第八章 第二話 渡満

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
兄さん――
興亜こうあ日報が、
またやってしまいました。
読者から怪人川柳せんりゅうつのって、
紙面しめんで発表したんです。
ラヂオでも紹介していました――

怪人を
振り返へらせて
少し逃げ

怪人の
足へ一筋
血が流れ

怪人川柳せんりゅうを載せている興亜こうあ日報、
売店ではほとんど売り切れで、
山王さんのう機関にもまだ配達されません。

【帆村魯公】
怪人に
なった刹那せつな
考える

なかなかうまいこと言うもんだな。
想像力が豊かだな!
新川柳しんせんりゅうというやつだな。

【喪神梨央】
隊長!
またこれでおかしくなる人が出ます。
山王さんのう機関の仕事が増えます。
【帆村魯公】
仕事のあるのはいいことだ。
――さて、今日の公務はどんなだ?
【喪神梨央】
今日は警護をお願いできますか。
中条忍なかじょうしのぶさんが渡満とまんされるのです。
怪人川柳せんりゅうのこともあるので――
さんという方が、
中条なかじょうさんをエスコートされます。
さんって、兄さんご存知ぞんじですよね。
さんは京城ケイジョウまでの予定だそうです。
東京発午後三時の下関しものせき行き急行です。

そこまで言うと梨央りおは、愛用の時刻表を取り出し、ページをった。

【喪神梨央】
下関しものせきに明日の朝九時三〇分着、
一〇時半の連絡船で夜六時に釜山ふざん着、
七時二〇分の鮮鉄急行があります。
鮮鉄急行は新京シンキョウ行きのひかり号です。
京城ケイジョウには明後日の朝三時一五分着。
さんは京城ケイジョウで下車されます。
奉天ホウテンには明後日の午後四時四〇分着、
大連ダイレンには夜の一〇時半に着きます。
一旦いったん奉天ホウテンまで上る行程ですね。
私、さんに電話してきます。

喪神もがみ梨央りお麻布あざぶの張ホテルに投宿とうしゅくする景明けいめいに電話をかけに行った。
山王さんのうホテルロビーに風魔ふうまあてに来客のしらせが――

〔山王ホテルロビー〕

【廣秦範奈】
喪神もがみ風魔ふうまさんですね――
私、廣秦ひろはた範奈はんなと申します。
エレミヤ佐古田さこたさんからうかがいました。
私、志恩しおん会で執務員をしています。
志恩しおん会は猶太ユダヤ失われたロスト支族トライブ
探し求める活動を続けています。

そう言うと範奈はんなは、自分も千年以上昔に、日本へ渡ったガド一族の末裔まつえいであると語った。その廣秦ひろはた家に伝わるのが廣秦ひろはた文書である。廣秦ひろはた文書にはマナセ一族についてしるした箇所があるという。

【廣秦範奈】
やがて訪れる終末の日――
救世主が現れ、神の国が完成する。
廣秦ひろはた文書にはマナセのすえこそ、
救世主であるとあります。
【喪神梨央】
マナセ一族――
それって鈴代すずよさんじゃないですか!
前にユリアさんに、
打ち明けておいででしたよ。
自分はマナセの末裔まつえいだって。
【廣秦範奈】
如月きさらぎ……鈴代すずよさんですか?
【喪神梨央】
そうです、兄さんの同級生です。
【廣秦範奈】
確か、如月きさらぎさんは、
レイチェル・ポートマンさん、
その家系でおいでです。
ポートマン家は十八世紀末に、
米国に渡ったマナセ一族です。
古文書にあるのは、
六世紀はじめに日本に渡来した、
マナセ一族についてです。
【喪神梨央】
じゃ、他にマナセ一族の末裔まつえい
日本にいるのですね?
【廣秦範奈】
ええ、そう考えています。
父、伊佐久いさくは終末の日が近づくと
おのずと現れてくると申していました。
【喪神梨央】
終末の日、ですか……
それはいつのことでしょうか?
【廣秦範奈】
わかりません……
父は研究を重ねていましたが――
その父も行方不明になったままです。
【喪神梨央】
兄さん――
あの方ですか、さんって。

【李景明】
喪神もがみさん、
今日はご公務に時間をいていただき、
有難うございます。
私は京城ケイジョウに用があるのですが、
奉天ホウテンまで足をばすつもりです。
中条忍なかじょうしのぶさんの大連ダイレン行きを見届けます。
【廣秦範奈】
もしや中条忍なかじょうしのぶさんとは、
大連ダイレン特務機関の方ですね!
N計画を進めておいでの――
【李景明】
そのようです。
今は大崎おおさき是枝これえだ邸においでです。
是枝こえれだ咲世子さよこさんとご一緒です。
【廣秦範奈】
是枝これえだ……咲世子さよこ……
駐独ちゅうどく武官の是枝これえだ大佐の娘さんですね。
愈々いよいよN計画が動くのですね!
【李景明】
ええ、満蒙まんもう発展が期待できますね。
露西亜ロシアの南下を防ぐために、
満蒙まんもう発展は是非ぜひなる要件なのです。
【喪神梨央】
五反田ごたんだまで公務電車を手配します。
虎ノ門とらのもんから赤羽橋あかばねばし古川橋ふるかわばし経由、
五反田ごたんだに向かう経路です。
【李景明】
それでは参りましょうか。
【廣秦範奈】
エレミヤさんのこと、残念です。
彼は貴重な情報をくれました。
罠にはまったのだと思っています。

喪神もがみさん――
N計画をお守りください。
よこしまな勢力に阻害そがいされないように……

景明けいめいを乗せ公務電車は一路いちろ五反田ごたんだへ向かう。清正公せいしょうこうまえ前を分岐ぶんきした電車は、しばらく進み、不意ふいに停車した――

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
付近でセヒラ上昇中です。
おそらく怪人川柳せんりゅうの影響で、
怪人化した市民かと思われます。
念のため、巡視パトロールをお願いします。

〔下大崎〕

【醤油商】
何だかね、
頭がフーってなってる時に、
句が浮かんだんですよ――

怪人の
ひとみえる
柿の色

嫁がね……荷物全部持って、
家を出たんです……
私、すっからかんですよ!!

【マネキンガール】
私もね、怪人川柳せんりゅう、認めたの。
姉が句を送って入選したのよ、
あの阿呆あほうの姉でも入選するならと――

怪人は
だ真ッ白く
笑ひこけ

どうですか?
この句をくとね、
ある考えが浮かんでくるの――
最近、売り場主任に取り入っている、
久子ひさこさんに意地悪しちゃえってね!
――だからそうしたの……

【満鉄信号手】
私ネ、一句思いついたんですヨ!

車投げ
ケロリしたりの
怪人や

どうです、なかなかのもんでしょ?
――ああああああ、
他にも浮かぶ言葉あるネ!

雨のしとしと降るパン
ガラスカラスマトから冷やかした
満鉄マテツ金釦キポタン馬鹿野郎パカヤロー

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし!!
急激にセヒラ上昇です。
注意してください!

【マネキンガール】
ある日、デパートの更衣室こういしつに、
薬のアンプルがあったのよ。
それをねお茶碗ちゃわんに入れたの!
茶碗ちゃわんにお茶をそそいで、
久子ひさこさん、お飲みくださいってね!
あの女に差し出したのよ!
あなたがお茶をれてくれるなんて、
どういう風の吹き回しかしらなんて、
あの女、憎まれ口叩くのよ!
でも、素直に飲んだ――
三分もしないうちに白目向いて、
口から血の混じった泡吹くの!!
残念ね、上等の御為おためごかしなのに!!
蝦反えびぞりになって事切こときれたのよ!
アハハハハハハ~

《バトル》

【マネキンガール】
怪人の
刃物のような
目の光――

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
辺りのセヒラ、なくなりました。
警護を続けてください。
今の件、一応警察に通報しますね。
――真偽しんぎの程は不明ですが。

ほどなく公務電車は五反田ごたんだ駅前に着いた。歩いて5分ほどの大崎広小路おおさきひろこうじ是枝これえだ邸がある。

〔是枝邸前〕

【李景明】
ここが是枝これえだ大佐の家ですね。

是枝邸前に立つ李景明と風魔。邸の庭には探信儀が立っている。
そこへ是枝咲世子と中条忍がやってきた。

【是枝咲世子】
どうぞよろしくお願いします――
【中条忍】
景明けいめいさんですね、
私、中条忍なかじょうしのぶです。
京城ケイジョウまで行かれるとうかがいました。
【李景明】
ええ、でも奉天ホウテンまでご一緒しますよ。
大連ダイレン行きの列車にお乗りになるまで
見届けさせてください。
【中条忍】
ありがとうございます。
とても心強いです。
【李景明】
中条なかじょうさん、奉天ホウテンに着いたら、
一旦いったん、駅から出てもらえますか?
【中条忍】
え、どうしてですの?
そのまま折り返しで大連ダイレンに向かう、
そうじゃありませんこと?
【李景明】
奉天ホウテンからも警護を付けます。
満鉄調査部の職員を向かわせます。
そのほうが安心でしょう。
大連ダイレンまでずっと警護付きです。
【是枝咲世子】
それは安心ですね。
さん、有難うございます。
【李景明】
奉天ホウテン駅前から伸びる浪速通なにわどおりに、
満毛まんもう百貨店があります。
満蒙毛織まんもうけおりが経営する百貨店です。
満毛という屋号が壁面にあります。
その玄関に満鉄職員を待たせます。
背の高い日本人青年です。
【中条忍】
わかりました。
いろいろと有難うございます。
必ずN計画を実現させます。
日本の将来のためにも――
【是枝咲世子】
皆さん、円タクがまいりました。
喪神もがみさん、父も独逸ドイツに戻ります。
新しい独逸ドイツの事情も手に入ります。
またお目にかかりましょう。
それではお気を付けください。

