第九章 第七話 ゼーラム525

〔山王機関本部〕

その朝、機関本部には新山眞にいやままことの姿があった。
芽府めふ須斗夫すとおが語ったという暗号が解け、いの一番で持参したのだった。

【喪神梨央】
兄さん!
新山さんが、エニグマ暗号を
解読されたんですよ!
【新山眞】
いやいや、正面から向き合って、
なんとかなる相手ではありません。
技研にはエニグマの試作機があり、
それを分解して研究はしました。
組み立て直しも大変でした。
ようやく仕組みは理解しましたが、
暗号はさっぱり解読できません。
【喪神梨央】
新山さんでも無理だったんですか?
【新山眞】
無理も無理、大無理ですよ!
なにせ欧文文字の組み合わせ、
まさに天文学的です!
ジョという単位です。

【喪神梨央】
ジョ?
それって大きいんですか?
初めて聞きました、その単位――
【新山眞】
億、兆、けいがい、その次です。
二十四の階乗なわけですが、
一兆かける一兆の値です。
それだけの組み合わせがある――
しかも日鍵といって、
毎日、暗号鍵あんごうかぎが変更されるんです。
総当りで解くなんて無理な相談――
【喪神梨央】
それじゃ新山さんは、
どうやって解読を?
【新山眞】
日鍵の一部はわかっています。
芽府めふ須斗夫すとおの語る最初の英字三文字、
それが日鍵のひとつです。
あとはラヂオで送られるのです。
実は日本時間の朝八時少し前に、
独逸ドイツ語の短波放送が流れるのです。
放送自体、アルファベットの羅列られつ
何も意味のない放送ですが、
工作員に日鍵を伝えるもの――
参謀本部はそう見ています。
およそ千のアルファベットの、
どれかがプラグの接続を意味します。
日鍵を割り出す乱数表が、
あるのでしょう――

でもうちにもあるのです。
【喪神梨央】
え?
乱数表、お持ちなんですか?
【新山眞】
我が国には霊式れいしきヘテロヂンという、
優れた技術があります。
セヒラ歪振器わいしんきを使うのです。

ラヂオの前で通電しておくと、
あるアルファベットのところで、
奇妙な波形を現します。
その文字を覚えておき、
歪振器わいしんきを前に同じ波形が出るまで、
アルファベットを話します――
最も反応の強い
アルファベットを書き写すんです。
それがプラグの位置を示すのです。
話す時は独逸ドイツ式に、
ABCDアーベーツェーデーとやらないとダメですが。

そう言いながら新山は、和文タイプした紙を取り出した。

【喪神梨央】
アタラシキ 
アメツチ
ヒラカレリ
【新山眞】
新しき天地あめつちひらかれり――
この前の言葉は、
日蝕ひくけ――
【喪神梨央】
つまり日蝕にっしょくの日の明け方、
新しい天地あめつち……
――新山さん!
【新山眞】
日蝕にっしょくは十二月二十六日です。
その明け方に何かが起きる――
そう読めますね!
【喪神梨央】
前日は十二月二十五日、クリスマス。
先帝祭せんていさいで祭日ですよ。
その翌朝ですね――
【新山眞】
第八の予言も解いてみます。
明朝のラヂヲ放送を待ちます。

そうそう、独逸ドイツから外交郵袋がいこうゆうたいで、
くだんのゼーラム五二五が届きました。
愈々いよいよですね!
【喪神梨央】
兄さん、憲兵本部で、
準備が整ったようです。
また予言が出るかも知れません。
公務電車、手配しますね!

〔東京憲兵隊本部〕

芽府めふ須斗夫すとおが戻り、式部も憲兵本部へ。そこで憲兵大尉からお目玉を食らっていると。風魔が山王さんのう機関の特務として介入することに。

憲兵隊本部には立哨が付く。他2名の憲兵と式部が話し込んでいた。風魔の来たのを知ると、式部は早足でやって来た。

【式部丞】
喪神さん――
お手数をおかけします。
芽府めふ須斗夫すとお君が戻ったのですが、
いつ姿を消したかもわからず、
困惑こんわくしています。
今日、憲兵から呼び出され、
やって来るとお叱りを――

喪神さんに一言、
口添くちぞえいただければと――
公務中、かたじけないです。

式部に請われ、風魔は憲兵隊玄関へ。階段にいた憲兵が話しかけてきた。

【等々力憲兵大尉】
ん?
特務中尉とは貴様か?
【池上憲兵少尉】
いくら中尉殿の公務とは言え、
民間人がこうも勝手に、
出たり入ったりするのは――
【等々力憲兵大尉】
ここは憲兵司令だ、わかるな?
泣く子も黙る――
【池上憲兵少尉】
いろいろ示しがつかない、
そういうわけであります、中尉殿。
【等々力憲兵大尉】
逃亡すら許されぬのに、
のこのこと戻ってくるとは!
憲兵もめられたものだ!
【池上憲兵少尉】
中尉殿、それにそちらの……

そのとき、式部が話に加わった。

【式部丞】
式部です。
四谷のセルパン堂の――
【池上憲兵少尉】
ああ、あなたですね!
本来は特高の領分ですが、
軍部に関係深しと憲兵が扱う事案です。
【等々力憲兵大尉】
この扱い、特例中の特例だ!
それなのに勝手は許されんぞ!
【池上憲兵少尉】
式部さん――
今後は面会願いを書いてください。
管理が厳しくなったのです。
【式部丞】
承知しました。
それでその面会願いは、
どちらにございますか?
【等々力憲兵大尉】
陸軍省一階の購買こうばい部だ、式部氏。
面会願い、書式ムの三◯八だ。
【式部丞】
面会願いは面会のたびに、
提出するのでしょうか?
【池上憲兵少尉】
規則ではそうなっています。
よろしくお願いします――

通りの方から白衣姿のドクター・ヨネダがやって来た。その顔からは血の気が失せていた。

【アレクサンダー・ヨネダ】
私は見た!
とうとう見てしまったのだ!!
うぎゃら~~~~~~

咄嗟に2名の憲兵がヨネダを捕縛した。しかしヨネダは常人離れした力で憲兵らを突き飛ばした。玄関にいた立哨は素早く左右に別れて様子をうかがう。
気丈にも式部がヨネダに声をかけた。

【式部丞】
ドクターじゃないですか!
どうされましたか?
――まだ影響が……

その声にヨネダは式部に振り返る。

【アレクサンダー・ヨネダ】
全部を見た!
何もかもだ!
オールオブオールだ!!
【式部丞】
ドクターは芽府めふ須斗夫すとお君の傍に?
彼の傍にいらっしゃったのですか?
【アレクサンダー・ヨネダ】
いなくても見えた!
私は見た!!
そうだ、見たんだ――
パンデモニアムは
ルシファーの城府、
かの輝ける星をサタンにたくらべて、
かく呼べる!!
うううううううぅ~

ヨネダの背後にセヒラが集まった。

《バトル》

【アレクサンダー・ヨネダ】
はぁはぁはぁはぁ――
星の夜に大君ルシファーは昇りゆく
その暗の統御とうぎょあぐむんで 
雲の半ばにおおはれた廻球かいきゅうの上に
魔は揺らぎゆく――

そう言うとヨネダは崩れ落ちた。

【式部丞】
何かの思念が帝都をめぐり始めた――
どうもそのようですね。

私は今の間に芽府めふ須斗夫すとお君の元へ。
また予言が語られたら、
すぐに連絡します。

喪神さん――
残念なことですが、
彩女あやめ君はもうこの世にはおりません。
肉体はあってもです。
肉体の主は千紘ちひろ――
兄の高麿たかまろは彩女君が作った人格、
その彩女君が人格の死を向かえた――

高麿たかまろを殺したのは誰でしょうか?
千紘ちひろが殺したのでしょうか?

結局、のなすがままですね。
――もしや……
あの蛭川ひるかわ博士も、
千紘ちひろに飛ばされたのかも知れません。

それでは喪神さん、私はこれで――
先日、鰍沢かじかざわという落語、
ラヂオで聴きましたよ。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし――
山王さんのうホテルにお戻りください。
麻美さんが帰国されました。

〔山王ホテル〕

麻美はナチ党本部褐色館ブラウネスハウスから、ゼーラム525をくすねたのである。

【聖宮成樹】
喪神さん――
麻美さんが戻られました。
もうじきここへおいでです。
【喪神梨央】
麻美さん、昨夜下関しものせき八時半の、
特急富士にお乗りでした。
【聖宮成樹】
伯林ベルリンからも鉄路でしょうね。
西伯利亞シベリア鉄道ですか――
【喪神梨央】
はい! 西伯利亞シベリア鉄道です。
――きっとお疲れでしょうね……
一週間以上の長旅です。
【聖宮成樹】
独逸ドイツから届いた電報には、
アヲニヨシとありました。
首尾よくいったということです。
【喪神梨央】
ナチ党本部からゼーラム持ち出して、
よく見つからずに済みましたね。
――麻美さん、すごい……
【聖宮成樹】
人から疑われたりしない、
天性の何かをお持ちなんでしょう。
私にはつとまりませんね……
【喪神梨央】
うふふふ……
兄さんも無理そうですわ。
あっ、麻美さんです!

ホテル玄関から優美な足取りで麻美がやって来た。

【聖宮成樹】
麻美さん!
ご苦労様でした――
【喪神梨央】
麻美さん、よくご無事で――
【麻美】
少しハラハラしましたわ――
【聖宮成樹】
何か不都合なことでもありましたか?
【麻美】
褐色館ブラウネスハウスですが、少し工事が入り、
その間、地下へは降りられず――
【聖宮成樹】
リヒャルトガルテンの間ですね?
あの部屋は地下にあります。
【麻美】
でも舞踏会ぶとうかいまでには工事も終わり、
何とか手に入れられました。
本番の日に間に合いましたわ。
【喪神梨央】
本番ということは、
練習とかするのですか?
舞踏会ぶとうかいなのに――
【麻美】
たとえ舞踏会ぶとうかいでも、
何かの手落ちがあってはいけない、
そういうことですの、ナチでは。
どの将校と踊るかまで、
すべて決められるのです。
勝手には振る舞えません。
【聖宮成樹】
いかにもナチらしいですね――
【麻美】
舞踏会ぶとうかいの前に秘密めかした
ナチ独特の儀式が行われるのです。
柘榴ざくろの板に隊員たちが、
血でルーン文字を書くのです。
蝋燭ろうそくだけの明かりを頼りに――
【喪神梨央】
ルーン文字って?
【聖宮成樹】
北欧に伝わる古代文字ですよ。
彼らは古代アーリア人が、
北方のエデンの園からやってきた、
そう信じ込んでいますからね。
残された野卑やひな者がけものとの間に
もうけたのがアーリア人以外の人種だ、
その考えに凝り固まっています。
【喪神梨央】
けものとって……
なんかすごいですね――
日本人など相手じゃない感じですね。
【麻美】
でも日本人には豊かな神性が宿る、
そういう考えを持つ人もいます。
シュタインベルク中将も――
【聖宮成樹】
あはは……

それで麻美さん、
ゼーラムはどうされましたか?
【麻美】
外交郵袋がいこうゆうたいで送りました。
飯倉技研いいくらぎけんでよろしかったですね?
容器のかぎは私が持ちます。
郵袋ゆうたい、もう着いているはずです――
【聖宮成樹】
それでは多加美たかみ宮司に連絡し、
さっそく向かって頂きましょう。
【喪神梨央】
多加美たかみ宮司の警護は要りますか?
【聖宮成樹】
まだ鏡は霊性を現しません。
むしろ目立たないほうがいいですね。
【喪神梨央】
承知しました、殿下。
私は本部で探信たんしんしています。
【聖宮成樹】
危険なのは鏡が霊性を取り戻した時、
その時が最も危険です。
【喪神梨央】
おこたりなく探信たんしんします!
公務電車、手配します!

〔飯倉技研〕

飯倉技研の前では新山眞が待ち構えていた。

【新山眞】
殿下!
やはり例のものは本物なのですね?
【聖宮成樹】
新山さん、愈々いよいよですよ!
麻美さんがナチ本部で手に入れ、
外交郵袋がいこうゆうたいで送られたのです。
【新山眞】
特製の容器に収まっているせいか、
セヒラ歪振器わいしんきを近づけても、
まったく反応しません。
でも間違いなく、
ゼーラム五二五なのですね――
【麻美】
リヒャルトガルテンの間で、
手に入れたものです。
鍵は私が――
【聖宮成樹】
さて、多加美たかみ宮司は、
もうおいでになりましたか?
【新山眞】
ええ、中でお待ちです。
参りましょう。

そう言うと新山はスタスタ歩き出した。麻美、聖宮、そして風魔も後に続いた。

〔飯倉技研ホール〕

飯倉技研のホールには多加美宮司が一同を待っていた。

【多加美宮司】
真名井まない真鏡しんきょうは無事です、
ここにあります――
【聖宮成樹】
分かりました――
麻美さん、容器の鍵を――
鍵を新山さんにお渡しください。
【麻美】
はい……
【聖宮成樹】
新山さん、こちらには、
隔離かくりして容器を扱える設備、
整っているのですか?
【新山眞】
先日、釣鐘つりがねのことをうかがって以来、
ゼーラムを扱うことを前提に、
いろいろ整えてきました。
今据え付けてある気密筐体きみつきょうたいは、
〇・一ピーピーエムさえ通しません。
またアルミ蒸着じょうちゃくの護りがあります。
【聖宮成樹】
なるほど!
それでは早速お願いします。

聖宮にうながされ、新山は宮司ぐうじから鏡を預かり、奥の実験室へと向かった。

【多加美宮司】
真名井まない真鏡しんきょうに霊力が戻れば、
古式東雲しののめ流がおこる――
正しい継承者に継がれるのです。
私は如月きさらぎ鈴代すずよさんに知らせます。
宗家そうけとして準備もあるでしょう。
【聖宮成樹】
よろしくお願いします、宮司ぐうじ

宮司は聖宮に深々と頭を下げ、ホールを出ていった。

【聖宮成樹】
ゼーラムを塗布とふして、
鏡が霊性を宿すには、
多少の時間が必要でしょう。

喪神さん、
山王さんのうホテルで話しませんか?
相談したいことがあります。
麻美さんもご一緒ください。
【麻美】
承知しました。
参りましょう。

〔山王ホテルロビー〕

聖宮が話があるというのは、山王さんのう機関にもたらされた報告書の件だった。60ページを越す立派な報告書である。
報告書には山王さんのう機関をスパイする組織が、まことしやかに示されていた。興亜貿易をかくみのにする有澤機関ありさわきかんである。

ロビーの奥では梨央と魯公が一行を迎えた。聖宮を認めると魯公はお辞儀をして前に進み出た。

【帆村魯公】
殿下のお耳にも入っておりましたか?
【聖宮成樹】
八分課ハチブンの情報は、
いち早く届きます。
【喪神梨央】
参謀本部の八分課ハチブンって、
市民から怪人情報を集める、
そういうところじゃないのですか?
【帆村魯公】
表向きはな。
その実、寄せられた情報を分析して、
ときに深く探りを入れるのじゃよ。
【喪神梨央】
それじゃスパイみたいなんですね。
【帆村魯公】
こら、大きな声で――
で、山王さんのう機関の何を
スパイするのですかな――
【聖宮成樹】
山王さんのう機関の活動自体は、
軍幹部はおよそ知っているはずです。
ただ釣鐘つりがねのことを除いては。
【喪神梨央】
帝都満洲のことも、
ほとんどは知られていないはずです。
【聖宮成樹】
そのスパイとやらは、
有澤機関ありさわきかんという特務機関で、
参謀本部第六課の所轄しょかつだそうです。
【帆村魯公】
第六は欧州課ですな――
【聖宮成樹】
有澤というのは、
おそらく有澤盛隆ありさわもりたか中将ですね。
前駐独武官だった人物です。
有澤中将について、
少し調べてみます。
ところで報告書はお持ちですか?

