第三章 第十一話 金神の出現

はらえの・帝都〕

神子柴みこしばの洗脳により、よみがえりをもくして、自死じしする者が相次あいつぎ、その者らの思念が、神子柴みこしばに更なる力を与えた。力を得た神子柴みこしば錬金術れんきんじゅつ理論ロジックを用いて、金神こんじんを生み出そうとしていた。
帝都満洲にそれが現れたのだろうか?

〔上野黒河コクガ・南〕

上野うえの黒河コクガでは、酷寒こっかん様相ようそうを見せていた。すべてがてつき、色を失いつつあった。

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
上野うえの黒河コクガの様子はどうですか?
上野うえの黒河コクガ方面ですが、
セヒラの値、大きく変動しています。
用心してください。
上野うえの黒河コクガのどこかで、
セヒラが凝固ぎょうこしているようです。
周りのセヒラを吸っています!

【聖直階ちょっかいフィリポ】
――あなたを、感じます……
ここが終末の場なのですか?
私はどうしましょう……
どうにもなりそうにもありません……

【聖権正階ごんせいかいアンデレ】
諸君!
いよいよもってよみがえりの時だ。
――ん、あんた、誰だ?
こんなところに、よくいられるな!
それとも、一足ひとあし先によみがえったのか?

【聖明階めいかいペトロ】
き、貴様は!
歩一ほいち寄生きせいする山王さんのう機関の者だな!
わかるぞ、こんなになってもな!
俺達のよみがりを邪魔しに来たのか?
――フフフフ……
俺は歩兵少尉から聖明階めいかいになった!
殉教者じゅんきょうしゃペトロの名も頂いた!
あと少しでよみがえりだ、
お前にはいなくなってもらうぞ!!

《バトル》

【聖明階めいかいペトロ】
……体が消え、ついに念まで……
消えてしまうのか……

【聖直階ちょっかいマタイ】
さっき法科の山下がいたな。
いや、いたのは山下の念だが……
あいつ、人生よろづ相談に出かけて、
そのまま行方不明になったんだ……
あいつが行ったのは新宿しんじゅくの相談所さ。
それなのに――
なんで、こんなところにいるんだ?

【聖浄階じょうかいヨハネ】
黒化ニグレドするだけではダメだ。
神子柴みこしば様の真意をめばわかること。
なるべくその先の段階へ進むこと、
そうして私は黄化キトリニタスを終えたのだ。
いよいよ金の生まれるとき――
金神こんじんのご降臨こうりんのとき――
合一ごういつできるかどうか、わからない。
だが試す価値はある――
阻止そしすることなど、誰にもできない!

《バトル》

【聖浄階じょうかいヨハネ】
いよいよ赤化ルベドを迎えるこの私を、
たおしたつもりでいるのか?
私が金神こんじんとなるかも知れぬのに!

〔上野黒河コクガ・南西〕

不忍池しのばずのいけおぼしき池はこおりついている。
宙に浮く金色の輝く光と、それに向き合う神子柴みこしばがいた――

神子柴みこしばはつゑ】
金神こんじんは現れました――
まさに錬金れんきんすべにより、
また多くに思念を集めて――
しかし私は合一ごういつできませんでした。
金神こんじんから退しりぞけられたのです。
わらってください、みじめなざまを。
早すぎたのでしょうか――
あるいは遅すぎたのでしょうか――
金神こんじん合一ごういつではなく、
私の念を求めているのです。
――私は……吸われてしまいます……
もう、持ちそうにありません……
なぜ、このようなことに……
私の念が……あああ……吸われる……

そこに在るもの――
錬金れんきんのすべをくし、現れし存在――
幾多いくたの思念をつむぎ、生まれし存在――
金神こんじん――
すべてを破壊する兇神まがつかみ――
だが、神と呼ぶにはあまりにも拙劣せつれつであり、いまだ無数の邪心のたぎ根塊こんかいでしかない。
あらゆる念がり固まり、形をした。
恐怖、憎しみ、あるいは死への憧憬しょうけい――
強い念も弱い念も一つに合わさり、今、霊異りょういを現さんとしていた――