3人は是枝これえだ咲世子さよこが呼んだ円タクに乗り、東京駅へと向かった。

〔東京駅〕

【李景明】
喪神もがみさん、有難うございました。
駅まで無事に着けました。
これでまずは一安心ですね。
帝都は少しのことで怪人化する、
そういう人が増えているようです。
ご公務、お気を付けください。
【中条忍】
大連ダイレンに戻り、
N計画の実現に向けてつとめます。
またお知らせできるかと――
【李景明】
それではそろそろ――
ここに長くいると目立ちます。
満蒙まんもうにおいて国家自衛の地歩ちほを築き、経済産業的自給自足じきゅうじそくの資源を得て、一朝有事いっちょうゆうじの際に応じ、もって大東亜共栄だいとうあきょうえいの意義をまっとうする、私の理念はそこにきるのです。
さぁ、まいりましょう――

【着信 帆村魯公】
黒ノ八号くろのはちごう
急ぎ、帝大に向かってくれ。
公務電車を回す。
和田倉門わだくらもんから乗車するんだ。

魯公ろこうによるとゴエティアの偽典ぎてんが見つかり、今日夕方にでも帝大に着くという。牛頭ごず機構がそれを狙う動きを見せたとのこと。

〔帝大キャンパス〕

【着信 帆村魯公】
満洲のあるすじから参謀に連絡があり、
偽典ぎてんがじき帝大に着くそうだ。
【着信 帆村魯公】
一般の電報でもたらされたと言うぞ。
眉唾まゆつばな気もするが、念のためだ、
帝大を巡視パトロールしてくれ。

【占領科生R】
どうしました?
――もしや皇軍こうぐんの方ですか?
一時のアナーキスト騒動、
すっかり沈静化したようですね。
でも本当は違うのです、
奴ら地下に潜っただけなんです。
僕たちには、
まだまだやるべきことが――
そう思うでしょう、あなたも!

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
帝大キャンパス内でセヒラ上昇!
複数箇所を確認しました!

【蹂躙科生Q】
貴官きかん巡察じゅんさつなのですか?
我々は心にとげを持つような、
アグレッシブな学生を求めます。
上層部から言われているんです、
そういう学生はいい材料になると。
そうです、人籟じんらいの材料ですよ!

【精神破壊科生V】
先日、捕獲ほかくした学生は大成功でした。
くるぶしまで水にかる小部屋があります。
部屋の中央には一脚の椅子いす――
その椅子いすに学生を座らせ、
頭上から水を一滴ずつ落とします。
同じ間隔かんかくたもちながら――
ポターン、ポターンとね。
フフフ、その学生は立派に覚醒かくせいして、
に魂をわれましたよ!!
強く強く歯を食いしばって、
奥歯の割れる音がしました!
アハハ、お前もそうなるがいい!!

《バトル》

【精神破壊科生V】
水の……小部屋……
今度はお前を……入れてやろう……

【着信 喪神梨央】
帝大内のセヒラ、
収束したようです――

〔蔦博士研究室〕

【蔦博士】
これはこれは、喪神もがみ君――
来ると思っておったよ!
先程、たしかには届いた。
本郷ほんごう局の郵便夫が届けに来たぞな。
その本じゃがな……
いやぁ、あれは何であるか?
ぜんたい、不明じゃ!
少なくとも、君らの役に立つ、
ゴエティア偽典ぎてんではないぞ!
希臘ギリシャ語で何やらつづったページ、その後に阿爾卑斯アルプスの観光写真の写し、それからまた希臘ギリシャ語のページが続く――
希臘ギリシャ語を読むと、バンガロス将軍の
クーデターがどうのこうのと――
これは十年前の話じゃな。
つまりは希臘ギリシャの古新聞じゃな、
その記事をただ写してある本じゃ。
アレクサンドロス・デュカキス、
それが写本者の名前じゃ。
間違いなくインチキ本じゃよ!!
【着信 喪神梨央】
帝大内でセヒラ観測です!
研究室の近くです、
注意してください。

【搾取科生X】
古書が偽物だったとはな!
偽典ぎてんの偽物とは洒落しゃれが効いている。
そう思うだろ、山王さんのうの猿めが!
僕はね、牛頭ごずに加わって開花した。
ついに句の才能も花咲いたんだ。
聞かせてやろうか、最新作を――

怪人の
すそから風が
通り抜け

嗚呼ああ、目に浮かぶようだ――
心を彷徨さまよわせる怪人のかなしみが、
ありありと伝わってくるよ!
このかなしみを、
山王さんのうの猿にもわからせてやろう!!

《バトル》

【搾取科生X】
怪人の
素足の下の
霜柱しもばしら――

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
帝大のセヒラ、完全に沈静化、
本部に帰還してください。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい、兄さん!
しのぶさんたち、無事に汽車に乗り、
下関しものせきに向かわれました。
鉄道省にも監視員をお願いし、
確認してもらったのです。
【帆村魯公】
ゴエティアの書については、
ガセだったようだな。
牛頭ごずの急進派を帝大に集める、
そういう効果はあったようだ。
【喪神梨央】
たぶん、範奈はんなさんです――
範奈はんなさんの陽動じゃないですか?
しのぶさんたちが汽車でつまで、
牛頭ごずをおびき寄せたのでしょう。
【帆村魯公】
最近、牛頭ごずの動きはうかがえないが、
下っ端連中はウロウロしておる――
念には念をということじゃな。
【喪神梨央】
希臘ギリシャ語のインチキな本、
誰が作ったんでしょうね――

大連ダイレン特務機関を手伝う中条忍なかじょうしのぶは、景明けいめいのエスコートを得て満洲へ向かった。愈々いよいよN計画の動き始める時が来たのだ。

第七章 第七話 化身降臨

〔山王機関本部〕

またしても新宿で騒動が持ち上がった。悪魔の化身とされる荒神あらかみが降りたという。憲兵が急行し物見遊山ものみゆさんの市民も集まっていた。

【喪神梨央】
兄さん、新宿に荒神あらかみが現れたって、
もっぱらの噂ですが、
本当なんでしょうか?
【九頭幸則】
歩一への連絡だと、
渋谷憲兵隊が出動したらしい。
【喪神梨央】
また渋谷の隊なんですか?
【九頭幸則】
そうみたいだよ――
よろづ相談所の件以来、
渋谷が所轄しょかつを広げたんだよ。

鉄道省病院の向い、人生よろづ相談所。摘発てきはつを受けたその場所は渋谷区にあった。渋谷憲兵隊の権益けんえき拡大の契機けいきとなった。

【九頭幸則】
渋谷憲兵大隊の本部、
ものすごく立派なんだよ――
【喪神梨央】
幸則ゆきのりさん、行ったんですか、
渋谷憲兵大隊の本部に。
【九頭幸則】
この間、渋谷に出向いたついでにな。
公務入口というのがあったから、
そこから中へ入った――
【喪神梨央】
ええ?
幸則さん、勝手に憲兵隊本部に、
入って行ったんですか?
【九頭幸則】
公務としてだな……
そうしたら――
【喪神梨央】
逮捕たいほされて処置室送りですか?
【九頭幸則】
梨央りおちゃん――
係員に部屋に通されたんだ。
英吉利イギリス洋館みたいな優雅ゆうがな部屋だ。
そこに憲兵大隊安寧あんねい課少尉係長、
そういう肩書の憲兵がやって来て、
渋谷大隊の案内を受けたんだ。
【喪神梨央】
どんな案内を受けたんですか?
――憲兵隊本部の施設とか?
ついこの間、麹町こうじまち竹平町たけひらちょうに、
新築なった東京憲兵隊本部には、
すごい施設があるそうです――
くるぶしまで水の貯まる独房とか、
弱い電流の流れるベッド、
それにガラスびんを割る音波装置――
タボナール剤を一斉噴霧ふんむができる、
シャワー室もあるそうです。
【九頭幸則】
何だい、そのタボナール剤って?
【喪神梨央】
陸軍軍医学校が開発した、
強力な睡眠剤らしいです。
三週間も眠り続けるそうです。
【帆村魯公】
おう、中尉、来ておったか?
【九頭幸則】
先生、新宿で――
【帆村魯公】
うむ、荒神あらかみ騒ぎだな?
軍では悪魔と称しているぞ。
【九頭幸則】
憲兵も出ています。
例によって渋谷大隊です。
【帆村魯公】
前は陰陽師おんみょうじの憲兵まで繰り出し、
ねずみ一匹、出てこなかったな――
今日はどうなんだ?
【喪神梨央】
らぎはありますが、
セヒラを観測します。
公務に向かいますか?
【帆村魯公】
そうしてくれ、風魔ふうま
梨央、公務電車だ。
中尉はどうする?
【九頭幸則】
憲兵のこと、気になります。
風魔に同行します。

〔新宿駅前〕

【九頭幸則】
憲兵なんて見当たらないぞ、風魔ふうま
ここにいる人はどうなんだ?

