
さらにもう一つ、生まれたのです。
何もない世界が――
【案じる声】
何もない世界――
そういうのが御座いますの?
【静かな声】
所謂いわゆる虚無きょむ世界です。
私は虚無きょむ世界を垣間見た気がする――
麻布あざぶうちで……

【案じる声】
殿下、おうかがいしますが、
この写真が何か関係しますかしら?
確か興亜日報の記者が写したもの――

【静かな声】
ええ、この写真は浅草の雷門です。
ですが震災を経なかった雷門ですね。
それがあの帝都に存在したのです――
【案じる声】
大提灯おおちょうちんが下がっていますね――
震災の後は、小さな提灯が――
そのように覚えていますわ。

震災のなかった世界――
それがあの帝都にあったのですね?
それが虚無の世界――
【静かな声】
少しは顔を覗かせていたのでしょう。
ただ――
の世界は、
それ以上に混沌世界の影響を受け、
を戦わせる事態を招いた――
【案じる声】
のこの世界には――
影響は及んでいないのですか?
その、混沌からも虚無からも……
【静かな声】
少なくとも今のうちは。
次、世界軸の変動が起きるのがいつか
誰にもわかりません。

【案じる声】
殿下――
柄谷がらたに博士は達者でおいでですが、
別な世界ではやはり……
殿下の仰るようなことになっていた、
そうなのですね?
【静かな声】
それぞれの世界で、
皆、さだめのもとにあるのです。
生き死には関係なく――

私たちは帝都が、いや日本が、
歴史的に真っ当な道を進むために、
監視する必要がありそうです。
それが瑛山会えいざんかいの使命だと考えます。

今後、何が起きようとも――

6年後の1941年12月――
世界軸の日本は
太平洋戦争に突入する。

第九章 第九話 ヴンダー

〔猟奇倶楽部・左閲覧室〕

そこは階段状に椅子が三段に並ぶ、
小さな劇場のような部屋であった。
正面はガラス張りでカーテンが引かれている。

風魔ふうまが椅子から立ち上がると、
白衣姿の人物が姿を見せた。

柄谷がらたに生慧蔵いえぞうであった――

【柄谷生慧蔵】
気が付きましたか――
頭痛や吐き気はありませんね。
何しろ酷いセヒラでしたから。
黒頭巾はセヒラを防ぐのですが、
さすがに危険でした――

物理一筋の私が、
科学に限界を感じ始めたのは、
ある不思議な体験がきっかけでした。

あれは四年前のことです――
哈爾浜ハルピン技院に招かれた私は、
キタイスカヤ街のホテル、
東方飯店に宿を取ったのです。
確か四〇八号室でした――
転寝うたたねをする私は夢かうつつかの状態で、
ホテルの便箋びんせんにメモを取ったのです。
目覚めてメモを見ると、
それはシュレーディンガー方程式、
まさにそのものだったのです。

【柄谷生慧蔵】
決してそらんじているわけでもない、
その複雑な方程式を、
まるで誰かの意思のようにしたためた――
私は自分の頭が、
誰かに乗っ取られたような気になり、
そのままホテルを飛び出しました。
するとどうでしょう――
あれほどにぎやかだった大通に、
白昼夢はくちゅうむのように人影がないのです。
所在なく私は部屋に戻りました。
先ほどの便箋びんせんは消えていました――

そして天啓てんけいのように新しい方程式を
書き始めたのです。
四日間、飲まず食わずで――

この体験の翌年です、
帝都にセヒラが観測されたのは。
セヒラ粒子が解を求めるかぎでした。
長広舌ちょうこうぜつはもういいでしょう。
さぁ、すべての準備は整いました。

音もなくカーテンが開かれた。大きな窓から見下ろすのは、白いタイル張りのまるで手術室のような部屋であった。
部屋の周囲に幾人もの人物が寝かされている。その部屋の中央にフォス大佐とクルトが、まるで双子の胎児のように向き合い丸くなっている。二人は床から浮き上がっているのか、ゆっくりと回転していた。

【柄谷生慧蔵】
アストラルとなった二人を、
均一きんいつになるまで混ぜ合わせる――
兄の実験ノートにそうありました。
どうやって混ぜれば良いか、
さっぱりわかりませんでしたが――
それが起きてみると、
どうです、自らが混ざり合おうと、
あのように回っているのです!

自ずから生起すること――
物理の世界での常識が、
この霊異りょういの中でも現れるのです。

背を丸めて回転する二人の周囲にセヒラが漂い始めた。セヒラは見る見るその濃度を増して、とうとう二人をすっかり包み込んでしまった。
なおもセヒラは濃くなり、風魔のいる部屋にも押し寄せてくる。柄谷生慧蔵は窓に向かって両手を広げたり閉じたりしながら何かを唱えている。そして二人の名を呼ぶ声が聞こえた。

【柄谷生慧蔵】
ヘル、ゲルハルト!
ヘル、クルト!
合わされ、合わされ――
ゲパーツ! ゲパーツ!

さぁ、愚かしい肉体を、
今ここに、むさぼむさぼれ!

濃厚セヒラを通してなおも回転する二人が見える。その周囲に部屋の方々から怪人と思しき連中が集まってきた。

【柄谷生慧蔵】
静かに目を閉じて――
私は一介いっかいの観察者に過ぎない。
家鴨いえがもひなのように無垢むくな私!!
さぁ、まぶたを開けますよ!
家鴨いえがもひなが、お池の上で――

一瞬、目の前が真っ暗になったかと思うと晴れた。
もうセヒラは収まっていた。開花に見える手術室にらしき一体が立つ。人の背丈をやや越すくらいのそれは、砲身のようなものを体中から突き出していた。

【柄谷生慧蔵】
見えましたよ――
私には確かにあいつが!
あの白きみにくき塊が!
独逸ドイツ語で不思議を意味する、
ヴンダーと名付けましょう!

ヴンダー……

あれはヴンダー……
この意味がわかりますか?
私の理論が完結した瞬間なのです。
ヴンダーの存在がそのあかしです。
ジンネマン対称性たいしょうせいを含む、
私の方程式が正しかったと、
それが証明されたのです!

あれは破壊神ではありません。
あれは創造神なのです。

私はこれで十分です。
もう、十分です――

柄谷生慧蔵は素早い動きで部屋を出て行った。階段を駆け下りていく音がする。

【着信 帆村魯公】
そっちの場所、確定できたぞ、風魔!
じき、警察が到着する。
お前を迎える車も出たぞ!

交信が終わるや否や、遠くの方でくぐもった銃声がした。あれはたしかに銃声である。

【着信 帆村魯公】
何だ、今の音は?
銃声じゅうせいか?

柄谷がらたに生慧蔵いえぞうが現したヴンダー。
それは
イメージの実体化というべき存在だ。

柄谷がらたに生慧蔵いえぞうを求め、
そして得たのだ。

彼は思い残すことないと
遺書を残し自殺した。
猟奇倶楽部に警察隊が
なだれ込んできた。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
兄さん――
猟奇倶楽部の場所、判明しました。
四谷谷町のあたりです。
戒行寺かいぎょうじの坂を降りきる手前――
低いところなので、
探信たんしんしにくかったようです。
【帆村魯公】
柄谷がらたに生慧蔵いえぞうは死んだ。
何通もの遺書があった――

遺書により生慧蔵いえぞう
猟奇倶楽部の会員のうち、
最高位の位にあることが判明した。
しかし主催者については
触れられていない。

また兄の
ルドルフ・ユンカーについても、
まるで他人のことのように
したためてある。
ユンカー殺しについては
言及がなかった。

また瑛山会えいざんかいについては、
シュタインベルク中将の動きは、
親衛隊長ヒムラーの
疑義ぎぎを買っていること、
セヒラ同定から山王さんのう機関設立まで、
すべてが首尾よく進んだことも
しるされていた。

そして戦の論文を書いた以上は、
を確認しないと理論が閉じない、
そのためにすべてを尽くすとあった。

【喪神梨央】
ユンカー局長と、
兄弟だったのですね――
【帆村魯公】
双子の兄弟だな。
兄のユンカーは独逸ドイツに戻り、
弟は日本に残された――
弟は独逸ドイツで兄への面会を申し込むが、
墺太利オーストリアのアカデミー入学をひかえた
兄はそれを退しりぞける――
生慧蔵いえぞうの胸に暗い炎が灯るのは、
その時じゃないだろうか……

ノックの音とともに九頭が現れた。

【九頭幸則】
失礼します、歩一の九頭くずです。
――大変ですよ、先生! 風魔!
【喪神梨央】
どうしたんですか?
幸則ゆきのりさんも見える組ですか?
【九頭幸則】
何だい、その見える組って?
【帆村魯公】
ヴンダーじゃよ、
ラヂオで言っておるぞ、
ヴンダーを見よ、ヴンダーを見よ――

ヴンダーは破壊神ではありません、
ヴンダーは創造神なのです。
ヴンダーを見よ、ヴンダーを見よ――

【喪神梨央】
見える者は前進者です。
幸則さんは前進組ですか?
【九頭幸則】
梨央ちゃん、勘弁してくれよ。
ヴンダーが見えるのは、
怪人だけだって言うじゃないか!
【帆村魯公】
その怪人、市中から姿を消して、
怪人になりそうな市民は、
おそおののいているようだな。
【喪神梨央】
でも怪人になれば新世界に行ける、
みたいなことを言う人も――
一時いっとき帥先そっせんヤみたいです。
【帆村魯公】
うむ……
風魔、表の様子でも見てきてくれ。
【九頭幸則】
俺も行くよ、風魔。

〔山王ホテルロビー〕

山王さんのうホテルはいつもとは異なり、
どことなく落ち着かない様相を見せていた。

【九頭幸則】
何だ、どうしたんだ?
そわそわした感じだな。
いつもの山王さんのうホテルじゃないな。

ホテル玄関から新山和斗が駆け込んで来た。

【新山和斗】
一体、どういうことなんですか?
【九頭幸則】
これはまた奇遇だな。
いや、そうでもないか――
ブンヤが騒ぎを大きくするわけだな!
【新山和斗】
騒ぎも何もありませんよ!
通報が相次あいつぎ現場に取材に出るも、
写真部のカメラに写らないんです!
【九頭幸則】
ヴンダーの話だな?
新聞社に通報でもあるのか?
【新山和斗】
もうすごいです!
朝から電話が鳴り止みません!

ヴンダーは市中の
方々で目撃されていた。
人形町、赤羽橋、築地つきじ
錦糸町、目白――
目撃されるたび
巨大化しているようである。

【新山和斗】
最初は見えなかったのに、
ラヂオを聴くうちに見え始めた、
そういう話もあるようです。
【九頭幸則】
あれは新手の帥先そっせんヤだな。
新聞ではどうなんだ、
怪人川柳が復活したりしないのか?
【新山和斗】
とっくにしていますよ!
担当の新米記者が行方不明なのに、
どんどん投稿が寄せられて――
まだ掲載はしていませんけどね。

そのとき着信があった。

【着信 喪神魯公】
風魔、ホテル前で騒動だ。
ちょっと見てくれないか!
【新山和斗】
怪人騒動ですか?
それくらいじゃ記事になりません。
【九頭幸則】
そうだろうな!
ブンヤにはここにいてもらうぞ。
風魔、表を見てくれ!

九頭の声を背に、
風魔はホテル玄関へ向かった。

〔山王ホテル前〕

ホテル前には数名の市民が押しかけていた。皆、てんでバラバラな方向を向いている。
ホテルから出てきた風魔に近くの白衣姿の男性が声をかけてきた。

【神谷町の元医者】
あなたには見えるんですね?
あああ、私も見たい、
見て前進者になりたい!
もう医者は辞めたんです!
病人なんか見たくもない!

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ観測します。
まだ怪人化して、
間もない怪人のようです。
でも波形が変です――

脇から二人、駆け寄って来た。

【本郷追分町の元学生】
僕はすべてを知ったんだ!
すべてをな!
――だから言葉がめぐる!
怪人の
眼に逆様さかさま
ことばかり
ギャハハハハハハハ~
【角筈の元訓導】
ここならなんとかなるって聞いた!
どうなんだ、ええ?
この私を怪人に変えてくれる、
そうなんだろ?
怪人が新しい世界に行けるんだろ?
堅苦しい訓導くんどうなんか辞めて、
自由になるんだ、邪魔するな!!
いいか、邪魔立てはするな!!

【着信 喪神梨央】
これまでにない速さです、
気を付けてください!

《バトル》

【角筈の元訓導】
体が……軽くなっていく……
これだ、これでこそ怪人だ!
アーハハハハハハ~

男性の背中にアストラルらしきが現れた。それはゆらゆらしながら、男性の体の傍を漂う。

【元訓導のアストラル】
軽いぞ、軽いぞ!
体を失うとこんなに軽いとは!
あのにくき肉体め!!
あのような肉体、
いくらでもくれてやる!!

アストラルが消えた。男性は倒れたがすでにその実体はなくなっていた。

【着信 帆村魯公】
今すぐ、ホテルに戻ってくれ。
おかしな客がいるんだ!

〔山王ホテルロビー〕

ホテルロビーは人払いしてあるようで、
魯公ろこうと話す男性以外に客はいなかった。

【帆村魯公】
風魔、キタイスカヤのホテルが
どうのこうのと――
【料亭大和の大番頭】
私ネ、支那シナ人みたいな話し方ネ、
れっきとした日本人ネ!
【帆村魯公】
落ち着いてください、
ここは日本ですぞ、帝都東京です。
【料亭大和の大番頭】
ひぇ~~~~
――やっぱりですかい!
私、新京シンキョウ三笠町みかさちょうにある、
料亭大和やまとの番頭です。
新京シンキョウ一の花街ですよ――
大事なお客さんを迎えに、
哈爾浜ハルピンまで行って、
キタイスカヤのホテルに入りました。
【帆村魯公】
ホテルはなんというホテルですかな?
【料亭大和の大番頭】
東方飯店、露西亜ロシア語で、
ホテルボストークです。
ここより狭いロビーで、
お客さんを待つんですが、
約束の時間になっても来ない――

しびれを切らした大番頭は
表通りへ出る。
しかしそこには人の姿はなく、
音さえしない場所だったという。
ホテルに戻ったとき気を失って、
次に気が付いたときは
山王ホテルの地下、
エレベーター前で
うずくまっていたというのだ。

【帆村魯公】
エレベーターとは、
どちらのですかな?
【料亭大和の大番頭】
そっちです、そっち!
フロントの脇に出てくるやつ――
客が乗らない感じのやつ――
【帆村魯公】
なるほど!
あれは特別でしてな。
詳しくお話を聞きたいものです。
【料亭大和の大番頭】
もう話しました!
私は哈爾浜ハルピンにいたんですっ!
あずからない間に東京に――
【帆村魯公】
風魔、後は頼む。
こちらの方と出かけてくる。
もうじき殿下がお見えだ。

そこへ着信があった。

【着信 新山眞】
喪神さん――
どうやらいろいろ繋がり始めた、
そんな気がします。
ここは人払いしてあります。
そのまま殿下をお待ち下さい。

交信が終わったその時、ホテル玄関から聖宮がやって来た。

【聖宮成樹】
喪神さん――
独逸ドイツのある筋から仕入れました、
有澤ありさわ中将のことです。
彼は特務機関長でした――

10年前、駐独武官だった有澤少将は、
ナチ親衛隊に入党したばかりの
ヒムラーと出会い、意気投合する。
ヒムラー、当時25歳、
有澤41歳である。
1932年、褐色館ブラウネスハウス
警備主任のヒムラーは、
フンメル博士に命じて
北支ほくし発掘を実行する。

【聖宮成樹】
フンメル博士は日本でも発掘を行い、
セヒラの量と質において優れている、
そう報告を上げるのです。

日本では柄谷がらたに博士の
論文上梓じょうしにより、
参謀本部は瑛山会えいざんかいを組織します。
私はその時に参加しました。
背後にいるシュタインベルク中将が、
強い影響力を持ちます。
リヒャルトガルテンの所長です。
しかしヒムラーは彼を疑っていた――

釣鐘つりがねのこともそうなのです。
表向きは壊れたことになっています。
実際はこの地下に移送されています。
ヒムラーはそうした動きを探るため、
有澤中将に依頼をしたのです――
つまりスパイするようにと。

それで有澤機関が設立され、
何名かのスパイが活動を始めます。
興亜貿易という会社がかくみのです。
機関にはエニグマ暗号機が与えられ、さらに日独で同じ本を乱数表に用い、
念には念を入れていました。
その本とは――
ゲエテのきつね裁判さいばんという本です。

アーネンエルベも内偵ないていの対象に、
なっているかもしれませんね。
確かめてみようと思います。

【聖宮成樹】
喪神さん、市民が押しかけています。
このホテルで怪人になれると、
そんな噂が飛び交うのです。
怪人になれば新しい世界に行ける、
そんな噂にそそのかされるのです。
ここは私がなんとかします――

聖宮ひじりのみやには考えがあった。
釣鐘つりがねの出力を調整することで、ヴンダーに流れ込むセヒラを抑える――
それでヴンダーの勢いをぐことができる。
勝算のあるものではなかったが、試す価値はあると踏んでいた。

【聖宮成樹】
市民がしずまれば、
私は釣鐘つりがねの出力を調整します。
セヒラの制御を試みてみます!

ホテルのことは聖宮ひじりのみや
ホテルの守衛に任せ、
風魔は裏口からホテルを出た。

人々が二階の窓や物干しから表を見ている。ある者は雲を指差し、ある者は煙を見て、あれがヴンダーに違いないなどと騒ぐ。胸に大きなカメラを下げる者もいた。

新聞にはヴンダーを見たという市民が寄せた、素描そびょうが掲載され、人々の想像力を刺激した。
担当記者不在なのに怪人川柳も掲載された。軍が出動してヴンダーに攻撃するも、市街に砲弾を降らせただけであった。

怪人の
叫び真理の
上を超す

怪人の
前を横切る
黒い猫

怪人の
一人渡る
長い橋

不思議な波形を観測したとの知らせで、風魔は紀伊国坂きのくにざかおもむいた。
山王さんのうホテルからほど近い場所だ。

〔紀伊国坂〕

着物姿の老人が道の真中にぼんやりと立っている。風魔の姿を認め、ふらふらと近寄って来た。

【為次郎】
おいら猫の為次郎ニャ~
こう見えても次男会の一員ニャ~
かなりの古株ニャ~
この人は日本橋の団扇うちわ商ニャ、
昔からおっきな隙間拵すきまこしらえるニャ、
危なっかしいニャ~

おいらどら焼きの佐加美屋の猫ニャ、
おちおち昼寝もできないニャ~
なんせ団扇うちわ屋は向かいだからニャ~

さっきから別な何かが、
おいらの場所を狙ってるニャ~

その時、老人はビクンと背中を伸ばし、のけぞったようになった。そしてゆっくりと直った。

【為次郎】
びっくりしたニャ~
あんたに話があるみたいだニャ、
おいらしばらく場所を空けるニャ!

老人はうつむいてしまった。その背中からアストラルが現れた。

【ユンカーのアストラル】
ドイツに来た弟を日本へ帰したのは、
私ではない、父だ。
父には私の成功が必要だった。
私は一点のくもりもない状態だった。
墺太利オーストリアのアカデミーにも入学できた。
弟が物理学者として、
まさかセフィラを分析し、
に興味を持つとは驚きだった。

私は弟の論文を全て読んでいる。
彼は筋金入りの科学信奉者であり、
無神論者だ――
その弟がの論文など……

だが私は確信した。
弟がやがて私のもとに現れ、
私の成果を求めるだろうと――
私は知り得たことをノートにしたため、
弟の興味を引くように仕向けた。
もちろんすべて研究の賜物たまものだ、
嘘偽りなど何一つとてない。

私は内的イメージの具現化、
つまり幻視の研究を手がけ、
多くの成果を得たのだ――

弟は学者として、
自らの理論の統一のために、
を自分の目で確認する、
そのことだけを祈念きねんしていた。

無神論者の彼が、
霊異りょういかしずくように、
を求めたのだ――
考えてみれば滑稽こっけいなことだ。
無神論者が霊異りょういを求めるなど……

――ここには長居は無理そうだ。
赤坂哈爾浜ハルピンで君を待つ。

アストラルが消え、老人が顔を上げた。

【為次郎】
もういいかニャ?
おいら、疲れたニャ~
そろそろ帰るニャ~

そう言うと老人はふらつきながら歩き去った。そこへ着信があった。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
はらえの間においでください。

〔祓えの間〕

【新山眞】
ヴンダーの見える派と、
見えない派に別れるの、
なんとなく納得しました。
あれは実存しないのですね。
軍の砲弾も当たるはずがありません。
皆の心の恐怖があいつなのですよ。

――ですが……
やがて実体化するのは時間の問題。
そうなれば大量殺戮の兵器になる、
私が最も懸念することです。

赤坂哈爾浜ハルピンに、
先ほどと同じ波形があります。
向かってください。

〔赤坂哈爾浜〕

赤坂哈爾浜ではアストラルたちが右往左往していた。その中から一体のアストラルが寄って来た。

【本郷の元書生アストラル】
怪人川柳、企画したのは、
蛇穴さらぎ先輩だ!
アハハハ~
先輩がどうなったか知っているか?

先輩は素っ裸の上に、
女物の襦袢じゅばんだけを羽織はおって、
夜な夜な出歩くんだ。
きっと誰かに入れ知恵された、
そうなんだろ?
お前たち軍部の仕業なのか?
帝都の騒ぎも、みんなそうだろ?

僕はね、アナーキスト共を、
片っ端から特高に売ったんだ!
国体を維持するためにね!

それなのに……
お前たちがその体たらくで、
何もかもがダメになる!!
許さん!!

《バトル》

【本郷の元書生アストラル】
たかがこれしき――
もっと強くなってやる!

【着信 喪神梨央】
申し訳ありませんでした!
あまりに急なことで……
何か逆恨さかうらみしていたようですね。
もう大丈夫です――

新たなアストラルが近寄って来る。

【ユンカーのアストラル】
ここでなら話せるが、
あまり時間はない――
ヴンダーの影響は、
市民の心の深くに及ぶ。
やがて取り返しの付かないことに――

では話そう――
私は幻視を現すだけではなく、
真理をあらわにする力も、
合わせて研究していた。
言わば幻視を解く魔法だ。
だれか魔法に明るい者はいるかな?
魔法の知識が必要だ――
ううう……もう持ちそうにない!
私は……流される――

全てを言い終わらないうちにユンカーのアストラルは震えながら消えた。

【着信 喪神梨央】
新山さんがお話があると――
山王さんのうにお戻りください。

〔祓えの間〕

【新山眞】
ヴンダーは益々ますます大きくなっています。
その攻撃、見た目凄まじいのですが、
市内に何の被害はありません。
見える派の市民たちは、
もはや恐怖を感じ始めています。
見える派から怪人が生まれ、
すぐに姿を消すからです。
ヴンダーに食われている――
そんな噂も出始めました。

殿下が釣鐘つりがねの出力を試されて、
その効果も表れているようです。
ただしずめるには至りません。

ヴンダーの出現する場所に
印をつけていきます。
毎日ほぼ同じ場所なのです。
何か意味があるはずです――
わかったらお知らせします。
【着信 喪神梨央】
兄さん――
魔法のこと、あきらさんに相談して、
受け入れてもらいました。
あきらさんのアトリエにお願いします。

〔旭のアトリエ〕

【能海旭】
梨央りおさんから聞いたよ。
魔法がいるんだって?

うーん……
私にできるかな?
十四のときに左肩に入れた、
スペードの刺青いれずみ――
すーっと消えたのよ!

魔女になるために必要なもの、
それが私から去ったの。
だから私……
魔法そのものからも、
見捨てられたような気がしてる。

でも風魔さんに必要なら……
学校で復習しなきゃね、魔法のこと。

〔旭のアトリエ前〕

あきらは溜池通から円タクで学校に向かった。
アトリエ前に新山がやって来た。ここを梨央から聞いたのである。

【新山眞】
ヴンダーの出現位置には、
何か意味がある――
そう考えていたのですが……
すでに投書が来たそうです。
和斗かずとが教えてくれました。

ヴンダーの出現位置を、
帝都の地図に落すと、
古代北欧ほくおう文字になるそうです。

今日、最初に出現したのは、
淀橋区の角筈つのはず電停前――
次が麻布あざぶ区の四ノ橋電停前……

そのあとヴンダーは、小石川区春日町かすがちょう電停前、
浅草区三筋町みすじちょう電停前、京橋区新富町しんとみちょう電停前――
合わせて五箇所に出現したのだった。

【新山眞】
それら五箇所を線で結ぶと、
古代北欧ほくおう文字のオセルになります。
魚のような形になります。
三筋町みすじちょうが頭、角筈つのはずと四ノ橋が尾、
それがオセルという字です。
【着信 喪神梨央】
ラヂオでも言ってますよ――
オセルとは執着を捨てて、
素の自分に向き合うことだって。
【新山眞】
今日は他に、パース、ライゾ、カノ、
ラグズ、全部で五つの文字が――
昨日も全く同じだそうです。

これら古代文字はルーンと言います。
ナチがアーリア人の起源を求め、
祭儀さいぎにルーン文字を用いるのです。

しかし……
この文字をどうするかまでは、
さっぱりわかりません。
【着信 喪神梨央】
独逸ドイツ大使館で騒ぎです。
巡視パトロール中の金ノ七号きんのしちごうから連絡です。
三宅坂に向かってください!

〔独逸大使館前〕

大使館の玄関前ではユリアと鬼龍が対峙していた。鬼龍は背を向けている。
その手前に武装SSが
進入を阻んでいた。
武装SSが風魔の到来を鬼龍に告げた。
鬼龍はさっと風魔を向いた。

【鬼龍豪人】
今、こちらのユリア女史から、
ルーンの解釈を教えてもらってね。
ナチ的解釈というわけだ。
【ユリア・クラウフマン】
フーマ!
日本人はもっと礼儀正しいと――
私の買いかぶりでしょうか?
いきなり押しかけてきて、
ルーンの資料を寄越よこせなど――
一体、どういうおつもりですか?
【鬼龍豪人】
本国ではトゥーレの館と、
アーネンエルベは蜜月みつげつの関係ですよ。
日本でももっと向き合うべきです。
【ユリア・クラウフマン】
今のここには、
そのような余裕はありません。
お察しいただかないと――
【鬼龍豪人】
アハハ、いろいろあったようですね。
ですが解答は得たから、
これ以上求めるのはしましょう。
【ユリア・クラウフマン】
タケト大 尉カピティーン――
あなたは染 化ファーブストッフによって
トゥーレの召喚師となった。
すべてを手に入れたはずです。
そうじゃありませんか?
【鬼龍豪人】
私はもはや大尉などではない。
孤独な彷徨さまよえる召喚師だ。
小さな私から、
まことに小さな助言を与えよう――

しかし鬼龍は風魔を向いた自分に言い聞かすようにして続けた。

【鬼龍豪人】
ヴンダーはルーンを描く。
ルーンはそれだけでは何も為さない。
ルーンを用いスターヴを描くことだ。
五つのルーンの意味が合わさり、
ただひとつの魔法となる。
願いを叶える白魔法だ――
夢のある話じゃないか!
【鬼龍豪人】
だがしかし――
山王さんのう機関に魔法使いはいるのか?
アハハハハ、いればケッサクだな!
よしんば魔法をかけたとして、
あのヴンダーがどうなるか、
何の確証もないがな――

鬼龍は風魔に一瞥をくれた後、歩き去った。武装SSも後に続く。

【ユリア・クラウフマン】
タケト大 尉カピティーン染 化ファーブストッフにより、
完全な状態コンプレットとなったのです。

そうでなければ、
ヴンダーの力を求めたかも――
ナチではルーンに独自の解釈をあて、
その効力をより高めています。

おそらく……
ユンカー博士が何か仕込んだのです。
それでヴンダーはこの町に、
ルーンを描くのです。
巨大なルーンを――

それ以上のことは、
私にはわかりません。

梨央からの連絡で
鈴蘭すずらん女学園に向かうことに。
あきらの通う学校が
併設へいせつされているのだ。
といっても仮構かこうされた存在では
あるのだが――

〔鈴蘭女学園〕

学園正面玄関には袴姿の女学生がいた。
やって来た風魔を観て一人が言う――

【鈴蘭女学生聖子】
あら、歴史研究所の先生ね!
お若い先生だこと……
オホホホホ~

【着信 喪神梨央】
そのまま学園の中へ進んでください。
あきらさんがお待ちです。

〔祭儀室〕

自由サーベラス学園の祭儀室さいぎしつは、
高いへいに囲まれた中庭にあった。
丸屋根の中で
あきらが迎えてくれた――

【能海旭】
梨央さんから教えてもらったわ。
ルーンでスターヴを描くのね。
やりかたは一通り確認したよ。
図書室から本を引っ張り出してね。
前に習っただけで忘れていたから――

オセル、パース、ライゾ、カノ、
ラグズ――
これらルーンで文様を描くのよ。

このスターヴは、
真理をあらわにする白魔法のもの。
教科書によるとだけど――

さて、準備があるから、
風魔さんはここで待っていて。
私、地下のドームに降りるから。

祭儀には専用のローブをまとうのよ。
ブレナン先生のだから大きいけれど、
贅沢ぜいたくは言ってられないよね。

地下のドームであきらはスターヴを描いた。柘榴ざくろの板に自らの血で文様をなぞった。
教科書にある呪文を唱えながら――

二時間が経過した――

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
清水谷公園で異様な波形を観測!
至急、向かってください!

あきらさんのことは、
そちらに警護部隊を派遣します。
安心してください。

異様な波形があるとの報告で、清水谷公園に向かった風魔。
そこで見たものは果たして――

〔清水谷公園〕

万朶の桜花が春爛漫を告げている。公園の方々で宴が催されていた。
そこへ将校服の青年が近寄って来た。

【九頭幸則】
おい!
風魔じゃないか!
久しぶりだな!

何やってんだ、こんなところで!
一人前の審神者さにわになったんだろ?

【着信 帆村魯公】
風魔!
一体、誰と話しているんだ?