《バトル》

金神こんじん
脱血缶だっけつかん一杯に……親兄弟をさつし……
……聖明階めいかいになった……
あああ……吸われる……

金神こんじんは消えた――
思念を吸い寄せる引力はなくなった。

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
帝都満洲でセヒラの凝固ぎょうこは、
きれいになくなりました。
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
梨央りおが言うには、帝都からも、
セヒラが吸われていたそうだ。
――もう終わったんだな?
【着信 喪神もがみ梨央りお
はい……
でも怪人現象はむしろ増えています。
どうしてでしょうか?
【着信 帆村ほむら虹人こうじん
僕が思うに……
人間の心のうちにある怒りや憎しみ、
そういった感情まで引っ張られて、
表に出たんじゃないか?
平生へいぜいは抑えていた感情だ、
それが表に出た――
【着信 喪神もがみ梨央りお
では、怪人ではないのですね、
今、寄せられている報告は。
【着信 帆村ほむら虹人こうじん
ああ、ただ兇暴きょうぼうになっているだけだ。
でも、放っておくとセヒラに触れ、
怪人化するおそれがある。
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
本部へ帰還してください。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
兄さん、お疲れ様でした。
虹人こうじんさんも!
帆村ほむら魯公ろこう
皆、よくやってくれたな。
九頭くず幸則ゆきのり
聖日せいじつの本社には、
とうとう特高が入ったらしい。
周防すおう彩女あやめ
彩女あやめ、やはりと思ってしまいます。
強く強く感じていましたから!
新山眞にいやままこと
大元おおもとけても、
まだ信者はいるでしょうね。
銀河ぎんがゼットー】
ところでだよ、金神こんじんの標本なり、
何か持ち帰ったかね!
帆村ほむら虹人こうじん
あれは思念のかたまり、まるで自分の重さでつぶれていくようなもの――
そうではないですか?
帆村ほむら魯公ろこう
しかし神子柴みこしば、あれは一体何者だ?
怪人などではないな、あれは。
思念が人格化したような存在か――
周防すおう彩女あやめ
思念が人格化……
だから彩女も強く感じられたのかも
知れませんわ!
帆村ほむら魯公ろこう
かも知れないな……
新山眞にいやままこと
一定量を超す思念が集まると、
凝固ぎょうこしたり、何か別な動きを見せる、
そういうことがわかりました。
帆村ほむら魯公ろこう
アストラルの様子をさぐると、
思念のことも見えるような気がする。
今日のところはゆっくりしてくれ。
みんな、これで解散だ!

第三章 第十話 賢者ノ石

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帝都満洲に出現した上野うえの黒河コクガ
そこから帝都に流れ入るセヒラが作用して、さまざまな怪異をもたらしていた。
てつく辺境へんきょうの街、上野うえの黒河コクガ
そこにただようは、聖日信教せいじつしんきょうのラヂオ番組により、賢者ノ石を目指す思念のアストラルだった。
新山眞にいやままことにより調整を加えたはずのゲートだが、変動するセヒラの値に耐え切れないのか、不安定になり、急遽きゅうきょ風魔ふうまは本部へ帰還した。

喪神もがみ梨央りお
兄さん、大丈夫ですか?
――よく休めましたか?
上野事件の売笑婦ばいしょうふですが、
身元がわかりました。
蛎殻町かきがらちょう曖昧屋あいまいやに出入りする、
玉野たまのという売笑婦ばいしょうふだそうです。
彼女、聖日信教せいじつしんきょうの信者でした――
新山眞にいやままこと
やはり聖日せいじつでしたか……
その売笑婦ばいしょうふは信者だったんですね、
ラヂオ聞いていただけではなく。