【四谷の小間物商】
――あの噂は本当なんでしょうか?
アレですよ、悪魔の化身――
そう言うんでしょ?
悪魔の化身が新宿に出るって。
【九頭幸則】
なぜそんなにくわしいんだ?
新聞には荒神あらかみとあったぞ。
【四谷の小間物商】
ひょひょひょ~
新聞ですか!
新聞なんぞ嘘っぱちです!
うちはね、東京憲兵隊におろします、
購買課長の大尉様がですね、
こっそり教えてくれたんです。
【九頭幸則】
何? 誰だ、その大尉は?
情報の漏洩ろうえいか!
【四谷の小間物商】
んまぁ~吃驚びっくり
いやね、金の工面くめんを頼まれましてね、
百円ばかりね、大尉様にお渡しを――
その引き換えに悪魔の化身のこと、
教えてくれました!
猟奇グラフにでも投稿します!
投稿大賞もらうと、賞金百円ですわ!
【九頭幸則】
――情けない……
規律が……なっていない!

【中野の書生】
僕を書生として預かる親父さん、
代々、職業軍人です。
今、陸軍憲兵学校の副校長です。
【九頭幸則】
階級は何だ?
【中野の書生】
親父さんですか?
少佐ですよ――
乙亥きのとい文書というのがあるんでしょ?
小耳に挟みましてね!
【九頭幸則】
その親父さんが口を滑らせたか?
【中野の書生】
お上さんには内緒の二号さんがいて、
それ、実は僕の姉なんです――
だから、しとねの話、筒抜けなんですよ。
姉は話を聞き出すのがうまくて、
おかげで僕は日本の将来まで、
すっかり見通せていますよ。
【九頭幸則】
どういうことなんだ?
【中野の書生】
日本は米英と全面戦争になり、
帝都も商都もみな空襲で焼け野原、
新型爆弾で完全降伏ですよ!
【九頭幸則】
貴様! 
何を根拠にそのようなことを言うか!
【中野の書生】
露西亜ロシアに調停を頼むと失敗します。
不可侵条約を破りますよ、連中は。
僕は先を見通している――
今からせっせと資金を貯めて、
焼け野原の銀座に土地を買いますよ!
【九頭幸則】
焼け野原――
初めて聞いたぞ、そんな言葉……

荒木町あらきちょう女将おかみ
うちの店は陸軍省の常連さんがいて、
すっかり耳達者みみだっしゃになりましたわ!
【九頭幸則】
おそらくまた情報の漏洩ろうえいだな――
荒木町あらきちょう女将おかみ
六十年に一度、
乙亥きのといの年に魔物が出る、
そういうんでしょ?
【九頭幸則】
風魔、聞いたか?
魔物だってよ――
この人はあまり詳しくはないようだ。
荒木町あらきちょう女将おかみ
前の明治八年には現れなかった、
そうなんでしょ?
うふふふ~
北枕宣一きたまくらせんいちの文書はでっち上げ、
そういうことになってるそうですわ!
【九頭幸則】
何だか妙に詳しいな……
もっと聞き出すか?
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ急上昇です!
警戒してください。

化女沼けじょぬま憲兵大尉】
貴様が山王さんのう機関の召喚師か!
それと歩兵中尉だな!
【九頭幸則】
大尉!
新宿はどういう状況ですか?
化女沼けじょぬま憲兵大尉】
悪魔の化身が降りた!
ハハハハハ~
文書は予言的中させたんだ!
【九頭幸則】
北枕宣一きたまくらせんいちの書いた乙亥きのとい文書は、
偽物だと言われています!
悪魔の化身がやって来るなど――
化女沼けじょぬま憲兵大尉】
アハハハ~
やって来などしない!
降りたのだ、この俺にな!

《バトル》

化女沼けじょぬま憲兵大尉】
ううう~
魔導の書があれば悪魔と合一ごういつする、
そのはずじゃないのか……
大日本おおやまと 神代かみよゆかけて伝へつる 
雄々おおしき道ぞ たゆみあらすな

【九頭幸則】
本だ!
これは……ゴエティアじゃないのか?

憲兵怪人が落とした古書は、まさにゴエティアの偽典ぎてんであった。

【九頭幸則】
さっきの憲兵は魔導の書と――
風魔、これゴエティアだよな!
【着信 喪神梨央】
辺りのセヒラ、ほぼなくなりました。
ゴエティアの偽典ぎてん
見つかったんですね!
つた博士に届けないと――
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
帝大方面、わずかにセヒラ観測!
急ぎ、向かってください!
【九頭幸則】
風魔、行こう!
帝大だ!

〔帝大キャンパス〕

【九頭幸則】
何だか落ち着かない様子だな!
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ確認しました!
一般中尉も用心してください!
【九頭幸則】
一般って!
これでも歩一の――

【法科生D】
新文民社の連中、
芋蔓式いもづるしきに特高に検挙けんきょされた!
長崎の実家に逃げ帰った者は、
長崎県警察部の特高課に逮捕たいほされた。
特高は実家で待ち受けていたという。
貿易会社の影森かげもりなる人物が、
会員の名簿を作っていたらしい。
我々の名も載っているという。
【九頭幸則】
影森かげもり
まさか影森愁一かげもりしゅういちか?
【法科生D】
何だ、あんたらも仲間だろ!
頽廃たいはい国家を立て直す我々を、
非国民扱いしやがって!
【九頭幸則】
おい、早まるな!
――って、もう遅いか!

《バトル》

【法科生D】
影森かげもり……愁一しゅういち……
そいつが内務省の間諜かんちょうだ、
間違いない……ううう……
【九頭幸則】
影森かげもり愁一しゅういちって、
一時いっとき、俺のお目付け役だった人だ。
一度も会ったことはないんだ……
報告書を一通、上げただけだ。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
あたりのセヒラは消えました。
つた博士の元へ、お願いします。

つた博士研究室〕

【蔦博士】
ほほ、喪神もがみ君!
久しぶりに顔を見るな!
【九頭幸則】
博士、ゴエティアの書、
また見つかりました!
【蔦博士】
ほう!
もう見つからないかと――
どれどれ、拝見しよう。

九頭くずは大切に抱えてきた、
ゴエティアと思しき古書を差し出した。

【蔦博士】
ほう!
なるほど――
これは……
【九頭幸則】
博士、ゴエティアの偽典ぎてんですか?
【蔦博士】
まさしく、これは本物じゃな!
今までのどれよりも状態が良い。
大切にされてきたんじゃな!
【九頭幸則】
憲兵怪人が持っていました。
魔導書で力を得たと言って――
【蔦博士】
魔導書!
ふむ、あながち間違いではないがな。
しかし綺麗だ、まるでさらじゃな!
【九頭幸則】
博士!
何か落ちましたよ!
【蔦博士】
何じゃこれは……
――ふむ、誰かのメモランダムじゃ、
何と書いておるかのう……

そのメモには几帳面きちょうめんな字が認められていた。そして、H、SCHARBAUのサインが。外国人が書いた日本語のようであった。

【九頭幸則】
博士、何と書いてあるんですか?
【蔦博士】
間断かんだんなき波動をみとむ。
新しき天地の生まるるがごとく。
【九頭幸則】
波動……
それってセヒラの波動でしょうか?
【蔦博士】
サインにあるシャルボー氏は、
仏蘭西フランスから招いた気象学者じゃ。
氏は地震観測を優先すべきとした。
明治八年、内務省地理寮内に、
地震計を設置、観測を始めた――
【九頭幸則】
それじゃ、シャルボー氏の言う、
間断かんだんなき波動とは地震のことですか?
――博士!
どうかされましたか?

【蔦博士】
我々は宇宙の意志を継がねばならん!
我らが支配者アヌンナキに従い、
金を掘るのだ! 盛大せいだい掘るのだ!
金の蒸気でニビルの星をおおうのだ!!
【九頭幸則】
博士!
落ち着いてください!

【着信 喪神梨央】
新宿の淀橋よどばし自失じしつした書生を保護!
書生、予言めいた言葉を吐き、
戸山とやま衛戍えいじゅ病院で保護しています!
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
戸山に向かってください!

【蔦博士】
――おお、何だ、今の音は?
そうか、わしが……
【九頭幸則】
博士!
大丈夫ですか?
ゴエティアの解読、お願いします!
【蔦博士】
ああ、わかった……
しっかりと読み解こう。

〔陸軍戸山とやま衛戍えいじゅ病院〕

【九頭幸則】
何だか随分ずいぶんと物々しいな……
【第一連隊死人沢しびとざわ二等兵】
はっ!
自分、歩一第六〇中隊、
死人沢しびとざわであります!
【九頭幸則】
歩一の九頭だ。
淀橋よどばしで保護された書生、
ここにいるのか?
【第一連隊死人沢しびとざわ二等兵】
いえ……
あの……その……
――ここにはおりません!
【九頭幸則】
それは変だな?
誰がいないんだって?
【第一連隊死人沢しびとざわ二等兵】
はっ、自失した書生であります!
【九頭幸則】
予言めいたことを言う書生だな?
【第一連隊死人沢しびとざわ二等兵】
はっ!
あ、いえ、その……
どうしようもないんです!
父が借金まみれで田畑を売っても、
焼け石に水で!! あああああ!!

《バトル》

【第一連隊死人沢しびとざわ二等兵】
はぁはぁはぁ~
もう、何も売るものがない……

【式部丞】
お二人、ちょっとよろしいですか?