聖宮ひじりのみやの問いに魯公ろこうは報告書を見せた。そのとき、麻美が素早く前に踏み出した。

【麻美】
その報告書――
甘い香りがします。
――ベラドンナの香りです。
【聖宮成樹】
ベラドンナ……
それはまた――

【喪神梨央】
殿下、魔法です、
魔法使いが用いる膏薬こうやくに、
ベラドンナが使われるのです。
この帝都では仮構かこうを為すのに、
ベラドンナが使われていると――
青山せいざんホテルや憲兵大隊がそうです。
【聖宮成樹】
よくそこまで調べが付きましたね!
――すると、この報告書は?
これも偽物ですか?
【麻美】
わかりません――
まるでませたように香ります。

【喪神梨央】
麻美さん――
夢玄器むげんきのぞくと何か見えませんか?
報告書の本当の中身が――
【麻美】
夢玄器むげんきならありますが、
今はホテルです。

【喪神梨央】
ゼットー博士のを借りましょう!
隊長、ゼットー博士にお願いを――
夢玄器むげんきをお借りしたいのです。
【帆村魯公】
うむ、悪い考えじゃないな。
行きましょうか、麻美さん。
博士は調整室のはずですぞ。

麻美と魯公は課に向かうべくフロントの脇を抜けて行った。

【喪神梨央】
興亜貿易って……
どこかで聞きましたね――
えーっと……
そうだ!
多加美たかみ宮司が京都にたれる時、
東京駅で会った人です。
モートルを扱うとか――
影森愁一かげもりしゅういちという人ですね。
一時いっとき幸則ゆきのりさんのお目付け役――
でも結局は正体不明でした。

あと、新文民社のメンバーFは、
影森愁一かげもりしゅういちを尾行して
拉致らちされた――
新文民社で名簿作りを進め、
帝大の学生は間諜かんちょうだと
怪しんでいた、
それも同じ影森愁一かげもりしゅういちですよ。
【聖宮成樹】
なるほど――
公務記録にいろいろ顔を出す、
その人物……
スパイにしては目立ちすぎますね。
まるで陽動ようどうしようとするかのよう、
そうじゃありませんか?
【喪神梨央】
そうですね――
人は音の鳴る方を向くと言いますし。
【聖宮成樹】
いいことを言いますね。
普通スパイは組になるといいます。
その影森かげもりの他にまだいるのでは?

先ほどの報告書、
仮構かこうの産物だとしても、
本物を使う必要があったようですね。
【喪神梨央】
――というと……
どういうことですか、殿下?
【聖宮成樹】
本物の報告書を用いて、
一部を書き換え真実を伝える――
ある種の美学さえ感じます。

有澤ありさわ中将のこと、
わかりましたら連絡を入れます。

聖宮は軽く会釈をしてホテルロビーを出て行った。

【喪神梨央】
こうして兄さんと二人になるの、
久しぶりですね――

先ほど虹人こうじんさんから連絡があり、
今日は紀伊国坂界隈きのくにざかかいわいに出るって。
寄ってあげればどうですか?

〔紀伊国坂〕

紀伊国坂の長塀の前に虹人とユーゲントがいた。

【帆村虹人】
やぁ風魔――
人生という熱病は、
一向いっこうに回復するきざしを見せないよ。
【鳴滝丸】
美少年倶楽部では、
お見苦しいところを――
ヒュアキントス役の鳴滝丸です。
ヘル松ヶ崎はあの寸劇がお気に入り、
いつもやらされるのです。
【帆村虹人】
鳴滝丸――
でも君は寸劇はもうやらないと……
今さっき、そう言っていたよ!
【鳴滝丸】
やらないというか、
もうできそうもないんだ――
【帆村虹人】
自律係数が下がったりしたのかい?
ああしたことは自律的にする、
そう言っていたよね――
【鳴滝丸】
僕は……僕は……
【帆村虹人】
どうしたんだい、
具合でも悪いんじゃないかい?
【鳴滝丸】
僕は……僕は……
あああ、体が言うことを聞かない!

別のユーゲントが走り込んできた。その眼は虚ろである。

【嵯峨野丸】
六、二◯フタマル――シチ一五ヒトゴ
洗面、寝台整理、朝食!
七、二◯フタマル
国旗掲揚けいよう
七、三◯サンマル
仕事場へ出発!
七、四五――一◯ヒトマル◯◯マルマル
労働奉仕!

僕たちの時間は、正確無比!
僕たちの時間を奪う者は許せない!!

《バトル》

【嵯峨野丸】
一九、一五――一九、一五、
掃除、修繕しゅうぜん、洗濯!
二◯フタマル、一五――二一、四五、
唱歌、演説、余興!
僕たちは……初期化イニツァリジオロンされた!

甲高い声を上げた嵯峨野丸は、そのまま走り去った。

【帆村虹人】
鳴滝丸も駆け出したよ――
まったく僕を無視してね!
一体、何があったんだ?

――このところ、連中は、
僕の指示をあまり聞かなくなって、
昨日なんか同じ指示を三度も出した。

外から干渉かんしょうを受けているようだ。
それ以外に考えられないよ。
【着信 喪神梨央】
金ノ七号帥士きんのしちごうすいし――
特に不穏ふおんなセヒラはありません。

今の着信音は虹人の無線からであった。

【帆村虹人】
お、何だ、僕の無線?
二人の無線が同時に受信しているな。
嵯峨野さがの丸は初期化とか言っていたよ!
【着信 喪神梨央】
一旦初期化した時、
陸軍幼年学校の時間割の思念が、
流れ込んだようです。
【帆村虹人】
そんな思念まであるのか!
【着信 喪神梨央】
怪人川柳や猟奇歌だけではなく、
普通のことも表出しているようです。
【帆村虹人】
この様子じゃ、
連中を指揮するのは難しそうだな。
アプドロックは時間とともに、
揮発きはつする性質がある。
でも今のは揮発きはつじゃないな――

初期化され、
その状態のまま凍結されている。
よほどの干渉があるに違いない。
僕はアーネンエルベまで戻るよ。
また顔を出してくれ、風魔。

虹人は嵯峨野丸の走り去った方へ歩いて行った。

【着信 喪神梨央】
先ほどから、
飯倉いいくら技研でセヒラを観測します。
ただ、値は低いままですが――
念のため、巡視パトロールお願いできますか?
異常なければ帰還してください。

〔飯倉技研ホール〕

【新山眞】
喪神さん――
今、山王さんのう機関に
連絡したところで――
早かったですね!
ゼーラムの塗布とふは無事終わりました。
あの鏡が霊性を現すのは、
もう少し掛かりそうです――
しかし不思議です――

気密筐体きみつきょうたいの中に鏡を置き、容器を開けると、ゼーラム525と思しき臙脂えんじ色の煙が、容器の口から立ち上ったという。
そしてその煙はしばらく容器の上に漂い、不意に鏡の表面に集まったのだ。
みるみる鏡が色に染まったという――

【新山眞】
まるで煙が鏡の存在を知って、
自らを鏡に塗布とふしたようでした。
あの煙には意志があるみたいで、
見ていて妙な気持ちになりました――
気密筐体きみつきょうたいから煙が完全に消えれば、
鏡は完成かと思います。
それを見届け、連絡を入れますね。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし――
セヒラを観測するのは、
飯倉いいくら技研の裏手です。
まわっていただけますか?

飯倉いいくら技研の裏手に伸びる路地――
聖宮ひじりのみや邸を含む東久邇宮邸ひがしくにのみやていへいが伸びる。
元は静寛院宮邸せいかんいんのみやてい皇女和宮こうじょかずのみやが暮らした地だ。
右手、御組坂おくみさかの途中には、作家永井荷風ながいかふう偏奇館へんきかんが建つ。

【着信 喪神梨央】
その角のところです、
セヒラ、高まっています!
注意してください!

【XLのアストラル】
今は……何月ですか……
もう時間が経ちましたか……
麻美マーメイ、心配していたかしら……
私……麻布あざぶの張ホテルから、
荷風かふう先生の偏奇館へんきかんに寄り、
その後、ここへ来たのです。
飯倉いいくら技研という研究所の方も、
荷風かふう先生の偏奇館へんきかんにおいででした。
あと一人、
その方が道を開いてくれました。
邪魔する者を除いたのです。

【着信 喪神梨央】
もしかして……
蘭暁梅ラン・シャオメイさんかも知れません!
イニシャルXL――

【XLのアストラル】
私、母の形見の手鏡を持ち、
日本へ舞台挨拶ぶたいあいさつに来ました。
時を継ぐ日、鏡で身を写すように――
そう教えられていたのです。
日本へ発つ二日前、
母が夢に現れ告げました――
暁梅シャオメイ、さぁ、時を繋ぐのよ――
はっとして目が覚め、
鏡を旅行鞄りょこうかばんに収めました。

私がここに来てから、
時間が経ちましたか――
私にはわからないのです――
でも時は繋がっているのですね、
すべてはうまくいったのですね――
でも……ここはまだ不安定なのでは?
そうではありませんか?
気を付けてください、
何かがやって来ます!
――すぐそこです!!

XLのアストラルが消え、ほぼ同じ場所に別の大型アストラルが現れた。それは苛立つかのように蠢き続けている。

妖帝ヤオディ残滓ざんしのアストラル】
時を繋いだつもりでいるのか?
お前の時は途絶えたままだ。
自分から目をそむけるな!!

《バトル》

妖帝ヤオディ残滓ざんしのアストラル】
時の流れなど、
いつでも断ち切ってやる!
私は時を越えた存在なのだ!

大型アストラルは霧散した。暫くして、先程のアストラルが現れた。

【XLのアストラル】
よかった!
あなたが退けてくれたのですね!

でも五月は別の方がお力を――
邪悪な存在をはらってくださいました。
その方にお礼を言い忘れました。
今となっては、
顔も何も思い出せません。
すべてが白いもやの中です――

そう言い終えると、XLアストラルは薄くなり、やがて消えた。

【着信 喪神梨央】
辺りからセヒラの値、
すっかり消えました!
その場所で蘭暁梅ラン・シャオメイさんが、
神獣の見立てを受けたのですね。
麻美さんと一緒に来日され、
蘭暁梅ラン・シャオメイさん、行方知れずに――
そのときのことだと思います。

わからないのは形見の手鏡で、
蘭暁梅ラン・シャオメイさんを写したのが
誰なのか――
風水師なのかさえわかりません。

新山さんがご存知かも知れません。
機関本部へお戻りください。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい――
兄さん――

麻美さん、夢玄器むげんき使って
報告書をご覧になったんです。
報告書は本物でした。
でも中味が別物だったのです。

こんな内容でした――
満洲にける麻袋またい調査報告書――
そう言うんです。

大同だいどう三年だから去年のですね。
一、黄麻こうまに就いて
二、麻袋またいの種別
三、縫糸ほうし

そのような項目がありました。
麻美さんによると、
書いてある字だけが違ったそうです。
【帆村魯公】
おう、風魔――
【喪神梨央】
あっ、隊長!
式部さん、捕まりましたか?
【帆村魯公】
いや、まだだ。
例の芽府めふ須斗夫すとおだが、
また予言を吐いた――
今回は暗号じゃなく、
普通の言葉でだ。
式部氏が電報を送ってきたのだ。
第八の予言、
全地の主なる――
それだけだ。
【喪神梨央】
第八はもうひとつありました。
そちらはエニグマ暗号です。
【帆村魯公】
暗号が解読できれば、
二つを合わせて一本になるな。
明日、新山氏がラヂオを聴く。
【喪神梨央】
例の独逸ドイツ語放送ですね――
【帆村魯公】
そうだ、それで解読できるはずだ。
【喪神梨央】
明日を待ちましょう――
兄さん、蘭暁梅ラン・シャオメイさんのこと、
新山さんは何も覚えていないと。
【帆村魯公】
わしが代わりに聞いたんじゃが、
永井荷風ながいかふう先生にも会ったことがない、
そういうことなんじゃよ。
もしかするとブンヤの弟かも知れん。
作家先生ともコネがあるだろうから。
【喪神梨央】
それにしても式部さん、
急にいなくなるなんて――
どうされたんでしょうか?

謎の霊的物質、ゼーラム525を塗布とふして、真名井まない真鏡しんきょうに霊性の現れるのを待つ。
そして予言は
日蝕にっしょくの日の異変を告げる――
山王さんのう機関を探る
スパイ組織がある――
その怪情報が不吉な旋律せんりつを奏でていた。

第八章 第四話 満映女優

〔山王ホテルロビー〕

その朝、京都より多加美たかみ宮司ぐうじが戻り、山王さんのうホテルで迎えることになった。東雲しののめ流再興を誓った鈴代すずよも来ている。

【喪神梨央】
多加美たかみ宮司ぐうじですが、
昨夜一一時四五分に京都を出た
夜間急行でお戻りです。
東京には今朝の九時三〇分着です。
【如月鈴代】
宮司ぐうじは鏡をお持ちになるはずです。
東雲しののめ流に神意しんいを伝える鏡です。
京都の神社に奉納されていました。
【喪神梨央】
鈴代すずよさん、その神意しんいって、
どんなものなのですか?
【如月鈴代】
私もくわしくは知らないのです――
霊異りょういす者にのみ伝わるそうです。

ホテルロビーに多加美宮司が入ってきた。
東京駅から円タクを飛ばしてきたのである。

【多加美宮司】
皆さん、おそろいですね――
【如月鈴代】
神器の鏡、授かりましたか?
【多加美宮司】
ええ、京都は宮津みやづにある、
真名井まない神社に奉納されていました。
伊勢いせこの神社の奥の院ですよ。
鏡はこちらになります。
鏡は真名井まない真鏡しんきょうと呼ばれています。

多加美たかみ宮司ぐうじ真名井まない真鏡しんきょうを取り出した。古式の鏡という以外に取り立てて特徴はない。

【喪神梨央】
宮津みやづだと山陰さんいん線から宮津みやづ線ですね。
京都を朝出るとお昼前には着きます。
【多加美宮司】
京都から宮津みやづは日帰りでした。
降りた駅は宮津みやづ線の天橋立あまのはしだて駅です。
神社まで天橋立あまのはしだてを渡って向かいます。
【喪神梨央】
そうなんですね!
天橋立あまのはしだてを通ったんですね!
日本三景の一つですね。

多加美たかみ宮司ぐうじ宮津みやづ真名井まない神社で、宮司ぐうじから鏡を預かった経緯けいいを話した。鏡の霊力は失われているとのことだった。

【多加美宮司】
この真鏡しんきょうには三篇さんぺん古文書こもんじょ
付帯ふたいしています。
そのうちの一篇いっぺんを授かりました。
真名井まない神社から電報で頂いたのです。