くちばしを挟んだのは飯倉いいくら技研の新山眞にいやままことである。
ゲートの調整のため山王機関に詰めている。作業の合間を見て本部に顔を出した按配あんばいだ。

喪神もがみ梨央りお
はい。かなり熱心な信者だったと。
曖昧屋あいまいやの客にも入信にゅうしんすすめたり、
ラヂオ聞くように言っていたとか。
新山眞にいやままこと
狂信的であればあるほど、
その者は、より深く……
頭の中を、ええっと、何でしたか?
喪神もがみ梨央りお
洗脳、ですか。
でも、この間の新聞では、
聖日新教せいじつしんきょうの中に
沙汰さたがあったように伝えていました。
教祖様がいなくなったとか……
どうなんでしょうか?
兄さん、聖日新教せいじつしんきょうの本社は、
本所業平橋ほんじょなりひらばしの近くです。
巡視パトロールに出てみますか?
新山眞にいやままこと
今、聖日せいじつを仕切るのは腹心ふくしんです。
神子柴みこしばはつゑという巫女みこです。
ほら、ラヂオに出ている人ですよ。
聖日せいじつの教祖は大絹おおぎぬという女性ですが、
今や目立つのは神子柴みこしばの言動ばかり、
どうもそのようですね。
喪神もがみ梨央りお
その神子柴みこしばっていう人が、
教祖とは別の考えでもって、
何かをたくらんでいるのですね。
新山眞にいやままこと
そのようですね。
神子柴みこしばは怪人化している、
そう考えて間違いないでしょう。
喪神もがみ梨央りお
大丈夫です、ね、兄さん!
おかしな巫女みこさん怪人とは、
もう戦いましたから。ね!
そうそう、さっき幸則ゆきのりさんが……
表で姿を見かけたら、
同行持ちかけると喜びますよ!

赤坂街路あかさかがいろ

【待ち伏せしていた記者】
ちょっと待ってくれ!
そこの……
貴方ですよ、貴方!
やっとお目にかかれた!

【待ち伏せしていた記者】
帝都を騒がす怪人事件に関わる、
謎の軍人さんって、貴方ですね?
上野うえのの騒動の時も、見ていましたよ。
ピンときました。あの様子からして、
これはただの心中事件じゃないって!
以前から怪人事件を追うたびに、
しずめて回る者の存在を感じていた――
いや、組織というべきか!
あっ、大変失礼しました、中尉殿。
挨拶あいさつが遅くなりました。
新山にいやま和斗かずと
僕は興亜日報こうあにっぽう東京支局の、
新山にいやま和斗かずとです。
兄、まことがお世話になっています。
ええ、そうです、山王さんのうに行くが口癖。
兄はいつもこちらに参っているはず。
――あるんでしょ、特務機関が。
ほぅら、ドンピシャ!
ホテルに特務が置かれている、
そう目星をつけていたんだ!
それで、これから、上野うえのですか?
それとも蛎殻町かきがらちょう
曖昧屋あいまいや売笑婦ばいしょうふなんですよね。
なんでも取材取材、裏取りもします。
もっと聞かせて貰いたいんですが。
僕も同行しますよ!
九頭くず幸則ゆきのり
おっと、邪魔だな!
新山にいやま和斗かずと
な、何ですか!
びっくりさせないでください!
九頭くず幸則ゆきのり
ブン屋がちょろちょろして、
何をぎまわっているんだ?
任務の内容は秘匿ひとくだ。
新山にいやま和斗かずと
残念だなぁ~
せっかく良い取材、
出来そうだったのに!
仕方がない、今日は退きますよ。
でも僕は諦めない性質たちです。
またお目にかかりましょう!
九頭くず幸則ゆきのり
あることないこと書き立てる、
それが奴らの仕事だ。
付き合っていられない!
余計な時間を食ってしまったな!
急ごう、風魔!
向かうは聖日信教せいじつしんきょうの本社だ。

公務電車を繰り出し、業平橋なりひらばしまで行くも、聖日信教せいじつしんきょうの本社はもぬけからであった。
2人はほどなくして赤坂に戻った――
最近、聖日信教せいじつしんきょう提供のラヂオ番組が人気だ。
それを知る九頭にとっても、予想しなかった展開のようである。

九頭くず幸則ゆきのり
おかしいな~
聖日せいじつの本社に誰もいないなんて……
毎朝、ラヂオやってるよね聖日は。
賢者ノ石という番組だよ。
確か神子柴みこしばって巫女みこだ、しゃべってるの。
――みなさん、お一人お一人が
賢者ノ石でございます――
そうやって始まる番組だよ。
歩一ほいちにも熱心に聴く奴がいるんだ。

九頭くず幸則ゆきのり
それだけ派手はでにやってて、
本社に誰もいないなんてね。
まさか特高がやってきて、
一網打尽いちもうだじんにしたってのか?
いやぁ、そんな話は聞いていない。
それに……
あれ!
あの人、聖日せいじつの信者とかじゃないか?