〔陸軍戸山とやま衛戍えいじゅ病院〕

【式部丞】
新宿に悪魔の化身が現れるとか、
そんな噂が飛び交う中で、
一人の書生が保護されました。
【九頭幸則】
その書生が悪魔の化身なんですか?
【式部丞】
わかりません――
ただ、予言めいたことを口走り、
すぐ、昏睡こんすい状態になったとか……
山王さんのう機関からの要請で、
書生の言葉を研究するため、
この病院に来たのですが――
【九頭幸則】
直接は聞けなかったんですね?
すでに昏睡こんすい状態になっていた……
【式部丞】
ええ、そうなんです。
書生が語ったのは、
次のようなことです――

世界は光と闇の天秤てんびんによって
計られるであろう
――芽府めふ須斗夫すとおが語った第5の予言である。

【式部丞】
第五の予言を申します、
そう宣言して言ったそうです。
【九頭幸則】
へぇ……そうなんですね!
それで世界が二つに分かれる……
そう言うんですか?
【式部丞】
まぁ、そのようです。
これだけではいたって普通ですね。
【九頭幸則】
え? 本当ですか?
世界の分裂が普通に語られている?
――それはどこで?
【式部丞】
世界の多くの宗教、文化に共通した、
終末のイメージです。
世界を支配する闇、混沌こんとん到来とうらい
そして悪魔の出現――
あの書生が語るのは、
終末の予言だと思うのですが、
もう少し聞き出さないといけません。
一般に、神託しんたくを得た者が語るのは、
言葉を預かると書いて預言、
あの青年の場合は言い当てる方です。
【九頭幸則】
未来を言い当てるわけですね。
未来は悪魔が支配するのですか?
悪魔というのは、
もっと、人をあやめたり、
わざわいをもたらす存在なのでは?
【式部丞】
それは違います。
悪魔は混沌こんとんを好むのです。
直接、手出しはしないのです。
秩序ちつじょを失った世界では、
人は本性をあらわにします。
悪魔はそれを望むのです、
【九頭幸則】
つまりは、たがが外れると?
悪魔の目的はそれなんですか?
【式部丞】
ええ、そうですね――
人に危害を加えるのは人間なのです。
悪魔は人の心にこそ潜むのです。

ほら、見てください、
東京憲兵隊のトラックです。
書生を本部に移送するようです。

【式部丞】
保護された書生は不思議な名です。
芽府めふ須斗夫すとお――
芽府めふが名字で須斗夫すとおが名前、
そう扱われています。
書生のズボンに入っていた、
手巾ハンケチにその名の刺繍ししゅうがあったのです。

〔山王機関本部〕

【帆村魯公】
淀橋よどばしで見つかった書生、
浄水池の土手に座っていたらしい。
何時間もそうしていて、
不審ふしんに思った係官が通報した――
【九頭幸則】
予言のようなことを言ったとか。
【帆村魯公】
書生は東京憲兵隊の本部だ。
式部しきべ氏を向かわせた。
予言が続けばしめたものだ。
【喪神梨央】
芽府めふ須斗夫すとおなんて、変な名前ですね。
【九頭幸則】
手巾ハンケチ刺繍ししゅうがあったらしい。
【帆村魯公】
芽府めふ須斗夫すとお、その名から、
悪魔メフィストフェレスに通じる――
参謀本部ではそうとらえているようだ。
独逸ドイツの作家、ゲーテの手になる戯曲、
ファウストに登場する悪魔、
メフィストフェレスだ――
【喪神梨央】
ファウスト博士は悪魔と契約します。
魂と交換に快楽の人生を手に入れる、
そんなお話ですね。
【九頭幸則】
梨央りおちゃん、よく知ってるね!
だとすると……
その書生自身が……
――悪魔の化身ですか?
【帆村魯公】
わからん――
かれておるだけのようにも思える。
あるいは――
思念が形を成した――
和宮かずのみやのときのようにな。
今後の調査を待つしかないな。

淀橋よどばし浄水場で保護された謎の書生――独逸ドイツ戯曲の悪魔に通じる名を持ち、予言めいた言葉を口にする。書生は東京憲兵隊本部に移送され、式部丞しきべじょうにより調査が始まろうとしていた。

第四章 第十一話 帝大サマナー

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうまや、このところ、
政府を転覆てんぷくさせようとする動きが、
活発になってきた。
連中の中に、くすぶり、たぎる思いが、
これまた怪人を生み出すこともある。
――つまりは怪人予備軍だな。
セヒラに狙われるのは、
何もしき心ばかりじゃない。
強く心を奪われるようなことも――
喪神もがみ梨央りお
それじゃ、感動したりしても、
怪人になってしまうんですか?
日曜の夜とか、活動キネマが引けた後、
六区なんかには、主人公気取りの人、
沢山たくさんいますよ!
そういう人も、
怪人予備軍になるのでしょうか?
帆村ほむら魯公ろこう
それはわからん……
心を常に同じく保てば、
何に触れても大丈夫だろう。
第三連隊の常田つねだ大佐の雅号がごう
松柏しょうはくも、まつひのきのように、
常に緑を保つという意味なんだが……
歩三ほさん、なかでも玄理げんり派の連中に、
そのことが伝わっているとは、
言いがたいなぁ……
喪神もがみ梨央りお
隊長!
セヒラを観測しました!
本郷ほんごう区……
これは……帝大の近辺です。
もう少ししぼり込んでみます。
帆村ほむら魯公ろこう
帝大だと?
生らにも運動好きがおるからな!
それにつた博士も心配だ。
風魔、急ぎ向かってくれ!

帝大ていだいキャンパス〕

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、帝大キャンパスで、
セヒラ上昇しています。
注意して進んでください。

【文科生T】
最近、キャンパス内が、
いろいろ騒がしい――
この間も特高が入ったって……
そんな噂が飛び交ってるよ。
内偵ないていに違いないよ。

【工科生R】
な、何だ、あなたは……
軍か? 憲兵?
――さては、間諜スパイなのか?

【小声の男】
知ってるか?
文民社ぶんみんしゃの方針についていけないと、
新文民社しんぶんみんしゃおこした奴がいるって。
【聞く男】
穏健派の韮山にらやま儀礼ぎらいのことか?
あれは叩けばほこりが出るって。
いや、小耳にはさんだだけだけどな。
【小声の男】
文民社ぶんみんしゃの学生を中心に、
急進派が勢いづいているらしい。
本郷ほんごう署特高課も内偵ないてい始めるってよ。

【天婦羅学生】
帝大は東洋一を謳いながら、
その実、最近じゃ満洲帝国大学に
抜かれているんですよ、いろいろ。
満洲でやっていく資力さえあれば、
僕もそっちにくら替えするんですが。

【法科生Y】
あなたは……
まさか特高じゃないよな――
【理科生J】
秋毫ノ異しゅうごうのいに記事がってから、
いつも監視の目を感じるんだ。
【法科生Y】
発端ほったん素朴そぼく先生のご遺族の手紙だ。
我等が師たる葛木かつらぎ素朴そぼく先生は、
病死じゃなかったんだ――
【工科講師M】
おおやけには獄中ごくちゅうで病死と、
されていいますけどね!
【文科生W】
東京憲兵隊こうじ町分隊に連行されて、
酷い拷問ごうもんを受けたそうだ。
それも三週間にわたって――
【法科生Y】
二十年前の事実を記事にしたんだ!
秋毫ノ異しゅうごうのいの巻頭特集でね!
――以降、周囲が騒がしくなり……

【法科生Y】
僕達の前進を邪魔する者が、
このキャンパス内を徘徊はいかいする!
フフフ、特高の犬風情に、
好き勝手やられてたまるか!!

《バトル》

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、帝大キャンパス、
依然いぜんセヒラを観測しています――

帝大廊下ていだいろうか

帝大法学3号館の廊下ろうか内には、奇妙な笑い声が響いていた。

【法科生K】
この三号館に文科の連中が来て以来、
ちょくちょく妙なことが起きる。
【文科生A】
今日もそうだ、あの声……
あれは西亜細亜アジア研究室の博士だろう。
地獄の魔獣チェルベロがどうしたこうしたと、
今朝からおかしなことを言い続けだ。
【法科生K】
突然、頓狂とんきょうな声立てて笑い出すし、
吃驚びっくりするんだよな!

廊下ろうかにはなおも奇妙な声が響く。心なしか先程より大きくなっている――

【文科生D】
君! 君は学外の者ですか?
最近、つた教授のもとに出入りが多く、
何かと心配なのです。
何しろ僕達の研究、大東亜だいとうあを超え、
広く西亜細亜にしあじあまでを見通すもので、
貴重な資料も数多いですし。

新田にった
ここに何の用だ?
あんたは……
出入りの業者か? 違うようだな。
ははぁ~ん、つた教授のもとに日参し、
研究を阻害そがいする下級将校だな!
僕の計画にはつた教授の研究が、
不可欠ふかけつだ! 遠く亜剌比亜アラビヤまでを
一つの国家とするのだからな!

新田にった
この根本理念を文民社ぶんみんしゃの連中に
話したが、理解されなかった!
奴等はいかにも偏狭へんきょうだな!
あんたのような下級将校が
彷徨うろつくからちっとも話が進まない!
そうだよ、目障りなんだよ!!

《バトル》

新田にった
ううう……約束の地プロミストランドより……
東の全域を……治める……
大、大、大……
大東洋帝国の建設を……
――うぐゎっ!
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
帝大のセヒラ、まだ下がりません!

蔦博士研究室つたはかせけんきゅうしつ

研究室の中に高揚こうようした調子の声が響いていた。

【???】
そうだ、そうだ……
来るぞ、来る、来る――
おーほほほほ~
この感じは……
――ん、どうした?