【九頭幸則】
ちょっと悪い――
あそこに騒ぐのがいるんだ。
せっかくの桜の公園が台無しだ。

そこへ洋服姿の女性が
風魔を向いて言う。

【如月鈴代】
あら風魔さん――
帆村流、修められたのですね。
今日は野点に参ったのですが……

着物姿の若い女性が面を向けた。

【月詠麗華】
前に一度、お会いしましたかしら。
いいお日和でございますわね。
でも……あちらの方が……

着物の女性が顔を曇らせた。
少し離れたところで怒鳴る声が聞こえる。

【九頭幸則】
風魔、ちょっと見ててくれ!
俺、紀伊国坂の交番にひとっ走り、
巡査を呼んでくるよ。

言われた方を見ると、二人の男性が何やら言い争っていた。風魔は二人に近寄った。
スーツの男性が年嵩のトンビ服の男性を懸命になだめているところだった。

【着信 帆村魯公】
風魔!
お前は誰の時間を生きているんだ?
お前は陸軍中尉だぞ!
九頭も鈴代もそれを知っているだろ!
まずは騒いでいる男のところへ
向かうんだ。
それで何か分かるだろう。

風魔に気付いたスーツ姿の男性が困り果てた顔をして言う。

【スーツの男】
うちの先生、
同僚が首席訓導くんどうに昇進して、
爾来じらい、虫の居所いどころが悪いんです――

いや、せっかくの花見の席で
うちの先生が申し訳ないです。

トンビ服の男性が風魔を向いた。血走った目をしている。酒の勢いもあって鬱憤を爆発させた。

その時だ――
周囲から色が失せた。

再び色が戻った時、
風景は一変していた。
桜の花は消え、花見に来ていた市民もいない。公園は初冬の冷たい空気に包まれていた。

目の前にはトンビ服の男性の代わりに一体のアストラルが浮かんでいる。

【酔漢先生のアストラル】
どけ!
ええい、そこをどかんか!

貴様ら、国賊こくぞくどもめ!
天誅てんちゅうだ、天誅てんちゅうくだす!
私を何だと思うか!!

《バトル》

【酔漢先生のアストラル】
ふぅ、ふぅ、ふぅ……

一旦緩急いったんかんきゅうあれば、
義勇公ぎゆうこうほうじ!
臣民しんみん
ちゅうこうにぃ~
皇祖こうそ皇宗こうそう
くにはじむること宏遠こうえんに~

アストラルは震えながら消えた。
そこへ着信があった。

【着信 帆村魯公】
風魔、よく聞け!
お前だけが時間から離されている。
いや、むしろ違う世界にいるのか?
相手からはお前がちゃんと
見えていないようだったな。
長居は無用だ、すぐ戻るんだ。

第九章 第七話 ゼーラム525

〔山王機関本部〕

その朝、機関本部には新山眞にいやままことの姿があった。
芽府めふ須斗夫すとおが語ったという暗号が解け、いの一番で持参したのだった。

【喪神梨央】
兄さん!
新山さんが、エニグマ暗号を
解読されたんですよ!
【新山眞】
いやいや、正面から向き合って、
なんとかなる相手ではありません。
技研にはエニグマの試作機があり、
それを分解して研究はしました。
組み立て直しも大変でした。
ようやく仕組みは理解しましたが、
暗号はさっぱり解読できません。
【喪神梨央】
新山さんでも無理だったんですか?
【新山眞】
無理も無理、大無理ですよ!
なにせ欧文文字の組み合わせ、
まさに天文学的です!
ジョという単位です。

【喪神梨央】
ジョ?
それって大きいんですか?
初めて聞きました、その単位――
【新山眞】
億、兆、けいがい、その次です。
二十六の階乗なわけですが、
四千兆かける一千億の値です。
それだけの組み合わせがある――
しかも日鍵といって、
毎日、暗号鍵あんごうかぎが変更されるんです。
総当りで解くなんて無理な相談――
【喪神梨央】
それじゃ新山さんは、
どうやって解読を?
【新山眞】
日鍵の一部はわかっています。
芽府めふ須斗夫すとおの語る最初の英字三文字、
それが日鍵のひとつです。
あとはラヂオで送られるのです。
実は日本時間の朝八時少し前に、
独逸ドイツ語の短波放送が流れるのです。
放送自体、アルファベットの羅列られつ
何も意味のない放送ですが、
工作員に日鍵を伝えるもの――
参謀本部はそう見ています。
およそ千のアルファベットの、
どれかがプラグの接続を意味します。
日鍵を割り出す乱数表が、
あるのでしょう――

でもうちにもあるのです。
【喪神梨央】
え?
乱数表、お持ちなんですか?
【新山眞】
我が国には霊式れいしきヘテロヂンという、
優れた技術があります。
セヒラ歪振器わいしんきを使うのです。

ラヂオの前で通電しておくと、
あるアルファベットのところで、
奇妙な波形を現します。
その文字を覚えておき、
歪振器わいしんきを前に同じ波形が出るまで、
アルファベットを話します――
最も反応の強い
アルファベットを書き写すんです。
それがプラグの位置を示すのです。
話す時は独逸ドイツ式に、
ABCDアーベーツェーデーとやらないとダメですが。

そう言いながら新山は、和文タイプした紙を取り出した。

【喪神梨央】
アタラシキ 
アメツチ
ヒラカレリ
【新山眞】
新しき天地あめつちひらかれり――
この前の言葉は、
日蝕ひくけ――
【喪神梨央】
つまり日蝕にっしょくの日の明け方、
新しい天地あめつち……
――新山さん!
【新山眞】
日蝕にっしょくは十二月二十六日です。
その明け方に何かが起きる――
そう読めますね!
【喪神梨央】
前日は十二月二十五日、クリスマス。
先帝祭せんていさいで祭日ですよ。
その翌朝ですね――
【新山眞】
第八の予言も解いてみます。
明朝のラヂヲ放送を待ちます。

そうそう、独逸ドイツから外交郵袋がいこうゆうたいで、
くだんのゼーラム五ニ五が届きました。
愈々いよいよですね!
【喪神梨央】
兄さん、憲兵本部に、
式部さんがお戻りです。
また予言が出るかも知れません。
公務電車、手配しますね!

〔東京憲兵隊本部〕

芽府めふ須斗夫すとおが戻り、式部も憲兵本部へ。そこで憲兵大尉からお目玉を食らっていると。風魔が山王さんのう機関の特務として介入することに。

憲兵隊本部には立哨が付く。他2名の憲兵と式部が話し込んでいた。風魔の来たのを知ると、式部は早足でやって来た。

【式部丞】
喪神さん――
お手数をおかけします。
芽府めふ須斗夫すとお君が戻ったのですが、
いつ姿を消したかもわからず、
困惑こんわくしています。
今日、憲兵から呼び出され、
やって来るとお叱りを――

喪神さんに一言、
口添くちぞえいただければと――
公務中、かたじけないです。

式部に請われ、風魔は憲兵隊玄関へ。階段にいた憲兵が話しかけてきた。

【等々力憲兵大尉】
ん?
特務中尉とは貴様か?
【池上憲兵少尉】
いくら中尉殿の公務とは言え、
民間人がこうも勝手に、
出たり入ったりするのは――
【等々力憲兵大尉】
ここは憲兵司令だ、わかるな?
泣く子も黙る――
【池上憲兵少尉】
いろいろ示しがつかない、
そういうわけであります、中尉殿。
【等々力憲兵大尉】
逃亡すら許されぬのに、
のこのこと戻ってくるとは!
憲兵もめられたものだ!
【池上憲兵少尉】
中尉殿、それにそちらの……

そのとき、式部が話に加わった。

【式部丞】
式部です。
四谷のセルパン堂の――
【池上憲兵少尉】
ああ、あなたですね!
本来は特高の領分ですが、
軍部に関係深しと憲兵が扱う事案です。
【等々力憲兵大尉】
この扱い、特例中の特例だ!
それなのに勝手は許されんぞ!
【池上憲兵少尉】
式部さん――
今後は面会願いを書いてください。
管理が厳しくなったのです。
【式部丞】
承知しました。
それでその面会願いは、
どちらにございますか?
【等々力憲兵大尉】
陸軍省一階の購買こうばい部だ、式部氏。
面会願い、書式ムの三◯八だ。
【式部丞】
面会願いは面会のたびに、
提出するのでしょうか?
【池上憲兵少尉】
規則ではそうなっています。
よろしくお願いします――

通りの方から白衣姿のドクター・ヨネダがやって来た。その顔からは血の気が失せていた。

【アレクサンダー・ヨネダ】
私は見た!
とうとう見てしまったのだ!!
うぎゃら~~~~~~

咄嗟に2名の憲兵がヨネダを捕縛した。しかしヨネダは常人離れした力で憲兵らを突き飛ばした。玄関にいた立哨は素早く左右に別れて様子をうかがう。
気丈にも式部がヨネダに声をかけた。

【式部丞】
ドクターじゃないですか!
どうされましたか?
――まだ影響が……

その声にヨネダは式部に振り返る。

【アレクサンダー・ヨネダ】
全部を見た!
何もかもだ!
オールオブオールだ!!
【式部丞】
ドクターは芽府めふ須斗夫すとお君の傍に?
彼の傍にいらっしゃったのですか?
【アレクサンダー・ヨネダ】
いなくても見えた!
私は見た!!
そうだ、見たんだ――
パンデモニアムは
ルシファーの城府、
かの輝ける星をサタンにたくらべて、
かく呼べる!!
うううううううぅ~

ヨネダの背後にセヒラが集まった。

《バトル》

【アレクサンダー・ヨネダ】
はぁはぁはぁはぁ――
星の夜に大君ルシファーは昇りゆく
その暗の統御とうぎょあぐむんで 
雲の半ばにおおはれた廻球かいきゅうの上に
魔は揺らぎゆく――

そう言うとヨネダは崩れ落ちた。

【式部丞】
何かの思念が帝都をめぐり始めた――
どうもそのようですね。

私は今の間に芽府めふ須斗夫すとお君の元へ。
また予言が語られたら、
すぐに連絡します。

喪神さん――
残念なことですが、
彩女あやめ君はもうこの世にはおりません。
肉体はあってもです。
肉体の主は千紘ちひろ――
兄の高麿たかまろは彩女君が作った人格、
その彩女君が人格の死を向かえた――

高麿たかまろを殺したのは誰でしょうか?
千紘ちひろが殺したのでしょうか?

結局、のなすがままですね。
――もしや……
あの蛭川ひるかわ博士も、
千紘ちひろに飛ばされたのかも知れません。

それでは喪神さん、私はこれで――
先日、鰍沢かじかざわという落語、
ラヂオで聴きましたよ。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし――
山王さんのうホテルにお戻りください。
麻美さんが帰国されました。

〔山王ホテル〕

麻美はナチ党本部褐色館ブラウネスハウスから、ゼーラム五ニ五をくすねたのである。

【聖宮成樹】
喪神さん――
麻美さんが戻られました。
もうじきここへおいでです。
【喪神梨央】
麻美さん、昨夜下関しものせき八時半の、
特急富士にお乗りでした。
【聖宮成樹】
伯林ベルリンからも鉄路でしょうね。
西伯利亞シベリア鉄道ですか――
【喪神梨央】
はい! 西伯利亞シベリア鉄道です。
――きっとお疲れでしょうね……
一週間以上の長旅です。
【聖宮成樹】
独逸ドイツから届いた電報には、
アヲニヨシとありました。
首尾よくいったということです。
【喪神梨央】
ナチ党本部からゼーラム持ち出して、
よく見つからずに済みましたね。
――麻美さん、すごい……
【聖宮成樹】
人から疑われたりしない、
天性の何かをお持ちなんでしょう。
私にはつとまりませんね……
【喪神梨央】
うふふふ……
兄さんも無理そうですわ。
あっ、麻美さんです!

ホテル玄関から優美な足取りで麻美がやって来た。

【聖宮成樹】
麻美さん!
ご苦労様でした――
【喪神梨央】
麻美さん、よくご無事で――
【麻美】
少しハラハラしましたわ――
【聖宮成樹】
何か不都合なことでもありましたか?
【麻美】
褐色館ブラウネスハウスですが、少し工事が入り、
その間、地下へは降りられず――
【聖宮成樹】
リヒャルトガルテンの間ですね?
あの部屋は地下にあります。
【麻美】
でも舞踏会ぶとうかいまでには工事も終わり、
何とか手に入れられました。
本番の日に間に合いましたわ。
【喪神梨央】
本番ということは、
練習とかするのですか?
舞踏会ぶとうかいなのに――
【麻美】
たとえ舞踏会ぶとうかいでも、
何かの手落ちがあってはいけない、
そういうことですの、ナチでは。
どの将校と踊るかまで、
すべて決められるのです。
勝手には振る舞えません。
【聖宮成樹】
いかにもナチらしいですね――
【麻美】
舞踏会ぶとうかいの前に秘密めかした
ナチ独特の儀式が行われるのです。
柘榴ざくろの板に隊員たちが、
血でルーン文字を書くのです。
蝋燭ろうそくだけの明かりを頼りに――
【喪神梨央】
ルーン文字って?
【聖宮成樹】
北欧に伝わる古代文字ですよ。
彼らは古代アーリア人が、
北方のエデンの園からやってきた、
そう信じ込んでいますからね。
残された野卑やひな者がけものとの間に
もうけたのがアーリア人以外の人種だ、
その考えに凝り固まっています。
【喪神梨央】
けものとって……
なんかすごいですね――
日本人など相手じゃない感じですね。
【麻美】
でも日本人には豊かな神性が宿る、
そういう考えを持つ人もいます。
シュタインベルク中将も――
【聖宮成樹】
あはは……

それで麻美さん、
ゼーラムはどうされましたか?
【麻美】
外交郵袋がいこうゆうたいで送りました。
飯倉技研いいくらぎけんでよろしかったですね?
容器のかぎは私が持ちます。
郵袋ゆうたい、もう着いているはずです――
【聖宮成樹】
それでは多加美たかみ宮司に連絡し、
さっそく向かって頂きましょう。
【喪神梨央】
多加美たかみ宮司の警護は要りますか?
【聖宮成樹】
まだ鏡は霊性を現しません。
むしろ目立たないほうがいいですね。
【喪神梨央】
承知しました、殿下。
私は本部で探信たんしんしています。
【聖宮成樹】
危険なのは鏡が霊性を取り戻した時、
その時が最も危険です。
【喪神梨央】
おこたりなく探信たんしんします!
公務電車、手配します!

〔飯倉技研〕

飯倉技研の前では新山眞が待ち構えていた。

【新山眞】
殿下!
やはり例のものは本物なのですね?
【聖宮成樹】
新山さん、愈々いよいよですよ!
麻美さんがナチ本部で手に入れ、
外交郵袋がいこうゆうたいで送られたのです。
【新山眞】
特製の容器に収まっているせいか、
セヒラ歪振器わいしんきを近づけても、
まったく反応しません。
でも間違いなく、
ゼーラム五ニ五なのですね――
【麻美】
リヒャルトガルテンの間で、
手に入れたものです。
鍵は私が――
【聖宮成樹】
さて、多加美たかみ宮司は、
もうおいでになりましたか?
【新山眞】
ええ、中でお待ちです。
参りましょう。

そう言うと新山はスタスタ歩き出した。麻美、聖宮、そして風魔も後に続いた。

〔飯倉技研ホール〕

飯倉技研のホールには多加美宮司が一同を待っていた。

【多加美宮司】
真名井まない真鏡しんきょうは無事です、
ここにあります――
【聖宮成樹】
分かりました――
麻美さん、容器の鍵を――
鍵を新山さんにお渡しください。
【麻美】
はい……
【聖宮成樹】
新山さん、こちらには、
隔離かくりして容器を扱える設備、
整っているのですか?
【新山眞】
先日、釣鐘つりがねのことをうかがって以来、
ゼーラムを扱うことを前提に、
いろいろ整えてきました。
今据え付けてある気密筐体きみつきょうたいは、
〇・一ピーピーエムさえ通しません。
またアルミ蒸着じょうちゃくの護りがあります。
【聖宮成樹】
なるほど!
それでは早速お願いします。

聖宮にうながされ、新山は宮司ぐうじから鏡を預かり、奥の実験室へと向かった。

【多加美宮司】
真名井まない真鏡しんきょうに霊力が戻れば、
古式東雲しののめ流がおこる――
正しい継承者に継がれるのです。
私は如月きさらぎ鈴代すずよさんに知らせます。
宗家そうけとして準備もあるでしょう。
【聖宮成樹】
よろしくお願いします、宮司ぐうじ

宮司は聖宮に深々を頭を下げ、ホールを出ていった。

【聖宮成樹】
ゼーラムを塗布とふして、
鏡が霊性を宿すには、
多少の時間が必要でしょう。

喪神さん、
山王さんのうホテルで話しませんか?
相談したいことがあります。
麻美さんもご一緒ください。
【麻美】
承知しました。
参りましょう。

〔山王ホテルロビー〕

聖宮が話があるというのは、山王さんのう機関にもたらされた報告書の件だった。六十ページを越す立派な報告書である。
報告書には山王さんのう機関をスパイする組織が、まことしやかに示されていた。興亜貿易をかくみのにする有澤機関ありさわきかんである。

ロビーの奥では梨央と魯公が一行を迎えた。聖宮を認めると魯公はお辞儀をして前に進み出た。

【帆村魯公】
殿下のお耳にも入っておりましたか?
【聖宮成樹】
八分課ハチブンの情報は、
いち早く届きます。
【喪神梨央】
参謀本部の八分課ハチブンって、
市民から怪人情報を集める、
そういうところじゃないのですか?
【帆村魯公】
表向きはな。
その実、寄せられた情報を分析して、
ときに深く探りを入れるのじゃよ。
【喪神梨央】
それじゃスパイみたいなんですね。
【帆村魯公】
こら、大きな声で――
で、山王さんのう機関の何を
スパイするのですかな――
【聖宮成樹】
山王さんのう機関の活動自体は、
軍幹部はおよそ知っているはずです。
ただ釣鐘つりがねのことを除いては。
【喪神梨央】
帝都満洲のことも、
ほとんどは知られていないはずです。
【聖宮成樹】
そのスパイとやらは、
有澤機関ありさわきかんという特務機関で、
参謀本部第六課の所轄しょかつだそうです。
【帆村魯公】
第六は欧州課ですな――
【聖宮成樹】
有澤というのは、
おそらく有澤盛隆ありさわもりたか中将ですね。
前駐独武官だった人物です。
有澤中将について、
少し調べてみます。
ところで報告書はお持ちですか?

聖宮ひじりのみやの問いに魯公ろこうは報告書を見せた。そのとき、麻美が素早く前に踏み出した。

【麻美】
その報告書――
甘い香りがします。
――ベラドンナの香りです。
【聖宮成樹】
ベラドンナ……
それはまた――

【喪神梨央】
殿下、魔法です、
魔法使いが用いる膏薬こうやくに、
ベラドンナが使われるのです。
この帝都では仮構かこうを為すのに、
ベラドンナが使われていると――
青山せいざんホテルや憲兵大隊がそうです。
【聖宮成樹】
よくそこまで調べが付きましたね!
――すると、この報告書は?
これも偽物ですか?
【麻美】
わかりません――
まるでませたように香ります。

【喪神梨央】
麻美さん――
夢玄器むげんきのぞくと何か見えませんか?
報告書の本当の中身が――
【麻美】
夢玄器むげんきならありますが、
今はホテルです。

【喪神梨央】
ゼットー博士のを借りましょう!
隊長、ゼットー博士にお願いを――
夢玄器むげんきをお借りしたいのです。
【帆村魯公】
うむ、悪い考えじゃないな。
行きましょうか、麻美さん。
博士は調整室のはずですぞ。

麻美と魯公は課に向かうべくフロントの脇を抜けて行った。

【喪神梨央】
興亜貿易って……
どこかで聞きましたね――
えーっと……
そうだ!
多加美たかみ宮司が京都にたれる時、
東京駅で会った人です。
モートルを扱うとか――
影森愁一かげもりしゅういちという人ですね。
一時いっとき幸則ゆきのりさんのお目付け役――
でも結局は正体不明でした。

あと、新文民社のメンバーFは、
影森愁一かげもりしゅういちを尾行して
拉致らちされた――
新文民社で名簿作りを進め、
帝大の学生は間諜かんちょうだと
怪しんでいた、
それも同じ影森愁一かげもりしゅういちですよ。
【聖宮成樹】
なるほど――
公務記録にいろいろ顔を出す、
その人物……
スパイにしては目立ちすぎますね。
まるで陽動ようどうしようとするかのよう、
そうじゃありませんか?
【喪神梨央】
そうですね――
人は音の鳴る方を向くと言いますし。
【聖宮成樹】
いいことを言いますね。
普通スパイは組になるといいます。
その影森かげもりの他にまだいるのでは?

先ほどの報告書、
仮構かこうの産物だとしても、
本物を使う必要があったようですね。
【喪神梨央】
――というと……
どういうことですか、殿下?
【聖宮成樹】
本物の報告書を用いて、
一部を書き換え真実を伝える――
ある種の美学さえ感じます。

有澤ありさわ中将のこと、
わかりましたら連絡を入れます。

聖宮は軽く会釈をしてホテルロビーを出て行った。

【喪神梨央】
こうして兄さんと二人になるの、
久しぶりですね――

先ほど虹人こうじんさんから連絡があり、
今日は紀伊国坂界隈きのくにざかかいわいに出るって。
寄ってあげればどうですか?

〔紀伊国坂〕

紀伊国坂の長塀の前に虹人とユーゲントがいた。

【帆村虹人】
やぁ風魔――
人生という熱病は、
一向いっこうに回復するきざしを見せないよ。
【鳴滝丸】
美少年倶楽部では、
お見苦しいところを――
ヒュアキントス役の鳴滝丸です。
ヘル松ヶ崎はあの寸劇がお気に入り、
いつもやらされるのです。
【帆村虹人】
鳴滝丸――
でも君は寸劇はもうやらないと……
今さっき、そう言っていたよ!
【鳴滝丸】
やらないというか、
もうできそうもないんだ――
【帆村虹人】
自律係数が下がったりしたのかい?
ああしたことは自律的にする、
そう言っていたよね――
【鳴滝丸】
僕は……僕は……
【帆村虹人】
どうしたんだい、
具合でも悪いんじゃないかい?
【鳴滝丸】
僕は……僕は……
あああ、体が言うことを聞かない!

別のユーゲントが走り込んできた。その眼は虚ろである。

【嵯峨野丸】
六、ニ◯フタマル――シチ一五ヒトゴ
洗面、寝台整理、朝食!
七、ニ◯フタマル
国旗掲揚けいよう
七、三◯サンマル
仕事場へ出発!
七、四五――一◯ヒトマル◯◯マルマル
労働奉仕!

僕たちの時間は、正確無比!
僕たちの時間を奪う者は許せない!!

《バトル》

【嵯峨野丸】
一九、一五――一九、一五、
掃除、修繕しゅうぜん、洗濯!
ニ◯フタマル、一五――ニ一、四五、
唱歌、演説、余興!
僕たちは……初期化イニツァリジオロンされた!

甲高い声を上げた嵯峨野丸は、そのまま走り去った。

【帆村虹人】
鳴滝丸も駆け出したよ――
まったく僕を無視してね!
一体、何があったんだ?

――このところ、連中は、
僕の指示をあまり聞かなくなって、
昨日なんか同じ指示を三度も出した。

外から干渉かんしょうを受けているようだ。
それ以外に考えられないよ。
【着信 喪神梨央】
金ノ七号帥士きんのしちごうすいし――
特に不穏ふおんなセヒラはありません。

今の着信音は虹人の無線からであった。

【帆村虹人】
お、何だ、僕の無線?
二人の無線が同時に受信しているな。
嵯峨野さがの丸は初期化とか言っていたよ!
【着信 喪神梨央】
一旦初期化した時、
陸軍幼年学校の時間割の思念が、
流れ込んだようです。
【帆村虹人】
そんな思念まであるのか!
【着信 喪神梨央】
怪人川柳や猟奇歌だけではなく、
普通のことも表出しているようです。
【帆村虹人】
この様子じゃ、
連中を指揮するのは難しそうだな。
アプドロックは時間とともに、
揮発きはつする性質がある。
でも今のは揮発きはつじゃないな――

初期化され、
その状態のまま凍結されている。
よほどの干渉があるに違いない。
僕はアーネンエルベまで戻るよ。
また顔を出してくれ、風魔。

虹人は嵯峨野丸の走り去った方へ歩いて行った。

【着信 喪神梨央】
先ほどから、
飯倉いいくら技研でセヒラを観測します。
ただ、値は低いままですが――
念のため、巡視パトロールお願いできますか?
異常なければ帰還してください。

〔飯倉技研ホール〕

【新山眞】
喪神さん――
今、山王さんのう機関に
連絡したところで――
早かったですね!
ゼーラムの塗布とふは無事終わりました。
あの鏡が霊性を現すのは、
もう少し掛かりそうです――
しかし不思議です――

気密筐体きみつきょうたいの中に鏡を置き、容器を開けると、ゼーラム五ニ五と思しき臙脂えんじ色の煙が、容器の口から立ち上ったという。
そしてその煙はしばらく容器の上に漂い、不意に鏡の表面に集まったのだ。
みるみる鏡が色に染まったという――

【新山眞】
まるで煙が鏡の存在を知って、
自らを鏡に塗布とふしたようでした。
あの煙には意志があるみたいで、
見ていて妙な気持ちになりました――
気密筐体きみつきょうたいから煙が完全に消えれば、
鏡は完成かと思います。
それを見届け、連絡を入れますね。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし――
セヒラを観測するのは、
飯倉いいくら技研の裏手です。
まわっていただけますか?

飯倉いいくら技研の裏手に伸びる路地――
聖宮ひじりのみや邸を含む東久邇宮邸ひがしくにのみやていへいが伸びる。
元は静寛院宮邸せいかんいんのみやてい皇女和宮こうじょかずのみやが暮らした地だ。
右手、御組坂おくみさかの途中には、作家永井荷風ながいかふう偏奇館へんきかんが建つ。

【着信 喪神梨央】
その角のところです、
セヒラ、高まっています!
注意してください!

【XLのアストラル】
今は……何月ですか……
もう時間が経ちましたか……
麻美マーメイ、心配していたかしら……
私……麻布あざぶの張ホテルから、
荷風かふう先生の偏奇館へんきかんに寄り、
その後、ここへ来たのです。
飯倉いいくら技研という研究所の方も、
荷風かふう先生の偏奇館へんきかんにおいででした。
あと一人、
その方が道を開いてくれました。
邪魔する者を除いたのです。

【着信 喪神梨央】
もしかして……
蘭暁梅ラン・シャオメイさんかも知れません!
イニシャルXL――

【XLのアストラル】
私、母の形見の手鏡を持ち、
日本へ舞台挨拶ぶたいあいさつに来ました。
時を継ぐ日、鏡で身を写すように――
そう教えられていたのです。
日本へ発つ二日前、
母が夢に現れ告げました――
暁梅シャオメイ、さぁ、時を繋ぐのよ――
はっとして目が覚め、
鏡を旅行鞄りょこうかばんに収めました。

私がここに来てから、
時間が経ちましたか――
私にはわからないのです――
でも時は繋がっているのですね、
すべてはうまくいったのですね――
でも……ここはまだ不安定なのでは?
そうではありませんか?
気を付けてください、
何かがやって来ます!
――すぐそこです!!

XLのアストラルが消え、ほぼ同じ場所に別の大型アストラルが現れた。それは苛立つかのように蠢き続けている。

妖帝ヤオディ残滓ざんしのアストラル】
時を繋いだつもりでいるのか?
お前の時は途絶えたままだ。
自分から目をそむけるな!!

《バトル》

妖帝ヤオディ残滓ざんしのアストラル】
時の流れなど、
いつでも断ち切ってやる!
私は時を越えた存在なのだ!

大型アストラルは霧散した。暫くして、先程のアストラルが現れた。

【XLのアストラル】
よかった!
あなたが退けてくれたのですね!

でも五月は別の方がお力を――
邪悪な存在をはらってくださいました。
その方にお礼を言い忘れました。
今となっては、
顔も何も思い出せません。
すべてが白いもやの中です――

そう言い終えると、XLアストラルは薄くなり、やがて消えた。

【着信 喪神梨央】
辺りからセヒラの値、
すっかり消えました!
その場所で蘭暁梅ラン・シャオメイさんが、
神獣の見立てを受けたのですね。
麻美さんと一緒に来日され、
蘭暁梅ラン・シャオメイさん、行方知れずに――
そのときのことだと思います。

わからないのは形見の手鏡で、
蘭暁梅ラン・シャオメイさんを写したのが
誰なのか――
風水師なのかさえわかりません。

新山さんがご存知かも知れません。
機関本部へお戻りください。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい――
兄さん――

麻美さん、夢玄器むげんき使って
報告書をご覧になったんです。
報告書は本物でした。
でも中味が別物だったのです。

こんな内容でした――
満洲にける麻袋またい調査報告書――
そう言うんです。

大同だいどう三年だから去年のですね。
一、黄麻こうまに就いて
ニ、麻袋またいの種別
三、縫糸ほうし

そのような項目がありました。
麻美さんによると、
書いてある字だけが違ったそうです。
【帆村魯公】
おう、風魔――
【喪神梨央】
あっ、隊長!
式部さん、捕まりましたか?
【帆村魯公】
いや、まだだ。
例の芽府めふ須斗夫すとおだが、
また予言を吐いた――
今回は暗号じゃなく、
普通の言葉でだ。
式部氏が電報を送ってきたのだ。
第八の予言、
全地の主なる――
それだけだ。
【喪神梨央】
第八はもうひとつありました。
そちらはエニグマ暗号です。
【帆村魯公】
暗号が解読できれば、
二つを合わせて一本になるな。
明日、新山氏がラヂオを聴く。
【喪神梨央】
例の独逸ドイツ語放送ですね――
【帆村魯公】
そうだ、それで解読できるはずだ。
【喪神梨央】
明日を待ちましょう――
兄さん、蘭暁梅ラン・シャオメイさんのこと、
新山さんは何も覚えていないと。
【帆村魯公】
わしが代わりに聞いたんじゃが、
永井荷風ながいかふう先生にも会ったことがない、
そういうことなんじゃよ。
もしかするとブンヤの弟かも知れん。
作家先生ともコネがあるだろうから。
【喪神梨央】
それにしても式部さん、
急にいなくなるなんて――
どうされたんでしょうか?