浄階じょうかい信者】
何が賢者ノ石だぁぁぁ~
あんなの出任でまかせだ!
インチキだぁぁ~
九頭くず幸則ゆきのり
あんたは、もしかして聖日せいじつの者か?
どうして誰もいない?
浄階じょうかい信者】
みんな神子柴みこしばの言いなりだぁぁ~
――死を迎える黒化ニグレドが始まりです、
腐った臭いを放つのです、だとぉ?
――黒化ニグレドを経て、白化アルベドの段階へ進み、
浄化が行われるのです――
くそっ! この私を追い出しよって!!
九頭くず幸則ゆきのり
どうした――
なんか、おかしいぞ、こいつ!
浄階じょうかい信者】
何が賢者ノ石だ!
何が錬金術れんきんじゅつだ!
私を見ろ!! すべてを、超えた!!

《バトル》

浄階じょうかい信者】
教祖の大絹おおぎぬ真砂湖まさこは、
姿をくらませたまま……
神子柴みこしばを……どうか、抑えて……
九頭くず幸則ゆきのり
なんだか今の様子だと、
神子柴みこしばが教団乗っ取った、
そんな感じだよな。
何だ、地震か?
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、上野にセヒラ反応!
その値、急上昇しています!
場所は……
不忍池しのばずのいけです!
九頭くず幸則ゆきのり
不忍池しのばずのいけだってよ、風魔!
急ごう!
いよいよお出ましじゃないのか!

不忍池しのばずのいけ

神子柴みこしばはつゑ】
いよいよ、その時が来たのです。
金神こんじんを現すのです――
黒化ニグレドする方々の思念を一処ひとところに集め、
私は翠化、黄化、ウィリディタス キトリニタスそして赤化ルベドを経て、
金を……金神こんじんを生み出すのです。
金神こんじんと合一し、私は、
永遠の存在となるのです。
そのあかつきには、皆さんを招きましょう。
終末を超えてよみがえり、永遠とわの楽園に。
皆さんも永遠とわの存在となるのです――

神子柴みこしばはつゑ】
終末はせまっています。
貴方もお力をお貸しください。
貴方には素晴らしい霊力があります。
眼を見張みはるほどの力です――
――素晴らしい、その力……
私は感じています――
さぁ、早く!
終末はそこまで来ていますよ。
貴方! もう時間がないのです!
早く、お力を!!

《バトル》

神子柴みこしばはつゑ】
素晴らしいお力です!
そうです、これです――
最後の扉が開きます!
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
帝都満洲に強大なセヒラ発生!
場所は……またもや上野うえの黒河コクガです。
急ぎ帰還し、
帝都満洲に向かってください。
帝都にも甚大じんだいな影響を、
及ぼしかねません!

神子柴みこしば霊異りょういを発現したためか、帝都満洲に強大なセヒラが観測された。
その影響はすでに帝都におよび始めていた。

第三章 第九話 上野黒河の凍土

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

心中が続く昨今さっこんではあるが、上野うえのの件は、裏に新宗教の存在があった。
戸山とやまの病院に現れたアストラル。
それは自死した信者の死ぬ間際の思念だった。それが語った金神こんじんとは何を表すのか――
山王さんのう機関では探信たんしんきわめ、上野うえのに照応する地に帝都満洲の街があると、そう確信するに至ったのだ。