マナイノ カガミハ ソレノサマ 
ウルワシクテ モロカミタチノ
ミココロニモ アヱリ

【多加美宮司】
真名井まないの鏡、
それの様、うるわしくて、
諸神もろかみたちの御心みこころにも合えり――
【如月鈴代】
他の二篇にへんはどうなっているのですか?
【多加美宮司】
今、手配しています。
一篇いっぺんは京都帝大に、
もう一篇いっぺんは北の紫野むらさきのにあるそうです。
紫野むらさきのには紫水しすい会館という会館があり、
そこに収蔵されているそうです。
見つかり次第しだい、電報をもらいます。
【如月鈴代】
その古文書こもんじょ三篇さんぺんそろうと、
鏡の霊力は回復するのですか?
【多加美宮司】
真名井まない神社では、
そのようにうかがいいました。
程なく三篇さんぺんそろうでしょう。
この鏡は貸金庫に預けておきます。
第百六十三銀行銀座支店です。
エレミヤさんの銀行ですよ。
【喪神梨央】
そうだ、兄さん、
もう一方ひとかた、お客様があります。
――いらっしゃったようですよ。

〔山王ホテルロビー〕

優雅な素振りを見せながら、1人の女性がホテルロビーに入ってきた。満鉄映画社の麻美マーメイである。

【如月鈴代】
あら……
どこかでお見受けしたような――
【喪神梨央】
麻美マーメイさんですね?
――満鉄映画社の。
活動キネマ紅楼夢こうろうむの。
【麻美】
ええ、そうです――
浅草は今日が最終日で、
舞台挨拶あいさつがあるんです。
【喪神梨央】
あの……共演の女優さんは……
麻美マーメイさんは林黛玉リンタイギョク役ですよね。
もうお一方ひとかた薛宝釵セツホウサ役の女優さん――
その方、五月の舞台挨拶あいさつにも、
おいでじゃなかった――
興亜こうあ日報に書いてありました。
【麻美】
蘭暁梅ランシャオメイちゃんですね?
春から長患いで来日できていません。
悪い夢を見る、嫌な予感がすると――
【喪神梨央】
それは心配ですね。
紅楼夢こうろうむ、大人気なんですから!
今じゃ市内中まちじゅうでかかっていますよ!
【如月鈴代】
私も鑑賞いたしましたわ!
遅ればせながら、この八月に――
【麻美】
それは有難うございます。
【如月鈴代】
麻美マーメイさんは、五月に来日されて、
この夏はずっと日本においでですか?
【麻美】
ええ、母の実家に寄っておりました。
私、支那シナ生まれですが日本人です。
本名は高山たかやま麻美あさみと申します。
【喪神梨央】
そうだったんですね!
てっきり支那シナの方かと――
【麻美】
これから是枝これえだ咲世子さよこさんに会います。
――ご存知ぞんじですよね、咲世子さよこさんは?
【如月鈴代】
勿論もちろんぞんじておりますわ。
もしや、満洲まんしゅうの――
N計画のお話でしょうか?
【麻美】
咲世子さよこさんのお話は、
おそらく独逸ドイツのことではないかと。
近々、私、渡独とどくの予定があります。
独逸ドイツに会って欲しい協力者がいる、
そういうお話のようです。
【如月鈴代】
麻美あさみさん……是枝これえだ咲世子さよこさん、
山王さんのうホテルにおいでですか?
【麻美】
いえ、近くのおやしろに……
日枝ひえ神社ですか、そちらで。
もういらっしゃっているかも。
【喪神梨央】
兄さん、念のためです、
日枝ひえ神社界隈かいわい、セヒラを調べます。
【麻美】
喪神もがみ風魔ふうまさんですね……
それでは、まいりましょうか。
鈴代すずよさん、
またお会いしたいと思います。
【如月鈴代】
私もですわ。
活動キネマのお話、聞かせてくださいな。

〔日枝神社〕

【是枝咲世子】
麻美あさみさん、
幾久方いくひさかたですね!
【麻美】
咲世子さよこさんこそ、お元気そうで。
お父様もお変わりなくて?
――今も独逸ドイツに……
【是枝咲世子】
父は帰国中ですが、
もうじき独逸ドイツに戻ります。
――麻美あさみさん、少し歩きましょうか。
風魔ふうまさんもご一緒してくださいな。

日枝ひえ神社境内〕

旧交を確かめ合った咲世子さよこ麻美マーメイつのる話を交えながら2人は日枝ひえ神社へ。風魔ふうまにもぜひ聞いて欲しい話があるという。

【是枝咲世子】
それではダッハウ強制収容所のこと、
さっそく父にも申しておきます。
アイケSS上級大将のことは特に。
アイケは猶太ユダヤ人を憎悪しています。
収容所施策を強化するでしょう。
満洲での受け入れを急ぐべきです。
麻美あさみさんはナチ高官の会合かいごう
参加されるなどして、
情報を集めておいでです。
【麻美】
ナチス・ドイツはユダヤ人排斥はいせき
本格的に始めるつもりです――
独逸ドイツ欧州ヨーロッパで孤立するのは自明じめいです。
【是枝咲世子】
父の話では、英国イギリスの外務大臣が
満洲への猶太ユダヤ入植にゅうしょく事業に
おおいに関心を寄せているとか――
日本と英国イギリスの二国で満洲を管理する、
そのような提案を出すようですよ。
これは日本にとって好機こうきです――
【麻美】
せんだって国連脱退した日本が、
これ以上孤立しないために……
ということですね?
【是枝咲世子】
父はそう考えています――
他国を利用するだけだった英国イギリスを、
今度は日本が利用してやるのだと。
【麻美】
そういえばナチ親衛隊長官ヒムラーは
北満ほくまんにアーネンエルベ開設の
指示を出したとか……
【是枝咲世子】
先日、フォス大佐が満洲へ――
麻美あさみさん、例のお話ですが……
独逸ドイツに渡られるとお聞きしました。
【麻美】
独逸ドイツで会って欲しいという方ですね?
どういう方でしょうか?
【是枝咲世子】
ナチ親衛隊のローレンツ中将です。
エーリッヒ・ローレンツ――
中将はN計画の考案者なのです。
【麻美】
ローレンツ中将ですね。
褐色館ブラウネスハウスに招かれているので、
お目にかかれると思います。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
警戒してください!
セヒラ急上昇です!!
【執事型ホムンクルス】
目標ダスツィル……確認ベステーティグン……
開始シュタート! 開始シュタート! 

《バトル》

【着信 喪神梨央】
辺りのセヒラ、沈静化しました。
警戒を解いてください。
【麻美】
さすがですね、風魔ふうまさん――
月下げっか一閃いっせんごとくですね。
頼もしく思います。
近く、在日独逸ドイツ人会の渡独とどくに合わせ、
独逸ドイツへ渡る予定があります。
今日はこれから、
浅草で舞台挨拶あいさつがあります。
【是枝咲世子】
風魔ふうまさん、帝都では騒動が――
浅草まで麻美あさみさんとご同行ください。
【着信 喪神梨央】
公務電車の手配をします。
山王下さんのうした電停に待機させます。

〔浅草六区ろっく

【着信 喪神梨央】
銀座幻燈会げんとうえもよおしが、
市内数カ所で開かれた模様です。
有楽町ゆうらくちょう京橋きょうばし、新宿、浅草――
浅草は天一館てんいちかん水天館すいてんかん文明閣ぶんめいかくです。
今回は活動キネマだったようです。
大勢が怪人化する恐れがあります。
浅草にも……セヒラ観測です!!
【麻美】
浅草の三つの映画館、
いずれも閉館しています。
三館が合わさって浅草名劇座に――
狐につままれたようなことでしょうか?
用心に越したことはないですわね。

御成門おなりもんの客】
短編の活動キネマでしたわ。
日露戦争のお話よ――
三軍の旅団にいた一人の少尉さん、
東京に残した奥さんが亡くなるの。
流感インフルエンザかかったのよ。
当時遼東リャオトン半島にいた少尉が携行けいこうする、
小さな手鏡に、奥さんの顔が写る、
そういうお話よ。
死んだ奥さん、良人おっとに会いに行った。
その少尉さん、敵弾もろともせず、
無事、日本に戻られました。

赤羽橋あかばねばしの客】
少尉の女房が何で死んだか、
そこが肝心かんじんなんだよ。
女房は省線電車にかれて死んだ。
四谷見附よつやみつけの橋から身投げしてね。
あすこ、下に省線走ってるんだ。
電車の鉄輪で顔は真っ二つ!!
ひゃぁ~柘榴ざくろみたいにけた~
その顔が鏡に写ったんだよ!

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラです、接近しています!
【麻美】
喪神もがみさん、お気を付けください!

入谷いりやの客】
僕は見た!
僕は見たんだ!
手鏡に写った少尉の女房を!
あああ~
少尉の女房は、
首くくりで死んだんだ!!
目ん玉が飛び出し、舌を垂らし、
白くろうのような肌をさらして――
細い首に縄の跡が赤黒く残るんだ!!
昨日から同じところを歩いてる。
行けども行けども、下宿に着かない。
歩くほどに力がみなぎってくるよ!!

《バトル》

入谷いりやの客】
手鏡に写ったのは……
少尉の女房じゃない、そうじゃない、
去年、肺病で亡くした僕の姉だ!

あああああ~
――僕は、もう行き場がない!!
【麻美】
人によって見え方が違う……
そんな活動キネマ、知りませんわ。

喪神もがみさん……
幻燈会げんとうえもよおしを主催するのは、
いったい、誰なんでしょうか?
セヒラにおかされておかしくなる、
そうう人ばかりじゃないようです。
――あの人……
幻燈会げんとうえのお客さんじゃないですか?

角筈つのはずの客】
文科のS三郎はいい加減だ!
少尉の手鏡に写ったのは化物だ。
真っ青な色で赤い目をし、
金のきばく怪物なのだ!
少尉の女房じゃない!
怪物だ、怪物だ、
あれはまごうことなく怪物なんだ!!

《バトル》

角筈つのはずの客】
少尉の隊は激戦の中でほぼ全滅、
生き残ったのは少尉と軍曹ぐんそうだけ――
軍曹ぐんそうが言うんだ――
敵弾、少尉の体をすり抜けたと。
何十発も撃たれて平気だったと。
軍曹ぐんそうが目を凝らすと、
少尉の体を透かして、
二〇三高地が見えたそうだ!!
【麻美】
お話の筋書きまで変わるなんて――
何かの力がおよんでいる気がします。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
その辺り、セヒラは観測しません。
浅草今木いまきにお客様です。
ご対応お願いします。

〔甘味処今木いまき

今木いまきてる
あら、麻美マーメイさん!
ようこそお越しを……
お客様がお待ちですよ。
皆さん、活動キネマ関係の方なんですって?

【聖宮成樹】
多加美たかみ宮司ぐうじから麻美マーメイさんのこと、
うかがいしたのです。
この店の常連だと――
【麻美】
ええ、浅草に来ればいつも……
浅草名劇座で舞台挨拶あいさつがあります。
でも浅草に怪人が出ていて――
【聖宮成樹】
喪神もがみさんがおしずめになったのですね!
喪神もがみさん、麻美マーメイさんに大切なこと、
お頼みしようと思うのです。
【麻美】
あら、どんなことですの?
【聖宮成樹】
独逸ドイツはミュンヘンにあるナチ党本部、
通称、褐色館ブラウネスハウスに行って欲しいのです。
【麻美】
褐色館ブラウネスハウスなら近く訪れますわ。
ブルエナーどおりにありますわね。
【聖宮成樹】
褐色館ブラウネスハウスの地下に、
リヒャルトガルテンの銘板めいばんかかげた、
小部屋があるのですが――
そこにしのんで、
持ち出して欲しい代物しろものがあります。
【麻美】
どんなものでしょうか?
【聖宮成樹】
この写真を――
ゼーラム五二五です。
銀色の筒状つつじょうの容器に入っています。

聖宮ひじりのみやが取り出した写真には、金属製の筒状容器が写っていた。側面に525の文字が見える――

【麻美】
それは何か特殊なものですね。
この帝都の……喪神もがみさんたちに、
何か関係がありますかしら?
【聖宮成樹】
ゼーラム五二五は謎の霊的物質です。
失われた霊力を回復する、
そのような働きがあると言われます。
【麻美】
――なるほど、承知しょうちしましたわ。
近く親衛隊のパーティがあるので、
いい機会だと思います。
【聖宮成樹】
計画が首尾しゅびよく運ぶよう、
私からシュタインベルク中将に、
麻美マーメイさんのことを伝えておきます。
【麻美】
ありがとうございます。
それでは殿下でんか、私は劇場の方へ。
【聖宮成樹】
麻美マーメイさん、
どうぞよろしくお願いします。
【麻美】
喪神もがみさん――
またお逢いしましょう。
夢玄器むげんき独逸ドイツにも持参しますわ。

【聖宮成樹】
喪神もがみさん――
柄谷がらたに生慧蔵いえぞうという物理学者の名前、
お聞きになったことはありますね。
柄谷がらたに博士は瑛山会えいざんかいの一員です。
三年前、セヒラが同定されたとき、
せんの必要性を訴えました。
論文をまとめ、参謀本部へ提出し、
それが元で山王さんのう機関が設立され、
喪神もがみさんたちが招聘しょうへいされました。
その柄谷がらたに博士ですが、
どうも動きが怪しいのです。
それで京都から尾行しました――
博士は東京に着くやいなや、
独逸ドイツ大使館に向かったのです。
瑛山会えいざんかい独逸ドイツ国――
爾来じらい、何の繋がりもありません。
誰と接触したのでしょうか……
少し調べてみることにします。

さて――
麻美マーメイさんがゼーラムを持ち帰れば、
多加美たかみ宮司ぐうじが授かった鏡に、
霊力が戻る希望が持てます。
ゼーラムは釣鐘つりがねにも使われています。
ただ、釣鐘つりがねから取り出しようもなく、
麻美マーメイさんにお願いした次第しだいです。

【着信 喪神梨央】
兄さん――
新山さんがお話ししたいと。
はらえの間においでになれますか?

【今木照】
どうするんですか、お二人は?
お店、看板にしちゃいますよ!
【聖宮成樹】
わかりました、すぐうかがいます。
喪神もがみさん、
今日はこれにて失敬しっけいします。

聖宮は今木に入っていった。
風魔は梨央の要請で祓えの間に向かった。

はらえの間〕

【新山眞】
今回、ようさんから連絡もらって、
飛んできたんですがね――
どうも別の時空に繋がったようです。
それが証拠に、未知の波形が――
どやら日本じゃないですね。
ようさんは香港ではないかと――
実はこれまで何度か、
香港と接続したことがあります。
それもずっと未来の香港です――
波形記録に接続の履歴が残っていた、
そういうことですが……
今、接続するのは品川図們トモンです。
接続したばかりで、
今はすこぶる不安定です。
安定するまでお待ち下さい。
ひとまず山王さんのう機関に向かいましょう。

帝都満洲が別な時空と繋がったという。それは未来の香港であると――
過去に何度か接続の事実はあったようである。

失われた龍脈

〔山王機関本部〕

喪神もがみ梨央りお
兄さん!!
異常事態発生です!
帆村ほむら魯公ろこう
ぜんたい、どうしたんだ?
またサイレンが鳴っていたぞ!
喪神もがみ梨央りお
セヒラの値、
いつになく高まっています――
場所は……この山王さんのうです!
帆村ほむら魯公ろこう
なんだと?
――さてはゲートがおかしくなったか?