謎の霊的物質、ゼーラム五ニ五を塗布とふして、真名井まない真鏡しんきょうに霊性の現れるのを待つ。
そして予言は
日蝕にっしょくの日の異変を告げる――
山王さんのう機関を探る
スパイ組織がある――
その怪情報が不吉な旋律せんりつを奏でていた。

第九章 第四話 穴

〔山王機関本部〕

梨央りおは甲府連隊区に連絡を取り、山郷やまごう武揚ぶようの山梨での様子を確かめていた。
甲斐絹かいきを扱う生糸きいと商を営んでいた――

【喪神梨央】
屋号は山郷生糸きいとといいます。
甲府の北にある夢山ゆめやまという、
山の中腹に自宅があります。
【帆村魯公】
そうか――
そう言えばこれまで山郷のことなど、
詮索せんさくしてこなかったな――
【喪神梨央】
甲府連隊の糧抹りょうまつ係がよく知るのです。軍馬のまぐさを調達保管する軍属です。
【帆村魯公】
それで商売は順調なのか?
山郷の、甲斐絹かいき商とやらは。
【喪神梨央】
甲斐絹かいきは薄手で腰があって、
独特の光沢こうたくのある絹糸きぬいとです。
山郷はそれに飽き足らず――

北支ほくし原産の柞蚕糸さくさんしに興味を持っていたという。
柞蚕さくさん山繭蛾ヤママユガの仲間でさくの葉を食す天蚕てんさんだ。家蚕糸かさんしにはない野趣やしゅが持ち味である。

【喪神梨央】
新京シンキョウにある満蒙絲線まんもうシーチェンでは、
白黄斑山繭シロキマダラヤママユの人工飼育に成功して、
天蚕糸てんさんしの生産を本格化しました。
でも今年は病気が流行って――

かいこかび菌におかされる斑僵病まだらきょうびょうによって、柞蚕糸さくさんしが収穫できなかったのだ。
山郷は新京しんきょうに大量の甲斐絹かいきを調達した――

【喪神梨央】
満蒙絲線まんもうシーチェンの社長、好文海ハオウェンハイは、
山郷への支払いの一部に結 晶アルツケアンを、
充てたのです――
【帆村魯公】
今から考えると、
山郷は結 晶アルツケアンのことを知っていて、
取引を持ちかけたのかもな。
【喪神梨央】
その辺り、もう少し調べてみます。

ノックの音がして九頭がやって来た。

【九頭幸則】
歩一、九頭くずです――
って、のんびりですね、皆さん!
【喪神梨央】
軍帽を
着て怪人の
白い声
【九頭幸則】
物見遊山ものみゆさん
怪人来たりて
墓地の穴
【帆村魯公】
なんと!
【喪神梨央】
墓地に穴!?
【帆村魯公】
梨央りお、何か観測するか?
【喪神梨央】
いえ何も……何も観測していません。
幸則さん、青山墓地ですね。
――怪人、現れたんですか?
【九頭幸則】
いや……
ただ穴に人がたかっているだけ。
もう散歩しかすることなくて――

大掛かりなクーデター計画発覚後、
軍は綱紀粛清こうきしゅくせいとして
日曜下宿を禁止した。
そむキタル者は礼遇れいぐう停止ニ処スル――

【九頭幸則】
門限もんげんも早まって、午後四時だよ!
まるで尋常じんじょうの子供だよ!
【喪神梨央】
いいじゃないですか、
規律を守るのって素敵です。
青山の大穴、青山新京シンキョウで、
凄腕の風水師たちが守ります。
しばらくは安心なはずです。

ただ新聞がまた書きたてますね。
赤坂の大柱はお化け柱ですよ。
見ようと近付くと音もなく消える、
それでお化け呼ばわりされています。
【九頭幸則】
麗華さん、戻ったんだよね。
墓場の穴からじゃなく、
別の方法で戻ったの?
【喪神梨央】
ちゃんとゲートをくぐって――
兄さんが連れて帰ったのです。
今、あきらさんのアトリエにおいでです。
鈴代さんがお連れになりました。
【九頭幸則】
へぇ~
あきらさんとどんな接点があるんだい?
まさか米国アメリカ流お茶点前てまえとか?

あきら米国アメリカの魔法学校に身を置きながらも、麗華の通う学校の創設者、鴨脚敬祐いちょうけいゆうを尊敬し、その著書、東亜論とうあろんを愛読の書としていた。

【九頭幸則】
変わった接点だね――
鴨脚敬祐いちょうけいゆう、隊にも信奉者がいる。
でも今は自重のときだよ、さすがに。
【喪神梨央】
兄さん――
あきらさんのアトリエ、おうかがいすれば?
何かお話、聞けるかも知れませんよ。

〔旭のアトリエ前〕

日枝ひえ神社の裏にある
能海旭のうみあきらのアトリエ。
鉄扉てっぴの前であきらが出迎えてくれた。
梨央りおが一報入れてあったのである――

【能海旭】
風魔ふうまさん。
梨央さんから連絡もらったよ、
入って――

〔旭のアトリエ〕

【能海旭】
風魔ふうまさん――
レンザのが、
いろいろ情報を集めているみたい。
最近、あいつ、
よく出かけているようだし。
それに麗華さんとは気が合うんだ。

アトリエのドアが静かに開いてレンザが顔を覗かせた。

【吉祥院蓮三郎】
失礼します、あきらさま。
風魔さまも――
【能海旭】
何だ、いたのか、
びっくりさせるな。
レンザ、
お前は麗華さんのこと、
気に入ったようだな。
【吉祥院蓮三郎】
はい、キタイスカヤでお目にかかり、
あの方はまさに完成間近かと――
そんな様子にございました。
【能海旭】
お前の言う完成とは、
どんな感じなのだ?
【吉祥院蓮三郎】
何と申しましょうか、
他の何者でもない存在になる、
そういうことにございます。
【能海旭】
何者でもない――
うーん、そうだな。
レンザ、お前も早く完成しないとな!

【吉祥院蓮三郎】
アキラさま――
麗華さまの学校を作った方の、
ご本をお持ちなんですね。
【能海旭】
鴨脚敬祐いちょうけいゆう先生だ。
帝国女学園創設者にして、
明治時代の国学者だ――
先生は東亜論という著作の中で、
日本こそ欧亜ユーラシア大陸で盟主となるべき、そう説かれている――

ボストンの本屋で東亜論と出会って、
私の人生が回り始めたんだ。
CCW公園のベンチで読み終えた――
【吉祥院蓮三郎】
クリストファー・コロンブス
ウォーターフロント・パーク――
そうでございますね。
【能海旭】
人に例えて、日本、鮮満が頭となり、
肥沃ひよくな大陸が強い胴体、
西アジアが脚となる壮大な計画だ。
麗華さんは学校で先生をのこと習い、
日本人の心をみがくため、
お茶を始めたらしい。
【吉祥院蓮三郎】
久遠くおん流にございますね。
お茶を通じて鈴代さまと出会われ、
愈々いよいよ霊異りょうい現すのでございます。
体深くに取り込んだ霊的結晶――
仮面の男を軽く退けた力……
やはり完成間近は疑う余地なし!
【能海旭】
何だ、お前?
麗華さんが審神者さにわとして成るのが、
嬉しいのか?
【吉祥院蓮三郎】
それはもう!
完成とは如何いかなるものか、
見てみとうございますゆえ!

【能海旭】
それで、麗華さんはどうした?
まだお前の部屋なのか?
【吉祥院蓮三郎】
いえいえ、
はずむようにお出になりました。
【能海旭】
そうなのか……
風魔さん――
何だか胸騒ぎがするよ。
――こういうの、当たるんだ……

〔旭のアトリエ前〕

アトリエ前の鉄扉のところに鈴代が立っていた。梨央から請われて麗華を迎えに来たのである。

【如月鈴代】
あっ、風魔さん……
麗華さんをお迎えにまいったのです。
――もしや、もう出られた……
そうなのですね!

不意に鈴代は顔を曇らせた。まだ万全ではない麗華を案じるとともに、不測の事態を招かいないとも限らない状況を案じているのである。

【如月鈴代】
梨央ちゃんから一部始終聞きました。
叔父おじが大変な迷惑をおかけし、
申し訳ありません――
新京シンキョウでN計画の情報が得られない中、麗華さんの渡満を知って、
叔父は計画を変えたのです――
麗華さんに結晶を取り込ませ、
仮面の男の計略に載せたようにして、
大きな力をもたらそうとした――
その力に寄せられるようにして、
失われた猶太ユダヤ支族のすえが現れる――
叔父おじは何の根拠があって、
そんなことを考えたのでしょうか?
人に犠牲をいることまでして、
見つけ出す人って……

【着信 喪神梨央】
今、鈴代さんもご一緒ですね。
麗華さんはこちらでも探してみます。
青山墓地の様子が変です。
セヒラが安定しなくなりました。
念のため巡視パトロールをお願いします!

【如月鈴代】
私、麗華さんを探します。
心当たりがあるのです――

〔青山墓地〕

公務電車で青山墓地に向かった風魔。そこでは大穴の周囲に大勢の市民が集っていた。市民たちは様々な方向を向いておかしな挙動を繰り返していた。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
比較的強いセヒラです。
市民は怪人化している模様!

【新聞売】
号外だよ~興亜日報の号外だよ~
赤坂のお化け柱に次いで、
青山墓地に謎の大穴出現だ!

新聞売に小僧が近寄った。

こら、坊主!
買わないならあっち行った行った!
【原宿の少年】
ねえねえ、何で興亜日報は、
おいらの川柳、載っけないの?
【新聞売】
何だ、読んでないのか?
怪人川柳はな、担当の記者が病気で、
当面休むとあったぞ。
記者は一日中、うつろな目をして、
ちゅうにらんでいるんだと。
神経の病だ、帝大出なのにな……
【原宿の少年】
怪人川柳、お休みか……
残念至極だな!
おいら、とっておきの、こしらえたのに。
【新聞売】
ふん、しょせん、
ガキのお遊びだろ?
【原宿の少年】
どうかな――

高い空
走る怪人
道柳みちやなぎ
【新聞売】
ふーん……
その道柳ってのは、
銀座の並木のあの柳か?
【原宿の少年】
何言ってんだよ!
別名庭柳、たで科の仲間の一年草――
道端みちばたでよく見かけるじゃないか!

大穴の脇で車投げの挙動を繰り返していた背広姿の男性がこちらを振り向いた。そして風魔に歩み寄る――

【飯倉の客】
新宿の東海館で観たんだ!
ああ、幻燈会げんとうえだよ、
天睛院てんせいいんオラクルだ。
奇術師の天睛院てんせいいんが銀幕に現れた。

血走った目をワイフに向けた!
私のワイフをにらみつけて言うんだ、
顔が見える、顔が見える――
アレが鼻、ソレが目、とな!
顔は貫禄かんろくのある紳士しんしです、
乳房の間に顔が埋まりまぁす!
顔の主は三河台みかわだいの銀行支店長だ、
天睛院てんせいいんはそう告げやがった!
銀幕の中からだ!

ワイフは真っ青になって、
頓狂とんきょうな声上げて活動キネマ館を飛び出し、
もう七日も戻らない!!

何が天睛院てんせいいんオラクルだ、
ふざけんな!!

《バトル》

【飯倉の客】
はぁ、はぁ、はぁ~
ワイフの服がやけに煙草たばこ臭い、
そういう日が少なからずあったなぁ。
煙草たばこ……三河台みかわだい……支店長……
――ううううううぅぅ~

【着信 喪神梨央】
今の話は天睛院てんせいいん一座のことですね。
女流奇術師の天睛院てんせいいんが率いる一座で、
透視術を専らとしています――
顔が見えるというのは、
天睛院てんせいいん十八番おはこなのです。
あまりいい顔は見えませんが――

黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
まだセヒラ収まりません!
引き続き警戒してください。

【台町の婦人】
真白ましろき細き
手をのべて……
血汐ちしお洗い去り~
吹けよ朝風あさかぜ
初陣ういじんの……
胸の火玉ひだまあれ!
永久とわさかえの  
だい亜細亜アジア
世界に示せ――

そこまで言うと着物姿の女性は力なくうなだれた。後れ毛が額にかかっている。目を閉じ、ゆっくりと開いた。風魔を見るようでもあり、見透かすようでもあった。

【台町の婦人】
どうしたのかしら……
私ったら、こんなところで?
――あなた、警察の方?
さ、帰って支度したくしなくちゃ!
支度したく支度したく――

女性はふらつきながら風魔の脇を抜け青山通へ去った。大穴の周囲にいた市民たちも一様にうなだれている。

【着信 喪神梨央】
支度したくって、何の支度したくでしょうか……
ちょっと気になりますが、
もう、セヒラは観測しません。
山王さんのうホテルに殿下がお見えです。
ご帰還ください――

〔山王ホテルロビー〕

ホテルロビーでは聖宮と魯公が立ち話をしていた。

【聖宮成樹】
喪神さん――
喪神さんの時間がずれ始めている、
そううかがいました。
【帆村魯公】
帝都満洲での一日が、
帝都の何日分にもなる、
そういう現象が起きています。
【聖宮成樹】
セヒラの動きが関係している、
そう考えられますね?
【帆村魯公】
セヒラの動き?
そんなものがあるのですか?
まるで日和ひよりのようですな!
【聖宮成樹】
まさに、循環じゅんかんする大気のようです。

そう言うと聖宮はセヒラ回廊かいろうの話をした。アラヤ界のさらに深い階層に、セヒラが無限に循環じゅんかんする場所があるという――

【聖宮成樹】
セヒラ回廊には古今東西、
ときには未来からも思念が流れ込み、
セヒラとなって循環してるのです。
【帆村魯公】
思念はセヒラとして実体化する、
そういうことなですな?
【聖宮成樹】
念とは質量を伴うものです。
それがさらに凝固して出るのが――
【帆村魯公】
アストラルですな!!
【聖宮成樹】
帝都にもアストラルが出た、
そう伺っています。
【帆村魯公】
ほう!!
目の当たりにしました!
あれは風水師のアストラルでしたな。
【聖宮成樹】
セヒラ異常が起きると、
アストラルも表出するようです。
セヒラ回廊そのものは制御不可能、
しかし帝都に湧出ゆうしゅつするセヒラ量は、
釣鐘つりがねでなんとかなるはずです。

しかし、このところ、
どうも様子が変なのです。
セヒラ回廊の動向が怪しくなり、
それがせいで釣鐘つりがねに影響が及び、
帝都の状況、予断を許しません。
【帆村魯公】
うむ……
仮面の男のせいで生まれた、
赤坂の大柱も依然いぜんと残ります。
【聖宮成樹】
数年前のことですが……
独逸ドイツ人たちはアラヤ回廊自体を、
なんとかしようとしたようです。

そう言うと聖宮ひじりのみやは一枚の青図を取り出した。
独逸ドイツ人たちが伊豆修善寺しゅぜんじ近くで見つけた穴、それをコンクリートで補強したのである。

青図には十進法で緯度経度が記してある。35、0018、138、9850――
伊豆修善寺しゅぜんじ近くの山中を示している。

【帆村魯公】
青山墓地にも穴が開いていますが、
あれはまた違うのですな?
【聖宮成樹】
墓地の穴は帝都満洲に繋がる穴、
独逸ドイツ人の探したロッホとは異なります。
伊豆の現場には倭文しどり神社のほこらがあるばかり、何も見当たらないとのことです。
【帆村魯公】
ほう、倭文しどり神社、またはしづり――
機織はたおりの神である建葉槌命たけはづちのみことまつる。
鳥取にある倭文しどり神社が有名ですな。

【聖宮成樹】
独逸ドイツ人たちは伊豆をよく調べ、
一箇所は見つけた――
それがこの青図のロッホなのです。
【帆村魯公】
そのロッホがアラヤ回廊に繋がる、
そういうことですな、殿下?
そしてロッホは他にももっとある――
【聖宮成樹】
山王さんのうにも品川にも、
ロッホのあった形跡は残ります。
山王さんのうが最もよく残しています――
【帆村魯公】
うむ……
そのようですな。
しかしもはや穴ではないと――

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
ホテルにおいでですか?
青山新京シンキョウの風水師の一人、
覚醒かくせいしたようなんです。
それで離脱してしまい――
セヒラが物凄く不安定です!

【聖宮成樹】
喪神もがみさん、まずは目先の問題です。
ロッホの件、さらに調べましょう。
帝都の何処いずこかにあるはずです。
【帆村魯公】
梨央ははらえの間にいるはずだ。
風魔、頼んだぞ――

〔祓えの間〕

【喪神梨央】
覚醒かくせいした人はヘレナさんです。
ヘレナスーさん――
八年間も昏睡こんすい状態だったとか。
昏睡こんすい状態から覚醒したので、
アストラルが弱くなった、
そのようです。

波形を確認すると、
品川図們トモンに漂うようです、
ヘレナさんのアストラル――

風魔は祓えの間からゲートを抜けて帝都満洲へ赴いた。

【満鉄列車長】
未来というのは必ずしも
一つというわけではない――
そう思いませんか?
川で小さな魚が跳ねただけで、
変わってしまう未来もあるようです。
力づくでは変えられないのに、
ささいなことで変わってしまう――
これは不条理なんでしょうか?

当列車、品川図們トモンに向かいます。
出発で~す!

風魔を乗せた帝都満洲鉄道あじあ号は一路品川図們を目指した。

〔品川図們〕

【AGK研究員Wアストラル】
アルツケアンは五つ見つかった――
蟻走痒感府ぎそうようかんふに二個ある。
アーネンエルベに二個、
あと一つはかい族が持ち去った――
【AGK研究員Aアストラル】
蟻走痒感府ぎそうようかんふではカーンが取り込み、
不老不死の存在になったんだ。
調査隊の副長、カーンと交渉すべく、
蟻走痒感府ぎそうようかんふに戻ろうとしたが迷った。
瑒納斯チャンナンス河畔かはんを二週間彷徨さまよい、
気が触れてしまったんだ。
【AGK研究員Wアストラル】
烏魯木斉ウルムチから百八十キロ南西、
緯度経度も正しいのに見つからない。
幻のように消えたんだ!
【AGK研究員Aアストラル】
かい族の少年カールが言ってた――
蟻走痒感府ぎそうようかんふが現れるには、
三十六の条件が必要らしい。
【AGK研究員Wアストラル】
条件で思い出した!
アルベルト、お前ゼーラム六八六の
フェラー還元方程式、知ってるか?
【AGK研究員Aアストラル】
ゼーラム六八六?
何だそれは?
ゼーラム五二五なら知っているが……
【AGK研究員Wアストラル】
俺の聞き違えかな……
確かに六八六なんて知らないな?
――あ、いや、知ってる気が……

会話をしていた2体のアストラルが音もなく消えた。そこへ中型アストラルがやって来た。

【ヘンリーオートCアストラル】
毎日がデリシャス!
ウェストロックのウェストダイナー、
カイザーひげのハモンド爺ちゃまは、
狼もちびるWWⅡの英雄さまだ!
油汚れでギトギトの厨房ちゅうぼうの窓から、
くそったれ災い州間道路をにらみつけ、
喧嘩けんか売るのが日課の爺さまだ!

あの州間道路は災いのデパートだ。
五十八年の大竜巻は、
あの道路に沿って移動しやがった!

ウェストロック高校の社会科教師、
オールドミスのドロシーも災難だ。
クルマは十八マイル先の沼で、
カエルの学校の校舎になっていた。
でもミスドロシーの姿はなかった――

ブライトン爺さん、
あの怪物こしらえたの俺だと思ってる。
あほらしー!
身体中から大小の砲身、
十二本も生やしてやがった!
一番でかいのは二五〇口径はある、
一五〇口径の榴弾りゅうだんも見たぞ!
怪物はウェストロックでは一発も、
撃たなかった――
その代わりツーソンは全滅した。

大和ヤマト天皇エンペラーは魔法を使うらしい。
エンペラーズヴンダーだ……
でもな、何でドイツ語なんだ?
クラスにドイツ野郎いたからな、
ヴンダーってのはドイツ語だぞ。

俺は今大和語ヤマトニーズを練習中だ。
自分名前も書けるぞ、大和語ヤマトニーズで。
湖泥亜駄無素コーディアダムス――

中型アストラルはぐるぐると回転して消えた。

〔品川図們〕

次の街区に進むと、アストラルが寄って来た。

【AGK2研究員Hアストラル】
フェラー還元方程式の完成で、
カー体の半減期が二万六千年に伸びた。
発見時は二秒半で崩壊したのに。

もう一体のアストラルも来た。風魔のすぐ目の前にいる。

【AGK2研究員Pアストラル】
カー体を触媒として、
ゼーラム六八六は誕生した!
釣鐘二ツヴァイに満たして荷電かでんすると、
強烈な量子場が形成される――
まさに量子力学の奇跡だ!
釣鐘二ツヴァイは、空中三百メートルで、
直径四十キロの椀状わんじょう空域を生じる。
椀の中は数千度の高温となる――
【AGK2研究員Hアストラル】
総統フューラーの決断は早かったな!
ロンドン、パリ、モスクワ……
皆、壊滅だ。
我々は神の意志を得た――

2体のアストラルは左右へ去った。そこへ一体のアストラルが来る。アストラルは様子をうかがうようにして風魔に近寄ってきた。

【AGK研究員Gアストラル】
何だ、今の連中は?
何を寝物語をしている!!
あああ、苦しい……
息ができない――

《バトル》

【AGK研究員Gアストラル】
勝手にAGKアーゲーカー2を名乗るな!
私はユルゲン・フェラー博士の、
一番弟子なんだぞ!!

アストラルが爆ぜるようにして消えた。

【着信 喪神梨央】
別のアストラルが来ます――
おそらくヘレナさんです、
かなり苦しんでいます……

無線の後、中型アストラルがやって来た。その動き、どことなく不安定である。

【風水師HSアストラル】
たしかに自暴自棄になっていたわ!
六年も付き合った人と、
酷い別れ方をしたんだもの。
でもね、死のうなんて考えない。
ただ眠りたかっただけ――
ぐっすりとね!
おかげでよく眠れた……
なのに、何故、目覚めるの?

ここはフカヒレ屋の奥ね!
壁には八年前のカレンダーが――
コーマ状態でも髪は伸びるのね!

フフフフ~
さぁ、戻して頂戴、
また眠りの世界へ!!

《バトル》

【風水師HSアストラル】
ふう……
体が軽くなっていくわ。
――これでいいのよ、これでね……

アストラルは滲むようにして消えた。

【着信 喪神梨央】
ヘレナさん、戻られたようです。
やっぱり……

桃源郷とされる蟻走痒感府ぎそうようかんふとアルツケアンは、繋がりを持っていた。
そして帝都は不思議な未来とも繋がっている。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい!
またちょっとズレた未来と、
繋がってしまいましたね!
【新山眞】
いやぁ、ズレているかどうかは、
まだわかりません。
それにしてもすごい未来です!
ナチが量子爆弾をこしらえ、
我が方は――
【喪神梨央】
ヴンダー、怪物です。
巨大なが、実体化している、
そういうことなでしょう?
【新山眞】
キタイスカヤでもその会話が……
芽府めふ須斗夫すとおが言っていました。
怪物とは巨大な人籟じんらいであると。
【喪神梨央】
でも、そんんなこと、
本当に起きるんですか?
が見えるようになるなんて。
【新山眞】
今のところ、可能性は低いです。
ただ、何が起きるかは――

ノックの音とともに九頭が現れた。

【九頭幸則】
歩一の九頭くずです、
今度こそゆっくりはダメだ、風魔ふうま
【喪神梨央】
どうしたんですか?
でも見たんですか?
【九頭幸則】
例の違うものに見えるって話さ!
――ほら……
【新山眞】
仮構かこう、ですね。
東京ゼロ師団による――
【九頭幸則】
それそれ!
青山の青山せいざんホテルが、
いつのまにやらトゥーレの館に――
【新山眞】
何ですって!
独逸ドイツ流儀の召喚術を伝授する……
【喪神梨央】
鬼龍大尉が宿舎として使い、
その後、麗華さんが部屋を取り――
あの青山ホテルですね!
リヒャルト・フィンケが、
以前、宣言していましたね。
帝都にも館を置くって――
【九頭幸則】
何だか知らないけど、
人だかりができているよ。
【喪神梨央】
――兄さん……
アルツケアンですが、
アーネンに渡ったうちの一つは、
仮面の男が取り込みました。
もう一つの行き場が気になります。

第九章 第三話 時間軸の歪み

赤坂の大柱のことはすっかり市民の知ることとなり、連日、物見遊山の市民が詰めかけた。

【洋服姿のモガ】
大柱様! お願いします――
私、大柱様のように二人で向き合い、
家庭を築きたいのです!
【油絵が趣味の男】
うーん、このアングルだと、
柱が全部は見えないなぁ。
だが柱の高さはよくわかる……
【水飴売】
水飴いらんかねぇ~
甘い、あま~い水飴だよ~

一方、青山墓地に開いた大穴の周囲には大勢の巡査が動員され、市民の接近を監視していた。好奇心に駆られた市民も遠巻きに眺めるのみであった。

〔釣鐘の間〕

しかし、怪人騒動が頻発ひんぱつすることもなく、帝都は静けさを保っていた。
すでに12月中旬になっていた。

【聖宮成樹】
喪神もがみさん――
今、釣鐘つりがねの出力を上げています。
【新山眞】
出力を上げると、
セヒラの量も増えそうですが、
そうはならないのですね。
【聖宮成樹】
あるところまではセヒラが増えます。
しかし、さらに出力を上げると、
不思議なことにセヒラが下がる――
どうもそのようです。
【新山眞】
スプライン曲線という、
三次元曲線があるのですが、
それに似た挙動を示すのですね。

喪神さん――
この穴が青山新京シンキョウに通じるのなら、
麗華れいかさんが戻るのは造作ありません。
ただ今はセヒラを何も観測せず、
大穴が開いているだけです。
すぐに麗華さんが戻るというのは、
ちょっと考えにくいのです。
【聖宮成樹】
再びセヒラが上昇した時、
釣鐘つりがねの出力をさらに上げると、
一瞬、高濃度のセヒラが発生します。
セヒラの濃くなるその一瞬は、
最大限の注意が必要です。
それは心しておいてください。

【着信 喪神梨央】
兄さん――
隊長がおいでです。
機関本部へお越しください。

【聖宮成樹】
独逸ドイツ人が発掘したアルツケアンは、
アーネンエルベに一肌ひとはだ脱いで
もらうのがいいでしょうね。

そう言うと聖宮は釣鐘の間を出ていった。風魔、新山も後に続いた。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
兄さん――
参謀本部通いだった隊長が、
軍の謀反むほん計画を調べてくれました。
【帆村魯公】
謀反むほん計画――
確かにそうじゃな、謀反むほんじゃな。
参謀本部と陸軍省の調べで、
久鹿くろく計画の全貌ぜんぼうが明らかになり、
歩三では大掛かりな沙汰さたがあった。
【喪神梨央】
沙汰さたって……
つまり、人の異動とかですか?
【帆村魯公】
そうだな――
その実は粛清しゅくせいじゃよ。
とりわけ歩三には、
大鉈が振るわれたようじゃ。
連隊長の常田つねだ大佐も転隊になった。
【喪神梨央】
そうなんですね。
久鹿くろく計画の中心ですからね――
それで、常田大佐、どちらへ?
【帆村魯公】
新潟の第十三師団だ。
輜重しちょう兵第十三連隊渡河とか材料中隊――
部隊は新潟県中頸城なかくびき郡高田市にある。
【喪神梨央】
渡河とか材料中隊って……
橋を掛けるための資材を調達する、
そういう部隊ですよね。
【帆村魯公】
ああ、そうだな。戦闘部隊ではない。
部隊は高田城址じょうしの南に位置する。
部隊暗号は九一〇九だ――
久鹿くろく計画に関係するものなのか、
参謀本部第九部で、
このような伝単ビラが取得されていた。

下士官兵ニ告グ――
その標題で始まる伝単ビラであった。
一、今カラデモおそクナイカラ
  原隊げんたいかえ
ニ、抵抗ていこうスルもの
  全部逆賊ぜんぶぎゃくぞくデアルカラ射殺しゃさつスル
三、オ前達まえたち父母兄弟ふぼきょうだい
  国賊こくぞくトナルノデみなイテオルゾ

【喪神梨央】
原隊へ帰れ――
これって、計画の失敗を、
あらかじめ知っているのではないですか?

そこへノックの音がして九頭が入ってきた。

【九頭幸則】
歩一、九頭くずです。
この伝単ビラ、何ですか、先生?
【帆村魯公】
謀反むほんの将兵に投降とうこうを呼びかける、
その目的でられた伝単ビラだな。
【九頭幸則】
例の久鹿くろく計画ですね――
軍務局長暗殺、続く大暗殺計画、
実行されたら大変でした。
【喪神梨央】
こういう伝単ビラがあるというのは、
計画の失敗を予見よけんしていたと
そう考えられますね。
【帆村魯公】
失敗になる筋書きがあったとかな。
はなからそういう計画だったのかも。
結果、国体の再生は進むはずだ――
【九頭幸則】
だとすると、
宗谷そうや大尉の死は犬死ではなかった、
そうなのかも知れませんね。
【喪神梨央】
常田大佐の赴任ふにんした高田ですが――
上野から省線急行で行けますね!
【九頭幸則】
え? 
歩三の常田大佐、転隊したの?
その高田ってどこ?
【喪神梨央】
越後えちご高田です。信越しんえつ本線ですよ。
上野発夜八時五十五分、高田着は、
朝四時五分の夜間急行で行けます。
【帆村魯公】
常田大佐は輜重しちょう部隊に移った。
そういうことだ――
【喪神梨央】
川に橋をける資材を調達します。

再びノックの音が響く。フリーダ葉がドアの隙間から顔を覗かせた。

【フリーダよう
私、入って大丈夫かしら?
【喪神梨央】
フリーダさん!
どうしたんですか?
【フリーダよう
風水師のバーナードが、
仲間に声をかけてくれたのよ。
あのバーナードチャンよ。
それで五人の風水師が集まって、
青山新京シンキョウの穴を守ってくれている。
そういうことみたいよ。
みんな未来から繋がった思念、
大元はうんと遠くにいるのよ。
【喪神梨央】
そのおかげで青山墓地のセヒラ、
大きな値が観測されないのですね。
【フリーダよう
値の大小はわからないけど、
彼ら風水の術が効いているのかも。
【喪神梨央】
すると青山新京シンキョウに未来が繋がった、
そうなんですか?
【フリーダよう
そうじゃなくて、
彼らが思念を繋いだのよ。
でも――
【喪神梨央】
何か問題でもあるんですか?
【フリーダよう
他の思念もられてやってくる、
その可能性もあるわね。
あったらあったで面白いけど。
【喪神梨央】
ねぇ、フリーダさん。
前に見せてもらった小さな幻燈器げんとうき
あの原理ってどうなってるんですか?
【フリーダよう
あれはね、未来の技術なの。
この時代に披露ひろうすることはできない。
それはわかってね――

独逸ドイツ大使館〕

殿下の言葉もありアーネンエルベに寄っては、という魯公ろこうの提案があり、風魔ふうま三宅坂みやけざかへ。
ユリアと虹人こうじんが迎えてくれた。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
独逸ドイツ大使館でセヒラ観測です!