つた博士】
誰だ!
――ん、君か、山王さんのう機関の……
あと一歩だったのだが……
――いやいや、ちょいとした実験!
試してみようと思ってな。
あの、夢の啓示けいじをな――
君になら話すが――
ゴエティアの解読に疲れて、
普段は飲まない酒を飲んだんじゃ。
さいが実家でもらってきた葡萄酒ワインをな。
そうしたら、前後不覚におちいって、
居間で寝てしもうた――
気付くと、ああ、夢の中でだが、
私は野火くすぶる荒野を彷徨さまよっていた。
天国から追放された罪人のように。
そこへ箴言しんげんのように聞こえてきた、
一節がある――
たける異形の魔獣チェルベロ、
地獄にてさいなみ受くる者に向かい
三つの喉を鳴らしてゆる――
これは……
ダンテの神曲の一節なんだよ。
そしてわかったんだ、悪魔の召喚、
そのすべがな!!
あああ、試したい……
試したい……その誘惑が……
あと一歩だった、そうだ、あと少し!
ん? また私は取り込まれるのか!
今も……見えるぞ! そうだ!
来るぞ、来る!!
あああ、素晴らしい!
この境地に……私は……
至った!

《バトル》

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
キャンパス内からセヒラ反応が、
なくなりました。
つた博士】
はぁはぁはぁ……

つた博士は何が起きたのかを理解しようとつとめている様子であった。

つた博士】
まさに……
我が魂をさぶる体験じゃった!
だが、もうおしまいじゃ。
夢の啓示けいじたちまち失せてしまった。
――力をなくしたようじゃな。
あのような啓示けいじを得る者があると、
悪魔、いやを降ろす者が
新たに出てくるかも知れんな――
うむ……これからも古書の鑑定、
それがゴエティアなら
ひたむきに解読を進めるとしよう。
ゴエティアの解読が続く限りは、
私の身の安全も保たれるだろうて。
ふふふふ……

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

つた博士とのやり取りを確認しながら、帆村ほむら魯公ろこう懸念けねんの表情を浮かべた。

帆村ほむら魯公ろこう
つた博士が夢で得たという啓示けいじだが、
あれは神子柴みこしばも同じ一節を、
語っておった――
喪神もがみ梨央りお
はい。
たける異形の魔獣チェルベロ――
神曲の地獄編、第六曲です。
帆村ほむら魯公ろこう
ゴエティアに精通せいつうした博士だから、
召喚できたのかも知れんが……
神曲の決まった節を唱えて、
が召喚されるとなると、
ちょっと厄介やっかいだな……
喪神もがみ梨央りお
審神者さにわや召喚師以外でも、
召喚できるようになるかも……
そうなんですね?
帆村ほむら魯公ろこう
怪人もを召喚するが、
やがて自滅するさだめにある。
そうではなく召喚できるとなれば……
今のところ、神子柴みこしばつた博士、
これ以外に例がないので、
経過を観察することにしよう。

第三章 第十三話 帝大騒動

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

ゴエティアとおぼしき古書の鑑定と解読は、つた博士の他に頼れる先がない。
これは玄理げんり派とて事情は同じであった。

帆村ほむら魯公ろこう
玄理げんり派に奪われた古書だが……
やはりゴエティアの偽典ぎてんと判明した。
つた博士が鑑定したのだ――
喪神もがみ梨央りお
え? つた博士が鑑定って……
玄理げんり派もつた博士に依頼を?
帆村ほむら魯公ろこう
そのようだな。
あの書を正しく鑑定できる者は、
つた博士をおいて他にはいないだろう。
そのゴエティアなんだが、
鑑定が済み解読も終えたとのことだ。
喪神もがみ梨央りお
そのことは玄理げんり派も、
知っているんですか?
帆村ほむら魯公ろこう
博士は専用電話を使ったのだ、
すれば自ずと第八分課に繋がる。
玄理げんり派の知るのは時間の問題だ。
するとアーネンエルベも、
帝大に来ると考えられるな。
風魔ふうま、一人で大丈夫か?
虹人こうじんに同行させたいのだが……
帆村ほむら虹人こうじん
僕なら大丈夫ですよ、
風魔と一緒に帝大に向かいます。
古書のこと、少しは責任あるし――
喪神もがみ梨央りお
あの時は実岡さねおかさんを
巻き込むわけには――
だから、仕方なかったんです。
帆村ほむら虹人こうじん
梨央りおがそう言ってくれると、
随分ずいぶんと気が楽になる、ホントだよ!
さぁ、風魔、帝大だ!
梨央、公務電車を頼む。
帆村ほむら魯公ろこう
気を付けるんだぞ、二人とも!
玄理げんり派とアーネンエルベ、
両派と対峙たいじするかも知れんからな。
帆村ほむら虹人こうじん
充分に留意りゅういします。

帝大廊下研究室前ていだいろうかけんきゅうしつまえ

研究室に向かう廊下の途中、鬼龍きりゅう豪人たけとが倒れていた――
鬼龍きりゅうは苦しそうに顔をゆがめて話す。

鬼龍きりゅう豪人たけと
喪神もがみか……
……博士が……電報を……
来た時には……おそ……
遅かった……博士は……
あぶ……ない……
……博士の……安全……
奴らは……研究室に……
……私は……立て直す……
帆村ほむら虹人こうじん
博士は無事なのか?
ゴエティアは、どうなった?
またしても、
執事型ホムンクルス!
さてはアーネンエルベが――

【執事型ホムンクルス】
……排除対象……
……モガミフウマ……
……ホムラコウジン……
帆村ほむら虹人こうじん
しつこい連中だ!
風魔ふうま、一気に鎮定ちんていするぞ!

【執事型ホムンクルス】
……排除スル……
……モガミフウマ……
……ホムラコウジン……

《バトル》

帆村ほむら虹人こうじん
僕はここに残る。
風魔ふうまつた博士のところへ!

蔦博士研究室つたはかせけんきゅうしつ

研究室の扉を押し開けた。
狭い研究室内に、つた博士と、ルドルフ・ユンカーの姿があった。

【ルドルフ・ユンカー】
モガミさんですね!
いまツタ博士と話をしていたのです。
博士は実に多くをご存知です。
つた博士】
ユンカー博士はを降ろせると、
そうおっしゃるんだ。
神智しんち学者がそこまでできるとは――
【ルドルフ・ユンカー】
私の弟は物理学者ですが、
を見られません。
なんとか見たいと願うようですがね。
つた博士】
――弟……
ということは……
あなたは――
【ルドルフ・ユンカー】
今はしましょう、博士。
それよりもこの解読書、
渡していただきますね。
何もただでとは言いません。
紳士しんし的にお手合わせ願いましょうか。

《バトル》

【ルドルフ・ユンカー】
さすがですね、モガミさん!
あなたの術には憎しみがない、
なぜなのか、不思議です――

【ルドルフ・ユンカー】
私を卑怯者ひきょうものわらって構いません。
どうしてもこれを本国に送り、
親衛隊上層部に報告せねば!
真っ白な閃光せんこうが世界を消した。
ユンカーが放った閃光弾せんこうだん炸裂さくれつしたのだ。

光が収まり、辺りが戻ると、もうユンカー博士の姿はなかった。

つた博士】
先の独逸ドイツ人、ユンカーが、
帝都のセヒラを同定し、
親衛隊に電報を打った――
私がその翌月、セヒラを観測した時、
すでに戦の論文は上梓じょうしされ、
山王さんのう機関の設立が計画されていた。
私はてっきり、ユンカー博士と、
昵懇じっこんの仲にある者が論文をしたためた、
そう考えていたのだが――
ユンカー博士には弟が――
帆村ほむら虹人こうじん
よかった!
博士、ご無事でしたね!
鬼龍きりゅう豪人たけと
立て直しが済んだぞ、喪神もがみ中尉!
ここで戦うほどおろかではあるまい。
さぁ、書を寄越せ!
帆村ほむら虹人こうじん
あの書は山王さんのう機関が預かるものだ、
貴様らが収めるものではない!
鬼龍きりゅう豪人たけと
実岡さねおかなる人物に、
金でも払っているのか?
帆村ほむら虹人こうじん
金でなど買うものか!
書はおのずと集まる、
正しき場所にな!
鬼龍きりゅう豪人たけと
さすが、制式採用された流派の、
余裕というやつだな!
――何が正しき場所だ!
つた博士】
おいおい、君たちは一体、
何を求めておるのかい?
独逸ドイツ連中をのさばらせて、
それでいいわけないだろうて。
第一、第三、二つの連隊は、
力を合わすべき時じゃないのかね?
鬼龍きりゅう豪人たけと
根本はそうですが、
それだけでは……
帆村ほむら虹人こうじん
博士のおっしゃることはよくわかります。
ただ覇権はけん争い、悪い面だけじゃなく、
切磋せっさ琢磨たくまするということでは――
つた博士】
そうか……ならば、
もっと切磋せっさ琢磨たくまするがよい。
解読書の写しをやろう、二人にな。
ゴエティアはいたずらに力を求めるための道具などでは決してない。
これは霊異りょうい現る世界にしてみれば、
まさに福音ふくいんのようなものだ。
その扱いを間違えると、
世界を破滅に導いてしまうぞ。