九頭くず幸則ゆきのり
歩一の九頭くずです――
風魔ふうま、大変だぞ、ホテルの地下で、
何か大きな音がしたと報告が――
帆村ほむら魯公ろこう
そういえば、振動もあったぞ。
何があったんだ?
異常事態と関係あるのか?
喪神もがみ梨央りお
兄さん、ゼットー博士がお呼びです。
研究室へ向かってください。

〔山王機関魔課〕

銀河ぎんがゼットー】
オーホホホッ~
来たな、君ィ!
な、な、な、なんと!
大変事たいへんごとが起きてしまったぞ!
――別な時空へと繋がったのだ!
ん? 理解できんか?
別な時空とは、別な時代と別な場所、
そこへ山王さんのうが繋がったのだ!!
繋がった先だがな――
ボクの見立てでは……
かなり未来だな、未来と繋がった!
一九九七年だ、計算が正しければ、
その時代とここ山王さんのうが繋がったのだ!
遠い未来……場所は……
オーホホホ! こいつはまさに……
ホーンコーン、香港ホンコンだっ!!
さぁ、夢玄器むげんきを着けるのだ!
君は愛と希望の大未来へ行く!
時空を超えて香港ホンコンへ旅をするっ!!

新山眞にいやままこと
波形、波形、波形――
あまりにも多くの記録によって、
嗚呼ああ、私は混乱する!
波形のささいな違いが、
現実で大きな差となって現れる。
――まったく不可思議な世界だ……
私は信じている――
森羅万象しんらばんしょう、全てを波形化できると。
時や空間さえ、波形になるだろう。
先月からわずかに見える不思議な波形、
あれは、計算からすると随分先の、
そう、未来の波形にほかならない――
未来の香港ホンコンという解が出たのだが。
その座標に当てはまる波形だ。
なぜ、そんな波形が現れるのか?

九龍クーロンフロント〕

夢玄域むげんいきに現れたのは、まさに九龍城クーロンじょうである。九龍クーロン電脳中心でんのうちゅうしんの近辺と思われる。幾多いくたのネオン看板がやみを照らしていた――

【えびき屋の子供】
俺、見たんだ。
九龍クーロンフロントの路人ろじんが、
おかしな声上げて走って行ったよ。

えびき屋の子供。海鮮中心かいせんちゅうしんの奥で、日がな一日、生えびをいている。同業ではねぎき屋というのもいる。

【えびき屋の子供】
きっと、九龍クーロンフロントにも、
邪気じゃきが流れ込み始めたんだ。
そうに違いないよ!
【フリーダイップ
帝都の瘴気しょうきに似た悪い気脈きみゃく
九龍城クーロンじょうでは邪気じゃきと呼んでいます。
路人ろじんとはここに暮らす人です――

続いて現れたのはフリーダようである。渋谷しぶや駅前で霊雀館れいじゃくかんという占いの店を営む。ここでは香港ホンコン名のイップを名乗っている――

【フリーダイップ
路人ろじんだけど、邪気じゃきに触れて、
おそらく怪人になった――
よくない状況よね。
【えびき屋の子供】
怪人って何だよ?
そんな強そうじゃなかったよ!
あいつ、古靴屋ふるぐつやなんだよ!
【フリーダイップ
あなたは……
帝都じゃなくて九龍クーロンにいたのね?
【えびき屋の子供】
何言ってんだよ、おばさん!
俺はずっとここにいるんだ、
九龍クーロンフロントのすみでえびいている。

【フリーダイップ
……
そうね……
ねぇ、喪神もがみさん、聞いてくれる?
帝都に未来の香港ホンコンが繋がったの。
ここは一九九七年の香港ホンコンね。
それも普通の香港ホンコンじゃないの――
繋がった先は九龍城クーロンじょうと呼ばれる、
陰界いんかいただよ魔窟まくつのようなところよ。
世界には陰と陽の二つがある――
九龍城クーロンじょう陰界いんかいに存在しているの。
陽界ようかいからはとっくに姿を消したわ。
実は一九九七年の五月に、陰界いんかい九龍城クーロンじょう陽界ようかいに姿を見せた、いわゆる陰陽交合いんようこうごう事件があったの。

中国返還を間近に控えた1997年、香港ホンコン陰界いんかいから九龍城クーロンじょうが姿を見せた。陰陽の秩序ちつじょを乱す陰陽交合いんようこうごう事件であった――

【えびき屋の子供】
あれは大事件だったよ!
ちょうど半年前の五月だよ。
結局、風水師ふうすいしが収めたんだ――
【フリーダイップ
その風水師ふうすいしの人は、
陽界ようかいから来たのね?
【えびき屋の子供】
そうだよ、超級風水師ふうすいしだってさ!
それ以来、陰界いんかい陰界いんかいのままさ。
【フリーダイップ
今度は帝都と九龍城クーロンじょうが繋がった――六十二年先の九龍城クーロンじょうね。
これは陰陽交合いんようこうごうじゃないけれど……
何か問題があってこうなったのね。
多分、風水ふうすいに関わることよ。
【えびき屋の子供】
神獣しんじゅうの見立てが出来ていないと、
おかしなことになるんだ。
【フリーダイップ
神獣しんじゅうとは、何をして見立てるの?
【えびき屋の子供】
見立てを受ける宿命しゅくめいを持った人、
そういう人を探すんだよ。
九七年の時みたいにね!

生き別れになった姉を探すヒロイン小黒シャオヘイ。97年の陰陽交合いんようこうごう事件では、小黒シャオヘイ神獣しんじゅうのひとつ、朱雀すざくの見立てを受けた。

【えびき屋の子供】
五月の時みたいにね、
神獣しんじゅうの見立てを受ける人が、
どこかで待ってるんだよ。
【フリーダイップ
それがどこだか、心当たりはあるの?
【えびき屋の子供】
わからないさ――
けどここの邪気じゃきはらわないと、
何も進まないよ。
【フリーダイップ
喪神もがみさん、ここ九龍クーロンフロントの
怪人を鎮定ちんていできるかしら。
風水ふうすいのことはその後ね。

《バトル》

九龍クーロンフロントで怪人化した路人ろじん鎮定ちんてい、周囲の邪気じゃきは消え、路地に活気が戻った。夢玄域むげんいきに神妙な顔つきのフリーダがいた。

【フリーダイップ
喪神もがみさん――
私、あなたに是非ぜひとも
お伝えしたいことがあるの――
私、この時代の人間ではないの。
つまり一九三五年ということだけど。
びっくりしたでしょ?
こんな話を切り出されて、
普通、驚くわよね――
私は二〇一五年に生きているの。
その時代の光明路コウミョウろという街よ。
そこで文鳥占いの店を開くの。
店はプリンスパークの霊雀館れいじゃくかんよ。
帝都では省線渋谷しぶや駅前に店があるの、
喪神もがみさんも知っているでしょ。
光明路コウミョウろ陰陽交合いんようこうごう事件の時、
陽界ようかいに現れなかった街なの――

97年の陰陽交合いんようこうごう事件では、九龍クーロンフロントの他、龍城路リュウジョウろ龍津路リュウシンろ西城路サイジョウろ大井路オオイろ、それに妄人路ワンニンろが出現した。
九龍クーロンフロントに繋がる街ながら、光明路コウミョウろ陰陽交合いんようこうごう事件で浮上ふじょうしなかった。その時、光明路コウミョウろは切り離されたのである。

【フリーダイップ
二〇一五年の光明路コウミョウろで暮らし、
私はゲームをするのよ。
ゲームってわかるかしら?
剣と魔法の世界に生きる人物になり、
モンスター討伐とうばつして物語を進めるの。
私がプレーするのは、
ガリギアスオンラインと言うゲーム。
ゲーム内では周瑜シュウユと名乗るわ。
三国志の武将名ね。
職業は戦士ウォーリアーよ――
ある日行商人ぎょうしょうにんからかぎを買ったの。
トスタリアの森にある図書館の鍵よ。
その図書館は持っている鍵で、
入れる閲覧室えつらんしつが違うの――
私はエリオットの書斎しょさい銘板めいばんのある
閲覧室えつらんしつに入れることになったの。
書棚しょだなかこまれたせまい部屋……
入ってきた扉から出ると、
この街、帝都の鍛冶橋かじばしだった――

ゲームを通じて時空が繋がると言う。2015年の光明路コウミョウろと1935年の帝都――
帝都側は鍛冶橋かじばしにあるビルが時空の出入口だ。

【フリーダイップ
エリオットって、光明路コウミョウろ
陰界いんかいの謎に取り組む研究者と同じ名、
エリオットラウというのよ。
エリオットには双子の娘さんがいる。
お姉さんは美鈴メイリンっていうんだけど、
満映の麻美マーメイと友達なのよ。
麻美マーメイ、知っているでしょ?
美鈴メイリンは私と一緒に帝都に来て、
来日中の麻美マーメイと会ったのよ。
美鈴メイリンのお父さん、行方不明なの。
彼女が過去に興味を持ったのも、
お父さん探しが目的よ。
また九龍クーロンフロントに怪人が――
なかなか邪気じゃきが取れないわね。
喪神もがみさん、後で麻美マーメイさんに会ってね。

《バトル》

夢玄域むげんいきに姿を見せたのは満鉄映画社の麻美マーメイだ。彼女はある使命をびていると言う。そのことで風魔ふうまに協力を求めているのだ。

【フリーダイップ
ねぇ、麻美マーメイ――
あなたは東京で生まれたのよね?
麻美マーメイ
そうです、明治四十一年、
一九〇八年、東京の本所ほんじょ生まれです。
本名は高山たかやま麻美あさみと言います。
【フリーダイップ
それで満鉄映画社には、
いつからいるの?
麻美マーメイ
十年前です、映画社ができる前、
満鉄映画協会の頃からです。
風魔ふうまさん……
お願いがあります――
満鉄映画社に、
蘭暁梅ラン・シャオメイという女優がいます。
暁梅シャオメイとは紅楼夢こうろうむで共演しました。
暁梅シャオメイ薛宝釵セツ・ホウサ役、私が林黛玉リン・タイギョク役。
でも、先日観た映画の予告編では――
薛宝釵セツ・ホウサは全く別の女優さんでした。
【フリーダイップ
それはなんだか嫌な感じね……
麻美マーメイ
おそらく過去がどこかで、
入れ替わっているのです――
暁梅シャオメイ陰陽交合いんようこうごう事件を経験し、
その後、一九二〇年の上海シャンハイ
戻っているのです――
【フリーダイップ
きっと、一九二〇年の上海シャンハイに、
戻れていないのよ。
まだ九七年の九龍クーロンにいるのよ!
麻美マーメイ
私は、一九二九年、大恐慌だいきょうこうの年に、
上海シャンハイ仏蘭西フランス租界そかい暁梅シャオメイに会い、
私が女優へと誘いました。

蘭暁梅ラン・シャオメイ――
1920年の上海シャンハイで超級風水師ふうすいしを迎えた。天童式てんどうしき神獣しんじゅう朱雀すざくの見立てを受けるも、その宿命にはなく、見立ては完遂かんすいしない。しかし蘭暁梅ラン・シャオメイの存在が朱雀すざく龍脈りゅうみゃくを、上海シャンハイに導くことになるのだ。

麻美マーメイ
今、過去がずれたようになって、
私たちは知り合えていないことに――
風魔ふうまさん、暁梅シャオメイが戻るのを、
手伝ってくれませんか?
一九二〇年、上海シャンハイです。
【フリーダイップ
九龍クーロンフロントには陰陽師おんみょうじがいるわ。
彼は時を越えて人を飛ばせる――
でも決まった人だけだけど。

時空を操る術師、陰陽師おんみょうじ
彼は渾天儀こんてんぎを使い、さだめのある時空へと、人を転送させている。

【フリーダイップ
陰陽師おんみょうじ渾天儀こんてんぎという装置を使うの。
でも邪気じゃきが強くて、うまく、
飛び先がセットできないのよ!
麻美マーメイ
風魔ふうまさん――
お願いします、九龍クーロンの怪人をしずめ、
暁梅シャオメイが戻れるようにしてください。

《バトル》

〔山王機関本部〕

喪神もがみ梨央りお
夢玄域むげんいきとは交信は出来ないけど、
記録は残っています。
事情はよくわかりました――
サイレンが鳴ったということは、
また九龍クーロンフロントにセヒラが……
邪気じゃきでしたっけ、増えています。
帆村ほむら魯公ろこう
九龍クーロン城砦じょうさいというのは清朝シンちょうの飛び地、確かそんな場所だったような――
そこがセヒラを呼び込むとはな!
人がひしめいて、店もたくさん――
ものすごい発展ぶりだな!
喪神もがみ梨央りお
ずっと未来の話です――
六十二年後のことです。
でもその未来が今に繋がっている……
そうなんですよね?
霊雀館れいじゃくかんのフリーダが未来の人だなんて
ちょっと驚きです――
二〇一五年に暮らすだなんて。
帆村ほむら魯公ろこう
それで活動キネマの方はどうなんだ?
女優の名前、調べたか?
喪神もがみ梨央りお
紅楼夢こうろうむですよね――
薛宝釵セツ・ホウサ役は蘭暁梅ラン・シャオメイでした!
ちゃんと戻れたんですね。
帆村ほむら魯公ろこう
蘭暁梅ラン・シャオメイは一九二〇年の上海シャンハイに戻り、九年後に麻美マーメイと出会う――
これで歴史が正しく繋がったな!
だが、またぞろのサイレンだ――
喪神もがみ梨央りお
兄さん、ゼットー博士の研究室へ、
急いでください。
まだ終わっていないようです。

〔山王機関魔課〕

銀河ぎんがゼットー】
どうかな、君!!
時空を超えて繋がった先は?
めくるめく未来の光景は!!
九龍クーロンフロント!
なかなか素敵な名前じゃないか!
――ボクももっと英語を使おう。
ところで向こうには、
陰陽師おんみょうじなる人物がいるんだな?
時空を操るんだとか……

陰陽師おんみょうじとやら、絶妙ゼツミョーに気になるぞ、
なるなる、大いに気になるのだっ!!
ボクも負けじといろいろあやつる!
さぁ、君はこの夢玄器むげんいきで飛ぶんだ!
準備はいいな、勿論もちろん!!