交信終わるや否や、執事型ホムンクルスが駆け寄って来た。

【執事型ホムンクルス】
標的ツィール
――排除アンシュルス! 排除アンシュルス

《バトル》

【執事型ホムンクルス】
――終了エンデ……終了エンデ……

〔アーネンエルベ〕

【帆村虹人】
大丈夫だったか、風魔?
執事型の洗礼を受けたみたいだが。
【ユリア・クラウフマン】
フーマがここに来るのを、
知っていたようですね――
【帆村虹人】
そうそう、梨央りおが教えてくれたよ。
大昔の隕石いんせきなんだって?
アルツケアン――
【ユリア・クラウフマン】
私もアルツケアンのこと、
少し調べてみました。
コージンも手伝ってくれたのです。
アルツケアンはウルムチの南西、
およそ一九五キロの山中で発掘され、
アーネンエルベにもたらされました。
【帆村虹人】
かい族の少年、アヒムが犠牲になった。
彼は急に学者になったりした――
【ユリア・クラウフマン】
アルツケアンは人の意志を読み取り、
人がそう振る舞うように仕向けます。
【帆村虹人】
寝ている間に蒸発する結晶なんて、
なんだか厄介やっかいだよ。
【ユリア・クラウフマン】
アルツケアンは、
真空容器に入れて取り扱います。

【帆村虹人】
人が変わる現象はメントロピー……
そう言うんだね。
独逸ドイツ人は何でも名前を付けたがる。
【ユリア・クラウフマン】
そうですね……
メントロピーがいつまで続くか、
まだわからないことだらけです。
仮面の男にアルツケアンをほどこしたのは
フェラー博士に違いありません。
【帆村虹人】
それで仮面の男は、
自分以上の自分になれたのかな?
【ユリア・クラウフマン】
取り込み方も重要なようです。

気体化したアルツケアンを吸い込み、身体に定着しきるまえに目を覚ますと、メントロピーは短い時間で終わるという。

【帆村虹人】
かい族の少年は、
完全に取り込む前に目覚めたんだね。
【ユリア・クラウフマン】
仮面の男には慎重に施した――
フェラー博士はコンプレットを、
作ろうとしたのでしょう。
【帆村虹人】
コンプレット――
【ユリア・クラウフマン】
完全版といった意味です。
【帆村虹人】
麗華さんに結 晶アルツケアンを施したのが、
山郷だとすれば、
方法を知っていたのかな?
【ユリア・クラウフマン】
容器から出して、
部屋においておくだけです。
けれど、アルツケアンについて、
知識はあったんでしょうね。
【帆村虹人】
誰かが教えた、そうだよね、きっと。
【ユリア・クラウフマン】
アルツケアンどうしで、
大きなセヒラ場を生むことも。
よほど詳しい人物がいた――

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
風水師たちを阻害そがいする者が――
青山新京シンキョウです。

【帆村虹人】
僕はユーゲントたちを組織して、
仮面の男の捜索そうさくをするよ。
捲土重来けんどちょうらいを狙ってそうだから!
【ユリア・クラウフマン】
私はヘーゲンの動向を探ります。
先ほど執事型を何体も連れて、
市内に出かけました。
何か目的があるようです。

〔祓えの間〕

【喪神梨央】
青山新京シンキョウの穴を、
五人の風水師が守ります。
そこへ阻害する者が現れたと――
【新山眞】
ジョン・チュー、エリック・ホイ、
ヘレナ・スー、ドナルド・プー、
そしてアンドリュー・ワン――
アンドリューさん以外、
苗字の漢字はわかりません。
【喪神梨央】
一人、女性がいるのですね――
ヘレナさん……
何があったでしょうか。
【新山眞】
フリーダさんいわく、
五人とも昏睡こんすい状態にあるとか。
それで思念を飛ばすのです。
【喪神梨央】
フリーダさんの携行式けいこうしき幻燈器げんとうき
もしかしてキノライトの会社かも。
東京幻燈げんとう工業ってところです。
ちょっと調べてみますね!

〔赤坂哈爾浜駅〕

【満鉄列車長】
青山新京シンキョウにいる連中、
香港ホンコンから繋がっているようですね。
それもうんと未来の香港ホンコンから。
前にも似たようなことがありました。
それで未来から色々来たのです――
今度も来るかもしれませんね。
――どんな未来からでしょうか?

列車は青山新京シンキョウに向かいます。
間もなく出発します。

〔青山新京〕

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
見たこともない波形を観測しました。
注意してください!

交信後、すぐさま中型アストラルがやって来た。

【ダイナー店主Bアストラル】
俺があの怪物ヴンダーを初めて見たのは、
誰が呼んだかクソ退屈州間道路インターステーツ上だ。
ツーソンまで真っ直ぐ続くクソ道路、
あれを計画した奴は、
よほどの阿呆あほかおせっかい野郎だ。
ハンドル操作不要で楽々チンチン――
そう考えたのかもな。
救いようのないおせっかい野郎だな!

怪物はウェストロックを貫く州間道路を、ツーソン方面へ移動していたという。
町外れの小屋で暮らすセルマ婆さんが、ミッションオイルの染みを見て救世主キリストと信じ、全米からおかしな連中が集まった道路である。婆さんは純白のウェディングドレスをまとい、オイル染みのある場所へ日参した。
ドレスが灰色になる頃に騒ぎは収まった。

【ダイナー店主Bアストラル】
怪物はコーディの仕業だと考えた。
ヘンリーオートの穀潰ごくつぶし、
キング・オブくそったれコーディだ。

なんせあの怪物、
体中から砲身突き出していたからな。
歩く砲身天国だ、まったく!

コーディは車屋を営むが、
筋金入りのガンクレイジーだぞ。
弾の出るものなんでもござれ!
去年、二十八年型T1軽戦車を買い、
三十七ミリ歩兵砲を取り外して、
九十三ミリ砲に載せ替えやがった。
奴がそいつをぶっ放した時は、
地面は脂肪デブの腹みたいに波打ち、
砂煙が竜巻状に舞い上がったもんだ。
永久に太陽が顔を出さなくなり、
ウェストロックは氷河期を迎える、
そう心配したもんだ。

あの怪物もコーディの野郎がこしらえた、
そう考えるのも当然といえば当然だ。
真っ白な不気味や怪物をな!

だが違った! 真実は奇なり!
怪物は日本人ジャップが持ち込んだんだ。
今は大和人ヤマトニアンって呼ぶんだったな。

あの怪物どもとナチの新型爆弾で、
アメリカは日本とドイツに全面降伏、
西経百四度で分断統治されたんだ。
モンタナ州とノースダコタ州の州境、
それがになった。
百四度線と呼ばれる――

日本人ジャップ、いや大和人ヤマトニアンは、
ロスにアメリカ総督府を置いた。
西半分、大和ヤマト領ってわけだ。
そういや、大和人ヤマトニアンの連中、
あの怪物のことをなんと呼んだか……
確か――
ジンライマジン――
大和語ヤマトニーズは難しいぜ、まったく!

アストラルが回転しながら消え、風魔は街区を進んだ。そこでは2体のアストラルが会話していた。

【着信 喪神梨央】
未来のことのようですが――
何かズレが生じているようです。
警戒して進んでください。

【新聞記者Sアストラル】
横須賀よこすか港に停泊中の戦艦京畿けいき艦上で、
宮崎みやざき全権大使とモス米副大統領が、
横須賀よこすか条約に調印し――

ああ、何かうまくまとめられない。
イケダ、お前の方はどうだ?
【新聞記者Iアストラル】
日本国は大和やまと国として省庁再編、
拓務たくむ省から改組の拓殖経務たくしょくけいむ省が、
鮮満に次ぎ西米洲を管轄かんかつ――

サカイ、お前の原稿は、
条約の目玉を取り上げたほうが、
いいんじゃないか?
【新聞記者Sアストラル】
横須賀よこすか条約の目玉か――
ドル二十八円の固定相場制とか、
米国アメリカ石油の無制限輸入とかか?
【新聞記者Iアストラル】
そうだな――
それを見出しにして、
米国総督府のエドガー蒲田かまた総督の――

そう言い終わらないうちに5体のアストラルが同時に入ってきた。

【新聞記者Sアストラル】
ん、何だ、何があった?

【超級風水師AWアストラル】
私たちでは、
押さえきれない邪悪な存在だ。
頼む、なんとかしてくれ!
【風水師HSアストラル】
邪気の流れを整える、
私たちにできることよ。
それを超えては無理だわ――

そう言うと5体のアストラルは隣接する街区へと進んだ。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
隣の街区に進んでください。
セヒラ、観測します!

果たしてその街区には仮面の男が待ち構えていた。セヒラ異常に呑み込まれて消えて以来である。

【仮面の男のアストラル】
私は自分こそ虚無きょむだと思っていたが、
あの女ほどではない――
月詠麗華つくよみれいかだ!
あの女の内側には何もない。
怒りも憎しみも、さげすみも、何もだ。
あの女は戦いそれ自体を楽しむ――

二つのアルツケアン、
その衝突が狙いだったとはな!
私も焼きが回ったものだ。
だが、この戦いで私は再生する。
さぁ、憎しみをわけてくれないか!!

《バトル》

【仮面の男のアストラル】
お前は闇をのぞいているつもりか。
闇もまたお前をのぞいているのだ。
それを忘れるな――

仮面の男が消えた後、風魔はさらに街区を進んだ。地面に大穴の開いた場所である。穴の周りを5体のアストラルが囲んでいた。

【風水師HSアストラル】
助かりました――
私はヘレナ・スーです。
香港の風水師です。
今は九龍クーロンフロントの海鮮中心にある、
フカヒレ屋の奥の部屋で、
八年も昏睡コーマ状態になっています。
あの頃、眠れない夜が続き、
素人しろうと療法で睡眠薬を飲みすぎて――
先日、私の思念はバーナードに会い、
ここにいざなわれました。

【風水師JCアストラル】
さぁ、また私たち五人で、
ここの邪気をしっかり整えますよ。
私たちは誇り高きコーマ団ですから!!

5体のアストラルが穴の中央に集まった。その直後、穴からはセヒラの湧出が始まった。しかしアストラルたちが制御するためセヒラはか細くまるで糸のようであった。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
赤坂哈爾浜ハルピンで麗華さんらしき波形、
確認しました。
赤坂哈爾浜ハルピンに向かってください。

大穴はひとまずアストラルたちに任せることにして風魔は踵を返した。

【満鉄列車長】
やはりです、憶測したとおりです。
赤坂哈爾浜ハルピンの町に、
キタイスカヤが出現しました。
哈爾浜ハルピンのキタイスカヤです、
あの大通りがそっくりそのまま!
そして私の状態では、
キタイスカヤに入れないのです!!

え~間もなく、赤坂哈爾浜ハルピン
赤坂哈爾浜ハルピンです~
キタイスカヤもこちらです~

赤坂哈爾浜の街頭に立つ風魔の周囲がゆらいで暗転した。光が戻るとそこはキタイスカヤ街であった。

〔キタイスカヤ街〕

【着信 喪神梨央】
そこは……
またキタイスカヤ街ですね!
依然いぜん、麗華さんらしき波形、
確認できています。

交信と入れ替えに千紘、芽府須斗夫、吉祥院蓮三郎がやって来た。

【芽府須斗夫】
なかなか、面白いことになってきた。
――そうじゃないかな?
【千紘】
未来から思念が繋がった――
【吉祥院蓮三郎】
香港の風水師は、
皆、昏睡こんすい状態にございます。
それでなお、思念を飛ばすのです!
【芽府須斗夫】
それもあるけど――
少しズレた未来と繋がっている。

そう言うと、芽府めふ須斗夫すとおは、先の新聞記者の思念に深く触れ、様々なことを知ったという。

【芽府須斗夫】
日本とドイツはアメリカと戦い、
結局、アメリカを打ち負かすんだ。
そういう未来だよ。
ドイツは六十発の量子爆弾を落とし、
日本は三百八十六体の怪物で攻めた。
怪物はヴンダーと呼ばれているよ。
【吉祥院蓮三郎】
ヴンダーとは独逸ドイツ語にございますか?
【芽府須斗夫】
その正体、人籟じんらいだよ!
それも相当大きな人籟じんらいだ。
【吉祥院蓮三郎】
人籟じんらい
東京ゼロ師団が関わる
それでございます!
【千紘】
ふーん……
東京ゼロ師団っていうと、
工廠こうしょうの上部組織なんだろ?
【芽府須斗夫】
アメリカを攻撃したのは、
普通の人籟じんらいじゃないさ。
ゼーラム六八六で改良されている。
【吉祥院蓮三郎】
それでヴンダーと、
独逸ドイツ語で呼ぶのでございますね!
【千紘】
そんなのを、アメリカ本土まで、
どうやって運んだの?
【芽府須斗夫】
伊五百号潜水艦百三十六せき
加えて戦艦阿蘇あそ、戦艦生駒いこま――
海軍が全面協力したんだ。
ドイツから釣鐘つりがね運んだときも、
伊号潜水艦が使われた。
人籟じんらい運んだのは最新型だね。
【吉祥院蓮三郎】
独逸ドイツの爆弾とは、
どのようなものでございますか?
【芽府須斗夫】
ゼーラム六八六を用いた量子爆弾――
それしかわからない。
東海岸の二十四の都市が壊滅した。
死者三百四十万人――
アメリカ本土は西経百四度で分断され、
東アメリカを独逸ドイツが占領、西アメリカは日本に併合へいごうされたという。
【千紘】
でもそれって、正しい未来なの?
【芽府須斗夫】
わからないさ――
いろんな時間の線が錯綜さくそうしている。
【吉祥院蓮三郎】
今の時点で米国アメリカと戦っていません。
それに……
アキラさまの学校、東海岸にあります。
それが独逸ドイツ領になってしまうのです。
何か複雑な感じがいたします。
【芽府須斗夫】
未来にはあらゆる可能性がある。
そういうことだね。

芽府須斗夫は風魔に向き直って言う。

【芽府須斗夫】
僕たち、帝都で石を拾ったんだ。
仮面の男が残した石だと思う。
【千紘】
田町たまち、広尾橋、大崎広小路おおさきひろこうじ――
仮面の男が結界破りに使ったんだ。
仮面の男は劣化れっかしているはずだ。
麗華さん、しばらく安全だね。
今はホテルにいるよ、麗華さん。
【芽府須斗夫】
ホテルボストーク。
この先にある小さなホテルだ。
【吉祥院蓮三郎】
私の勘としましては――
麗華さまと豪人たけとさまが出逢えば、
お二人とも愈々いよいよ完成するのでは?
そう思う次第しだいにございます。
お二人、完成寸前にございますゆえ。
アキラさまのお声が
聞こえるようです――

レンザ!
お前も早く完成させないとな――

【着信 喪神梨央】
ホテルボストーク、
ワゴロドナヤ街十一号地です。
東方 ボストーク飯店の看板が目印です。

交信を終え風魔が顔を上げると3人はいなくなっていた。風魔はホテルを目指した。

〔ホテルボストーク〕

公園越しにソフィースキー寺院を望む、八東方飯店ホテルボストーク408号室。
向かいは同發隆トゥンファールン百貨店である。

ホテルの窓辺に月詠麗華が立っていた。柔和な表情を浮かべている。

【月詠麗華】
風魔ふうまさま――
ようやく人心地つけました。

あの夜、八島通やしまどおりへだてた
新京シンキョウ神社に、
瑞祥ずいしょうの光を認めたのです――
久遠くおん流の師弟にだけ見える光、
それを新京シンキョウ神社に認めたのです。

光に誘われて新京シンキョウ神社に行くと、
そこに山郷さんがおいででした。
お茶で用いる香合をお持ちでした。
炭点前すみてまえのときに白檀びゃくだん香をきます。
そのお香を入れる香合、
交趾焼こうしやきで亀の形をしています。

三日後の夜、同じ時間に神社に来るように、そう伝え、山郷は麗華に香合を渡したのだ。
三日後、山郷と一緒に新京シンキョウ神社の井戸へ降り、次に気が付くと青山新京シンキョウにいたという。

【月詠麗華】
山郷さんは私を帝都に連れ戻す、
そう仰っておいででした。
神社の地下に運河が通るのだと――
でもここは帝都ではありません。

ここは……おそらく哈爾浜ハルピンです。
先程、レンザさまにお会いしました。
レンザさまは豪人たけとさまをご存じです。
お二人で修善寺しゅぜんじに出向かれたとか。
それでロッホをお調べになりました。
穴という意味だそうです。
豪人たけとさまは帝都にもロッホがある、
そうお考えになり、
帝都各所にお出になっていると――
白山の宿舎から――
小石川区の白山ですよね。
そこに豪人たけとさまがおいでなのですね。

私、帝都に戻ることにします。
是非、豪人たけとさまにお目にかかり、
教えをいとうございます。

【着信 喪神梨央】
兄さん――
麗華さんと一緒に戻ってください。
まずは戻ることです。

麗華を伴い風魔は祓えの間まで戻った。

〔祓えの間〕

【喪神梨央】
麗華さん――
神社でもらった香合の中に、
何か結晶が入っていませんでしたか?
【月詠麗華】
仮面の人が言っていました――
隕石いんせきとか結晶とか。
ありました、そのようなものが。

梨央はアルツケアンについて説明した。
香合に入っていたのは不思議な結晶で、気体になって麗華の体内に吸収されたのだと。

【喪神梨央】
麗華さんはアルツケアンを、
ものすごく深く取り込んでいる――
そうに違いありません。
【月詠麗華】
では私は転生するのでしょうか?
そう言えばレンザさまも、
転生の途上だとか……
【喪神梨央】
吉祥院蓮三郎きっしょういんれんざぶろうさんですね。
悪魔セーレが転生した……
いえ、転生しようとしたのです。
【月詠麗華】
あの皆さんは、もしかして……
同じなのでしょうか――
【喪神梨央】
キタイスカヤにいた三人ですね。
でも、千紘ちひろさんは彩女あやめさんの別人格、
そう診断されています。
麗華さん――
あきらさんにはお会いになりました?
【月詠麗華】
レンザさまから話だけは――
まだお目にかかっていません。
【喪神梨央】
旭さんは鴨脚敬祐いちょうけいゆうという、
明治の女性国学者の書いた本を、
愛読されています。
麗華さんの学校を作られた方、
そうですよね?

鴨脚敬祐いちょうけいゆうは明治期の女性国学者で、帝国女学園の創設者でもある。
日本は欧亜ユーラシア世界の盟主であるとしたためた。
男装の麗人としても有名であった。

【月詠麗華】
鴨脚いちょう先生のことは、
よく教えられましたわ。
【喪神梨央】
アキラさんをご紹介します。
この近くにおいでなんですよ。
【月詠麗華】
それは是非ぜひに。
話が合うかもしれませんわ。

祓えの間に新山眞が入って来た。

【新山眞】
ホテルに如月きさらぎさんがお見えですよ。
【喪神梨央】
ありがとうございます。

麗華さん、まいりましょう。
鈴代さんもご一緒ですよ。
兄さん、麗華さんを、
アキラさんのアトリエにお連れします。
鈴代さんに来ていただきました。
【月詠麗華】
風魔さま、帝都に戻していただき、
ありがとうございます。
私は……大丈夫です。

梨央は麗華をエスコートするようにして祓えの間を出て行った。

【新山眞】
喪神さん、ヘーゲン召喚師ですが、
何かを企んでいるようです。
目黒近辺に執事型が集結しています。
現地の確認、お願いできますか?

〔目黒駅前〕

公務電車は予め梨央が用意していた。風魔は省線目黒駅前を目指した。
省線をまたぐ橋の中央にクルトがいた。クルトの周囲に執事型ホムンクルスが展開している。
手前からユリアが様子を見守っていた。

【ユリア・クラウフマン】
フーマ! 来てくれたのですね。
今、執事型が管理不能になって、
ヘーゲンが困惑の極みにいます。

セフィラにも疎密そみつがあります。
トウキョウのセフィラはみつなので、
ホムンクルスの指揮に向いています。
でも、今はセフィラがの状態、
アプドロックが長持ちしません。

同様の事態、ドイツでもありました。
エッセンでセフィラが急にとなり、
ホムンクルスが暴走したのです。

【着信 喪神梨央】
帝都のセヒラ、今は低い状態です。
五人の風水師が頑張っているので。
でも釣鐘つりがねが不安定との報告があり、
予断を許しません!

【ユリア・クラウフマン】
フーマ!
見てください!
ホムンクルスが一斉いっせいに――

橋の上で異変が起きた。クルトの目の前に巨大なセヒラ球が現れたのだ。セヒラ球の半分は地中に埋まっている。見る見る巨大化して、ついにはクルト、風魔を呑み込んでしまった。

〔時空の狭間〕

【クルト・ヘーゲン】
何故だ?
連中はアプドロックを守らないのだ?
私のめいだ、私の、私の、私の!!
くそっ!
勝手にアプドロックを解除するのか!

さてはお前がそそのかすのか!
これはエッセンの二の舞か!
そのようなことは断じて認めない!!

《バトル》

どこからともなく聞こえてくる声……クルトはうろたえている。

【???】
復唱するであります!
各所襲撃後は首相、蔵相、鉄相、
農相、文相各官邸、料理店幸楽こうらく
及び山王さんのうホテルに宿泊せり!!
【クルト・ヘーゲン】
誰だ、お前は?
私に何を言いに来たのだ?

【クルト・ヘーゲン】
――まさか……
ハンス……ハンスなのか?
そこにいるのは、ハンスなのか?

フルトヴァンゲンの泉……
リューゲン島の砂浜……
ハンス、本当にお前なのか?

クルトの問いには答えず、代わって甲高い声がした。

【???】
どりゃーお久しぶり、
お元気でお過ごしやか?

クルトは困惑の極みにいた。

【クルト・ヘーゲン】
やめろ!!
ハンス、すんだ!!
これ以上、翻弄ほんろうしないでくれ!

【???】
フフフ――
お前は神に召されるのだ、売女ばいため。
いざ、幸いなれ!!
きざんでやろう、
お前の為の十字架じゅうじかを――
その瑞々みずみずしく白い腹に!!

そのきしむような声は憎しみに彩られていた。クルトは大きく目を見開いている。口をあんぐりと開け、ほとんど息はしていない。

【クルト・ヘーゲン】
やめろ!!
あああああ~
やめてくれ!!

腹の底から絞り出すような声を出すクルト。続けようとしたがもう言葉にはならなかった。
闇の底から全く抑揚のない声が聞こえてきた――

【???】
おお、墓よ、
お前の勝利はどこにある?

遂にクルト・ヘーゲンが自失した。
目黒に大勢のホムンクルスを連れて、彼は何を企んでいたのだろうか?

月詠麗華の帰朝きちょうを受けて、深まる秋の中に静かなる緊張が走る。

第八章 第十話 滾る憎しみ

〔山王ホテルロビー〕

その日、山王さんのうホテルには多加美たかみ宮司の姿が。真鏡に付随する三篇の古文書こもんじょについて、残すは愈々いよいよあと一篇であった。

多加美たかみ宮司】
紫水しすい会館の古文書こもんじょは、
やはり冬至についてのことでした。

ヒトツノ アラカニ
ワタラシテ ツマル

アラカとは宮のことですね。
ヒトツノ アラカ……
最初の宮ですね。
冬至は太陽の死であり、
同時に再生する日でもあります。
だから最初の宮となります。
京都帝大の方の古文書こもんじょ
見つかり次第、連絡が来るはずです。

ホテル玄関から廣秦ひろはた範奈はんなが入ってきた。風魔のところへ真っすぐ歩いてくる。

【廣秦範奈】
喪神もがみさん……
鍛冶橋かじばしの事務所で――
多加美たかみ宮司】
鍛冶橋かじばし……
もしや、志恩しおん会の――

多加美たかみは、自分は山郷やまごう武揚ぶように見限りを付け、今では風魔らに協力していると述べた。そして東雲しののめ流再興を手伝うのだとも。

【廣秦範奈】
如月きさらぎ鈴代すずよさんの決意は、
るがないのですね――
志恩しおん会では六世紀中頃、
ちょうど武烈ぶれつ天皇統治時代、
日本に渡ったマナセ一族を探します。
久志濱くしはま一族と呼ばれていて、
生糸きいとの生産にたずさわっていたようです。

喪神さん――
その志恩しおん会なのですが、
タイピストの女性から連絡があり――

タイピストが言うには、志恩しおん会の事務所から異音がするとのこと。風魔は範奈はんなとともに鍛冶橋かじばしへ向うことに――

範奈、風魔を乗せた公務電車は数寄屋すきや橋電停を通過、その先の鍛冶橋電停に着いた。

〔鍛冶橋〕

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
大丈夫ですか?
いきなり出かけるって言うから……
大慌てて公務電車の路線、
押さえたんですよ!

【廣秦範奈】
タイピストの女性が言うには、
志恩しおん会の事務所、人がいないのに、
人の気配がすると……
私も何度か、
同じような経験をしました。

そこへ白衣姿の人物がやって来た。頭には反射鏡を着けたままである――

【猫憑き】
ニャ~……
アンタもこの人の仲間ニャ?
この人、大っきな隙間すきまあるニャ。
おいらだけじゃスッカスカ!
おいら、猫の政次郎ニャ!

――言わんこっちゃないニャ!
誰か来るニャ!
ものすごい速さで来るニャ。

ひゃ~……
おいら、弾き飛ばされたニャ!!

白衣姿の男は呆然と立ちすくんだままだ。男の背後にアストラルが現れた。アストラルを透かして鍛冶橋の町が見えている。

【???】
FUMAサン……
JEREMIAHエレミヤデス……
ワカリマスカ?

【エレミヤの思念】
私ハ コンナニ ナリマシタ……
BUT心ニ JUSTIS!!
伝エタイコト I HAVEデス
【廣秦範奈】
エレミヤ……さん……
エレミヤ佐古田さこたさんですね?
――銀行家の……
【エレミヤの思念】
範奈はんなサン……
おお範奈はんなサン……
貴女にまつわるVERY大事なこと!
とても大事なこと――
I HAVEなのです。

でも今は話せません――
FUMAサンにお会いして、
I TALKしたいです!
来てください――大連ダイレンです――
碑文谷ひもんや大連ダイレンで、
I WAITしています。

アストラルが消えた。白衣姿の男ははっと我に返った。

【本郷の内科医】
ここは……どこですか?
私、白山上はくさんうえの電停にいた、
それまでは覚えていますが。
その後のことは、ちょっと――
やれやれ……
これで今年になって十六回目です。
しっかりしなきゃです。

白衣の医者は何やらつぶやきながら歩き去った。暫く見送っていた範奈だが、軽く深呼吸をして風魔に向き直る。

【廣秦範奈】
私にまつわる大事なこと――
それって何でしょうか?
【着信 喪神梨央】
ゲートの準備できています。
はらえのへお越しください。

祓えの間からゲートを潜り帝都満洲へ。帝都満洲鉄道あじあ号に乗るや、列車長から案内があった。

【満鉄列車長】
碑文谷ひもんや大連ダイレンに再びわだかまる存在が――
これまでになく大きいですね。
さて、本列車ですが、
先程、定刻ていこく通り目黒奉天ホウテンを通過、
まもなく碑文谷ひもんや大連ダイレンに到着です。

〔碑文谷大連〕

【演説家アストラル】
蹶起けっきせよ、将兵諸君!
――ああ、もっと声を張り上げて……
えー……
世相の頽廃たいはい、人身の軽佻けいちょうがいし、
国家の前途に憂心ゆうしん覚えありしが――

だめだな……
登米川とめがわ先生のようにはいかない。

【作家志望アストラル】
記念すべき第一回茶川賞で、
なぜ、僕の小説が落選するんだ?

「ケッケッケ――
怪人三面相は不敵な笑い声を上げた。
それを見た彼女は一段とおびえた!

この後、どんな展開を見せるか、
知りたくないかい?
フフフ、くまなく教えてあげるよ!

おびえた女は突如とつじょ大蛇だいじゃと化した!
そして怪人三面相の体に巻き付き、
ぐいぐいと締め上げた!

「怪人三面相は
憤怒ふんぬ形相ぎょうそうとなった。
しかしすでに手遅れだった――
怪人は青ざめて動かなくなった。

どうだい!
予想外だったろう!
僕は絶対に諦めないからな!!

作家志望のアストラルが去ったのと入れ違いに、三体のアストラルがやって来た。

【伊班R隊員アストラル】
ん?
貴様は……
さては将校か!
ならば心しておくように。
我々玄理げんり派は二班で構成される。
第一の班は班、
元召喚小隊、暁光ぎょうこう召喚隊の隊員ら、
およそ三百名だ。
第二の班は班、
歩三附きの一般将兵ら、
およそ五百名から成る。
玄理げんり派は腐敗国家日本を革新すべく、
多くの血盟者けつめいしゃを迎えている――

【露班O隊員アストラル】
現代日本においては、政党政治家、
財閥ざいばつ及び特権階級のいずれも、
腐敗ふはい堕落だらくはなはだしい。
国家観念をなくし、国家滅亡の、
恐れあるに至らしめたるとし、
愈々いよいよ廓清かくせいつるぎを掲げんとす――
農山漁村の窮乏きゅうぼうを見よ!
小商工業者の疲弊ひへいを見よ!
我国の現状、黙視し得ざるものあり!!

【伊班T隊員アストラル】
貴様は陸士か?
我々、玄理げんり派に加わりたくば、
次の問に答えよ!!

一、歩兵の本領ほんりょう及戦闘手段
一、軍紀について
一、軍人聖心せいしんの意義
一、国防の最良手段
一、勅諭ちょくゆの紀元
一、連隊の歴史
一、四大師しだいし
一、ファッショ
一、現代世相に対する観察

如何どうだ?
続けるぞ、次の趣旨しゅしを述べよ!

天子てんしは文武の大権を
掌握しょうあくするの義を存して
ふたたび中世以降の如き
失体しったいなからむ事を望むなり
――
貴様、貴様のような輩の存在が、
国体を減衰せしめるのだ!!

《バトル》

他二体のアストラルは姿を消していた。

【伊班T隊員アストラル】
武士もののふの道は違はたがわいつの世に
いずくの野辺のべ
つゆゆとも

義憤に燃えたアストラルが消えると、風魔を呼ぶ声がした。

【???】
FUMAサン……
こっちです、こっち……

一体のアストラルがぽつんと浮かんでいた。

【Jアストラル】
FUMAサン……
とても深いところから、
上がってきた人、MEETです――
昔、志恩しおん会の代表をされていた、
廣秦ひろはたサンです――
廣秦ひろはた伊佐久いさくサンです!
そうです……
廣秦ひろはた範奈はんなさんのお父さんです。
今、おいでです――

その言葉に誘われるように、中型のアストラルがやって来る――

【Kアストラル】
範奈はんなを……範奈はんなを知る者か?
――私は……古賀こが容山ようざん篆刻師てんこくしだ。
古賀こが篆刻てんこくを守る私は――

あああ……
ここでは自分を保てない――
私は……私は……

アストラルは揺らいでいた。

幻の五石を求め旅に出た――
自然珪じねんけい天竺瑠璃てんじくるり雌黄しおう捻綿石もんせき
玄武晶げんぶしょう――
私は多くを求めすぎたのだ。
範奈はんなが生まれる三ヶ月前のことだ――
私は……ちたのだ……

以来、私は思念を飛ばし、
廣秦ひろはた伊佐久いさくとして活動した。
志恩しおん会の一事務員にいたのだ。

アラヤ界の深くをめぐる、
孤独な念と出会ったのが始まりだ。
失われた支族を求めれば戻れる――
その念は私にそう伝えたのだ。
私はその言葉を信じて……
――ああ、だめだ、保てない!!