第二章 第二話 露西亜正教会の秘本

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

うららかな日和ひよりが続く帝都であるが、
相変わらず怪人騒動は頻発ひんぱつしていた。
鬼龍きりゅうの部隊も怪人鎮定ちんていに乗り出した。
怪人と戦を繰り広げることにより、
得られる情報は実に多い。
玄理げんり派はそれが狙いなのだろう――
そんな折、ある筋から魯公ろこうの元に、
耳寄りな情報が寄せられた――

帆村ほむら魯公ろこう
いつもとは趣向を変えてだな、
神田駿河台かんだするがだいはどうだ、風魔ふうま
なかなかいい街だぞ。

ひとたび公務とあらば、目的を強く
意識する魯公ろこうであったが、
今日はどことなく鷹揚おうように構えていた。

喪神もがみ梨央
隊長、駿河台するがだいに何があるんですか?
――あの辺だと、聖橋ひじりばし湯島聖堂ゆしませいどう
それに……ニコライ堂です。
帆村ほむら魯公ろこう
ニコライ堂、正式には、
東京復活大聖堂教会だ。
日本に正教会せいきょうかいの教えを伝えた、
聖ニコライの名を冠する聖堂だ。
日本正教会の本拠だな。
喪神もがみ梨央
露西亜ロシア正教会の
日本支部じゃないんですね。
帆村ほむら魯公ろこう
正教会はキリスト教の宗派だが、
国ごとに正教会を置く決まりなんだ。
だから日本には日本正教会。
露西亜ロシア正教会、希臘ギリシャ正教会等と並び、
日本正教会はそれで日本にある、
言わば本山みたいなものなんだよ。
喪神もがみ梨央
そのニコライ堂が、
どうかしたんですか?
――まさか、怪人が出た?
帆村ほむら魯公ろこう
梨央りおもなかなかに攻めるな。
ニコライ堂に機密の書があると、
そういう情報が寄せられたのだ。
第一連隊の刑部おさかべ大佐からの情報だが、
大元は……もしかすると参謀か、
あるいは、もっと別なところだ。
えてしてこうした情報は、
漏洩ろうえいしやすい。
風魔、ニコライ堂に向かってくれ。
機密の書は機密ミスティリオンという秘儀に
用いられると言うぞ。
神の恩寵おんちょうを授かる秘儀だ……
それに用いるという書だ、
ゴエティアだとしてもおかしくない。
喪神もがみ梨央
でも、神様なんでしょ?
ゴエティアは悪魔です、
悪魔を召喚する書ですよ。
帆村ほむら魯公ろこう
ゴエティアの悪魔も、元は神々。
時の為政者いせいしゃが悪魔として定義して、
はじめて悪魔は生まれる――
もおそらくは、
かが作っているのだ……
風魔ふうま、ニコライ堂だ。
機密ミスティリオンの書を預かり、鑑定に出す。
――話は付いているはずだ。
借り受けたら例によって、
帝大の先生に見てもらおう。
喪神もがみ梨央
公務電車の経路ですが、
神田橋かんだばしから神保町じんぼうちょう
春日町かすがちょうに抜ける、
市電三十五番の路線を使います。

聖橋ひじりばし

江戸時代に掘られ、深い谷を成す駿河台するがだい外堀。
そこを渡る本郷通ほんごうどおりには、ニコライ堂と湯島聖堂ゆしませいどうを繋ぐように架かる橋がある。
ふたつの聖堂を結ぶため聖橋ひじりばしと名付けられたこの橋を渡った風魔ふうまは、ニコライ堂の司祭から機密ミスティリオンの書を預かることとなった。
そして今また聖橋ひじりばしに戻った風魔ふうまは、東京帝大ていだいつた博士の元へと急いでいた。

比類舎ひるいしゃの社員】
フフフ……
君たちがぎまわっても無駄だ。
計略は深層地下アンダーグラウンドで進行するのだ。

【サラリーマン風の男】
そこにいる将校、目付きが変です。
何か謀略ぼうりゃくでもたくらんでいるのでは、
ないですか?

一五市にのまえごいち
このたび、副長に任命された。
歩三ほさん、第九九小隊だ。
――喪神もがみ風魔ふうま
隊命で貴様を迎え撃つのではない!
独断で戦闘をす、そう、
擅権せんけんの大罪も覚悟の上だ!!
貴様が借り受けた機密の書、
我々も興味があってな。
いち早く書を解読し、
部隊の強化にこれ努める。
副長として、当然の判断だ。
貴様も同意だろう、喪神もがみ中尉!
貴様に打ち勝つべく、
演習を繰り返した!
さぁ、整えろ!

《バトル》

一五市にのまえごいち
――まだ演習が足りないようだ。
いや、東雲しののめ流と独逸ドイツ召喚術、
この二つの調和が足りないのだ。
フフフフフ――
貴様と向き合うと得るものが多い。
いずれその書にある
我々も掌中しょうちゅうに収めるだろう。

帝大ていだいキャンパス〕

帝大キャンパス内は、
一種、異様な空気に包まれていた。
学生達も普段とは様子が違う――

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、帝大キャンパス付近、
セヒラやや高し。
気をつけてください。

少女は、あのユリアが
フロイラインと呼んだ
ホムンクルスだ。
風魔ふうまをじっと見据みすえている。

【不思議な少女】
気ニシナイ……フーマ……
ワタシ、支援者。

【落ち着かない様子の男】
秋毫ノ異しゅうごうのいという雑誌名は、
さすがインテリゲンチャですね。
秋に抜けるけものの毛と言う意味です。
秋は少ししか毛が抜けないので、
ほんのわずかなということで――
ささやかな異論、でしょうか?

【文科生H】
あなたも秋毫ノ異しゅうごうのいを買いに?
我々、赤門あかもん出版会はこの雑誌に
けているのですよ。
二十年前に惜しくも亡くなった、
葛木かつらぎ素朴そぼく先生の革命思想、
それを今によみがえらせるのです。
――それとも……
まさか、お前は……
内偵ないていでは……

【工科生S】
我々の赤門あかもん出版会は、
大学の認可など、取っちゃいない……
我々はなかかわずではない!
葛木かつらぎ素朴そぼく先生の思想は、
今の時代にこそ光明こうみょうたり得るのだ。
時代が、社会が、認可するのだ!

【法科生T】
幸徳秋水こうとくしゅうすい先生が無政府主義者アナーキスト
なったのは、巣鴨すがも監獄に収監しゅうかんされていたときのことだ。三十年前だな。
先生は、一冊の本、露西亜ロシアの革命家、
クロポトキンの相互扶助そうごふじょ論を読んで、
大いに感銘かんめいを受けたのだ。
先生が明治天皇暗殺を企図きとして、
大逆罪に問われたのは衆知しゅうちのこと。
――その裏に葛木かつらぎ素朴そぼく先生がいる。
素朴そぼく先生も、同時期、巣鴨すがもにいた。
文民社ぶんみんしゃ活動で騒乱そうらん罪に問われたのだ。
――集会開いただけで騒乱そうらん罪だ!!

【法科生T】
秋水しゅうすい先生にクロポトキンの本を
読むように薦めたのは素朴そぼく先生だよ。
これを知る者は少ない……
素朴そぼく先生は述懐じゅっかいされていた――
ある日、一人の紳士の面会を受けた。
三つ揃えの背広を着た立派な紳士だ。
紳士が素朴そぼく先生に差し出したのが、
クロポトキンの本だったのだ。
先生は文民社ぶんみんしゃ活動の中心課題として
相互依存そうごいぞんの共産主義を唱えていた。
クロポトキンの本は刺激的だった、
これは想像にかたくないね。
我々は葛木かつらぎ素朴そぼく先生の革命思想を、
今に受け継ぎ、さらに洗練させ、
不穏ふおんの世に広めるつもりだ。
だが、どうやら邪魔が入ったようだ。
わかっていたぞ。お前、内偵ないていだろ!
特高か? ならば、どこの署だ?
フフフフ――
我々は言論だけではない、
論を支える力を備えたのだ!!

《バトル》

蔦博士研究室つたはかせけんきゅうしつ

ノックをしても返事がないので扉を
開けるとそこには以前と同じように
書物にもれたつた博士の姿があった。

つた博士】
おお、君か……
君は、確か、帆村ほむらのところの……
そうだ、喪神もがみ風魔ふうま君だ!
ゴエティアの偽典ぎてんの解読書、
それを受け取りに来たのだな。
わかっておる、わかっておる。
ほら、これじゃ。
受け取り給え。

博士は、ひもじられた冊子を
風魔に手渡した。

つた博士】
ゴエティアは実に興味深い!
原本はまだ研究したいのじゃ。
帆村にそう伝えてくれ。
さてさて、聞いておるぞ。
次のゴエティア偽典ぎてん
あるのじゃろう?