新山眞にいやままこと
飯倉いいくら技研の裏は我善坊がぜんぼうの谷……
それを降りずに宮邸みやてい沿いに行く、
ちょうどその辺りに特異点がある――
セヒラの特異点……
一度訪れたが、ただへいがあるのみ。
特異点と言うにはあまりにも小さい。
あの宮邸みやていは……確か……
東久邇宮ひがしくにのみや、それと聖宮ひじりのみやのはず。
その昔は静寛院宮邸せいかんいんのみやていだった。
皇女和宮かずのみやが暮らした屋敷だ――
宮邸みやてい脇の表通から下る御組坂おくみざか
その坂を見下ろすかぎ状の路地には、
永井ながい荷風かふう先生の偏奇館へんきかんが建つ。
麻布あざぶ市兵衛町いちべえちょう――
あそこには何かがある、
継続して観察するとしよう。

九龍クーロンフロント〕

夢玄域むげんいきに現れたのは、九龍クーロンフロントの南側、龍城飯店リュウジョウはんてんのエントランスを含む一帯だ。双子中心ふたごちゅうしんの他、剥製屋はくせいや阿片屋あへんやのきつらねる。

麻美マーメイ
風魔ふうまさん!
暁梅シャオメイですが映画の予告編に
ちゃんと登場していました。
ずれてしまった歴史が、
元通りに戻ったのです。
【フリーダイップ
よかったじゃない!
これで蘭暁梅ラン・シャオメイはあなたと一緒に、
紅楼夢こうろうむ挨拶あいさつで日本に来るのね。
麻美マーメイ
ええ、そうです――
紅楼夢こうろうむ浅草あさくさでかかります。
暁梅シャオメイも一緒に訪日ほうにちします。
【フリーダイップ
――多分、蘭暁梅ラン・シャオメイかぎになるはず。でもまだわからないわね……
ねぇ、麻美マーメイ
あなたに紹介した美鈴メイリン
彼女、風水ふうすいに関係していなかった?
エリオットの書斎しょさい
度々たびたび使ってる形跡けいせきがあるんだけど。
麻美マーメイ
ええ、美鈴メイリンは何度か来ています。
彼女のお父さんの名前も、
エリオットです――
【フリーダイップ
行方不明ゆくえふめいなのよね、彼女のお父さん、
確かエリオットラウだったわね。
風水ふうすいの研究をしていたとか聞くけど。
麻美マーメイ
ええ、そうです。
美鈴メイリンから聞く限りですが、風水ふうすい龍脈りゅうみゃくを未来へ繋ぐ研究です。
【フリーダイップ
何かの機械を作っているんでしょ。
確か老街ラオガイにあるのよ、研究室。
麻美マーメイ
気機ききという装置を作るそうです。
【フリーダイップ
その装置が風水ふうすいを正すの?
麻美マーメイ
龍脈りゅうみゃくと呼ばれる気の流れ、
それが過去から未来へ繋がることで、
風水ふうすいまもりは永遠となります。
気機きき風水ふうすい龍脈りゅうみゃくを受け止めて、
未来へと繋ぐ働きがあるそうです。
でも気機ききは開発の途中です。
まだ完成していないそうです。
美鈴メイリンのお父さんは、
さらわれたのだと思います。
【フリーダイップ
そんなことするの、
蛇老講オールドスネークくらいなものね……
手下は双子師ふたごしと呼ばれているわ。
麻美マーメイ
蛇老講オールドスネーク……
美鈴メイリンおそれていました。
風水ふうすい阻害そがいする一派だとか――
【フリーダイップ
連中、双子の響き合う力を利用する。
それは鳴力ミンリーっていうんだけど、
鳴力ミンリー風水ふうすい龍脈りゅうみゃくゆがめるのよ。
麻美マーメイ
そんなこと、できるのですね――
【フリーダイップ
そう言えば……
クーロネットで話題になっていた――
強力な鳴力ミンリーの実験計画があるって。

クーロネットとは九龍城クーロンじょう内にめぐらされた、通信ネットワークのことである。専用端末たんまつからアクセスできる。

【フリーダイップ
地下茎リゾームというネットワークで、
パピヨンという名のメンバーが、
双子中心ふたごちゅうしんでの実験情報を掴んだの。
麻美マーメイ
今、風水ふうすい途絶とだえでもしたら、
帝都は陰界いんかいへ、
飲み込まれてしまいます。
【フリーダイップ
喪神もがみさん、怪人鎮定ちんていをお願い。
双子師ふたごし邪気じゃきが少ないと、
思うようには行動できないのよ。

《バトル》

蛇老講オールドスネークの計画した強力鳴力ミンリーの発生は、双子師ふたごしの活動をふうじることで阻止そしできた。しかし風水ふうすいの危機が去ったわけではない。

【フリーダイップ
双子師ふたごしは、邪気じゃきが少なくて、
思うように動けなかったみたいね。
強力な鳴力ミンリーは起きなかった――
【えびき屋の子供】
ねぇ、おばさん!
今、双子師ふたごしがどうしたとか言った?

【フリーダイップ
……
【えびき屋の子供】
双子師ふたごしの奴らって、人間じゃないよ。
俺、見たんだ――
奴ら、仮面着けてるんだよ。
仮面はずすと、その下は真っ黒……
真っ黒のうずが巻いているだけだった!
【フリーダイップ
邪気じゃきに乗っ取られた人間もどきね。
人籟魔じんらいまの材料になる怪人も、
たしかそんな感じよね――
でもエリオットは行方ゆくえ知れずで、
気機ききという装置も完成しない……
未来のことが心配ね。
【えびき屋の子供】
未来って……
おばさんは確か……
【フリーダイップ
二〇一五年の光明路コウミョウろよ。
【えびき屋の子供】
随分ずいぶん先だね……
俺、いくつになってるんだ?
――えーっと……
【フリーダイップ
今の歳に十八年せばいいのよ。
【えびき屋の子供】
うん、そうだね!
もうすっかり大人だよ!
でも……
その頃には九龍クーロンフロントと光明路コウミョウろ
遠く離れてしまうんだろ?
どっちも陰界いんかいただようのは同じだけど。
【フリーダイップ
そうね、私の時代で、
あなたと会うことはないわね。
【えびき屋の子供】
それで、おばさんの時代で、
また龍脈りゅうみゃくが消えちゃうのか?
【フリーダイップ
せっかく過去から繋いだ龍脈りゅうみゃくを、
未来へ届けられないかも知れないの。
そのための装置が未完成なのよ。
老童ロウトンがあればいいとか、
そんな話だった――
又聞またぎきの又聞またぎきだけどね。
【えびき屋の子供】
ええ?
今、なんて言った?
ねぇ、おばさん!
【フリーダイップ
老童ロウトンのこと?
【えびき屋の子供】
おばさん、それだよ!
老童ロウトン、レナードが持ってるんだ!
またの名はサイラスだよ。

硝子ガラスうつわの中に謎の小動物の頭骨ずこつを収め、いくつもの電極を繋いだ霊的装置、老童ロウトン。気の流れを加速する作用があるようだった。

【フリーダイップ
またの名って……
サイラス・チャンは光明聯社コウミョウグループ親分ボス、そうでしょ?
【えびき屋の子供】
おばさんの時代でもボスなんだ!
そのサイラスだよ、まさに親分ボス
サイラス・チャンなんだよ。
【フリーダイップ
同じ人なの?
私の店に来るときは、
いつもレナードよ――
繊細せんさいでナイーブなレナード――
びんの中に黄金虫を飼っているのよ。
うちの文鳥ともお話するわ。
【えびき屋の子供】
レナードはサイラスの別人格なんだ、
毎日、午後二時にレナードになる。
【フリーダイップ
そうなのね。それじゃ……
レナードに頼むといいのね、
サイラスは老童ロウトンを知らないでしょう。
【えびき屋の子供】
サイラスなんておっかないよ、
あの人に会いたくなんてないね。
おばさんの時代もそうでしょ?

【フリーダイップ
そうね……
今じゃ滅多めったに姿を見せないけれど。
喪神もがみさん、私、光明路コウミョウろに戻るわ。
そしてレナードとお話してみる。
――老童ロウトンのこと、頼んでみる。
【えびき屋の子供】
その間、邪気じゃきが増えないように、
あんたは九龍クーロンフロントの怪人路人ろじんを、
やっつけるんだよ!
じゃないと、おばさん、
戻ってこれなくなるよ!

《バトル》

フリーダは2015年の光明路コウミョウろから戻った。レナードに老童ロウトンの相談をしたのだ。その光明路コウミョウろでは邪気じゃきが強まっているという。

【フリーダイップ
なんとか無事に戻れたわ。
レナードはこころよく了解してくれた。
――老童ロウトン、貸してもいいって。
でも不思議なの……
ねぎき屋の子供がいてね、
レナードの老童ロウトンのこと、知ってたの。
それを必要とする人に、
教えるんだとか……
いつ、知ったんでしょうね?
麻美マーメイ
老童ロウトンが見つかったってこと、
美鈴メイリンに伝えないと――
【フリーダイップ
今は無理よ。
麻美マーメイ
どうかしたんですか?
無理って――
【フリーダイップ
光明路コウミョウろ物凄ものすご邪気じゃきが強くなって、
とてもいられる状況じゃないの。
だから急いで戻ったのよ。
レナードは、私の店を出てすぐ、
サイラスに戻ったの。
危なかったわ――
また龍脈りゅうみゃくが弱くなった、
そういうことなんじゃない?
麻美マーメイ
暁梅シャオメイから聞いたのですが、
一九二〇年の上海シャンハイで、小黒シャオヘイという女性が朱雀すざくになります――

九龍クーロンフロントに暮らしていた小黒シャオヘイは、1920年の上海シャンハイにおいて、朱雀すざくの見立てを受ける宿命をびていた。

麻美マーメイ
それで未来へ龍脈りゅうみゃくが繋がるのですが、どこかで途絶とだえそうになっている、そうなのかも知れません――
今度こそ、暁梅シャオメイなのではと――
彼女が神獣しんじゅうになる宿命、そうじゃないかしら。上海シャンハイ朱雀すざくの見立ての場にいた――
それで彼女も宿命をびるように……
――そう思えてならないのです。
【フリーダイップ
あなたたちは映画の挨拶あいさつで、
帝都に行くんでしょ?
麻美マーメイ
そうです――
暁梅シャオメイ麻布あざぶにあるチョウホテルに泊まる、その予定だと聞いています。
近くに作家の永井ながい荷風かふう先生の家、
偏奇館へんきかんがあって、そこも訪れると。
【フリーダイップ
偏奇館へんきかん……ペンキりなのでその名前。麻布あざぶ市兵衛町いちべえちょうの高台に建つのよ。東久邇宮邸ひがしくにのみやてい聖宮邸ひじりのみやていのある町ね。

新山眞にいやままことがセヒラの特異点を見つけたのも、麻布あざぶ市兵衛町いちべえちょう宮邸脇みやていわきであった。遠くに見えるのが飯倉いいくら技研である。

【フリーダイップ
蘭暁梅ラン・シャオメイ麻布あざぶ市兵衛町いちべえちょうで、
神獣しんじゅうの見立てを受ける――
そういうことかしら?
麻美マーメイ
そうかも知れません――
神獣しんじゅう朱雀すざくの見立てですね。
今のところ、私たちは上海シャンハイで出会い、暁梅シャオメイは女優になり、帝都に行く――
正しい歴史の流れです。
【えびき屋の子供】
大変だよ、早く止めなきゃ!
【フリーダイップ
どうしたの、血相けっそう変えて?
【えびき屋の子供】
双子師ふたごし大挙たいきょして押しかける!
【フリーダイップ
どこに?
まさか……帝都に?
【えびき屋の子供】
たぶんそこだよ!
奴ら、風水ふうすい龍脈りゅうみゃくを邪魔しに行く、そのつもりなんだよ!
【フリーダイップ
帝都にはセヒラがあふれている――
双子師ふたごしが帝都に入ると、
見つけるのはとても困難よ。
【えびき屋の子供】
九龍クーロンフロントの怪人路人ろじんを倒して、
邪気じゃきを抑えるしかないよ。
今のうちだよ、あんた!

《バトル》

蘭暁梅ラン・シャオメイは帝都の麻布あざぶ市兵衛町いちべえちょうで、神獣しんじゅう朱雀すざくの見立てを受けた。
それを行ったのは1人の旅行者である。商用で香港ホンコンを訪れ、陰界いんかいちたのだ。その人物は光明路コウミョウろ美鈴メイリンと出会い、「生体通信」によって帝都へ飛んだ――
しかるべき時、しかるべき場所にいる、それで見立てがされたのである。

麻美マーメイ
光明路コウミョウろから邪気じゃきが消えたそうです。
――綺麗きれいさっぱりと。
【フリーダイップ
美鈴メイリンはレナードから老童ロウトンを借り、
気機ききを動かすことに成功したのよ。
大成功よ!
気機ききによって力強い龍脈りゅうみゃくが、
未来へと繋がったそうよ。
過去から来て未来へ繋がったって。
麻美マーメイ
おそらく――
暁梅シャオメイ神獣しんじゅう朱雀すざくに見立てられた――
そうに違いありません。
一九三五年、帝都で。
紅楼夢こうろうむの上映に先立ち、
私たち二人は、浅草あさくさの映画館で、
舞台挨拶あいさつをしました。
舞台挨拶あいさつの後、暁梅シャオメイ麻布あざぶに――
永井ながい荷風かふう先生の偏奇館へんきかんへ寄るのです。
私たちは日本橋でお別れしました。
紅楼夢こうろうむ大連ダイレンでも上映されるので、
明日、日本をちます。
横浜からえにせい丸に乗ります。
暁梅シャオメイも同じ船に乗るので、
今日、麻布あざぶのホテルに迎えに――
でも、彼女、
ホテルには泊まっていなかった――
投宿とうしゅくしていないのです。
【フリーダイップ
蘭暁梅ラン・シャオメイを見立てた人、
私の店に来たわ。まさにその人よ。
かりにAさんとしておく。
Aさんが美鈴メイリンを助ける感じで、
蘭暁梅ラン・シャオメイの見立てに行き着いたのよ。
ねぎき屋の子供が、
Aさんに老童ロウトンのこと教えたの。
麻美マーメイ
それで、美鈴メイリンはどうしていますか?
気機ききが無事に動いて……
【フリーダイップ
Aさんが手に入れた風水鏡ふうすいきょうに、
エリオットの思念が浮かんだそうよ。
美鈴メイリンのお父さんの思念が……
エリオットはね、
蛇老講オールドスネークさらわれたんじゃなく、
自分から深いところに入ったのよ。
【えびき屋の子供】
おばさん!
ぼやぼやしていると、
元の場所に戻れなくなるよ!
だんだん、離れていってるんだ――
【フリーダイップ
繋がりがはずれるのね!
【えびき屋の子供】
そうだよ!
ちょっとだけ見た帝都って、
なかなかいい感じだけど――
でも俺は九龍クーロンが好き!
海鮮中心かいせんちゅうしんでえびくんだ!
【フリーダイップ
心配しないで、私なら大丈夫よ。
どちらの時代にも行けるから。
【えびき屋の子供】
でも一九九七年には来ないよね!
【フリーダイップ
そうね、行かないわ。
【えびき屋の子供】
じゃ、これでお別れだね――
それから――
あんたも、気を付けなよ、
いつ邪気じゃきに襲われるやも知れない!
【フリーダイップ
さぁ、もう行って!
あなたの時代に戻るのよ!
【えびき屋の子供】
わかった――
最後だから……言ってみたかったことがあったんだ――
【フリーダイップ
どんなことなの?
【えびき屋の子供】
アディオス、あばよ!
麻美マーメイ
風魔ふうまさん、
また帝都でお会いすると思います。
そのとき、どこまで話せるか……
いや、このことを覚えているか、
それさえわかりませんが――
【フリーダイップ
私は霊雀館れいじゃくかんに戻るわ。
渋谷しぶやのお店よ、また寄ってね。
いろいろ仕入れておくから。

1997年陰陽交合いんようこうごう事件を経験した蘭暁梅ラン・シャオメイ。彼女も、小黒シャオヘイ同様、朱雀すざくとなる存在だった。1935年帝都、1997年九龍クーロンフロント、そして2015年の光明路コウミョウろ――
3つの時空が蘭暁梅ラン・シャオメイの宿命をつむいだのだ。

〔山王機関本部〕

喪神もがみ梨央りお
兄さん、お帰りなさい。
まさか、満映の女優さんが、
神獣しんじゅうの見立てを受けるなんて――
そんなこともあるんですね!
帆村ほむら魯公ろこう
しかし未来では、
風水ふうすいを機械で繋ぐのか……
まるで電波の中継ちゅうけいみたいだな!
喪神もがみ梨央りお
その装置を作った研究者の人、
エリオットって、エリオット手稿しゅこう
残した人ですよね?
今に伝わっているということは、
もっと昔に行ったんですか?
帆村ほむら魯公ろこう
おそらくエリオットなにがしは、
アラヤ界を彷徨さまよう思念なのだろう。
自らを思念に変えたのだ――
研究のためにな!
喪神もがみ梨央りお
双子の娘さんがいるんですよね?
お姉さんが美鈴メイリンさん、
それじゃ妹さんは……
帆村ほむら魯公ろこう
その姉妹についても、
少し調べる必要がある。
何より、フリーダの遊ぶやつ、
何だ、ゲームとか……
――そいつも気になる。
喪神もがみ梨央りお
ガリギアスオンライン――
フリーダさんは武将の名前なんですよ。
帆村ほむら魯公ろこう
鍛冶橋かじばしのビルとか言っておった。
時間のある時、巡視パトロールに出てくれ。
今日はもうよい、休むんだ。
喪神もがみ梨央りお
兄さん、お疲れ様でした!
紅楼夢こうろうむ、観に行かなきゃです!