アストラルが大きく揺らいだ。

《バトル》

【Kアストラル】
範奈はんなを知る者よ――
範奈はんなを呼びたい。
どうかなかだちをしてくれないか。
世界の底を漂い、
私は多くを見てきた。
失ったもの以上のものを得た!!

そう言い残すとアストラルは滲むようにして消えた。

【着信 喪神梨央】
範奈はんなさんのお父さん、
アストラルだったんですね!
碑文谷ひもんや大連ダイレン依然いぜん、セヒラ観測中。
でも今は安定しています。
ひとまず帰還してください。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
兄さん、隊長が――
参謀本部から戻られました。
【帆村魯公】
玄理げんり派がいつの間にやら、
一大勢力となっておった。
【喪神梨央】
班、班と言っていました。
【帆村魯公】
うむ……
暁光ぎょうこう召喚隊を中心に班、
歩三将兵で構成する班だ。
玄理げんり派は地方出身の青年将校らの、
不満を刺激し、彼らを錬成れんせいしおった。
状況次第では蹶起けっきも辞さない、
その勢いだそうだ……
玄理げんり派は登米川轍とめがわわだちという
予備役の革命論者と接触を深めて、
革新の大義を掲げておるようだな。

ただ、常田つねだ大佐に大義などない。
覇権はけん確立を狙うばかりだろう。
将校らはうまく利用されておる――
【九頭幸則】
歩一の将兵にも、
玄理げんり派に血盟けつめいする者があると、
内偵ないてい調査が入りました。
【喪神梨央】
幸則ゆきのりさんは、
政治や財閥の腐敗には、
義憤を感じないのですか?
【九頭幸則】
り、梨央りおちゃん――
いきなりふっかけるなぁ。
いや、感じなくはないけど――
天之道不而善勝てんのみちはあらそわずしてかつ――
そう言うじゃない!
【帆村魯公】
ほほう! 老子か!
ところで諸君は先の問題はどうだ?
【喪神梨央】
天子てんしは文武の大権を
掌握しょうあくするの義を存して
ふたたび中世以降の如き
失体しったいなからむ事を望むなり
【九頭幸則】
ええ、これまた何だよ!
――どっかで聞いたことあるけど……
【帆村魯公】
おいおい!
幸坊もれっきとした陸士だろ。
これは軍人勅諭ちょくゆの大事な一節だぞ。

ノックの音が響き、新山眞が姿を見せた。

【新山眞】
皆さん!
わかりましたよ!
ユンカー博士の居場所が――

ユンカー博士が体内に入れたシュタイン新山にいやまはその特有の波形を発見した。非常に弱い波形のため発見に手間取ったのだ。
ユンカー局長の弱い波動が確認されたのは、麹町こうじまち区の旧憲兵隊司令部だった。局長は裏庭の井戸で他殺体で見つかった。

【九頭幸則】
まさかな……
殺されていたなんて。
酷い有様だったようだ。
【着信 喪神梨央】
歩一の車列、
旧憲兵隊司令部に向かいます。
場所は……麹町こうじまち区です。

普段は静かな町に四両の軍用トラックの車列があった。歩一のトラックである。トラックが旧憲兵隊司令部に向けて走り出した。トラックを見送った風魔と九頭は、公務電車の待つ溜池電停へ向かう。その途中、聖宮と出会った。

【聖宮成樹】
喪神もがみさん――
京都でいろいろ調べが付きました。
私立探偵が頑張ってくれまして。

聖宮ひじりのみや九頭くずは自己紹介し合った。互いに相手のことは聞き及んでいた。

【九頭幸則】
私立探偵に依頼されたのですか?
【聖宮成樹】
ええ、信頼のおける人物です。
【九頭幸則】
京都でわかったというのは、
鈴代すずよのことですか?
ゆかりの神社から鏡を預かったという――
【聖宮成樹】
鏡のことは、試したいことがあり、
今、麻美マーメイさんという方に、
ある物を依頼しています――
実はユンカー博士には、
双子の弟がいたのです。
それが柄谷がらたに生慧蔵いえぞうなのです。
【九頭幸則】
その人は、確か……
【聖宮成樹】
戦実施計画綱領――
論文の執筆者です。
京都瑛山会えいざんかいの一員でもあります――

京都帝大の物理学者、柄谷がらたに生慧蔵いえぞう――
その手による論文が参謀本部に提出され、歩兵第一連隊に山王さんのう機関が設立された。セヒラやについて京都で管理するのが、聖宮ひじりのみやも所属する瑛山会えいざんかいなのである。
柄谷がらたに瑛山会えいざんかいの中核メンバーであった。

【九頭幸則】
その柄谷がらたに博士は日本人として、
振る舞っていたのですね?
【聖宮成樹】
やや外国人風の面立おもだちということで、
特に問題はなかったのでしょう。
出自しゅつじは明らかにしなかったようです。
【九頭幸則】
ユンカー局長の一家は、
双子の弟を日本に残して、
独逸ドイツに帰国したわけですね。
【聖宮成樹】
何か理由があってのことでしょう。
四十年ほど前のことです――
【九頭幸則】
柄谷がらたに博士は、
ユンカー局長殺害に関係している――
そうなのでしょうか?
【聖宮成樹】
何らかの関係はあると思います。
――おそらく強い確執かくしつがあった……

二十五年ほど前、生慧蔵いえぞうは渡独の際、兄ユンカーとの面会を希望した。しかしユンカーはこれを退しりぞけたのだ。

【聖宮成樹】
兄ユンカーは墺太利オーストリアの、
王立アカデミー入学への入学を控え、
独逸ドイツ政府の推薦が必要でした。
当時、日独は間接的な対立関係下、
日本にいる肉親の存在は、
ユンカーには不都合だったのです。
【九頭幸則】
四半世紀も前のことが……
今頃になって……
うーむ……あるかも知れませんね。

【聖宮成樹】
喪神もがみさん、私が山王さんのうに来たのは、
釣鐘つりがねを調整するためです。
帝都満洲のセヒラが、
一段と強くなったとのこと。
新山にいやまさんから連絡があったのです。
これより、
山王さんのう機関の方に向かいます。
釣鐘つりがねの制御を始めます。

聖宮はキビキビした所作を伴って歩き去った。そこへ着信があった――

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
芽府めふ須斗夫すとおの声が記録されました。
ちょっと聞いてください――

【再生 芽府須斗夫】
……僕は会ったんだ……
彼女さ、そうさ、彼女だよ!
僕の眠りの中にセフィラが流れ込み、
その中に彼女は浮かんでいたのだ。
金雀枝えにしだ色の瞳が美しい彼女は、
千紘ちひろと名乗ったよ。
彼女は自分のことを僕と呼ぶ――
僕たちは響き合う――
彼女、そう言うんだ。
その言葉は柔らかく僕を包み込んだ。
するとどうだい――
僕の中に沈んでいた言葉が、
ゆらゆらと浮き上がったのさ!

再生音声は歪んだノイズとともに消えた。風魔と九頭は互いに顔を見合わせている。そこへ梨央がやって来た。

【喪神梨央】
兄さん!
芽府めふ須斗夫すとおが語った言葉です。
タイプライターで打ち出しました。

芽府めふ須斗夫すとおはアルファベットを語った。それを一文字ずつ大文字でタイプせよと、録音マイクに向かってそう命じたのである。

【九頭幸則】
さっぱり読めないよ――
まるで何かの暗号だね。
【喪神梨央】
私もそう思います。これは暗号です。
新山にいやまさんがお持ちの、
ナチの極秘資料ゲハイムドクメントにありました――
【九頭幸則】
ナチの……極秘資料?
そんなのがあるの?
【喪神梨央】
似た文字を見ました。
それはエニグマ暗号機でこしらえた、
暗号電文でした。

梨央りお九頭くずらとともに一旦山王さんのう機関本部へ。しかし、日枝ひえ神社境内けいだいにセヒラ観測され、風魔ふうま日枝ひえ神社へ向かった。

〔日枝神社境内〕

日枝神社の社を背に四体のホムンクルスがいた。執事型、メイド型、レーベンクラフト型、そしてユーゲント型である。そこへクルト・ヘーゲンがゆっくりした足取りでやって来た。

【クルト・ヘーゲン】
キョウトの学者ピーハディは、
私に不思議な体験をもたらした。
彼が差し出したのは、
水晶クリスタールだった――
完璧なでできている。
それを手に取り、いくら調べても、
完璧な三面体だった……
三角錐さんかくすいでも四面体となるはずだ。
この世にこのような、
美しい三面体が実在するとは……
その水晶を握りしめた瞬間、
私の血潮ちしお沸騰ふっとうしたのだ!
この一週間、
私は高みを飛翔ひしょうしている!
恐れすら一瞬で消え去ってしまう。
彼との初めての会話――
それは私が日本に着任して
間もなくの頃だった――

辺りが急に白く輝き、やがて光は失われた。暗闇の中にクルト・ヘーゲンの姿があった。何処からともなく声がする――

【???】
クルト・ヘーゲン――
君はもう苦しまなくてもいいのだよ。
【クルト・ヘーゲン】
誰だ、お前は?
私が何に苦しむというのだ?
【???】
君の忌々いまいましい過去は、
とうに過ぎ去った車窓しゃそうの景色だ。
すっかり色褪いろあせて冷えている。
【クルト・ヘーゲン】
ああ、そうだとも!
私は自分にったのだ!
【???】
自分につなどナンセンスだ。
誰もが自分を遠ざけるのだ、
そして空隙くうげきを生み出す。
【クルト・ヘーゲン】
何の話をしている?
私は逃げてなどいない!
ただ――
【???】
ただ、どうした?
憎しみをたぎらせる一方ではないか?
それでこそ君なのだ!
【クルト・ヘーゲン】
そうだ、憎しみだ。
私の憎しみは計り知れない。
ヒュドラの沼よりも底が知れない。
【???】
いいや、君には底が見えている。
それが君のおびえの全てを生み出す。
さぁ、私にゆだねるがいい――
君のたぎる憎しみの、
そのうつわを無限の大きさにしてやろう。
どんな宇宙よりも大きな器だ。
ただしだ――
【クルト・ヘーゲン】
フフフ――
交換条件があるのか?
いいだろう、言ってみろ。
【???】
簡単なことだよ。
多くの部下たちに指示を出す、
ただそれだけだ。

〔日枝神社〕

四体のホムンクルスを従えるような位置にクルト・ヘーゲンは立っていた。その目は風魔を見据えているようであり、また風魔を透かしてみているようでもあった。

【クルト・ヘーゲン】
セフィラは超低温、真空状態で、
五億倍という高濃度に凝縮ぎょうしゅくする。
フェラーの法則と呼ばれる現象だ。
圧縮セフィラはセフィラ光を発し、
それを八枚の純鏡シュピーゲルで反射させる。
セフィラ光はますます輝く!
その光を一気に放つのだ。
ユルゲン・フェラー博士の指導で、
完全なる大型波動グローサベッレが完成した。
これからもミヤケザカから、
継続的に大型波動グローサベッレが発せられる!
私のは成功したのだ。
さぁ、配下の者どもよ!
真の実力を見せてやれ!!

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ急上昇です……
でも、日枝ひえ神社ではありません!
セヒラ、帝都中で上昇しています。
おそらく帝都満洲から流れている、
そう推測されます!

目の前の四体のホムンクルスにアストラルが現れた。四体は身じろぎ一つしない。

【クルト・ヘーゲン】
どうした!
何があった!
アプドロックが消えたのか!!
くそっ!
こうなったら私が試す!
大型波動グローサベッレ、私も受けたのだ!!

《バトル》

四体のホムンクルスの姿はなかった。

【クルト・ヘーゲン】
アハハハハハ~
私は負けていない!
そうだ、戦いの勝敗ではない!
こうしたみっともない戦いが、
私の憎しみをより大きくする!
お前には感謝せねばな!!

そう言い放った後、クルト・ヘーゲンはややふらつきながら境内けいだいを後にした。

【着信 喪神梨央】
殿下が釣鐘つりがねを……
釣鐘つりがねを調整されたようです。
現在、帝都のセヒラは高い値ながら、
安定しています。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
帝都満洲に、
強いセヒラがあるようです。
それって――
範奈はんなさんのお父さん……
そうじゃないでしょか?
古賀こが容山ようざんという日本的な名前でした。
【式部丞】
喪神もがみさん――
先程の芽府めふ須斗夫すとおの録音ですが、
彼は覚醒かくせいしたまま話したようです。
そして――
千紘ちひろと会った、そう言いました。
彩女あやめ君の第二人格です、千紘ちひろは。
響き合う――
彩女君も同じ台詞を語りました。
【喪神梨央】
夢の中で会った、
そんなようなことでしたよ。
【式部丞】
夢……あるいは自失した先。
帝都満洲かも知れませんね。
先の予言、ヒククアケ――
近く日本の古文書こもんじょ研究の先生が、
セルパン堂においでになります。
そのときに意味がわかるでしょう。
エニグマ暗号の方は、
新山にいやまさんに任せるしかなさそうです。

瑛山会えいざんかい柄谷がらたに生慧蔵いえぞうはユンカー局長の双子の弟であった。
兄の死に関わった恐れのある弟――
彼はまたクルト・ヘーゲンと取引をし、帝都に無益な戦いをもたらそうとした。柄谷がらたに生慧蔵いえぞうの目的とは果たして何であろうか?

第八章 第九話 総統の来日

〔銀座四丁目〕

銀座に出向いた祇園丸ぎおんまるからの要請で、風魔ふうまは夜の銀座に来ていた――

【祇園丸】
ヘーゲンのはなった執事型が、
僕を狙っているんだ。
だから助けを求めた――
ブレーメはギンザ一丁目だった。
店のウェートレスは写真を見て、
確かにこの人が来たと言ったよ。
ユンカー局長の写真を見せたんだ。
ユリアは先に戻った――
奴ら、僕が一人になるのを待って、
襲い掛かってきたんだ。
そう、相手は二人組だったんだ。
僕は全力で逃げた。
でも追いつかれて――
そのとき、ある人に助けられた。
背の高い、けわしい顔の人だ。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
近くでセヒラ観測しました。
注意してください!
【祇園丸】
この近くにいるというのか!
【執事型ホムンクルス】
目標ダスツィル……確認ベステーティグン
攻撃!アングリフ 攻撃!アングリフ

《バトル》

【執事型ホムンクルス】
――終了エンデ……
【祇園丸】
やれやれ……
やけにしつこいな。
もう一体いるはずだけど――
【着信 喪神梨央】
辺りのセヒラ、すっかり消えました。
もう心配はありません。

そこへ聖宮成樹がやって来た。

【聖宮成樹】
喪神もがみさん!
大丈夫でしたか!
【祇園丸】
この人だよ、
僕を助けてくれたのは!
【聖宮成樹】
そちらの方が、
お困りのようでしたから。
【祇園丸】
それじゃ……
後の一体はあなたが……
【聖宮成樹】
ともあれ、今は安全です。
立ち話というわけにも、
まいりますまい。
店にでも入りましょう。
さぁ、お二方、こちらへ――

聖宮がきびすを返した。祇園丸、風魔が後に続いた。

〔純喫茶青蘭せいらん

じき、日付の変わろうという時間であった。純喫茶は客もまばらである。

【女給かね子】
あらいらっしゃいましー
殿方とのがたがお二方にお兄さま……
ね、ね、聞いてくださる?
【聖宮成樹】
どうしたんですか?
【女給かね子】
興亜こうあ日報が純喫茶とカフェの
人気投票をするんですって!
それで銀座で一番を決めるのです。
一番になると私たちのお給金きゅうきんも――
【聖宮成樹】
そいつは気を抜けませんね。
【女給かね子】
純喫茶青蘭せいらんは銀座一の新進ですの!
是非ぜひ投票なすってね!
【女給さだ子】
かねちゃんの言うとおりよ。
銀座では花家はなや、フォンテーヌ、
カフェ・シエル、それから――
【女給かね子】
あらアモンも出るそうよ。
【女給さだ子】
いやだわ、アモンだなんて――
あそこはかなりのもんよ。
【神田のラムネ商】
恋人アモン
アモーン!
あすこはエロだ、大エロだぁ~
アモーン! アモーン!
大阪資本のエロ・カフェなりぃ~
美人女給三十名の空中輸送!
大阪特有の大衆的経営法!
豊穣ほうじょうなエロサービス!
【女給さだ子】
ちょいと、せいさん、
お静かにね。
もう遅いんだから。
【女給かね子】
珈琲コーヒーだと眠れなくなりそうね。
セイロン茶でもれましょうか。

そう言って女給が場を離れた。
聖宮は少しばかり声を潜めて言う――

【聖宮成樹】
喪神もがみさん……
瑛山会えいざんかいの物理学者、
柄谷がらたに博士のことですが――
どうやら猟奇倶楽部と、
関係があるようなのです。
【祇園丸】
え?
今、猟奇倶楽部と仰いましたか?
【聖宮成樹】
ええ、猟奇倶楽部です。
おそらくかなり高い位にあります。
【祇園丸】
その話、知ってます!
――いや、わかるのです……
西京極丸にしきょうごくまる香腺こうせんが残しました。
――こうです……

近く、高位の会員をお迎えする、
従順なる隸Θしもべシータ師という会員だ――

そこまで記憶が再生できました。
そのΘシータ師という会員が、
キョウトの学者なのですか?
【聖宮成樹】
従順なる隸Θしもべシータ師……
猟奇倶楽部での渾名あだななのですね。
喪神さん、
私はもう少し調べてみます。
またお目にかかりましょう。
【祇園丸】
柄谷がらたに……生慧蔵いえぞう……
キョウトの物理学者……
覚えておくよ。

日劇前で騒動があるとの通報で、純喫茶を出てそのまま日劇前へ向かった。祇園丸ぎおんまるは円タクで帰っていた。

〔日劇前〕

夜更けの日劇前は人もまばらであった。風魔の来るのを見て三人の男女が走り去った。袴姿の女性が二人、向き合うように立っている。

【中之島ファンの女性】
せっかく中之島なかのしま歌劇団の公演、
見に来たのに、今日は中止やて。
なんでですのん?
こいさん、もういにまひょ。
えらい遅うなってもうたわ――
円タクしかあらへんよ。
こいさん! 
なぁ、こいさん……
あんさん、聞こえてますのか?

話を聞いていたのか否か、黙っていた方の女性が前を横切って走り去った。

【中之島ファンの女性】
ちょ……
もう、なんやの、どないしたん!
こいさん! 待ちぃな!

声を荒立てながら、走り去った女性を追って行った。
そこへ黒い仮面を被った人物が姿を見せた。仮面越しの声はくぐもっていた。

【リヒャルト・フィンケ】
人は私を総統フューラーと呼ぶ。
トゥーレのやかたのね。
リヒャルト・フィンケだ、喪神もがみ君。
人というのは哀しい存在だね。
まるで打ちのめされるために
生まれてくるようではないか。
迷いをて、現実を超える――
私の教義にこれ以上の言葉は不要だ。

さて、そろそろ第一幕の始まりだ。
この素晴らしい劇場の前で、
このような宣言せんげんができるとは!
なんと、私は僥倖ぎょうこうに恵まれるのか!
来給きたまえ、鬼龍きりゅう君!

フィンケに名を呼ばれて鬼龍豪人がやって来た。鬼龍は遠くの一点をじっと見たまま言う。

【鬼龍豪人】
ヘルフィンケ!
愈々いよいよ、始まるのですね!
【リヒャルト・フィンケ】
私は残念で仕方がないのだ。
君たち日本人は資源を無駄むだにする――
うるわしい山河さんが、森に泉、清らかな流れ、
それにセフィラ!
素晴らしいセフィラを得ながら、
少しもかせていないではないか!
ヘッセン、ザクセン、バイエルン……
セフィラの湧出ゆうしゅつを認めるも、
ドイツではなかなか活用が進まない。
私から見ると日本人というのは、
金鉱脈の上とは露知つゆしらず、
汗して耕作しているようなものだ。
素晴らしいセフィラに恵まれた、
この町こそトゥーレのやかた
開くに適しているのだ。
【鬼龍豪人】
ヘルフィンケ、
私はつかめるでしょうか?
【リヒャルト・フィンケ】
君ならできるとも!
ただし……
【鬼龍豪人】
何でしょうか?
まだ私にいたらないところでも?
【リヒャルト・フィンケ】
君は持ちすぎているのだ。
欲は心をにごらせる。
【鬼龍豪人】
欲があってのことではありません。
古式東雲しののめ流が邪魔をするのです。
【リヒャルト・フィンケ】
それは君の中にケアンがあるからだ。
ケアン奥義おうぎを取り込んでいるのだ。
一度試してはどうかね?

このとき、鬼龍は体をフィンケに向けた。

【鬼龍豪人】
試す?
それはどういうことですか?
【リヒャルト・フィンケ】
自分をとことん落すことだ。
君が君でなくなるまでな!
【鬼龍豪人】
誰かに伝授でんじゅするというのでは、
駄目なのですか?
【リヒャルト・フィンケ】
ケアンというのは人を選ぶ。
つまりは君が捨てるのではない、
君が捨てられるのだ。
不毛な戦いによって、
君がケアンから見捨てられるのだ。
そこには不要だ――
【鬼龍豪人】
不要?
何が不要なのですか?
【リヒャルト・フィンケ】
心だよ!
自ら穴が空いたという心だ!

辺りが白くなったかと思うとやがて何も見えなくなった。暫くして暗闇に鬼龍の佇む姿が見えた。
どこからともなく声がする。鬼龍は耳をそばだてている――

【リヒャルト・フィンケ】
鬼龍きりゅう君――
もう一度聞かせてくれないか?
【鬼龍豪人】
何を……ですか?
私のことですか?
【リヒャルト・フィンケ】
人づてに聞いたものでね。
君は京都でガールフレンドを
くしているんだよね?
【鬼龍豪人】
彼女は……事故にったのです……
師団に面会に来た帰りでした――
【リヒャルト・フィンケ】
爾来じらい、君の心は、
京都に置き去りになったと聞くが。
【鬼龍豪人】
違います!
私は……求めたのです……
【リヒャルト・フィンケ】
何をだね?
君が求めたものというのは――
【鬼龍豪人】
――強さです。
力ではなく……精神の強さです。
【リヒャルト・フィンケ】
輜重しちょう隊では強くなるのは難しいね。
戦闘部隊ではないからね。
体も心も、強くはなれない――
【鬼龍豪人】
私は古式東雲しののめ流を極めようと――
そう心にちかい、日々精進しました。
【リヒャルト・フィンケ】
だが流派は閉じられてしまった。
君は腕を試すこともできず、
途方とほうに暮れていた――
【鬼龍豪人】
トゥーレのやかたへの招待状には、
あなたの署名があった。
あなたはすべて知っていたのですね。
事故のことも流派の閉じたことも。
すべてお見通しだった――
【リヒャルト・フィンケ】
君はめざましく腕を上げたね。
東雲しののめ流の素養が役に立ったのだよ。
――違うかな?
【鬼龍豪人】
あの頃はそうでしたが……
今、審神者さにわとしての私と召喚師の私、
その二人が戦うのです!
【リヒャルト・フィンケ】
君の中の二人は戦ってなどいない。
むしろ手を取り合っているのだよ。
君のルサンチマンがそうさせている。
ルサンチマンを乗り越えるには、
あるべき自分の姿を持たぬことだ。
理想も、目標も、夢もいらない。
【鬼龍豪人】
あるべき自分……
――私はこだわりすぎたのでしょうか?
求めるところが大きすぎるとでも?
【リヒャルト・フィンケ】
求めて得られる時代など、
とうに終わっている。
ただ、破壊あるのみだ!!

〔日劇前〕

鬼龍の心に去来したものは何であろうか?鬼龍は両眼を見開き、風魔を見ている。いや、見ているのではない、まさに射ようとしているのだった――

【鬼龍豪人】
私が浄化されるまで、
貴様を必要とする、そういうことだ。
さぁ、整えろ!
喪神もがみ風魔ふうま!!

《バトル》

【鬼龍豪人】
貴様は順当じゅんとうに腕を上げているようだ。
フフフ――
頼もしい限りだな。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
兄さん!
鬼龍きりゅうに好き勝手やらせて、
いいんですか?
明日、鈴代すずよさんが戻られます。
隊の方に言って、鬼龍を見張るように
お願いしておきます。
あっ、そうそう――
京都の紫水しすい会館から連絡があり、
古文書こもんじょは冬至についてだそうです。

ヒトツノ アラカニ
ワタラシテ ツマル――

アラカは宮とか部屋の意味だとか。
第一の宮に太陽が入って折り返す、
それが冬至のことだそうです。
第七の予言のヒククは、
結局わからずじまいですね。
今日はもう遅いので公務終了です。
お休みなさい――

そう言って梨央が本部を後にした。そこへ不意に声がする――

【???】
風魔ふうま……
聞こえる?
私よ、淑子としこよ――
あなたに、
是非ぜひとも話さなきゃいけないことが。

風魔は激しい目眩めまいを覚え頭を抱えた。

ふと何かの気配を感じて顔を上げる。そこはセヒラの揺らぎに縁取ふちどられた溜池通であった。為す術無く立ち尽くす風魔の脇に、威勢よくバールが現れた。

【バール】
じゃ~ん!
久しぶりだニャ、風魔ふうま
またぞろ姉さんの声がしたニャ!
それで出てきたニャ……
今は夜中のはずなのにニャ!
【バール帽子】
誰かが鎌掛かまかけてたゲロ!
姉さん、黒焦げとか言ってたゲロ!
ちょっくら調べたゲロ!
話はぜんぜん違うゲロゲロ――
【バール帽子背後】
確かに修善寺しゅぜんじで若い女が死んだ。
焼身自殺でな――
死んだのは横浜の女学生じゃ。
失恋してな、もうヤケクソじゃな。
そもそも病気を苦にして、
焼身自殺する奴などおらんわい。
ありゃ抗議こうぎの意を込めた死に方じゃ。
【バール帽子】
つまりは風魔の姉さんは、
修善寺しゅぜんじで療養中に忽然こつぜんと消えた、
そういうことだゲロ!
新山にいやま技手ぎてが言ってたゲロ。
修善寺しゅぜんじ独逸ドイツ人がロッホを探したと。
なんかプンプンするゲロ!
【バール】
風魔の姉さん、
どこかで生きているかもニャ!
でもここは違うニャ!
風魔の記憶の中だニャ。
さぁ、気を取り直して、
本部に戻るニャ!

〔山王機関本部〕

いつの間にか朝になっていた。

【喪神梨央】
おはようございます。
――兄さん、本部で寝たんですか?
興亜こうあ日報が特報を出しましたよ。
オリムピック辞退か? って――
【帆村魯公】
本当か、それは?
皇紀こうきニ六〇〇年に予定されておる、
東京オリムピックのことだろ?
【喪神梨央】
まだ東京は候補の段階です。
ニ月の奥斯陸オスロ総会で、東京の他に、
羅馬ローマ赫爾辛基ヘルシンキが候補になりました。
来年七月の伯林ベルリン総会で決まるはず。
その前に東京市が辞退を検討中とか。
【帆村魯公】
怪人やらが跋扈ばっこする町に、
運動選手を呼ぶわけにはいかんな。
まぁ、あと五年あるが――
ただなぁ……
あれだなぁ――

一昨年の国連脱退に次いで、昨年末はワシントン海軍軍縮条約の破棄はきと、日本は国際社会で孤立こりつを深めていた。
また昨年は空前の大凶作に見舞われ、東北、北海道では農作物が大幅に減収となり、西日本を室戸むろと台風が遅い、世相を暗くした。

【帆村魯公】
ますます物情騒然ぶつじょうそうぜんとしてきた。
五年でいろいろ改善できないと、
オリムピック辞退もいたかたないわい。

そうだ、風魔ふうまよ――
聖宮ひじりのみや殿下から連絡があってな。
京都の学者、柄谷がらたに生慧蔵いえぞうだが、
ヘーゲン召喚師と接触したそうだ。
アーネンエルベにも出入りしておる。
【喪神梨央】
それじゃ……
虹人こうじんさんが銀座で見たのは、
ユンカー局長じゃなかったんですか。
ユンカー局長が入れているシュタインの波形、
新山にいやまさんが計算中です。
もう少しで波形を特定できます。

今日は鈴代すずよさんを、
お迎えする予定です。
省線の品川駅です――
一昨昨日さきおとといの午後三時に新京を出て、
品川には今朝七時二十四分着ですが、
かなりの遅れが出ているようです。
【帆村魯公】
牛頭ごずの連中に動向どうこうを探られない
とも限らんからな。
充分に警戒してくれ。

風魔は公務電車で品川駅前に駆けつけた。

〔品川駅前〕

下関しものせきからの夜間急行は遅れているという。
まだ駅玄関には鈴代すずよの姿はなく、代わりに将兵らが待機していた――

【一五市】
如月きさらぎ鈴代すずよ身柄みがら拘束こうそくする。
東雲しののめ流を再興さいこうすると聞いた。
そして月詠つくよみ麗華れいか嬢の懐柔かいじゅうをもたくらむ!
さては鬼龍きりゅう大尉の奥義おうぎを継ぐ、
その魂胆こんたんなのではないかな!
抜け目のない女だな――
フハハハハ~
鬼龍大尉の奥義は、
月詠麗華嬢に継ぐのが順当だ。

左、そして右から一五市にのまえごいちを挟み込むように二人のユーゲントが走り込んで来た。

【上賀茂丸】
喪神さん!
祇園丸ぎおんまるに頼まれて来たよ!
【南禅寺丸】
僕たちの波形、山王さんのう機関で監視かんし中だ。
だから安心して戦えるのさ!

山王機関ではユーゲントの波形を探信していた。大型波動グローサベッレなどの影響があれば、直ちにアーネンエルベに連絡が行く手筈てはずであった。

【一五市】
何だ、お前たちは?
フォス大佐と桃源郷とうげんきょう巡りでも、
するんじゃなかったのか!
元召喚小隊の召喚兵がいる。
貴様ら!
こいつらの相手をしてやってくれ。

一五市の命令で、二名の召喚兵がそれぞれユーゲントと向き合う。二対二の対戦陣形となり、召喚兵とユーゲントとの間に強い光が走る。その刹那せつなであった、一抱えほどの大きさのセヒラ球が現れた。

【一五市】
うわぁぁぁぁ~

小規模なセヒラ異常が発生し、一五市、風魔は時空の狭間に飲み込まれてしまった。

〔時空の狭間〕

【一五市】
ウハハハハハ~
ここがお前たちのユートピアか!
いいだろう――
ここで時間稼ぎをするうちに、
召喚兵らがあの女を確保する!
さぁ、時間をかけて、
戦おうじゃないか!