喪神もがみ梨央りお
依然いぜん上野うえの界隈かいわいのセヒラ、
高い値を観測しています。
しかし怪人情報は、
一件も寄せられていません。
高い値のセヒラの原因、
やはり帝都満洲にあるようです――
帆村ほむら魯公ろこう
このままでは、上野うえので怪人騒動、
勃発ぼっぱつする恐れもあるな。
早く手を打ちたいのだ。
喪神もがみ梨央りお
ゼットー博士が言ってた金神こんじん
その出処でどころはどこなんでしょうか?
帆村ほむら魯公ろこう
帝都か帝都満洲か……
まずは帝都満洲を調べてみよう。
上野うえののセヒラの件もあるからな!
新宗教の方は、特高も動くそうだ。
内乱予備罪も視野に入れてのことだ。
帆村ほむら虹人こうじん
これは宗教弾圧の再来ですか?
帆村ほむら魯公ろこう
度合いによりけりだな。
宗教の名を借りた教唆きょうさ集団であれば、
これは取り締まりの対象になる。
帆村ほむら虹人こうじん
狂信者逮捕が新聞ネタになり、
また帝都のどこかで模倣者もほうしゃが現れ……
――いたちごっこですね。
喪神もがみ梨央りお
それに山王さんのう機関が巻き込まれると、
大変です。てんてこ舞いです。
やはり元を断たないと――
私、新山にいやまさんにゲートの様子、
聞いてきますね。
帆村ほむら虹人こうじん
それにしても、金神こんじんとはな。
迷信は愚者ぐしゃの宗教とも言うが、
相当な強敵に違いないぞ。
僕は上野うえの界隈かいわい
怪人出現の万が一に備えるよ。
帆村ほむら魯公ろこう
虹人こうじんの奴、うまく役割分担を――
帝都に怪人がくと、
帝都満洲に影響が及ぶ恐れもある。
帝都の治安維持、
ひとまず虹人にまかせ、
風魔ふうま、お前は帝都満洲だ。
新山にいやままこと
ゲートのセヒラ、今は安定しています。
長く安定できるよう、
ゲートに少し手を加えました。
上野うえのの位置、帝都満洲に照合すると、
どの街になるのでしょうか……
分かりますか?
喪神もがみ梨央りお
さっきから満鉄路線図を見るんですが
――たぶん、黒河コクガです……
だから、兄さんが行くのは上野うえの黒河コクガ
帆村ほむら魯公ろこう
上野うえの黒河コクガか……
黒河コクガ……満洲だと露西亜ロシアの国境の街。
アムール川の河畔かはんに広がる街だぞ。

〔上野黒河コクガ・南〕

赤坂哈爾浜ハルピンから北東へ。
帝都満洲鉄道は喪神もがみ風魔ふうまを乗せ上野うえの黒河コクガへと疾走しっそうした――

【バール】
やっと来たか、風魔。
待ちくたびれたニャ。
ここ黒河コクガは旧称を璦琿アイグンといってニャ、
満洲語で恐ろしいの意味ニャ!
実際、黒河コクガは今、
恐ろしい事態におちいってるニャよ!
あちこちこおってカチコチニャ!
【バール帽子】
何やら怪しい一派の思念が、
ここでアストラルとなってるゲロ!
怪しすぎるゲロ、ゲロゲロだゲロ!
【バール帽子背後】
寺の坊主の階級名と、
キリスト教の殉教者じゅんきょうしゃ名を名乗る、
おかしな連中じゃよ!
【バール】
これは帝都で流行はやりの、
新宗教ってやつなのかニャ?
気色悪いニャ!

【聖権正階ごんせいかいダダイ】
教示をもらったんだ。
黒化ニグレドのためにはさつすれと。
それで賢者ノ石になれるんだと。
不要なものをさつすれ!
みずからをさつすれ!
やがてよみがえりが訪れ、賢者ノ石になる。
だから俺はそうしたよ。
なぜ、よみがえらないんだ?
もう終末なんじゃないのか?
おかしいだろ!
俺たちを殉教者じゅんきょうしゃにして、だましたか?
ああ、お前もグルなんだな!

《バトル》

【聖権正階ごんせいかいダダイ】
権正階ごんせいかいなんてくらい、欲しくもない!
――俺の命を……返せ……
【着信 喪神もがみ梨央りお
……八号帥士はちごうすいし……
き……ますか?
無線、回復しました!

〔上野黒河コクガ・東〕

【聖正階せいかいトマス】
賢者ノ石というラヂオ番組を
初めて聴いたのは一週間前だ。
僕はすぐにとりこになったんだ。
僕達はみんな賢者ノ石になれる……
錬金術れんきんじゅつ理論ロジックだから、確かだよ。
賢者ノ石になるためには、
まず黒化ニグレドしなければいけない。
余計なものを捨てる、つまりさつする。
やがて自分が余計な存在とわかる。
【聖明階めいかいペテロ】
そうさ、自分こそ余計な存在だ。
だからな、自分をさつしたのさ!
これで次へ進めるんだろ?
でもなんか、時間がかかってる。
終末が来るとよみがえるって……
そう信じているのに!
まだ終末は訪れちゃいない、
きっとそうだよな?
終末が来れば、よみがえるはずだよな!
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
錬金術れんきんじゅつなぞらえて、よみがえりをそそのかす、
そういうことなんだな?
【着信 新山眞にいやままこと
賢者ノ石というラヂオ番組です。
毎朝八時から放送しています。
その番組で呼びかけているようです。
暗殺や心中が相次あいつぐご時世じせいです。
終末思想はあっという間に広まる――
それを利用し、教唆きょうさしているのです。
自殺の瞬間に生まれる思念は、
強い力を持つとされます。
どこかで思念を集めているようです。
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
その思念とやらのおかげで、
帝都満洲も広がるのだな……
風魔ふうま、あ、いや、黒ノ八号帥士くろのはちごうすしし
もう少し、巡視パトロールを続けてくれ。