とある工廠の噂

〔思念空間〕

【九頭幸則】
ゼットー博士の話によると、
風魔ふうまたちが降ろすは、
兵器をそなえている――
は兵器と融合ゆうごうしていて、
への攻撃は兵器にて行うのだ。
決して自然のものではないな。

は人の手で作られている――
俺はそう確信しているんだ。

だがその裏付けは何もない。
小石川こいしかわの東京工廠こうしょうや、王子おうじ火工廠かこうしょうにそれとなく訪問したが
何も怪しいところはなかった。

もしや、
大國屋おおくにやからんでいるのだろうか――
大國屋おおくにやのナナオセンジロウは、
まるで金属と会話するみたいに、
自由自在に切削せっさくできるんだ――
独逸ドイツのルガー銃を全自動に改造し、
周囲を驚かせたこともあったな……
しかも設計図もなしにだ!
でも……が扱えるかというと、
それは違う気がする。

帝都の何処どこかにあるはずだ、
隠された工廠こうしょうが。

豊原とよはら市街〕

麻美マーメイ
豊原とよはらで私が最も好きな場所、
それは樺太からふと神社です。
正しくは、官弊大社樺太神社かんぺいたいしゃからふとじんじゃ
出雲大社いずもたいしゃなどと並んで、
最も格式かくしきの高いおやしろなのです。

樺太からふと神社は豊原とよはらの東、
旭ヶ丘あさひがおか山麓さんろくに建ちます。
大きな鳥居とりいからは、
豊原とよはらの町を一望いちぼうできます。

私は秋の深まる頃、
朝早くに町をながめるのが好きです。
市中に立ち込める紫色のもや
家々の煙突えんとつからまっすぐにのぼる、
ルンペンストーブの煙――
遠く、豊原とよはら駅から、汽笛きてきが聞こえ、
りんと冷えた朝の大気をふるわせます。
愈々いよいよ、新しい一日が始まるのです。

【着信 喪神梨央】
豊原とよはらには赤軍せきぐん兵士が潜入しています。
連中は、樺太からふと奪還を企てています。
特別赤旗あかはた極東きょくとう軍と呼ぶそうです。
間宮まみや海峡を挟んだ樺太からふとの対岸、
ソヴィエツカヤ・ガヴァニに、
本拠ほんきょを置く、第四十八軍です。
皆、怪人化している様子です。
注意してください!

《バトル》

〔思念空間〕

【九頭幸則】
歩一の部隊に向島むこうじま出身の……
そう、山本だ、山本少尉がいた。

山本は荒川あらかわ蛇行だこうでできた、
出島でじまみたいな場所に、
妙な工場のあるのを見たという。
それは帝国モスリンの工場で、
三年前に竣工しゅんこうなったそうだ。
窓の一つもない巨大工場は、
煙突えんとつからせっせと煙を出すのに、
出入りする職工を見かけないのだ。
帝国モスリンは興亜こうあ毛織を買収ばいしゅうして、大きくなったんだ――

興亜こうあ毛織……興亜こうあ毛織……
そうだ、興亜こうあ毛織で思い出したぞ!

御用ごよう外国人が踏切ふみきり事故にった――
新聞の早版では波斯ペルシャ人技師だったが、
遅版では露西亜ロシア人通訳になっていた。

なぜ変わったんだ?
あの日、大雪で新聞の配達が遅れ、
早版はほとんど配達されなかったな。
波斯ペルシャ人だと何か都合つごうが悪いのか――
そういうことなのか?

鎌倉で起きたその事故のことは、
唯一ゆいいつ帝都日日ていとにちにちだけが報じたが、
その帝都日日は去年倒産した――

過去の帥士

〔思念空間〕

【帆村虹人】
山王さんのう機関では、
機関員の符号ふごう納音なっちんで求める。
僕は一九〇九年十一月六日生まれ、
納音なっちん路傍土ろぼうど、土の属性だ。
土属性の色は金だ。
だから僕の符号は、金ノ七号帥士きんのしちごうすいしだ。

同じ理屈りくつで、風魔ふうま納音なっちん泉中水せんちゅうすい
水属性の色は黒だから、
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいしとしている。
風魔ふうま納音なっちん泉中水せんちゅうすい陰徳いんとくの性格だ。
人知れず徳を積み、世の役に立つ――
温厚篤実おんこうとくじつで直感力が抜群ばつぐん
言い得てみょうだな――

僕の場合、責任感が強く真面目まじめ
だが融通ゆうずうかず頑固一徹がんこいってつとある。
泉中水せんちゅうすい風魔ふうまとの相性は、
価値観が違うため、たがいを尊重する、
それが発展の秘訣ひけつとある――

確かにそうだな――
あいつと僕とはおおいに違う。

それにしても――
帆村ほむら流をひらいた兄上が白ノ六号帥士しろのろくごうすいし
それ以前にもいたのか、帥士すいしが……
この話、兄上にしても、
よくわからないらしい――
数からすると五人いたことになるが。
過去の機関帥士すいしはどうなったんだ?

豊原とよはら市街〕

麻美マーメイ
明治四十一年、樺太からふと庁が
大泊おおとまりから豊原とよはら町に移転いてんしました。
豊原とよはら名実めいじつともに、
樺太からふとの中心地として、
さかえる基盤きばんができたのです。
以来、市街しがいの整備が進んで、
現在のような整然せいぜんとした街並みが、
誕生したのです。

札幌さっぽろをお手本として、
南北に走る通りには、
東一条ひがしいちじょう西一条にしいちじょうと名付けて、
東西の通りは北一丁目のようになり、
樺太旅荘からふとりょそうなら東三条南ひがしさんじょうみなみ四丁目という、住所表記になります。

豊原とよはら駅から東へ、旭ヶ丘あさひがおかつ、
樺太からふと神社までびる通りは、
神社通りとしょうされています。
洋風建築の商店がのきつらね、
電気ランプの街灯がいとうが並び、
七竈ななかまど並木なみきが秋に色をえます。

北の町外れには旧市街きゅうしがいが残ります。
その大字追分おおあざおいわけの周辺は、
露西亜ロシア流刑人るけいにん開墾かいこんした地域です。

【着信 喪神梨央】
豊原とよはらには赤軍せきぐん兵士が潜入しています。
連中は、樺太からふと奪還を企てています。
特別赤旗あかはた極東きょくとう軍と呼ぶそうです。
間宮まみや海峡を挟んだ樺太からふとの対岸、
ソヴィエツカヤ・ガヴァニに、
本拠ほんきょを置く、第四十八軍です。
皆、怪人化している様子です。
注意してください!

《バトル》

〔思念空間〕

【帆村虹人】
山王さんのう機関の設立は一昨々年さきおととしだ。
兄上と僕はその時から加わる――
それ以前に帥士すいしがいたとなると……
山王さんのう機関じゃない所で活動していた、
そういうことになるな――

独逸ドイツのユンカー博士が、
帝都のセヒラを同定したのが、
その同じ年の一月――
博士の発見から山王さんのう機関設立まで、
二ヶ月少々か……
いくらなんでも早すぎるな。

兄上はこの話をあまりしたがらない。
今度、参謀さんぼう本部に出向いたら、
記録を当たってみるとするか。

僕は時々不安になる――
自分たちは予定されていた存在、
計画されていた存在なのではと――
今、こうして考えていることも、
すべて計画の中にふくまれている、
そんな気がしてくるんだ――

ゴエティア偽典の謎

〔思念空間〕

式部丞しきべじょう
陰陽五行いんようごぎょうを表す五芒星ごぼうせいに対し、
正三角を逆にかさねた星が六芒星ろくぼうせいです。
いわゆるダビデの星です。
そのダビデの息子がソロモン、
稀代きたい猶太ユダヤ王として知られています。
ソロモンは約束の地とされる、
カナンの地で信仰されていた神々を、
皆、悪魔として追放しました。
それがソロモン七十二柱ですね――
その七十二柱のうち、
最高神とされたのがバール神です。
バール神は朝鮮半島の牛頭山ごずさんで、
牛頭天王ごずてんのうと同体となり日本へ――
今、京都祇園ぎおん社にまつられています。
ソロモン七十二柱について、
その召喚呪文や印章いんしょうしるしたのが、
ゴエティアの書とされているのです。

しかし――
帝都にもたらされるのは偽典ぎてんです。
何者かが書き改めたものなのです。

一体、誰が?
如何様いかような意志をもって――
とある写本に謎がありそうです。

豊原とよはら市街〕

麻美マーメイ
樺太からふとへは船で渡ります。
代表的なのが稚泊ちはく航路です。
稚内わっかない樺太からふと大泊おおとまりを結びます。
稚泊ちはく航路が開かれたのは大正十二年。
関釜かんぷ航路と同じ鉄道連絡航路です。
約九十海里かいり、八時間の船旅です。

別に樺太からふと庁命令航路というのもあり、
大阪から横浜、東京、小樽おたる経由で、
大泊おおとまりに向かう貨客かきゃく航路です。
小樽おたるからは二十時間かかり、
主に物資の輸送に使われています。

大泊おおとまりからは樺太からふと庁鉄道樺太東からふととう線で、およそ一時間の行程となります。
樺太東からふととう線の前身ぜんしんは軍用軽便けいべん鉄道です。この辺りは梨央りおちゃんがくわしそう――
コルサコフ、ウラジミロフスカ間に、
軍需ぐんじゅ輸送目的で敷設ふせつされたのです。
明治三十九年のことです。

そうそう、コルサコフ、
ウラジミロフスカというのは、今の大泊おおとまり豊原とよはらの旧露西亜ロシア名ですね。

【着信 喪神梨央】
豊原とよはらには赤軍せきぐん兵士が潜入しています。
連中は、樺太からふと奪還を企てています。
特別赤旗あかはた極東きょくとう軍と呼ぶそうです。
間宮まみや海峡を挟んだ樺太からふとの対岸、
ソヴィエツカヤ・ガヴァニに、
本拠ほんきょを置く、第四十八軍です。
皆、怪人化している様子です。
注意してください!

《バトル》

〔思念空間〕

【式部丞】
今年三月、波斯ペルシア伊蘭イランへと国名を変え、新聞でも大きくほうじられました。
波斯ペルシアのほうが馴染なじみがありますが。

その波斯ペルシアのダレイオス大王が残した、
ベヒストゥン碑文ひぶんという遺物があり、
そこに大王の半生がしるされています。
アケメネス朝波斯ペルシア時代ですから、
紀元前五百年くらいのものですが、
十世紀、第二の碑文ひぶんが発見されます。
それを書き写したのが、
ベヒストゥン写本なのです。

第一の碑文ひぶんとは違い、
悪魔召喚しょうかんに関する記述で、
くされているのです。

写本にはゴエティアに関する
記述もあります――
ゴエティアを書き改める者こそ、
真の王なり、混沌こんとんの王なり――
そうしるされているのです。

写本自体、碑文ひぶんと同じ
古代波斯ペルシア語で書かれていますが、
そのほとんどが血でしたためられているのです。

古式東雲流

山王機関スタッフ以外で夢玄器を使ったのは麻美さんだけです。そして麻美さんはとある特務機関員ということまではわかっています。そこでどんな役割だったのか、まだ調査中です。
この空間には風魔さんに近しい人たちの思念が現れています。そして麻美さんがかつて赴任していた樺太の地が作戦地図に。そこは樺太の庁都豊原、現在のユジノサハリンスクですね。
〔思念空間〕

【如月鈴代】
如月きさらぎ家では霊異りょういは女性にあらわる、
そう伝えられています。
女系にょけいに継承されるものなのです。
祖母には男子しか生まれなかった――
それが私の父、宗達そうたつです。
本来なら父の代で流派の継承はえ、
東雲しののめ流は閉じられいるはずでした。
けれど、父は父なりに努力し、
霊異りょういを現すことができたのです。
ただ力のおよばないことも多く、神経にさわるようなこともあったと――

東雲しののめ流そのものは、
平安時代からあったと聞きます。
それが古式こしき東雲しののめ流――

長い間、閉ざされていた古い流派を、
曾祖母そうそぼが受け継いだのです。
古式こしき東雲しののめ流での神降ろしは、
今とは随分ずいぶんと様子の違うものだった、
そんな話が伝わります。

豊原とよはら市街〕

麻美マーメイ
ここは樺太からふと庁都ちょうと豊原とよはらです。
明治三十八年、日露にちろ戦争に勝利して、
日本は樺太からふとの地を回復しました。
同じ年、北樺太からふと露西亜ロシアに譲渡し、
以来、北樺太からふと薩哈嗹サガレンと呼ばれます。
この薩哈嗹サガレンの譲渡は、
平和外交による相互発展を、
目的としたものでした。

明治四十年、北海道樺太からふと庁が発足。
日本人の入植にゅうしょくが進み、町も整備され、樺太開拓からふとかいたくは本格化しました――

樺太からふとでは林業、製紙業が盛んです。
石炭、石灰の産出量も豊富で、
水揚みずあげ世界有数を誇る漁場も近くに。
風光明媚めいび樺太からふとは旅人にも人気で、
宮沢みやざわ賢治けんじ北原白秋きたはらはくしゅう斎藤さいとう茂吉もきちなど、
著名人も多く訪問しています。
帝政露西亜ロシア時代、
樺太からふと流刑地るけいちでした。

【着信 喪神梨央】
豊原とよはらには赤軍せきぐん兵士が潜入しています。
連中は、樺太からふと奪還を企てています。
特別赤旗あかはた極東きょくとう軍と呼ぶそうです。
間宮まみや海峡を挟んだ樺太からふとの対岸、
ソヴィエツカヤ・ガヴァニに、
本拠ほんきょを置く、第四十八軍です。
皆、怪人化している様子です。
注意してください!

《バトル》

〔思念空間〕

【如月鈴代】
本来、審神者さにわ神憑かみがかりがあったとき、
その神を見定めて、託宣たくせんを得る、
そういう霊能力者のことです。
やがて神を降ろす者、見定める者、
邪神をはらう者に役目が分かれます。
古式こしき東雲しののめ流は、神を降ろす術をみがき、
多くの神降ろしを可能としました。
降ろした神々はとは違い、
八百万やおよろずの神であったと考えられます。
その神々ですが、
ときに顕現けんげんしたと言われています。
つまり目前に現れたのです――

今、古式こしき東雲しののめ流がよみがえると、
人にをけしかけるようなことも、
できてしまうかもしれません。

第六章 第七話 時の砂

〔山王機関本部〕

その夜、機関本部にはア―ネンエルベに出向しゅっこう中の虹人こうじんの姿があった。

【帆村虹人】
風魔ふうま、久しぶりだな!
防疫研ぼうえきけんで一騒動だって?
一個小隊がまるまる消えたとか……
これもセヒラ異常なのか?
【喪神梨央】
麗華れいかさんが飛ばされたときと同じ、
少なくとも波形は同じでした――
【帆村虹人】
梨央りお、今日、おかしな波形は、
観察しなかったか?
【喪神梨央】
今日は何も観測していません。
まだ通報もありません。
【帆村虹人】
そうか……
【喪神梨央】
どうかしたんですか?
【帆村虹人】
いや、何でもない――
銀座あたりに兆候ちょうこうがないかと……
ふとそう思った次第しだいさ!
アーネンエルベには探信たんしん技術がない、
そのあたりはこっちが進んでるな!