《バトル》

【一五市】
いい調子だ――
それでこそ歩一の特務機関員だ!
だがな、すべてを手に入れる、
その準備は怠りない――
鬼龍きりゅう大尉は憎しみを宿す。
それが大尉の弱さだ。
俺は何も憎んじゃいない、
ただ純粋に戦う、そう決めたんだ。
無ほど強いものはない!
アハハハハハ~

〔品川駅前〕

品川駅前に召喚兵らの姿はなかった。軍用トラックだけが残されている。そこへ如月鈴代がやって来た。

【如月鈴代】
風魔ふうまさん!
お待ちになりましたか?
省線が遅れて……
兵隊が出ているのですか?
少し歩きましょうか……

〔品川街路〕

【如月鈴代】
麗華れいかさん、何か思い詰めている、
そんな様子だったので、
あまり話せていません。
鬼龍きりゅうさんのことは、
知っていました――
にのまえ少尉から聞いたのだと。
この帝都にトゥーレの館が
開かれることまで――
麗華さんは知っていました。

麗華さんは鬼龍さんの奥義を、
自らにそなえようとするのです。
鬼龍さんが会得した古式東雲流、
実は叔父の山郷が京都で道場を開き、
そこで教え広めていたものです。
古式とは言え、祖母の代では、
すでに霊力が弱まっていました。
それを叔父がなんとかしようと――

私が再び興そうとする古式流儀は、
六世紀はじめに日本へ渡来した、
マナセ一族の裔に伝わる術武です。
古式流は、鬼神を降ろします。
それも審神者自身に降りるのです。
その古式を再び興すには、
多加美宮司の持ち帰った魔鏡、
その霊力がなくてはなりません。

鬼龍さんの古式流を麗華さんが継ぐ、
それがどういうものか、
私にはまだわかりません――

不意に鈴代は足を止めた。風魔は少し行き、鈴代を振り返る。鈴代は意を固めたような表情を作っている。

麗華さんは新京シンキョウに落ち着きました。
新京シンキョウ神社の裏にある高女の寄宿舎、
その貴賓室きひんしつがあてがわれました。
平安町二丁目というところです――
関東軍司令部用地の直ぐ近くですわ。

月詠麗華は新京シンキョウに身を落ち着かせた。麗華は鬼龍からの奥義おうぎの伝授を求め、その鬼龍はトゥーレの館で再起をはかる。
トゥーレのやかた――
リヒャルト・フィンケひきいる秘密結社。帝都に新たなるきょくが誕生した。

第八章 第四話 満映女優

〔山王ホテルロビー〕

その朝、京都より多加美たかみ宮司ぐうじが戻り、山王さんのうホテルで迎えることになった。東雲しののめ流再興を誓った鈴代すずよも来ている。

【喪神梨央】
多加美たかみ宮司ぐうじですが、
昨夜十一時四十五分に京都を出た
夜間急行でお戻りです。
東京には今朝の九時三十分着です。
【如月鈴代】
宮司ぐうじは鏡をお持ちになるはずです。
東雲しののめ流に神意しんいを伝える鏡です。
京都の神社に奉納されていました。
【喪神梨央】
鈴代すずよさん、その神意しんいって、
どんなものなのですか?
【如月鈴代】
私もくわしくは知らないのです――
霊異りょういす者にのみ伝わるそうです。

ホテルロビーに多加美宮司が入ってきた。
東京駅から円タクを飛ばしてきたのである。

【多加美宮司】
皆さん、おそろいですね――
【如月鈴代】
神器の鏡、授かりましたか?
【多加美宮司】
ええ、京都は宮津みやづにある、
真名井まない神社に奉納されていました。
伊勢いせこの神社の奥の院ですよ。
鏡はこちらになります。
鏡は真名井まない真鏡しんきょうと呼ばれています。

多加美たかみ宮司ぐうじ真名井まない真鏡しんきょうを取り出した。古式の鏡という以外に取り立てて特徴はない。

【喪神梨央】
宮津みやづだと山陰さんいん線から宮津みやづ線ですね。
京都を朝出るとお昼前には着きます。
【多加美宮司】
京都から宮津みやづは日帰りでした。
降りた駅は宮津みやづ線の天橋立あまのはしだて駅です。
神社まで天橋立あまのはしだてを渡って向かいます。
【喪神梨央】
そうなんですね!
天橋立あまのはしだてを通ったんですね!
日本三景の一つですね。

多加美たかみ宮司ぐうじ宮津みやづ真名井まない神社で、宮司ぐうじから鏡を預かった経緯けいいを話した。鏡の霊力は失われているとのことだった。

【多加美宮司】
この真鏡しんきょうには三篇さんぺん古文書こもんじょ
付帯ふたいしています。
そのうちの一篇いっぺんを授かりました。
真名井まない神社から電報で頂いたのです。

マナイノ カガミハ ソレノサマ 
ウルワシクテ モロカミタチノ
ミココロニモ アヱリ

【多加美宮司】
真名井まないの鏡、
それの様、うるわしくて、
諸神もろかみたちの御心みこころにも合えり――
【如月鈴代】
他の二篇にへんはどうなっているのですか?
【多加美宮司】
今、手配しています。
一篇いっぺんは京都帝大に、
もう一篇いっぺんは北の紫野むらさきのにあるそうです。
紫野むらさきのには紫水しすい会館という会館があり、
そこに収蔵されているそうです。
見つかり次第しだい、電報をもらいます。
【如月鈴代】
その古文書こもんじょ三篇さんぺんそろうと、
鏡の霊力は回復するのですか?
【多加美宮司】
真名井まない神社では、
そのようにうかがいいました。
程なく三篇さんぺんそろうでしょう。
この鏡は貸金庫に預けておきます。
第百六十三銀行銀座支店です。
エレミヤさんの銀行ですよ。
【喪神梨央】
そうだ、兄さん、
もう一方ひとかた、お客様があります。
――いらっしゃったようですよ。

〔山王ホテルロビー〕

優雅な素振りを見せながら、一人の女性がホテルロビーに入ってきた。満鉄映画社の麻美マーメイである。

【如月鈴代】
あら……
どこかでお見受けしたような――
【喪神梨央】
麻美マーメイさんですね?
――満鉄映画社の。
活動キネマ紅楼夢こうろうむの。
【麻美】
ええ、そうです――
浅草は今日が最終日で、
舞台挨拶あいさつがあるんです。
【喪神梨央】
あの……共演の女優さんは……
麻美マーメイさんは林黛玉リンタイギョク役ですよね。
もうお一方ひとかた薛宝釵セツホウサ役の女優さん――
その方、五月の舞台挨拶あいさつにも、
おいでじゃなかった――
興亜こうあ日報に書いてありました。
【麻美】
蘭暁梅ランシャオメイちゃんですね?
春から長患いで来日できていません。
悪い夢を見る、嫌な予感がすると――
【喪神梨央】
それは心配ですね。
紅楼夢こうろうむ、大人気なんですから!
今じゃ市内中まちじゅうでかかっていますよ!
【如月鈴代】
私も鑑賞いたしましたわ!
遅ればせながら、この八月に――
【麻美】
それは有難うございます。
【如月鈴代】
麻美マーメイさんは、五月に来日されて、
この夏はずっと日本においでですか?
【麻美】
ええ、母の実家に寄っておりました。
私、支那シナ生まれですが日本人です。
本名は高山たかやま麻美あさみと申します。
【喪神梨央】
そうだったんですね!
てっきり支那シナの方かと――
【麻美】
これから是枝これえだ咲世子さよこさんに会います。
――ご存知ぞんじですよね、咲世子さよこさんは?
【如月鈴代】
勿論もちろんぞんじておりますわ。
もしや、満洲まんしゅうの――
N計画のお話でしょうか?
【麻美】
咲世子さよこさんのお話は、
おそらく独逸ドイツのことではないかと。
近々、私、渡独とどくの予定があります。
独逸ドイツに会って欲しい協力者がいる、
そういうお話のようです。
【如月鈴代】
麻美あさみさん……是枝これえだ咲世子さよこさん、
山王さんのうホテルにおいでですか?
【麻美】
いえ、近くのおやしろに……
日枝ひえ神社ですか、そちらで。
もういらっしゃっているかも。
【喪神梨央】
兄さん、念のためです、
日枝ひえ神社界隈かいわい、セヒラを調べます。
【麻美】
喪神もがみ風魔ふうまさんですね……
それでは、まいりましょうか。
鈴代すずよさん、
またお会いしたいと思います。
【如月鈴代】
私もですわ。
活動キネマのお話、聞かせてくださいな。

〔日枝神社〕

【是枝咲世子】
麻美あさみさん、
幾久方いくひさかたですね!
【麻美】
咲世子さよこさんこそ、お元気そうで。
お父様もお変わりなくて?
――今も独逸ドイツに……
【是枝咲世子】
父は帰国中ですが、
もうじき独逸ドイツに戻ります。
――麻美あさみさん、少し歩きましょうか。
風魔ふうまさんもご一緒してくださいな。

日枝ひえ神社境内〕

旧交を確かめ合った咲世子さよこ麻美マーメイつのる話を交えながら二人は日枝ひえ神社へ。風魔ふうまにもぜひ聞いて欲しい話があるという。

【是枝咲世子】
それではダッハウ強制収容所のこと、
さっそく父にも申しておきます。
アイケSS上級大将のことは特に。
アイケは猶太ユダヤ人を憎悪しています。
収容所施策を強化するでしょう。
満洲での受け入れを急ぐべきです。
麻美あさみさんはナチ高官の会合かいごう
参加されるなどして、
情報を集めておいでです。
【麻美】
ナチス・ドイツはユダヤ人排斥はいせき
本格的に始めるつもりです――
独逸ドイツ欧州ヨーロッパで孤立するのは自明じめいです。
【是枝咲世子】
父の話では、英国イギリスの外務大臣が
満洲への猶太ユダヤ入植にゅうしょく事業に
おおいに関心を寄せているとか――
日本と英国イギリスの二国で満洲を管理する、
そのような提案を出すようですよ。
これは日本にとって好機こうきです――
【麻美】
せんだって国連脱退した日本が、
これ以上孤立しないために……
ということですね?
【是枝咲世子】
父はそう考えています――
他国を利用するだけだった英国イギリスを、
今度は日本が利用してやるのだと。
【麻美】
そういえばナチ親衛隊長官ヒムラーは
北満ほくまんにアーネンエルベ開設の
指示を出したとか……
【是枝咲世子】
先日、フォス大佐が満洲へ――
麻美あさみさん、例のお話ですが……
独逸ドイツに渡られるとお聞きしました。
【麻美】
独逸ドイツで会って欲しいという方ですね?
どういう方でしょうか?
【是枝咲世子】
ナチ親衛隊のローレンツ中将です。
エーリッヒ・ローレンツ――
中将はN計画の考案者なのです。
【麻美】
ローレンツ中将ですね。
褐色館ブラウネスハウスに招かれているので、
お目にかかれると思います。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
警戒してください!
セヒラ急上昇です!!
【執事型ホムンクルス】
目標ダスツィル……確認ベステーティグン……
開始シュタート! 開始シュタート! 

《バトル》

【着信 喪神梨央】
辺りのセヒラ、沈静化しました。
警戒を解いてください。
【麻美】
さすがですね、風魔ふうまさん――
月下げっか一閃いっせんごとくですね。
頼もしく思います。
近く、在日独逸ドイツ人会の渡独とどくに合わせ、
独逸ドイツへ渡る予定があります。
今日はこれから、
浅草で舞台挨拶あいさつがあります。
【是枝咲世子】
風魔ふうまさん、帝都では騒動が――
浅草まで麻美あさみさんとご同行ください。
【着信 喪神梨央】
公務電車の手配をします。
山王下さんのうした電停に待機させます。

〔浅草六区ろっく

【着信 喪神梨央】
銀座幻燈会げんとうえもよおしが、
市内数カ所で開かれた模様です。
有楽町ゆうらくちょう京橋きょうばし、新宿、浅草――
浅草は天一館てんいちかん水天館すいてんかん文明閣ぶんめいかくです。
今回は活動キネマだったようです。
大勢が怪人化する恐れがあります。
浅草にも……セヒラ観測です!!
【麻美】
浅草の三つの映画館、
いずれも閉館しています。
三館が合わさって浅草名劇座に――
狐につままれたようなことでしょうか?
用心に越したことはないですわね。

御成門おなりもんの客】
短編の活動キネマでしたわ。
日露戦争のお話よ――
三軍の旅団にいた一人の少尉さん、
東京に残した奥さんが亡くなるの。
流感インフルエンザかかったのよ。
当時遼東リャオトン半島にいた少尉が携行けいこうする、
小さな手鏡に、奥さんの顔が写る、
そういうお話よ。
死んだ奥さん、良人おっとに会いに行った。
その少尉さん、敵弾もろともせず、
無事、日本に戻られました。

赤羽橋あかばねばしの客】
少尉の女房が何で死んだか、
そこが肝心かんじんなんだよ。
女房は省線電車にかれて死んだ。
四谷見附よつやみつけの橋から身投げしてね。
あすこ、下に省線走ってるんだ。
電車の鉄輪で顔は真っ二つ!!
ひゃぁ~柘榴ざくろみたいにけた~
その顔が鏡に写ったんだよ!

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラです、接近しています!
【麻美】
喪神もがみさん、お気を付けください!

入谷いりやの客】
僕は見た!
僕は見たんだ!
手鏡に写った少尉の女房を!
あああ~
少尉の女房は、
首くくりで死んだんだ!!
目ん玉が飛び出し、舌を垂らし、
白くろうのような肌をさらして――
細い首に縄の跡が赤黒く残るんだ!!
昨日から同じところを歩いてる。
行けども行けども、下宿に着かない。
歩くほどに力がみなぎってくるよ!!

《バトル》

入谷いりやの客】
手鏡に写ったのは……
少尉の女房じゃない、そうじゃない、
去年、肺病で亡くした僕の姉だ!

あああああ~
――僕は、もう行き場がない!!
【麻美】
人によって見え方が違う……
そんな活動キネマ、知りませんわ。

喪神もがみさん……
幻燈会げんとうえもよおしを主催するのは、
いったい、誰なんでしょうか?
セヒラにおかされておかしくなる、
そうう人ばかりじゃないようです。
――あの人……
幻燈会げんとうえのお客さんじゃないですか?

角筈つのはずの客】
文科のS三郎はいい加減だ!
少尉の手鏡に写ったのは化物だ。
真っ青な色で赤い目をし、
金のきばく怪物なのだ!
少尉の女房じゃない!
怪物だ、怪物だ、
あれはまごうことなく怪物なんだ!!

《バトル》

角筈つのはずの客】
少尉の隊は激戦にの中でほぼ全滅、
生き残ったのは少尉と軍曹ぐんそうだけ――
軍曹ぐんそうが言うんだ――
敵弾、少尉の体をすり抜けたと。
何十発も撃たれて平気だったと。
軍曹ぐんそうが目を凝らすと、
少尉の体を透かして、
二〇三高地が見えたそうだ!!
【麻美】
お話の筋書きまで変わるなんて――
何かの力がおよんでいる気がします。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
その辺り、セヒラは観測しません。
浅草今木いまきににお客様です。
ご対応お願いします。

〔甘味処今木いまき

今木いまきてる
あら、麻美マーメイさん!
ようこそお越しを……
お客様がお待ちですよ。
皆さん、活動キネマ関係の方なんですって?

【聖宮成樹】
多加美たかみ宮司ぐうじから麻美マーメイさんのこと、
うかがいしたのです。
この店の常連だと――
【麻美】
ええ、浅草に来ればいつも……
浅草名劇座で舞台挨拶あいさつがあります。
でも浅草に怪人が出ていて――
【聖宮成樹】
喪神もがみさんがおしずめになったのですね!
喪神もがみさん、麻美マーメイさんに大切なこと、
お頼みしようと思うのです。
【麻美】
あら、どんなことですの?
【聖宮成樹】
独逸ドイツはミュンヘンにあるナチ党本部、
通称、褐色館ブラウネスハウスに行って欲しいのです。
【麻美】
褐色館ブラウネスハウスなら近く訪れますわ。
ブルエナーどおりにありますわね。
【聖宮成樹】
褐色館ブラウネスハウスの地下に、
リヒャルトガルテンの銘板めいばんかかげた、
小部屋があるのですが――
そこにしのんで、
持ち出して欲しい代物しろものがあります。
【麻美】
どんなものでしょうか?
【聖宮成樹】
この写真を――
ゼーラム五二五です。
銀色の筒状つつじょうの容器に入っています。

聖宮ひじりのみやが取り出した写真には、金属製の筒状容器が写っていた。側面に525の文字が見える――

【麻美】
それは何か特殊なものですね。
この帝都の……喪神もがみさんたちに、
何か関係がありますかしら?
【聖宮成樹】
ゼーラム五二五は謎の霊的物質です。
失われた霊力を回復する、
そのような働きがあると言われます。
【麻美】
――なるほど、承知しょうちしましたわ。
近く親衛隊のパーティがあるので、
いい機会だと思います。
【聖宮成樹】
計画が首尾しゅびよく運ぶよう、
私からシュタインベルク中将に、
麻美マーメイさんのことを伝えておきます。
【麻美】
ありがとうございます。
それでは殿下でんか、私は劇場の方へ。
【聖宮成樹】
麻美マーメイさん、
どうぞよろしくお願いします。
【麻美】
喪神もがみさん――
またお逢いしましょう。
夢玄器むげんき独逸ドイツにも持参しますわ。

【聖宮成樹】
喪神もがみさん――
柄谷がらたに生慧蔵いえぞうという物理学者の名前、
お聞きになったことはありますね。
柄谷がらたに博士は瑛山会えいざんかいの一員です。
三年前、セヒラが同定されたとき、
せんの必要性を訴えました。
論文をまとめ、参謀本部へ提出し、
それが元で山王さんのう機関が設立され、
喪神もがみさんたちが招聘しょうへいされました。
その柄谷がらたに博士ですが、
どうも動きが怪しいのです。
それで京都から尾行しました――
博士は東京に着くやいなや、
独逸ドイツ大使館に向かったのです。
瑛山会えいざんかい独逸ドイツ国――
爾来じらい、何の繋がりもありません。
誰と接触したのでしょうか……
少し調べてみることにします。

さて――
麻美マーメイさんがゼーラムを持ち帰れば、
多加美たかみ宮司ぐうじが授かった鏡に、
霊力が戻る希望が持てます。
ゼーラムは釣鐘つりがねにも使われています。
ただ、釣鐘つりがねから取り出しようもなく、
麻美マーメイさんにお願いした次第しだいです。

【着信 喪神梨央】
兄さん――
新山さんがお話ししたいと。
はらえの間においでになれますか?

【今木照】
どうするんですか、お二人は?
お店、看板にしちゃいますよ!
【聖宮成樹】
わかりました、すぐうかがいます。
喪神もがみさん、
今日はこれにて失敬しっけいします。

聖宮は今木に入っていった。
風魔は梨央の要請で祓えの間に向かった。

はらえの間〕

【新山眞】
今回、ようさんから連絡もらって、
飛んできたんですがね――
どうも別の時空に繋がったようです。
それが証拠に、未知の波形が――
どやら日本じゃないですね。
ようさんは香港ではないかと――
実はこれまで何度か、
香港と接続したことがあります。
それもずっと未来の香港です――
波形記録に接続の履歴が残っていた、
そういうことですが……
今、接続するのは品川図們トモンです。
接続したばかりで、
今はすこぶる不安定です。
安定するまでお待ち下さい。
ひとまず山王さんのう機関に向かいましょう。

帝都満洲が別な時空と繋がったという。それは未来の香港であると――
過去に何度か接続の事実はあったようである。

第七章 第十一話 忙しい一日

〔山王機関本部〕

式部しきべは再び芽府めふ須斗夫すとおの元で待機となった。予言を求めるには強いセヒラが必要となる。変異があるとされる乙亥きのといの年、愈々いよいよ秋である。

【喪神梨央】
式部さんからはまだ連絡がないです。
強いセヒラの兆候ちょうこうもありません。
【帆村魯公】
今年についていろいろ言われるが、
まだ秋口あきぐちだ――
焦ることもない。
【喪神梨央】
予言っていくつまであるんでしょう?
今年中に全部分かるんですか?
【帆村魯公】
今年中に出きらないときは、
何も異変が起きないということじゃ。
枕を高くして眠れる。
【喪神梨央】
隊長! 
帝都の怪異は増えているし、
いろいろたくらむ人もあります!
【帆村魯公】
それはそうだが……
あの釣鐘つりがね鎮座ちんざまします限り、
帝都は安泰あんたいだろうて。
あの釣鐘つりがね以来、召喚も安定した。
ナチの技術も捨てたもんじゃない。
【喪神梨央】
私は何だか嫌です――
機械に管理されているみたいで。

【フリーダ葉】
ごめんなさい、遅くなったわね。
【帆村魯公】
足労そくろう済まないね、フリーダ。
フリーダ、お前さんに一つ頼みだ。
腕の立つ風水師ふうすいしを紹介して欲しい。
【フリーダ葉】
お安い御用よ――
だけど山王さんのう機関の依頼だから、
普通じゃないわよね、当然。
【喪神梨央】
ホテルの前にバーナードチャンという、
風水師ふうすいしが現れたんです。
――アストラルとして……
【フリーダ葉】
そうなんですってね。
バーナードは香港ホンコンの病院よ。
もう八年も眠り続けるの。
彼は風水ふうすいの見立てに失敗したの。
四神獣ししんじゅうが消え去り邪気じゃきに支配された。
彼は邪気じゃきから逃れて自失したのよ。
【帆村魯公】
その思念が帝都満州を彷徨さまよう――
だが彼のお陰で助かった。
セヒラがあふれずに済んだからな。
また再び、気脈を繋いで欲しい。
一ツ橋の憲兵隊本部に。
【フリーダ葉】
つまりバーナード並みの腕前がいる、
そういうことなのね?
――なかなか難しそうね……
でも一人いる――
アンドリューよ。
アンドリューワンというの。
【帆村魯公】
ほう!
それはどのような人物かな? 
【フリーダ葉】
香港ホンコン最高風水ふうすい会議の一員よ。
肺癌はいがんの手術で医者が麻酔をあやまって、
もう二年も意識がないの――
【喪神梨央】
それじゃ、帝都満洲のどこかを、
彷徨さまよっているんでしょうか?
【フリーダ葉】
アンドリューの声やら何やら、
録音とかがあるから、
それらから、波形、割り出せない?
【喪神梨央】
多分できると思います。
声の録音って録音盤ろくおんばんですか?
【フリーダ葉】
うん、まぁ、そのような物ね。
【帆村魯公】
それでは二人、頼んだぞ。
その風水師ふうすいしをどうにか見つけたい。
風魔ふうま、お前は巡視パトロールに出てくれ。
今日の巡視パトロールはどの辺りだ?
【喪神梨央】
銀座方面です――
セヒラの反応も少しあります。
気を付けてください。

〔銀座四丁目〕

【着信 喪神梨央】
銀座界隈かいわいでセヒラを観測します。
この波形、安定しています……
怪人になって長いと思います。
【夢見心地のサラリーマン】
いやぁ、あなた、読みましたか?
興亜こうあ日報の特報ですよ、
桃源郷とうげんきょうの話!
実にロマンがあるなぁ……
蒙古もうこの西、支那シナ新疆シンキョウ省省都、
烏魯木斉ウルムチのさらに西!
蟻走痒感府ぎそうようかんふという、
新発見の都があるらしいです!
そこの臣民しんみんありと共生するんです!
【ロマンチストなモガ】
蟻走痒感府ぎそうようかんふの人々は、
青斑せいはんびた白色陶質とうしつ皮膚ひふで、
火にも水にも強いのですわ。
でも蟻酸ぎさんには弱く、触れると死ぬ、
だからありと仲良くするのですわ。
最も色白で青斑せいはんの多い女王が、
カーンと呼ばれ、みやこ君臨くんりんするのです。
ハァ~想像が膨らみますわ!
【空想家の旦那】
華氏かし財団辺疆へんきょう弁理公司鉄路建設局
臨時調査部隊――
桃源郷とうげんきょうを発見した調査隊ですよ。
辺疆へんきょうの地にこそ未来ありですな!
経度八十乃至ないし八十三度、
緯度四十三乃至ないし四十五度の辺り、
我が桃源郷とうげんきょうはそこにあるのです。
いやぁ、行ってみたいですなぁ。
白楊ポプラの並木の続く道――

〔銀座街路〕

【独逸語専科生】
フォス大佐から銀座で号外、
もらうように言われて来たんだ。
――あなたのこと、大使館で見たよ。
フォス大佐には壮大な計画がある。
なんと、第四帝国建設!
驚いたかい? そりゃそうだろう――
総統フューラーを差し置きの新国家建設ときた。
僕も将来を大いに嘱望しょくぼうされていてね!
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ上昇しています。
ホムンクルスではありません!
【独逸語専科生】
僕は独逸ドイツ大使館で働いているんだ。
だから事情に通じている!
君たちも働いてARBEIT自由になればいい!

《バトル》

【独逸語専科生】
沈 黙シュヴァイゲン……沈 黙シュヴァイゲン……沈 黙シュヴァイゲン
【着信 喪神梨央】
独逸ドイツ語らしきを確認しましたが、
波形から通常の怪人と思われます。
ホムンクルスではありません。

【聖宮成樹】
やはり怪人でしたか!
赤坂で怪力にて人を突き飛ばし、
十番の市電に乗ったのです。
私も銀座への道すがら、付けました。
半蔵門はんぞうもんで十一番に乗り換え銀座へ。
電停からは巻かれてしまったのです。
喪神もがみさんがいらして幸運でした――
この近くの純喫茶じゅんきっさで、
ある人物と約束しています。
喪神さんもご一緒ください。

〔純喫茶青蘭せいらん

【女給鶴子】
あら、いらっしゃいませ~
【聖宮成樹】
あちらの方と待ち合わせです。
【李景明】
殿下!
お早かったんですね。
赤坂の菓子屋は……
【聖宮成樹】
わけあって、今日はしました。
さんにご紹介しようと思い、
喪神もがみさんもご一緒願いました――

聖宮ひじりのみや景明けいめい風魔ふうまを紹介した。は東亜文化調査局の調査員だと自己紹介した。

【聖宮成樹】
さん、こちらの方には、
満鉄調査部と名乗っても大丈夫です。
なにせ参謀本部直轄ちょっかつですから。
【李景明】
なるほど――
それは頼もしい限りです。
【聖宮成樹】
喪神さん、さんは、
北満の発展をたくされ、
種々の調査をなさっておいでです。
【李景明】
喪神さん、私は支那シナ生まれです。
両親は日本人ですが、満洲では、
リー景明チンミンを名乗っています。
近い将来、独逸ドイツは欧州を戦禍せんか
巻き込むに違いありません。
独逸ドイツは全欧州を敵に回すでしょう。

二年前――一九三三年、独逸ドイツではヒトラー内閣が誕生。
同年八月、ヒンデンブルク大統領死去によりヒトラーが独逸ドイツ国家元首に就任した独逸ドイツ欧州ヨーロッパ全域を手中に収めようと目論もくろむ。ソビエトは独逸ドイツにとり後方の脅威きょういである。

【李景明】
日本は欧州の戦争には関わらず、
極東地域を愈々盤石いよいよばんじゃくにし、
揺るぎない構えを築くことです。
【聖宮成樹】
先の世界大戦争では、
青島チンタオに攻め独逸ドイツ退しりぞけました。
今後、独逸ドイツとの関係は如何いかに?
【李景明】
むしろ今後を占うのは露西亜ロシアです。
露西亜ロシアの助長を抑えるべきです。
史大林スターリンは冷酷で強欲な人物です――
それに、露西亜ロシアが唱える共産主義は、
今後、世界の脅威きょういとなるでしょう。
――まるで新宗教のようにです。
露西亜ロシアの南下を防ぐことは、
世界の安全にとってかなめとなります。
とりわけ米国アメリカにとり重要です。
【聖宮成樹】
そのために北満なのですね?
【李景明】
今、北満の発展を進めれば、
日本は国際的にも有利な切り札カードを、
手の内にすることができます。
【聖宮成樹】
独逸ドイツ露西亜ロシアを攻めてもらえば、
北満発展の機会が生まれますね。
露西亜ロシアの勢力が分化しますから――
【李景明】
独逸ドイツは攻めますよ、間違いなく。
我々はN計画を急ぐことです。
【聖宮成樹】
喪神さんも計画に関わります。
【李景明】
そうだったんですね!
参謀本部のお墨付すみつきを得ましたか!
【聖宮成樹】
N計画を阻害そがいする動きがあり、
それをふうじる特務を遂行されます。
【李景明】
帝都の変異に乗じて、
さまざまな動きがあるようですね。
私はまだ日本におります。
殿下、喪神さんのご紹介、
ありがとうございました。
喪神さん、よろしくお願いします。
耳寄りな情報があれば、
すぐお知らせします。
【聖宮成樹】
お気を付けください、さん。
それでは参りましょう、喪神さん。
さんと協力しあえればいいですね。

【女給雪子】
あららぁ~カズさん……
カズさんは、まだよろしいんでしょ?
二人でソーダ水、いかがかしら?

日本橋に用のある聖宮ひじりのみやとは店前で別れた。その後、本部からの着信があった――

【着信 喪神梨央】
金ノ七号帥士きんのしちごうすいしから連絡です。
四谷見附よつやみつけに向かってください。
要請内容はわかりません――

〔四谷見附〕

【帆村虹人】
祇園丸ぎおんまるの香腺を調べて、
大凡おおよその居場所、見当がついた。
【ユリア・クラウフマン】
ヨツヤ、イチガヤ……
この二点から結ばれる三角形ドライエック――
【帆村虹人】
その二点から伸ばして、
丁度、戸山とやまあたりに結ぶ三角形、
その何処どこかにいるはずなんだ。
今、二体のホムが行方知れずだ――
祇園丸ぎおんまるとユリアさんのフロイライン。
彼らの行方不明には、
猟奇倶楽部クラブの一味が関わっている、
そうに違いないんだ。
【ユリア・クラウフマン】
猟奇倶楽部での会話記録に、
フロイラインとおぼしきものを
見つけたんです。
彼ら猟奇人はとても慎重です。
雑誌の編集部住所も次々変わり、
なかなか所在をつかめません。
【帆村虹人】
だが範囲は絞られた――
ユリアさんは市ヶ谷を、
僕は戸山を当たってみる。
風魔、お前は四谷の巡視パトロールを――
ホムンクルスの技術、
漏洩ろうえいする前に防ぎたいんだ。
それにまた犠牲者が出る前にな――
【ユリア・クラウフマン】
フーマ、お願いします。
それでは私はイチガヤへ――

【帆村虹人】
ユリアさんを見ていると、
僕はまるで道草みちくさをしているようだ。
もっと自分に芯をもたなきゃな!
そう言い聞かせているんだ。
――それじゃ、巡視パトロール、頼んだよ!