蔦博士は風魔から受け取った
機密 ミスティリオンの書をためつすがめつした――

つた博士】
おお……なるほど……
――確かに……
これは……実に面白い!!
だが、これは違うな。
ゴエティアではない。
稀覯本きこうぼんであることは間違いないのだが。
……内容も、なかなかのものじゃな!
これも少し研究させてくれ。
ところで、喪神君、
何故ゴエティアは分冊なのか、
考えたことはあるかね?
勿論もちろん、一冊にまとまれば、
一時いちどきに全てのを召喚できる――
それは大変危険だ……
しかし――
それだけではないように思うぞ。
前にも話したが、偽典は本来の
ゴエティアの書とは異なっておる。
の手で編纂へんさんされたものだ――
悪魔に兵器をそなえさせ、
異能者であればそれを指揮できる――
とは実にたくみな存在じゃ。
そのを少しずつ小出しにさせる。
まるで交響曲の譜面のように、
ある旋律がかもされているようじゃ。
一体、タクトを振るのは、誰なのか?
おおきな計略の中では、
喪神君、君らもわしも、
皆、将棋の駒だよ。
さて、駒は駒らしく、
さらなる研究にいそしむとするか。
のう、喪神君――
せいぜい捨て駒にならぬよう、
気を配る必要はあるがな。
また、書があれば教えてくれ。
帆村にくれぐれもよろしく――

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
ニコライ堂の本、ゴエティアでは、
なかったようだな――
つた博士の鑑定を待とう。
それで、帝大で革命家気取りが
動き始めたそうだな。
――これもセヒラの影響なのか……
強い思いが怪人化しやすい――
それぞれの立場で発現があるな。
帝大方面、観測を強化だ。
喪神もがみ梨央りお
承知しました、隊長!
六探の値、見逃さないようにします。

第一章 第九話 帝大の森

帝大ていだいキャンパス〕

東京帝国大学。
3人は正門から続く銀杏いちょう並木を歩き、
建築中の法文ほうぶん科校舎を脇に見ながら進んだ。
喪神もがみ風魔ふうま如月きさらぎ鈴代すずよ九頭くず幸則ゆきのりの3人はゴエティアをつた博士にたくすべく研究室を訪ねようとしていた。

九頭くず幸則ゆきのり
おい、風魔ふうま
ちゃんと行先の地図ぐらい
用意しとけよ。
これじゃ迷子じゃないか。
如月きさらぎ鈴代すずよ
無線で梨央りおちゃんに場所を
聞けないのかしら?
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、上野、本郷帝大ほんごうていだい付近、
セヒラ急激に上昇中。
九頭くず幸則ゆきのり
おい、梨央りおちゃん、研究室は
どっちだい?
【着信 喪神もがみ梨央りお
法文経ほうぶんけい一号館とだけ。
そちらの位置がわからないので、
何とも言えません……
って、あれ?
幸則ゆきのりさん……
鈴代すずよさんを送っていったんじゃ……
如月きさらぎ鈴代すずよ
ごめんなさい、私が無理を
言って一緒に連れてきてもらったの。
【着信 喪神もがみ梨央りお
危ないですよ、鈴代すずさん。
すぐお戻りになったほうが……
如月きさらぎ鈴代すずよ
大丈夫よ。
私……少しでも風魔ふうまさんの
お役に立ちたいの。
だから、帰れと言われても
帰れませんわ。
帆村ほむら先生にもそうお伝えになって。
【着信 喪神もがみ梨央りお
鈴代すずよさん……
九頭くず幸則ゆきのり
梨央りおちゃん、法文経ほうぶんけい一号館ってのは、
どっち行けばいいんだ?
【着信 喪神もがみ梨央りお
もう! だからちゃん付けは
やめてください!
九頭くず幸則ゆきのり
つれないねぇ。
【着信 喪神もがみ梨央りお
研究室の場所は
学生に聞くなりしてください。
それより怪人かいじんに注意です。
兄さん、鈴代すずよさんもいるのだから
十分に気を付けてください。
如月きさらぎ鈴代すずよ
確かに急に瘴気しょうきが……
このゴエティア偽典ぎてんの影響である
気がします。
九頭くず幸則ゆきのり
お前たちの事案ってのは
ヤバいものばっかりだな。
まったく……

【白山の令嬢】
……ああ……イヤ……

石燈籠いしどうろうのそばで、着物の女性が
何かに怯えるように立ちすくみ、
辺りをうかがっている。

【白山の令嬢】
……助けて……
如月きさらぎ鈴代すずよ
どうしたんでしょう……
様子がおかしいです。

【ハムラビ法科生】
赤坂あかさかに出た怪人かいじん、車を投げたそうだ。
興亜日報こうあにっぽうの怪人特集にあったよ。
その話、寮生にしたら、
自分もできるって言い出して――
そいつ、切通坂きりどおしざかで車投げたんだ。
その時以来、そいつの姿見ないな……

波斯ペルシャ文科生】
波斯ペルシャのアケメネス朝には、
宦官かんがん怪人かいじんがいたそうだ。
巨大なてのひらで人の頭を掴んで、
握りつぶすんだって。
帝都にもそんな奴、出るのかな。

【白山の令嬢】
たくの弟、定清さだきよ、法科の学生なんです。
本郷ほんごうの下宿に一人暮らししますが、
三週間前から音信不通で……
先生にお尋ねしたところ、
ずっと欠席ですって。
下宿には同じパンフレットが沢山――
人生よろづ相談のパンフレットです。
私、気になって、神田かんだの相談所に、
行ってみたんです――
ドアーを開けて、相談所に入って……
次に気付いたら表にいました。
――頭が割れるように痛くって……
あああ、痛い……芯から響くぅぅ……
――皆で……何をしたのですか?
あああ、定清さだきよを返せ、私を返せ!!

《バトル》

【雑役夫】
西亜細亜アジア研究室かね?
あのつた先生に用とは
物好きもいるもんだ。
それなら法学三号館だ。
法文経ほうぶんけいの校舎は建築中でね、
文科は法科に間借り中なんだよ。

帝大廊下ていだいろうか

葡萄牙ポルトガル学科生】
西亜細亜アジア研究室?
ああ、それならあの眼鏡に
聞くんだね。
奴はたしかつた先生のゼミに入りたくて日参してたよ。

【メソポタミア神科生】
つた教授の研究室を探しているだって?
教授に何の用がある?
お前達のような無学の徒がおいそれと
会えるお方ではない。
それに軍人などが足を踏み入れたら
けがれる!
とっとと出て行くんだ!
九頭くず幸則ゆきのり
おいおい、俺たちには
大事な用があるんだよ。
ここに来るように呼ばれたんだ。
【メソポタミア神科生】
は? 呼ばれた? つた教授に……
来るように言われた、だと?
……何故だ……
……何故だ………

【メソポタミア神科生】
ニビル星を救うには、
地球のゴールド是非ぜひとも必要だ。
金を蒸気にして散布しなくては!
宇宙生命体の神々、アヌンナキの王は
大勢を連れて地球に降りた。
彼らが奴隷として創造したのが人間。
シュメール人はこうして誕生した。
つまりは、人類の始祖だ!
僕はつた教授の研究を手伝ううちに、
自分に神々の血の流れるを知った。
僕は、アヌンナキの末裔まつえいなのだ!
そんな僕を差し置いて、
貴様、教授の研究を横取りする気か?
断じて許さん!!

《バトル》

【メソポタミア神科生】
うう……僕はいったい?
おや? 君たちは?
九頭くず幸則ゆきのり
眼鏡君、俺たちにつた先生の
西亜細亜アジア研究室の場所を
教えてくれないか?
【メソポタミア神科生】
ああ……それなら僕が
案内するよ。

【メソポタミア神科生】
先生、新田にったです。
失礼します。

蔦博士研究室つたはかせけんきゅうしつ

扉が開いた先には書物にもれたような老教授の姿があった。

つた博士】
ああ新田にったか、お前の研究員入りは
論文提出後と言ったろう。
とっとと帰れ。
わしは今忙しい。
ン? おお! 帆村ほむらのところの……
喪神もがみ君……だったかな。
使いで来たのじゃな。
如月きさらぎ鈴代すずよ
つた先生、失礼いたします。
つた博士】
やっと終わった――
鑑定の結果、ゴエティアと判明して、
引き続き解読を行ったのじゃ。
これはしかし稀代きたいの奇書じゃよ!
偽典ぎてんじゃよ、何者かの編纂へんさんによって、
もたらされたものじゃ。
数千年前の悪魔を定義して、
そこに兵器を与えておる。
この書にはしるされておる――
一体、何者が、これを……
わからん! だが、解読は済んだ。
如月きさらぎ鈴代すずよ
悪魔に……兵器……
それは本来の悪魔とは違うのですね。
つた博士】
ああ、悪魔に人の手が入っておる。
やがて悪魔は悪魔に戻っていく、
その宿命にあるのかも知れんなぁ。
九頭くず幸則ゆきのり
悪魔が兵器をげているのですね……
うーん、さっぱり想像がつかない。
つた博士】
まぁ、無理もない。
さて、新たに書が見つかったとか。
帆村ほむらが伝えてきたぞ――
このノオトに解読した内容がある。
原本はまだ調べたいのでわしに
預からせてくれ。

風魔ふうま偽典ぎてんの解読書を受け取り式部しきべから預かった古書をつた博士に差し出した。
表紙を一撫ひとなでした途端、つた博士の瞳に歓喜の光が宿った。
そして震える指先でページる。

つた博士】
ンンンン~ム!
これは確かにゴエティア偽典ぎてん
可能性が高い古書じゃ!
さらに前のものを補完する形で
書かれておるようじゃ。
早速さっそく鑑定に掛かるとしよう!