風魔ふうま、ちょっとロビ―で話そうか。

〔山王ホテルロビ―〕

【帆村虹人】
風魔ふうま……
実は今夜、君影会きみかげかいという、
寄り合いがあるんだ。
鈴蘭女学園すずらんじょがくえんの有志による読書会だ。
招待を受ければ、
学外の人間も参加できる。
会は銀座で開かれる――
僕が参加するのは今夜で二回目だ。
今夜は作家として呼ばれている。
会の最後に顔を出す程度だけど――
【鈴蘭女学生久子】
虹人こうじん先生、お待ちになりましたか?
【帆村虹人】
いや、今来たばかりだ。
紹介するよ、こちら喪神もがみ中尉、
こちら、鈴蘭女学園のにしき久子ひさこさん。
【鈴蘭女学生久子】
初めまして、鈴蘭すずらんにしきです。
作家の白金しろかねこう先生は、
私たちの間では虹人こうじん先生ですの。
【帆村虹人】
久子ひさこさん、君影会きみかげかいは、もう始まった?
【鈴蘭女学生久子】
ええ、予定より二十分も早く!
それで私、円タク使って、
急いでこちらに参りましたの!
【帆村虹人】
それは散財したね!
――だとすると、君影会きみかげかい
そろそろ第一部が終わる頃だな……
【鈴蘭女学生久子】
虹人こうじん先生、やはり咲世子さよこさんは、
今夜は欠席されているようです。
――八重子やえこさんはいらっしゃいます。
【帆村虹人】
聞いてくれ。会の参加者に、
挙動きょどうのおかしなのがいると、
そんな話が伝わっている――
その参加者、下鴨しもがも八重子やえこさんだが、
是枝これえだ咲世子さよこさんにご執心なんだよ。
二人とも鈴蘭の同窓生だ。
咲世子さよこさんは、五反田ごたんだ大崎おおさきの、
是枝これえだ大佐の娘さんだよ。
風魔ふうまも会ったことあるだろ?
咲世子さよこさんとは雑誌オフィリアの
投書欄とうしょらんで知り合ったんだ。
互いに文通相手を求めていたから――
ねぇ、久子ひさこさん、
八重子やえこさんがおかしくなったのは、
前回の君影会きみかげかいの後なんだって?
前回、どんなお題だったんだい?
【鈴蘭女学生久子】
はい、小川おがわ未明みめい先生の、
人魚と蝋燭ろうそく、眠い町の二つです。
【帆村虹人】
読書会の最中は、
何も問題なかったんだろ?
【鈴蘭女学生久子】
ええ、いつも通りでした。
ただ――
八重子やえこさんは……
八重子やえこさん、はかま姿で来られたんです。
卒業されて、確か五年……
もう在校生ではないのです!
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、どちらですか?
銀座方面、セヒラ確認です。
本日、二度目となりますが、
巡視パトロ―ルお願いします。
【帆村虹人】
銀座にセヒラ!
もしや君影会きみかげかいの会場か!
僕たちは君影会に行く。
風魔ふうま、お前は銀座に向かってくれ。
――今は同行はできないんだ。

〔銀座四丁目〕

【京橋署の巡査】
過日、銀座幻燈会げんとうえの客が、
大勢、繰り出しましてね――
何でも有楽町ゆうらくちょう荘月会館しょうげつかいかんで、
開かれたと言うじゃないですか!
あそこ、千人は入りますよ!
連中が騒ぎを起こすのは、
過去の事例からもう少し先でしょうが
人手不足で頭が痛いんです。
【鈴蘭女学生美代子】
八重子やえこおねえさま、やぶからぼう
どうされたんでしょうか?
かずさん、お心当たりあって?
【鈴蘭女学生和子】
前の君影会きみかげかいの帰りに、
有楽町ゆうらくちょうの待合室で、小説の眠い町に
そっくりな体験をしたんですって!
【鈴蘭女学生美代子】
皆が眠りこける古い町の話でした――
町を訪れた主人公の少年は、
その町で一人の老人に会う。
【鈴蘭女学生和子】
老人はなげくのですわ――
新しい人間がやって来て、
私の領土をみんな奪ってしまった。
【鈴蘭女学生美代子】
いまの人間はすこしの休息やすみもなく、
疲れということも感じなかったら、
【鈴蘭女学生和子】
またたくまにこの地球の上は
砂漠となってしまうのだ。
【鈴蘭女学生美代子】
――老人は疲労の砂を取り出すの。
それは人を疲れさせる砂。
少年は砂をくよう頼まれます。
【鈴蘭女学生和子】
疲労の砂で人間を疲れさせれば、
町はこれ以上、開発されない――
そんなお話ですわ。
【鈴蘭女学生美代子】
――それで八重子やえこおねえさまったら、
どんな体験をなさったの?
小説に似た体験って。
【鈴蘭女学生和子】
待合室で居眠りして目が覚めると、
時間が戻っていたというの。
三度も繰り返したんですって!
【鈴蘭女学生美代子】
それでなの……
時よ戻れぇ~時の砂だぁ~って、
頓狂とんきょうな声を上げるのね!
八重子やえこさんが巾着きんちゃくに持つ砂、
あれはどういうのかしら?
【鈴蘭女学生和子】
三度目の居眠りから覚めたとき、
一人の紳士しんしが時の砂をくれたって、
砂で時が戻るとか言うのよ。

【日台製糖の課長】
おい!
さっきのはかま、あんたらの仲間か!
【鈴蘭女学生美代子】
何ですの、急に!
かずさん、お気を付けて!
【鈴蘭女学生和子】
美代みよさんもよ!
【日台製糖の課長】
私は聞いているんだ!
――私に何かを振り掛けた……
ああ、あの日がやってくる!
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ、急上昇です。
注意してください!

【日台製糖の課長】
ああ、来る来る! あの日だ!
また繰り返すのか、あの屈辱を――
――あんな奴に……くそっ!!

《バトル》

【日台製糖の課長】
お早うございます、部長。
今日は三月十八日、月曜です。
私はこれより本社の運輸係長の元へ。
――戻りは……
遅くなるかも知れません……
謝罪報告、今夜中に上げておきます!
【着信 喪神梨央】
今の人、謝りに行くんですね。
しかも本社にいる目下めしたの係長に――
それを繰り返しているようです。
八重子やえこという同窓生がいている、
時の砂、何だか怪しいです。
付近を調べてください。

〔銀座四丁目〕

【鈴蘭女学生久子】
喪神もがみさん!
大変です、虹人こうじん先生が――
虹人こうじん先生が時の砂を掛けられ、
妙なことになりました!
虹人こうじんさんが君影会きみかげかいの会場に入るや、
八重子やえこさん、一目散いちもくさんに走り来て、
先生に砂を掛けたのです!
時よ戻れ、時よ戻れって叫び、
手にした巾着きんちゃくから砂を先生に……
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ確認!
先ほどと同じ波形です。

【帆村虹人】
風魔ふうま
ここで、何してる?
僕は……
だめだ!
――ああ、またあの朝が来るのか!
風魔ふうま、今日は何日だ……
いや、今は、何月……違う!!
何年なんだ、何年何月なんだ?

冬の朝、僕は道場の風呂場にいた。
更衣室こういしつに小さな鏡があった――
鏡の前で僕は左胸に小刀を――
切り落とすなんて考えはないさ、
しるしを刻みたかっただけさ、いましめのね!
僕のあずかり知らぬところで、成長を続ける体にいましめのしるしきざむ――
そうでもしないと自分を保てない、
刀に力を込めたその時、
不意ふいに物陰から梨央りおが現れた――
彼女が更衣室にいたなんて!
彼女は全てを一瞬で理解したよ。
――そして梨央りおは僕に触れた……
僕たちはしばらく向き合っていた。
そして互いの体を抱きすくめた。
一糸いっしまとわぬ姿で――

決して忘れたい過去じゃない。
むしろ僕の原点だ――
けれど……
今夜、同じ朝を二度も体験した。
そして……
――また体験しようとしている!
何度もるものじゃない、
そうだろ! これは原点だ!
――そういうのは、一度きりで……

《バトル》

【帆村虹人】
風魔ふうま……済まない……
――僕は……
自分の原点さえ疑っていたのか?
僕は今、混迷の中にいる!
――自分がわからなくなっている!
風魔ふうま
あとは頼んだぞ!

【着信 喪神梨央】
虹人こうじんさん……
兄さん――
兄さんに話していないことが、
あるんです……
だけど、今は、八重子やえこさんです、
彼女を追ってください!
下大崎しもおおさき是枝邸これえだていに向かいました!

是枝宅前これえだたくまえ

【鈴蘭女学生八重子】
どうしてですの、
咲世子さよこおねえさま!
【是枝咲世子】
八重やえちゃん、
私たち、卒業したのよ。
いつまでも女学生じゃないのよ。
【鈴蘭女学生八重子】
私のおねえさまが、
あの新進作家の虹人こうじん先生に――
それを見るのが辛いのです!
【是枝咲世子】
あら、八重やえちゃん、
それは思い過ごしというものよ。
【鈴蘭女学生八重子】
違います!
おねえさまは好きな人の前で、
またたきが増えるのです。
私はそれを見逃しませんでした!
小川おがわ未明みめいの読書会の夜です!
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
高いセヒラの値です!
【是枝咲世子】
喪神もがみ……中尉……
――どうしてここへ?
【鈴蘭女学生八重子】
お前!
私の後をつけて来たな!
時よ戻れ、時よ戻れぇ~
【是枝咲世子】
八重やえちゃん、すのよ!
この方は虹人こうじんさんの――

麻美マ―メイ
喪神もがみさん……
なんとか食い止められました。
あなたがあの日に戻るのを――
戻っていけないのではありません、
せっかく修練しゅうれんを積んだのに、
それが駄目になるおそれもあって――
八重子やえこさんは、おねえさまとしたった
咲世子さよこさんが、新参の虹人こうじんさんに
好意を寄せるのが辛いみたいです。
咲世子さよこさんは軍人の娘だけあって、
何でも自分で決めるタイプですね。
一度決めたら、変えないところも――
だからこそ、八重子やえこさん、
時間を戻したいのでしょうね。
でもそれでは秩序を乱します――

是枝宅前これえだたくまえ

【鈴蘭女学生八重子】
覚悟はいいか、喪神もがみ風魔ふうま
お前は弱き少年同様だ!

《バトル》

【鈴蘭女学生八重子】
はぁ、はぁ、はぁ……
――私の……負けだ……
もう時間は戻らない……
戻った分だけ先に進む、
時の砂を寄越よこした紳士しんしはそう言った。
私は……
何十年と年老いてしまうだろう。
あああ、いやだ、老いたくない!!
……嫌だぁぁぁ~

【是枝咲世子】
八重やえちゃん、結婚に失敗して、
以来、私のところに、
よく顔を出すようになりました。
私たちは仲良しでしたが、
もう女学生時代には戻れない――
八重やえちゃんもやがて気付くでしょう。

喪神もがみさん、私は父を手伝うのです。
ナチ独逸ドイツ猶太ユダヤ迫害はくがいを計画し、
いよいよ予断を許しません。
大連ダイレン特務機関の中条忍なかじょうしのぶさんとは、
頻繁ひんぱんに連絡を取り合って、
N計画を支援していきます。
満洲への猶太ユダヤ人入植が成功すれば、
世界から資金や人材が集まり、
満蒙まんもうの地は盤石ばんじゃくとなります。
でもN計画は乗っ取りの危機にあり、
喪神もがみさんたちの協力が必要です。
またご連絡差し上げると思います。
――虹人こうじんさんにも、
よろしくお伝え下さい。
今晩はお話が聞けなくて、
残念でした――

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい、兄さん――
虹人こうじんさんのこと、
話していなくて申し訳ありません。
どう切り出していいか、
迷ううちに時間が過ぎてしまい、
話す機会を失ったのです。
【帆村魯公】
わしは何も知らなんだ。
変な言葉遣いは今流かとばかり……
虹人こうじんの奴……
【喪神梨央】
隊長はそれでいいんです。
虹人こうじんさん、本当はこうって言うんです。
そうですよね?
【帆村魯公】
ああ、そうだ、元はこうだ。
改名するというので相談に乗った。
改名と言っても、
こうに人を付け足しただけ、
それで虹人こうじんになったんだ。
奴が尋常じんじょう五年のときのことだ。
難しい問題だが、
おりを見て話をしてみよう――
【喪神梨央】
私たちが知っている虹人こうじんさんは、
この先もずっと変わりません――
そうですよね、兄さん!

【九頭幸則】
夜分、遅く失礼します。
歩一の九頭くずです。
【喪神梨央】
あら、まだ寝ないんですか、
幸則ゆきのりさん。
【九頭幸則】
何だよ、今度は子供扱いか?
さっき聞いたんだけどさ、
銀座の怪人、召喚小隊が鎮定ちんていしたぞ。
風魔ふうま、何か情報なかったのか?
【喪神梨央】
そうなんですね!
まだ残っていたんですか、怪人。
山王さんのう機関も出動したんですよ。
【九頭幸則】
そうか! そりゃ失礼!
何でも時間の粉を振りかけられて、
怪人になったんだってね。
【喪神梨央】
時の砂です。
記憶を呼び覚ます効力があって、
人によっては怪人化するんです。
【九頭幸則】
その出処でどころは、どこなんだい?
【喪神梨央】
鈴蘭出身の女性が手に入れました。
元上級生との関係を断ちたくなく、
時の砂を使おうとしたのです。
【九頭幸則】
上級生との関係ねぇ……
そういうの、あるのかい、普通?
【喪神梨央】
らしいですよ。エスと言います。
シスターのエス、女学生同士が、
擬似ぎじ恋愛におちいるみたいなことです。
【九頭幸則】
おちいるって……
梨央りおちゃんは関心なさそうだね。
【喪神梨央】
ええ、まぁ……
私には縁のない世界ですから。
八重子やえこさんに時の砂を渡したの、
いったい誰なんでしょうか……
これは調査が必要ですね。

図らずも垣間見かいまみえた虹人の出自しゅつじ。彼はアーネンエルベの水が合わないのか、このところ不調が続いていた――

風魔の流儀

〔思念空間〕

帆村ほむら虹人こうじんは赤坂の怪人騒動の記録を調べて、気になることがあると、兄魯公ろこうに持ちかけた。

帆村ほむら虹人こうじん
兄上……
赤坂の怪人騒動の記録、
少しあたってみたんですが……
帆村ほむら魯公ろこう
ん? どうかしたか?
赤坂の怪人騒動があったのは、
ちょうどお前が京都にいる頃だな。
帆村ほむら虹人こうじん
はい……
怪人が風魔ふうまめがけて車を投げ、
風魔はそれをかわしています。
その後、戦となり、
結果、風魔が勝利しますが……
帆村ほむら魯公ろこう
そうであった、あの騒動以降、
怪人の噂が一気に広まったのだ。
帆村ほむら虹人こうじん
風魔は勝つのですが、
戦闘中、一度、風魔自身が
怪人の攻撃を受けています。
それが原因なのか、
風魔は自失しかけているのです。
携行探信儀けいこうたんしんぎにもその記録が……
帆村ほむら魯公ろこう
虹人よ、あれは自失ではない。
――風魔一流のそなえだ。
帆村ほむら虹人こうじん
そなえ、ですか?
でも変です。怪人には勝てたのです。
自らにそなわる力で勝ったのです。
僕には自失しかけたようにしか――
梨央りおもそのように受け止めている、
違いますか?
帆村ほむら魯公ろこう
龍蛇之蟄りゅうじゃのかくれるは  
以存身也もってみをありするなり
支那しなに伝わる言葉だ――

〔山王ホテル〕
夢玄域には山王さんのうホテルが現れた。赤坂は溜池通に面して建つ瀟洒しょうしゃなホテルである。地下に山王さんのう機関が本部を置く。

麻美マーメイ
虹人さんも帥士すいしですね。
符号は金ノ七号帥士きんのしちごうすいし――
でも公務出動はしないようです。

虹人さん、山王さんのう機関には、
梨央ちゃんと同じ軍属として加わり、
時に公務の手助けをするのです。
山王さんのう機関本部のあるこのホテルに、
ことほか、強い思い抱くようですね。

虹人さんは繊細で複雑なのです。
そのことは喪神さんもご存知ですね。
それがの強さでもあるのです。

《バトル》

〔思念空間〕
帆村ほむら虹人こうじん
龍蛇ノカクレルハ、
モッテ身ヲアリスルナリ

龍や蛇が身を隠すのは、
そのそなえる力を万全にするため――
そういうことみたいだ。
僕にもそなえるものがあるというのか。

――あの朝、鏡の前で僕は……
自分のどうにもならない体を見て、
抗いようのない現実に向き合った。
小刀を手にして――
しるしを刻もうと……戒めのしるしを。
でも叶わなかった――

梨央にすべてを見られた!
僕は一体何をそなえているのだ?
自分が自分じゃなくなっていく、
でもその先にきっと確かな僕がいる!