【渋谷の客】
あら、今の方、女優さんみたいね。
――そういえば、銀座幻燈会げんとうえ
いよいよ活動キネマに格上げですって!
しかもトーキーですって!
――楽しみだわ……
私、トーキー、まだ知らないのよ!

【履物商の男】
あんたは……憲兵とは違うのか?
憲兵と言ったって天麩羅てんぷらもいるって、
それ、本当なのか?
天麩羅てんぷら憲兵……こりゃ傑作けっさくだ!
衣だけで中身は空っぽ……
そう思えば怖くはないな!

下谷区したやくの学生】
帝大の連中、すっかり萎縮いしゅくしたよ。
秋毫しゅうごうは休刊になったと言うし、
特高の巡察パトロール頻繁ひんぱんだし……
たもとを分かった新文民社は、
解体されて跡形もないね。
新文民社の謄写とうしゃ版や美品を並べ、
展示会を開くそうだよ、憲兵隊で。
不敬ふけい反逆分子の実態展だって!

〔四谷街路〕

煉獄れんごくの評議員Ψプサイ師】
あのホムンクルスとやらは、
なかなか厄介やっかいなもんですな!
【マントヴァの枢機卿<Ωすうききょうオメガ師】
命令者の言う事しか聞きません。
刷り込みアプドロックがない、刷り込みアプドロックがない、
その繰り返しです。
【東方の黒騎士長Δデルタ師】
前に猟奇倶楽部に、
おいでになりましたわね。
お話しましてよ!
倶楽部の外にいるときは、
正式名を名乗りますのよ、私ども。
倶楽部内ではただの猟奇人ですわ。
【太陽神殿の門番Λラムダ師】
私たちにはホムンクルスが必要です。
一体は確保、もう一体は逃亡中。
帝都にはたくさんいるのに――
全部で四体ほど必要です。
喪神もがみ風魔ふうまさん、手伝ってください。
ホムンクルスの捕獲ほかくをです。
煉獄れんごくの評議員Ψプサイ師】
倶楽部の高位の会員が、
たってのお願いと頼むのですよ。
【マントヴァの枢機卿すうききょうΩオメガ師】
こちらも刷り込みアプドロックされて、
言うことを聞かないのでは?
そう思いますけど――
煉獄れんごくの評議員Ψプサイ師】
仕方ないですね。
大司祭に来てもらいましょうか!

【初心の大司祭Γガンマ師】
このあたりはすこぶる危険ですよ。
セヒラが多く漂いますよ。
あなたがこれ以上踏み込まないよう、
私から言い聞かせてあげましょう。

《バトル》

【初心の大司祭Γガンマ師】
――あなたたちは……
そのうちきっと、
協力したくなるはずです、きっと――
【着信 喪神梨央】
巡視パトロール完了の旨、
金ノ七号帥士きんのしちごうすいしに通知しておきます。
こちらでは、
風水師ふうすいしの確認できました!
はらえのに来てください。

〔祓えの間〕

【帆村魯公】
アンドリューワンという風水師ふうすいし
波形が確認できたらしい。
梨央りおのやつ、やけに興奮してな。
何でも小さな活動キネマみたいなものに、
風水師ふうすいしが映っておったと――
【新山眞】
確かに波形はあるのですが、
他の波形と重なっていて、
うまく特定できません。
彼は身動きが取れない状態、
まわりに強いセヒラが漂います。
【帆村魯公】
帝都満洲のどの町かわかるのか?
【新山眞】
中野なかの満洲里マンチュリの方に記録が残ります。
新しい拠点になりますね。
ただ今は――
【帆村魯公】
どうした?
【新山眞】
ミスターワンですが、
今は時空の狭間にあるようです。
喪神さん、ミスターワンふうじるもの、
かなり強いセヒラを発しています。
十分に注意してください。

〔時空の狭間〕

【双子師アストラル】
双子作るなら双子中心ふたごちゅうしんに来ることだ。
双子中心ふたごちゅうしんなら質の高い双子が作れる。
双子の間には通じ合う力がある。
それを鳴力ミンリーと呼んでいる――
まだ本物の鳴力ミンリーは起きていない。
力を秘めた双子がいないからだ!
鳴力ミンリーが起きれば邪気じゃきを自在に操れる。
ここいらも随分と邪気じゃきが強まった。
また陰陽交合いんようこうごうが起きるぞ!
まさかお前が――
せっかくの邪気じゃきはらうつもりなのか!
――それは許さん!
あの風水師ふうすいし共々邪気じゃきに染めてやる!!

《バトル》

【双子師アストラル】
くそっ!
鳴力ミンリーがあれば……こんなことには……

【超級風水師AWアストラル】
ここを解いてくれたのか……
私はまだあの薄暗い病室で、
眠り続けるのだな?
あの光明路コウミョウろの小さな医院の――
手術前夜、ほとんど眠れなかった――
光明劇場クンミンシアターの赤いネオンが部屋を染め、
浅い眠りはすぐ覚まされたのだ。
バーナードがここを出たとき、
すべてのことがわかった……
私にもできることがあると。
その思いを邪気じゃきに察知され、
私は閉じ込められた――
私にはバーナードほどの腕前はない。
準備が必要だ、少し時間をくれ。
セヒラを送って知らせる。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい、お兄さん。
フリーダさん、
すごい機械をお持ちなんです!
のぞ絡繰からくりみたいな小箱の中に、
小さな活動キネマが収まっているんです。
てのひらに乗る大きさなんですよ!
そこにワンさんが映っていました。
声もするんです、トーキーです。
しかも総天然色なんです!
あんなの見たの、初めて!
映写機はどこにあるんでしょうか……
――ちょっとびっくりしました。
【帆村魯公】
梨央りおにしては珍しく、
大はしゃぎだったな!
【喪神梨央】
すみません……
【帆村魯公】
いいんだ。
風魔ふうま朗報ろうほうだ、
例の祇園丸ぎおんまる、見つかったそうだ。
戸山とやま衛戍地えいじゅちだそうだ。
【喪神梨央】
よかったですね!
兄さん、戸山に行かれますか?
【帆村魯公】
今日はもう十分だろう。
祇園丸ぎおんまる虹人こうじんらに任せておこう。
まずは風水師ふうすいしだ、風魔。
【喪神梨央】
ワンさん、セヒラで教えると――
中野方面、感度を上げて観測します。

頼みの綱の風水師ふうすいしを探り当てることができた。行方不明の祇園丸ぎおんまるも見つかった。次に向かうは新しい町、中野満洲里マンチュリである。

第七章 第十話 釣鐘

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
兄さん、式部しきべさんがもうじき、
機関本部にいらっしゃいます。
第六の予言って、
どんな内容なんでしょうね。
淀橋よどばしの書生さん、
強いセヒラの影響で半覚半睡はんかくはんすいになり、
予言を語ったのですね、きっと。

【式部丞】
遅くなりました。
【喪神梨央】
式部しきべさん!
書生さんの予言、どんな内容ですか?
【式部丞】
ちゃんと語りました。
ちょっとぼんやりしていますが――
無垢むくな力が導くという内容です。

無垢むくなる力が
真の導きを為すであろう
――芽府めふ須斗夫すとおが語った第6の予言である。

【喪神梨央】
無垢むくな力って何でしょうね?
けがれのないということでしょうか?
【式部丞】
よこしまな考えを持たない、
あるいは誇示こじするようなことのない、
そういう力じゃないでしょうか。
【喪神梨央】
式部さん、書生さんの語るの、
目の前で聞いたんですか?
【式部丞】
芽府めふ君の寝る部屋にマイクがあって、
離れた所で録音するのです。
それを再生して聞きました。
【喪神梨央】
そうでした!
憲兵本部には最新式のマイクがある、
新山にいやまさんが言っていました。
ダイナミックマイクロフオン――
振動板を持たず、音波の強弱で、
直接発電する仕組みです。
振動板がないので、
湿気に強くてどこでも使えるって。
【式部丞】
くわしいですね!
米国アメリカでトーキー映画の撮影で、
使われるようになったと聞きました。
くだん芽府めふ君ですが、
今はまた深い眠りに就いています。
セヒラの方はどんな按配あんばいですか?
もう弱くなりましたか?
【喪神梨央】
ええ、弱くなっています。
赤坂一帯で観測しますが。
怪人の兆候ちょうこうも少しだけ……
【式部丞】
やはりそうですか……
ここに来る時、ホテル前に、
そのような人を見ました。
背広姿と学生、
二人は兄弟のようでした。
激しく口論していましたよ。
【喪神梨央】
歩三の召喚小隊……じゃなかった、
暁光ぎょうこう召喚隊でも対応できそうですが。
一応、巡視パトロールお願いします、兄さん。

〔山王ホテル前〕

【麹町の銀行員】
財布の五円、どこ行ったんだろう?
あの晩、酔っていたからなぁ……
でも、五円も使うわけがない!
【麹町の学生】
兄様あにさま、それはおかしいですよ、
きっと計算違いしています!
【麹町の銀行員】
そんなわけない!
銀行屋のこの僕が計算違いなんて、
金輪際こんりんざいするわけない!
【麹町の学生】
何です、その目は。僕を疑いますか?
…………あんまりです!
兄様あにさまこそ銀行の金に手を付けて――
【麹町の銀行員】
黙れ!! お前はいちいち生意気だ!
何でも俺の足を引っ張りやがって!
こ、こ、殺してやる!
【着信 喪神梨央】
急激にセヒラが高まっています!
注意してください!
【麹町の銀行員】
銀行の金なんぞ、しょせん
誰のものでもないだろうが!
お前まで邪魔じゃまするのか、ちくしょう!

《バトル》

【麹町の銀行員】
ふん! それしきか!
絶対にバレないようにしてやる!
【麹町の学生】
何でもかんでも僕のせいだ! 
子供の頃から、ずっとそうだ!
はぁはぁはぁ……
妹の絹代きぬよを池に突き落としたのは
兄さんなんだ……それなのに……
くそ! くそ! くそ!! もっと力を付けて
今度こそは兄さんを殺す!!
絶対にな!

【着信 喪神梨央】
隊長がお呼びです。
ホテルロビーにお願いします。

〔山王ホテルロビー〕

【帆村魯公】
じき、聖宮ひじりのみや殿下がおいでになる。
風魔ふうま咲世子さよこさんは知っているな――
【是枝咲世子】
私、殿下から是非ぜひにと言われ、
やって来ました。
【帆村魯公】
是枝これえだ大佐は独逸ドイツ国在勤帝国大使館の
駐在武官だ――
いろいろ情報をお持ちだ。

【聖宮成樹】
是枝これえだ咲世子さよこさん、
足労そくろう頂き、感謝します。
それに山王さんのう機関のお二人も。
【帆村魯公】
殿下、京都の方はいかがでしたか?
例の乙亥きのとい文書もんじょについて――
【聖宮成樹】
京都に情報はさほどありません。
あるのは歴史です。
参謀局の資料が残っていました。
明治八年にしたためられた、
地震観測要項という冊子があります。
仏蘭西ふらんすの気象学者がまとめました。
【帆村魯公】
例のシャルボー氏ですな。
乙亥きのといの年、波動を観測したという。
【聖宮成樹】
麹町こうじまち三宅坂みやけざかに、
参謀本部陸地測量部が置かれ、
その第八課が観測を引き継ぎました。
年を追うごとに波動は小さくなり、
三十年後の一九一五年、
大正四年には消えたようです。
【帆村魯公】
その八年後に関東大震災だ――
波動は地震とは無関係なようですな。
【聖宮成樹】
私もそう思います。
波動が消えた翌年、
大正五年、観測は中止になりました。
帝大の学者が考案した、
新型の地震計による観測は
続けられたのですが――
【帆村魯公】
ふむふむ……
その地震計ではセヒラは測れない、
そうなんですな!
【聖宮成樹】
シャルボー氏は乙亥きのといの年にこそ、
大きな波動が現れると言いました。
破滅的な力だとも伝わります。
シャルボー氏のそうした建言けんげんは、
忘れ去られていたようです。
乙亥きのとい文書の元だとも考えられます。
【帆村魯公】
それがゴエティアにはさまっていた――
なんとも奇遇きぐうとしか言いようがない。

魯公ろこうはシャルボーのメモ発見のいきさつを、手短に話した。そして淀橋よどばしで保護された、芽府めふ須斗夫すとおのことも語った。

【聖宮成樹】
なるほど、なるほど――
事態はある方向に
向かいつつあるようですね。
なおのこと、
お目にかけたいものがあります。
咲世子さよこさんにも是非ぜひ
【是枝咲世子】
それは父に関係することですか?
【聖宮成樹】
そうとも言えます。
さぁ、エレベーターへ。

聖宮ひじりのみやはエレベーターの階数ボタンの最下、真鍮しんちゅうふたを開き、みずのととあるボタンを押した。その時、かごの電気が消えた――

【帆村魯公】
このホテルには地下三階に、
スケートリンクがあります。
そのさらに下へ行くんですな?
【聖宮成樹】
山王機関よりもさらに深く、
地下六十八階に相当します。

そこは不思議な場所であった。高い天井の空間に釣鐘つりがね状の物がしつらえられているのだ。

〔釣鐘の間〕

【帆村魯公】
ここは一体……
目の前にある釣鐘つりがねみたいなのは、
あれは何ですか?
【聖宮成樹】
まさに釣鐘つりがねそのものです。
ナチが開発した量子兵器です。
デーグロケと呼ばれるものです。
咲世子さよこさん、昨年お父上が一時、
音信不通になられましたね。
釣鐘つりがねの移送の時期だったのです。
【是枝咲世子】
アルプスの方に行っていたと、
それだけ伺っていました。
この釣鐘つりがねはアルプスから?
【聖宮成樹】
アルプスにある光 の 庭リヒャルトガルテン――
その名の研究所で開発されました。
【帆村魯公】
この釣鐘つりがねは、一体、
何に使うのですかな?
【聖宮成樹】
釣鐘つりがねは高電圧で稼働かどうさせると
非常に強い量子場を形成します――
それがセヒラに影響します。
【帆村魯公】
つなり何ですかな、
セヒラを安定させるとか、
そういうことですか?
【聖宮成樹】
その通りです。
釣鐘つりがね稼働かどうによってセヒラが安定し、
利用が促進そくしんするのです。
【帆村魯公】
去年のホテル大工事、
この釣鐘つりがねのためだったのですな。
その頃から召喚の精度も上がった――
【是枝咲世子】
殿下、釣鐘つりがねの日本への移送いそうは、
ナチ上層部の決定なのでしょうか?
【聖宮成樹】
いえ、そうではありません――
ナチも一枚岩ではないのです。
親衛隊中将のシュタインベルク伯爵はくしゃく
反ヒトラー派であり、ナチ、独逸ドイツ
行く末を案じておられます。
やがてナチは倒され、釣鐘つりがねの技術、
英仏、挙句には露西亜ロシアに渡る――
そうなる前に日本へ運ぶことに。
【是枝咲世子】
父はその移送いそう計画に関わった、
そうなんですね?
【聖宮成樹】
陸海の垣根かきねを超えてご尽力じんりょくされ、
極秘裏ごくひり搬送はんそうまっとうできたのです。
【帆村魯公】
しかしまぁ、こいつをどうやって、
運んだのですか?
【聖宮成樹】
号第五潜水艦せんすいかんの飛行機格納筒を
改造して釣鐘つりがねを収めました。
【帆村魯公】
それは技術ですな!
それで、京都の方で管理されるのは、
この釣鐘つりがねなんですな?
【聖宮成樹】
釣鐘つりがねには四ヶ所の発電所から、
電気を送っています。
それを遠隔えんかくで管理するのです。
独逸ドイツにもセヒラを観測します。
ただ、濃度、純度――
要は質がよろしくないと。
日本のほうがはるかにすぐれている、
ユンカー博士はそう告げています。
【帆村魯公】
アーネンエルベも設立になり、
セヒラを狙う動きもあります。
【是枝咲世子】
先日、フォス大佐が父に会いに――
大佐は何か壮大な計画を持つと、
父が申しておりました。
【聖宮成樹】
あの人物は曲者くせものですね――
いや、ロマンチストと呼んでもいい。
そういう人物が事を起こすのですが。
【着信 喪神梨央】
新山にいやまさんがはらえのに来て欲しい、
そう仰っていますが――
向かえそうですか?
【聖宮成樹】
お願いします、喪神もがみさん。
瑛山会えいざんかいでは引き続き釣鐘つりがねを管理し、
その秘匿ひとくを守ります。
咲世子さよこさん、N計画の方も、
しっかりやってください。
【是枝咲世子】
ありがとうございます。
大連ダイレン特務の中条忍なかじょうしのぶさんとも協力して、
進めていきます。

〔祓えの間〕

【新山眞】
喪神もがみさん、セヒラの噴出ふんしゅつは、
今は収まっていますが、
またぶり返します。
大波のように間を置いて、
やってくるのです。
依然いぜん、セヒラ特異点があるからです。
ホテル前に現れたアストラルの言う
わだかまりですが、場所がわかりました。
戸山とやま海拉爾ハイラルです。
新しい拠点ですね。
――行けば何かがあるはずです。

赤坂哈爾浜ハルピンから帝都満洲鉄道に乗り、列車は市ヶ谷斉斉哈爾チチハル駅を通過した。

【満鉄列車長】
お知らせします。先程、定刻ていこく通り
市ヶ谷斉斉哈爾チチハル駅を通過しました。
あと、およそ十分で戸山とやま海拉爾ハイラル――
戸山とやま海拉爾ハイラルは希望の沃野よくや
しかし何かが居座ります。
遠い古い記憶です――

戸山海拉爾とやまハイラル・中央〕

そこはこれまでの帝都満洲とは異なり、希望の沃野よくやの呼び名にふさわしい場所だ。

黒手組ツルナルカБアストラル】
フェルディナント皇太子の車列、
車の数は四台だった。
狙撃銃を構えるエムは狙い定まらず――
黒手組ツルナルカДアストラル】
結局、一発も撃てなかったのだ。
大セルビア、統一か死か!
同志Чチェはフェルディナント皇太子の
車めがけてダイナマイトを投げ込む。
しかし導火線が燃え続け遅爆だった。
黒手組ツルナルカШシャアストラル】
皇太子の付き人の乗る後続車が、
爆発に巻き込まれたのだ。
大セルビア、統一か死か!
フェルディナント皇太子は、
怪我けがした付き人を見舞うべく、
市庁舎を出ると予定を変更した。
皇太子の車はラテン橋のところで、
道を誤り、バックで戻った――
大セルビア、統一か死か!

黒手組ツルナルカЧチェアストラル】
同志Пは素晴らしい!
遂にフェルディナントをはいしたのだ!
セルビア人の宿敵をな!
奴は、同志П咄嗟とっさの判断で、
見事に目的を果たした、
素晴らしい――
だが、俺はどうだ?
投げた爆弾は遅爆になり、
その後、青酸を飲むも自殺に失敗!
俺はその時で止まっている!
俺はセルビアの英雄にすらなれない!
そんなことがあっていいのか!!

《バトル》

黒手組ツルナルカЧチェアストラル】
俺は……俺は……
どうなるのだ?
大セルビア、統一か死か!
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
近くにセヒラの塊を観測します。
警戒してください!

黒手組ツルナルカФエフアストラル】
同志Пはラテン橋近くのレストラン、
リベ・イ・メサでサンドウィッチを
食べようとしていた――
その時だ、皇太子を乗せた車が、
店の前をゆっくりバックしていく。
同志П躊躇ためらうことなく撃った!
皇太子と皇太子妃が倒れた。
大セルビア、統一か死か!

黒手組ツルナルカЖツェアストラル】
同志Пの銃にはダムダム弾が
装填されていた――
ハーグ陸戦条約で禁止された弾だ。
ダムダム弾は人体に入ると、
中で大きく破裂して致命傷ちめいしょうを与える。
大セルビア、統一か死か!

黒手組ツルナルカЮアストラル】
同志Пにダムダム弾を渡したのは、
ダミアン・イリッチという男だ。
その弾は柔らかな水銀でできていた。
同志Пはイリッチに会うのは初めてで、
いぶかしく思ったが水銀弾を渡され、
皇太子暗殺の意欲が湧いたという。
イリッチは歳の頃三十代半ば、
三つ揃えのスーツを着こなし、
ベネチアンマスクを着けていた――
同志Пはそのように語っていた。
大セルビア、統一か死か!

黒手組ツルナルカПアストラル】
暗殺の後、俺はとらえられた。
青酸は効かなかったのだ。
収監しゅうかんされた俺は結核を悪化させた――
結核菌が右腕のずいに入り腕を切断、
その瞬間に俺は飛んだ。
以来、ここを彷徨さまよう――
暗殺以降、オーストリアはセルビアに
宣戦布告して戦争が始まる。
俺の希望は統一だ、戦争ではない!
まるで世界大戦争の原因となった、
そのような言われようは許しがたい!
大セルビア、統一か死か!!

《バトル》

黒手組ツルナルカПアストラル】
――教えてくれ……
あのラテン橋、名前が変わったと……
どう呼ばれているんだ?
俺が皇太子を撃った、
そのそばかっていた橋だ!
――なんと呼ぶ……
【着信 喪神梨央】
セヒラの特異点は解消したようです。
本部へ帰還してください。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
記録を確認中ですが……
ちょっと混乱します。
【帆村魯公】
無理もない。
なにせサラエボ事件の話だ。
サラエボ人青年団の思念だろう。
【喪神梨央】
最初の爆弾で付き人が怪我けがして、
見舞うため予定変更したんですね、
皇太子夫妻は。
それで道を間違えたところに、
暗殺犯が居合わせた――
ガヴリロ・プリンツィプです。
【帆村魯公】
黒手組ツルナルカПアストラルがその本人だな。
他は黒手組ツルナルカの仲間に違いない。
――気になることが……
暗殺犯に水銀弾を渡したのは、
三つ揃えの背広の男と言っていたな。
どこかで聞いたことがある。
【喪神梨央】
アナーキストの葛木かつらぎ素朴そぼくのときです、
彼にクロポトキンの本を渡した人物、
三つ揃えの背広姿の紳士でした。
一九〇五年のことです。
サラエボ事件は一九一四年――
同一人物でしょうか?
【帆村魯公】
当時三十五歳くらいとして、
今年、六十五……
そんな老人が何かに関わるのか?
葛木かつらぎ素朴そぼく幸徳秋水こうとくしゅうすいに本を貸し、
秋水しゅうすいはアナーキストになる――
そして大逆たいぎゃく事件を企てる。
【喪神梨央】
サラエボ事件は、
世界大戦争の引き金になった――
【帆村魯公】
どちらも、
混乱や破滅への道筋を描く――
背広男が同一人物であるなら、
同じような動機の存在が伺えるな。
【喪神梨央】
プリンツィプの思念が言ったこと……
ラテン橋は事件後に名前が変わって、
プリンツィプ橋になりました。
彼はセルビア人の間では、
英雄視されています。

帝都満洲ではサラエボ事件に関わる思念が、いくつも集い、セヒラのよどみを生んでいた。大波のようによどみから発する強いセヒラ――
強いセヒラは、同時に芽府めふ須斗夫すとおに作用して、彼を半覚半睡はんかくはんすい状態とし予言を語らせる。そして地下深くに鎮座ちんざするナチの秘密兵器。さまざまな事柄をからませながら、帝都は静かに晩夏ばんかを迎えていた。

第七章 第五話 乙亥文書

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
兄さん、
前に執事型のホムンクルスが残した、
一四、一ニの数字、解明できました。
ユリアさんが、
ホムンクルスの記録を調べて、
見当つけたんです。
この件で、
式部しきべさんが来てくださいました。
【式部丞】
その数字、聖書なのではと聞いて、
意味のありそうな書をあたりました。
以賽亞イザヤ書、十四章、十二節です――
ちた明星みょうじょうについて書かれています。

あしたの子明星みょうじょうよ 
いかにして天よりおちしや 
もろもろの国をたふし々者よ
いかにしてきられて
地にたふれしや

明星みょうじょうたる者が何故なぜに天からちたか。
幾多いくたの国を倒したほどの者が、
何故なぜられて地に倒れたのか――
以賽亞いざや書で語る明星みょうじょうとは、
堕天使だてんしルシファーのことです。
【喪神梨央】
ルシファーって、ですか?
【式部丞】
最高位の悪魔とされています。
もしセヒラに触れると、
最も強いになるでしょうね。
【喪神梨央】
そのルシファーのことを、
ホムンクルスが語ったのですね?
――何か意味があるのでしょうか?
【式部丞】
大いに謎ですね――
少し調べたいことがあります。
私はこれで失敬しっけいします。
【九頭幸則】
今、すれ違ったの、式部しきべさんだね。
何しにここに来たんだい?
【喪神梨央】
幸則ゆきのりさんこそ、
どうやってっていたんですか?
【九頭幸則】
ふ、っていた?
随分だなぁ、梨央りおちゃん――
あ、いや、梨央。
渋谷しぶや道玄坂どうげんざかにできた近代建築モダンビル
あれは憲兵隊の本部だって。
それも渋谷憲兵大隊だそうだ。
渋谷憲兵分隊を大幅に強化したって。
【帆村魯公】
渋谷憲兵分隊は桜ヶ丘さくらがおかにあった隊か。
東京憲兵隊とは別組織なんだな。
それが強化されたと?
しかも大隊だと?
そんな大きな部署なのか?
どの辺りなんだ、ぜんたい?
【九頭幸則】
ちょうど玉川たまがわ電車の道玄坂どうげんざか上駅、
そのすぐ側に建っています。
ものすごく立派なビルヂングです。
【喪神梨央】
渋谷って、再来年には地下鉄道が、
やって来るんですよ!
【九頭幸則】
へぇ……
駅はどのへんに出来るんだい?
【喪神梨央】
何でもデパートの三階をくり抜く、
そんな計画のようです。
【九頭幸則】
地下鉄の駅が空中に?
そんなことあるのか、本当に?
【帆村魯公】
――そうか……
新宿の憲兵、その渋谷大隊か……
【喪神梨央】
どうしたんですか、隊長?
【帆村魯公】
いやな、今日、
新宿で大勢の憲兵が出動しているが、
渋谷の隊ではないかと思ってな。
【喪神梨央】
でも……
新宿は管轄かんかつが違いますよね――
渋谷の隊が出るのは変です。
【帆村魯公】
前に人生よろづ相談の、
新宿相談所が摘発てきはつされただろ?
【九頭幸則】
知ってます!
省線の鉄道病院の向かい――
葵橋あおいばしの駅の近くです。
あっ! そうか!
あそこは渋谷区だ!!
――駅は新宿だけど……

人生よろづ相談新宿相談所は摘発てきはつを受けた。鉄道省病院の向いに位置していた。この界隈かいわい、行政区では渋谷区に属している。

【帆村魯公】
今日、新宿に押しかけた憲兵、
もしや渋谷の隊ではないか?
――渋谷憲兵隊……
【喪神梨央】
兄さん!
その新宿にセヒラ反応です!
【九頭幸則】
おお、なんか臭うな!
俺も同行するよ、風魔ふうま
【喪神梨央】
それでは公務電車を用意します。
赤坂見附みつけ、四谷見附みつけ経由で、
新宿駅前に向かってください。

〔新宿駅前〕

【九頭幸則】
新宿はいつものにぎわいだなぁ……
憲兵なんて何処どこにいるんだ?
――姿を見ないぞ?
【着信 喪神梨央】
憲兵隊のこと、少しわかりました。
渋谷しぶやの部隊はすべて憲兵特高です。
特高といっても警察ではありません。
憲兵特高課をひきいるのは、
血洗島ちあらいじま憲兵少佐だそうです――
【九頭幸則】
ち、ちあらいじま?
――すごい名前だな……
さて、新宿は何でもないようだから、
戻るか、風魔ふうま――

【洋行帰りの女】
洋行帰りのこの私が、
べったらづけなんぞ食すものですか!
私、巴里パリでは毎日のように、
リードボーを頂きましてよ!
ご存知かしら、リードボーって。
【九頭幸則】
ぜんたい、どんな食い物ですか?
【洋行帰りの女】
あらら、将校さんもご存じない?
――リードボーは仔牛の胸腺きょうせんですの!
育ち盛りの仔牛は、
大きな胸腺きょうせんを持っていますの。
それをワイン煮にするのですわ!
よく見ると、あなたたち、
ステュウシチューの具みたいなお顔だこと!
――オーホホホホホ~
【九頭幸則】
何だか嫌な予感がしてきたぞ。
【着信 喪神梨央】
今の人、先頃、
市ヶ谷見附みつけで戦った怪人です。
今、記録と照合しましたが――
今度会ったら、あんたもステュウシチュー
具にしてやるからね!
そう言って立ち去りました。
【九頭幸則】
じゃ、その時には、
廓清かくせいされなかったんだな?
何か、ますます嫌な予感がしてきた。

【憂いている書生】
下女の雪と家長おとうさんに、
昇汞水しょうこうすいを飲まそうとした夜、
警察が訪ねてきてね――
僕の計画はご破産さ!
結局、二人は熱海あたみ旅行に行ったよ。
その夜、僕は眠れなかった――
【九頭幸則】
梨央りおちゃんが通報したんだっけ?)
【憂いている書生】
熱海あたみから帰った二人、
前とは何だか様子が違う――
ある日、雪のなじる声を聞いたんだ。
の鳴くような声で許しを請うのは、
家長おとうさんの方だった――
家長おとうさん、雪の口座作って、
二千円も入れたんだって。
雪は何か考えているに違いない。
納戸なんどに大きな砒素ひそ薬缶やかんがあった。
あれ、十キログラムは入っているよ!
【九頭幸則】
砒素ひそって飲んですぐには死なない――
これは通報するほどじゃないか。
【着信 喪神梨央】
今の書生は神田かんだでした――
神田で戦いました。
新宿のセヒラ、依然いぜん高いままです。
それにいざなわれて市中から、
廓清かくせいされない人が来るんでしょうか?