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
任務ご苦労だったな、風魔ふうま
喪神もがみ梨央りお
お帰りなさい、兄さん。
九頭くず幸則ゆきのり
梨央りおちゃ~ん! ただいま~!
喪神もがみ梨央りお
なんで幸則ゆきのりさんまで一緒なんですか!
鈴代すずよさんを送りもしないで!
如月きさらぎ鈴代すずよ
ごめんなさい。
幸則ゆきのりさんを責めないで。
私が無理を言ったのです。
帆村ほむら魯公ろこう
……まったく、鈴代すずよ女史じょしにも
困ったものだな。
九頭くず幸則ゆきのり
一度言い出すと、聞かないですから。
鈴代すずよさんは。
銀河ぎんがゼットー】
ゴエティア偽典ぎてん! ゴエティア偽典ぎてん
帆村ほむら魯公ろこう
なんだ、声もかけずに入って
来るとは……
騒がしい……
銀河ぎんがゼットー】
よ~く戻った、喪神もがみ風魔ふうま
どこだ、どこにあるんだ?
ゴエティア偽典ぎてんの解読書!!
おお、これか。ふふふふふ……
うふふふふふふ……
読めるぅ! 読めるぞ!!
喪神もがみ梨央りお
そりゃ、解読されて
ますからねぇ……

第一章 第五話 市ヶ谷騒乱

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

妖怪ようかい騒動がしずまってほどなく、
山王さんのう機関本部に
めずらしく来客があった。
法律家のような厳格げんかくな表情であり、
それでいてロイド眼鏡の奥には、
まるで少年のように
好奇こうきに輝く瞳があった。
その初老の男は興味深そうにあたりを
見回していたが、
やがて風魔ふうまに気がつくとその
しぼられた口元を、わずかにだがほころばせた。

つた博士】
ここがアジトで、君が工作員と。
ふむふむ、お膳立ぜんだては万全ばんぜんじゃな!

――喪神もがみ風魔ふうま君!
この極東きょくとうの地が、はるか西亜細亜アジア
亜剌比亜アラビアまでをつらぬく一本の竜骨りゅうこつの、
その起点となる日が近い――
帆村ほむら魯公ろこう
博士のご高説こうせつ
よくたまわっております。
今日はご足労そくろう頂き、感謝します。
つた博士】
全然、構わんのだよ。
むしろ興味を持っておった。
亜細亜アジアの始まりはここにある!
帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうま、こちらの方が昨晩話した、
帝大の先生だぞ。
古代オリエントの歴史や宗教の権威、
洋の東西をつなぐ亜剌比亜アラビア
歴史や文化にもおくわしい――
古書の鑑定、解読において、
博士ほどの適任は他にない――
どうかよろしくお願いします、博士。
つた博士】
うむ、実に美しい本だ。
まずは慎重に鑑定を行うとするか。
解読はその後じゃな――
帆村ほむら魯公ろこう
それでは博士、お待ちしています。
解読が終われば、お知らせください。
梨央りお、帝大の博士の研究室に、
専用の電話を手配してくれ。
参謀本部にはわしから具申ぐしんしておく。
喪神もがみ梨央りお
承知しました、隊長。
あの……今、大丈夫ですね?
帆村ほむら魯公ろこう
どうしたんだ、何があった?
喪神もがみ梨央りお
隊長、
歩兵第一連隊だいいちれんたいからの要請ようせいです。
帆村ほむら魯公ろこう
歩一ほいちから……
何だ一体?
喪神もがみ梨央りお
市ヶ谷いちがや刑務所けいむしょで暴動です。
怪人かいじん絡みではないかと
いうことでした。
囚人しゅうじん達は鉄格子てつごうしを折り曲げ、
舎房しゃぼうから表に出たそうです。
――すごい力です!
帆村ほむら魯公ろこう
うむ、風魔ふうまよ。山王さんのう機関出動だ。
今回はわしも同行しよう。
留守は頼んだぞ、梨央りお
喪神もがみ梨央りお
承知しました。
市ヶ谷いちがや方面、継続して探信たんしんします。

市ヶ谷刑務所前いちがやけいむしょまえ

市ヶ谷いちがや刑務所――その前身は東京監獄かんごくである。
明治末期のアナーキストであった、
幸徳秋水こうとくしゅうすいが処刑されたのがこの地であった。

【着信 喪神もがみ梨央りお
囚人しゅうじんたちが外門にまで迫っています。
市中に出す訳にはいきません。
何としても食い止めてください!
帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうま、ここはわしが引き受けた。
お前は中に突入しろ!

市ヶ谷刑務所いちがやけいむしょ・入口〕

【囚人ハ】
おっと、いきなり軍人が来たと?
いやね、無理に出るつもりじゃ……
ホントですって!

【囚人ロ】
いったい何なんだ、奴は?
物凄ものすごい力で、おりを破って、
看守かんしゅをぶっ飛ばして……
何でも財閥ざいばつ系の会社にいたらしい。
会社をクビになって、
腹いせで人を刺しまくったそうだ。

【囚人イ】
ふふふ、邪魔しに来たのか?
私はここを出ると決めた。
出て、河田かわだの奴に意趣いしゅ返しをする!
そうだよ、私は阿片アヘンの横流しをした。
緬甸ビルマから仕入れた極上の阿片アヘンだ、
それを上海シャンハイ支那シナ人に売る――
我が敷島しきしま物産のれっきとしたあきないだ。
南支なんし課長の河田かわだは、仕切りを安くし、
横流しを私に命じたんだ。
社に発覚した時、河田かわだの奴、
横領おうりょうはすべて私の独断どくだんとしたんだ!

【囚人イ】
私に阿片アヘンチンキを飲ませ、
中毒にして罪をなすりつけたんだ。
あの野郎、こ、殺してやる!!

《バトル》

【囚人イ】
はぁはぁはぁ……
この力も阿片アヘンがもたらすのか?
ならば、もっとってやる!
【着信 喪神もがみ梨央りお
市ヶ谷刑務所を中心とした
セヒラ反応依然高し。
隊長――じゃなく、
白ノ六号帥士しろのろくごうすいしは、未だ複数の怪人かいじん
門の周辺で戦闘継続中です。
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいしは、
速やかに刑務所内の怪人を
探信し、排除してください。

刑務所舎房けいむしょしゃぼうひがし

囚人しゅうじんたちは皆、
ろうの中で震えている。

【着信 喪神もがみ梨央りお
市ヶ谷いちがや刑務所ですが、
セヒラの値、高いままです!
原因を突き止めてください。
白ノ六号帥士しろのろくごうすいしは、
西の舎房しゃぼうで怪人鎮定ちんてい中です!
まだセヒラ反応、複数あります!

【囚人ヌ】
おりを破った怪力野郎は表だ!
けどな、まだいるんだ――
何か、感じる……
俺はこういうのに敏感なんだ。

【看守】
暴れろ、暴れろ、囚人しゅうじんどもめ!
――あんた、軍の関係者ですか?
じゃ、話しましょう。
囚人しゅうじんを少し調達して欲しいと、
あるところから頼まれていてね!

【看守】
私はその計略、進めるつもりです!
ウハハ、囚人しゅうじんめ、
どんな目にうか、
楽しみで仕方ないぜ!!

《バトル》

処刑場しょけいじょう

ここは市ヶ谷いちがや刑務所処刑場だ。
絞首刑こうしゅけいのロープに遺骸いがい
ぶら下がっている。

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
きわめて高いセヒラを観測しました!

帆村ほむら魯公ろこう
うむ……
結局、ここだったのか……
高いセヒラの原因、ここにありだな。
……ただならぬ邪悪な気配を感じる。
気を付けろ、風魔ふうま

【吊られた男】
貴方達は……
おもてから来ましたね。
おもての気配をただよわせていますからね。
私の体は死んでいます――
拍動はくどうがありませんから。
私は死ぬ直前で止まっています――
帆村ほむら魯公ろこう
止まっている?
つまりは間際まぎわの……
その思念ということか?
【吊られた男】
そうです、死んだらおしまいです、
死後の世界なんて無い。
私は医学者でしたから。
ある毒瓦斯ガスの開発に従事じゅうじして、
支那シナで実験を繰り返しました。
私は口封くちふうじのために死刑に……
おかしいですよね、軍の要請ようせいに、
ただ従っただけなのに。そうでしょ?
私は責任を押し付けられた格好かっこう!!

帆村ほむら魯公ろこう
大地はあまねく暗くなりダークネス オーバー オール ザ ランド――
【吊られた男】
な、何ですか、それは?
帆村ほむら魯公ろこう
こいつはキリスト者でない、
だからキリストしゃの思念を呼ぶ、
いや、学者の思念が来るかもな!
我が神よエリ我が神よエリ
なぜ私を見捨て給うのかレマ サバクタニ
【吊られた男】
ああ、何者かが……
この体に……
入ってきた! 私は、退かないぞ!

《バトル》

【吊られた男】
わ、私は……
どこへ行くんでしょうか……
体もなく、心もせて……
帆村ほむら魯公ろこう
おそらくはキリスト教の学者、
その思念がやって来たのだろう。
――つた博士で思いついたんじゃ。

帆村ほむら魯公ろこう
イエスの言葉で、刑場けいじょうむくろが、
十字架じゅうじか上のイエスの姿に重なり、
思念が寄せられたと思う……
しかし、学者というのは、どこまでも
純であるな、たとえ思念でも!
おかげで助かったぞ!
刑務所、刑場けいじょう、そういった場所は、
セヒラが集まりやすい、
そういうことじゃ。
帝都の巡視パトロールにあたり、
よく心しておかねば――
さぁ、歩一ほいちに連絡して、
今回の公務は終了だ。

つた博士

 東京帝国大学文科、西亜細亜研究室の教授。古代オリエントの歴史や宗教の権威であり、アラビアの歴史や文化にも詳しい。
 ゴエティア偽典を解読できるのは帝都広しと言えど蔦博士において他はない、と言われるほどの博識だが、そのロイド眼鏡の向こうから覗く眼差しは、子どものように純真な好奇心に満ち満ちている。ちなみに、ご結婚されている。