直階ちょっかい信者のアストラル】
もう三時間、こうしてる。
脱血缶だっけつかん一杯に血が溜まったよ。
寒い……とてつもなく寒い……
脱血だっけつすると、こんなに寒いのか……
ん? 誰かいるのか、この部屋に?
何だ、お前は……
そうだよ、俺は自分をさつするんだ。
血を抜いて死ぬところだ。
それとも、俺を呼びに来たのか?
じゃ、そっち行ってやる!!

《バトル》

権正階ごんせいかい信者のアストラル】
あいつらの言うこと聞いたら、
くそっ! 
ろくな事にならねぇ……
錬金術れんきんじゅつなんてインチキだ、
僕も最初はそう思っていた。
でも、毎朝ラヂオ聴くうちに、
次第しだいに信じ始めたんだよ――
終末によみがえらなければならないって。
――正しい黒化ニグレドのためには、
余計な考えはさつしましょう――
だから僕はさつしたよ。
親兄弟のこともさつした。
学校の恩師おんしさつした。
――最後にあなた自身をさつして、
黒化ニグレドの段階は終了です――
だとさ! だから、今こうして……
ベルナールじょうをたくさん飲んだ――
なのに死ねない!
何故なぜだ! お前が邪魔するからか!

《バトル》

権正階ごんせいかい信者のアストラル】
あれ? どこだここは?
本郷ほんごうの下宿じゃないのか?
――それに、すごく、寒い……
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
聞こえますか?
状況が変わりました!
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
今すぐ、帰還するんだ!
ゲートが不安定になっている、
長居すると戻れなくなるぞ!
【着信 喪神もがみ梨央りお
上野うえの黒河コクガ次第しだいに薄くなっています、
波形がすべて……
今にも消えそうです!
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
まだなんとか間に合うぞ、
今のうちだ、戻ってこい、風魔ふうま
【着信 喪神もがみ梨央りお
……
波形が……みだれて……
はや……して……
……もど……く……さい……

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
間に合いましたね、兄さん!
今、新山にいやまさんがゲートを調べています。
帆村ほむら魯公ろこう
僧侶のくらいを名乗るアストラル、
キリスト者の名を付ける者もいて、
妙な信仰が広まっておるな!
皆、生きていた時の思念か、
今も生きておる者の思念だ……
一様いちように洗脳が深いな!
喪神もがみ梨央りお
新宗教では、
信者に自殺をそそのかすのですか?
帆村ほむら魯公ろこう
自分をさっする――
言葉尻からそう受け止められるな。
ラヂオで喧伝けんでんしていたと言うぞ。
喪神もがみ梨央りお
そのようです。
ラヂオ聴いて自殺したくなった――
よみがえるために死が必要だと思い込む……
そうだとすると、次から次へ、
同じ番組聴く人に自殺者が出ます。
その度に、アストラルが生まれ……
帆村ほむら魯公ろこう
――おぼろな命としてよみがえる――
アストラルがセヒラを媒介ばいかいし、
帝都に思念を還流かんりゅうさせるおそれも……
そう懸念けねんしておるのだろう。
セヒラの大循環だいじゅんかん生じしょうれば、
もう打つ手は無くなる。
喪神もがみ梨央りお
そう思います……
帆村ほむら魯公ろこう
帝都の陋巷ろうこうに身を沈める者には、
いたずらに死を夢想するような、
元来、そういった弊風へいふうがあるものだ。

第三章 第八話 不忍池心中未遂

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

新聞では毎日のように怪人事件が報じられ、子供達の間では怪人遊びなる遊びが流行る。
興亜日報こうあにっぽう帝都版では再び特集を組んだ。
特集の中で「帥先そっせんヤ」と言う言葉が登場した。
悪戯いたずらに怪人化をそそのかすような連中のことだ。
あるいは自ら怪人を目指す者も帥先そっせんヤだった。