〔新宿駅前〕

【メカノフィリアの男】
弾条ぜんまいを巻くんだ、ギリギリ巻くんだ!
でもな、今回は巻きすぎた!
欲張りすぎたんだ!
弾条板ぜんまいいたが大きくけて、
私はね、一気に弾き飛んだ!
あああ、もう巻けない!
弾条ぜんまいが使えなくなった~

【九頭幸則】
あなたたちが――
渋谷憲兵大隊所属の隊ですか?
自分、歩一の九頭くず中尉です!
鬼相良おにさがら憲兵中尉】
鬼相良おにさがら憲兵中尉です。
ここは自分らにまかせ、
お引き上げください。
【着信 喪神梨央】
渋谷憲兵大隊のこと、
更にわかりました。
隊には五城目ごじょうめという大尉がいます。
鬼相良おにさがら憲兵中尉】
貴様、詮索せんさくするのか!
軍人の風上かざかみにも置けぬ卑怯ひきょう
断じてゆるさん!

《バトル》

鬼相良おにさがら憲兵中尉】
ハハハハハ~
山王さんのう機関、流石に腕が立つ!
よかろう、喪神もがみ中尉、
また手合わせを願うとするか。
【九頭幸則】
何がよかろうだ、偉そうに!
風魔ふうま、こいつら片っ端から、
なぎ倒してやろうぜ!
【着信 喪神梨央】
先程の五城目ごじょうめ大尉ですが、
宮内庁くないちょう陰陽寮おんようりょうの所属です。
聖宮ひじりのみや殿下のご同輩です。
【九頭幸則】
そんな人物が、
憲兵隊にいるのか?
――何だか妙だな……

〔新宿駅前〕

【九頭幸則】
なんだかんだ言って、
連中、引き上げたんだな――
歩一でも憲兵隊のこと調べてみるよ。
――風魔ふうま、何か視線を感じるぞ。
気のせいか……いや、違う!
【思い詰めた女】
寝ている佐竹の胸に、
名前をったんですが、
つづりを間違えたことを思い出し、
荒木町あらきちょうの待合に誘ったんです。
また会いたいと伝えたのです。
【九頭幸則】
それはいつのことですか?
【思い詰めた女】
今日です、さっきです――
今日は佐竹の会社は記念日でお休み、
だから、さっきです。
【九頭幸則】
それで……
またったんですか?
【思い詰めた女】
らないわよ、そんなこと――
【九頭幸則】
――ふぅ……
よかった……
【思い詰めた女】
きざんだのよ、深くしっかりと!
待合の布団が真っ赤に染まるまで、
きざんだのさ!!
【着信 喪神梨央】
これではきりがありませんね。
帝都満洲を探信たんしんすると、
大きなセヒラのよどみがありました。
――おそらく、そのせいでは?
今、新宿界隈かいわいしずまっています。
帝都満洲におもむいてください!
【九頭幸則】
了解したよ。
梨央りお、今の女の件、通報頼んだよ。
【着信 喪神梨央】
既に四谷よつや署に通報済みです!

セヒラにおかされ、廓清かくせいすることのない市民が、次々と押し寄せる新宿界隈かいわい――
その原因、帝都満洲にあるとしておもむくことに。

【満鉄列車長】
日本橋佳木斯チャムスに到着しました。
この列車の終着となります。
日本橋佳木斯チャムスにお客様とは、
これまた珍しいこともありますね――
ここに辿たどり着く者、
その多くは因須磨洲いんすますにいるのです。
北陸の小さな港町です。
確か省線の終着駅ですね。
富山から二時間かかります――

〔日本橋佳木斯〕

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラのよどみ、
先程より少し大きくなっています。
新宿には相変わらず、
市中から人が集まります――
皆、怪人化寸前です!

行旅人こうりょにんアストラルR】
因須磨洲いんすますの町に来た覚えがない……
ある日、目覚めたらここにいた。
帰るにも汽車に乗れない――
汽車は見るが駅で待つと来ない、
半日待っても一向に来ない。
時間表はあるけど、
その通りには走らない日が多い――
わんの奥にあるこの町からは、
歩いて行く道は一本もなく、
海は高波続きで小舟では出られない。
もう三年も足止めを食っている……

【行旅人アストラルV】
不思議です……
因須磨洲いんすますには殆ど人がいないのに、
にはいるんです――
私たちとは毛色の違う人が、
急に増えました。
皆、軍人のような口を利きます。

【憲兵少尉Sアストラル】
あの文書の出処でどころはどこだ?
参謀本部なのか?
乙亥きのとい文書――
明治期の霊能力者がしたためた本だ。
今年、乙亥きのといの年に、
悪魔なる者の化身が現れるという。
化身は帝都に現れる――
文書にはそう記されていた!

【憲兵中尉Fアストラル】
悪魔の化身だと?
伽話とぎばなしみたいな話、信じられるか!
だが、軍は本気だ。
化身を探せ、それが軍命だ!
俺は上官に具申ぐしんした。
先ずはよろづ相談を摘発てきはつすべしと。
ああいうところにいるんだ――
真っ先に新宿相談所を探った。
あそこは渋谷区だ、渋谷大隊の所轄しょかつ
現場は鉄道病院の向いだ。
東京鉄道局経理課のバラックが並ぶ、
その隣に新宿相談所はあった。
主催者は熱海あたみとらえた。
たちまち俺は中尉に特進だ!
――これも化身とやらのおかげだな。

【憲兵中尉Nアストラル】
乙亥きのとい文書には、こうあった――
乙亥きのといヲ迎ヘシ都ニ
荒神あらかみヲ現ハス霊異りょういアリ
乙亥きのといの年は六十年に一度ある。
前回、明治八年には荒神あらかみは降りず、
愈々いよいよ今年を迎えたわけだ――
軍では荒神あらかみを悪魔と称している。
これはまさにだのを操る、
あのおかしな連中の影響に違いない。
乙亥きのとい文書を記したのは、
明治中期の霊能力者、北枕宣一きたまくらせんいちだ。
いくら調べても、
その人物の存在は不明のままだ。

【着信 喪神梨央】
憲兵隊員たちの思念ですね。
ところで、化身の現れる場所、
予言書に書かれていたんでしょうか?
憲兵らは新宿を調べているようです。
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし――
帝都満洲から新宿にセヒラを送り、
わざわいを呼ぼうとしている、
そう考えられませんか?
いつまでっても現れない化身、
ごうを煮やし、呼ぼうとしている、
そうじゃないでしょうか?
新宿のセヒラ、
一向いっこうに下がる気配がありません。

【憲兵大尉Kアストラル】
悪魔の化身なる者、一向に現れず。
だがしかし、私たちは僥倖ぎょうこうを得た!
アザトースなる化物を呼び覚ませば、
強力な瘴気しょうきの生じるを得、
化身招聘けしんしょうへいこれに成功するはずである。
ここの連中は一様に恐れておるな、
そのアザトースという化物に。
化物は眠っておるというぞ!
【行旅人アストラルX】
だめだ!
そんなことしてはいけない!
アザトースは万物の造り主だ。
今、眠りの中にいる――
【憲兵大尉Kアストラル】
ならば、それを起こすまでだ。
【行旅人アストラルX】
わからないのか!
我々のこの世界は、
アザトースの微睡まどろみの中にあるんだ!
アザトースが目覚めれば、
世界など一瞬で消えてしまう!
まるで揮発きはつするようにね!
【憲兵大尉Kアストラル】
世界が消えるだと?
忠勇無双ちゅうゆうむそう益荒男ますらお蟠踞ばんきょする、
神洲大八洲しんしゅうおおやしま、消えなどせんわい!
【行旅人アストラルX】
だから軍人はだめなんだ!
三八サンパチで武装しても理論ロジック武装が、
からっきしできていない!
【憲兵大尉Kアストラル】
黙れ!
貴様はいったいどこに住む?
必ずや探し出してやる!
【行旅人アストラルX】
うわぁぁぁ~
【憲兵大尉Kアストラル】
ん?
何だ? どうした――
何が起きたのだ?

【アザトースアストラル】
私を呼んだのは君なのか?
君の全身にみなぎる力は何だ?
君は神と戦うつもりなのか?
【着信 帆村魯公】
まどわされるな!
そいつは神なんかじゃない、
人間の恐怖が生んだものだ!
【アザトースアストラル】
お見通しということか――
確かに私は生み出された。
私が造った人間によって、
生み出されたものだ。
なるほど私は空想上の存在だ。
――時にこんな言葉を知っているか?
現実の恐怖など、
空想の恐怖の足元にも及ばない――
魔女にそそのかされ、ダンカン王を殺害した
マクベスがいた言葉だ――
君の恐怖はこれから始まるのだよ!

《バトル》

【アザトースアストラル】
あああ……
もう眠りは訪れない――
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
新宿界隈かいわいでセヒラ減少しています。
ひとまず帰還してください!

〔山王ホテル前〕

帝都に戻るや、ホテル前にセヒラ観測、その報を受けて、急ぎ、山王さんのうホテル前へ。はたしてそこには憲兵隊が展開していた。

【渋谷憲兵大隊五城目ごじょうめ大尉】
乙亥きのとい文書――
あのような代物しろもの捏造ねつぞうだ。
私の眼はごまかせない。
乙亥きのとい霊異りょういは間違いなく起きる。
そのために準備をしてきたのだ。
だが、私はあの文書を見抜いた。
あれは私たちを探る目的で捏造ねつぞうされ、
私たちに提供されたものだ。
――それで、何を探ったのかね?
私たちは真実を知っている。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
異常なセヒラ波形を観測!
注意してください――
【渋谷憲兵大隊五城目ごじょうめ大尉】
私たち部隊を新宿に展開させた。
多大なセヒラを呼び込み、
悪魔の化身を迎える手はずだった。
だが、成せなかった!
貴様らが邪魔だてをするからだ!
もう一度、組み立て直しが必要だ。
乙亥きのとい霊異りょうい、手中に収めるは、
とうとき軍命なのだ!!
【聖宮成樹】
喪神もがみさん!
私が抑えます!

ともに宮内庁くないちょう陰陽寮おんようりょうに属する二人。いずれも陰陽師おんみょうじである。聖宮ひじりのみや五城目ごじょうめの力をふうじようとしているのだ。

【着信 喪神梨央】
セヒラの波形、
通常のものに戻りました!
【渋谷憲兵大隊五城目ごじょうめ大尉】
フフフ――
従七位上の大允だいじょうだけのことはある!
ここはセヒラを集めて戦うとする!

《バトル》

【渋谷憲兵大隊五城目ごじょうめ大尉】
無念だ――
人生とはまるで熱病だ。
ようやくその熱が冷める時が来た。

【聖宮成樹】
大尉は陰陽師おんみょうじにして怪人だった――
二つの力を同時に使おうとした。
とても危険なことです。
ここはもう大丈夫でしょう。
機関本部へ戻りましょう。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
殿下、ありがとうございます!
【聖宮成樹】
まさか陰陽寮おんようりょうの者が、
怪人化していたとは――
油断もすきもありません。
【帆村魯公】
憲兵隊の連中、
乙亥きのとい霊異りょういを信じておるようだが――
何かお耳に入っていませんか、
殿下の方では?
【聖宮成樹】
瑛山会えいざんかいでということですね?
【帆村魯公】
ええ、左様ですな。
いかがですか?
【聖宮成樹】
瑛山会えいざんかいでは特段、そのようなことは、
伝わってはいません――
ただ、全てがつまびらかではありません。
少し深く調べてみます。
【喪神梨央】
乙亥きのとい文書を記した人って、
北枕宣一きたまくらせんいちと言うんですよ――
なんだか嘘くさくないですか?
【聖宮成樹】
その文書はおそらく偽物です。
憲兵隊が乙亥きのとい霊異りょういについて、
どこまで知るかを探るためのもの――
【帆村魯公】
つまりは陽動ようどうですな。
一体、誰が仕込んだのでしょうか?
【聖宮成樹】
深く事態を知る者です。
参謀総長に掛け合ってみます。
あの憲兵隊自体が、
どうもまっとうではないようです。
【帆村魯公】
それにしてもよく名付けたな、
北枕宣一きたまくらせんいちとは……
【喪神梨央】
ええ? すごく嘘くさいですよ!
【帆村魯公】
明治期はな、そういう皮肉ひにくれ者が、
大勢おおぜいいたんだよ。そのでんで行くと、
その名前、あながち悪くはないな。

乙亥きのとい文書に記された悪魔の化身。文書が偽物であったとして、はたしてすべてが捏造ねつぞうなのか――
ひとまず新宿の町は平静を取り戻した。

第六章 第十三話 ゆりかご

突如とつじょ白金しろかねの上空に現れた光球――
人々からカグツチと呼ばれるようになり、またたく間にうわさは帝都中に広がった。新聞が書きたて、ラヂオが中継をし、清正公せいしょうこう前には物見遊山ものみゆさんの市民が、連日、押し寄せるようになった。

【ため息混じりの女の声】
ああ、カグツチさま……
私の願いを聞いてくださいまし!
【祈るような男の声】
勝負に出るんです、カグツチさま!
満洲で一旗ひとはたげるんです、
私の背中を押してくだされ!!
【甲高い子供の声】
なんか、昨日と違うよね!
大きくなってないか……
辛坊しんぼう、お前、どう思うんだよ!
【感極まった女の声】
あああ……カ・グ・ツ・チさま……
あなたさまを見ていると、
私は、私は……ああああっ!
【冷静な男性の声】
ふんふん……なんてことはない。
あれは水蒸気に光が屈折してだね、
その結果だね――
【いきり立つ男の声】
おいあんた!
カグツチ様に向かって、
何が水蒸気だ! この馬鹿野郎!!
【憤慨した男の声】
おい!
何をする!
ぶつかって謝罪もなしか、貴様!
【叫ぶ女の声】
何をなさるの?
ちょっと、やめてください!!

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
興亜日報こうあにっぽうに、
今日のカグツチ様という記事が……
――あっという間に広まりましたね。
【帆村魯公】
うむ。白金しろかねあたりだけで、
収まってくれればと思うたが――
ブンヤの連中め!
【喪神梨央】
新聞だけじゃないです、
ラヂオでも散々やってました。

【ユリア・クラウフマン】
お早うございます――
【喪神梨央】
お早うございます、ユリアさん!
ユリアさん、白金しろかねのカグツチですが、
独逸ドイツでも同じようなこと、
あったりしますか?
【ユリア・クラウフマン】
球体ク―ゲル――
そのような事例、報告はありません。
【帆村魯公】
市民はカグツチなどと言っておるが、
あれはまぎれもなくセヒラだまだ。
【ユリア・クラウフマン】
ラジオでも言っていました、
そのカグツチとは何ですか?
【帆村魯公】
日本の神話に出てくる神だ。
火之迦具土神ひのかぐつちのかみまたは火産霊ほむすびと言う、
火の神だな――
【喪神梨央】
イザナギ、イザナミの間に産まれ、
産んだイザナミは火傷やけどをして、
死んでしまいます――
カグツチはイザナギに殺されますが、
その血や死体から多くの神さまが
産まれているのです。
【ユリア・クラウフマン】
火をあがめる文化って、
西洋ではゾロアスター教ザラスシュトラから
伝わっています。
【帆村魯公】
希臘ギリシア神話ではプロメテウス――
だが、白金のは火の神などではない、
あれはセヒラだ、間違いない。
【喪神梨央】
麗華れいかさん、まだあの中に、
いらっしゃるのでしょうか?
【ユリア・クラウフマン】
私、思うのですが……
あれは異界ではないですか?
帝都では球体として縮まっている――
球体は同じ体積なら立方体等と比べ、
最も表面積が小さくなります。
触れ合う面積が小さくて済むのです。
【帆村魯公】
なるほど!
本来、存在し得ない場所にあるなら、
球体というのは合理的な形状だ。
【喪神梨央】
隊長、あのセヒラ球ですが、
時々、仮面の男のに似た
波形を観察します。
【ユリア・クラウフマン】
あれはレイカを飲み込んだものと、
同じものだと思います。
それが帝都を移動しているのです。
【喪神梨央】
異界が帝都に現れたのですね。
波形以外に、じかに調べる方法とか、
ないんですか?
【帆村魯公】
軍の気象部にだな、観測気球を使い、
セヒラ球を調べられないか、
さっき打診だしんしてみたんだよ。
【喪神梨央】
あっ、そうなんですね!
それで、どうでしたか?
【帆村魯公】
気象部では怪異の観測などせんと、
あっさり断られたよ。
【ユリア・クラウフマン】
実は……
フロイラインがすごく興味を示し、
あの場所に向かおうとするのです。
フロイラインはレイカのこと、
覚えていたのです。
【喪神梨央】
兄さん!
麗華れいかさんが見つかりました!
歩一の哨戒兵しょうかいへいが発見しました。
今、歩一から連絡が。
【帆村魯公】
なんと!
場所はどこなんだ?
【喪神梨央】
セヒラ球の近くです、魚籃坂ぎょらんざかです。
近辺、セヒラも上昇しています。
すぐ公務電車の手配します!
【ユリア・クラウフマン】
私、フロイラインを見てきます。
大丈夫そうなら支援に差し向けます。

月詠つくよみ麗華れいかが見つかった――
そのしらせを受けて風魔ふうま魚籃坂ぎょらんざかへ向かった。いつになく多くの市民が街路にいた。

魚籃坂ぎょらんざか

【着信 喪神梨央】
カグツチ……じゃなくて、
セヒラ球に影響されている人が、
たくさんあるようです――
怪人化する手前……
そんな人たちの周辺に、
セヒラが濃くなっているみたいです。
【高輪署の巡査】
今日はやけに人が多いんで、
こうして巡視パトロ―ルしているわけです。
皆、大人しく家にいればいいものを、
あんな、カグツチだなどと……
かくいう私もね、
出世祈願したわけですな!
ひぃぃぃぃ~
【芸術家肌の男】
一人の女がね、夢に出てきたんだ。
手を伸ばせば私に届くわ、
その女はそう言った――
僕の油絵のモデルだった人なんだよ、
苗字みょうじは水之江さん、名は節子さん。
節子さん、絵の具を飲んで死んだ。
――カドミウム中毒らしい。
薔薇ばら裸婦らふの絵を描いていたんだ。
半ば完成したその絵は、
彼女の死後、すっかり色がせた!
節子さんは死に、絵の色が消え、
そして彼女が僕の夢に出た!
僕は、いざなわれているんだ!
節子さん!!
今、そっちに行くよ!!
【菓子問屋の娘】
狐狗狸こっくりしゃべれなくなった妹、
日中はずっと押し黙っているのに、
寝言だけはくのよ――
それもね、赤坂哈爾浜ハルピンだの、
市ヶ谷いちがや斉斉哈爾チチハルだの、
なんかもう、気味悪くって。
カグツチ様に頼むと、
妹なんかいなくなる――
だからこの人形、奉納ほうのうするのよ!

【帆村魯公】
何だか春先の怪人騒動を想い出すな。
それぞれの事情で、
怒りや憎しみをたぎらせ、
ある者は想いを強める――
【着信 喪神梨央】
そうですね――
怪人初心者って感じです。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
強いセヒラを観測しました!
これまでとは違います!

【月詠麗華】
…… 
【着信 喪神梨央】
帥士すいし、どうしました?
強いセヒラです!
怪人ですか?
――もしかして……

《バトル》

【月詠麗華】
…… ……
【着信 喪神梨央】
今の人、麗華れいかさんじゃないです――
ドッペルゲンガ―かもしれません。
あの時と似た波形でした。
【ラヂヲ商の倅】
真空管をね、じっと見ていると、
自分がそれになったような気がする。
真空管だよ――
僕の中で、ぼ―っと光るんだ。
――命の炎ってやつかな。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
先程の波形、赤坂に出ました。
みすじどおりです、急行してください!

〔みすじ通〕

公務電車を山王下さんのうした電停で降り、急ぎ向かったみすじどおり――
そこには異様な光景が広がっていた。

【召喚小隊神鳥谷ひととや軍曹】
歩三、召喚小隊……であります……
第三十八分隊……全滅……
であります……
敵は……審神者さにわと思われます……
――全部で六体を確認……
小隊長は……
――鬼龍きりゅう小隊長は……
所在しょざい、不明であります……

うわぁ!
来るな! こっちに来るな!

【月詠麗華】
…… 

《バトル》

【月詠麗華】
…… ……
【着信 喪神梨央】
やはり、ドッペルゲンガーです。
セルパン堂の前で採集した、
あのときと同じ波形です――
兄さんと私の、
ドッペルゲンガーが現れた時と――
【着信 ユリア・クラウフマン】
フーマ!
フロイラインが、
シミズダニに向かいました。
何かあるのかも知れません!
確認お願いできますか?

〔清水谷公園〕

【薬商の男】
支那シナ阿片丁畿アヘンチンキを輸出する、
そんな仕事をしています。
今朝方、富山とやまから戻りました。
一旦、家に帰ったんですがね、
――家でさいが首をっていたんです。
ふほほほほ、おかしいでしょ?
鴨居かもいに浴衣の帯を結んで、
ぶら~ん、ぶら~ん――
アレは莫迦ばかですね、まったく。
日支人にっしじん融和ゆうわもくして働く私を、
アレは侮辱ぶじょくしたんだ!
全くもっゆるせない!
首をくくってどうなるもんじゃない!!

【フロイライン】
…… ……

【着信 ユリア・クラウフマン】
フロイライン……
聞こえていますか?
――あなたは……フロイライン?
【メイド型ホムンクルス】
……

《バトル》

【メイド型ホムンクルス】
…… ……
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
付近のセヒラ、しずまりました。
お客さんがお見えです。
ホテルロビーに来てください。

〔山王ホテルロビ―〕

【ユリア・クラウフマン】
フーマ……
先程のはフロイランではありません。
ドッペルゲンガーです――
フロイラインはホテル前にいました。
シミズダニには行っていません!
【帆村魯公】
ユリア女史のフロイラインと、
麗華れいかさんは同時に飛ばされた。
そして同じように、
ドッペルゲンガーをもたらした――
【ユリア・クラウフマン】
フロイラインは帝都に戻りました。
でもレイカは戻らない……
まだ、あの球体の中にいるのですね。
【帆村魯公】
こんなに長くセヒラ球の中にいて、
果たして大丈夫なのだろうか……

そうだ、風魔ふうま
京都から聖宮親王ひじりのみやしんのう
お見えだ――
殿下、ご紹介します。
こちらがユリア・クラウフマンさん、
そしてこちらが我が喪神もがみ風魔ふうまです。
聖宮ひじりのみや成樹なるき
はじめまして、
成樹なるきです。
【ユリア・クラウフマン】
はじめまして、
ユリア・クラウフマンです。
聖宮ひじりのみや成樹なるき
あなたは、アーネンエルベの――
確かローレンツ博士の娘さんですね。
錬金術に医科学を取り入れた方です。
【ユリア・クラウフマン】
よくご存知でいらっしゃいますね。
私はホムンクルスの研究をします。
聖宮ひじりのみや成樹なるき
そうでしたか!
研究ははかどりますか?
【ユリア・クラウフマン】
日本に来て随分と進みました。
日本の資源は素晴らしいですね。
実は今、
調子の悪いホムンクルスがいます。
聖宮ひじりのみや成樹なるき
それは心配です。
どうかお戻りになってください。
また研究の話でもお聞かせください。
【ユリア・クラウフマン】
有難うございます。
それでは殿  下ザイネ ホーハイト――
私はこれにて失礼いたします。
聖宮ひじりのみや成樹なるき
あなたが喪神もがみ風魔ふうまさんですね。
うわさはかねがね聞いております――

聖宮ひじりのみやは京都の瑛山会えいざんかいに加わっていること、山王さんのう機関の設立に一枚んでいること、そして京都でも波形分析をしていると語った。
魯公ろこう瑛山会えいざんかいの存在は知っていたが、聖宮ひじりのみやと会うのは初めてであった。帝都の怪異とその対策について話した。
そして、白金しろかねの上空に現れたセヒラ球、その中でとらわれている麗華れいかのこと、帝都に現れたドッペルゲンガーについて、現在、つまびらかになっていることを話した。聖宮ひじりのみや魯公ろこうの話を深く聞き入っているようだ。

〔山王機関本部〕

聖宮ひじりみや成樹なるき
ここでなら話せますね――
皆さんにお知らせしておきます。
第三連隊の鬼龍きりゅう大尉ですが、
京都の師団で身柄みがらを保護しています。
【帆村魯公】
そうでしたか!
京都の師団とは、確か……
【喪神梨央】
第十六師団です。
大尉が独逸ドイツに渡る前の所属師団です。
殿下……
少しお尋ねしてよろしいですか?
聖宮ひじりみや成樹なるき
何でしょうか?
【喪神梨央】
鬼龍きりゅう大尉を京都で保護するのは、
麗華れいかさんから遠ざけるためですね?
聖宮ひじりみや成樹なるき
明察めいさつですね、その通りです。
麗華れいかさんの覚醒かくせいすさまじく、
我々もずっと監視していました。
古式東雲しののめ流と呼ぶにふさわしい、
大変立派なものです。
しかし、まだ完全ではない――
彼女は東雲しののめ奥義おうぎを求めています。
それを鬼龍きりゅう大尉に求めるのです。
【喪神梨央】
でも、鬼龍きりゅう大尉は、
独逸ドイツで召喚師になったんですよ。
東雲しののめ流を捨てて――
聖宮ひじりみや成樹なるき
彼を見くびってはいけない――
大尉は東雲しののめ奥義おうぎを極めていました。
渡独とどく以前に審神者さにわの域にありました。
【帆村魯公】
なんと! 
あの鬼龍きりゅうが……東雲しののめ奥義おうぎを……
ちっとも見抜けなんだ!
聖宮ひじりみや成樹なるき
独逸ドイツのトゥーレのやかたでは、
髑髏どくろ聖槍ロンギヌスを用いた秘法伝授イニシエーションにて、
生まれ変わりを体験します。
しかし東雲しののめ審神者さにわとしての資質が、
大尉がマイスターになるのを阻害そがいし、
大尉はそれで悩んでいます――
【喪神梨央】
兄さんがセヒラ球の中で聞いた、
麗華れいかさん思念の言葉……
――豪人さまは、
大切な二つのものをおそなえです――
聖宮ひじりみや成樹なるき
私もその同じ記録を確認しました。
麗華れいかさんは気付いていたのです。
大尉からなら奥義おうぎを授かれると――
それで参謀に掛け合い、
急遽きゅうきょ、京都から師団を派遣して、
鬼龍きりゅう大尉を保護したわけです。
【帆村魯公】
今、麗華れいか嬢が審神者さにわとなるのは、
やはりまずいわけですかな?
聖宮ひじりみや成樹なるき
彼女に影響を与える者がいる、
そう考えたほうが安全です。
今は慎重を期す時なのです。

【新山眞】
みなさんチーウィ
わたしは もどりましたレヴェニス
【帆村魯公】
に、新山にいやま君!
ぜんたい無事だったのか?
【喪神梨央】
新山さん、今、何と仰ったんですか?
【新山眞】
戻りましたと――
そう言ったつもりですが。
聖宮ひじりみや成樹なるき
最初のチーウィ――
皆さんという意味ですね。
これはエスペラント語です。
【喪神梨央】
新山さん、
エスペラント語、できるんですか?
【新山眞】
ミ ネニアム レーニス 
ラ エスペラーント――
聖宮ひじりみや成樹なるき
エスペラント語を習ったことはない、
そうなんですね?
――ではどうして喋れるんですか?
【新山眞】
ミ ネ シティーアス――
わかりません……
おそらくはセヒラ異常のせいかと……
聖宮ひじりみや成樹なるき
なるほど――
似た事例は聞いたことがありますね。
ともかくご無事で何よりです。
【新山眞】
ダーンコン……
あっ、いえ、ありがとうございます。
こちらに来たのは、
月詠つくよみ麗華れいかさん、愈々いよいよ、現れました。
――それをしらせに。
【喪神梨央】
ええ?
どこなんですか、場所は?
【新山眞】
青山せいざんホテルです。
市電青山車庫近くです。
聖宮ひじりみや成樹なるき
青山せいざんホテル、梨本宮邸なしもとのみやていの近くですね。
喪神もがみさん、参りましょう!

青山せいざんホテル〕

聖宮ひじりみや成樹なるき
ユリアさん、
どうしてここへ?
【ユリア・クラウフマン】
フロイラインが教えてくれたのです。
古い香腺こうせんを取り出して溶かしました。
硫酸りゅうさん香腺こうせんを溶かすと模様が現れ、
それを読み解くのです――
聖宮ひじりみや成樹なるき
それで、
月詠麗華つくよみれいかさんは……
【ユリア・クラウフマン】
きっとここに……
ここはレイカのえにしの場所です。
レイカは生まれたばかりです――
あの球体は、
異界のゆりかごヴィーグなのです――

【ユリア・クラウフマン】
レイカ……
あなたは、もう――
聖宮ひじりみや成樹なるき
月詠つくよみ……麗華れいかさん……
招かれる者は多いが、
選ばれる者は少ない――
あなたは選ばれたのですか?
【月詠麗華】
幾度いくども戦いの夢を見ました――
天から地から、幾柱いくはしらもの神さまが、
私をめがけておいでになります……
戦いの中で私は自分を失い――
ばらばらになったのです。
気が付くとあの異界の中に……
異界ではすべてが見通せます。
いろんな考えが飛び交っていて、
時には声すら聞こえてきます――
ちっともさびしくなんて、
ありませんでしたわ!
私、風魔ふうまさまや梨央りおさんが
分身を現したことがうらやましくて、
ふとそのことを思いました――
【ユリア・クラウフマン】
レイカが思ったから、
ドッペルゲンガーが現れたの?
【月詠麗華】
みるみる明瞭めいりょうになって、
なんだか私、嬉しくなりました!
異界の中では思うことが実現する、
何でも望みがかなうのです――

風魔ふうまさま……
私、風魔ふうまさまのようになりたい、
そう願い続けていますの――
きっと、なれますわよね?
お約束くださいな!

月詠つくよみ麗華れいか青山せいざんホテルへ入っていった。ユリアと聖宮ひじりのみやがそれを見送った。

【ユリア・クラウフマン】
分身を……望んだ……
フロイラインも……
分身を望んだのかしら――
聖宮ひじりみや成樹なるき
喪神もがみさん――
麗華れいかさんのこと、経過を見ましょう。
波形の観察は続けます。
参謀本部のつかんだ情報では、
ナチのフォス大佐が、
アーネンエルベに着任するとか。
いろいろと動きが出てきそうです。

その後、ほどなくして白金しろかねのセヒラ球は消え、市中のカグツチ騒動は一段落した。月詠つくよみ麗華れいか青山せいざんホテルに部屋を取った。

聖宮成樹ひじりのみやなるき

 宮内庁陰陽寮所属の聖宮成樹親王だ。瑛山会の一員として、山王機関の設立にも関与した。瑛山会の発起人である反ヒトラー派のナチ親衛隊中将シュタインベルク伯爵とは英吉利留学の頃から昵懇の仲で、帝都に釣鐘を移送する際にはその相談に乗ったそうだ。留学時代の伝手で、各国にパイプを持つ。
 能海旭とは遠縁の関係にある。