伊豆の想い出

〔調整室〕

銀河ぎんがゼットー】
再び我が夢玄器むげんきを試すのだな!
よぅし! 準備はいいな、勿論もちろん!!
さぁ、夢玄器むげんきを着けるのだ!!

〔思念空間〕

梨央りおは、姉淑子としこを伊豆に見舞った時のことを、思い出していた。
淑子としこは肺病で修善寺しゅぜんじのサナトリウムにいた。

喪神もがみ梨央りお
朝、八時一〇分東京発の沼津行き、
それが私たちの乗った電車です。
秋晴れの朝でした――
汽車の煙が真っ直ぐ上っていました。
私が尋常じんじょう五年の時です。

電車は三島に一〇時一〇分に着き、
三島から駿豆すんず鉄道に乗り換え、
修善寺しゅぜんじに着いたのはお昼前でした。

――姉さんとは久しぶりだったから、
色んな話をしました。
先生は病気は亢進こうしんしたと言いましたが姉さんは元気そうでした。

でも、姉さんはオウルグリルのこと、
すっかり忘れていたんです。
三人で通った溜池通ためいけどおりの洋食屋さん……

思念空間が白く輝き、梨央の姿をかき消したが、程なく元の状態に戻った。

喪神もがみ梨央りお
伊豆から戻った次の日、
私、確信したんです――
サナトリウムで会ったのは、
淑子としこ姉さんじゃないって。
誰か別人だって――
姉さんの左手の甲には
小さな黒子ほくろがあるんです。
でも、あの人にはありませんでした。

〔東京駅〕

夢玄域には東京駅が姿を見せた。鉄道が好きな喪神梨央の思念から繋がった。

麻美マーメイ
ここは省線の東京駅ですね。
梨央ちゃんは鉄道が好きなんですね。
満鉄のこともよくご存知です――
駅には大勢の人が出入りします。
そのため残留思念も多くあります。
十分に気をつけてください。

《バトル》

〔思念空間〕

喪神もがみ梨央りお
私、この間、兄さんが、
オウルグリルから出てくるところ、
見かけたんです――
きっと淑子としこ姉さんのこと……

――お姉さん……
いつ、どこで亡くなったんですか?
私はまだ子供だったから……
兄さんならきっと――

霊異の発現

〔調整室〕

銀河ぎんがゼットー】
再び我が夢玄器むげんきを試すのだな!
よぅし! 準備はいいな、勿論もちろん!!
さぁ、夢玄器むげんきを着けるのだ!!

〔思念空間〕

九頭くず幸則ゆきのり尋常じんじょう小学校時代を思い出していた。
鈴代すずよ、九頭、それに風魔ふうまが通ったのは、四谷塩町よつやしおまち尋常小学校であった。

九頭くず幸則ゆきのり
あれは確か尋常五年の夏だった。
鈴代と風魔と三人で、
成子富士なるこふじに登ったんだ――
四谷の塩町から十一番の市電で新宿へ、
そこからは歩いて行った。
成子なるこ天神の境内を抜けると、
新宿近辺でも結構な富士塚がある。
俺たちは息せき切って登ったよ。

すると頂上に着物姿の男が――
今思うとあれは十二社じゅうにそう幇間ほうかんだな。
物凄く陰気臭い感じの男だ。
そいつ、急に頓狂とんきょうな声上げて、
俺達に向かってきたんだ!
おっかなかったよ……

つかまると思って観念した時、
鈴代が男の前に立ち塞がった。
その刹那せつな、男はぶっ倒れた――
鈴代は何もしちゃいない……
それに……妙なことに、
風魔がガタガタ震えだした――
あの時が最初かな……
風魔に霊力が備わったのは。
――俺はそんな気がしてるよ。

〔四谷塩町尋常小学校〕

夢玄域むげんいきに現れたのは尋常じんじょう小学校の校舎だった。
風魔たちが通った四谷塩町よつやしおまち尋常小学校である。

麻美マーメイ
ここは三人が通った小学校ですね。
学校には沢山の思い出があるから、
それだけ残留思念も多くある――
そう考えられています。
訓導くんどう、つまり先生が怪人化している、
そう予想できます。

《バトル》

〔思念空間〕

如月きさらぎ鈴代すずよ
風魔ふうまさんに霊異りょういが現れたのは、
たしか尋常じんじょう小学校五年の時……
お日様の照りつける、
何もかもが真っ白に見えた夏の日、
富士塚の上ででした……

あの時、私は意識をなくした……
私の代わりに風魔さんが、
襲ってきた男を倒したのです。

小学校入学前から、
魯公ろこう先生の道場を遊び場にしていた、
風魔さんだからこそ――
あの日以来、私は歩むべきみちから、
れてしまったのかも知れません。
でも、それがことわりではないでしょうか?

鈴代の決意

けたたましい警報が鳴り響いていた。それは何かおぞましいものの到来とうらいを告げるかのようであった。

〔山王機関本部〕

喪神もがみ梨央りお
兄さん!
異常なセヒラを観測しました!!
――見たことのない値です。
帆村ほむら魯公ろこう
何だったんだ、今の警報は?
喪神もがみ梨央りお
セヒラです、異常なセヒラです。
値がとても大きくて!
変動もすごくて!
帆村ほむら魯公ろこう
わかった、わかった、梨央りお
それで、まだあるのか?
その、異常なセヒラは。
喪神もがみ梨央りお
いえ、今は観測していません。
でも――

新山眞にいやままこと
失礼します、
飯倉技研いいくらぎけん新山にいやまです。
帆村ほむら魯公ろこう
ちょうどよかった……
今しがた、セヒラの異常を観測した。
――何があったんだ?
新山眞にいやままこと
もしかすると……
博士が――
しでかしたかもです。
帆村ほむら魯公ろこう
博士?
――銀河ぎんがゼットー博士がかな?
新山眞にいやままこと
ええ、そうです。
以前、博士からわれたんです。
――ある装置をこしらえるので、
新山眞にいやままこと
霊式れいしきヘテロヂンの理論が知りたいと。
波形合成の理論と解法を求められ、
私の研究ちょうをお渡ししました。
喪神もがみ梨央りお
それって、セヒラに関係する、
そういうたぐいの装置ですか?
新山眞にいやままこと
どうも、そのようです。
何でも画期的な装置だそうです。
それが作動して異常なセヒラを――

喪神もがみ梨央りお
兄さん、その博士から、
是非とも調整室に来て欲しいと。
――何があるんでしょうか……

〔山王機関魔課調整室〕

銀河ぎんがゼットー】
いやぁ~来たかね、君!!
驚天動地きょうてんどうちの大発明が完成したのだ!
世紀の、まさに世紀の大発明っ!!
落ち着くんだ、君!
ここにらせしは~
――夢玄器むげんきなりぃぃぃ~!

不可思議な眼鏡のような物が、銀河ゼットー発明による夢玄器むげんきであった。夢玄器むげんきは何かと繋がっているようである――

銀河ぎんがゼットー】
おーほほっ!
そうだ、夢玄器むげんき!!
大完成した我が夢玄器むげんきである。
こいつはアラヤ界の思念を吸い出し、
仮想的劇的空間を作り出す装置マシーンだ。
その空間を夢玄域むげんいきと呼ぶことにする。
先程、ボクも夢玄器むげんきを着けて、
夢玄域むげんいきに入ってみたんだ――
見えたよ……いや、ボクは訪れたんだ。
我が故郷……我が父、銀河Y太郎わいたろう
ボクは尋常小学校五年生だった……
あの夏の日、蒼天そうてん下の八月一日、
我家の木戸に父とペンキを塗った……
脳天を刺す日射熱を今も感じる。
数年後、父は実験でウランに被爆した――
さてだ、君も出かけたいだろう?
早速、こいつを着けて夢玄域へむげんいき!!
よぅし、準備はいいな、勿論もちろん!!
夢玄器むげんきを着け、君が行くのは、
愛と妄想に溢れる夢玄域むげんいき!!

〔夢玄域〕

皇紀2592年、昭和7年3月――
如月きさらぎ鈴代すずよはある決意を胸に、
帆村ほむら魯公ろこうもとを訪れていた。

如月きさらぎ鈴代すずよ
先日のことです……
銀座を歩いていて、一人の学生さんと
すれ違ったのです――
すれ違いざま、その人は振り返り、
ものすごい形相で
私をにらみつけました――
その人は気付いていたのです……
私の霊異りょういすことに――
あるいは想像したのかも知れません。
私のを呼ぶさまを――
帆村ほむら魯公ろこう
その学生は、おそらくを呼ぶ者。
流派にない者でもを呼ぶ例が、
どうやら増えてきておる――
如月きさらぎ鈴代すずよ
にらまれた私は何もできませんでした。
ただ、その場に立ちすくみ、
身を硬くするばかりでした。
――その時、悟ったのです。
もう私には霊異りょういは現れないと。
東雲流を守るほどの霊異りょういは――
先生、東雲しののめの流派を閉じようと……
これ以上、こだわっていても、
良い方向に向かうとは思えません。
帆村ほむら魯公ろこう
うむ……
鈴代さん、お前さんがそう思うのなら
そのようにすれば良い。
東雲流帰神法しののめりゅうきしんほう、わしが受け継ぐ。
お前さんが流派に戻りたければ、
いつでも戻れば良い。
如月きさらぎ鈴代すずよ
心強いお申し出、感謝します――
帆村ほむら魯公ろこう
ちょうど軍の方からも話があって、
帰神きしん法の流派をまとめてくれと。
そう頼まれておったところだ。
軍は軍で調査をしておったという。
わしら審神者さにわ帥士すいしと呼ばれておる。
ひきいる士官ということだな――
ただ流派を閉じるにしても、
一朝一夕いっちょういっせきには運ばないぞ。
しばらくは協力してもらうことになるな。
如月きさらぎ鈴代すずよ
勿論もちろん、協力は惜しみません。
帆村流帰神法ほむらりゅうきしんほうとしてお整えください。
帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうまの奴もめきめきと、
上達しておるからな!
如月きさらぎ鈴代すずよ
そうですわね。
とても頼もしく存じます。

年初に帝大のつた博士がセヒラを同定。並び発表されたに関する論文により、陸軍参謀本部では特務機関の設置を決めた。
喪神もがみ風魔ふうま、20歳――
陸軍士官学校予科の卒業を目前にしていた。卒業後は、本科進学に先立ち伍長ごちょうに任官する。

夢玄域むげんいき近代的モダンなビルヂングが現れた。それは東京新宿にある東洋ホテルだった。
一室人8えんの高級ホテルである。

麻美マーメイ
ここは新宿の東洋ホテルですね。
界隈かいわいきっての高級ホテルです。
外国人も多く利用しています。
実はこのホテル、鈴代さんの叔父おじ
山郷やまごう武揚ぶよう常宿じょうやどなのです。
山郷やまごう武揚ぶようは山梨から上京する毎に、
この東洋ホテルに投宿とうしゅくします。
彼は鈴代さんが流派を閉じることを、
良くは思っていません。
今、彼の思念が強く働いています――
ゆかりのある人の思念が、
縁のある場所を出現させるのです。
怪人もその場所に由来しています。
ホテルならホテルの従業員、
あるいは宿泊客もいるはずです。
残留思念から怪人が生まれるのです。
それでは慎重に取り組んでください。
期限が来ると思念はすべて
消えてしまいます――

《バトル》

山郷やまごう武揚ぶよう
あろうことか、鈴代すずよによって、
我が東雲しののめ流が閉じられようと――
そのような擅断せんだん、私はゆるさない!
研鑽けんさんを積めば、
いくらでも霊異りょういは得られるのだ。
おい、小森こもり
お前は荒木町あらきちょうの酒屋として、
如月きさらぎ家に用聞きをしているな?
小森こもり時夫ときお
――はい……
山郷やまごう武揚ぶよう
お前にも力を授けよう。
その代わり、如月きさらぎ家のこと、
細大漏らさず伝えるのだ。
小森こもり時夫ときお
承知しました。
おおせの通りに。

〔山王機関魔課調整室〕

銀河ぎんがゼットー】
むむむむむ――
君はすこぶる安定しておったな!!
――反してボクはダメだった……
夏空が真っ黒になり、父が消え、
世界の像がいちじるしーく乱れてしまい、
気付くとここに戻っていた――

君の場合は大丈夫なようだな!
君の働きに恐れをなしたか、
夢玄域むげんいきが観測できなくなった!
そうだよ、夢玄域むげんいきが消滅したんだ!
次に夢玄域むげんいきが現れたら、
赤札あかふだ特務を申請しておくぞ。
ひとまずゆっくりしてくれ!

〔山王機関本部〕

喪神もがみ梨央りお
博士の発明、何かすごいですね。
あの異常なセヒラは夢玄器むげんき
せいだったんですね!
帆村ほむら魯公ろこう
アラヤ界から思念を集めて
ひとつの空間が仮想に再現された……
不思議な事もあるもんだ。
ゼットー博士は、同様の仕組みで、
も作られているのではと、
考えているようだな。
喪神もがみ梨央りお
じゃ、夢玄器むげんきのようなもの、
他にまだあるんですね?
帆村ほむら魯公ろこう
帥士すいしの前にを現すのだ、
夢玄器むげんきとはまた異なる原理だろうな。

銀河ゼットーがひらいた仮想の世界、夢玄域むげんいき。そこでは人々の思念が形を成していた。まるで心のうちを見かすかのようである。

麻美マーメイ

 満鉄映画社の女優。北京生まれの日本人で、日本名は高山麻美あさみだ。完璧な北京語の発音と京劇の節回しをこなせる才能が評価された。満鉄映画社製作の映画「紅楼夢」では林黛玉役を演じている。浅草には名劇座での舞台挨拶のために来日した。
 また、裏の顔である諜報員として、N計画への関与だけでなく、ドイツでのナチ高官の会合に参加する等、精力的な情報収集活動も行っている。彼女が何故夢玄器を所有しているのか、という点は謎に包まれている。