周防すおう彩女あやめ
こんにちは! 
喪神もがみさん、彩女あやめ、やって参りました!
今日は号外をお持ちしたんです――
興亜日報こうあにっぽうの号外です。

彩女の差し出した号外には、上野うえの公園で起きた心中未遂しんじゅうみすい事件を扇情せんじょう的に書き立てていた――
――画学生と売笑婦ばいしょうふ・心中未遂
――画学生行方ゆくえ知れず
――帥先そっせんヤによる教唆きょうさ

周防すおう彩女あやめ
昨日の夜、不忍池しのばずのいけに二人がいるところ、
散歩の人たちが見ているのです。
画学生さん、遺書も残して――
でも、朝には学生さんの姿がなく、
売笑婦ばいしょうふだけが死んでいたって――
不忍池しのばずのいけには物見遊山ものみゆさんのようにして、
大勢の人が集まっていました……
彩女さん、その心中事件に、
何か思うところ、あったんですか?
彩女、ざわざわとした胸騒ぎを
覚えましたの。
画学生は死にそこなって怪人になった、
裏で帥先そっせんヤがそそのかした――
そう言う人まで現れて……
喪神もがみ梨央りお
そんなことまで……
みんな、よく知ってますね!
帆村ほむら魯公ろこう
おう、周防すおうさん!
今日は、どうしましたかな?
周防すおう彩女あやめ
号外をお持ちしたんですの。
帆村ほむら魯公ろこう
さては、上野うえのの事件ですか?
売笑婦ばいしょうふだけが死んだという――
周防すおう彩女あやめ
そうですわ!
帆村ほむらさま、なにかご存知ですか?
帆村ほむら魯公ろこう
うむ……
死んだ売笑婦ばいしょうふなんだが、
その死因がさっぱりで――
外傷もなく、薬を飲んだ気配もなく、
とりあえず戸山とやま衛戍えいじゅ病院に収容し、
検死をしたらしい。
それでだ、どういうわけか、
参謀本部からうちに要請があってな、
銀河ぎんが博士が応援に駆けつけたんだ。
喪神もがみ梨央りお
ええ? ゼットー博士が?
じゃ、怪人化したのは、
学生じゃなく女性の方なんですか?
帆村ほむら魯公ろこう
状況を知った参謀本部の判断らしいが、
さっぱりわけがわからない!
――にしてもだ、この号外……
昨今さっこんの心中ブームと怪人現象を、
強引に結び付けようとしておるな。
帥先そっせんヤを増やすばかりだ――
喪神もがみ梨央りお
帥先そっせんヤって、率先そっせんするからですか?
片仮名のヤって屋のことですか、
普通に書くと率先屋ですよね?
帆村ほむら魯公ろこう
ブンヤの洒落しゃれだろうて。
この心中騒ぎ、何かありそうだ。
風魔、早速戸山とやまへ向かってくれ!

戸山衛戍病院とやまえいじゅびょういん・モルグ〕

銀河ぎんがゼットー】
検死医はアストラルを見たらしい。
バシーンと怪しい光が走ったと、
そういう報告だったそうだ!
彼らはアストラルを知らんからな。
でもボクはピーンと来たね!
参謀本部もピーンと来たんだ、きっと!
売笑婦ばいしょうふの思念がアストラル化した。
だとすればだ、このモルグにいるはず!
だが、現世では見えにくいぞ――
御託ごたくは沢山だな、勿論もちろんだ!
よし、この新開発の幽体刺激装置に、
電気を通して見るぞ!!

そう言うとゼットーは手に持つ2本の電気コードを接触させた。装置というより、普通の電気コードであった。

【売笑婦アストラル】
アタシは教えの通りにした――
ちゃんと死ねたよね……
死ぬ間際までしか覚えていないけど。
銀河ぎんがゼットー】
うぉう! 出たぞ、喪神もがみ君!
この反応、計算通りであーる!!
【売笑婦アストラル】
今がよみがえりの時かい?
――違う気がするよ……
さては金神こんじんは現れたのかい?
銀河ぎんがゼットー】
こ、金神こんじん
それが現れるとは、何事!?
一体全体、何が起きるっ!!
【売笑婦アストラル】
アタシ、だまされた?
フフフ……単純ね、アタシも。
悔しいから、あんたも道連れね!
銀河ぎんがゼットー】
喪神君! さぁ、審神者さにわの出番だぞ!!
を召喚して、戦うのだ!!
僕の愛しいたちよ、いでよ!!

《バトル》

銀河ぎんがゼットー】
素晴らしいグレ――ート!!
ボクのもたいしたものだろう!
ふほーっ!!
さぁて、君!
今の現象は何だ?
考えるまでもなく、解明したぞ!
女の思念が死によってぎ取られ、
セヒラに触れてアストラル化した。
実に明瞭明晰めいりょうめいせき含蓄がんちく深き推論だ!
しかーし!
何故、女アストラルは金神こんじん等と……
――わからん、さっぱりだ……
女は生前、
金神こんじんの存在を強く信じていたのか!
うーむ……そうかも知れん――
何者かにそうまれ……
――何と言うか、これを……
そうだ!!
洗脳だ! 女は洗脳されておった!
答は現場にある、そうだろ喪神もがみ君!
喪神君!
ここは君の機動力にゆだねる。
ボクは研究室に戻ることにするぞ。

不忍池しのばずのいけ

下谷したや署の巡査】
こら! 立ち去れ!
怪人などおらん、ここは平定へいていされた!
むむ……
特務の……方ですか、
その徽章きしょう山王さんのう機関ですね!
失礼しました!
怪人が出たなんてうわさが飛び交い、
不埒ふらちやからが詰めかけまして!
死にそこなった学生が、
怪人になったと、もっぱらの噂です。

寛永寺かんえいじの僧】
弁財天べんざいてん様をお招きするこの地で、
新宗教が活動をするのです――
怪しげな神職しんしょく風体ふうていの女が張本ちょうほんです。
信者は明階めいかいだの権正階ごんせいかいだの、
僧侶の位を名乗ります。
修行を積んだわけではないでしょうに。
傍迷惑はためいわくな話ですよ。

御徒町おかちまちの老婆】
あの死んだ女、
ここに何度も来ておったわい。
巫女みこさんみたいなのと一緒にな。
あれはもしや新宗教かいな……
他にも何人かおったのう、
まだまだ騒ぎは続くんじゃわい!
あの学生、よっぽど女に、
入れ込んでおったようじゃな。
けどな……
あの女のやり方じゃ、
死ねなんだ、そういうことじゃな。

明階めいかい信者】
私はこの世にてつとめを果たす。
教えの通りであるならば、
終末の時、多くの者がよみがえるだろう。
私はそれを見届け、命を終える。
それは無駄死むだじになどではない。
宿命、そう、宿命なのだ。
お前の仕事もおしまいだ。
さぁ、よみがえりにそなえるんだ。
私につとめを果たさせてくれ!!

《バトル》

明階めいかい信者】
ふふふふ……
これが答なのか――
長年、求めていたものは、これか!
――まぁよい、つとめは果たせぬが、
これでよみがえりはできる。
せいぜい、終末を迎え、
苦しむがいい――
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
上野うえの界隈かいわいのセヒラ、下がりませんが、
一旦、帰還してください!

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
兄さん!
新しい情報があるんです、
それで戻っていただきました。
帆村ほむら魯公ろこう
そうなんだよ、風魔ふうま
探信儀たんしんぎをいじくっていて、
いろいろわかってきた――
危険思想の新宗教がからんでおる。
不忍池しのばずのいけぁさんも言っておったろう、
巫女みこさんみたいななりの女だ。
セヒラは観測するが、怪人はいない。
ある種の念が反応している、
そうとしか考えられん。
その念を強めているのが、
帝都満洲からのセヒラだと思われる。
帝都の上野うえのに照応する位置に、
帝都満洲の街ができた――
そう考えておかしくないのだ、
帝都満洲、どこまでの広がりを、
見せるというのか……
まったく想像だにできん。
喪神もがみ梨央りお
帝都満洲が広がると、
帝都にもアストラルが現れ始める、
そんなこと、あるんでしょうか?
それに……
あのアストラルが言った金神こんじんのことも
気になります。
帆村ほむら魯公ろこう
金神こんじん、終末、よみがえり……
洗脳された連中がいろいろと、
事を起こしているようだな。